蒼空のリベラシオン(ソクリベ)【iOS/Android対応のスマートフォン向け協力アクションRPG】の非公式攻略wikiです。有志によって運営されているファンサイトで、ソクリベに関する情報を収集しています。

「そっちへ行ったぞ!追え!!」

 夜蛍の都ミールの郊外にある森の中に帝国兵の声が響く。
 人里から離れ、滅多に人が立ち入る事のない黒の森と呼ばれる森の隅にわざわざ足を運んだ理由は、ミールの村人から聞いた噂話にあった。
 『森の中には、人に幻影を見せる魔物が住んでいる』

 帝国の支配下に置いたミールの村だったが、村人達は帝国に不信感を持っているようだった。
 村人の信頼を得る為にその魔物を討伐してきてやると小隊を率いて森の中に入ったは良いが、目的の魔物の情報は少なく、薄暗い森をただ進む事しかできない。
 そんな中で見つけた一軒の山小屋。
 煙突からは煙が出ており、どうやら人が生活しているようだ。
 しかし、この森は地元の人間でも近付く事のない危険な森だという。
 そんな森に建造物があり、ましてや人が住んでいるとなると、何か怪しい空気を感じずにはいられない。

 一つ喉を鳴らしてから、ドアをノックする。

「すまない。中に誰かいるか?」

 数秒後、ドアが開き出てきたのは、小さな少女だった。

「子ども……?」

「おじさんたちはだれ……?何の用……?」

 まだ4,5歳と見られる少女は不安そうに見上げている。

「我々は帝国の者だ。この辺りにいると噂の“幻影の魔物”の討伐にきた。何か知っているか?」

 少女の顔が曇る。
 すると後ろから少女の母親らしき女性が顔を出した。

「ララノア!どいて!!」

 少女がドアの前から姿を消したかと思うと、女性は手に持った鍋を投げ付けてきた。

「うおぉあ!!」

 とっさにドアを閉めて飛び退いた帝国兵。
 ドアに鍋がぶつかる音がしたかと思うと、下の隙間から湯気を出したスープのようなものが流れてくる。
 直撃していたら大火傷を負っていただろう。

「なんだってんだ!!」

 ドアノブに手を掛けるが、内側から鍵を掛けられたのかドアは開かない。

「くそっ……!お前ら!ドアをぶち破れ!!」

 帝国兵は数人でドアに肩をぶつけて激しい音を立てた。
 ミシミシと軋むドアは次の一撃で大きな音を立てて壊れ、帝国兵は山小屋の中に雪崩れ込む。
 家の中に土足で踏み入るが人影はない。

「帝国を敵に回したくなければ出てこい!!」

 聞き耳を立てるが、返事も物音もなく、家の中は静まり返っている。

「隊長!裏口がありました!ここから逃げたと思われます!」

「子どもを連れた女の足だ。そう遠くには行けないだろう」

 隊長の命令を受けて、部下達は森の中を捜索する。
 薄暗い森の中といえど、2人の足跡を見つけるのはそう難しい事ではなかった。

「いたぞ!あそこだ!!」

 十数分後、女性と少女の背中を見つけた兵士は指を指す。
 少女の手を引いて必死に走る女性だったが、男達の足に追いつかれるのは時間の問題だった。


「さぁ、鬼ごっこは終わりだ。知ってる事を話して貰おうか」

 女性と少女を囲んだ小隊は、剣を突きつける。
 明らかに何かを隠している2人に手荒な真似はする気はないが、抵抗するのであればやむを得ない。

「……」

 少女を抱えて沈黙を守る女性。

「そんなに話したくないなら、仕方ねぇな!」

 そう言うと、隊長は女性を取り押さえて少女をその腕から取り上げる。

「やめてっ!!!」

 少女を抱きかかえた帝国兵に手を伸ばす女性に剣を向けた。

「俺達だって話してくれたら危害を加えるつもりはねぇんだ。幻影の魔物の事を何か知っているのだろう?」

「……」

 女性は隊長を睨みつけている。

 次の瞬間だった。
 女性は少女を抱えた隊長に体当たりをして押し倒す。

「何をっ!!」

 隊長の手から少女を取り上げると地面に少女を下ろし、隊長の手から離れた剣を拾った。

「ララノア……あなただけでも逃げて……」

 女性は手を震わせながら剣を構える。
 少女はどうしていいのか分らないのだろうか、おどおどとしている。

「早く!!」

 女性の言葉を聞くと、少女は目に涙を浮かべている。

「この女!!ふざけやがって!!」

 立ち上がった隊長は、女性を思いっきり殴りつけた。

「きゃぁああ!!」

「調子に乗りやがって!帝国を敵に回すとどうなるか教えてやろうじゃねぇか!」

 女性の肩口から胸にかけて長剣を振り抜いた。
 飛び散る鮮血。

「おらぁっ!死にたくなければさっさと話せ!!」

「ララ…ノア……早く……逃げて……」

 血を流しながらも尚、少女の事を庇うように帝国兵に立ち向かおうとする女性。

「あなた達には……この子を渡さない!!」

 絶対に子を守らんとする母の眼。

 ビリビリと威圧する女性からは、何か恐怖すら感じる。

「うぉおおおお!!!」

 気付けば、剣を振っていた。

(仕方のない事だ!この女が悪いんだ!俺は何度も話せって言ったのに、抵抗ばっかりしてきやがった!この女が悪いんだ!)

 血を流し、倒れこむ女性。
 もう助かる事もないだろう。
 それだけの感触が手にあった。


「おかぁさん!!!!!やめてよ……やめてよ!!!!!!」


 少女の悲痛な声が暗い森に響き渡る。


 帝国兵の目に入ってきたものは、信じられるものではなかった。

「なんだっ……!?これは……」

 巨大な翼を持った魔物……いや、魔獣と言うべきだろうか。
 見たこともないその魔獣からは、圧倒的な力の差を感じる。

(この少女が魔物を召喚したとでも言うのか!?なんなんだ!?)

「うわあああああ!!!」

 突然足元にドサっと何かが倒れたと思うと、部下が血を流している。
 胸には、斬撃の跡がある。

「どうした!?おい!!」

 次の瞬間、部下の一人が剣を振り上げて襲いかかってくる。

「化物めぇええええ!!」

「おい!何してるんだ!?」

 剣をなんとか弾くが、何が起きているか分らない。
 次の瞬間、目の前の部下の後方で魔獣が真っ赤に燃え上がる。

「畜生!!」

 すぐに構えて、部下の後ろに回り込むように踏み込むと、魔獣に向けて全力で剣を突き刺す。

「ぐわああああ!!」

 目の前から聞こえたのは、部下の叫び声。
 魔獣はフッと消えたかと思うと、自分の剣が部下の胸を貫いていた。

「……っ!!!」

 力なく倒れていく部下。

(これは……一体……)

 辺りを見渡すと、魔獣が1体…2体…3体……。
 その奥に、涙を流す少女が見えた。

 ある魔獣は、その姿を禍々しい死神に変えていく。
 ある魔獣は、凍てつくドラゴンへと変貌した。

 そして、一斉に隊長に向かい襲いかかる。

(まさか……このガキが……幻影の……魔物……)


 森の中に、少女の泣き声が虚しく響いた。




 ――数年後


 商業都市イエルに辿り着いた少女。
 少女はあの優しかった母をこの世に復活させる為に、旅をしてこの街に辿り着いた。
 様々な人種が集まるこの街ならば、母の読んでくれた絵本に出てきた『魔神の心臓』に纏わる情報が手に入るかもしれない。
 “幻影の魔物”と呼ばれ、忌み嫌われた自分に、唯一優しさをくれた母。
 あの日、母を失った少女は、母を取り戻す事だけを考えていた。
 目を閉じれば、今でも鮮明に母との思い出が蘇る。

――いい?ララノア。あなたは素晴らしい才能を持っているの。あなたの魔法は、傷ついた人を助ける事ができるのよ。決して、悪いことではないの。周りの人達がなんと言っても、絶対に気にしちゃダメよ?

 生まれつき高い魔力を有していたララノア。
 その治癒能力は非常に高く、一般的な術士が3日かけて治癒するような重体患者でも、半日程で完治させてしまう程の魔法を使いこなしていた。

 しかし、強力すぎるその魔法をかけられた者は、副作用として幻覚症状が現れてしまう。
 症状が出た者はララノアに怯え、街の人々はララノアの家族を虐げるようになっていった。
 “幻影の魔物”
 いつしかそんな呼ばれ方をするようになる。
 母はララノアの安全を考え、街を出て森の中で過ごす事を決め、あの山小屋でララノアとの生活を始めた。
 街から離れて不自由はあったものの、母との幸せな生活。

 母は毎晩絵本を読んでくれた。
 その中の一つに『失った宝石』という絵本があった。

 主人公は幼なじみと共に、宝石を探しに仲間と旅へ出る。
 しかし、道中で橋が落ちて幼なじみを失ってしまった。
 宝石よりも、大切なものを取り戻すために火山に住む魔神から、“魔神の心臓”を手に入れる。
 死者を生き返す事のできる“魔神の心臓”で幼なじみを生き返らせ、失った宝石を取り戻すというストーリー。

 母を取り戻す為の唯一の手がかり。
 絵本の話が本当の事かどうかは分らない。
 それでも、母を生き返らせる事ができる可能性がわずかでもあるならば、それに賭けるしかなかった。


 ふと、路地の奥から賑やかな声が聞こえてきた。
 導かれるように、騒がしい建物へと入ると、そこには小さなテーブルが並び、酒を飲み交わす男達の姿があった。
 突然店に現れたこの場に似つかわしくない少女に、酒場の男達の視線が注がれる。

「どうした?迷子かい?」

 男の一人が声を掛けてくる。

「違う……。私は、知りたい事があるの……」

「ほぅ、何が知りたいんだ?俺で知ってる事なら答えてやるぜ。おい!席をひとつ空けてくれ。あと、この子にジュースを」

 声を掛けてきた男の仲間であろう強面の男性は、酒を飲みながら煙たそうにララノアを見る。

「おい、ヤンギ……。おめぇそうやって何でもかんでも首突っ込むのやめろよ」

「まぁまぁ!かてぇ事言うなよ!困ったときはお互い様だろ」

「んな事言ってもよ!今だってお前が持ち込んだ面倒事の計画を立ててる最中だろうが!“魔物の巣”を叩くなんて……命が危ねぇかもしれねぇんだぞ!」

 同じ席に座っている小柄な男が口を挟む。

「まぁまぁ……あんただってヤンギが助けてくれなかったら、あの時魔物に食われてただろう。そういう奴なんだよ。あいつは」

「ちっ……仕方ねぇな……」

 男はつまらなそうに天井を見て貧乏揺すりをしている。
 用意された席にララノアを案内するヤンギ。

「で、何が聞きたいんだ?」

 ララノアは運ばれてきたジュースに目もくれずに口を開く。

「火山に住む魔神がどこにいるのか知りたいの……」

「わははははは!!」

 突然男が笑い出す。

「『失った宝石』に出てくる魔神の事か?そりゃまたすげぇもんを探してるな!」

「まぁまぁ、茶化すのはやめようぜ」

 酒を飲みながら大笑いをする男をヤンギが止める。

「お嬢ちゃん名前は?」

「……ララノア」

「そうか、良い名だ。ララノアはもしかして、大切な人を亡くしちまったのか?」

「……」

 ララノアの頭に母の顔が浮かぶ。

「まぁ、なんだ。あの話は全部が全部作り話じゃねぇって噂を聞いた事があるぞ」

「ほんと…!?」

「確かに……俺も聞いた事がある。イオの魔神だったか……」

「そうそう、それだ。イオの火山には炎の魔神が住んでるっていう話」

 酒場の一角に置かれたテーブルでは、他の者が聞いたら笑われるであろう話が続けられる。

「おいおい、お前らマジなのか?まったく……俺はお伽話には興味がねぇ。“ララノアちゃん”の話が終わったら呼んでくれ。俺は明日の作戦の話をしにきたんだ」

 そういうと強面の男は席を立って酒場のカウンターの方へと歩いていった。

「でも噂では、魔神の心臓を取りに行こうとした奴は、それができなかったとか……」

「あぁ、魔神は魂のみで生きてるから実体がねぇって話だよな」

「なんでも……人間にその魂を憑依させなきゃいけないとか…」

「その話はホントかどうか怪しいな……。実際に憑依させた成功例はないんだろ?」

「まず魔神を憑依させる為に、具現化してる幻に勝たないといけないらしいが……兵団が滅ぼされたとか聞いた事があるな…魔神に勝てるような人間じゃなきゃ無理だとかなんだとか……」

「そうだそうだ。まぁ、噂話だからどこまで本当かわからねぇけどな」

 ララノアは男達の話をジッと聞いていた。
 その話が本当かどうか分からなくても、それが本当ならば、母を生き返す事ができる。
 他にあてはない……だからこそ、どんなに小さな情報でもララノアにとっては貴重な情報だった。

 ヤンギは笑いながらララノアを見る。

「まぁ、なんだ……世の中にはよ、噂話は沢山ある。暗黒組織“夜の鍵”の存在だろ?800年間名前の変わらないマーニルの魔法学校の学長。コルキドに眠る忘れられた三種の神器。血を求め、奪った魂を使用者に宿すヴァンパイアの魔剣。魔の海域デビルズガーデンから出てきた幽霊船なんてのもあったな」

「ははは!どれが本当で、何が嘘かは分らないけどな」

「だが、俺は全部あると信じてるぜ!だってよ!本当にあるって方が夢があるだろ!?」

「そりゃそうだ!!」

 ララノアは、ヤンギ達の話を聞き終えると席を立つ。

「……色々ありがとう」

 一つ小さなお辞儀をすると、背を向けて酒場を後にする。

「おい、もういっちまうのか?今晩の宿はあるのか?」

 少女はその声に反応する事なく酒場の扉を開き、姿を消した。

 この数年で除々に魔力の制御を覚えたララノアは、魔力の強弱や質で魔法を掛けた相手に見せる幻影をある程度コントロール出来るようになっていた。
 これにより、資金の調達に苦労はない。
 幻影を見せて驚かせば、簡単に財布を奪う事ができる。
 それが悪である事を知ってはいたが、目的の為には仕方のない事と割り切り、罪悪感を覚えながら幻影を見せて旅を続けた。



 ―――おかぁさん……

 イエルを出ようとしていた行商人に幻影を見せて馬車を走らせること数日。
 遠くに、山頂が赤々と燃え上がる山が見えた。
 その火山の麓(ふもと)に、明かりがポツポツと光る光景。
イオの街に辿り着いた事を少女は確信した。

 あの火山に、母を取り戻す為の鍵である魔神がいる。

 ララノアは灼熱の火山を登っていく。
 険しい山道を登るにつれて体感温度は上がり続け、額には汗がにじみ出る。
それでも母の為に、ゴロゴロと岩が転がる道を必死に登り続けた。

 辿り着いた火口では、マグマがゴボゴボと音を立てている。

「……魔神は……いない……?」

 マグマを見つめるララノアの表情に不安がよぎる。
 その時、マグマが揺れたかと思うと、中央に渦が現れた。

 ――ゴゴゴゴゴゴ

 渦はその大きさを増したかと思うと、中心から何かが現れる。

「魔……神……」

 聞いた噂通り、炎を身に纏い、強大な力を持った魔神。
 その巨大で圧倒的な姿に恐怖を覚える。

 魔神は少女を見下ろすと咆哮する。

 ――グォオオオオオオオ!!!!

 ララノアは走った。
 魔神から一刻も早く逃げなければいけない。
 ここで命を失えば、今までの努力が水の泡だ。
 その表情は使命感で溢れる。


 イオの街まで降りてきたララノアは、早くも次の行動に移る。

(魔神の魂に耐えられる強靭な人間でなければいけないとか……)

 強靭な人間……つまりは、大柄で強い人間でなければいけない。
 もし失敗すればその人間は死んでしまい、“魔神の心臓”を手に入れる事も出来ないだろう。
 だからこそ、この人間の選定にミスは許されない。

 イオの街に入ると、まずは宿を探す。
 宿屋の主人は、見慣れない少女が一人で宿泊する事に多少の疑問を持っているようだった。

「お嬢ちゃん一人かい?パパやママと待ち合わせかい?」

「お父さんはいない……。おかぁさんに会う為に、ここに泊まらなければいけないの……」

 何か訳ありだと感じ取った主人は、怪しみながらも宿泊帳簿を少女に渡す。

「ここに名前を書いてくれるかい」

 行商人から手に入れた財布から宿代を払いながら、質問をしてみる。

「この街で、一番力持ちで、強い人をおじさんは知ってる?」

 宿屋の主人は不思議そうな顔をした後答える。

「力持ちで強い人……ねぇ……。そうだな。そりゃ、ガルさんしかいないだろうな」

「ガルさん?」

「あぁ、鍛冶屋街で5本の指に入る腕の鍛冶師だ。あの人よりも力持ちっていったら、大陸の中に何人もいないんじゃないか?」

「そうなの……ありがとう……」

「なんでそんな事を知りたいんだ?」

「その人に用事があるから……」



 ――翌日

 ララノアは早速、鍛冶屋街に足を運ぶ。
 宿屋の主人が言っていた通りに道を進むと、他の鍛冶屋と比べると少し小汚い工房が見えてきた。
 中からはハンマーで鉄を叩く音が響いてくる。
 工房を覗き込むと、大きな背中が見えた。
 その背中についたゴツゴツとした筋肉は、強靭な人間という言葉がしっくりくる。
 大きなハンマーを振り下ろし、鉄の塊の形を整えているようだ。

 ララノアは手に魔力を集める。
 あの男に幻影を見せて、火山へ連れて行く。
 そして魔神をあの男に憑依させれば、魔神の心臓が手に入るだろう。
 幻影さえ見せてしまえば、腰に隠したナイフで心臓をえぐり取る事も容易い……

 それが、自分に出来るかどうか……
 人の命……
 しかし母を取り戻す為には……

「おや、お嬢ちゃん見ない顔だな。どうしたんだい?」

 ふと掛けられた声で我に返った。
 工房の中にいた男がこちらを見ている。
 何か心配そうな表情で近付いてくるこの男が「ガルさん」に違いない。
 この男を……殺せるかどうかだ。
 母の為に……死なせる事ができるかどうか……

「……おじさんはわたしを助けてくれる?」

「なんだ?ママとはぐれちまったのかい?どっから来たんだ?」

「ママは……いない……。だから……会いたい……」

 本心が漏れる。
 母の顔を浮かべて心を決める。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「私はララノア」

 手に魔力を込めて男に放出する。

「おじさんは……もう……私の……」







 ―――――幻影の中。








 男は頭を抱える。
 確実に、ララノアの術にハマっている。

 何かをつぶやきながら、工房の外に出て行く男。
 男の後を追いながら魔法をかけ続け、火山の方面へと誘導する。

「おう!ガルさん!お出かけかい?」

 街の人が手をあげて男に話しかけている。
 しかし、男にその声は届かない。

「早く……もっと早く歩いて……」

 少し強く魔法をかける。
 男は辺りを見渡してから走り出す。

 街中を抜けて、火山の山道へと入る。
 山頂へ向かい、必死に走る男。

(これでいいの……もうすぐ……おかぁさんが……)


 山頂の火口に辿り着いた男は、ボソボソと何かを言いながら頭を抱えている。
 ララノアは、火口の近くでマグマを見つめる。

「さぁ……おいで……炎の……魔神……」


 あの時と同じように、マグマに渦が発生すると魔神がその姿を表した。
 男への魔法はもうかけていない。
 そろそろ意識を取り戻す筈だ。

「魔神よ……あの人に憑依して……」

 魔神に言葉が伝わっているのだろうか。
 ララノアを見つめ続ける魔神。

「どうして……早く……」

 その時、太い声が飛んでくる。


「ララノア!逃げろ!!!」

 振り向くと、意識を取り戻した男がこちらを見ている。

(何故……逃げなければいけないの……)

 次の瞬間、男は走り出し、魔神に向かって跳びかかった。

「グォオオオオオオオ!!!!」

 怯む魔神。

(何故この人は、魔神と戦おうとしているの……?)

「貴様の好きにはさせない!この街は俺が守る!ララノアにも指一本触れさせはしない!このガルスタークが相手をしてやる!!」

 男は鼻息を荒くしながら、魔神を睨みつける。

(なんで……私が……守られるの……?)

 魔神と戦い続ける男。
 攻撃を繰り返し、魔神と互角に渡り合っている。

(私は……あなたを……利用しようとしているのに……)


「ぐあっ!畜生………なんの…これしき!!」


(私の事なんて……何も知らないのに……)


「させるかぁあああああ!!!」

 気がつけば、ララノアに向かっていた魔神の攻撃。
 男は、赤々と燃える魔神を素手で殴りつけた。

(どうして……そこまでするの……?)


 ――あなた達には……この子を渡さない!!


 母の声が頭の中に響く。

(なんで……おかぁさんと……同じように……私を……守ってくれるの?)


「これで終わりだ!!あるべき場所に帰れ!!」

 魔神の盾を取り上げた男は、渾身の力で魔神を殴りつける。

「グォオオオオオオオ!!!!」

 火口に倒れていった魔神は、マグマの中で暴れているようだ。
 そして男はその様子を見下ろす。

(なんで……私を守ってくれるの……)

 辺りには不気味なマグマの音だけが響き、戦いが終わった事を知らせていた。

 こちらに振り向いて駆け寄る男。

「怪我はないか?ララノア…」

 息を切らしながら、ララノアの両肩に優しく手を置く。
 その手は、魔神と戦った痕跡だろうか…焼けただれてボロボロになっていた。

 いつの間にか、ララノアの頬には涙が溢れていた。
 自分の事を守ってくれた。
 その姿が母と重なった。

(私は……こんなに優しい人を……殺めようと……)

 大粒の涙がボタボタと地面に落ちる。


「なんでそこまで……。今…私が…治して…あげるから……」


 怪我を治そうと手に魔力を込めた瞬間、辺りが明るくなったような気がした。

(え……?)

 目の前の火口から、炎が吹き出したかと思うと、ララノアとガルスタークに向かって襲いかかる。

(なに……これ……)

「危ない!伏せろ!!」


 炎に向かい盾を構えてララノアを守る男。
 しかし、襲い来る炎を防ぎきる事はできず、盾の裏へ回り込むようにして男の身体を炎が包み込み、そのまま身体の中へと流れ込んだ。

 バタリと倒れこむ男。
 ララノアは、泣きながら回復魔法をかけ続ける。
 男の皮膚は焼け、助かる見込みは少ないかもしれない。
 それでも、必死に治癒を続けた。
 自分の罪は消えないだろう……だからこそ、この男を救いたい。

 半日ほど魔力を注ぎ続け、男の傷はある程度塞ぐことができた。
しかし、男の身体の様子がおかしい。
 赤々と燃えるような色の皮膚は人間とは思えない高熱を発している。

(とりあえず、街に戻らないと……)

 ララノアは、羽織っていたマントを地面に敷くと、男をその上に乗せて引き摺るように下山する。
 マントの端を持ち下り坂をズルズルと引きずっているとはいえ、自分の何倍もある大男を運ぶのは想像以上に難しかった。
 それでも、この男をなんとか助けようと、必死に進み続ける。


 街の近くまで運ぶと、イオの住人がララノアを見つける。
 ガルスタークの異変に気が付いた住人は、彼を運ぶのを手伝い、ララノアと一緒に男の工房まで連れてきた。
 住人は、人を呼んでくると言って工房を出て行く。
 ララノアは、その間も工房の中で寝かされた男が意識を取り戻すように、回復魔法をかけ続けた。

――数時間後


「ん……んん……」

 祈り続けたララノアの願いが届く。

「気がついた……?」

 男の目が開いたのを確認して、嬉しさがこみ上げる。

「ララ…ノア…無事……だった…か……」

 この状況でも、自分の心配をしているガルスタークに、また涙が溢れる。

「ごめんね……私のせいで……」

「ララノ…アの…せいでは…ない……泣くな…」

 男は何も知らない。

「違うの……私が…」

 自分が今回の事を引き起こした。
 ララノアはこれまでにない罪悪感で押し潰されそうになる。
 全てを話そう。
 何もかも……

(きっとこの人は怒るよね……それでも、言わなきゃいけない……話さなきゃいけない……)

「私が――」

「貴様ら…誰だ…!」

 男の声でララノアの言葉は遮られる。
 後ろを振り向くと、数人の兵士だろうか……鎧を着込んだ男達が工房の入り口に立っていた。

「あなた達は……」

 その鎧は見覚えがあった。
 あの日、森の中の山小屋にやってきた、母を殺した帝国の鎧…。

「こいつだな……。連れて行け」

 兵士は少女の事を担ぎ上げる。

「やめて……!!離して……!!」

「大人しくしろ!!」

 そのまま工房の外に連れ出されるララノア。
 ガルスタークは、まだ苦しそうにしている。
 彼を一人でこんな所に置いて行くわけにはいかない……。

(この兵士達に幻影を見せれば……)

 しかし、ガルスタークに殆ど1日中魔力を注ぎ込んだララノアには、もはや残っている力はなかった。
 もう疲労も限界に達し、腕を上げることもままならない。

(今まで私がしてきた……報いなのかな……それでも……彼は悪く無いのに……)

「よく報告してくれたな。下がっていいぞ」

「はい……」

 頭を上げると、イオの宿屋の主人がララノアを見ていた。

「確かに……ミールから報告があったガキにそっくりだ。この街にも張り紙をしておいて良かった」

 帝国兵の一人の言葉を最後に、ララノアは疲労から意識を失う。



 ――数日後

 目を覚ましたララノアは、牢の中に入れられていた。
 手枷が付けられて、殆ど身動きがとれない。
 時々、帝国兵だろうか、声が聞こえてくるものの、その内容は殆ど聞き取れない。

 陽も当たらない部屋で、何日も過ごすことになる。


 ――さらに数日後


 水や僅かな食料は与えられているが、ララノアの精神は限界に達しようとしていた。
 手枷のせいで魔法を放つ事も出来ず、ただただ時間が過ぎるのを待つ。
 いっその事、舌を噛み切ろうかとも考える……
 が、あの男の顔が脳裏に過る。

(こんな所で死ねない……彼を……治さないと……)

 その思いだけが彼女をこの世に留める。



 ――さらに数週間後


 どれくらいの時が経ったのか、もう分からなくなった時だった。
 牢の鍵が開けられて、数人の兵士が中へと入ってくる。

「ようやくお前の移送先が決まった。本当に幻影の魔物と言われる程危ない存在なのかは知らんが……生きていられるといいな。よし連れて行け」

 男がそう言うと、周りの兵士が目隠しをしてから手枷を外し、ララノアを乱暴に運ぶ。
 抵抗する事も出来ず、どこかに降ろされた。

「よし、それじゃあ頼んだぞ」

「はっ!」

 馬の鳴き声が聞こえた。
 身体が揺れる……きっと馬車に乗せられたのだろう。
 どこに連れて行かれるのか、ララノアには見当も付かない。
 今が朝なのか、夜なのか……それすらも分らない。
 ただ、今はジッと耐え凌ぐ事しかできない。



 ――馬車に乗せられてから数日が経った

 馬車は揺れ続ける。
 時々立ち止まると、兵士の声が聞こえ、また揺れる。

 この先どうなるのか、考えても分かる訳がない。
 それよりも、あの男の事を考えた。
 生きているだろうか……
 もし死んでいたら……償う事もできない……

 もし、彼が生きていて、再会する事ができたら、今度こそ全てを話そう。
 そして、彼が許してくれるならば……彼の身体が元に戻る方法を探そう。
 きっと……母ならばそれを許してくれる。
 あれだけ優しい母なのだ。
 自分のする事を信じて見守ってくれるだろう……。


「おい!なんだアイツは!?馬車を止めろ!!」

 突然、帝国兵の慌ただしい声が聞こえた。
 急停車する馬車。
 剣を抜く音。

「貴様何者だ!?何故道を塞ぐ!!」

 どうやら誰かが馬車の前に立ちはだかっているようだ。
 誰かは分らない……
 しかし、次に聞こえてきた言葉で、ララノアの心は晴れ渡る。

「貴様等……ダナ……」

 確かに聞こえたその声は、あの男ガルスタークの声だ。

 生きていた……
 彼は生きている……
 想いが天に届いたような、そんな気分だった。

「うわあああああああ!!!」

 次の瞬間、大きな衝撃が走ったかと思うと、ララノアは馬車の外に放り出された。
 地面に投げ出された衝撃で、手枷は外れ、目隠しが取れる。
 突然差し込んだ光に目を細めると、真っ赤に燃えるガルスタークの姿が移った。

 何か、様子がおかしい。
 自分が乗っていたであろう馬車は横に倒れて燃えている

「なんで……燃えてるの……」

 その姿は、あの火山で見た魔神を彷彿させる。

(まさか……魔神が……憑依……して……)

 嫌な予感がララノアを包み込む。
 イエルで聞いたあの噂。
 ヤンギという男達の会話を思い出す。

(嘘……うそだよね……)

「見ツケタ…………貴様……」

 男は真っ直ぐララノアに向かって歩を進める。

「嫌……いや……ごめんなさい……ごめんなさい!!」

 ララノアは手を前に出して魔法を放つ。
 どうにかしてこの状況をなんとかしなければ、命はないだろう。
 まず、この男に幻影を見せる。
 それから何か……次の手を考えれば……



「ララノア……?」


 彼の声に耳を疑った。
 それまでとは一転して、優しさに溢れたあの声……

「ララノア……何を……ここはどこだ?」

「私が……わかるの……?」

 男は、胸に手を当てて何かを確かめている。


「魔神から……肉体を取り戻したのか……?」

「ど……どういう事……?」


 男は話し始めた。
 あの後、工房で意識を失った事。
 次に目を覚ました時には炎の魔神に身体を乗っ取られていた事。
 魔神が身体を動かしている中、精神のみでもがいていた事。
 そして、魔神はララノアを探し、帝国兵を次々と襲っていた事。


「こんな事……信じろと言われても……無理かもしれないが……」


 ララノアは彼の言葉を黙って聞いていた。
 そんな事があったなんて、自分はどれだけの事をしてしまったのかと、更に自分を責めようとした。
 しかし、今は彼が目の前にいる。
 ケジメをつけなければいけない。

「全部信じるよ……おじさんの言う事……全部……」

「ララノア……」

「だから、私の言う事も……信じて貰えるかな……?」


 今まで自分がしてきた事。
 しようとしていた事。
 全て……包み隠さず……

 きっと彼は怒るだろう。
 自分のせいで、そんな身体になってしまったのだ。
 怒らない方が不思議だろう。

 それでも、言わずにはいられなかった。
 少女は涙を流しながら、少しずつ、少しずつ、伝えていく。

「だから……私は……うっ……うっ……おじさんを……」

「もういい……ララノア」

 ガルスタークは泣き続ける少女の前に座った。


「今まで、一人でよく頑張ったじゃないか……」

「…………えっ……?」

 男は笑っているように見える。

「もういいんだ……」

「私のせいでおじさんはそんな身体になっちゃったんだよ……!?いいわけないよ……」

「鍛冶屋は……廃業かもしれないな。ははは…こんな身体じゃ客がおっかながって逃げちまう」

 怒っている様子ではない。
 本当に、心の底から、ララノアを励まそうとしているように見える。

「まぁ、こうなったのも俺の運命なんだろう!ガハハ!」

(なぜ……?)

「なぁに悪い事ばかりじゃない!俺の周りは夜だって明るいぞ!」

(どうして……?)

「だからそんな悲しそうな顔するな!なっ?」

(そんなに優しくするの……?)

「ほら、顔をあげてくれ……俺は怒ってなんかいない!」

「なんでそんなに優しくするの!!」

 自然と叫んでいた。

「……俺は――」

 一つ間をおいて何かを考える男。

「そうだな……俺は、人が悲しんでるのを見るのが嫌いなんだ」

 少女に笑いかけるガルスターク。


 この時感じた温かさは、彼の身体から出る炎のせいではない。
 ララノアの心をそっと包み込んだのは、ガルスタークの純粋な優しさだった。



 数週間後――


「ララノア……あんまり走ると転ぶぞ……」

 前を走る少女を心配する炎の男。

「早く“燃え太郎”の身体を元に戻したいの!」

 楽しそうにする少女。

「その呼び方はもう揺るがないのだな……」

 ある日、“おじさん”と呼ぶのは嫌だと言い出したララノア。
 好きに呼んでいいと話すと、何を思ったのかそう言い出した。
 元の名前を呼ぶのは、身体が元に戻ってからと言い張り、それ以降この調子だ。

「ほら!燃え太郎も早くきて!あっちに洞窟があるよ!今日はあそこで寝れるかな?」

 ガルスタークの見た目では、普通の宿に泊まる事ができない。
 ララノアだけでも暖かいベッドで寝て欲しいと打診をしたガルスタークだったが、ララノアは首を縦に振らなかった。
 仕方なく、洞窟や廃墟で寝泊まりする生活。

 この旅がいつまで続くのかも分らない。
 しかし、ララノアに不安はなかった。

「はい、燃え太郎。少しジッとしててね」

 洞窟に入ると、手を前に出して魔法を発動するララノア。
 ガルスタークの中にいる魔神の精神を抑えこむ。
 定期的にこの魔法をかけなければ、ガルスタークの中の魔神の精神はどんどんと大きくなり、やがて身体を乗っ取ってしまう事が分かった。
 元の身体にする為の方法を見つけるまでは、一緒に行動をしなければならない。
 それはララノアがガルスタークの元を離れてはいけない理由にもなっていた。

「はい、終わったよ!燃え太郎!」

「いつも……すまないな……」

「いいの!今度は私が燃え太郎を守ってあげるんだから!」


 ララノアは、明るい笑顔を返す。
 その笑顔は母を失って以来、初めて人に見せる笑顔だった。

「やっと…笑えたな……」

 ガルスタークも少女に釣られて楽しそうに笑っていた。

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