「えーっと……ほ、本日付で……皆さんに合流させてもら、させていただきます……シャンティだ、です!よ、よろしくねっ!」
大陸の西に位置する砂漠の町『ジール』
帝国軍と対立しつつ、町や周囲の遺跡を管理、整備することを目的とした町の自警団に、今日、新たなメンバーが加わることとなった。
(あぁああああああ……なんだよ「よろしくねっ!」って……あんなに練習したのに……!)
「あっはっはっはっは!そんなに緊張しなくてもいいぜ、お嬢ちゃん!俺はデューンってんだ!よろしくな!」
「歓迎するよ。シャンティさん。僕はドゥーナです」
「おぉ?あ……よ、よろしくお願いします!」
シャンティの緊張とは裏腹に、温かく新入りを歓迎する自警団のメンバー。
その様子を受け、シャンティ自身も少しホッとする。
だが、入口のドアが開き、新たに入ってきた男により、その緊張は更に増すことになる。
「お!おはようございます、団長!」
「お疲れ様です。シャフールさん」
団員達が口々に挨拶をする若い男。
自警団の団長シャフールだ。
「お、おはようございます!」
「……おはよう」
団員に続けといわんばかりに、少し上擦った声で挨拶をしてみるシャンティだが、返答の声はとてもか細い、そして感情の薄いものだった。
「気にすんな!団長はもともと、ああいう人だからな!怒ってるわけじゃねえから安心していいんだぜ?」
「ふふ。むしろ、声に出して挨拶をする方が珍しいくらいだよ。ご機嫌なのかな?」
シャンティが落ち込むことを危惧した団員達がフォローに入ったが、今の彼女の心には、そんなもの必要ない程の喜びが満ち溢れていた。
もちろん、言葉にしてかけてもらえた挨拶に対してもだが、それ以上に「この人と一緒に戦える」ということへの喜びだった。
シャンティは既に彼を知っている――
――数日前
「怯むな!迎え撃て!ガルヴァンドの威光を知らしめるのだぁ!」
「「うぉおおおおおおおおお!」」
ジール近郊に点在する古代遺跡。
そのうちの一つ。
宝物の眠る神殿広場にて、帝国軍と盗賊団による戦闘が繰り広げられていた。
宝を狙ってやってきた帝国軍と、遺跡を徘徊していた盗賊団が鉢合わせした結果、発生した戦闘だった。
「ちっ……お頭ぁ!ぞくぞく湧いてきますぜぇ!」
「わかってらぁ!おい、シャンティ!何人か連れて右側から回り込めぇ!」
「あいよっ!」
開戦時は数人同士の小競り合い程度のものだったが、互いが増援を呼び、今となっては数十人規模の戦闘へと発展していた。
そんな戦場の最中、場に似つかわしくない少女が一人。
シャンティの姿があった。
「てめぇら!ついてきなっ!」
「任せな、お嬢!」
シャンティは頭領の言葉に応え、団員を五人ほど連れて広場の脇道へと入る。
「上から岩を落としてペシャンコにしてやるぜっ!」
「おぉ!過激だぜ、お嬢!」
均衡した状況を打開すべく、トラップを作動させるために別行動を取った一行だが、その直後、戦場の様子は一変する。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「な!?今のは……お前ら!あとは任せるぞ!!」
響き渡る魔物の怒号。
嫌な予感を察知したシャンティは、その場を部下に任せて、先の広場に戻る。
「一体何が――って、おいおい……ちくしょう……!」
「シュルルルルル……!」
広場に戻った彼女の目に映ったのは、全長十数メートルはあろうかという巨大な蛇の魔物と、まさに睨まれた蛙のように動けずにいる盗賊団の面々。
「か、隠れてくだせぇ、お嬢!!」
戻ってきたシャンティの姿に、とっさに声を出してしまう団員。
その声をきっかけに、魔物は盗賊団に襲い掛かった。
「ぎゃあああああああああ!」
「くそったれがぁあああああああああ!」
帝国軍が召喚した魔物は、たった一匹で戦況を塗り替えていく。
「てめぇ……アタシの家族に……何してんだぁあああああ!!」
仲間の危機を救うべく飛び出そうとしたシャンティだったが、その頭上を影が飛び越えた。
「えっ?」
「……」
颯爽と蛇の前へと躍り出た男。
男は無言のまま目を閉じ、手にする杖に力を込めている。
「あぁん?誰だこいつは!?」
「お頭ぁ!こいつ、ジール自警団の団長シャフールですぜっ!」
「自警団だぁ?何するつもりだ……?」
突如現れたシャフールを警戒するように見守っていた魔物だが、ただ目の前に仁王立ちするだけの彼に対し、すぐに攻撃態勢へと移行する。
「シャアアアアアアアアアア!!」
やられる。
シャンティが予感した瞬間、シャフールは目をカッと見開き、呼応するように杖が眩しく輝いた。
「シャアアア!?」
周囲の砂が巻き上げられるようにして魔物を包み込み、瞬く間に球状に押し固めていく。
そこにかけられているであろう凄まじい圧力により、魔物は圧迫され、その塊は見る見るうちに岩のように硬度を増す。
「な、何だとぉ!?」
これほどの術士の登場を想定していなかった帝国軍の兵士達に動揺が走る。
「今だぁああああ!押し返せぇえええええええええ!」
頭領の怒声が号令となり、傷つきながらも立ち上る団員達は、帝国兵へと襲い掛かる。
「てっ、撤退だぁああ!退けぇええええええ!!」
流れるように戦線は押し切られ、あえなく退散していく帝国軍。
その間、シャンティはシャフールの姿から目を離すことができなかった。
彼女は不思議と自身の鼓動が強くなっていくのを感じる。
シャフールの周囲に溢れる魔素がそうさせているのか、彼女の目には、その姿がとてもキラキラと輝いて映った。
「…………っ!」
だが、強大な力を持つ魔物を、長時間たった一人で拘束し続けるには、シャフール一人の魔力では無理があった。
拘束していた岩には裂け目が走り、その隙間を突いた魔物は、尾を鞭のようにしならせて彼を打つ。
「……ぐはっ!」
重量と遠心力により、とてつもない威力となった攻撃をその身に受けたシャフールは、軽々と吹き飛ばされ、硬い石壁へと叩きつけられた。
撤退していく帝国兵たちを追撃していた盗賊団は、すぐさま踵を返して魔物を討ちに戻るも、辿り着くまでにかかる時間はシャフールが噛み殺されるのには十分すぎるものだった。
「ちっ!間に合わねぇ!」
パックリと大きな口を開け、魔物が今まさにシャフールに食らいつこうとした時――
「おらぁああああ!どこ見てんだ、てめぇえええ!」
突如、下顎を叩き斬られた魔物。
それをやってのけたのは、自分の身の丈ほどもある大剣を振るうシャンティだった。
「シャアアアア!!」
「これで終わりだ、ノロマぁああああああ!」
返す刃で魔物の首元を華麗に斬り飛ばす。
シャフールの術で弱っていたとはいえ、巨大な魔物を見事に倒したシャンティの姿に、一同は息を呑んだ。
「見たかお前ら!アタシだってなぁ――うおっ!」
鼻高々にポーズを決めようとした彼女だが、その背中にドンッと重たくのしかかる何か。
「……」
「お、おい!大丈夫か、お前!?」
戦場に飛び込んだシャフール。
恐らくは攻撃を受けた直後に気を失っていたのだろう。
力なくうなだれた彼の身は、そのままシャンティの背に預けられる形となっていた。
彼を抱きかかえるようにしながら、どうしていいかわからずに立ち尽くすシャンティ。
「うわぁ……」
すぐ傍に見える眠るシャフールの顔。
彼女が感じる心臓の鼓動の高鳴りは、戦闘による高揚とは明らかに違うもの。
「……え!?嘘だろ!?これってもしかして……!」
彼女の心は、新たな感情の芽吹きを予感した――
――遺跡での戦闘直後
「……う……んん」
「うぉ!?えっと、えっと!」
傷だらけの姿となり、気絶していたシャフールを床に寝かせ、治療を行っていたシャンティ。
シャフールが目を覚ましそうになった途端、なぜだが無性に逃げないといけない衝動に駆られ、彼女は部屋の外へと飛び出す。
そこで、たまたま様子を見に来た頭領、つまりは彼女の父に出くわした。
「何やってんだ?お前」
「あっ!お、親父!あいつが目を覚ましたぜ!」
「……そうか。ちょっくら話を付けてくる……お前は外に出てな」
「はぁ!?なんでだよ!アタシが治療してやったってのに――」
バタンッ!
と勢いよく閉められたドアの音にシャンティの声は遮られた。
「ちょっ!?クソ親父め!」
部屋を閉め出されたシャンティは、そっとドアに近づき、中の声に聞き耳を立てる。
盗賊団の頭領である父と、それを助けたジール自警団の団長シャフール。
いけないことだとは思いつつも、二人が何を話すのか、気になって仕方がなかった。
「気が付いたか。ここは俺たちのアジトよ」
「……」
「ふん。噂通り無口な野郎だ……」
「……」
「まぁ、それならそれでいい。手短に済ませられそうで何よりだ。おめぇさん、何で俺たちを助けた?」
「……帝国軍は敵だ」
「そりゃ違いねぇが、自警団のあんた達にとっちゃ、俺ら盗賊も敵なんじゃねぇのか?」
「……君達のことは知っている」
「けっ……ただの英雄ごっこって訳でもなさそうだな」
シャンティの父が率いる一団は、盗賊団と名乗りつつも、その行いは義賊的なものだった。
帝国軍の物資を奪っては貧しい村々に恵んだり、武器を奪って戦争の妨害をしたりと、その行動は多岐に渡る。
そして、今回戦場となった遺跡は、この盗賊団にとっての故郷であり、家でもあった。
表立っては知られていないはずの情報だが、自警団のシャフールは確かにそれを知っているようだった。
「……我々と協力を」
「あぁ?俺らと手を組もうってのか?」
話を聞いているシャンティには良い話に思える。
今回のような大規模戦闘が続けば、歴戦のならず者達とはいえ、いずれは消耗し、圧倒的な物量と兵力の前に屈してしまう。
立ち向かうためには大きな力、より多くの同志が必要だ。
「断る!」
「……何故?」
「うるせぇ。話は終わりだ。もう歩けるだろ?助けてもらったことには礼を言うが、こっちも借りは返したつもりだぜ……」
急かすようにシャフールを帰らせる父。
諦めたシャフールが部屋から出てくるのを感じたシャンティは、慌てて物陰へと身を隠す。
シャフールがアジトを去ったのを確認し、部屋へと殴りこむように飛び込んだシャンティは声を荒げた。
「何でだ、親父ぃ!自警団と協力すれば、アタシらだってもっと楽に仕事ができる!」
「けっ……やっぱ盗み聞きしてやがったのか」
やれやれと言わんばかりの顔を娘へと向ける父。
「詳しく知らないだろうが、俺たちは……病気、家の問題、いろんな事情を抱えて町から追われた、見捨てられた連中の集まりだ」
父は静かに語り出した。
「だが、自警団の連中は違う。人々から求められ、称えられる、そりゃもう眩しい存在さ。そんな奴らの隣に、俺たちの居場所なんてねぇのさ。手を取り合ったところで、俺たちがどんな目で見られるかわかりきってる……」
「そ、そんなことやってみないとわからねぇだろ!?」
「何よりなぁ、少しいい顔されたからって、俺が真っ先に手を取りに行くなんてことやっちゃいけねぇのさ。それが頭領としての、家族であるアイツらを守る家主としての責任だ。これは娘のおめぇの言葉でも曲げられねぇ!」
「でも、このままアタシ達だけで帝国を敵に回し続けることがヤバいってことくらいわかってんだろ!?せっかく協力しようって言ってくれる人がいたんだ!手を取り合うのがそんなに悪いことなのかよ!」
「……悪かねぇさ。ただ、それは今回じゃなかった。アイツらじゃなかったってだけの話だ」
「いつだよ!?そんな日、いつ来るんだよ!?誰となら組めるんだよ!?」
「……さぁな」
「なんだよそれ……情けねぇ!アタシは親父とは違う!アタシは諦めねぇからな!!」
「あぁ?今日はやけに食い下がるじゃねぇか。いつもはすぐに拗ねて逃げ出すってのによぉ」
ギクリとした。
いつも簡単に父に説き伏せられてしまうはずなのに、今日に限ってはいつもと違う。
絶対に諦めたくないという気持ちが沸々と湧いてくる。
何故だろう。
素直に自分の心を問いただし、言葉を選ぶ。
「そ、そりゃあ……せっかくの機会だし……別に悪いヤツじゃなさそうだし……」
「おい……おいおい!ちょっと待て!てめぇ、あのシャフールって野郎に惚れたんじゃねぇだろうな!?」
「……は?」
父の言葉により、その感情の正体を悟るシャンティ。
「いやいやいやいや!あ、あれだけの力持ってるんだし、せっかくシャフールさんの方から声かけてもらったんだぜ?そんな簡単に無下にすんのも悪いんじゃないかなってちょっと思っただけだよ!」
(そうだよ!!ちょっと助けられて、助けてをやったくらいで、簡単にヒョイヒョイ惚れてたまるかよ!!)
「シャフールさんだぁ……!?とりあえずシャフールの野郎は死刑決定だ!おめぇの目の前でぶっ殺して諦めつけさせてやる!」
「はぁ!?ざけんなよクソ親父!その前にアタシがおめぇをぶっ殺す!!」
「上等じゃねぇか、ついこの前まで寝小便たれてた小娘が!一度でも俺に勝てたことがあったかよ、あぁ?」
「ぜっっっってぇブッ殺す!娘に向かって気色悪ぃこと抜かしてんじゃねえぞクソバカ親父!!」
―――――
―――
――
―
一晩中続けられた決闘さながらの親子喧嘩。
いつの間にか騒ぎを聞きつけた団員達もその場に集まり、決着の様子を見守っていた。
「うぉおおおおおお!お嬢の勝ちだ!!」
「とうとう、お頭をぶっ飛ばした!流石だ、お嬢!」
「ふんっ!世話になったなクソ親父!この想いはアタシだけのもんだ!やりたいようにやってやる!」
「ぐぅ……あぁ、畜生め。どこへでも行けってんだ、じゃじゃ馬娘が!」
父に真っ向から挑み、初めて勝利したシャンティ。
気持ちと共に力まで一緒に沸いてくるのをハッキリと感じる。
「あぁ……お嬢!どうかお元気で!!」
「あんな男のところに俺たちのお嬢が……うぅ……くぅうう……」
「ちげぇよ!!親父もおめぇらも勝手なこと言いやがって!!」
(そんなに言われると変に意識しちまうじゃねぇかよ!くっそ!まだだ!まだ完全には落ちてねぇぞ……!)
「……うっ……うぅ……」
「あ……へへっ……湿っぽくなっちまうじゃねぇか。じゃ、アタシ行くよ……体、気を付けろよ」
「まったく……変なところだけ母親によく似てやがる……自分が本気で決めた道なんだ。てめぇ、中途半端なことすんじゃねぇぞ?」
「おぅ!」
その日、シャンティは家である盗賊団を抜け、ジールへと一人で走り出した。
揺れる想いを胸に秘めながら。
「で、なんでゴミ拾いなんかしなきゃなんねぇんだよ……?」
団員達との顔合わせを無事に済ませ、遂に始まったシャンティの新しい日常。
彼女にとっての初の任務は遺跡の安全確認と整備。
だが、その内容は遺跡周辺の清掃だった。
いきなり帝国軍とドンパチなんてことにはならないにしろ、要人の護衛、魔物の討伐、そんないかにもな任務を想像していた彼女にとって、こういった任務には魅力を感じられずにいた。
「おーい!調子はどうだいお嬢ちゃん?」
完全に気を抜いていたシャンティの元へ、デューンとドゥーナが不意を突くようにやってきた。
「うぉ!?あ、えっと、なかなか大変な任務ですね!」
(あっぶねぇ……また素が出てたぜ……)
盗賊団の頭領の娘であるシャンティは、同盟の誘いを断った父とは違う生き方を選んだ。
それは、シャンティが一個人として自警団に加わり、シャフールと共に戦う道。
そのため、あまりおおっぴらには素性を明かせないのである。
「はっはっは!これくらいの任務ならまだまだ軽いもんだぞ!」
「ほらシャンティちゃん。手が止まってるよ。遺跡周辺の環境整備も立派な任務です」
「そりゃ、そうかもだけど……」
「さては、魔物がババーン!とか、野盗をズドドーン!みたいなのを期待してたか?」
「そう!それそれ!魔物!!野盗!!」
「ふふ。それは心強い。そういった任務もないわけでもないよ。毎回ではこっちの身が持たないけどね」
「ほほう……?」
その言葉に強く好奇心が刺激され、楽しみが増えたと口元がにやけるシャンティ。
「実際のところ、盗賊まがいのことをする連中もいてね。貴重な遺跡の中を荒らしまわる乱暴な――」
「アイツらはそんなことしねぇよ!!」
瞬間、浮かんできた親父の、アイツらの顔。
皆を馬鹿にされたかと思うと、どうしても我慢できなかった。
思わず大声で怒鳴ってしまったシャンティに、驚いたまま動けずにいるデューンとドゥーナ。
「……お、お嬢ちゃん??」
「あ……その……昔、盗賊団に知り合いがいて、すごく良くしてもらったことがあるっていうか……あはは……」
(あ……つい……やっちまった…………)
「そうだったんだね。ゴメン。その知り合いの人や盗賊団の事を悪く言ったわけじゃないんだ。どんな境遇であれ、君の言うような良い人もたくさんいるのは知っているよ」
「でもなぁ、中には悪い奴らだっていやがるのさ……そういう奴らをやっつけるのも俺達の仕事の一つってわけだ!はっはっは!」
「……そ、そうだよな!アタシも!アタシも……大きい声出してゴメン……なさい……!」
「いやぁ、ビックリしたぜ?熱くなった途端に性格が変わったみたいによぉ」
「え?あ、あー……そ、そういえば、シャフールさんのお姿が見えないようなー?」
(そ、そう!これはこの場を誤魔化してるだけで、決してシャフールさんの事が気になって仕方ないわけじゃねぇ……!)
「団長ならさっきパンパンになったゴミ袋を三つも抱えてゴミ捨て場の方へ歩いて行ったぜ」
「たまには気を抜いてくれてもいいんだけど……我々も負けていられないよ!」
「は、はい!頑張ります!」
(団長っていっても、椅子で踏ん反り返ったりしてるわけじゃねぇんだな……)
――翌日
「今日はこの遺跡の調査だ。まだ探索しきれていない箇所も多いから、慎重にな!」
「わかりました!」
(懐かしいぜ、この遺跡。ガキの頃によく遊び場にしてたっけ)
「えっと……今回調査する予定の場所はこの辺りだね」
未完成の内部地図を広げながら、ドゥーンが調査予定の箇所を指し示す。
「あー……そこなら完全に崩落してて、中にはネズミ一匹入れねぇよ?」
ヒョコッと地図を覗き込んだシャンティが指摘する。
「え?シャンティちゃんここに来たことがあるの?町の指定危険区域だよ!?」
「え!?あ、えっと……なんか、そんな予感がするなー!なんて!おほほほほ!」
(そうなのかよ!親父達とよく来てたから、安全な場所だと思ってたぜ……!)
「はっはっは!さては、奥の方は面倒だから、適当に埋めてさぼろうって魂胆か?策士だねぇ!」
「あ、あちゃー!ばれちゃったかぁ!おほほほほほ!」
(何とか誤魔化せたか!?マジでちょっと気を付けねぇと……)
「…………」
――さらに翌日
「報告があったのはこの辺りだね。デザートホーンリザードの群れが発生してるって話だけど」
「なんか恐そうですねー!」
(そうだよ!チマチマした任務じゃなくてこういうのを待ってたんだよ!いかにも骨のありそうな響きの獲物じゃねぇか!)
「はっはっは!まあけっこうでかいしな。一般人からすりゃ恐いもんだろうぜ!」
「……来るぞ」
何かを察知したシャフールの声に反応する一同。
期待に目を輝かせるシャンティの目の前に、無数のトカゲが地中から姿を現した。
「さぁて、おでましだぁ!」
「シャンティちゃん。無理はしないようにね!デューイ。君もあまり油断しすぎないように!」
体長は1〜2mほどで、角ばった鎧のような皮膚を纏っている。
よくよくその姿を観察するシャンティだが、それはどこか見慣れた形をしていた。
「え?あれ?こいつら……ツノヘビじゃん」
「ツノヘビ??」
「アタシらのところではそう呼んでたぜ。じっくりと焼いて塩を一振り……これがたまんねぇんだよなぁ……なぁ!?」
(くっそぉ!もっと強そうな魔物を想像してたってのに!でも、これはこれでおいしいか……?)
振り向きざまに、満面の笑みで微笑みかけたシャンティの前に並んでいたのは、ポカンとした表情のまま立ち尽くす自警団の三人。
「……あれ?食わないの……?」
「すまねぇ……食えるなんて聞いたことなかったもんでつい……」
「え……?あ……村の風習というか、珍味的なものというか……あはは」
(おいおい、普通は食わねえのか!?親父がこの辺りの名物だって言ってたのに…あ、アタシ騙されたのか!?あのクソ親父ぃ!!)
「…………」
「なんともワイルドな生活をしていたようだね……あれ?どうかしましたか?団長」
「……いや」
―― 一カ月後
毎日欠かさず自警団に顔を出し、任務をこなし続けたシャンティは、一人前の自警団員としての存在を団内に示し、その信用と評価を高めていった。
ここは自警団指令部が本部を置く兵舎。
……ィ――
――あれ……?誰かに呼ばれたような……
……ティ――
――シャフールさんの声……?あぁ……あなたの声がこんなに近くに聞こえます……
……ンティ――
――いや、近いですよシャフールさん……ダメですってばぁ……
シャンティ――
――いやいやいやいやいやいや近い近い近い近い近い近いって!!
「―――――――ッ!……って……ふぁ?」
気が付くと、そこにはいつもの指令室の風景。
どうやらまた仕事中に寝てしまっていたようだ。
寝ぼける頭をポリポリと掻きながら、ゆっくりと身を起こす。
「ふぁあ……!」
(それにしても、あんな夢まで見ちまうなんて……やっぱり……)
「……起きたか?」
「あ、シャフールさん。わたし、また寝ちゃったみたい……ふぉおおおおおお!?」
目覚めて間も無いというのに、瞬間的にシャンティの脳は覚醒。
その様子をシャフールに見られていたことにやっと気が付く。
乙女として、シャフールの前で粗相がないかを急いで分析。
「えっと……えっと……」
(寝癖は……問題なし!服装も……乱れてないな!よだれは……垂れてないぞ!寝言は……わからん!いびきは……わ、わからん!クマは……よし、いないな!え?クマは?)
足を掴まれ、ぷらぷらとシャフールの手にぶら下がる愛用抱き枕ならぬ、抱きぐるみのクマ。
「あぁああ!シャ、シャフールさん、それ、それはですね……えっとですね……!」
「……」
「そ、そう!これは、知り合いの子にプレゼントとして用意したものでして!」
自分に似合わないものだと決め込んでいるシャンティは、クマの存在の説明をしようと必死に理由を探す。
そんな姿に、彼の顔がわずかに微笑んだように見えた気がした。
「……可愛いクマだ」
「え……?あ、あぁ!ありがとうございます!!」
(いやいや!勘違いすんなよ!?クマだから!可愛いのはクマだから!!)
「……今日は休んでいい」
「え?」
「……疲れもたまっているな。丁度、今日祭りがあるから、顔を出してみるのもいいだろう」
一カ月足らずとはいえ、ずっとシャフールを見続けてきた彼女。
その言葉は、事務的な内容だったが、彼女にとっては初めてかけられた思いやりの言葉。
「あ……」
普段はほとんど言葉を口にしないシャフールの気持ちに、呆然と立ち尽くすシャンティ。
「……?」
「い、いえっ!なんでも……なんでもありません……!」
嬉しい。
感情の波に呑まれそうになる彼女。
「……あの、シャフールさん。その……仕事が終わってからでいいんで、ちょっと、ほんのちょっと、一緒にお祭りどうですか?」
彼女同様、休暇を取らず働き続けていたのはシャフールもまた同じだった。
頂戴した思いやりの感謝に対し、自分にも何かできないかと思うと、自然と口が動いていた。
「あれ?今アタシなに言いました!?わ、忘れてくださいっ!!」
(ボケーっとなに口走ってんだバカ野郎!うわわわわ!顔から火が出そうだっ!)
「……わかった」
「え?」
「……なるべく遅くならないようにしよう」
「ほ、本当ですか!?じゃ、じゃあ、中央広場の噴水の辺りで待ってますんで!」
「……わかった」
「で、では、失礼しますっ!」
(やった!よくわかんないけど、やった!!シャフールさんとお祭り!くぅううううう……なんか燃えてきたぜちくしょおおお!)
淡い恋心を抱く乙女の勝負が幕を開ける。
毎年この時期に三日間かけて盛大に行われる『星見祭』
一年の中で、夜空に浮かぶ星々が最も綺麗に見られるとのことから名付けられたこの祭り。
マーニルの星詠みが足を運ぶことも多いと言われ、遠方からも多くの観光客が集まり、大変な賑わいをみせる。
また、ロマンチックな星空を堪能しようと、夜には恋人連れで溢れ返ることでも有名である。
自室に戻っても特にやることのなかったシャンティは、指令室から直接祭りへと赴いていた。
「くんくん……このうまそうな匂い……たまんねぇ!はははっ!」
休日の開放感と祭りの空気は、普段から口調にも気を付けて団員と接する彼女にとって、またとないストレス発散の助けとなった。
「ちょいとそこのお嬢ちゃん!」
「え?アタシか?」
シャンティに声をかけたのは、女性ものの衣服を扱った小さな露店商だった。
「そうそう!あんた、今夜のデートに備えて、いろいろと用意しなきゃいけないものもあるんじゃないかい!?」
「な!?デ、デートなんかじゃねぇよ!ただ、ちょっと一緒に息抜きでもと思ってだな……」
「そうかい、そうかい!で、こんなのどうだい?」
シャンティの話を聞き流しながら、自信満々に商品を売り込んでくる女主人。
それは伝統的な衣装をモチーフに、細かな装飾が施されたなんとも美しい一品。
こういったものにはあまり関心を持ってこなかったシャンティですら、つい目を奪われてしまう。
「お……おぉ……!あー……いや、でもやっぱりアタシにはこういうのは……」
「何言ってんだい!男ってのは普段とのギャップってのに弱いもんさ!こういう時こそ自分をアピールする大チャンスだよ!?」
「……や、やっぱり女の子らしい恰好した方が……その……男ってのは喜ぶもんなのか?」
引き込まれるように女主人との間合いを詰めていくシャンティ。
「もちろんさ!可愛い女が嫌いな男なんていないよ!あいつらみんな単純なんだから!」
「そ、そうなのか?」
「もしこの服がご入用ってんなら、特別にこの髪飾りとネックレスも付けようじゃないか!」
「なんだって!?そりゃ随分と太っ腹だな!」
「で、どうするね?このチャンスを逃したら、その男が他の女のとこにいっちまうかも――」
バンッ!
と勢いよく店のカウンターを叩いたシャンティ。
「買った……!」
今月受け取った給料の半分以上を一気に放出することになるにも関わらず、その目に迷いはなかった。
そのまま服を着せてもらい、商人の計らいで髪型までセットしてもらったシャンティ。
「へへっ!やっぱちょっと恥ずかしいな……!」
「よしっ!最後の仕上げだよ!」
店の奥から何かを持ってきた女主人。
それをシャンティの首元に近づけ、シュッと一吹きする。
「お?なんかいい匂い……」
「わたしが旦那を落とした時に使った香水だよ!サービスしといてやる!」
「何から何までありがてぇ……!恩に着るぜっ!おばちゃんっ!」
「こういうときは嘘でも『お姉さん』って言うもんだよ!あんたも負けんじゃないよ!」
「おぅ!サンキューな!」
あとはシャフールを待つだけ。
徐々に落ち始めた陽を眺めながら、それを胸にしまい込むように心をたぎらせていく。
勝負まであと数時間。
軽く出店を回りながら、雰囲気を満喫するシャンティ。
盗賊団として生きてきた彼女にとって、町をあげての祭りごとに参加するこの機会は、大きな衝撃だった。
まるで未知との遭遇ともいえる様々な発見や体験に胸躍らせる。
「くぅううう!楽しいなぁ!アイツらもいつか参加できるようになる日が来るかなぁ……」
ふと盗賊団にいた頃の思い出が頭をよぎり、つい感傷的になってしまう。
「大変だぁあああああああああああああ!」
だが、そんな彼女の複雑な気持ちを吹き飛ばすように響き渡った悲鳴。
はっと我に返ったシャンティは、騒ぎの中心を探して駆け出す。
「助けてくれぇええええええええ!」
町の中央広場。
最も人混みで溢れる場所で事件は起こっていた。
「何ごとだってんだ!?」
町の自警団の一員として、顔が売れ始めていたシャンティ。
駆け付けた彼女を見つけた町の人間が事情を説明しにくる。
「見世物屋の檻から魔物が逃げ出したんだ!」
「はぁ!?なんでそんな危ねぇもん町中に連れてきてんだよ!」
「安全管理は万全だとかで、町の役人を黙らせたらしい!」
「やべぇな……獲物なんか持ってきてねぇぞ!」
シャンティは、休暇中に、それも祭りの最中を、無粋なものをぶら下げたまま歩くのもいただけないと、愛用の大剣を指令室に置いてきていた。
視認できる魔物は三体。
そこまで脅威となる個体はいないようだが、いくら何でも素手で戦える相手ではない。
シャンティは周囲をくまなく見渡して、武器にできそうなものを急いで探す。
「いやぁあああああああああ!」
しかし、それも間に合わず、魔物の一体が観光客に今まさに襲い掛かろうとしていた。
「ちっくしょう!」
その身一つで飛び込み、魔物に体当たりをかましたシャンティ。
「こっちだ雑魚共!アタシが全員ぶちのめしてやるよぉおお!」
魔物たちの目の前で手を広げ、あえて注目を集めるように大声を上げた。
「ありゃ自警団の……シャンティちゃんじゃねぇか?」
「あぁ、間違いねぇ!でも、武器も持たずにいくらなんでも無茶だぜ!」
「他の自警団の連中は何をやっている!?」
その光景を目にした人々が口々に騒ぐ。
(団員はみんな別任務中で、駆けつけるまでにまだかかる!でも、手を借りようにも祭りの警備は雇われの素人ども……へへ……アタシがやるしかねぇじゃねぇか!)
眼前に立ちふさがるシャンティを前に、三体の魔物達は一斉に襲い掛かる。
鋭い爪や牙から繰り出される攻撃をギリギリのところでかわしながら、攻撃を加えていく。
しかし、いくら彼女が戦闘慣れしているとはいえ、素手での打撃が魔物に対して効果があるとはいえなかった。
「くそっ!」
次第に疲れが出始める。
それに相反してますます殺気立つ魔物達。
このままでは結果は目に見えていた。
「あ……あんな子が一人で戦ってるんだ!俺たちだって!」
「そ、そうだ!皆で戦えば!」
戦況を見かねた観衆の中からそんな声が聞こえ始める。
「素人が手を出すんじゃねぇ!さっさと逃げりゃいいんだよっ!」
シャンティはすかさずそれを怒声で制止する。
が、そんな周りに気を取られたほんの一瞬の隙が、攻撃をかわす判断を一瞬遅らせた。
「うっ……!」
華奢な身体に強烈な爪の斬撃を受けたシャンティは、軽々と打ち上げられ、追撃の体当たりを食らう。
「ぐ……いってぇ……さすがにやべぇなこりゃ……」
もはや立ち上がるのがやっとに見える。
シャンティ自身も自分の限界を感じ始めていた。
「お嬢ちゃん!これ使いなっ!!」
絶体絶命の窮地の中、耳に入った聞き覚えのあるその声に反応するシャンティ。
声の主は何かを彼女の頭上に投げ入れる。
「ありがてぇぜ!『お姉さん』!!」
声の主はシャンティの服を見繕った露天商の女主人だった。
跳び上がり、しっかりと受け取めたシャンティは、それを強く握り締める。
「おぉ!こりゃぁ……!」
「クソ鍛冶師の旦那が仕上げた奇跡の一品さね!とっとと片付けちまいなっ!」
受け取ったのは身の丈ほどの大剣。
愛用の剣に近いそれを、軽く素振りをして感触を確かめる。
自分の剣よりも少し細身だが、その分軽くて振りやすく、手にも良く馴染む。
「こんなもんまで扱ってんのかよ!まったくなんて物騒な服屋……でも、いい仕事だっ!」
獲物を手にしたシャンティを前に、魔物達は警戒を強め、その様子を鋭く観察する。
「よぉ……よくも好き放題やってくれたなぁ……ぶちのめしてやるよぉおおおおおおおおお!」
鬼神の如し暴れっぷりだった。
瞬時に間合いを詰めて先頭の魔物の首を刎ね落とす。
反射的に後ろに跳んだ残り二頭のうち、一頭の首元をすかさず掴み、そのまま撫で斬り。
残された最後一頭は恐怖に駆られたのか、その場から逃げ出そうとする。
そこへすかさず追撃するように放たれた斬撃。
シャンティの一振りが生んだ風圧に風の魔力を纏わせ、必殺の一撃となったそれは、意図も容易く魔物を両断した。
瞬く間に三頭の魔物を討伐し、剣についた血を掃い、そのままそれを肩にトンッと背負う。
彼女は、観衆の呆気に取られた様子に気が付くと。
「もう大丈夫だぜ!気合入れて祭りを盛り上げてくれよなっ!」
向けられた笑顔でのブイサインを見た途端、声を失っていた観衆達が今日一番の歓声を上げた。
「「おぉおおおおおおおおおお!!」」
「よくやったなお嬢ちゃん!今日の祭りは今までで最高の祭りになるぜ!」
「助けてくれてありがとうございました!この恩は決して忘れません!本当にありがとう!」
褒められることに不慣れなシャンティにとって、方々からかけられる感謝の言葉はとてもくすぐったく、照れくさく感じられた。
「お、おぅ……へへ……へへへ……」
(ここはいいところだぜ。アタシだって認めてもらえたんだ。親父たちもいつかきっと認めてもらえるような、そんな世界にアタシが変えてやるんだ……!)
喜びに沸く広場。
皆が酒をあおり、踊り狂う熱狂の中、そこから一つだけ逃げるように去っていく人影をシャンティは見逃さなかった。
「おっと、最後の仕事が残ってたみたいだな……」
「よぉ……もうお帰りか?祭りは満喫できたかよ?」
背後からのシャンティの声に、ビクッと肩を鳴らして立ち止まる人影。
「てめぇだな?魔物をわざと逃がしやがったのは」
人影の正体は見世物屋の店主。
「な、なんのことかね?」
「おいおい……この状況でアタシを前に、言い逃れできるつもりでいるんなら舐めてくれたもんだよなぁ?」
ドンッと剣を地面に突き立て、殺気を含んだ睨みを利かせる。
「檻は壊れてなかった。どう考えても変だろ?誰かが鍵を外さねぇとあんなことにはならねぇ」
「……わ、わかった!全部話す!だから命だけは助けてくれ!!」
あの戦闘を目撃してからでは無理もない。
下手な真似をすれば、命を取られると理解した男は、饒舌に語りだす。
わざと魔物を解き放ち、事件を起こしたこと。
目的は、祭りをめちゃくちゃにすることで自警団の信用を失墜させることにあったこと。
自警団がなくなれば、遺跡荒らしの障害は減り、仕事がずっと楽になるという事。
「で、誰に雇われたんだ、てめぇ?」
「南に新しくできた盗賊団だ!その頭領とは古い付き合いで、いい話があると持ち掛けられて……」
「なるほどなぁ……掟もルールも知らねぇクズ共が……!」
「全部しゃべったんだ!み、見逃してはくれないか……?金が欲しいならそれもくれてやる!だから、な!?」
「お?そっかそっか……安心したぜ!」
「あ……あぁ!任せてくれ!金庫番にも顔が利くからな!いくらでも用意してやれるぞ!」
「いやぁ……てめぇが、脅されたり、騙されたりしてこんなことしたんだったらどうしようかと思ったけどよぉ……思った通りのクズなおかげで、躊躇なくぶっ飛ばせるぜ!」
「ひ……!」
「その薄汚ぇ性根、叩き直してやるよぉ!!」
その後、気を失った犯人を警備兵へと引き渡したシャンティ。
「前のアタシだったらマジでぶっ殺してたな……丸くなったもんだぜ……はぁ……」
落ち込んだ様子で広場へと戻る彼女。
その足取りはとても重かった。
せっかく用意した服は戦闘でボロボロ。
整えたはずの髪もボサボサ。
「……へへ……こんな格好じゃあシャフールさんに会いになんて行けねぇな」
祭りには戻らずに、そのまま裏道を抜けて町はずれまでやってきたシャンティ。
何気なく外壁の上によじ登り、一人、黄昏た表情を浮かべる。
「やっぱ性に合ってなかったんだよ……まぁ、祭りは無事だったんだし、よかったよかった……」
自然と涙が込み上げてくる。
いろんな感情が押し寄せ、彼女の心を絞め付ける。
「……シャンティ」
そんなシャンティの不意を突くように足元から名前を呼ばれた。
慌てて目に浮かんだ涙をぬぐい、壁の下を見下ろす。
「シャ、シャフールさん……何でここに……?」
「……待ち合わせ場所に姿がなかった」
「あ、あぁああ!アタシ、何も言わずに約束破っちゃって!」
「……構わない」
そう言うと、シャフールも壁の上まで飛び上り、シャンティの隣に腰を掛けた。
「え!?シャフールさん!?」
(うわっ!?なんだ、なんだ!?な、何か話さないと!ごめんなさい?お疲れ様でした?あぁあああああ!わかんねぇ!わかんねぇよもう!!)
「……話は聞いた。頑張ったな」
シャフールから静かに、そして優しくかけられた声。
シャンティの心を絞め付けていた縄がそっと解けていく。
「……はい……頑張りました」
「……綺麗な星空だ」
「……はい……とっても綺麗です」
暖かな何かに心を包まれながら、そっと見上げた星空。
星は滲んでよく見えなかったが、きっと今まで見たどんな空よりも美しく輝いていたことだろう。
大陸の西に位置する砂漠の町『ジール』
帝国軍と対立しつつ、町や周囲の遺跡を管理、整備することを目的とした町の自警団に、今日、新たなメンバーが加わることとなった。
(あぁああああああ……なんだよ「よろしくねっ!」って……あんなに練習したのに……!)
「あっはっはっはっは!そんなに緊張しなくてもいいぜ、お嬢ちゃん!俺はデューンってんだ!よろしくな!」
「歓迎するよ。シャンティさん。僕はドゥーナです」
「おぉ?あ……よ、よろしくお願いします!」
シャンティの緊張とは裏腹に、温かく新入りを歓迎する自警団のメンバー。
その様子を受け、シャンティ自身も少しホッとする。
だが、入口のドアが開き、新たに入ってきた男により、その緊張は更に増すことになる。
「お!おはようございます、団長!」
「お疲れ様です。シャフールさん」
団員達が口々に挨拶をする若い男。
自警団の団長シャフールだ。
「お、おはようございます!」
「……おはよう」
団員に続けといわんばかりに、少し上擦った声で挨拶をしてみるシャンティだが、返答の声はとてもか細い、そして感情の薄いものだった。
「気にすんな!団長はもともと、ああいう人だからな!怒ってるわけじゃねえから安心していいんだぜ?」
「ふふ。むしろ、声に出して挨拶をする方が珍しいくらいだよ。ご機嫌なのかな?」
シャンティが落ち込むことを危惧した団員達がフォローに入ったが、今の彼女の心には、そんなもの必要ない程の喜びが満ち溢れていた。
もちろん、言葉にしてかけてもらえた挨拶に対してもだが、それ以上に「この人と一緒に戦える」ということへの喜びだった。
シャンティは既に彼を知っている――
――数日前
「怯むな!迎え撃て!ガルヴァンドの威光を知らしめるのだぁ!」
「「うぉおおおおおおおおお!」」
ジール近郊に点在する古代遺跡。
そのうちの一つ。
宝物の眠る神殿広場にて、帝国軍と盗賊団による戦闘が繰り広げられていた。
宝を狙ってやってきた帝国軍と、遺跡を徘徊していた盗賊団が鉢合わせした結果、発生した戦闘だった。
「ちっ……お頭ぁ!ぞくぞく湧いてきますぜぇ!」
「わかってらぁ!おい、シャンティ!何人か連れて右側から回り込めぇ!」
「あいよっ!」
開戦時は数人同士の小競り合い程度のものだったが、互いが増援を呼び、今となっては数十人規模の戦闘へと発展していた。
そんな戦場の最中、場に似つかわしくない少女が一人。
シャンティの姿があった。
「てめぇら!ついてきなっ!」
「任せな、お嬢!」
シャンティは頭領の言葉に応え、団員を五人ほど連れて広場の脇道へと入る。
「上から岩を落としてペシャンコにしてやるぜっ!」
「おぉ!過激だぜ、お嬢!」
均衡した状況を打開すべく、トラップを作動させるために別行動を取った一行だが、その直後、戦場の様子は一変する。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「な!?今のは……お前ら!あとは任せるぞ!!」
響き渡る魔物の怒号。
嫌な予感を察知したシャンティは、その場を部下に任せて、先の広場に戻る。
「一体何が――って、おいおい……ちくしょう……!」
「シュルルルルル……!」
広場に戻った彼女の目に映ったのは、全長十数メートルはあろうかという巨大な蛇の魔物と、まさに睨まれた蛙のように動けずにいる盗賊団の面々。
「か、隠れてくだせぇ、お嬢!!」
戻ってきたシャンティの姿に、とっさに声を出してしまう団員。
その声をきっかけに、魔物は盗賊団に襲い掛かった。
「ぎゃあああああああああ!」
「くそったれがぁあああああああああ!」
帝国軍が召喚した魔物は、たった一匹で戦況を塗り替えていく。
「てめぇ……アタシの家族に……何してんだぁあああああ!!」
仲間の危機を救うべく飛び出そうとしたシャンティだったが、その頭上を影が飛び越えた。
「えっ?」
「……」
颯爽と蛇の前へと躍り出た男。
男は無言のまま目を閉じ、手にする杖に力を込めている。
「あぁん?誰だこいつは!?」
「お頭ぁ!こいつ、ジール自警団の団長シャフールですぜっ!」
「自警団だぁ?何するつもりだ……?」
突如現れたシャフールを警戒するように見守っていた魔物だが、ただ目の前に仁王立ちするだけの彼に対し、すぐに攻撃態勢へと移行する。
「シャアアアアアアアアアア!!」
やられる。
シャンティが予感した瞬間、シャフールは目をカッと見開き、呼応するように杖が眩しく輝いた。
「シャアアア!?」
周囲の砂が巻き上げられるようにして魔物を包み込み、瞬く間に球状に押し固めていく。
そこにかけられているであろう凄まじい圧力により、魔物は圧迫され、その塊は見る見るうちに岩のように硬度を増す。
「な、何だとぉ!?」
これほどの術士の登場を想定していなかった帝国軍の兵士達に動揺が走る。
「今だぁああああ!押し返せぇえええええええええ!」
頭領の怒声が号令となり、傷つきながらも立ち上る団員達は、帝国兵へと襲い掛かる。
「てっ、撤退だぁああ!退けぇええええええ!!」
流れるように戦線は押し切られ、あえなく退散していく帝国軍。
その間、シャンティはシャフールの姿から目を離すことができなかった。
彼女は不思議と自身の鼓動が強くなっていくのを感じる。
シャフールの周囲に溢れる魔素がそうさせているのか、彼女の目には、その姿がとてもキラキラと輝いて映った。
「…………っ!」
だが、強大な力を持つ魔物を、長時間たった一人で拘束し続けるには、シャフール一人の魔力では無理があった。
拘束していた岩には裂け目が走り、その隙間を突いた魔物は、尾を鞭のようにしならせて彼を打つ。
「……ぐはっ!」
重量と遠心力により、とてつもない威力となった攻撃をその身に受けたシャフールは、軽々と吹き飛ばされ、硬い石壁へと叩きつけられた。
撤退していく帝国兵たちを追撃していた盗賊団は、すぐさま踵を返して魔物を討ちに戻るも、辿り着くまでにかかる時間はシャフールが噛み殺されるのには十分すぎるものだった。
「ちっ!間に合わねぇ!」
パックリと大きな口を開け、魔物が今まさにシャフールに食らいつこうとした時――
「おらぁああああ!どこ見てんだ、てめぇえええ!」
突如、下顎を叩き斬られた魔物。
それをやってのけたのは、自分の身の丈ほどもある大剣を振るうシャンティだった。
「シャアアアア!!」
「これで終わりだ、ノロマぁああああああ!」
返す刃で魔物の首元を華麗に斬り飛ばす。
シャフールの術で弱っていたとはいえ、巨大な魔物を見事に倒したシャンティの姿に、一同は息を呑んだ。
「見たかお前ら!アタシだってなぁ――うおっ!」
鼻高々にポーズを決めようとした彼女だが、その背中にドンッと重たくのしかかる何か。
「……」
「お、おい!大丈夫か、お前!?」
戦場に飛び込んだシャフール。
恐らくは攻撃を受けた直後に気を失っていたのだろう。
力なくうなだれた彼の身は、そのままシャンティの背に預けられる形となっていた。
彼を抱きかかえるようにしながら、どうしていいかわからずに立ち尽くすシャンティ。
「うわぁ……」
すぐ傍に見える眠るシャフールの顔。
彼女が感じる心臓の鼓動の高鳴りは、戦闘による高揚とは明らかに違うもの。
「……え!?嘘だろ!?これってもしかして……!」
彼女の心は、新たな感情の芽吹きを予感した――
――遺跡での戦闘直後
「……う……んん」
「うぉ!?えっと、えっと!」
傷だらけの姿となり、気絶していたシャフールを床に寝かせ、治療を行っていたシャンティ。
シャフールが目を覚ましそうになった途端、なぜだが無性に逃げないといけない衝動に駆られ、彼女は部屋の外へと飛び出す。
そこで、たまたま様子を見に来た頭領、つまりは彼女の父に出くわした。
「何やってんだ?お前」
「あっ!お、親父!あいつが目を覚ましたぜ!」
「……そうか。ちょっくら話を付けてくる……お前は外に出てな」
「はぁ!?なんでだよ!アタシが治療してやったってのに――」
バタンッ!
と勢いよく閉められたドアの音にシャンティの声は遮られた。
「ちょっ!?クソ親父め!」
部屋を閉め出されたシャンティは、そっとドアに近づき、中の声に聞き耳を立てる。
盗賊団の頭領である父と、それを助けたジール自警団の団長シャフール。
いけないことだとは思いつつも、二人が何を話すのか、気になって仕方がなかった。
「気が付いたか。ここは俺たちのアジトよ」
「……」
「ふん。噂通り無口な野郎だ……」
「……」
「まぁ、それならそれでいい。手短に済ませられそうで何よりだ。おめぇさん、何で俺たちを助けた?」
「……帝国軍は敵だ」
「そりゃ違いねぇが、自警団のあんた達にとっちゃ、俺ら盗賊も敵なんじゃねぇのか?」
「……君達のことは知っている」
「けっ……ただの英雄ごっこって訳でもなさそうだな」
シャンティの父が率いる一団は、盗賊団と名乗りつつも、その行いは義賊的なものだった。
帝国軍の物資を奪っては貧しい村々に恵んだり、武器を奪って戦争の妨害をしたりと、その行動は多岐に渡る。
そして、今回戦場となった遺跡は、この盗賊団にとっての故郷であり、家でもあった。
表立っては知られていないはずの情報だが、自警団のシャフールは確かにそれを知っているようだった。
「……我々と協力を」
「あぁ?俺らと手を組もうってのか?」
話を聞いているシャンティには良い話に思える。
今回のような大規模戦闘が続けば、歴戦のならず者達とはいえ、いずれは消耗し、圧倒的な物量と兵力の前に屈してしまう。
立ち向かうためには大きな力、より多くの同志が必要だ。
「断る!」
「……何故?」
「うるせぇ。話は終わりだ。もう歩けるだろ?助けてもらったことには礼を言うが、こっちも借りは返したつもりだぜ……」
急かすようにシャフールを帰らせる父。
諦めたシャフールが部屋から出てくるのを感じたシャンティは、慌てて物陰へと身を隠す。
シャフールがアジトを去ったのを確認し、部屋へと殴りこむように飛び込んだシャンティは声を荒げた。
「何でだ、親父ぃ!自警団と協力すれば、アタシらだってもっと楽に仕事ができる!」
「けっ……やっぱ盗み聞きしてやがったのか」
やれやれと言わんばかりの顔を娘へと向ける父。
「詳しく知らないだろうが、俺たちは……病気、家の問題、いろんな事情を抱えて町から追われた、見捨てられた連中の集まりだ」
父は静かに語り出した。
「だが、自警団の連中は違う。人々から求められ、称えられる、そりゃもう眩しい存在さ。そんな奴らの隣に、俺たちの居場所なんてねぇのさ。手を取り合ったところで、俺たちがどんな目で見られるかわかりきってる……」
「そ、そんなことやってみないとわからねぇだろ!?」
「何よりなぁ、少しいい顔されたからって、俺が真っ先に手を取りに行くなんてことやっちゃいけねぇのさ。それが頭領としての、家族であるアイツらを守る家主としての責任だ。これは娘のおめぇの言葉でも曲げられねぇ!」
「でも、このままアタシ達だけで帝国を敵に回し続けることがヤバいってことくらいわかってんだろ!?せっかく協力しようって言ってくれる人がいたんだ!手を取り合うのがそんなに悪いことなのかよ!」
「……悪かねぇさ。ただ、それは今回じゃなかった。アイツらじゃなかったってだけの話だ」
「いつだよ!?そんな日、いつ来るんだよ!?誰となら組めるんだよ!?」
「……さぁな」
「なんだよそれ……情けねぇ!アタシは親父とは違う!アタシは諦めねぇからな!!」
「あぁ?今日はやけに食い下がるじゃねぇか。いつもはすぐに拗ねて逃げ出すってのによぉ」
ギクリとした。
いつも簡単に父に説き伏せられてしまうはずなのに、今日に限ってはいつもと違う。
絶対に諦めたくないという気持ちが沸々と湧いてくる。
何故だろう。
素直に自分の心を問いただし、言葉を選ぶ。
「そ、そりゃあ……せっかくの機会だし……別に悪いヤツじゃなさそうだし……」
「おい……おいおい!ちょっと待て!てめぇ、あのシャフールって野郎に惚れたんじゃねぇだろうな!?」
「……は?」
父の言葉により、その感情の正体を悟るシャンティ。
「いやいやいやいや!あ、あれだけの力持ってるんだし、せっかくシャフールさんの方から声かけてもらったんだぜ?そんな簡単に無下にすんのも悪いんじゃないかなってちょっと思っただけだよ!」
(そうだよ!!ちょっと助けられて、助けてをやったくらいで、簡単にヒョイヒョイ惚れてたまるかよ!!)
「シャフールさんだぁ……!?とりあえずシャフールの野郎は死刑決定だ!おめぇの目の前でぶっ殺して諦めつけさせてやる!」
「はぁ!?ざけんなよクソ親父!その前にアタシがおめぇをぶっ殺す!!」
「上等じゃねぇか、ついこの前まで寝小便たれてた小娘が!一度でも俺に勝てたことがあったかよ、あぁ?」
「ぜっっっってぇブッ殺す!娘に向かって気色悪ぃこと抜かしてんじゃねえぞクソバカ親父!!」
―――――
―――
――
―
一晩中続けられた決闘さながらの親子喧嘩。
いつの間にか騒ぎを聞きつけた団員達もその場に集まり、決着の様子を見守っていた。
「うぉおおおおおお!お嬢の勝ちだ!!」
「とうとう、お頭をぶっ飛ばした!流石だ、お嬢!」
「ふんっ!世話になったなクソ親父!この想いはアタシだけのもんだ!やりたいようにやってやる!」
「ぐぅ……あぁ、畜生め。どこへでも行けってんだ、じゃじゃ馬娘が!」
父に真っ向から挑み、初めて勝利したシャンティ。
気持ちと共に力まで一緒に沸いてくるのをハッキリと感じる。
「あぁ……お嬢!どうかお元気で!!」
「あんな男のところに俺たちのお嬢が……うぅ……くぅうう……」
「ちげぇよ!!親父もおめぇらも勝手なこと言いやがって!!」
(そんなに言われると変に意識しちまうじゃねぇかよ!くっそ!まだだ!まだ完全には落ちてねぇぞ……!)
「……うっ……うぅ……」
「あ……へへっ……湿っぽくなっちまうじゃねぇか。じゃ、アタシ行くよ……体、気を付けろよ」
「まったく……変なところだけ母親によく似てやがる……自分が本気で決めた道なんだ。てめぇ、中途半端なことすんじゃねぇぞ?」
「おぅ!」
その日、シャンティは家である盗賊団を抜け、ジールへと一人で走り出した。
揺れる想いを胸に秘めながら。
「で、なんでゴミ拾いなんかしなきゃなんねぇんだよ……?」
団員達との顔合わせを無事に済ませ、遂に始まったシャンティの新しい日常。
彼女にとっての初の任務は遺跡の安全確認と整備。
だが、その内容は遺跡周辺の清掃だった。
いきなり帝国軍とドンパチなんてことにはならないにしろ、要人の護衛、魔物の討伐、そんないかにもな任務を想像していた彼女にとって、こういった任務には魅力を感じられずにいた。
「おーい!調子はどうだいお嬢ちゃん?」
完全に気を抜いていたシャンティの元へ、デューンとドゥーナが不意を突くようにやってきた。
「うぉ!?あ、えっと、なかなか大変な任務ですね!」
(あっぶねぇ……また素が出てたぜ……)
盗賊団の頭領の娘であるシャンティは、同盟の誘いを断った父とは違う生き方を選んだ。
それは、シャンティが一個人として自警団に加わり、シャフールと共に戦う道。
そのため、あまりおおっぴらには素性を明かせないのである。
「はっはっは!これくらいの任務ならまだまだ軽いもんだぞ!」
「ほらシャンティちゃん。手が止まってるよ。遺跡周辺の環境整備も立派な任務です」
「そりゃ、そうかもだけど……」
「さては、魔物がババーン!とか、野盗をズドドーン!みたいなのを期待してたか?」
「そう!それそれ!魔物!!野盗!!」
「ふふ。それは心強い。そういった任務もないわけでもないよ。毎回ではこっちの身が持たないけどね」
「ほほう……?」
その言葉に強く好奇心が刺激され、楽しみが増えたと口元がにやけるシャンティ。
「実際のところ、盗賊まがいのことをする連中もいてね。貴重な遺跡の中を荒らしまわる乱暴な――」
「アイツらはそんなことしねぇよ!!」
瞬間、浮かんできた親父の、アイツらの顔。
皆を馬鹿にされたかと思うと、どうしても我慢できなかった。
思わず大声で怒鳴ってしまったシャンティに、驚いたまま動けずにいるデューンとドゥーナ。
「……お、お嬢ちゃん??」
「あ……その……昔、盗賊団に知り合いがいて、すごく良くしてもらったことがあるっていうか……あはは……」
(あ……つい……やっちまった…………)
「そうだったんだね。ゴメン。その知り合いの人や盗賊団の事を悪く言ったわけじゃないんだ。どんな境遇であれ、君の言うような良い人もたくさんいるのは知っているよ」
「でもなぁ、中には悪い奴らだっていやがるのさ……そういう奴らをやっつけるのも俺達の仕事の一つってわけだ!はっはっは!」
「……そ、そうだよな!アタシも!アタシも……大きい声出してゴメン……なさい……!」
「いやぁ、ビックリしたぜ?熱くなった途端に性格が変わったみたいによぉ」
「え?あ、あー……そ、そういえば、シャフールさんのお姿が見えないようなー?」
(そ、そう!これはこの場を誤魔化してるだけで、決してシャフールさんの事が気になって仕方ないわけじゃねぇ……!)
「団長ならさっきパンパンになったゴミ袋を三つも抱えてゴミ捨て場の方へ歩いて行ったぜ」
「たまには気を抜いてくれてもいいんだけど……我々も負けていられないよ!」
「は、はい!頑張ります!」
(団長っていっても、椅子で踏ん反り返ったりしてるわけじゃねぇんだな……)
――翌日
「今日はこの遺跡の調査だ。まだ探索しきれていない箇所も多いから、慎重にな!」
「わかりました!」
(懐かしいぜ、この遺跡。ガキの頃によく遊び場にしてたっけ)
「えっと……今回調査する予定の場所はこの辺りだね」
未完成の内部地図を広げながら、ドゥーンが調査予定の箇所を指し示す。
「あー……そこなら完全に崩落してて、中にはネズミ一匹入れねぇよ?」
ヒョコッと地図を覗き込んだシャンティが指摘する。
「え?シャンティちゃんここに来たことがあるの?町の指定危険区域だよ!?」
「え!?あ、えっと……なんか、そんな予感がするなー!なんて!おほほほほ!」
(そうなのかよ!親父達とよく来てたから、安全な場所だと思ってたぜ……!)
「はっはっは!さては、奥の方は面倒だから、適当に埋めてさぼろうって魂胆か?策士だねぇ!」
「あ、あちゃー!ばれちゃったかぁ!おほほほほほ!」
(何とか誤魔化せたか!?マジでちょっと気を付けねぇと……)
「…………」
――さらに翌日
「報告があったのはこの辺りだね。デザートホーンリザードの群れが発生してるって話だけど」
「なんか恐そうですねー!」
(そうだよ!チマチマした任務じゃなくてこういうのを待ってたんだよ!いかにも骨のありそうな響きの獲物じゃねぇか!)
「はっはっは!まあけっこうでかいしな。一般人からすりゃ恐いもんだろうぜ!」
「……来るぞ」
何かを察知したシャフールの声に反応する一同。
期待に目を輝かせるシャンティの目の前に、無数のトカゲが地中から姿を現した。
「さぁて、おでましだぁ!」
「シャンティちゃん。無理はしないようにね!デューイ。君もあまり油断しすぎないように!」
体長は1〜2mほどで、角ばった鎧のような皮膚を纏っている。
よくよくその姿を観察するシャンティだが、それはどこか見慣れた形をしていた。
「え?あれ?こいつら……ツノヘビじゃん」
「ツノヘビ??」
「アタシらのところではそう呼んでたぜ。じっくりと焼いて塩を一振り……これがたまんねぇんだよなぁ……なぁ!?」
(くっそぉ!もっと強そうな魔物を想像してたってのに!でも、これはこれでおいしいか……?)
振り向きざまに、満面の笑みで微笑みかけたシャンティの前に並んでいたのは、ポカンとした表情のまま立ち尽くす自警団の三人。
「……あれ?食わないの……?」
「すまねぇ……食えるなんて聞いたことなかったもんでつい……」
「え……?あ……村の風習というか、珍味的なものというか……あはは」
(おいおい、普通は食わねえのか!?親父がこの辺りの名物だって言ってたのに…あ、アタシ騙されたのか!?あのクソ親父ぃ!!)
「…………」
「なんともワイルドな生活をしていたようだね……あれ?どうかしましたか?団長」
「……いや」
―― 一カ月後
毎日欠かさず自警団に顔を出し、任務をこなし続けたシャンティは、一人前の自警団員としての存在を団内に示し、その信用と評価を高めていった。
ここは自警団指令部が本部を置く兵舎。
……ィ――
――あれ……?誰かに呼ばれたような……
……ティ――
――シャフールさんの声……?あぁ……あなたの声がこんなに近くに聞こえます……
……ンティ――
――いや、近いですよシャフールさん……ダメですってばぁ……
シャンティ――
――いやいやいやいやいやいや近い近い近い近い近い近いって!!
「―――――――ッ!……って……ふぁ?」
気が付くと、そこにはいつもの指令室の風景。
どうやらまた仕事中に寝てしまっていたようだ。
寝ぼける頭をポリポリと掻きながら、ゆっくりと身を起こす。
「ふぁあ……!」
(それにしても、あんな夢まで見ちまうなんて……やっぱり……)
「……起きたか?」
「あ、シャフールさん。わたし、また寝ちゃったみたい……ふぉおおおおおお!?」
目覚めて間も無いというのに、瞬間的にシャンティの脳は覚醒。
その様子をシャフールに見られていたことにやっと気が付く。
乙女として、シャフールの前で粗相がないかを急いで分析。
「えっと……えっと……」
(寝癖は……問題なし!服装も……乱れてないな!よだれは……垂れてないぞ!寝言は……わからん!いびきは……わ、わからん!クマは……よし、いないな!え?クマは?)
足を掴まれ、ぷらぷらとシャフールの手にぶら下がる愛用抱き枕ならぬ、抱きぐるみのクマ。
「あぁああ!シャ、シャフールさん、それ、それはですね……えっとですね……!」
「……」
「そ、そう!これは、知り合いの子にプレゼントとして用意したものでして!」
自分に似合わないものだと決め込んでいるシャンティは、クマの存在の説明をしようと必死に理由を探す。
そんな姿に、彼の顔がわずかに微笑んだように見えた気がした。
「……可愛いクマだ」
「え……?あ、あぁ!ありがとうございます!!」
(いやいや!勘違いすんなよ!?クマだから!可愛いのはクマだから!!)
「……今日は休んでいい」
「え?」
「……疲れもたまっているな。丁度、今日祭りがあるから、顔を出してみるのもいいだろう」
一カ月足らずとはいえ、ずっとシャフールを見続けてきた彼女。
その言葉は、事務的な内容だったが、彼女にとっては初めてかけられた思いやりの言葉。
「あ……」
普段はほとんど言葉を口にしないシャフールの気持ちに、呆然と立ち尽くすシャンティ。
「……?」
「い、いえっ!なんでも……なんでもありません……!」
嬉しい。
感情の波に呑まれそうになる彼女。
「……あの、シャフールさん。その……仕事が終わってからでいいんで、ちょっと、ほんのちょっと、一緒にお祭りどうですか?」
彼女同様、休暇を取らず働き続けていたのはシャフールもまた同じだった。
頂戴した思いやりの感謝に対し、自分にも何かできないかと思うと、自然と口が動いていた。
「あれ?今アタシなに言いました!?わ、忘れてくださいっ!!」
(ボケーっとなに口走ってんだバカ野郎!うわわわわ!顔から火が出そうだっ!)
「……わかった」
「え?」
「……なるべく遅くならないようにしよう」
「ほ、本当ですか!?じゃ、じゃあ、中央広場の噴水の辺りで待ってますんで!」
「……わかった」
「で、では、失礼しますっ!」
(やった!よくわかんないけど、やった!!シャフールさんとお祭り!くぅううううう……なんか燃えてきたぜちくしょおおお!)
淡い恋心を抱く乙女の勝負が幕を開ける。
毎年この時期に三日間かけて盛大に行われる『星見祭』
一年の中で、夜空に浮かぶ星々が最も綺麗に見られるとのことから名付けられたこの祭り。
マーニルの星詠みが足を運ぶことも多いと言われ、遠方からも多くの観光客が集まり、大変な賑わいをみせる。
また、ロマンチックな星空を堪能しようと、夜には恋人連れで溢れ返ることでも有名である。
自室に戻っても特にやることのなかったシャンティは、指令室から直接祭りへと赴いていた。
「くんくん……このうまそうな匂い……たまんねぇ!はははっ!」
休日の開放感と祭りの空気は、普段から口調にも気を付けて団員と接する彼女にとって、またとないストレス発散の助けとなった。
「ちょいとそこのお嬢ちゃん!」
「え?アタシか?」
シャンティに声をかけたのは、女性ものの衣服を扱った小さな露店商だった。
「そうそう!あんた、今夜のデートに備えて、いろいろと用意しなきゃいけないものもあるんじゃないかい!?」
「な!?デ、デートなんかじゃねぇよ!ただ、ちょっと一緒に息抜きでもと思ってだな……」
「そうかい、そうかい!で、こんなのどうだい?」
シャンティの話を聞き流しながら、自信満々に商品を売り込んでくる女主人。
それは伝統的な衣装をモチーフに、細かな装飾が施されたなんとも美しい一品。
こういったものにはあまり関心を持ってこなかったシャンティですら、つい目を奪われてしまう。
「お……おぉ……!あー……いや、でもやっぱりアタシにはこういうのは……」
「何言ってんだい!男ってのは普段とのギャップってのに弱いもんさ!こういう時こそ自分をアピールする大チャンスだよ!?」
「……や、やっぱり女の子らしい恰好した方が……その……男ってのは喜ぶもんなのか?」
引き込まれるように女主人との間合いを詰めていくシャンティ。
「もちろんさ!可愛い女が嫌いな男なんていないよ!あいつらみんな単純なんだから!」
「そ、そうなのか?」
「もしこの服がご入用ってんなら、特別にこの髪飾りとネックレスも付けようじゃないか!」
「なんだって!?そりゃ随分と太っ腹だな!」
「で、どうするね?このチャンスを逃したら、その男が他の女のとこにいっちまうかも――」
バンッ!
と勢いよく店のカウンターを叩いたシャンティ。
「買った……!」
今月受け取った給料の半分以上を一気に放出することになるにも関わらず、その目に迷いはなかった。
そのまま服を着せてもらい、商人の計らいで髪型までセットしてもらったシャンティ。
「へへっ!やっぱちょっと恥ずかしいな……!」
「よしっ!最後の仕上げだよ!」
店の奥から何かを持ってきた女主人。
それをシャンティの首元に近づけ、シュッと一吹きする。
「お?なんかいい匂い……」
「わたしが旦那を落とした時に使った香水だよ!サービスしといてやる!」
「何から何までありがてぇ……!恩に着るぜっ!おばちゃんっ!」
「こういうときは嘘でも『お姉さん』って言うもんだよ!あんたも負けんじゃないよ!」
「おぅ!サンキューな!」
あとはシャフールを待つだけ。
徐々に落ち始めた陽を眺めながら、それを胸にしまい込むように心をたぎらせていく。
勝負まであと数時間。
軽く出店を回りながら、雰囲気を満喫するシャンティ。
盗賊団として生きてきた彼女にとって、町をあげての祭りごとに参加するこの機会は、大きな衝撃だった。
まるで未知との遭遇ともいえる様々な発見や体験に胸躍らせる。
「くぅううう!楽しいなぁ!アイツらもいつか参加できるようになる日が来るかなぁ……」
ふと盗賊団にいた頃の思い出が頭をよぎり、つい感傷的になってしまう。
「大変だぁあああああああああああああ!」
だが、そんな彼女の複雑な気持ちを吹き飛ばすように響き渡った悲鳴。
はっと我に返ったシャンティは、騒ぎの中心を探して駆け出す。
「助けてくれぇええええええええ!」
町の中央広場。
最も人混みで溢れる場所で事件は起こっていた。
「何ごとだってんだ!?」
町の自警団の一員として、顔が売れ始めていたシャンティ。
駆け付けた彼女を見つけた町の人間が事情を説明しにくる。
「見世物屋の檻から魔物が逃げ出したんだ!」
「はぁ!?なんでそんな危ねぇもん町中に連れてきてんだよ!」
「安全管理は万全だとかで、町の役人を黙らせたらしい!」
「やべぇな……獲物なんか持ってきてねぇぞ!」
シャンティは、休暇中に、それも祭りの最中を、無粋なものをぶら下げたまま歩くのもいただけないと、愛用の大剣を指令室に置いてきていた。
視認できる魔物は三体。
そこまで脅威となる個体はいないようだが、いくら何でも素手で戦える相手ではない。
シャンティは周囲をくまなく見渡して、武器にできそうなものを急いで探す。
「いやぁあああああああああ!」
しかし、それも間に合わず、魔物の一体が観光客に今まさに襲い掛かろうとしていた。
「ちっくしょう!」
その身一つで飛び込み、魔物に体当たりをかましたシャンティ。
「こっちだ雑魚共!アタシが全員ぶちのめしてやるよぉおお!」
魔物たちの目の前で手を広げ、あえて注目を集めるように大声を上げた。
「ありゃ自警団の……シャンティちゃんじゃねぇか?」
「あぁ、間違いねぇ!でも、武器も持たずにいくらなんでも無茶だぜ!」
「他の自警団の連中は何をやっている!?」
その光景を目にした人々が口々に騒ぐ。
(団員はみんな別任務中で、駆けつけるまでにまだかかる!でも、手を借りようにも祭りの警備は雇われの素人ども……へへ……アタシがやるしかねぇじゃねぇか!)
眼前に立ちふさがるシャンティを前に、三体の魔物達は一斉に襲い掛かる。
鋭い爪や牙から繰り出される攻撃をギリギリのところでかわしながら、攻撃を加えていく。
しかし、いくら彼女が戦闘慣れしているとはいえ、素手での打撃が魔物に対して効果があるとはいえなかった。
「くそっ!」
次第に疲れが出始める。
それに相反してますます殺気立つ魔物達。
このままでは結果は目に見えていた。
「あ……あんな子が一人で戦ってるんだ!俺たちだって!」
「そ、そうだ!皆で戦えば!」
戦況を見かねた観衆の中からそんな声が聞こえ始める。
「素人が手を出すんじゃねぇ!さっさと逃げりゃいいんだよっ!」
シャンティはすかさずそれを怒声で制止する。
が、そんな周りに気を取られたほんの一瞬の隙が、攻撃をかわす判断を一瞬遅らせた。
「うっ……!」
華奢な身体に強烈な爪の斬撃を受けたシャンティは、軽々と打ち上げられ、追撃の体当たりを食らう。
「ぐ……いってぇ……さすがにやべぇなこりゃ……」
もはや立ち上がるのがやっとに見える。
シャンティ自身も自分の限界を感じ始めていた。
「お嬢ちゃん!これ使いなっ!!」
絶体絶命の窮地の中、耳に入った聞き覚えのあるその声に反応するシャンティ。
声の主は何かを彼女の頭上に投げ入れる。
「ありがてぇぜ!『お姉さん』!!」
声の主はシャンティの服を見繕った露天商の女主人だった。
跳び上がり、しっかりと受け取めたシャンティは、それを強く握り締める。
「おぉ!こりゃぁ……!」
「クソ鍛冶師の旦那が仕上げた奇跡の一品さね!とっとと片付けちまいなっ!」
受け取ったのは身の丈ほどの大剣。
愛用の剣に近いそれを、軽く素振りをして感触を確かめる。
自分の剣よりも少し細身だが、その分軽くて振りやすく、手にも良く馴染む。
「こんなもんまで扱ってんのかよ!まったくなんて物騒な服屋……でも、いい仕事だっ!」
獲物を手にしたシャンティを前に、魔物達は警戒を強め、その様子を鋭く観察する。
「よぉ……よくも好き放題やってくれたなぁ……ぶちのめしてやるよぉおおおおおおおおお!」
鬼神の如し暴れっぷりだった。
瞬時に間合いを詰めて先頭の魔物の首を刎ね落とす。
反射的に後ろに跳んだ残り二頭のうち、一頭の首元をすかさず掴み、そのまま撫で斬り。
残された最後一頭は恐怖に駆られたのか、その場から逃げ出そうとする。
そこへすかさず追撃するように放たれた斬撃。
シャンティの一振りが生んだ風圧に風の魔力を纏わせ、必殺の一撃となったそれは、意図も容易く魔物を両断した。
瞬く間に三頭の魔物を討伐し、剣についた血を掃い、そのままそれを肩にトンッと背負う。
彼女は、観衆の呆気に取られた様子に気が付くと。
「もう大丈夫だぜ!気合入れて祭りを盛り上げてくれよなっ!」
向けられた笑顔でのブイサインを見た途端、声を失っていた観衆達が今日一番の歓声を上げた。
「「おぉおおおおおおおおおお!!」」
「よくやったなお嬢ちゃん!今日の祭りは今までで最高の祭りになるぜ!」
「助けてくれてありがとうございました!この恩は決して忘れません!本当にありがとう!」
褒められることに不慣れなシャンティにとって、方々からかけられる感謝の言葉はとてもくすぐったく、照れくさく感じられた。
「お、おぅ……へへ……へへへ……」
(ここはいいところだぜ。アタシだって認めてもらえたんだ。親父たちもいつかきっと認めてもらえるような、そんな世界にアタシが変えてやるんだ……!)
喜びに沸く広場。
皆が酒をあおり、踊り狂う熱狂の中、そこから一つだけ逃げるように去っていく人影をシャンティは見逃さなかった。
「おっと、最後の仕事が残ってたみたいだな……」
「よぉ……もうお帰りか?祭りは満喫できたかよ?」
背後からのシャンティの声に、ビクッと肩を鳴らして立ち止まる人影。
「てめぇだな?魔物をわざと逃がしやがったのは」
人影の正体は見世物屋の店主。
「な、なんのことかね?」
「おいおい……この状況でアタシを前に、言い逃れできるつもりでいるんなら舐めてくれたもんだよなぁ?」
ドンッと剣を地面に突き立て、殺気を含んだ睨みを利かせる。
「檻は壊れてなかった。どう考えても変だろ?誰かが鍵を外さねぇとあんなことにはならねぇ」
「……わ、わかった!全部話す!だから命だけは助けてくれ!!」
あの戦闘を目撃してからでは無理もない。
下手な真似をすれば、命を取られると理解した男は、饒舌に語りだす。
わざと魔物を解き放ち、事件を起こしたこと。
目的は、祭りをめちゃくちゃにすることで自警団の信用を失墜させることにあったこと。
自警団がなくなれば、遺跡荒らしの障害は減り、仕事がずっと楽になるという事。
「で、誰に雇われたんだ、てめぇ?」
「南に新しくできた盗賊団だ!その頭領とは古い付き合いで、いい話があると持ち掛けられて……」
「なるほどなぁ……掟もルールも知らねぇクズ共が……!」
「全部しゃべったんだ!み、見逃してはくれないか……?金が欲しいならそれもくれてやる!だから、な!?」
「お?そっかそっか……安心したぜ!」
「あ……あぁ!任せてくれ!金庫番にも顔が利くからな!いくらでも用意してやれるぞ!」
「いやぁ……てめぇが、脅されたり、騙されたりしてこんなことしたんだったらどうしようかと思ったけどよぉ……思った通りのクズなおかげで、躊躇なくぶっ飛ばせるぜ!」
「ひ……!」
「その薄汚ぇ性根、叩き直してやるよぉ!!」
その後、気を失った犯人を警備兵へと引き渡したシャンティ。
「前のアタシだったらマジでぶっ殺してたな……丸くなったもんだぜ……はぁ……」
落ち込んだ様子で広場へと戻る彼女。
その足取りはとても重かった。
せっかく用意した服は戦闘でボロボロ。
整えたはずの髪もボサボサ。
「……へへ……こんな格好じゃあシャフールさんに会いになんて行けねぇな」
祭りには戻らずに、そのまま裏道を抜けて町はずれまでやってきたシャンティ。
何気なく外壁の上によじ登り、一人、黄昏た表情を浮かべる。
「やっぱ性に合ってなかったんだよ……まぁ、祭りは無事だったんだし、よかったよかった……」
自然と涙が込み上げてくる。
いろんな感情が押し寄せ、彼女の心を絞め付ける。
「……シャンティ」
そんなシャンティの不意を突くように足元から名前を呼ばれた。
慌てて目に浮かんだ涙をぬぐい、壁の下を見下ろす。
「シャ、シャフールさん……何でここに……?」
「……待ち合わせ場所に姿がなかった」
「あ、あぁああ!アタシ、何も言わずに約束破っちゃって!」
「……構わない」
そう言うと、シャフールも壁の上まで飛び上り、シャンティの隣に腰を掛けた。
「え!?シャフールさん!?」
(うわっ!?なんだ、なんだ!?な、何か話さないと!ごめんなさい?お疲れ様でした?あぁあああああ!わかんねぇ!わかんねぇよもう!!)
「……話は聞いた。頑張ったな」
シャフールから静かに、そして優しくかけられた声。
シャンティの心を絞め付けていた縄がそっと解けていく。
「……はい……頑張りました」
「……綺麗な星空だ」
「……はい……とっても綺麗です」
暖かな何かに心を包まれながら、そっと見上げた星空。
星は滲んでよく見えなかったが、きっと今まで見たどんな空よりも美しく輝いていたことだろう。
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