偶数楽章は無伴奏。
与謝野晶子の詩に作曲。
恋
わが恋を人問ひ給たまふ。
わが恋を如何に答へん、
譬ふれば小き塔なり、
礎に二人の命、
真柱に愛を立てつつ、
層ごとに学と芸術、
汗と血を塗りて固めぬ。
塔は是無極の塔、
更に積み、更に重ねて、
世の風と雨に当らん。
猶卑し、今立つ所、
猶狭し、今見る所、
天つ日も多くは射さず、
寒きこと二月の如し。
頼めるは、微かなれども
唯一つ内なる光。
緋桜
赤くぼかした八重ざくら、
その蔭ゆけば、ほんのりと、
歌舞伎芝居に見るやうな
江戸の明りが顔にさし、
ひと枝折れば、むすめ気の、
おもはゆながら、絃につれ、
何なにか一さし舞ひたけれ。
さてまた小雨ふりつづき、
目を泣き脹はらす八重ざくら、
その散りがたの艶めけば、
豊國の絵にあるやうな、
繻子の黒味の落ちついた
昔の帯をきゆうと締め、
身もしなやかに眺めばや。
産室の夜明
硝子の外のあけぼのは
青白き繭のここち……
今一すぢ仄かに
音せぬ枝珊瑚の光を引きて、
わが産室の壁を匍ふものあり。
と見れば、嬉し、
初冬のかよわなる
日の蝶の出づるなり。
ここに在るは、
八たび死より逃れて還れる女――
青ざめし女われと、
生れて五日目なる
我が藪椿の堅き蕾なす娘エレンヌと
一瓶の薔薇と、
さて初恋の如く含羞める
うす桃色の日の蝶と……
静かに清清しき曙かな。
尊くなつかしき日よ、われは今、
戦ひに傷つきたる者の如ごとく
疲れて低く横たはりぬ。
されど、わが新しき感激は
拝日教徒の信の如し、
わがさしのぶる諸手を受けよ、
日よ、曙の女王よ。
日よ、君にも夜と冬の悩みあり、
千万年の昔より幾億たび、
死の苦に堪へて若返る
天つ焔の力の雄雄しきかな。
われは猶君に従はん、
わが生きて返れるは纔に八たびのみ
纔に八たび絶叫と、血と、
死の闇とを超えしのみ。
曙光
今、暁の
太陽の会釈に、
金色の笑ひ
天の隅隅に降り注ぐ。
彼は目覚めたり、
光る鶴嘴
幅びろき胸、
うしろに靡く
空色の髪、
わが青年は
悠揚として立ち上がる。
裸体なる彼が
冒険の旅は
太陽のみ知りて、
空より見て羨めり。
青年の行手には、
蒼茫たる
無辺の大地、
その上に、遥かに長く
濃き紫の一線
縦に、前へ、
路の如く横たはるは、
唯、彼の歩み行く
孤独の影のみ。
今、暁の
太陽のみ
光の手を伸べて
彼を見送る。
颱風
ああ颱風、
初秋の野を越えて
都を襲ふ颱風、
汝こそ逞しき大馬の群なれ。
黄銅の背、
鉄の脚、黄金の蹄、
眼に遠き太陽を掛け、
鬣に銀を散らしぬ。
火の鼻息に
水晶の雨を吹き、
暴く斜めに、
駆歩す、駆歩す。
ああ抑へがたき
天の大馬の群よ、
怒れるや、
戯れて遊ぶや。
大樹は逃れんとして、
地中の足を挙げ、
骨を挫き、手を折る。
空には飛ぶ鳥も無し。
人は怖れて戸を鎖せど、
世を裂く蹄の音に
屋根は崩れ、
家は船よりも揺れぬ。
ああ颱風、
人は汝によりて、
今こそ覚むれ、
気不精と沮喪とより。
こころよきかな、全身は
巨大なる象牙の
喇叭のここちして、
颱風と共に嘶く。
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