人形劇三国志に一言 - 第34回 曹操を逃すな!

あらすじ

赤壁で大敗した曹操は、わづかな手勢をつれて都・許昌へと逃げる。
追ふ周瑜は、金色の鎧が曹操と目がけてゐたものの、それが身替はりだつたとわかり、さらには玄徳軍に先んじられたと知つてその場に昏倒する。
曹操の逃げ道を読んだ孔明は、趙雲、張飛をそれぞれ適所に配置するが、関羽にはなにも命じない。かつて関羽が曹操のもとにゐたときに、曹操から恩義をかうむつてゐるからだ。
関羽は、その恩義はすでに返してをり、曹操にはなんの義理もないと強く主張し、玄徳もそんな関羽を後押しする。かくして、関羽は華容道で曹操を待ち伏せする。
孔明のしかけた待ち伏せに次々とひつかかる曹操。最後に関羽率ゐる一軍に出会ひ、もはやこれまでと思ひきはめるが、程昱に関羽が関所をやぶつたときこれを許したことと引きかへにこの場を通してもらふやう献策される。
そのとほりにすると、はたして関羽は恩義を感じ、曹操を逃がしてしまふ。
これももとより孔明の計略通りであつた。

一言

演義でいふと、第四十九回終盤から五十一回冒頭まで、といつたところか。
人形劇三国志にしては、「前回のあらすじ」がちよつと長い気がするが、まあ、前回が「赤壁の戦ひ」だから仕方ないかー。
岸にたどり着いた曹操を助けにくるのは張遼のはずだが、人形劇では許褚。まあ、これも仕方ない。

単騎で逃げ落ちる曹操を、呉の兵たちが取り囲む。
「わしを曹操と知つてかかつてくるか。雑兵づれに討たれるわしではないぞ」と云ふ曹操がやうすがよくてよい。シケの感じが落ち武者つぽいのもステキ。
久々に戦ふ曹操を見た気がする。シケがますますはげしくなつていい感じだ。

そこに夏侯淵が程昱と兵をつれてあらはれる。
ここで夏侯淵から鎧を貸してほしいと曹操に申し入れる。身替はりになりますよつてことね。
さきほどは許褚に助けられ、今度は夏侯淵、などと云ふ曹操。めぐまれてるよなあ、部下に。人材マニアだからつてだけぢやないよな。

一方、寝てないらしい周瑜。闞沢に寝ればと云はれても、曹操の首を見るまでは寝られないと云ふ。そんなだから倒れるんだぞー。

孔明は、趙雲に烏林からつづく間道に臥せよと命じる。烏林の間道には襄陽につづく道と南郡に行く道があるがどちらに、と趙雲が聞くと、南郡、と孔明は答へる。
趙雲は余分なことは何も云はずに孔明の策にしたがふんだよなあ。
張飛には胡盧谷に行つて、食事の支度をする火があがつたら討て、と伝へる。
「曹操は捕へられずとも」といふことばに張飛が喰つてかかると、玄徳がとりなす。
今後こそ自分の手で曹操の息の根を止めてやるぞと息巻いて出て行く張飛の背を見送る関羽のやうすが、この時点からちよつとをかしい。次は自分に行つてくれつて云ふはずと疑ひもしてゐないはずなのに、なんだかちよつと張飛をうらやむやうな表情なんだよなあ。
「さて、これで打つ手はすべて打ちました」と云ふ孔明に、「お待ちください軍師殿」と、すごみたいところをぐつと堪へて関羽が呼び止める。
趙雲、張飛には出撃を命じておいて、自分になにもないのはなぜなのか、と詰め寄る関羽に、
「わたしも関羽どのに、もつとも重要なところを抑へていただかうと思ひましたが、ちとさしつかへがあるのに気がついたのでやめたのです」と、孔明が答へる。このあたりから関羽と孔明との一見おだやかながら火花の飛び散るやうなやりとりがつづく。
「その、さしつかへとは」と、関羽が問ふと、
「わたしには、曹操が最後には華容の道に逃れることがわかっております」つて、おまへはなんでも知つてるのかよ、とつつこみたくなるやうな孔明の応へ。それにつづけて、「関羽殿は、きつと曹操を見逃されるでせう」ときつぱりと云ひはなつ。
心配さうな玄徳がいいなあ。
孔明に「見逃す」とか云はれて、「今度会つたら生かしてはおきません」と息巻く関羽。
「もし、とりのがすやうなことがあつたらどうなさる」
「軍律にしたがつてご処分くだされい」
「わかりました」
「しかし、もし、曹操が華容の道を通らなかつたらどうなさる」
「曹操は、必ずあらはれます。この首をかけてもよい」
このあたり、意地の張り合ひつて趣。
まあ、孔明には孔明の考へがあるわけだが、それはこのあとすぐわかることになつてゐる。
孔明は、関羽に伏した場所で火を炊くやうに云ふ。
そんなことしたら敵に居場所を教へるやうなものではないか、とか云ふ関羽に、曹操はそこにたどりつくまでに趙雲と張飛とにさんざんな目にあはされてゐるから、深読みをして火のあるところに人はなしと考へるだらう、と、答へる孔明。
「さすがは孔明。そこまで曹操の心を読んでゐるとは」
こんなところで孔明を褒めるなよ、玄徳……
「さうなつたら関羽殿、情にほだされることは禁物ですぞ」と孔明は云ふ。
ここの直立不動の関羽がいいなあ。
「わかつてをります。みすみす曹操をとりにがしたら、代はりにこの命を取られても文句は申さん。ではごめん!」
関羽の礼の仕方がまた律儀。まづ孔明に頭を下げて、次に玄徳。

幕の外に出て空を見上げる孔明。
あとを追つて玄徳があらはれて、
「孔明、これではむざむざ関羽を殺すことにはなりはせぬか」と、心配げに問ふ。
孔明の答へはといふと、「関羽どのを殺す? そのやうなつもりはございません」といふ、しれつとしたもの。
「しかし、関羽は人一倍義を重んじる男だ。ああは云つても曹操があらはれれば必ず逃がしてやることになるだらう」と、なほも云ひつのる玄徳に、孔明は、「殿、ごらんください、あの星を」と、空を指す。
「あの星が曹操の星でございます」と孔明の指すその星の輝きやうといつたら、こんな明るい星は見たことないよつてなもんのすごい輝き方だぞ。しぶとい曹操らしい。
だいたい、ここで曹操に死なれたら天下三分の計は成らないわけで、孔明としては最善の策だつたんだらうよ。

さう、天下三分の計、といふことでいへば、だ。
赤壁の戦ひで、呉に勝つてもらふのは当然として、あまり勝ち過ぎてもらつても困る、といふのが玄徳軍の、孔明の思惑のはずだ。
曹操には、こののちしばらくは変はらず三分の一としてがんばつてもらはなければならないはずだからだ。
といふわけで、ここの孔明は曹操を殺さぬやう細心の注意をはらつてゐるにちがひない。
……さうは見えないがなー。

周瑜一行は金色の鎧を追つてやつてきたが、突然、周瑜は傍らにゐる魯粛に問ふ。
「あの馬は何色かな?」
「はい、茶色と見ましたが」つて、暗いのによく見えるなー、魯粛。
「曹操の馬は黒馬ぢや。それに見ろ、あの武者には髭もないぞ」
詳しいなー、周瑜。
そこへ闞沢があらはれて、
「玄徳軍は南郡への道に向かつたさうです」
「なに! 孔明め、やりをつたか」
そこでうめいて馬から落ちる周瑜。寝てないからぢやよー。

夏口城では、美芳が食事の支度をしてゐる。それを手伝ふ勝平。
そこに阿斗を抱いた玄徳の母をともなつて劉琦があらはれる。
シケがすごいぞ、劉琦さま。ひよつとすると人形劇三国志一シケの似合ふ男ぢやものな、劉琦さまは。
「張飛どのへのさしいれかな」
ここの軽口つぽい喋り方がいいなあ、劉琦さま。
「まさかぁ。いくらあの人がよく食べるからつて、この三つの大鍋のごはんをみんな食べてしまふだなんて、そんな」
いやいや、張飛ならそれくらゐしかねないぞ。盧植の軍にゐたときの前科があるでな。
美芳は、戦のあつた向かう岸へ、食糧と薬とを持つて、傷ついた兵士を助けにいくつもりであつた。
美芳ひとりではあぶないから、自分がついて行く、と勝平は云ふ。なまいきだが可愛いぞ、勝平。
すると、劉琦さま、
「それはいかん。美芳どのも今は張飛どのの奥方。昔とはちがふ。大事な躰ぢや」
つて、いいこと云ふなあ、と思つたら、
「それになあ、そんな戦のあとに乗り込んでもし怪我でもされたら、わたしが張飛どのに叱られます」
つて、心配はそつちか! そらー劉琦さまが張飛に叱られた日にやあ、飛んでつちやふもんなあ。
でも美芳が劉琦さまなんぞの云ふことをきくわけもない。
さらには玄徳の母も美芳の肩を持つ。
護衛の兵士をつけるとといふことで、しぶしぶ納得する劉琦に、美芳は云ふ。「でも劉琦さま、わたしのことより劉琦さまこそお身体を大切にしてください。顔色が悪いわ」
礼を云ふやうにうなづく劉琦さまがちよつとステキ。薄幸さうなところが劉琦さまの真骨頂だもんな。

死屍累々。
美芳のめざしてゐた向かう岸のやうすだ。
生きてる兵士はゐるのか、と目を覆ひたくなるやうな惨状。人形劇三国志には、たまにかういふ戦争の悲惨さをあらはすやうな場面が出てくる。これもそのひとつ。
そんな惨惨たる状況の中、なぜか紳々竜々だけは生きてゐるのはいつものことか。
こんな死屍累々のところに恐れげもなく立ち入つて、おつきの兵士たちに指示を伝へる美芳が男前だ。
「敵だからつてはふつておいたりしたら承知しないぞ、さあ、かかれ!」つてえらそー、勝平。その前の、荷馬車の上に乗つてゐる姿もなんだかえらそーだ。まあ、生意気なところが可愛いんだよな、勝平は。
食べ物のにほひにつられてふらふらとやつてきた紳々竜々は、その正体が美芳にバレ、勝平にも「なーんだこのあひだのをぢさんたちぢやないか」とバレてしまふ。まあバレても困つたことはないんだけどね。美芳は、紳々竜々に食べていきなよつて云ふし。
しかし、護衛の兵士に見とがめられて、紳々竜々は逃げることになる。
美芳と勝平が呼び止めてるのにねえ。

このあたりの紳々竜々、音声抜きで見てると、動きがほんとに可愛い。人形遣ひがすばらしいんだよねえ。

美芳のやつてゐることは今で云ふたら赤十字、と、紳助竜介の説明。
赤十字のはじまりはクリミア戦争のナイチンゲール、とか、いらない情報も教へてくれる。
また、関羽が曹操に恩義を感じてゐる理由についても説明が入る。

わづかな手勢のみをつれ、夏侯淵の鎧を来た曹操が、程昱にどのくらゐ兵力が残つてゐるか訊く。
今回の程昱は松橋登。
重ねて曹操はここがどのあたりかを程昱に問ふ。程昱から、烏林の西宜都の北、と聞いて、曹操は突然笑ひ出す。
「わしが笑つたのは、周瑜も孔明も策がなさ過ぎるからだ」
曹操にさう云はれて、程昱の目があたりをうかがふやうすなのが、悪賢さうでいいぞ。
さらに大笑する曹操の前に、颯爽とあらはれる趙雲。
「軍師孔明どのの命により、ここでお主を待ち受けてをつた。覚悟いたせ」つて、わざわざ孔明の命令で、とか云はなくてもいいよ、趙雲。
「ここは三十六計逃げるにしくはございません」
策士とは思へぬ献策ぢやが、この場合致し方ないのう、程昱。
曹操も即馬首を返す。

洞窟で雨宿りしつつ、飢ゑと寒さに耐へる紳々竜々。
程昱に河につきおとされたよなあ、と語りあふうち、その程昱があらはれる。
程昱は、紳々竜々を追ひだして、曹操に雨宿りさせる。ついでに紳々竜々に食糧を探させる。
強盗しろといふことか問ふ竜々に、徴発だ、といふ程昱。このあたりは曹操の領地だからだつて。まあ、ものは云ひやうつてまさにこのことだねえ。

紳々竜々は、無人の村を訪れる。逃げる算段をするうち、豚の丸焼きを見つけるが、そこを許褚と李典とに見つかつてしまふ。豚は許褚と李典とその兵たちが用意してゐたものだつた。逃げられないねえ、紳々竜々。
瓶を肩にかけてゐる許褚、似合ひすぎる。

雨上がり、見ればわかることなのに、「殿、雨はあがりましたぞ」つて、孔明よ、わざわざ口に出して云ふことでもあるまい。それとも、天気の話でもしなければ、話題がないのか?
「うむ。孔明、いつものことだが、天候は、そちの云つたとほりになるやうだ」つていまさら云ふことでもないだらう、玄徳。
それに答へて「はい」と云ふ孔明も孔明だが。
孔明は、いまごろは趙雲から逃げてきた曹操が炊事の支度にとりかかるころだらう、といふ。
そして、そこに張飛が襲ひかかる寸法だ、と。
「しかし、関羽……」つて、その先を云へよ、玄徳。

許褚と李典とをまへにちよつと落ち着いた感のある曹操。
曹操は夏侯淵の鎧兜を身につけてゐて、あひかはらずシケのあるカシラ。これを見ると、やはり劉琦の方がシケが似合ふなあ、と思ふ。

「ここはなんといふ場所だらうな」と問ふ曹操に、「胡盧谷と申す谷の入り口でございます」と答へる許褚。
その応へを聞いて、また笑ひ出す曹操。これで二回目。三回くりかへすのがならひだからな、まあ、仕方ない。
「わしが周瑜孔明であつたなら、ここにも必ず兵を伏せておくだらうがな」
このセリフの前の笑ひ聲は洞窟の中なのでエコーがかかつてゐて、そのあとは外に出るので普通。
「殿、先ほどは周瑜、孔明のことを笑はれて、趙雲子竜を引き出し、多くの人馬を失ひました。不吉でございますぞ」と、チトあせつたやうすの程昱に、
「なにを云ふか。やはりあのふたりの智恵はわしには及ばぬのぢや。ここに待ち伏せがあれば我らはたとへ命は助かつても手痛い目に遭はずには済むまい。これに気づかぬとは周瑜孔明もたいしたことはないといふもの」と云つて、なほも笑ふ曹操の聲にかぶせて陣太鼓の音。
あらはれるは張飛。
曹操にむかつて無言で逃げるやうにうながす許褚とか程昱とかがいいぞ。
「ふん、わしは漢の丞相だ。その方ごとき下郎の相手を一々してゐられるか」
逃げるときも一言余分な曹操がイカす。

なんとか逃げのびて、目の前の山に煙がたつてゐるので、物見をやれと命じる曹操。
程昱は紳々竜々に見に行くやう命じる。
紳々竜々はちやんと確認もせず、山道は大変さうだから、敵がゐると報告することにする。
しかし、ちやんと見てこなかつたことがバレて、結局山道を行くことになる。
程昱に、山道の方が近道と聞かされて、狭く険しいと聞いても山道を行くことに決める曹操。
「ほんたうに敵が臥せてゐるなら煙など立てるかな。兵法の書にもあるではないか。味方が少ないときには多く見せかけ、多いときには少なく見せる。孔明は策士ゆゑ、わざと山間に煙を立てて我が軍に山道を行かさず、街道へ誘ひ出さうとしてをるのだ。伏兵はむしろ平らな道の方に臥せてあるにちがひない」
それは全部孔明に読まれてゐるんだぜ、曹操
なのに、「なるほど」とか納得する程昱。ここの目を左右に動かす感じが小狡い感じなんだよなあ、程昱は。
「それゆゑ孔明の裏をかいて敢て山道を行かうといふのだ」といふ曹操に、
「恐れ入りました。殿のご眼力は、我々の遠くおよぶところではございません」と答へる程昱。
いや、恐れ入らなくていいから、もー。

案の定、山道に難儀する曹操一行。
曹操は、程昱に殿軍をまかせ、遅れるものは斬り捨てよと命じる。

ここ、うまいなー、山道を廻つてきたところで、曹操たち一行はちよつと開けたところに出る、その感じがよく出てゐる。
程昱に兵が三分の一に減りました、と報告を受けての、曹操の返答がイカしてゐる。
「やむを得ん。兵は許昌に帰ればいくらでもととのへることができる。この際大切なのはわしが無事に帰りつくことだ」
んで、曹操は、また笑ひ出す。
さすがに程昱も弁へたもので、
「なにをお笑ひになります。まさかご自分が孔明だつたらここにも兵を伏せておくとおつしやるのではないでせうね」と、突つ込む。
そのとほり、と曹操が答へると、あらはれる関羽一行。
それまでの大笑はいづこへか、「関羽か。もはやこれまでだ。皆のもの、一か八か死に物狂ひでぶつかるだけだ」と、下知する曹操。
程昱に殿ひとりだけでも逃げて、と云はれて、うなる曹操。
打ち懸からうとする関羽に、程昱は待つてくれるやうに云ひ、曹操に、かつて関羽に恩義をかけたことを云へば、と、献策する。
あ、関羽も、「軍師の命により」とか云ふてゐる。云はないのは張飛だけかー。
曹操に、恩義をかけてやつたぢやーん、と云はれて、それは顔良・文醜を斬つたことで返してゐる、と答へる関羽。
しかし、さらに曹操に「それではお主が玄徳のもとへ去るとき、五カ所の関所でわしの部下を斬つたことはどうぢや」と云はれて、はじめて関羽の顔に動揺が走る。
あれー、でも、あのとき、関羽はひとりとして殺害はしてゐないはずだがなあ。
曹操に、見逃した、と云はれ、関羽は次第に俯きがちに。
「わしも漢の丞相だ」、「関羽どのみづからの手でこの首、はねていただかう」とまで云はれて、関羽、たうとうその両目を閉ざしてしまふ。
うはー、曹操、泣いてるー。
「関羽どの、さあ、遠慮されるな」と、曹操に云はれ、「あの曹操が涙を浮かべてゐるではないか」とひとりごちる関羽。
だまされてる、関羽、だまされてるよ。
「許してくれ、軍師どの」ぢやないでしょー、もー。
まあ、関羽に敗軍の将を切れるわけもなく、曹操を見逃すことになる。
関羽の気持ちもわからないではない。
斬れないね、まづ斬れない。恩人だつたら斬れないよ。
ここで斬れたら曹操だよ。
関羽は、下々にはやさしく、自分より上位のものには態度悪かつたつて話だけど、なんか、わかるんだよなあ、その気持ち。
「関羽将軍、かたじけない」つて、曹操、ほんとにさう思つてる? まあでも、曹操は、関羽のこと、好きだからなあ。
「玄徳の兄者、孔明どの、許してくれ。わしには、わしには、どうしても今の曹操を討てぬ」と、関羽は肚裡でつぶやく
うん、大丈夫。ふたりとも、ちやーんとわかつてるから、さ。

「これは明らかに命令違反です」
悪いな。悪だぞ、孔明。
「軍師殿、お許しくだされ」と、必死の張飛に、
「張飛将軍、将軍のお頼みでも、軍律は曲げられません」つて、あくまでもヒールな孔明。いいぞいいぞ。
曹豹に謀られたときに関羽に助けられたことを引き合ひに出して関羽をかばはうとする張飛がいい。
「弱りましたな。罪もない張飛殿を切るわけには参りません」と、心にもないことを云ふ孔明に、
「軍律を曲げるのではなく、ここは罪は罪として一応預けておき、次の働きで償ひをさせるわけにはいかぬか」と、玄徳が助け舟を出す。
「なるほど。殿までがそう仰るなら、関羽殿の命、次の働きまで、お預けいたしませう」つて、最初からそのつもりだつたらう、孔明。
「ありがたい、軍師殿、恩に着るぞ」つて、なにも知らぬ張飛が可愛い。
自分のことにやうに喜ぶ張飛が、なあ。あひかはらずやんちやで可愛い三男坊みたやうなところがいいなあ。なごむなあ。
そして、玄徳と孔明とだけはわかりあつてるやうにうなづきあふつてどうなのよ。
まあでももうこの時点では関羽も張飛も孔明の扱ひについて云々することはなかつたのかな。

このあたりの孔明は実に余裕綽々といつたやうすに見受けられる。
だいぶ先の話になるけれど、街亭のときも、馬謖に「罪は罪として一応預けておき、次の働きで償ひをさせるわけにはいか」なかつたのか。
これも少し先の話だが、周瑜が南郡の大守になつたときに、孔明は、周瑜の焦りは死がせまつてゐるからだ、といふやうなことを云ふ。
街亭のときの孔明も、まさにその「死のせまるゆゑに余裕を失つてゐる」状態だつたのかもしれない。

といふ話は、またそのときにでも。

この場は、上にも書いたとほり、曹操に死なれると天下三分の計に破綻が生じる、すなはち曹操を逃がすことが肝要で、ゆゑに関羽には恩着せとけつて感じなのかもしれないな、とも思ふ。関羽は義に篤いから、恩を着せておくとなにかと孔明にとつては好都合だつたのかもしれないな、とかね。

脚本

田波靖男

初回登録日

2013/03/04