今は亡き耳かきコリッの避難所

203x年、東京。
ここはとある企業の研究室。
といっても、開発したのはファイバースコープ内蔵の耳掻きで、こんなものは
40年近く前からあるものだ、と言われかねない陳腐なものだ。
ただ違うのは、マイクも装備しているのとワイヤレスであること、そして
カメラの画素が3300万だということだ。無論、水やアルコールでの洗浄も問題ない。
「課長、使って……みてくれますか」
「ああ」
マイクを付けた意図、それは『耳掻きをする本人が耳掻きそのものになりきる
楽しさ』を提案するためのこだわりだった。
マイクは耳掻きが受け取る振動を音声に変換するもので、骨振動だの何だのの
応用というわけだが、こんなことでも博士号を持つ開発者が数名参加している。
そして今日はモニターとして、営業1課の田中課長、私大の経営学部卒で技術と
全く無縁のこの男が選ばれたという訳だ。
目の前には家庭用のごく普通のTV、解像度7680×4320の32型が置かれ、ソファで
腰掛けるといよいよ耳掃除開始だ。
「何だ、この材質は。樹脂でも金属でもないようだが」
「専門的な話をすると長くなるんですが、人間の小指の先端と同じ摩擦係数に
なっているんです」
「ふん、それは……どうして?」
開発室室長の小田島によれば、従来の耳掻きや綿棒では飴耳ユーザの場合、特に
耳道の入り口や付近の凹みの汚れが取れず、そのくせ指先でほじるとペタペタと
嫌な感触がしたり、ひどい時は体積にして生の米粒ぐらいのものが付着してしまう
という不満があった。

「ほほう、それで指先の皮膚と同じように取れるよう、か。面白いな」
と、この日のために是非数日間は耳掃除を我慢して欲しいと言われた田中は
「へぇ、たった3日でこんなに溜まるもんかねぇ」
とモニタを見て身震いしてから苦笑した。
ライトで明るく照らされた耳道は、多角形の真っ白な破片が幾層にも重なっていて、
今すぐにでも全部剥がしたい欲求に狩られてしまう。
田中がその欲求に素直に従うと、たちまちガサガサとテレビ横のコンポから
角質が剥がれ落ちる硬質な音がした。
バラバラとすごい勢いで雪のように落ちて来るさまはまさに自分が耳掻きになったようだ。
「おおおお!!!」
「課長、一旦抜いて耳垢を取ってください」
あっ、と思ってテーブルの上のティッシュにトントンと落とす。
こんな普段当たり前の手間も忘れてしまうぐらいに面白いとは。
すかさずもう一度、まだ白いところを剥がしにかかる。
どんどんピンクの耳道が露出していくが、色が暗いところは堆積がひどいんだと
小田島に言われ、そこを狙ってカリカリ。
思わず足の親指、土踏まずと背筋、喉の奥とゾクゾクした快感が連動してしまう。
ゴロッ、とそのパイ生地のようになっていた大きな塊が剥がれる。
「スゲェ!!」
ティッシュの上に転がる、小指の爪ほどにもなった、くすんだ黄土色の塊。
「どうですか、気持ちいいでしょう」
「いやぁ、面白いよこれは!!」
耳道がカーブして、家庭では絶対に見ることができない部分に視点が潜入する。
と、まるでクマのプーさんの絵本か何かで出てきた、蜂蜜が大量に蓄積された
スポット発見のようなシーンがモニタに広がった。

「うわっ、汚いなこりゃ」
「そこ、鼓膜とか近いんで本当に慎重にお願いしますよ」
しかし嫌悪感以上に採掘する興奮を田中は徐々に自覚しつつあった。
田中が生まれた頃、外国メーカーが日本向けに、洗髪する本来とは別の
楽しさという意味での快感を売りにしたシャンプーを市場に投入した。
当初、ハーブがメインと聞いてメントール等で頭皮を刺激する爽快系かと思われた
それは、花や果実など女性向けで、シャンプーとしての使い心地は極めて凡庸だった。
あくまで香りの良さで楽しい洗髪、という別の価値を提案である。
この耳掻きもそんな、勝義である肉体的な気持ち良さとは別に、精神的な快感を
目指したものだということを田中は悟った。

ゆっくり慎重にボロボロと剥がしにかかると、耳掻きがヘラかテコのように
大きな角質をスウッと耳道から持ち上げていく。
まるで何かのゲームをしているような感覚といってもいいだろう、勿論
同時に、普段接触がないため敏感な、耳道の奥に耳掻きの先端が触れる快感を
楽しむ田中。
「くすぐったいぐらいで、ソッソッとやっていくのがいいですね、その辺りは」
外に掻き出す頃には無色透明な耳掻きは、小麦粉かヌカでも振ったかのような
粉の耳垢で一杯になる。
それから今度は耳掻きを反対方向に向ける。
耳掻きとして使う時は柄だった部分を抜くと、もう一端はピンセットに。
「これでさっきの剥がれそうなのを取りましょう」
やっとのことで剥がした端を摘んでゆっくりと引くと、それはまるで、
包丁で剥いた林檎の皮のようにビロビローッと周囲の古い角質を道連れとし、
最終的にティッシュに広げると、地図の南米か九州のような形にまでなった。

「どうですか」
「……これは……ああ、失敬、うまく言葉が見つからないんだがそのう……
去年の角栓吸い出しロボットよりいいかも分からんね、あの自動で動く奴」
そう答える田中の表情はどこか幼稚園児のように無邪気で、そして晴れやかだった。

このページへのコメント

ハーブ系とは…ティモテ?

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Posted by あきあき 2014年03月02日(日) 15:05:46 返信

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Posted by taqeinnqw 2013年11月21日(木) 15:19:32 返信

読んでると感じちゃう
あたし生理痛がひどかったんだけど、そんなの全部忘れちゃう

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Posted by 美奈代 2012年11月16日(金) 00:23:25 返信

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