蒼空のリベラシオン(ソクリベ)【iOS/Android対応のスマートフォン向け協力アクションRPG】の非公式攻略wikiです。有志によって運営されているファンサイトで、ソクリベに関する情報を収集しています。

 巨大な甲羅を持った亀のような魔物、“アスピドケロン”。
 そのあまりに巨大な姿に、魔物だと認知できる者は少ない。
 大きな街が甲羅に建設されているのだから無理もないだろう。
 外部の人からは、この街が「海獣都市」と言われている事に疑問を持たなければ、その事実にたどり着く事も難しかった。
 もちろん、アスピドケロンを操舵するための巫女の存在も、街の住人しか知らない。

 その昔から、代々アスピドケロンを操舵し続ける巫女。
 強大な水の魔素を身体に宿した巫女は、その生涯を“巫女の間”で過ごす。

 巫女の候補として街中から15歳以下の子どもが集められ、体内に宿した水の魔素を測定される。
 水の魔素の高い順から、7人の少女が巫女の見習い、“見習い巫女”として選出される。
 見習い巫女は、巫女と一部の関係者しか入る事が許されない“巫女の神殿”に通い、更に水の魔素を増強する修行が行われた。
 週に一度、修行の成果を見る為に水の魔素の測定が行われ、その度に7人の少女は序列をつけられる。
 当代の巫女がいなくなった際に、序列1位の見習い巫女が正式な巫女として任命される。

 何故、巫女がいなくなるのか――
 見習い巫女達は知る由もない。
 それは幼い少女、ルルーテも同じだった。


「おつかれ様!今回も1位なんてすごいね!わたしなんか全然だめ。なんか憧れちゃうなぁ!」

 ルルーテは序列1位の見習い巫女に明るく話しかける。
 しかし、返事はいつもと同じように冷たいものだった。

「気安く話しかけないで!…何を狙ってるか知らないけど、私達はライバルなのよ?友達みたいに接するのはやめて」

 鋭い目つきでルルーテを睨むと、彼女はそのまま歩いていってしまう。
 表情が曇るルルーテの肩にポンポンと手が置かれる。
 振り向くと、見習い巫女で唯一仲の良いリナの姿があった。

「ルルーテ、やめときなって。みんなピリピリしてるんだよ。あの子はずっと1位だけど、いつ2位になるか分からないし…それにあんな噂もあるしね……」

 あんな噂。
 本当かどうか分からない、信じたくもない昔からある噂。

 “見習い巫女狩り”

 巫女となった少女の家族は、街から莫大な富を与えられ、その後3代は安泰だと言われている。
 その為、他の候補の見習い巫女を蹴落とす為に、見習い巫女が殺されることは珍しくないらしい。
 見習い巫女は、普段口に出したりはしないが、常に「見習い巫女狩り」の危険に晒されている事になる。
 一番危険なのは序列1位だというのは誰でも簡単に想像はついた。

「でも、わたしはみんなとお友達になりたいよ。どうせみんなで修行するなら、楽しいほうがいいもん!」

 ルルーテは当たり前のように返す。
 その様子にリナはため息を吐く。

「はぁ……あんたに言ったアタシがバカだったわ。まぁ、あんたは万年最下位だし、そんな心配はないんだろうけどさ!」

 茶化すように額に手の平をつけながら話すリナに、ルルーテは頬を膨らます。

「むぅ〜!リナちゃん!なんかバカにしてない!?」

「あっはっは!大丈夫だよ。ルルーテにはそのまま明るく生きて欲しい!巫女になれなかったとしてもね!」

 リナは他の見習い巫女と違いルルーテに笑顔で接してくれる。
 ルルーテにとっては見習い巫女の中で唯一の友達。
 自分が巫女になることは無理だと諦めていたルルーテだが、どうせならリナに巫女になって欲しいと思っていた。


 巫女の神殿での訓練を終えると、ルルーテはいつもお気に入りの場所に向かう。
 アスピドケロンの顔に一番近い祭壇で海を眺めながら、アスピドケロンに話しかけるのがルルーテの日課だった。
 自分の何百倍もあるアスピドケロンだが、ルルーテからすればペットのような存在なのだ。

「ねぇねぇ!今日ね、リナちゃんが初めて序列2位になったんだよ〜!すごいでしょ〜!?リナちゃんが巫女になったら、きっとケロンちゃんも楽しいと思うんだよね〜。あ、ケロンちゃんは誰に巫女になって欲しいの?」

 今日もいつも通りアスピドケロンからの返事はないが、ルルーテはニコニコしながら海を眺める。
 水平線に夕日が落ちて、街がオレンジ色に染まる。
 祭壇の海に面した柵に座り、足をブラブラさせながら夕日を見つめていた。

「お腹すいてきたな〜。あ、ケロンちゃんは何食べるの?ずっと泳いでたら疲れちゃうよね?わたしだったら絶対むりだよー。尊敬しちゃうなー」

 その時、どこからか聞いた事のない言葉が響いてくる。

(毎日毎日、頭の上でギャーギャーうるさいんじゃ!!少し静かにしてくれんか!?)

「え!?誰?どこにいるの!?」

 ルルーテは辺りを見渡すが、周囲には人の姿はなかった。

「ケロンちゃん…なの?ねぇ、そうなの!?そうだよね!?」

 ルルーテは嬉しさでいっぱいになる。
 不思議と疑う事を止め、アスピドケロンに話しかけ続ける。

「ねぇ、答えてよ!!もっとお話しようよ!」

 さっきよりも大きな声が頭の中に響きわたる。

(誰がケロンちゃんだ!ワシをなんだと思うとる!)

「アスピドケロンだから、ケロンちゃん!かわいいでしょ?」

(かわいい?じゃかぁしいわ!!)

 ルルーテは頬を膨らませる。

「何よそれ!せっかくお話できたのに!!そんな言い方しなくたっていいじゃん!!」

 それ以上何を言っても返事は来なかった。
 しかし家までの帰り道のルルーテは、ドキドキと胸を高鳴らせていた。
 アスピドケロンと会話をした。
 その事がなによりも嬉しかった。


 翌日、巫女の神殿でリナと顔を合わせるやいなや、ルルーテは昨日の話をする。

「リナ!聞いて聞いて!ケロンちゃんとお話したんだよ!!」

 リナは不思議そうにしている。

「ケロンちゃんって…誰?」

「ケロンちゃんはケロンちゃん!アスピドケロンだよ!」

 リナはルルーテの顔を見ずに茶化すように話す。

「え?アスピドケロンと話したの?」

「そうだよ!ケロンちゃんが頭の中に話しかけてくれたの!」

「おお……そうかそうか……そりゃすごいなー!」

「もう!ホントなんだよ!?まだ…仲良くはなってないけど…本当に喋ったんだよ!?」

「あははは!ルルーテ、あんたは本当に面白いね!」

 全く信じる様子のないリナは、そのまま話を切り上げてどこかに歩いていってしまった。
 ルルーテは絶対に信じさせたい、見返してやろうという思いで燃え上がる。
 その日の午後も祭壇へ向かいアスピドケロンへ話しかけ続ける。

「ケロンちゃんは何が好きなの?なんか欲しいものあったら持ってきてあげるから、わたしとお話しようよー!あ、お母さんが焼いたクッキーはすごく美味しいんだよ?食べたい?食べたいでしょ!?」

 頭の中にあの声が響いてくる。

(あー!お前はなんでそんなにうるさいのじゃ!!そんなもんいらんわい!)

「あ、喋った!わたしはお前じゃないよ!ルルーテだよ!わたし、ケロンちゃんとお友達になりたいの!」

(友達?わざわざワシじゃなくても、そこらへんにいる人間に頼めば良いじゃろう…。人間の友達も作れないような奴と、どうして友達にならなきゃならんのじゃ)

「わたしはリナちゃんっていうお友達がいるよ!ケロンちゃんはお友達いるの?」

 アスピドケロンは少し不機嫌そうに応える。

(友達などいらん…。今までワシと話した人間などおらんしな。こんなにうるさい奴はお前が初めてじゃ)

「お前じゃなくて、わたしはルルーテだってば!!お友達がいないなら、わたしがケロンちゃんのお友達になってあげるよ!」

(はぁ…、物好きにも程があるな…。じゃあ一つだけ頼みを聞いてくれぬか?)

「なぁに?なんでもするよ!何が欲しいの!?」

(ワシの頭の上でバカみたいにでかい声を出さないでくれ。うるさくて敵わん)

 ルルーテの顔がパァっと晴れ渡る。

「うん!!!わかったよ!!!!ケロンちゃん!!!」

(それをやめろと言っているのじゃ!!)


 それからも毎日祭壇に足を運び、アスピドケロンと除々に信頼関係を結んでいくルルーテ。
 誰に話しても信じて貰えなかったが、今までずっと話しかけていたアスピドケロンと会話が出来るという事に、ルルーテは幸せを感じていた。


「ねぇ、ケロンちゃん!今日は前に話してたリナちゃんを連れてきたよ!」

 リナは苦笑いをしながら楽しそうなルルーテを見る。

「あのさ…ルルーテを疑ってる訳じゃないんだけど…なんか…ちょっと…怖い…かも…」

 ルルーテは明るくリナの手を握る。

「大丈夫だよ!ケロンちゃんは全然怖くないから!ちょっと口は悪いかもしれないけど、すごく良い子なの!」

 握った手の感触に違和感を覚えたルルーテは、手元を確認する。
 リナの右手には包帯が巻かれていた。

「あれ?リナ、その手どうしたの?」

 一瞬、リナの顔が曇ったように見えたが、すぐに笑顔に戻り、頭を掻きながら照れくさそうに見せる。

「いやぁ、昨日ちょっと転んじゃってさぁ…アタシってドジっ子属性あったんだね〜あっはっは〜」

 ルルーテは包帯の巻かれた手を握りながら、心配そうにもう片方の手で優しく擦る。

「もう、気をつけなきゃダメだよ?リナは巫女になれそうなんだから!」

 序列2位となったリナは、その後も水の魔素を増やし続け、1位の少女を抜くのは時間の問題だと言われていた。
 ルルーテはリナを誇りに思い、自分の事のように喜んでいる。

「あはは…そんなに心配しなくても大丈夫だって…。あぁ、でもママがちょっと心配しちゃってたから、今日はそろそろ帰るわ!」

「えっ?もう帰っちゃうの?まだ、ケロンちゃんとお話出来てないよ?」

「ごめんごめん、今度また来るからさ!じゃあね!あ、アスピドケロン…じゃなくて…ケロンちゃん??もバイバイー!」

 リナは手を振りながら、祭壇から去っていく。
 残されたルルーテはポカンとしながら手を振り、リナの影が見えなくなると海の方に向き直る。

「もう!ケロンちゃん!なんでリナちゃんとはお話してくれないの?」

(大事な友達なのだろう?そんな子をいきなり連れてきて…怖がらせるなんて、どういうつもりじゃ……)

「ケロンちゃんがお話してくれたら、リナちゃんだって信じてくれると思ったのに!」

(ワシは人間などと話をする気はない。大体、信じさせた所でどうするのじゃ?)

「わたしと話してるじゃん!ケロンちゃんのお友達が増えればいいなって…わたしの友達を紹介したいって思って何がダメなの!?」

(はぁ…これ以上うるさい奴が増えたら困るわい。お前さんだけでもこんなに疲れるというのに…)

「もう!!ケロンちゃん!お前さんじゃなくて、ルルーテだって何度言ったら分かるの!!!」

 また「うるさい」と怒鳴られるかと思い、とっさに口を抑えたルルーテだったが、頭の中に響く声はボソボソと小さいものだった。

(…今の見習い巫女…何を……隠して……)

 ルルーテは突然の話に驚く。

「ん?なーに?今なんて言ったの??」

(いや……なんでもないわい。日が落ちてしもうたぞ?明日も早いのだろう、さっさと家に帰るのじゃ)

 ルルーテは薄く月の出た空を見る。

「あれ…ホントだ。明日ちゃんと教えてね!」


――翌日


 いつものように巫女の神殿に向かうルルーテ。
 リナにしっかり説明すれば、次こそは3人で話せるのではないかと期待に胸を踊らせていた。
 神殿の近くまで辿り着くと、人だかりが出来ている。

 何か……胸騒ぎがした。

 人をかき分けて、その中心に辿り着くと……
 血溜まりの中にリナがいた。

 腹部から大量の血が出ていいて、遠目からでも分かるくらい青白い顔は、とても生きているようには見えない。
 横にはリナの母親が涙を流している。

「リナ……どうしたの……?」

 ピクリとも動かないリナに近づこうとした時、母親が鬼の形相でこちらを見る。

「お前が……お前がやったのか!!!!?」

 あまりの剣幕に、身体が凍りつく。
 後ずさりしたルルーテは首を横に振りながら必死に訴えた。

「わたしじゃない……わたしじゃない!!!」

 母親は身体を起こして、ルルーテに向かってくる。

「じゃあ誰が…リナをこんな目に合わせたの…?誰が!!」

 ルルーテは恐怖で足がうまく動かせずに、尻もちをつく。
 それでも向かってくる母親を、近くにいた神官が止める。

「落ち着いて下さい…。この様子では、この子は何も知らないでしょう。今はリナちゃんの側にいてあげてください」

 見習い巫女を束ねている神官は、ルルーテから見ると厳しく恐ろしい存在だったが、この時ばかりはとても優しい人間に見えた。
 母親は神官にもたれ掛かり、泣き崩れてその場に座り込む。
 神官は母親の肩を抑えながらルルーテの方を向く。

「今日の修行は中止にします。家に帰りなさい」

 ルルーテはその場に座りこみ、動かないリナを見ていた。
 神官は更に続ける。

「聞こえないのですか!?早く帰りなさい!」

 ビクっとしたルルーテは、なんとか立ち上がってその場を後にする。

「リナが……リナが……」


 気がつくと祭壇で泣いていた。
 どれだけ流しても、大粒の涙は止まらない。
 昨日、ここで笑顔を見せたリナと、もう話す事もできない。
 リナが巫女になる事もない。

「リナァああああああ…リナァああああああ…」

 頭の中に、声が響く。

(なんじゃ…今日は一段と騒がしいのぉ…)

「ケロンちゃん…だって…だって…リナがぁあああ…」

 地面に膝を付き、祭壇の柵にもたれ掛かったまま、泣き続けるルルーテ。
 止まる事のない涙を止めたのは、アスピドケロンの言葉だった。

(人間はいつか死ぬ……遅かれ早かれな。お前さんの友達はそれが少し早かっただけじゃ。…確かにひどい最後となってしまったかもしれぬが、きっと天からお前さんを見ているじゃろう)

 ルルーテはその言葉に違和感を覚える。

「ケロンちゃん……なんでリナが死んじゃったって知ってるの?」

(っ……!?)

「ケロンちゃん……なんでひどい最後だったって知ってるの?」

(ワシは何も……)

「ケロンちゃん!知ってるなら教えて!リナに何があったの!?」

 アスピドケロンは、歯切れ悪く応える。

(お前さんの…様子を見れば…なんじゃ…想像もつくじゃろう……)

 ルルーテは立ち上がる。

「嘘!!昨日だってなんか変な事言ってた!!知ってること全部教えてよ!お願いだから!!」

 沈黙が流れ、やがてアスピドケロンの声が響く。
 いつもと比べて、とても重たい声。

(お前さんの友達は、見習い巫女狩りにあったのじゃ…)

「っ……!?」

 “見習い巫女狩り”
 あの噂が現実で起こった事に、ルルーテは動揺を隠せない。

(これが初めてではない。お前さんに助けを求めなかったのは、お前さんを巻き込みたくなかったのであろうな)

 ルルーテの心臓がドクンと音を立てる。

(あの子は怪我をしていたじゃろう。転んだと言っておったが…以前にも襲われていたようじゃ)

「誰……?誰がそんな事したの!?」

(犯人……。それを知ってどうするのじゃ?)

「わからない!わからないけど、このままにしておけないよ!!」

(………。)

 アスピドケロンは少し間を置いてから、真実を口にした。


――翌日


 ルルーテはいつもより早く巫女の神殿へと向かう。
 リナの事を殺した人間を待ち伏せする為に。
 神殿の門を潜り、その人物が現れるのを待った。

 その時が訪れる。

「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

 ルルーテは震える手を握りしめる。

「ルルーテ……。こんな朝からなんの用?」

 序列1位の少女は、ルルーテの顔を見て不機嫌そうな顔をする。

「リナの事だけど…」

 ルルーテが口ずさむと、少女は、口元に笑みをこぼす。

「あぁ、あの子…。良かったわね。ライバルが減って…。あんたも7位から6位に昇格したのよ?もっと喜んだら?まぁ、それでも最下位には変わらないのだけど……」

 ルルーテは奥歯を噛みしめる。
 こんなに大きな怒りを感じたのは生まれて初めてだった。

「リナを殺しといて…何を言っているの!!?」

 彼女はフッと笑って言葉を返す。

「あら?どこにそんな証拠があるの?私が1位なのがそんなに妬ましいの?濡れ衣を着せるにも程があるわね」

 ルルーテの目に涙が浮かぶが、溢れるのを必死で我慢する。

「あなたが……リナを階段から突き落としたのも…リナを刺したのも…わたしが知っていても、同じ事が言えるの!?」

「っ――!?」

 彼女は明らかに動揺していた。
 ルルーテは泣きながらも彼女を睨みつける。

 しかし、彼女は笑顔に戻る。

「そう……。見てたの…。それならリナが死ぬ前に私を売っておくべきだったわね」

「何言ってるの!?なんでリナを殺したの!?」

「あの子なんか急に成長してきて…邪魔だったのよね。あの子が1位になる前に殺しちゃえば、1位の私には疑いがかかりにくいでしょ?」

「なにそれ……。抜かれないように頑張ればいいだけじゃん!なんでリナが殺されなきゃいけないの!?」

「はぁ……。まぁ、いいわ。」

 そう言うと、鞄から血がついたナイフを取り出した。
 少女は厳しい表情になり、ルルーテに向かってくる。

「随分仲も良さそうだったし……同じ場所に連れていってあげるわ!!」

 ルルーテは構えるが、自分に向かってくる鋭利なナイフが目の前にきても、自分にこの状況をどうにかできるとは思えなかった。
 とっさにギュっと目を閉じ、想像すら出来ないこれから起きる何かに備えると、瞳に溜まっていた涙が零れた。


 身体にドンッという衝撃が走る。
 足がグラつき、立っている事さえ出来ない。
 尻もちをつくと、物凄い音が聞こえる。

 何か変だと気が付くまでに時間がかかった。
 どこにも痛みは感じず、地面は微かに揺れている。

 恐る恐る目を開けると、目の前は石の壁で覆われていた。
 少女がいた場所に、身体の何倍もある石の柱が倒れたようだ。

「なにこれ……??」

 目の前の光景を理解する事も出来ずに、その場で気を失った。



 ルルーテ……ルルーテ――

 目を開けると、どこか寝かされているようだった。
 見慣れた天井は、巫女の神殿。

(全部夢だったの?)

 周りを見渡すと、神官がルルーテを心配そうに見つめていた。

「神官様……」

 ルルーテは起き上がり、頭に手を当てる。
 神官は静かに言葉を吐く。

「ルルーテ。平気なようですね。よかった。立て続けに見習い巫女が死ぬと、私も困るのですよ。さぁ、修行の準備をしなさい」

 ルルーテには何が起こっているのかわからなかった。

「神官様…えっと…さっき…」

「聞こえなかったのですか?さっさと修行の準備をしなさい!」

 怒っているようにも見える神官に、それ以上話を続けるのは難しいと察し、言われた通り準備をして修行場へと向かった。
 修行の間には少女がルルーテを含めて5人。
 その中に序列1位の少女はいない。

「ねぇ、リナちゃんと、あの1位の子は……」

 ルルーテは不安を抱え、他の少女に話しかけるが誰も返事をせずに無視されてしまう。
 夢であって欲しいと願い続けた。

 その日の修行が終わり、祭壇へ行こうとすると神官に呼び止められる。
 横には鎧を着た男が5人並んでいる。

「今日から、お前たち見習い巫女に、私の従者をつける事にしました。この者達と家と神殿の往復をするように」

 ルルーテは従者に連れられて神殿を出た。
 ふと目に入ったのは、門の横の壊れた柱だった。

 夢じゃなかった……。
 リナも序列1位だった少女も、もうこの世にはいない。

 見習い巫女にこれ以上危険が及ばないように、見習い巫女全員に従者がつけられた事をルルーテは理解する。
 アスピドケロンと話がしたかった。
 従者に思い切って切り出してみたが、寄り道は許されないと、真っ直ぐに家に帰る事を余儀なくされた。

 それからは、退屈な日々が始まった。
 あの日から、アスピドケロンと話ができていない。
 従者は毎日送り迎えし、ルルーテに自由はなかった。
 両親もルルーテには神殿に行く以外の外出を禁止され、毎日ただ修行を続ける日々が続く。

 仕方がない事だと自分に言い聞かせたが、頭の片隅ではアスピドケロンの事を考えていた。


――数日後


 見習い巫女が一人いなくなった。
 従者と共に神殿から帰っていた見習い巫女が、街の古い桟橋を歩いていたら桟橋が倒壊したらしい。

 見習い巫女狩りなのか、それともただの事故なのか確かめる術はなかった。


――更に数日後


 見習い巫女がまた一人いなくなった。
 今度は街の中に流れる川が大雨で増水して、流されてしまったと聞いた。

 街の中に見習い巫女狩りの噂が立つ。
 ルルーテを含む残り3人の見習い巫女が疑われたが、人間に出来る殺し方ではなかった。
 街の人達は事故が重なっただけだと判断している中、ルルーテは何か引っかかる。

(人間にできない殺し方……ケロンちゃんなら……それができるの?)

 しかし、本人に確かめる事も出来なければ、アスピドケロンがそんな事をする動機も思い浮かばず、ルルーテはモヤモヤとした状態で過ごしていた。


――更に数日後


 ルルーテは真面目に修行を行っていたが、相変わらず序列は最下位だった。

 ある日、巫女の神殿に向かっていると、神殿の方から大きな音が聞こえた。
 神官の従者は警戒し、慎重に神殿へと歩を進める。
 神殿に着くと、神殿の門が倒れており、下には人が見えた。
 急いで助けようと、回復魔法をかけに行こうとするが、従者に止められる。

 見習い巫女はルルーテ一人となった。

 門の下敷きになった序列1位と2位の見習い巫女は、助からずに死亡した。
 ルルーテは神官から尋問を受けるが、どうやってもルルーテが見習い巫女狩りの犯人だとは思える状況ではなかった。
 従者からルルーテは問題を起こしていないと報告もあり、神官は不満そうな顔をしていたが不問とされた。

 ただ一人の見習い巫女となったルルーテは、当代の巫女がいなくなった時、巫女となる事が決定した。

 ルルーテの心境は複雑だった。
 万年最下位だった自分が、何故巫女になるのか。
 今までに起こった見習い巫女狩りは、リナの事件以外は犯人も捕まっていない。
 それどころか、人が起こす事が不可能。
 そんな事が出来るのは、アスピドケロン以外考えられなかった。

 ルルーテは意を決する。
 両親が寝静まった後、窓から家を抜け出し、祭壇へ向かった。

「ケロンちゃん…久し振り…。お話があるの」

 月明かりの下、漆黒の海が広がる。

(こんな時間になんの用じゃ?)

 ルルーテは真っ直ぐと、海を見つめながら話す。

「リナちゃん以外の見習い巫女狩りをしたのは…あなたなんでしょう?ケロンちゃん」

(……だとしたら、どうするのじゃ?)

「なんでそんな事をしたのか聞きたいの。ケロンちゃんはそんな事をする子じゃないもん!」

 頭の中に響いてくる声に彼女は緊張する。

(ルルーテを…守る為だ…)

「どういう事!?」

(最初は、お前さんの友達を殺した見習い巫女。お前さんはもう少しで殺されていた)

「それは…そうかもしれないけど!なにも殺す事はないでしょ!」

 感情的にならないようにしようと決めていたルルーテだったが、抑えきる事はできなかった。

(お前さんの友達は一度助かったが、次の日に殺された。お前さんを一度助けた所で、何度でも殺そうとしてきただろう)

「っ……!それは……」

 反論できずに言葉を詰まらす。

(その後は連鎖じゃな…。他の見習い巫女は皆、お前さんの事を怖がった。お前さんに殺されるのではないかと、ビクビクしていた。だから、お前さんを殺そうと企んでいたのじゃ…)

「そんな……!嘘だよね!?」

(残念ながら本当の事じゃ)

 ルルーテの目に涙が浮かぶ。

「もしそうでも、わたしが死ねば良かったじゃん!みんなが死ぬ事なんてなかったでしょ!?」

(………すまない)

 沈黙が続いた。
 波の音だけが聞こえる。

 ルルーテは大粒の涙を流し続ける。
 今までに見習い巫女に起こっていた事は、アスピドケロンがルルーテを想うが故の犯行だった。
 その事実を受け止めたルルーテは、それ以上アスピドケロンを責める事ができない。

(いつかワシに聞いたな。見習い巫女の中で、誰に巫女になって欲しいかと)

 色んな事がありすぎて、随分前の話の気がした。

「言ったかもしれない…」

(ワシは、ルルーテ。お前さんは、先代の巫女の誰よりも巫女に相応しいと思うのだ)

「なんで!?わたしはずっと最下位で…わたしよりも、ずっとずっと巫女に相応しい人が…」

(ワシと意志疎通が出来る人間など、長い歴史の中で、お前さん以外おらんのじゃよ)

 空が明るくなりかけ、朝日が登ろうとしていた。

(すまないルルーテ。お前さんを悲しませるつもりはなかったんじゃが)

 ルルーテは首を横に振る。

「もういいの。わたしみんなの分も巫女頑張るから…」

 顔を上げたルルーテは笑顔に戻っていた。

「リナにいつも言われてたの。ルルーテにはそのまま明るく生きて欲しいって!」

 涙を拭って、ルルーテは伸びをする。

「まだまだ、見習い巫女だけど、素敵な巫女になれるように修行頑張るから!ケロンちゃんも応援してね!」

(………。)

「ケロンちゃん?」

 アスピドケロンの様子がおかしい事に気がつくルルーテ。
 何か、不穏な空気を感じる。
 直後、地面が揺れ、海が荒れる。

「どうしたのケロンちゃん!!?」

 返事は返ってこない。
 立っている事も出来ずに、その場で頭を抑える。

『グォオオオオオオオオオ』

 耳を裂くような轟音。

「……ケロンちゃんの声なの?どうしたの!?ケロンちゃん!!」

 街は巨大な地震が続く。
 一部の建物は崩れ、道が割れ、川からは水が溢れだした。


 一向に収まる事のない天災の中、一番近くの頑丈な建物である巫女の神殿へと向かった。
 神殿に入り、揺れが収まるのをジッと待つ。

 数時間後、段々と揺れが小さくなり、やがて収まった。
 耳が痛くなる程の静けさの中、外に出ようとすると、いつもルルーテを迎えにきていた従者が声をかけた。

「無事だったか。神官様からお前を連れて来いと命があった」

 神官の元まで連れていかれ、話をされる。

「ルルーテ。早かったな。当代の巫女がアスピドケロンの暴走によりいなくなった。今日から、お前が巫女となる。早速だが、巫女の任命式を執り行う。すぐに準備なさい」

 ルルーテは神官に詰め寄った。

「神官様!アスピドケロンの暴走ってなに!?」

「それは後に教示する。今は早く準備をしなさい」

 神官は冷たく言うと、その場を立ち去った。



――では今日より、ルルーテをアスピドケロンの巫女とする。

 巫女の就任式が終わり、巫女の衣装を身にまとったルルーテは、神殿の最上部にある“巫女の間”に連れてこられた。
 巫女の間は外から鍵が掛けられ、勝手に出る事は許されない。
 これからの事を考えて深呼吸をする。

 巫女の間の中心にある羅針盤に、水の魔素を流し込むとアスピドケロンを自由に動かす事が出来る。
 進路は、巫女に仕える神官から指示があり、方向の調整をする事が巫女の勤め。

 ふと目に入ったのは、眼下にある祭壇。
 アスピドケロンの頭も少しだけ見える。
 もしかしたら、ここなら声が届くのではないかと考え、ルルーテは声を出す。

「ケロンちゃん…聞こえるかな?」

 祭壇で聞くよりも小さかったが、確かに頭の中にアスピドケロンの声が響く。

(ルルーテ……ワシはどうしたのだ?)

「え?」

 あの後の事を話すが、アスピドケロンは暴走の事を何も覚えていなかった。
 本当に暴走していたアスピドケロンをルルーテは心配する。

「身体は大丈夫なの?どこかおかしくない?」

(あちこち痛くて、食欲もないが…慣れたもんじゃの!)

「慣れた?前にも同じような事があったの?」

(そうじゃな…数年から数十年に一度、こんな事があるのじゃ)

 アスピドケロンは今までに何度も暴走している。
 ルルーテは暴走の原因を考えるが、想像も出来なかった。



 それからルルーテは巫女として、10年間アスピドケロンを操舵し続けた。
 巫女の間での生活は、神官以外の人間との接触は出来ずに、今までの巫女はきっと孤独であっただろう。
 しかし、ルルーテにはアスピドケロンがいた。
 一日中アスピドケロンと会話する生活は、見習い巫女の時よりもずっと楽しい。
 両親に会えない事には胸が傷んだが、それでもルルーテは明るく過ごしていた。


――その日は唐突にやってきた


 普段と同じように目覚め、その日の航海予定を神官から聞き終わったルルーテは、朝食を取っていた。

 あの日と同じ、何か、不穏な空気を感じ取る。
 カタカタと食器がぶつかる音がしたかと思うと、部屋全体が大きく揺れた。
 外を見ると海が荒れ、白く濁った波が渦を巻いているように見える。

「ケロンちゃん!!ダメ!!意識をしっかり持って!!」

 その祈りも虚しく、あの日が繰り返される。

『グォオオオオオオオオオ』

 ルルーテは羅針盤に水の魔素を送り込むが、まったく効果が得られずに、ただ見ている事しかできない。

「あの時は…どうやってこの暴走を止めたの?巫女は確か…いなくなったって言ってた…」

 突然、戸の鍵が開けられ、神官が入ってきた。

「巫女!アスピドケロンが暴走している!こちらに来なさい!」

 神官に連れられて地面が揺れる中、外へと出た。

 幼い頃、アスピドケロンと話をしていた、あの祭壇まで来ると神官が魔法を詠唱する。
 祭壇が光り、突如海に向かって光の道が伸びた。
 神官と共に、その道を歩いていく。

 海に迫り出した光の道の終点は円形になっており、周囲には荒れた海が広がる。
 光の円の中心に辿り着くと、神官が声を出す。

「アスピドケロンよ!只今より巫女喰み(みこはみ)の儀を行う!どうか鎮まりたまえ!」

 “巫女喰みの儀”
 聞いたことのない単語だった。

「神官様…わたしは何をすれば良いの?」

「アスピドケロンが暴走した時、その身を生け贄として捧げるのが、代々巫女の勤めなのだ」

 神官はニヤリと笑い、続けた。

「お前達巫女の最後の役目だ。アスピドケロンにその身体を捧げよ!」

 神官は魔法を詠唱すると、ルルーテが水の球体に包まれる。

「なにこれ!?出して!出してよ!」

 ルルーテの声は神官に届かずに、水の球体は浮き上がる。

「アスピドケロンよ!鎮まりたまえ!」

 水の球体は叩いてもビクともせずに、ルルーテを包んだまま荒れる海面に落とされる。
 ルルーテは海中で初めてアスピドケロンの巨大な顔を見る。
 しかし、ルルーテは不思議と怖いとは思わなかった。


(ケロンちゃん…巫女ってこんな最後なの?今までの巫女達は、みんなケロンちゃんの暴走を止める為に死んでいったの?)

 ルルーテはこれまでの事を思い返す。

(確かケロンちゃんが前に暴走した直後に、食欲がないって言ってた…。ケロンちゃんは巫女を食べて生きてるの?なんで巫女じゃないとだめなんだろう…。もしかしてケロンちゃんが食べてるのは、人間じゃなくて…水の魔素?)

そうだとしたら…。


(ケロンちゃんは、ただお腹が空いてるだけなんだよね?ずっとわたし達巫女に操舵されてるから、お腹が空いても食べ物を探す事も許されなかったのに……そんなの、ひどすぎるよ…)

 アスピドケロンが口を開けたのを見て、瞳を閉じるルルーテ。

(でも、ケロンちゃんに食べられるなら、わたし、それでも良いのかな…。それでお父さんやお母さん…街の人達が救われるなら…それでも…)

 水の球体が消え、自由に動けるようになったルルーテだったが、すぐ目の前までアスピドケロンの口が迫っていた。

(お父さん…お母さん…リナちゃん…ケロンちゃん…ごめんね…)


ルルーテがすべてを諦めかけたその時――

 大きな錨が目の前に現れる。

(船の…錨…?)

 遠くから声が聞こえた気がした。

「早く掴まってぇええ!」

 言われた通り無我夢中で錨を掴むと、すごい速さで引っ張られる。
 離してしまいそうになるが、必死でしがみついた。

 船の底が見えると、網ですくわれて船の上に放り出される。

「ぷはぁっ…ハァ…ハァ…」

 グラグラと揺れる甲板にルルーテは横たわる。

「生きてるー!?生きてたら寝てないで手伝ってー!せっかく助けたんだから!」

 船の持ち主である少女は、その大きな狼の耳をピョコピョコさせながら、ルルーテに帆を閉じるのを手伝わせようとしている。

「なんで私の船が横を通ったタイミングでアスピドケロンに暴れられなきゃならないのぉおお!!」

 不満そうに文句を言っている狼耳の少女は、太い縄で帆を縛る。
 ルルーテはその少女に向かい叫んだ。

「あの!ごめんなさい!助けてくれたんだろうけど…わたしが食べられなきゃ暴走は止まらないの!」

 狼耳の少女は、ルルーテを見下ろすと、嫌そうな顔をする。

「ダメダメ!きみは私が助けたんだから、勝手に死んじゃダメ〜〜!!」

「でも、そうしないとアスピドケロンの暴走を止められないの!」

 必死に言うルルーテの元に飛び降りてきた狼耳の少女は、ルルーテの目の前に顔を近付ける。

「お腹空いてるなら他のものあげればいいでしょ!?何食べるのあいつ!?」

 荒れる海のグラグラと揺れる船の上で、必死に立ちながらルルーテは答える。

「多分…水の魔素を含んだモノなんだけど…」

 狼耳の少女はニタっと笑う。

「じゃあアレでどう!?さっき引き上げたお宝!!水の魔素の塊みたいなものでしょ!?これを、アスピドケロンに食べさせれば、暴れるのやめるんだよね!?」

 狼耳の少女が人差し指で指す方向に目をやると、巨大な真珠が船にある生け簀のような場所からはみ出していた。
 ルルーテはキョトンとしながら答える。

「多分…それが本当なら大丈夫だと思うけど…」

「わかった!!た・だ・し!!これは、すごーーくレアなお宝なの!だから、きみが今日から私の下で働く事が条件だよ!」

 そう言うと狼耳の少女は、木の板を巨大な真珠の下に設置した。
 真珠に挟まった木の板は、生簀の淵を支点にして、斜め上に伸びる。
 そして、狼耳の少女は巨大な斧で木の板の先端を思いっきり叩いた。

「いっけぇえええええ!!」

 真珠はテコの原理で生簀から飛び出し、アスピドケロンに向かって飛んでいく。
 アスピドケロンの頭に当たるか当たらないかのギリギリで、アスピドケロンが口を開ける。

 瞬間、大波が船を襲い、船は波に飲み込まれた。


………
……



 バシャっと顔にバケツの水を掛けられてルルーテは目を覚ます。
 青い空とドクロマークのついた船の帆、狼耳が映り込んだ。

「おっ!生きてるね!怪我はない?」

 ルルーテは身体を起こし辺りを見渡す。
 海は穏やかになっており、少し離れた場所にアスピドケロンが見えた。

「ここは……?」

 狼耳の少女は元気に答える。

「ここは私の船の上だよ。私は船長レイナだよ!お姉ちゃんと呼びなさい!」

「レイナ…お姉ちゃん……?」

 目をパチクリさせながら、ルルーテは何をしていたのか思い出す。

「……そうだ……!!アスピドケロンは!?どうなったの!?」

 レイナは頭の上にクエスチョンマークを出しながら首を傾ける。

「ん?あぁ、きみが言った通り、お宝を食べたら大人しくなったよ!作戦大成功だね!」

 ルルーテは起き上がり、レイナに近付く。

「街を、アスピドケロンを助けてくれたのね!ありがとう!!」

「変な玉に入っていきなり上から海に落ちてくるんだもん。びっくりしたよ!私が助けなかったら、きみは今頃あの亀のお腹の中だったね!セーフセーフ!」

 両手を横に広げて笑うレイナ。
 ルルーテはアスピドケロンの事を考える。

「そうだ…ケロンちゃんとお話を…。あの、一つお願いがあるんだけど…」

「ん〜?お願い?聞くだけ聞いてもいいよ!聞くだけね!」

「ケロンちゃんの…アスピドケロンの頭の近くに船を近づけて欲しいの!お願い!」

「えぇー大丈夫!?もうあいつ暴れたりしないの!?」

 ルルーテはアスピドケロンを眺める。

「大丈夫だと思う。もう暴走は止まってるみたいだし」

「じゃあ条件!まず名前を教える事。それと、私の海賊船で働くこと!きみのせいで大事なお宝がなくなっちゃったんだ。少なくともその分はしっかり働いて貰うよ!」

 ルルーテは満面の笑みを浮かべる。

「わたし、ルルーテ!海賊でもなんでもするから、あなたの言う通りにするから、お願い!」

「“あなた”じゃなくて、レイナお姉ちゃん!」

 頬を膨らますレイナに、ルルーテは再度笑ってみせる。

「わかった!おねぇちゃんね!」

 レイナは満足気な表情をしてから、ルルーテに手を差し伸べる。

「よし!今日からルルーテは、私の海賊団の一員として、しっかり働いて貰うからね!初仕事は、アスピドケロンに向けて船を動かす事!」

「りょうかい!おねぇちゃん!!」


 アスピドケロンの頭の前に海賊船が停泊する。
 ルルーテはアスピドケロンに、暴走の原因や、自分がどのようにして今の状況になっているか説明した。

「ごめんねアスピドケロン。わたし、新しいお友達のレイナちゃんと約束して、海賊になることにしたの!だから巫女にはもうなれないし、街にもなかなか戻ってこれないと思う。でも、水の魔素を手に入れたら時々持ってくるよ!ケロンちゃん食べたいでしょ?あんまり会えなくなるけど、寂しがっちゃだめだからね!」

 ルルーテは巫女喰みの儀の事はアスピドケロンに言わなかった。
 きっと今まで巫女を食べていた事を知ったら、アスピドケロンは悲しむだろう。

 アスピドケロンは涙を流しているように見えた。

(ルルーテ……すまない。随分と迷惑をかけたようじゃ…)

「気にしないで!わたし生きてるし!たまには会いに来るから!街の人達をよろしくね!」

 船は出港し、アスピドケロンの声は聞こえなくなった。
 それでもルルーテは笑顔のまま、明るく生きていく事を心に誓った。

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