港町マリーヴィア。
青い海に面したこの街は、大陸外の国とも盛んに貿易が行われている。
一年中潮風が吹き抜ける為、背の高い建物は港に作られた灯台くらいだった。
その灯台の一番上から、マリーヴィアの問題児は今日も弓を構える。
「可愛い女の子はどこかニャ〜〜?」
額に手をかざし、街を歩く小さな影を物色する。
膝を曲げてしゃがみ込み、長いマフラーをヒラヒラと風になびかせながら、前傾姿勢でクネクネ尻尾を揺らす。
突然何かに気が付き、目を閉じてクンクンと鼻を鳴らした。
「ニャニャッ!」
急に目を見開いたかと思うと、大きな弓を構えて狙いを定め、商店街を抜けた先の坂道を歩く一つの影に全神経を集中させる。
瞬間、その弓から風をまとった矢が放たれ、小さな影に向けて一直線に飛んで行く。
距離や潮風、高低差までも全て計算された矢は、確実に小さな影を捕らえている。
買い物から家に向かっていた少女は、その身に何が起こったか分からなかった。
突風が吹いたかと思うと、目の前の地面に矢が突き刺さる。
先端に鉄の金具がついた茶色くて細長い革の…まるでベルトが千切れたような物が、矢尻に付いていた。
少女はふと、坂道に通り抜ける風を全身で感じる。
自分の足元に目をやり、その身に何が起こったかを理解した。
「キャアーーーー!!!」
少女の悲鳴がマリーヴィアに響き渡る。
近くにいた人々は、とっさに少女に駆け寄り着ていた上着を脱いで被せると、険しい表情で辺りを見渡す。
「エルネーーー!!出てきなさい!!今日という今日は!!」
マリーヴィアの女性たちは、毎日のように続くエルネの悪戯に業を煮やしていた。
灯台の先端からその姿を眺めていたエルネは、尻尾をくねらせながらその様子を眺める。
「ニョホホーーー!絶景だニャーーーー!!」
縦長の瞳孔をハート型にしながらひっくり返り、足をバタバタさせながら歓喜するエルネ。
悪質な事に、旋風を纏った矢は巻き込んだ服を木っ端微塵に切り裂き、元の形に戻す事は不可能。
身体は傷つけずに服のみを射抜く、エルネの弓の精度は日々研ぎ澄まされ、その射程圏は1kmを越えていた。
「女の子の裸が見たい」という強すぎる願望は、エルネの技術を歯止めなく向上させていく。
その日も朝から、エルネは灯台に登り獲物を探していた。
マリーヴィアの領主の家に入っていく女性は、エルネの求めた絶世の美女。
エルネは鼻息を荒くして弓を構えながら、その女性が顔を出すのを今か今かと待ちわびる。
昼になり、夕日が落ち、月が空の真ん中まで到達した頃、領主の家の2階の窓に明かりが灯った。
その窓に美女が出てくるや否やエルネは弓を放つ。
夜目が利くエルネにとっては、昼も夜も変わらない。
「生まれたままの姿にニャるニャーーーー!!ムッホーー!!!!これはまた!脱いでもすごいニャーーーー!!!」
鼻血を出しながら後ろに倒れるエルネ。
何時間もの間、限界まで精神を集中し続けた事により溜まった疲労は、一瞬で幸せの頂点となり解き放たれる。
その場に倒れこみ、達成感を全身で感じつつ泥のように眠る。
「この世の春だニャ……」
朝になり目を覚ますと、エルネは屈強な兵士達に取り囲まれていた。
「なんなのニャお前ら!!ちょっと、いきなり何なのニャ!ヤメるニャよーーーー!!」
身動きが取れないよう何重もの縄が身体に巻かれ、エルネはどこかへ連れていかれる。
見えてきたのは街の高台にある大きな屋敷、そこは領主の家だった。
兵士達は足を止める。
「領主様!問題児を捕らえて参りました!」
扉が開かれると、そこにはエルネを見下ろす領主の姿があった。
領主の背後には大広間が広がっている。
大広間の突き当りには階段があり、広く大きな壁には若い頃の領主が描かれた絵画が掛けられているが、無残にもその額には見覚えのある矢が突き刺さっていた。
更に絵画の裏の壁にヒビが入り、その亀裂は絵画の外にまでくっきりと見えている。
「君が噂のエルネ君か。随分と派手に暴れ回っているようだね」
領主は淡々とした口調で話す。
その表情は笑顔だったが、瞳の奥のグラグラと煮えたぎる怒りはエルネにも感じ取る事ができた。
「君のせいで、大事な絵が台無しだよ。どう責任をとってくれるのかな?」
エルネ嫌な汗を流しながら笑顔を取り繕う。
「ニャハハハ……いやぁ、領主さん、最近シワが増えてきてるし、そろそろあの絵も…描き直した方がいいんじゃないかニャ〜〜ニャんて……」
領主の額に無数の血管が浮かび上がる。
「余計なお世話だ!!今まで見過ごしてきたが…今日という今日は許さん!!」
「ニャ〜んだ!見過ごしてきたって事は、領主さんも、やっぱりかわいい女の子の裸が好きなんニャねー!」
「黙れ!!そんな事があるものか!!」
ふぅふぅと鼻息を荒くしていた領主だが、これ以上挑発に乗るのは威厳に関わると考え、一つ咳払いをして落ち着いたトーンへと戻る。
「ゴホン……。君の故郷は確かヴィレスだったね…。本日付けでマリーヴィアでの住民権は剥奪。変わりにこれをエルネ君にプレゼントしよう」
領主が手を前に出し、エルネの顔の前に一枚の紙が開かれる。
紙の一番上には『退去強制令書』と記述されていた。
「これは何なのニャ?えーっと、なになに…マリーヴィアで数々の問題を起こすエルネに対し、だすなまこくへの…きょうせい……?読めないニャ!!」
首を傾げるエルネに、領主は嬉しそうに話す。
「出生国への強制送還。君は問題を起こし、この街を追い出されるのだよ。そして、生まれたヴィレスでそれ相応の処罰が待っているだろうね」
エルネの故郷、“獣境の村ヴィレス”は獣人であるガルム族の村であり、ガルムの王によって統治されていた。
ガルム族は、元々人間との間に確執があったが、長い歴史の中で交友関係を結び、今では共存できている。
しかし、村の外でガルムが問題を起こせば、交友関係に亀裂が入る可能性を考え、罪を犯した者には厳しい処罰が待っていた。
普段は脳天気なエルネも、目の前の紙に書かれている意味を理解して青ざめる。
「ま、ままま待ってくれニャ!エ、エルネはこれから真面目になるのニャ!もう絶対女の子を脱がしたりしないのニャ!素敵な領主さんなら、分かってくれるニャよね!?」
「あぁ、分かるとも。君は更生するようなお利口さんではない事くらいね。連れていけ!!」
横にいた兵士はエルネを担ぐと屋敷を出ていく。
「コラ!離すニャ!エルネはこの街が好きニャの!!ヴィレスには帰りたくないニャーーー!!」
手を組んで見送る領主は高笑いを抑える事ができない。
「はっはっはー!ヴィレスで楽しい余生を過ごしたまえ!」
「ニャんだとーーー!!このムッツリエロじじいーーー!!覚えてニャよーーーー!!」
――数日後
馬車から降ろされたエルネは目を開ける。
鼻をクンクンとさせて、久し振りの故郷の匂いを嗅いで懐かしさに浸っていたが、兵士に身体を起こされて正座をさせられる。
眼前には、ヴィレスの王が腕を組み悠然と佇む。
周囲には屈強なガルム族の男達がエルネを取り囲み、エルネは緊張する。
マリーヴィアの兵士から『退去強制令書』を受け取った王は、一通り目を通し口を開く。
「なるほど、後はこちらに任せてくれ。この者が手を掛けさせてすまなかった。領主にも宜しく伝えてくれ」
兵士はその場を後にし、王はエルネを見下ろした。
「ニャははは…王さま…お久しぶりだニャ……」
苦笑いをするエルネに王は静かに答える。
「エルネよ。随分と人様に迷惑を掛けたと聞く。覚悟はできているな」
エルネはビクッと全身を毛羽立たせる。
「ニャッ…!そ、それは……」
『退去強制令書』を爪で指しながら、王はエルネの言葉を遮る。
「お前が犯した罪は深い…だが、ここに記された事が本当であるならば、まずはその弓の腕を見せてみよ」
「ど、どうかそれだけは………ニャ?」
予想した言葉とは違う内容に戸惑うエルネに、王は睨みつける。
「できぬのか?」
「や、やるニャ!弓なら誰にも負けニャいニャ!」
周りにいたガルム族の男達は、急な展開にザワつく。
しかし、王が決めた事であれば、彼らも行く末を見守る他なかった。
ヴィレスの北にある海にやってきた一同は、小さな一隻の船を確認しようと目を細める。
潮風の強い海岸線で縛られていた縄を解かれたエルネは、海の上の船を目で追っていた。
海へ出た船は沖へ沖へと進み、海岸からは小さな点のようにしか見えない。
王が手をあげると船は帆をたたみ、波の強い沖合でユラユラと揺れながら停泊した。
帆柱の先端には、片手用の盾が一つ。
「エルネよ。あの盾を射抜いてみよ」
船でさえ点に見える距離で、その場にいる誰しもが無理難題だと思っていた。
エルネは鋭い目で船を睨みながら鼻をクンクンと鳴らす。
「わかったのニャー」
なんとも軽い返事に一同は拍子抜けする。
見物に来ていた村の住人たちは、エルネと船を交互に見てその時を待った。
エルネは弓を引き集中する。
次の瞬間、エルネは横に飛んだかと思うと叫び声が辺りに響き渡る。
「キャーーーーー!!!」
住民は何が起こったかと辺りを見渡すと、観戦していた女性のガルムの服のベルトが射抜かれ裸を隠している。
更に、悲鳴はあちこちから聞こえる。
エルネは小刻みにジャンプをしながら、次々に見物人の女性の服を剥がしていった。
「そこまでだ!!その者を捕らえろ!!」
悲鳴の中、王の声が響き、屈強なガルム族の男衆がエルネを捕えた。
「何なのニャ―!!痛いニャー!!」
エルネに近付く王は、エルネを見下ろした。
ガルムの兵は、エルネに槍を構える。
「貴様!王のご慈悲をなんだと考える!!お前のような者はこの場で死ね!!」
「待つのニャーーー!!ちょっとした冗談だニャーー!!」
足をバタバタさせるエルネに、王が口を開く。
「止めろ、そこまでだ」
王の顔を見るガルムの兵。
王は手の平を兵に向けて、『止めろ』という合図を送りながら、海の方角を見ていた。
目線の先を見ると、海の上に浮かんでいた船がこちらに近付いてきている。
「痛いニャー!!離すニャー!!!」
尚も暴れているエルネに耳を貸す者はおらず、ただ船が戻ってくるのを待った。
船が海岸に辿り着き、乗っていた男のガルムが走ってくる。
「王……これを……」
彼の手には、7個の穴が空いた盾があった。
王はそれを見て、裸にされた女性の数を確認する。
「なるほど。確かに問題児だな」
王は、取り押さえられジタバタと動いているエルネの方に向き直る。
「エルネよ。お前にはこの村の治安維持部隊として働いて貰う。仕事を全うすれば今までの罪は不問とする」
それだけ言うと、王はマントをひるがえし村へと戻っていく。
エルネは嬉しそうに、兵の槍を跳ね除けて飛び起きる。
「本当ニャ!?本当にホントだニャ!?」
周囲の者はどよめき、跳ねまわるエルネを見ていた。
「やったニャーーーー!!」
服を脱がされた7人の女性はエルネを睨みつけるが、エルネはそれに笑顔で返す。
「なかなかいい物持ってるニャね〜〜ニヒヒヒ!!」
エルネはガルム族の兵団宿舎に暮らすこととなった。
治安維持部隊とは、ヴィレスの周りに生息する魔物を討伐して安全を確保したり、住民に被害を与える族の始末、更には要請があれば他の街にまで赴いて仕事をこなす兵団だった。
基本的には2人一組で行動し、エルネは第18小隊として配属された。
ツーマンセルを組むことになった相棒は、白い翼を持った白鳥のガルム『シエロ』。
まだ若い青年だが、エルネとは真逆の性格だった。
「えーっと、白い羽に銀髪の男…あ!エルネの相棒ってお前ニャ?エルネは弓なら誰にも負けないニャ!これからよろしくニャー!」
シエロは脳天気そうなエルネに対して厳しい目線を送る。
「お前がマリーヴィアから送られてきた問題児か。チィッ…なんで俺がこんな奴と…。くれぐれも俺の邪魔だけはするな」
シエロは舌打ちをしながらその場を去ろうとする。
「待つニャ!エルネは何をすればいいのニャ!?」
振り返ったシエロは、更に厳しい言葉を吐き捨てる。
「俺の邪魔だけはするなと、今言った筈だが?」
エルネはそんなシエロにお構いなしに質問攻めをする。
「なんでニャ?折角ニャんだから仲良くやろうニャ!あ、名前はなんていうのニャ?どんな女の子が好みなのニャ!?」
苛立つシエロは剣を抜き、エルネの顔の前に突き出した。
「何度も同じ事を言わせるな。俺の邪魔をしなければそれでいいと言っているのだ」
エルネは動じずに、剣をひらりと交わし、シエロの耳元で楽しそうに喋る。
「でも〜〜?女の子の裸には興味あるニャよね〜?」
シエロはとっさに後ろに下がり剣を構える。
「うるさい!!貴様はなんなのだ!!何故王はこんなバカを……」
「エルネの弓の腕を見込んでくれたニャ!ちゃんと働かないと、エルネは王さまに怒られるニャよ!」
シエロはため息を吐き、剣を鞘に収めた。
「俺は貴様のような奴が嫌いだ。俺の家系が何代も掛けて築いた他種族との交流を…無下に扱うクズが…」
背を向けて宿舎を出て行くシエロ。
エルネは急いで支度をしてその後をついていく。
「おい!鳥!置いていくニャ!エルネも行くニャー!!」
行商人が行き来する街道を歩くシエロの後を追いながら、エルネは暇そうに尻尾をブラブラさせていた。
「鳥〜〜。エルネは疲れたニャ〜。こんな何もない所をずっと歩いてどうするのニャ〜〜?」
シエロはエルネの言葉に耳を貸さない。
「はぁ…つまらニャい奴だニャ〜〜。どうせなら可愛い女の子と組みたかったニャ〜〜……ニャ??」
ふと何かに気がついたエルネは、立ち止まり鼻をクンクンと鳴らす。
「なにかニャ?この匂い。おい!鳥!ちょっと待つニャ!」
シエロは様子が変わったエルネの方を向くが、その顔は相変わらず険しい。
「うるさい奴だ…なんだ?」
エルネは西の方に指を向け、興奮気味に喋る。
「あっちの方から女の子の匂いがするニャ!!」
シエロはため息を吐き、エルネを無視して歩を進めだす。
「最後まで聞くニャ!魔物の匂いも一緒ニャ!きっと女の子が襲われているニャよ!!」
「何だと!?それを先に言えバカ猫!どこだ!?」
エルネは構って貰えた事に嬉しがりながらも、詳細な情報を伝える。
「あの山を越えた向こうに、川が流れてるニャ。そこからもう少し先に行った所ニャね」
シエロは目を丸くしていた。
どれだけ遠くの匂いを嗅ぎ分けているのか、それが本当なのか分からないが、もし本当だった場合は見過ごす事はできない。
できるだけ早く走る2人。
エルネに案内されるまま、シエロは後を追った。
現地に到着すると、エルネの言っていた事は全てが本当だった。
道に迷っていた行商人の一団は、魔物の群れに襲われていた。
幸い、連れ添っていた傭兵が退治までは至らないが、食い止める事はできていた。
魔物の群れに飛び込むシエロ。
「許す訳にはいかないっ!」
とてつもない連撃を浴びせ、魔物を次々に消し去っていく。
エルネは高い木に登りシエロの背後に周り込む魔物を射抜こうとするが、シエロはそんな状況をものともせずに一人暴れ回る。
魔物の群れは劣勢となり、1体、また1体と逃げていく。
「逃がすか!」
シエロがものすごいスピードで逃げる敵の背後に迫る。
魔物はバタバタと倒れ、シエロの背中についた白い羽がその場に舞った。
「罪を自覚しろ…後悔はあの世でするんだな」
エルネは魔物が粗方片付いたのを確認して、木から飛び降りシエロに近付く。
「鳥!一人で気合入れすぎニャ!エルネの分もちゃんととっておいて欲しいのニャ!」
行商人の一団は、シエロに感謝の言葉を述べ、深く頭を下げながら泣いて喜んでいた。
行商人を送り届けている道中、シエロは真っ直ぐ前を見ながら後ろを歩くエルネに話しかける。
「ただのバカかと思っていたが、少しは使えるようだな」
エルネはその声に、頭の上に両手を組んで満更でもなさそうな表情を見せる。
「世界中の女の子はエルネが守るのニャ!ニャハハハハ!これからもエルネを頼ると良いニャよー!」
「調子に乗るなバカ猫。お前の評価はマイナス1000から、マイナス999になった程度だ」
エルネは頬を膨らましながらギャーギャーと白い翼の背中に文句を言うが、シエロはそれ以上言葉を発しない。
無事にヴィレスに辿り着いた2人は、今回の件を報告した。
――月日は流れる
「可愛い女の子はいニャいかな〜〜」
ヴィレスの高台で指を加えながら座り込むエルネの元に、シエロが声を掛ける。
「バカ猫。油を売っている場合じゃない。緊急招集だ。今すぐ降りてこい」
「何だニャ?今日は朝からうるさいニャ〜〜」
王都に帝国が攻め入ってから、隣国のソーンには帝国軍が駐留していた。
ヴィレスの王は、王都が陥落した事を知り、ヴィレスの兵を玉座へ集めた。
「皆、集まったな。帝国軍が各地を侵略している事は皆も承知だろう。王国の協定に加盟している村として、付近の偵察の任を治安維持部隊に任せたい。ヴィレスのガルムの誇りを忘れるな」
険しい顔で王を見つめるガルムの兵達は、武器を高く掲げ声を張り上げた。
鎮魂の街ソーン。
王都から一番近い街は、帝国軍の姿で溢れていた。
王都を陥落させた帝国の本隊は王都にいるが、拠点となっていたこの街にもまだ兵を置いているようだ。
第18小隊のシエロとエルネは、ソーンへと続く街道を目立たないように進んでいた。
「ニャ〜〜。偵察ならエルネだけで充分ニャのに、なんで鳥と一緒に歩かニャきゃいけニャいのニャ〜??」
不満げなエルネにシエロは舌を打つ。
「チィッ…少しは静かに出来ないのか…。この部隊はツーマンセルでの行動が絶対だ。破る事などできない。もし許されるのだとしたら、お前のようなバカと俺が一緒にいる訳がない…」
「ニャにおー!!それはこっちの台詞だニャ!脳みそ全部鉄でできてる鳥と一緒ニャのかニャー!頭も身体も…柔らかい方がいいに決まってるニャ!」
「無駄口はその辺にしておけ。任務中だ。」
「鳥から言ってきたんニャろーーー!!あんまりエルネをバカにしてると、その内その羽に穴開けるニャよ!?」
「やれるもんならやってみろ……ん?」
シエロは街道に刻まれた複数の足跡を見つける。
まだ新しい複数の足跡を目で追った後にエルネを見る。
「バカ猫。この先に敵の匂いはないか?」
エルネは鼻をクンクンと鳴らせると、突然飛び上がる。
「ニョホーーー!!この匂いは!!素敵な女の子ニャ!!!鳥、エルネは急用が出来たニャ!お先に失礼ニャーーー!!」
エルネは横の林の中に姿を消していく。
「待てバカ猫!!貴様ぁああああ!!」
一人取り残されたシエロは、眉間に血管を浮き上がらせながらエルネの消えた方向を見ていたが、一人でも任務を遂行しようと前に歩き始める。
やがて、シエロの前方に数人の人影が現れる。
身を隠しながら近付いていくと、黒の鎧に身を纏った帝国の兵士が5人、ソーンへ向かい歩いている。
全員頭をすっぽりと覆うヘルムを着用し、ガッチリとした鉄の鎧を着ているが、5人程度ならばなんとかなるとシエロは突っ込む。
急襲で1人を倒し、剣を抜いた2人目も即座に戦闘不能にする。
残り3人の帝国兵は顔を見合わせて、その中の一人が何やら詠唱を始める。
止めようとするが、槍を持った鎧の兵士が前に立ち塞がる。
「お前は多少やるようだな。だが、罪人には死あるのみだ」
シエロは槍をギリギリで交わすとその鎧と鎧の隙間に剣を通し、槍の兵士も倒しきる。
しかし、奥で詠唱していた兵がその準備を終えたらしく、真下に魔法陣が現れた。
とっさに距離を取るシエロの前に、見たこともない魔物が召喚される。
「なんだ…こいつらは…」
跳びかかってくる謎の魔物と交戦するシエロ。
魔物はそこまで強くはないが、倒しても倒しても召喚される魔物に体力を奪われていく。
ついには魔物に突進を貰い、剣を落としてしまう。
「畜生…!」
迫り来る魔物に死を覚悟するシエロ。
その時、遠くから声が聞こえる。
「ひっぺがしてやるニャーーーーー!!!」
瞬間、風を纏った矢が魔物に当たり、魔物は吹き飛んでいく。
その一瞬の隙を見逃さずに剣を拾ったシエロは、残り2人の帝国兵に向かう。
しかし、シエロは足を止めた。
帝国兵の1人は弓で貫かれて倒れており、魔物を召喚していた一人の姿が見えず、目の前には裸を隠している女性の姿があった。
女性の周囲にはバラバラになった鎧が散らばっており、目の前で屈んでいる女性が魔物を召喚していた帝国兵だと分かる。
「絶景ニャ〜〜〜!!あれ、鳥?こんなとこで何してるニャ?」
駆け寄ってきたエルネにシエロは集中を解いて怒り出す。
「バカ猫……貴様どこへ行っていた!!」
エルネは不思議そうに首を傾けて答える。
「どこって、可愛い女の子の匂いがしたから…ちょっと寄り道してただけニャよ。あぁ、鳥もエルネが脱がせた女の子を見に来たのかニャ?」
シエロの怒りは限界に達する。
「そんな訳があるか!!こいつらは帝国兵だ。俺は一人で戦っていた……そんな中で貴様は何をしていたのだ!!」
「ん〜〜?でもそれニャら結果オーライニャね。エルネが全部倒したニャよ!鳥より優秀だニャ〜〜〜!ニャハハ!!っていうか、エルネ達は偵察を頼まれてたんニャから、勝手に戦うのは命令違反にニャらないのかニャ〜〜??」
「ぐっ……。貴様言わせておけば……!今回の事は全て俺から報告する。帰るぞ!」
「ニャにを偉そうに…エルネが助けてあげニャかったら、鳥は今頃焼き鳥だったニャよ?」
「誰が焼き鳥だ!!脳天国バカが…真面目に仕事をしろ!」
「ニャにおおおおお!!アヒルよりはエルネの方が役にたったニャよ!」
「だぁ…れぇ…がぁ……アヒルだぁあああああ!!」
ヴィレスに戻り報告をした2人は、命令違反によって仲良く謹慎処分となり、数日間は宿舎の掃除をしていた。
床を磨きながら屈辱に耐えるシエロの背中に声が掛けられる。
「鳥〜〜!もう掃除は終わりでいいって言われたニャよーー!!」
「バカ猫……それ以上騒ぐな…!」
「でも、帝国と戦う為に、はん…ていこく…そしき…?なんだっけニャ……。とにかく、エルネと鳥が行くことになったのニャ!」
「くそ……何故お前とまた一緒に……」
シエロはため息を吐く。
「はぁ…。まぁ…このままよりはいいか…。くれぐれも俺の邪魔はするなよ」
「はいはいニャーー!」
ヴィレスを出た2人は道中喧嘩をしながらも、妖精に案内されながらイエルへと向かった。
青い海に面したこの街は、大陸外の国とも盛んに貿易が行われている。
一年中潮風が吹き抜ける為、背の高い建物は港に作られた灯台くらいだった。
その灯台の一番上から、マリーヴィアの問題児は今日も弓を構える。
「可愛い女の子はどこかニャ〜〜?」
額に手をかざし、街を歩く小さな影を物色する。
膝を曲げてしゃがみ込み、長いマフラーをヒラヒラと風になびかせながら、前傾姿勢でクネクネ尻尾を揺らす。
突然何かに気が付き、目を閉じてクンクンと鼻を鳴らした。
「ニャニャッ!」
急に目を見開いたかと思うと、大きな弓を構えて狙いを定め、商店街を抜けた先の坂道を歩く一つの影に全神経を集中させる。
瞬間、その弓から風をまとった矢が放たれ、小さな影に向けて一直線に飛んで行く。
距離や潮風、高低差までも全て計算された矢は、確実に小さな影を捕らえている。
買い物から家に向かっていた少女は、その身に何が起こったか分からなかった。
突風が吹いたかと思うと、目の前の地面に矢が突き刺さる。
先端に鉄の金具がついた茶色くて細長い革の…まるでベルトが千切れたような物が、矢尻に付いていた。
少女はふと、坂道に通り抜ける風を全身で感じる。
自分の足元に目をやり、その身に何が起こったかを理解した。
「キャアーーーー!!!」
少女の悲鳴がマリーヴィアに響き渡る。
近くにいた人々は、とっさに少女に駆け寄り着ていた上着を脱いで被せると、険しい表情で辺りを見渡す。
「エルネーーー!!出てきなさい!!今日という今日は!!」
マリーヴィアの女性たちは、毎日のように続くエルネの悪戯に業を煮やしていた。
灯台の先端からその姿を眺めていたエルネは、尻尾をくねらせながらその様子を眺める。
「ニョホホーーー!絶景だニャーーーー!!」
縦長の瞳孔をハート型にしながらひっくり返り、足をバタバタさせながら歓喜するエルネ。
悪質な事に、旋風を纏った矢は巻き込んだ服を木っ端微塵に切り裂き、元の形に戻す事は不可能。
身体は傷つけずに服のみを射抜く、エルネの弓の精度は日々研ぎ澄まされ、その射程圏は1kmを越えていた。
「女の子の裸が見たい」という強すぎる願望は、エルネの技術を歯止めなく向上させていく。
その日も朝から、エルネは灯台に登り獲物を探していた。
マリーヴィアの領主の家に入っていく女性は、エルネの求めた絶世の美女。
エルネは鼻息を荒くして弓を構えながら、その女性が顔を出すのを今か今かと待ちわびる。
昼になり、夕日が落ち、月が空の真ん中まで到達した頃、領主の家の2階の窓に明かりが灯った。
その窓に美女が出てくるや否やエルネは弓を放つ。
夜目が利くエルネにとっては、昼も夜も変わらない。
「生まれたままの姿にニャるニャーーーー!!ムッホーー!!!!これはまた!脱いでもすごいニャーーーー!!!」
鼻血を出しながら後ろに倒れるエルネ。
何時間もの間、限界まで精神を集中し続けた事により溜まった疲労は、一瞬で幸せの頂点となり解き放たれる。
その場に倒れこみ、達成感を全身で感じつつ泥のように眠る。
「この世の春だニャ……」
朝になり目を覚ますと、エルネは屈強な兵士達に取り囲まれていた。
「なんなのニャお前ら!!ちょっと、いきなり何なのニャ!ヤメるニャよーーーー!!」
身動きが取れないよう何重もの縄が身体に巻かれ、エルネはどこかへ連れていかれる。
見えてきたのは街の高台にある大きな屋敷、そこは領主の家だった。
兵士達は足を止める。
「領主様!問題児を捕らえて参りました!」
扉が開かれると、そこにはエルネを見下ろす領主の姿があった。
領主の背後には大広間が広がっている。
大広間の突き当りには階段があり、広く大きな壁には若い頃の領主が描かれた絵画が掛けられているが、無残にもその額には見覚えのある矢が突き刺さっていた。
更に絵画の裏の壁にヒビが入り、その亀裂は絵画の外にまでくっきりと見えている。
「君が噂のエルネ君か。随分と派手に暴れ回っているようだね」
領主は淡々とした口調で話す。
その表情は笑顔だったが、瞳の奥のグラグラと煮えたぎる怒りはエルネにも感じ取る事ができた。
「君のせいで、大事な絵が台無しだよ。どう責任をとってくれるのかな?」
エルネ嫌な汗を流しながら笑顔を取り繕う。
「ニャハハハ……いやぁ、領主さん、最近シワが増えてきてるし、そろそろあの絵も…描き直した方がいいんじゃないかニャ〜〜ニャんて……」
領主の額に無数の血管が浮かび上がる。
「余計なお世話だ!!今まで見過ごしてきたが…今日という今日は許さん!!」
「ニャ〜んだ!見過ごしてきたって事は、領主さんも、やっぱりかわいい女の子の裸が好きなんニャねー!」
「黙れ!!そんな事があるものか!!」
ふぅふぅと鼻息を荒くしていた領主だが、これ以上挑発に乗るのは威厳に関わると考え、一つ咳払いをして落ち着いたトーンへと戻る。
「ゴホン……。君の故郷は確かヴィレスだったね…。本日付けでマリーヴィアでの住民権は剥奪。変わりにこれをエルネ君にプレゼントしよう」
領主が手を前に出し、エルネの顔の前に一枚の紙が開かれる。
紙の一番上には『退去強制令書』と記述されていた。
「これは何なのニャ?えーっと、なになに…マリーヴィアで数々の問題を起こすエルネに対し、だすなまこくへの…きょうせい……?読めないニャ!!」
首を傾げるエルネに、領主は嬉しそうに話す。
「出生国への強制送還。君は問題を起こし、この街を追い出されるのだよ。そして、生まれたヴィレスでそれ相応の処罰が待っているだろうね」
エルネの故郷、“獣境の村ヴィレス”は獣人であるガルム族の村であり、ガルムの王によって統治されていた。
ガルム族は、元々人間との間に確執があったが、長い歴史の中で交友関係を結び、今では共存できている。
しかし、村の外でガルムが問題を起こせば、交友関係に亀裂が入る可能性を考え、罪を犯した者には厳しい処罰が待っていた。
普段は脳天気なエルネも、目の前の紙に書かれている意味を理解して青ざめる。
「ま、ままま待ってくれニャ!エ、エルネはこれから真面目になるのニャ!もう絶対女の子を脱がしたりしないのニャ!素敵な領主さんなら、分かってくれるニャよね!?」
「あぁ、分かるとも。君は更生するようなお利口さんではない事くらいね。連れていけ!!」
横にいた兵士はエルネを担ぐと屋敷を出ていく。
「コラ!離すニャ!エルネはこの街が好きニャの!!ヴィレスには帰りたくないニャーーー!!」
手を組んで見送る領主は高笑いを抑える事ができない。
「はっはっはー!ヴィレスで楽しい余生を過ごしたまえ!」
「ニャんだとーーー!!このムッツリエロじじいーーー!!覚えてニャよーーーー!!」
――数日後
馬車から降ろされたエルネは目を開ける。
鼻をクンクンとさせて、久し振りの故郷の匂いを嗅いで懐かしさに浸っていたが、兵士に身体を起こされて正座をさせられる。
眼前には、ヴィレスの王が腕を組み悠然と佇む。
周囲には屈強なガルム族の男達がエルネを取り囲み、エルネは緊張する。
マリーヴィアの兵士から『退去強制令書』を受け取った王は、一通り目を通し口を開く。
「なるほど、後はこちらに任せてくれ。この者が手を掛けさせてすまなかった。領主にも宜しく伝えてくれ」
兵士はその場を後にし、王はエルネを見下ろした。
「ニャははは…王さま…お久しぶりだニャ……」
苦笑いをするエルネに王は静かに答える。
「エルネよ。随分と人様に迷惑を掛けたと聞く。覚悟はできているな」
エルネはビクッと全身を毛羽立たせる。
「ニャッ…!そ、それは……」
『退去強制令書』を爪で指しながら、王はエルネの言葉を遮る。
「お前が犯した罪は深い…だが、ここに記された事が本当であるならば、まずはその弓の腕を見せてみよ」
「ど、どうかそれだけは………ニャ?」
予想した言葉とは違う内容に戸惑うエルネに、王は睨みつける。
「できぬのか?」
「や、やるニャ!弓なら誰にも負けニャいニャ!」
周りにいたガルム族の男達は、急な展開にザワつく。
しかし、王が決めた事であれば、彼らも行く末を見守る他なかった。
ヴィレスの北にある海にやってきた一同は、小さな一隻の船を確認しようと目を細める。
潮風の強い海岸線で縛られていた縄を解かれたエルネは、海の上の船を目で追っていた。
海へ出た船は沖へ沖へと進み、海岸からは小さな点のようにしか見えない。
王が手をあげると船は帆をたたみ、波の強い沖合でユラユラと揺れながら停泊した。
帆柱の先端には、片手用の盾が一つ。
「エルネよ。あの盾を射抜いてみよ」
船でさえ点に見える距離で、その場にいる誰しもが無理難題だと思っていた。
エルネは鋭い目で船を睨みながら鼻をクンクンと鳴らす。
「わかったのニャー」
なんとも軽い返事に一同は拍子抜けする。
見物に来ていた村の住人たちは、エルネと船を交互に見てその時を待った。
エルネは弓を引き集中する。
次の瞬間、エルネは横に飛んだかと思うと叫び声が辺りに響き渡る。
「キャーーーーー!!!」
住民は何が起こったかと辺りを見渡すと、観戦していた女性のガルムの服のベルトが射抜かれ裸を隠している。
更に、悲鳴はあちこちから聞こえる。
エルネは小刻みにジャンプをしながら、次々に見物人の女性の服を剥がしていった。
「そこまでだ!!その者を捕らえろ!!」
悲鳴の中、王の声が響き、屈強なガルム族の男衆がエルネを捕えた。
「何なのニャ―!!痛いニャー!!」
エルネに近付く王は、エルネを見下ろした。
ガルムの兵は、エルネに槍を構える。
「貴様!王のご慈悲をなんだと考える!!お前のような者はこの場で死ね!!」
「待つのニャーーー!!ちょっとした冗談だニャーー!!」
足をバタバタさせるエルネに、王が口を開く。
「止めろ、そこまでだ」
王の顔を見るガルムの兵。
王は手の平を兵に向けて、『止めろ』という合図を送りながら、海の方角を見ていた。
目線の先を見ると、海の上に浮かんでいた船がこちらに近付いてきている。
「痛いニャー!!離すニャー!!!」
尚も暴れているエルネに耳を貸す者はおらず、ただ船が戻ってくるのを待った。
船が海岸に辿り着き、乗っていた男のガルムが走ってくる。
「王……これを……」
彼の手には、7個の穴が空いた盾があった。
王はそれを見て、裸にされた女性の数を確認する。
「なるほど。確かに問題児だな」
王は、取り押さえられジタバタと動いているエルネの方に向き直る。
「エルネよ。お前にはこの村の治安維持部隊として働いて貰う。仕事を全うすれば今までの罪は不問とする」
それだけ言うと、王はマントをひるがえし村へと戻っていく。
エルネは嬉しそうに、兵の槍を跳ね除けて飛び起きる。
「本当ニャ!?本当にホントだニャ!?」
周囲の者はどよめき、跳ねまわるエルネを見ていた。
「やったニャーーーー!!」
服を脱がされた7人の女性はエルネを睨みつけるが、エルネはそれに笑顔で返す。
「なかなかいい物持ってるニャね〜〜ニヒヒヒ!!」
エルネはガルム族の兵団宿舎に暮らすこととなった。
治安維持部隊とは、ヴィレスの周りに生息する魔物を討伐して安全を確保したり、住民に被害を与える族の始末、更には要請があれば他の街にまで赴いて仕事をこなす兵団だった。
基本的には2人一組で行動し、エルネは第18小隊として配属された。
ツーマンセルを組むことになった相棒は、白い翼を持った白鳥のガルム『シエロ』。
まだ若い青年だが、エルネとは真逆の性格だった。
「えーっと、白い羽に銀髪の男…あ!エルネの相棒ってお前ニャ?エルネは弓なら誰にも負けないニャ!これからよろしくニャー!」
シエロは脳天気そうなエルネに対して厳しい目線を送る。
「お前がマリーヴィアから送られてきた問題児か。チィッ…なんで俺がこんな奴と…。くれぐれも俺の邪魔だけはするな」
シエロは舌打ちをしながらその場を去ろうとする。
「待つニャ!エルネは何をすればいいのニャ!?」
振り返ったシエロは、更に厳しい言葉を吐き捨てる。
「俺の邪魔だけはするなと、今言った筈だが?」
エルネはそんなシエロにお構いなしに質問攻めをする。
「なんでニャ?折角ニャんだから仲良くやろうニャ!あ、名前はなんていうのニャ?どんな女の子が好みなのニャ!?」
苛立つシエロは剣を抜き、エルネの顔の前に突き出した。
「何度も同じ事を言わせるな。俺の邪魔をしなければそれでいいと言っているのだ」
エルネは動じずに、剣をひらりと交わし、シエロの耳元で楽しそうに喋る。
「でも〜〜?女の子の裸には興味あるニャよね〜?」
シエロはとっさに後ろに下がり剣を構える。
「うるさい!!貴様はなんなのだ!!何故王はこんなバカを……」
「エルネの弓の腕を見込んでくれたニャ!ちゃんと働かないと、エルネは王さまに怒られるニャよ!」
シエロはため息を吐き、剣を鞘に収めた。
「俺は貴様のような奴が嫌いだ。俺の家系が何代も掛けて築いた他種族との交流を…無下に扱うクズが…」
背を向けて宿舎を出て行くシエロ。
エルネは急いで支度をしてその後をついていく。
「おい!鳥!置いていくニャ!エルネも行くニャー!!」
行商人が行き来する街道を歩くシエロの後を追いながら、エルネは暇そうに尻尾をブラブラさせていた。
「鳥〜〜。エルネは疲れたニャ〜。こんな何もない所をずっと歩いてどうするのニャ〜〜?」
シエロはエルネの言葉に耳を貸さない。
「はぁ…つまらニャい奴だニャ〜〜。どうせなら可愛い女の子と組みたかったニャ〜〜……ニャ??」
ふと何かに気がついたエルネは、立ち止まり鼻をクンクンと鳴らす。
「なにかニャ?この匂い。おい!鳥!ちょっと待つニャ!」
シエロは様子が変わったエルネの方を向くが、その顔は相変わらず険しい。
「うるさい奴だ…なんだ?」
エルネは西の方に指を向け、興奮気味に喋る。
「あっちの方から女の子の匂いがするニャ!!」
シエロはため息を吐き、エルネを無視して歩を進めだす。
「最後まで聞くニャ!魔物の匂いも一緒ニャ!きっと女の子が襲われているニャよ!!」
「何だと!?それを先に言えバカ猫!どこだ!?」
エルネは構って貰えた事に嬉しがりながらも、詳細な情報を伝える。
「あの山を越えた向こうに、川が流れてるニャ。そこからもう少し先に行った所ニャね」
シエロは目を丸くしていた。
どれだけ遠くの匂いを嗅ぎ分けているのか、それが本当なのか分からないが、もし本当だった場合は見過ごす事はできない。
できるだけ早く走る2人。
エルネに案内されるまま、シエロは後を追った。
現地に到着すると、エルネの言っていた事は全てが本当だった。
道に迷っていた行商人の一団は、魔物の群れに襲われていた。
幸い、連れ添っていた傭兵が退治までは至らないが、食い止める事はできていた。
魔物の群れに飛び込むシエロ。
「許す訳にはいかないっ!」
とてつもない連撃を浴びせ、魔物を次々に消し去っていく。
エルネは高い木に登りシエロの背後に周り込む魔物を射抜こうとするが、シエロはそんな状況をものともせずに一人暴れ回る。
魔物の群れは劣勢となり、1体、また1体と逃げていく。
「逃がすか!」
シエロがものすごいスピードで逃げる敵の背後に迫る。
魔物はバタバタと倒れ、シエロの背中についた白い羽がその場に舞った。
「罪を自覚しろ…後悔はあの世でするんだな」
エルネは魔物が粗方片付いたのを確認して、木から飛び降りシエロに近付く。
「鳥!一人で気合入れすぎニャ!エルネの分もちゃんととっておいて欲しいのニャ!」
行商人の一団は、シエロに感謝の言葉を述べ、深く頭を下げながら泣いて喜んでいた。
行商人を送り届けている道中、シエロは真っ直ぐ前を見ながら後ろを歩くエルネに話しかける。
「ただのバカかと思っていたが、少しは使えるようだな」
エルネはその声に、頭の上に両手を組んで満更でもなさそうな表情を見せる。
「世界中の女の子はエルネが守るのニャ!ニャハハハハ!これからもエルネを頼ると良いニャよー!」
「調子に乗るなバカ猫。お前の評価はマイナス1000から、マイナス999になった程度だ」
エルネは頬を膨らましながらギャーギャーと白い翼の背中に文句を言うが、シエロはそれ以上言葉を発しない。
無事にヴィレスに辿り着いた2人は、今回の件を報告した。
――月日は流れる
「可愛い女の子はいニャいかな〜〜」
ヴィレスの高台で指を加えながら座り込むエルネの元に、シエロが声を掛ける。
「バカ猫。油を売っている場合じゃない。緊急招集だ。今すぐ降りてこい」
「何だニャ?今日は朝からうるさいニャ〜〜」
王都に帝国が攻め入ってから、隣国のソーンには帝国軍が駐留していた。
ヴィレスの王は、王都が陥落した事を知り、ヴィレスの兵を玉座へ集めた。
「皆、集まったな。帝国軍が各地を侵略している事は皆も承知だろう。王国の協定に加盟している村として、付近の偵察の任を治安維持部隊に任せたい。ヴィレスのガルムの誇りを忘れるな」
険しい顔で王を見つめるガルムの兵達は、武器を高く掲げ声を張り上げた。
鎮魂の街ソーン。
王都から一番近い街は、帝国軍の姿で溢れていた。
王都を陥落させた帝国の本隊は王都にいるが、拠点となっていたこの街にもまだ兵を置いているようだ。
第18小隊のシエロとエルネは、ソーンへと続く街道を目立たないように進んでいた。
「ニャ〜〜。偵察ならエルネだけで充分ニャのに、なんで鳥と一緒に歩かニャきゃいけニャいのニャ〜??」
不満げなエルネにシエロは舌を打つ。
「チィッ…少しは静かに出来ないのか…。この部隊はツーマンセルでの行動が絶対だ。破る事などできない。もし許されるのだとしたら、お前のようなバカと俺が一緒にいる訳がない…」
「ニャにおー!!それはこっちの台詞だニャ!脳みそ全部鉄でできてる鳥と一緒ニャのかニャー!頭も身体も…柔らかい方がいいに決まってるニャ!」
「無駄口はその辺にしておけ。任務中だ。」
「鳥から言ってきたんニャろーーー!!あんまりエルネをバカにしてると、その内その羽に穴開けるニャよ!?」
「やれるもんならやってみろ……ん?」
シエロは街道に刻まれた複数の足跡を見つける。
まだ新しい複数の足跡を目で追った後にエルネを見る。
「バカ猫。この先に敵の匂いはないか?」
エルネは鼻をクンクンと鳴らせると、突然飛び上がる。
「ニョホーーー!!この匂いは!!素敵な女の子ニャ!!!鳥、エルネは急用が出来たニャ!お先に失礼ニャーーー!!」
エルネは横の林の中に姿を消していく。
「待てバカ猫!!貴様ぁああああ!!」
一人取り残されたシエロは、眉間に血管を浮き上がらせながらエルネの消えた方向を見ていたが、一人でも任務を遂行しようと前に歩き始める。
やがて、シエロの前方に数人の人影が現れる。
身を隠しながら近付いていくと、黒の鎧に身を纏った帝国の兵士が5人、ソーンへ向かい歩いている。
全員頭をすっぽりと覆うヘルムを着用し、ガッチリとした鉄の鎧を着ているが、5人程度ならばなんとかなるとシエロは突っ込む。
急襲で1人を倒し、剣を抜いた2人目も即座に戦闘不能にする。
残り3人の帝国兵は顔を見合わせて、その中の一人が何やら詠唱を始める。
止めようとするが、槍を持った鎧の兵士が前に立ち塞がる。
「お前は多少やるようだな。だが、罪人には死あるのみだ」
シエロは槍をギリギリで交わすとその鎧と鎧の隙間に剣を通し、槍の兵士も倒しきる。
しかし、奥で詠唱していた兵がその準備を終えたらしく、真下に魔法陣が現れた。
とっさに距離を取るシエロの前に、見たこともない魔物が召喚される。
「なんだ…こいつらは…」
跳びかかってくる謎の魔物と交戦するシエロ。
魔物はそこまで強くはないが、倒しても倒しても召喚される魔物に体力を奪われていく。
ついには魔物に突進を貰い、剣を落としてしまう。
「畜生…!」
迫り来る魔物に死を覚悟するシエロ。
その時、遠くから声が聞こえる。
「ひっぺがしてやるニャーーーーー!!!」
瞬間、風を纏った矢が魔物に当たり、魔物は吹き飛んでいく。
その一瞬の隙を見逃さずに剣を拾ったシエロは、残り2人の帝国兵に向かう。
しかし、シエロは足を止めた。
帝国兵の1人は弓で貫かれて倒れており、魔物を召喚していた一人の姿が見えず、目の前には裸を隠している女性の姿があった。
女性の周囲にはバラバラになった鎧が散らばっており、目の前で屈んでいる女性が魔物を召喚していた帝国兵だと分かる。
「絶景ニャ〜〜〜!!あれ、鳥?こんなとこで何してるニャ?」
駆け寄ってきたエルネにシエロは集中を解いて怒り出す。
「バカ猫……貴様どこへ行っていた!!」
エルネは不思議そうに首を傾けて答える。
「どこって、可愛い女の子の匂いがしたから…ちょっと寄り道してただけニャよ。あぁ、鳥もエルネが脱がせた女の子を見に来たのかニャ?」
シエロの怒りは限界に達する。
「そんな訳があるか!!こいつらは帝国兵だ。俺は一人で戦っていた……そんな中で貴様は何をしていたのだ!!」
「ん〜〜?でもそれニャら結果オーライニャね。エルネが全部倒したニャよ!鳥より優秀だニャ〜〜〜!ニャハハ!!っていうか、エルネ達は偵察を頼まれてたんニャから、勝手に戦うのは命令違反にニャらないのかニャ〜〜??」
「ぐっ……。貴様言わせておけば……!今回の事は全て俺から報告する。帰るぞ!」
「ニャにを偉そうに…エルネが助けてあげニャかったら、鳥は今頃焼き鳥だったニャよ?」
「誰が焼き鳥だ!!脳天国バカが…真面目に仕事をしろ!」
「ニャにおおおおお!!アヒルよりはエルネの方が役にたったニャよ!」
「だぁ…れぇ…がぁ……アヒルだぁあああああ!!」
ヴィレスに戻り報告をした2人は、命令違反によって仲良く謹慎処分となり、数日間は宿舎の掃除をしていた。
床を磨きながら屈辱に耐えるシエロの背中に声が掛けられる。
「鳥〜〜!もう掃除は終わりでいいって言われたニャよーー!!」
「バカ猫……それ以上騒ぐな…!」
「でも、帝国と戦う為に、はん…ていこく…そしき…?なんだっけニャ……。とにかく、エルネと鳥が行くことになったのニャ!」
「くそ……何故お前とまた一緒に……」
シエロはため息を吐く。
「はぁ…。まぁ…このままよりはいいか…。くれぐれも俺の邪魔はするなよ」
「はいはいニャーー!」
ヴィレスを出た2人は道中喧嘩をしながらも、妖精に案内されながらイエルへと向かった。
コメントをかく