「もーいーかい?」
「もーいーよ!」
楽都『アルモニア』の裕福な家庭に生まれ、優しい両親の元で何不自由なく育てられる。
戦争や犯罪といったものは言葉の上では理解していたが、目にするどころか、全く縁の無い幸せな暮らしを続けていた。
夕食の後に母といつものようにかくれんぼ。
その日は床下に隠す形で設けられた地下室に隠れ、暗がりの中でハラハラというか、ドキドキというか、そんなくすぐったい感情を楽しんでいたことを覚えている。
――ガタンッ!
「な、何!?」
「おい……大きな音がしたが――だ、誰だお前は!?」
それは突然やってきた。
何かを蹴り付けたような大きな物音。
騒ぎを聞きつけてやってきたのであろう父の声。
外の様子が気になった自分は、扉の隙間から差し込む光に目を凝らした。
「うぉあああああ!!」
「ぐぁあ!!」
男がいきなり家に飛び込んできたようだ。
野獣のような雄叫びの直後に聞こえた父の悲鳴。
「どうか……どうか命だけは……!」
赤い大剣。
それから、その前に立つ母の脚。
狭い視界の中から少しでも情報を得ようと顔を動かし隙間をなぞる。
「うぅ……がぁあああああ!!」
肉が断たれる生々しい音。
ドサッという音と共に、光が遮られた。
隙間から滴り落ちてくる温かい液体は、直感で母の血であるとわかる。
地下室の扉を塞ぐように倒れた母は、自分を護ろうとしたのだと思う。
いつも自分を探し当てるのに時間がかかっていたのに。
ずっと手加減をしてくれていたのだ。
口を塞いで震え続ける事しかできなかった自分。
息を荒くしながら去っていく男の気配。
直後、聞こえてきたパチパチという音。
しばらくして、臭いと熱のおかげで家が燃えていることに気が付いた。
恐らくその時、地下室の上は既に火の海となっていたはずだ。
もはや自分には膝を抱えて蹲る他なかった。
火が何もかもを焼き尽くすまで……
再び扉の隙間から光が刺した。
朝になったのだろう。
恐る恐る地下室の扉に触れると、炭となっていた扉は簡単に崩れ落ちた。
頭を出してみると、そこにあったはずの屋敷は無く、炭と灰の山だけが残されている。
家も、財産も、肉親も、何もかもを失い途方に暮れた。
それでも自ら命を絶とうとは思わなかった。
討たねばならない悪がいるから。
成さねばならぬ正義があるから。
それから数日、生きていくことの辛さを知った。
たった一夜の内に、自身を取り巻く環境がこうも変わることを予期できようか。
求人の張り紙を頼りに仕事を求めるも全て門前払い。
ひとまず食べる物と寝るところだけでも確保しようと、家族で頻繁に利用していたホテルを訪ねたが、自分の顔を見るや否やしかめっ面を向ける主人。
結局、取りつく島も無く追い払われてしまう。
途中、通りかかった路地裏に目を向けると、寝床を持たない人間たちが、新聞を布団代わりにして横になっている姿が見える。
とてもじゃないが真似できないと思ったものだが、今の自分にそんな選択肢はあるのだろうか。
食料は皆一様に宿屋や飲食店の裏口にあるゴミ箱を漁って手に入れているようだった。
空腹に耐えきれず、自分もゴミ箱を覗き込んではみたものの、腐りかけた食物の臭いは耐え難いものだった。
欲しいと口にするだけで何でも手に入った過去。
数日とはいえ、自分が如何に恵まれた生活をしていたのか痛感するには十分な時間だった。
また朝日が昇る。
あれから何日経っただろう。
極度の空腹のためか、目まいに襲われ、そのまま人形のように地べたに倒れ込む。
――あなた、大丈夫?
消え入る意識の中で、誰かに声をかけられた気がした……
――ン〜♪フフフ〜ン♪
歌が聞こえる。
昔、母が自分を寝かしつけるためによく歌ってくれていた子守歌によく似た……
「――お母さん……?」
「あら、お目覚めかしら?ざ〜んねん。アタシはあなたのママじゃないわよ!」
「……え!?」
聞き慣れない声に慌てて身を起こすと、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
「あなたは……?ここはどこですか!?」
「ここはアルモニア音楽騎士団の宿舎。そしてアタシは団長。あなた、街で行き倒れていたのよ?覚えてないの?」
「あ……あぁ……」
徐々に思い返される記憶。
あのまま気を失ってしまったのか。
「あんまり良い気分ではないみたいね。ところで、この手を離してくれるかしら?」
寝ている間に伸ばしたであろう自分の手が、隣に座っていた団長と名乗る人物の手を握っている。
「え?あ……ご、ごめんなさい!」
「ま!そんなに慌てて離さなくってもいいのに」
そそくさと手を離すと、少し残念そうな笑みを見せた。
「そうだ!まずはご飯にしましょ!お話しはその後ゆっくりと……ね」
そう言って、目を覚ました自分を支えながら食堂まで連れていくと、温かいご飯をたらふく食べさせてくれた。
周りで食事をしながら談笑している男女は皆、鎧なり武器を身に着けている。
薄汚い恰好の自分があまりに場違いで恥ずかしくなったが、どうやら気にしている様子はない。
「さて、何があったのか話してみなさい。話したくなければ別にいいけど?」
生きることに行き詰っていたことや、恩人に何の事情も説明しないのは気兼ねしてしまうこともあり、ひとまず事件の事を話してみることにする。
「なるほどね〜……なかなかヘビィなお話だったわ」
「…………」
「で……その男に復讐したいってわけね?」
「え!?」
確かに事件については全て正直に話したが、復讐を考えていることだけは話していない。
「あら……バレてないとでも思ったのかしら?」
「ご……ごめんなさい……!」
「ん?なぜ謝るの?」
「いや……だって……」
「怒られると思った?それとも嫌われると思ったのかしら?」
両方だ。
自分にとって復讐が正義だとしても、考えてみればそれが正しいことなのかどうかは不安があった。
それにせっかく自分に親切にしてくれた人に嫌われたくないという気持ちも正直ある。
だから意識的にその事だけは悟られないように話した。
それを全て見透かされた。
「その先をどう受け止めるかは自分次第ってことになるけど、復讐そのものを全部否定しようとは思わないわ。やられたらやり返すくらいの気概は男ならねぇ……」
「……はぁ」
「そうだ!どうせ行く当てもないんでしょ?だったらうちで働きなさいよ〜!雑用係が抜けちゃって、誰か代わりを探してたの!衣食住だけは約束するわよ?」
「何で……僕なんかを……?」
「だから雑用係がいないと困るのよ。あ、それから……男が自分なんかなんて口にするんじゃないの。わかったわね?」
「は、はい……!」
こうして自分は流されるままにアルモニア騎士団の雑用見習いとなった。
それからというもの、僕の生活は劇的に変化した。
毎朝、朝日が昇る頃に料理長に叩き起こされ、朝食の準備の手伝いと買い出し。
昼前には昼食の準備を手伝った後、宿舎中の掃除。
夕方までにやっと掃除を終えても、すぐに夕食の準備。
夜には帰還してきた隊員の装備の手入れが待っている。
ヘトヘトになって床に就いても、すぐに朝日が昇りまた叩き起こされ、同じ日々の繰り返し。
団長が雑用を欲しがる理由もよくわかる。
楽とはお世辞にも言えなかった。
だが、満たされるものを感じていたのも事実だった。
生きているということ。
そんな経験したことのない充実した日々は、どん底にあった暗い気持ちすらも徐々に晴らしてくれた。
何より、団長や隊員達と関わりを持つ内に、エリオットという一人の人間の居場所があると思えることが嬉しくて堪らなかった。
「エリオット!卵と塩……それから肉をしこたま買って来い!!」
「わかりました!」
今日の買い出しの品目をメモし、買い物かごを片手に宿舎を飛び出す。
充実した日々の中で、自分の目的が少しずつ少しずつ薄れていった。
その時までは……
「おじさん!良い肉入ってる?」
「あぁ……どれくらいご入用だ?」
「えっと……」
身震いした。
財布を覗こうとした自分の背後を通りかかった人影。
視界の端にチラッと映っただけだったが、十分だった。
事件の日、目に焼き付けた唯一の手掛かり。
あの赤い大剣。
『奴』だ……
「あ……あ…………」
「あん?どれくらい必要なんだ……?」
「……いや……ちょっと……用事を思い出した……」
竜の鱗だろうか。
ノコギリを思わせる刺々しい刃の大剣と、身に着ける鎧の節々に赤く光るそれ。
如何にもな顔つきと、鍛え上げられたであろう肉体。
気取られないよう注意しながら『奴』の背後をつける。
「はぁ……はぁ…………」
走ったわけでもないのに息が乱れる。
薄れつつあった生きる目的が息を吹き返し、鼓動を早くする。
騎士団の財布を預かる身を案じ、団長が護身用に持たせてくれていた槍。
背中に刺していたそれをゆっくりと抜き、機会を伺う。
「……!」
『奴』が歩調を変えず、細い路地へと入っていった。
好機だ。
路地の曲がり角に身を伏せ、ゆっくりとその姿を再確認しようとすると……
「さっきから追ってきてるのは分かってる。俺は逃げねぇから、出て来いよ」
誰にでもなく発せられた声だが、それが自分に向けられたものだとわかる。
気付かれていた。
しかし、ここで怖気づくわけにはいかない。
「……覚えているか?お前が殺し……家を焼いた……この街の夫婦を、覚えているか…?」
「!?」
姿を『奴』の前に晒すと、その瞬間、確かに男が動揺したように思えた。
「……っ!!」
隙有りと見て、手にした槍を思い切り突き出す。
が、それは意図も簡単に躱され、逆に『奴』の抜いた剣が自分の喉元に突き付けられる。
「……早く殺せよ」
隙なるものが本当にあったのかどうかはわからないが、さも当然のように切り返された。
本格的な武術の心得を持たない自分でもわかる実力差。
「早く殺せよ!」
せめてもの抵抗として、殺してやりたいという思いを込め『奴』を睨む。
「もっと強くならねぇと、俺には勝てねぇぞ……」
何を言っているのだろう。
まさか自分の命を狙った人間をこのまま見逃そうとでも言うのだろうか。
剣先をゆっくり下げた男は、そのまま背を向け去っていく。
「…………」
(いまさら善人ぶるつもりか?それとも僕が斬るに値しない人間だとでも?)
何だろう、この感情は。
怒りの奥底に感じる微かな喜び。
まさか自身が無事だったことに対するもの?
「……違う!」
これは、再び『奴』を殺す機会を得ることができることに対する喜び。
今に見ていろ。
そう強く念じながら、その背中が見えなくなるまで男から視線を外さなかった。
幸か不幸か、再度手に入れた復讐の機会。
戦い慣れしているであろうとはいえ、ああも簡単にあしらわれるとは思ってもいなかった。
ただ闇雲に向かって行っても勝てない。
何かしら勝つためのヒントがないか、男の素性を調べてみることにした。
調査は難航するかと思いきや、街で男の風貌を伝え、少し聞き込みをするだけで多くの話を聞くことができた。
男の名は『グラフィード』というらしい。
伝説の傭兵と呼ばれ、騎士団の人間を三十人返り討ちにしたドラゴンを仕留めるなど、いくつもの逸話を持つ武人。
如何にも正義の味方といわんばかりの人物だが、ならば何故そんな男が自分の両親を手にかけたのだろうか。
「え……?」
「だから、グラフィードの親父が死んだのは、この前の事件で家を燃やされた奴隷商のせいだって話だろ?」
「奴隷商……?」
「あぁ。あんまり大きな声じゃ言えねぇが、街の人間の中には鬱陶しく思ってたやつは多いと思うぜ」
「その奴隷商が……グラフィードの父を殺したの?」
「どうだかな。まぁ、そのグラフィードが復讐のために家を燃やしたんじゃないかって専らの噂だぜ」
「そんな……」
「そういや、その奴隷商の息子だか娘だかはどっかで生きてるって話だな。そういや坊主、お前さんどっかで見た顔だな……」
「……気のせいだよ……ありがとう……」
考えもしなかった。
被害者だとばかり思ってた自分の両親が、実は奴隷商を商っていて、しかもグラフィードの親を殺していようとは。
あの優しい笑顔の裏で両親がそんなことを。
何もかもがわからなくなった。
グラフィードの立場からすれば、復讐を考えるのも頷ける。
今の自分と同じ想いなのだから。
ならば、自分がグラフィードに復讐を考えるのは間違っているのだろうか。
否、自分にとってはかけがえのない大切な家族だった。
しかし、それではやはり自分もグラフィードと同じ道を辿ることになる。
果たしてそれでいいのだろうか。
正しい選択はどれなのだろうか。
正義とは何なのだろうか……
あれだけ楽しかった日常が酷く色褪せて感じる。
事実を知って以来、自分が何のために生きているのか、何をするべきかを完全に見失ってしまった。
「エリオットちゃん。最近、元気ないみたいだけど、何かあったのかしら?」
「団長……僕は…………僕はどうすればよいのでしょうか……」
「……ま、話してみなさい」
自分の様子を見かねたのか、団長に声をかけられた。
いつもそうだった。
困ったときや、悩んだときは必ず進んで相談に乗ってくれる。
エリオットはグラフィードとの一件や、自身の身の上の話など、包み隠さず全て打ち明けてみることにした。
人に相談していいものかと少し躊躇したが、もしそれで団長が自分を見放すことがあっても、受け入れようと決めていた。
それほどに参っていたのだ。
「ふ〜ん……それは困ったわね」
「え……ま、まぁ……」
「言っておくけど、アタシは答えを教えてあげるなんて一言も言ってないわよ?」
「それは……そうですよね……」
「あ〜違う、違う!教えてあげないんじゃなくて、教えてあげられないの」
「……?」
「そりゃそうよ。どう生きるべきかなんて自分にしかわかるわけないし、それが正解かもわからない」
「団長にもわからないことがあるんですね……」
「神でも何でもないただの人間ですもの。まあ女神ではあるかもしれないけど」
「でも、団長は僕を助けてくれました」
「それはあくまで生きようとするあなたに手を貸しただけ。導いたのではなく、支えてあげたのよ」
「僕は騎士団の人間でもなければ……嫌われ者の……奴隷商人の子供で……団長は知っていたんじゃないですか?」
「……ま、正直に言うと知ってたわ。それについてはアタシにも色々思うところがあったのよ」
その時の団長の顔は、これまで見たこともないような深刻な、思いつめたような表情だった。
「アタシのことはいいの。今、あなたにはもっと考えなきゃいけないことがあるでしょ?」
「……はい」
「前にも言ったけど、復讐の善悪はアタシにはわからないわ。悩んでもいい。立ち止まっても、いつかまた歩き出すための糧にすればいいの」
「それがやっぱり間違った道だったら?」
「また立ち止まって悩めばいいじゃない。そしてまた歩き出すの。迷っても、後戻りすることになっても構わない。それが人生ってものよ」
「いつか見つけられるでしょうか……?正しい道を」
「それは坊や次第ね。進むべき道が見えるまで探し続けて、その先に納得できる道があればそれでハッピーよ!」
「……はい!」
「エリオット。あなた、騎士団に入りなさい」
「ぼ、僕がですか!?」
「立ち位置が変われば見えるものも変わるわ。答えはゆっくり探せばいい。まだ若いんだから」
面倒な身の上だけでなく、問題事まで抱えているエリオットに対し、団長は何故こんなにも親身になってくれるのだろう。
やはり先ほど言葉を濁したことに理由があるのだろうか。
「僕、やってみます……!」
「うん。それでいいのよ!」
「はい!」
アルモニア騎士団に身を寄せること一年。
エリオットは、団長の下で改めて騎士団員として働くこととなった。
団長への恩に報いるため。
何より、自分の進むべき道と、正義とは何かを探すため。
とはいえ、すぐに戦場へというわけにもいかなかった。
まずは団長を始めとする騎士団の猛者たちを相手に槍の腕を磨く日々。
エリオットはここで団長さえも予期していなかった才能を発揮。
無我夢中で自分を鍛え、力をメキメキと付けていき、その実力は団長含め、騎士団内の注目の的となる。
そして、僅か二年で実戦への参加を果たすこととなった。
「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」
ぶつかり合う大勢の魂。
初めて戦場の土を踏んだ。
理解していたつもりが、命のやり取りの現場を直に目にし、足がすくむ。
「はぁ!?なんでガキがこんなとこにいやがんだ!?」
「ぼ、僕は……」
自分を見つけた敵兵と対峙したが、男を前にして震えが止まらない。
鍛錬ではもっと強い団長や、歴戦の兵ともやり合ってきた。
そのはずなのに、その敵がとてつもなく大きく見える。
「戦士ごっこならお家でパパとやってるんだな!ここは戦場なんだぜ!!」
「うわぁ!?」
襲い掛かる刃が頭上を掠める。
勢い余って尻もちをついたエリオットの視界に、幾人もの敵を薙ぎ払う団長の姿が見えた。
「そうだ……僕は……」
「けっ……ガキを斬っても寝覚めが悪いだけだぜ……さっさと帰んな!」
「ま、待て!!」
「……あ?」
「僕を……僕を子ども扱いするな!僕だって騎士だ!」
「……度胸は良いが、あの世で後悔することになるぜ?」
「う……うわぁあああああああああ!」
「馬鹿が!!」
緊張でうまく体が動かない。
それでも必死に刃を切り結ぶ。
「ぬ!?こ、の、ガキ……!」
「……!?」
それは間もなく訪れた。
一太刀、また一太刀と槍を振るう度、何かが徐々に払い落とされていく感覚。
防戦一方だったはずの立ち合いが少しずつ自分へと傾いていくのがわかる。
「ふっ!」
剣を盾で受けた直後、横に払うと男がバランスを崩した。
「しまっ――」
「はぁああああ!!」
返す手で突き出した槍。
切先が男の体を貫く感触。
命を奪う実感。
「か……はっ……!」
間も無く動かなくなった兵士。
見下ろすエリオットは想う。
きっとこの男にも探すものや、守るものがあったのだろう。
戦場とは、それを奪い合う場なのだ。
「すまない……僕にも成すべきことがあるんだ……!」
エリオットが齢十を迎えた年のことだった。
その後も幾重もの戦場を潜り抜けたエリオット。
飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していった彼は、入団数年にして二番隊隊長に就任。
見事、騎士団を支える柱の一本となる。
十二歳という歴代最年少での隊長就任に騎士団は大きく沸いた。
未だ答えは見つけられず。
だが、あの時の団長の言葉を信じ、彼は邁進し続ける。
「遠征ですか?」
「えぇ。ラキラから救援要請がきたの。恐らく帝国軍との戦闘になるわね……」
エリオット率いる二番隊に、ラキラへの遠征命令。
近頃、帝国が各地の街を占拠しているという話は耳にしていた。
今回はその手がラキラに伸びる。
早速、現地へと赴いた二番隊。
到着したラキラは、それは美しい街だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、その幻想的な光景は観光所としても有名だ。
「お待ちしておりました。エリオット隊長」
「状況は把握しているか?」
「はっ!」
先遣隊と速やかに合流し、現状把握に努めるエリオット。
既に街の北外縁部には帝国軍が展開し、今か今かと戦の準備を整えている模様。
その数は目算で数十程といったところだろうか。
エリオットの部隊だけでも十分に対抗できそうに思える。
しかも、今回の戦には、ラキラの呼び掛けに応え、各地から傭兵や警備隊が参戦。
隊が到着した後も、続々と集まってきている。
「勝てるな……!」
確信に近いものを感じつつも、エリオットは念のために部隊を四つに分け、街を哨戒するよう指示した。
「見慣れない装いの者も多いな」
「ええ。かなり遠方からも援軍が駆けつけているようですね」
男達が数人から十数人、あちこちで円を囲い、何やら作戦の打ち合わせをしているようだ。
流石というべきか、その表情に油断の色は微塵も無い。
その光景に少し安心感を覚えていると、次の瞬間、目に映ったある男の姿に緊張が走る。
「あれは……!!」
忘れるはずもない。
あれから数年の時が経ったが、ますます歴戦の猛者を思わせる雰囲気を放っている。
一人で噴水に腰かけ、剣の手入れをしているその男に近づくと、エリオットはおもむろに声をかけた。
「グラフィードさんですね?少しお時間を頂けませんか?」
グラフィードはエリオットを一瞥すると、何かを察したように口を開いた。
「仇が打ちてぇのは分かるが、俺に勝てるようになったのか?」
「あの時の僕とは違います。あなたを倒す為に、僕は強くなりました」
ずっと迷っていたはずなのに。
グラフィードを前にすると、自然と心が決まった。
自分が選んだ道。
やはり、自分はこの男を討たねばならない。
迷いの消えたエリオットの瞳は、真っ直ぐ彼を見据えて微動だにしない。
「…………」
――ドォオオオン!
グラフィードが何かを口にしようとした直後、響き渡る爆発音が開戦の狼煙を上げた。
「悪ぃな。急用が入っちまった。俺は帝国のヤツらに好きにさせたくねぇ。お前はここで待っててもいいし、俺を後ろから襲ってもいい。お前の好きにしろ」
そう一言だけ言い残し、煙の上がった方へと姿を消す。
本当なら今すぐ斬りつけに行ってやりたいところだったが、今の自分には使命もあれば、部下達もいる。
あの男なら簡単に死ぬことも無いだろう。
「二番隊!整列!!」
隊をまとめながら、改めて戦場を測るように観察。
敵対する帝国兵は百人足らず。
対して、ざっと見積もっても延べ数百人にも上る友軍。
しかし妙だ。
経験から言って、これほどの戦力差があれば数十分で決着は付くはず。
そもそも帝国が勝ち目の無い戦を仕掛けるのもおかしい。
均衡するどころか、押され始めている前線が違和感を裏付ける。
「第一分隊は前衛左翼。第二分隊は右翼。第三分隊は負傷者の救助と他方からの急襲を警戒!!」
「「はっ!!」」
「進めぇ!!我らアルモニア騎士団に勝利あらんことを!!」
「「おぉおおおおおおおおおおお!!」」
前線へと近づくにつれ、悲鳴や怒声が大きくなっていく。
その中に混じる異質な声。
「グォオオオオオオオオオオオオ!!」
「やはり魔物か……!!」
最前線で暴れていたのは帝国兵ではなく、見たこともない魔物の群れだった。
帝国兵に操られているであろう魔物は、数人がかりで群がる味方兵士を簡単に蹴散らしていく。
「この野郎ぉおおお!」
「ぎゃぁあああああああ!」
「はぁ!!」
前線が押されるのも頷ける。
十数人がかりでやっと一体倒したところで、次々と湧いてくる。
数では圧倒的に勝っているはずだが、戦況は目に見えて帝国側へ傾く。
「陣形を崩すな!連携を重視し、互いを守り合え!」
数多の戦場を踏破してきたであろう傭兵達や、腕自慢の集まる自警団は戦線をなんとか維持。
街に被害が出ないように踏ん張り続けている。
だが、どうしようもなく生じる綻びから連携は崩れ、エリオットの部隊も徐々に機能を失い、部下達は散り散りになりつつある。
「くそっ!後退しつつ隊を整えろ!!」
隊へ指示を出すため、背後に視線を向けたその時だった――
「グォオオオオオ!!」
「しまっ――」
魔物が振り下ろす巨爪。
反応の遅れたエリオットに死の影が迫る。
「おらぉあああああああ!」
「あなたは!?」
土煙の中から現れたグラフィードが、魔物の爪を腕ごと斬り落とした。
「ったく……ぼさっとしてんじゃねえぞ。小僧」
「な!?子供扱いはやめてください!!」
傷付きながらも立ち上がろうとしている魔物に、とどめの槍を突き立てながらエリオットが吼える。
「心遣いは無用です!!」
「そりゃ悪かった……目に入ったもんでな!」
後に続く魔物達を次々と斬り伏せていくグラフィード。
やはり強い。
改めて自分との力の差を実感させられる。
経験を積み、鍛錬を続けてきたが故に、その技術の高さがよりわかるようになった。
「ここはもうダメだな……下がるぞ」
「あなたの指図は受けません!」
「強情なガキだぜ、まったく……好きにしな」
「だから、子供扱いはやめてくださいと言っています!」
とは言うものの、もはや前線は壊滅。
再び陣を整えているであろう後衛に下がるのが正解だ。
「くそっ!」
構えは解かず、警戒しながら後ろに下がる二人。
そんな二人の頭上にチカチカと光が見えた。
「っち……!!」
「魔術!?」
――ドン!ドドドドン!ドドン!!
雨のように降り注ぐ魔弾。
魔物達の後衛に控えていた帝国兵から放たれたものだ。
「くぅ……!」
盾を傘にし、必死に耐えるエリオット。
爆風により土煙が巻きあげられる中、グラフィードも大剣を盾にし、何とか凌いでいるのが伺える。
が、そんな彼の背後を狙い、魔物が再び牙を向ける。
「グラフィードさん!!」
手にした槍を思い切り投げつけ、魔物の胴体を貫く。
「馬鹿野郎!!」
何かに気付いたグラフィードはエリオットに飛び掛かり、体当たりでエリオットの体を突き飛ばす。
「ぐ!?な、何を――え!?」
「グゥアウウウ!」
同じくエリオットの隙を狙っていた魔物。
その牙がグラフィードに深々と突き刺さっている。
「ぐ……あっ……!」
「くそぉ!!」
すぐさま槍を拾い、魔物を斬り捨てるエリオット。
「大丈夫ですか!?」
「ドジっ……たぜ……!」
噛みつかれる瞬間、剣を盾にすることで致命傷だけはギリギリ免れていた。
とはいえ、それでも十分すぎる重傷。
「今はこの場を離れないと……!」
幸い、魔術攻撃により発生した土煙が目隠しになっている。
そのままグラフィードを背負い上げたエリオットは、近くの廃墟へと身を隠した。
「他人を助けておきながら、自分が大けがを負っていれば世話無いですよ!」
「お前も俺を助けてんじゃねぇか……」
「貸し借りなんて冗談じゃない……絶対に助けるから死ぬんじゃないぞ!」
敵に察知されていないかを確認した後、すぐにグラフィードの応急手当に取り掛かるエリオット。
「俺に死んでほしいんだろ……?」
「違います!あなたは僕が殺すんだ!あなたにはそれまでは生きる責任がある!」
「へっ……そうかい……」
複雑な心境で治療を進めるエリオット。
間もなく手当てが完了する頃、辺りから勝鬨が上がり始めた。
直前の戦況を考えれば、恐らく帝国兵達のものだろう。
「大局は決したな……いつまでもここにいるのはマズい……」
「そ、その傷で立ち上がれるんですか!?」
簡単に立ち上がったグラフィードに素直に驚く。
平然、とまではいかないまでも、とても重傷を負っているようには見えない。
「鍛え方がちげぇんだよ……一番近い門まで走るぞ」
「だから、僕に指図しないでくださいよ!」
一時的にではあるが、協力し合い、街からの脱出を試みることとなった二人。
見つからぬようにコソコソと行くより、ここは短時間で一気に駆け抜ける方が正しいということで意見は一致した。
「よし……行くぜ!!」
「だから――あ〜、もうっ!!」
廃墟を飛び出した二人から門までの距離おおよそ二百メートル。
通常なら三十秒もあれば十分な距離だが、グラフィードは負傷しているうえ、残党狩りや、門を見張る帝国兵と遭遇する可能性は高い。
「ん?おい!残党がいたぞ!!」
案の定、門の前に待機していた帝国兵に発見される。
「突っ切ります!!」
グラフィードの正面に躍り出るエリオット。
二人の体を隠すように盾を構え、真っ直ぐ突き進む。
門まで残り百メートル。
「えぇい……構わん!撃て、撃て!!」
次々に放たれる矢。
身構えた盾で全てを弾きながら、駆ける足を前へ出し続ける。
「ぬぅ……奴らを止めろ!!」
その声に応え、門前に立ちふさがる一頭の巨大な魔物。
「そのまま行けぇえええ!!」
「指図するなと言っているでしょう!!」
真っ直ぐに駆けてくる二人に目がけて振り下ろされる魔物の尾。
「ぐぅううう!!」
盾でその一撃を受けとめ、小さな体で足を踏ん張るエリオット。
「よくやった小僧!うぉらああああ!!」
攻撃直後の隙を逃さないグラフィードが魔物の胴体を真っ二つに両断。
残る障害は門前に控える帝国兵数人のみ。
しかし、グラフィードの前で盾を構えていたエリオットの身体が崩れる。
「ぐぅ……しまった……!」
魔物の攻撃を防いだ際に、無防備となったエリオットの足を、一本の矢が深々と貫いていた。
「この野郎ぉおおおお!」
「ぐはぁ!!」
「うぎゃぁああ!」
次の矢を番える前に帝国兵を斬って捨てるグラフィード。
「小僧!走れるか!?」
うずくまるエリオットに視線を向けると、その背後に、事態を察知した帝国兵達が駆け寄ってきているのが見える。
「く……あなただけでも逃げてください!」
「あぁ!?馬鹿言ってんじゃねぇぞ!!」
グラフィードはエリオットの元に駆け寄り、乱暴に担ぎ上げた。
「無理です!このままでは二人とも……!」
「黙ってろ!!」
よしんばこのまま門を抜けられたとしても、この足ではすぐに帝国兵に追いつかれ捕縛される。
「もう僕を助ける理由はないでしょう!?」
「お前にもやることが残ってんだろうが!そんなもんかよ!?お前の覚悟は!?」
「それは……」
なんとか門を抜けることには成功した二人。
しかし、そのすぐ後方には敵の手が迫っている。
「くそがぁ……!」
もうダメかと諦めかけた二人だが――
「隊長!ご無事ですか!?」
前方から馬を駆り近づいてくる一団。
アルモニア騎士団の生き残りだった。
「お前たち……!」
しかも、その後ろには撤退戦の準備を整える友軍が陣を築いている。
その光景を目の当たりにして、帝国兵達の足は止まり、すごすごと門の中へと引き下がっていった。
「命、拾っちまったな……」
「そのようですね……」
救護班が控える荷馬車までエリオットを運んだグラフィード。
簡単な治療を受け、彼はその足で街を後にしようとエリオットに声をかけた。
「じゃあな。またどこかで会うこともあるだろう……」
「待ってください!」
「あん?」
荷馬車に横になったまま、グラフィードを引き留めたエリオットは、大きく深呼吸した後、静かに切り出す。
「一つ聞いておきたい。あなたにとって『正義』とは何ですか?」
「いきなり何だ?」
「ふざけてはいません。答えてください……」
真剣な眼差しを受け、グラフィードも同様に大きく息をつき、語り出す。
「俺にとっての正義とは『信念』を持って自分が選択した道だ」
「ず、随分と勝手な考えですね……単純すぎて羨ましくは思いますが……」
「まぁな。正義を貫くって言葉をよく聞くだろ?そういう連中は俺と似た考えの連中さ。自分の意思を貫き通してるだけだ」
「僕はあなたに刃を向けたあの日からずっと、自分がなすべき道、正義について考えてきました」
「ほぅ……で、答えは出たのかよ?」
「えぇ。今日、出たところです」
「聞かせてみな……」
「正しい行いを成した結果の先にある理想こそが『正義』だと考えます」
「おぉ……随分と難しい答えが返ってきたな……」
「あなたの考え方は危険です。結局はただのエゴだ」
「ハハッ!違いねぇ……でもよぉ、人それぞれ違う捉え方をするのは当然だと思うぜ?」
「いいえ。この世界には『正義』を確固たるものとして定義できる者がいないからこそ、個人での認識に差が生まれているだけに過ぎません」
「お前の言う正義と、俺の言う正義は同じもので、ちょっと行き違いがあるだけだってことか?」
「そうです」
「なら、俺がお前の両親を殺したことと、お前が俺に復讐しようとすることは元々どっちも同じ正義ってことかよ?」
「それは違います。そこに正義は存在しません。あるのは善悪だけです」
「……人の勝手さをどうこう言えたもんじゃねぇな」
「正義とは崇高なものであり、比べたり、並べて考えるものではありません」
「善と善を比べて、勝った方を単に正義としているのかもしれないぜ?悪と悪を並べて、より被害の小さい側を正義と呼んでるのかもしれない」
「そんな単純なものではありません。そもそも今の世に正義を謳うことを許された者などいない。まだ今の世には正義なんて存在しないんですよ」
「あるのは善悪だけか……ただの言葉遊びだろ?俺は自分が善だと思ったことを正義と呼んでるだけだぜ?」
「自身のエゴを正義だなどと……正義とは理想です。誰の元にも存在し得ない善の集合体。それを追い求め、善を積み重ねていくのが正しい人の在り方だ!」
「そうか。なら、そんな理想はありえない」
「善と悪は存在するでしょう?野盗に襲われる民の命を救うことは善。私欲のために圧政を敷く独裁者は悪だ!」
「野盗になった連中には、明日生き残るための手段がそれしかなかったのかもしれない。一人の犠牲で何十人という人間が明日を生き残った例を俺はいくつも知っている」
「……何の話ですか?」
「独裁者は国の財政難を解決するため、国という存在を守るために仕方なくやった事かもしれない。国が滅びれば何人の命が消えると思う?」
「そんな、もしかしたらの話をしているのではない!」
「いいや。大事な事だ。民の命よりも国を護りたかった独裁者も、他人を犠牲にしてでも仲間と明日を生きたい野盗も、各々が信念を貫いた結果だ。俺に言わせりゃそれは正義の元に成した事!」
「詭弁です!罪のない者の犠牲の上に成り立つ正義などあってはならない!正しくない!!」
「おまえの眼前に火に包まれる村と街があったとしよう。村には五十人、町には五千人の人間がいる。もし、どちらかの頭上に雨を降らせる力がお前にあったならどちらを救う?当然、両方を取ることは不可能だ」
「そ、それは……」
「考えたままを言えよ。街の五千人を救うだろう?たくさん人を救うことは良い事だ」
「しかし……」
「そう。おまえは村の五十人を見捨てたことになる」
「どちらかしか救えないなら、より多くの命を救うしかない!」
「おいおい、都合がいいな。見捨てられた村の人間達はお前のことをどう思う?見殺しにされたと思うんじゃないのか?」
「見殺しにしたいわけじゃない!」
「人を救いたいという思いがあれば、例え犠牲を出してもそれは善なのか?いいや、そこで言い訳をしてしまったならお前の行動は正義でもなければ、善ですらない」
「勝手すぎる……!!」
「そうさ。いい加減で、自分勝手だ。一部に恨まれようとも構わない。言っただろう?『信念』を持って進んだ道こそ正義を名乗ることが許されるんだよ」
「僕が動かなければどちらも救えなかった!片方を見捨てたのではなく、片方を救うことができたんだ!そして、両方救うことができたならそれは最善だ。同じ思いが多く集まれば、両方を救うことのできる大きな力となり、いつかそれは正義となる!」
「都合のいい時だけ『正義』を隠して、その場の恨みの念から目をそらすのか?お前の言う正義とやらは、まだこの世に存在しないから今は諦めてくれ、と」
「亡くなった人達がいることは残念に思うし、自分の非力さを悔やみもします。しかし、追い求めなければ実現できぬ理想もある。仕方ないと諦めるのではなく、できる限りの最善を尽くし続けることは必ず正義に繋がるはずだ。そうでなくては、ただ永遠に取捨選択を続けていくことになる」
「わかってるじゃねぇか。人生は終わりなき選択の連続さ。正義を執行した人間は、自分が片方を捨てた悪であることもまた理解しなければいけないのさ。言い訳せずに受け止めろ」
「ならば言い訳なんて必要無いくらい力を付けますよ!いつか、まだ届かぬ理想を掴むために!」
「『信念』を持ってやり遂げるならそれも良いな。だが、高すぎる理想は挫折しか生まねぇんだ。お前の言う正義にはいつまでも手が届かず、ただの妄想止まりで終わっちまうかもしれないぜ?」
「無理だと決めつけ、追い求める努力をしない人間にはなりたくない!あなたのように!現状に甘んじ、出来ないから仕方ないと片づけてしまう人間には……!」
「その理想に賛同してくれる人間がどれだけいるもんかねぇ……」
「ならば我々は何の元に集い、志を共にしている?今、この戦場に集まった者達にも共通の理想があるはずです!」
「集団における正義か……そりゃ結局、複数の個人の正義をかき集めて、大局を占めた方が正義だと謳ってるだけのまやかしさ。多数決と同じだよ」
「……エゴの塊にすぎないと?」
「別にこの世に絶対的な正義なんて無くてもいいじゃねぇか。俺は小難しいことをずっと考えていられるほど頭は良くないんだ。自分の行いさえ、今日は正義と称えられても、明日は悪と蔑まれるかもしれない。だが、それでいい!」
「……理解できない考え方です」
「それもいいさ。俺は復讐を悪だとは思わない。例え不意打ちだろうが、お前が向かってくるなら相手になるぜ。俺は、ただ俺の『正義』を通す。どうする?今すぐ向かってくるか?」
「今、この場であなたに挑んでも返り討ちになるだけでしょう……僕は僕の『信念』を貫きます。高すぎる理想だったとしても、僕は諦められない!必ず成し遂げます!それまでは、みすみす命を投げ捨てたりはしない!」
「そうかい……次に会った時は、また面白い話ができるかもな」
「必ず会いに行きます。それまで死ぬなんてこと、僕は絶対に許しませんよ?」
「ハハッ!やっぱりお前も十分自分勝手だと思うぜ」
もしかすると間違った道なのかもしれない。
それでも進んでみようと思う。
人は立ち止まっても、道に迷っても、また再び歩きだすことができるのだから――
「もーいーよ!」
楽都『アルモニア』の裕福な家庭に生まれ、優しい両親の元で何不自由なく育てられる。
戦争や犯罪といったものは言葉の上では理解していたが、目にするどころか、全く縁の無い幸せな暮らしを続けていた。
夕食の後に母といつものようにかくれんぼ。
その日は床下に隠す形で設けられた地下室に隠れ、暗がりの中でハラハラというか、ドキドキというか、そんなくすぐったい感情を楽しんでいたことを覚えている。
――ガタンッ!
「な、何!?」
「おい……大きな音がしたが――だ、誰だお前は!?」
それは突然やってきた。
何かを蹴り付けたような大きな物音。
騒ぎを聞きつけてやってきたのであろう父の声。
外の様子が気になった自分は、扉の隙間から差し込む光に目を凝らした。
「うぉあああああ!!」
「ぐぁあ!!」
男がいきなり家に飛び込んできたようだ。
野獣のような雄叫びの直後に聞こえた父の悲鳴。
「どうか……どうか命だけは……!」
赤い大剣。
それから、その前に立つ母の脚。
狭い視界の中から少しでも情報を得ようと顔を動かし隙間をなぞる。
「うぅ……がぁあああああ!!」
肉が断たれる生々しい音。
ドサッという音と共に、光が遮られた。
隙間から滴り落ちてくる温かい液体は、直感で母の血であるとわかる。
地下室の扉を塞ぐように倒れた母は、自分を護ろうとしたのだと思う。
いつも自分を探し当てるのに時間がかかっていたのに。
ずっと手加減をしてくれていたのだ。
口を塞いで震え続ける事しかできなかった自分。
息を荒くしながら去っていく男の気配。
直後、聞こえてきたパチパチという音。
しばらくして、臭いと熱のおかげで家が燃えていることに気が付いた。
恐らくその時、地下室の上は既に火の海となっていたはずだ。
もはや自分には膝を抱えて蹲る他なかった。
火が何もかもを焼き尽くすまで……
再び扉の隙間から光が刺した。
朝になったのだろう。
恐る恐る地下室の扉に触れると、炭となっていた扉は簡単に崩れ落ちた。
頭を出してみると、そこにあったはずの屋敷は無く、炭と灰の山だけが残されている。
家も、財産も、肉親も、何もかもを失い途方に暮れた。
それでも自ら命を絶とうとは思わなかった。
討たねばならない悪がいるから。
成さねばならぬ正義があるから。
それから数日、生きていくことの辛さを知った。
たった一夜の内に、自身を取り巻く環境がこうも変わることを予期できようか。
求人の張り紙を頼りに仕事を求めるも全て門前払い。
ひとまず食べる物と寝るところだけでも確保しようと、家族で頻繁に利用していたホテルを訪ねたが、自分の顔を見るや否やしかめっ面を向ける主人。
結局、取りつく島も無く追い払われてしまう。
途中、通りかかった路地裏に目を向けると、寝床を持たない人間たちが、新聞を布団代わりにして横になっている姿が見える。
とてもじゃないが真似できないと思ったものだが、今の自分にそんな選択肢はあるのだろうか。
食料は皆一様に宿屋や飲食店の裏口にあるゴミ箱を漁って手に入れているようだった。
空腹に耐えきれず、自分もゴミ箱を覗き込んではみたものの、腐りかけた食物の臭いは耐え難いものだった。
欲しいと口にするだけで何でも手に入った過去。
数日とはいえ、自分が如何に恵まれた生活をしていたのか痛感するには十分な時間だった。
また朝日が昇る。
あれから何日経っただろう。
極度の空腹のためか、目まいに襲われ、そのまま人形のように地べたに倒れ込む。
――あなた、大丈夫?
消え入る意識の中で、誰かに声をかけられた気がした……
――ン〜♪フフフ〜ン♪
歌が聞こえる。
昔、母が自分を寝かしつけるためによく歌ってくれていた子守歌によく似た……
「――お母さん……?」
「あら、お目覚めかしら?ざ〜んねん。アタシはあなたのママじゃないわよ!」
「……え!?」
聞き慣れない声に慌てて身を起こすと、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
「あなたは……?ここはどこですか!?」
「ここはアルモニア音楽騎士団の宿舎。そしてアタシは団長。あなた、街で行き倒れていたのよ?覚えてないの?」
「あ……あぁ……」
徐々に思い返される記憶。
あのまま気を失ってしまったのか。
「あんまり良い気分ではないみたいね。ところで、この手を離してくれるかしら?」
寝ている間に伸ばしたであろう自分の手が、隣に座っていた団長と名乗る人物の手を握っている。
「え?あ……ご、ごめんなさい!」
「ま!そんなに慌てて離さなくってもいいのに」
そそくさと手を離すと、少し残念そうな笑みを見せた。
「そうだ!まずはご飯にしましょ!お話しはその後ゆっくりと……ね」
そう言って、目を覚ました自分を支えながら食堂まで連れていくと、温かいご飯をたらふく食べさせてくれた。
周りで食事をしながら談笑している男女は皆、鎧なり武器を身に着けている。
薄汚い恰好の自分があまりに場違いで恥ずかしくなったが、どうやら気にしている様子はない。
「さて、何があったのか話してみなさい。話したくなければ別にいいけど?」
生きることに行き詰っていたことや、恩人に何の事情も説明しないのは気兼ねしてしまうこともあり、ひとまず事件の事を話してみることにする。
「なるほどね〜……なかなかヘビィなお話だったわ」
「…………」
「で……その男に復讐したいってわけね?」
「え!?」
確かに事件については全て正直に話したが、復讐を考えていることだけは話していない。
「あら……バレてないとでも思ったのかしら?」
「ご……ごめんなさい……!」
「ん?なぜ謝るの?」
「いや……だって……」
「怒られると思った?それとも嫌われると思ったのかしら?」
両方だ。
自分にとって復讐が正義だとしても、考えてみればそれが正しいことなのかどうかは不安があった。
それにせっかく自分に親切にしてくれた人に嫌われたくないという気持ちも正直ある。
だから意識的にその事だけは悟られないように話した。
それを全て見透かされた。
「その先をどう受け止めるかは自分次第ってことになるけど、復讐そのものを全部否定しようとは思わないわ。やられたらやり返すくらいの気概は男ならねぇ……」
「……はぁ」
「そうだ!どうせ行く当てもないんでしょ?だったらうちで働きなさいよ〜!雑用係が抜けちゃって、誰か代わりを探してたの!衣食住だけは約束するわよ?」
「何で……僕なんかを……?」
「だから雑用係がいないと困るのよ。あ、それから……男が自分なんかなんて口にするんじゃないの。わかったわね?」
「は、はい……!」
こうして自分は流されるままにアルモニア騎士団の雑用見習いとなった。
それからというもの、僕の生活は劇的に変化した。
毎朝、朝日が昇る頃に料理長に叩き起こされ、朝食の準備の手伝いと買い出し。
昼前には昼食の準備を手伝った後、宿舎中の掃除。
夕方までにやっと掃除を終えても、すぐに夕食の準備。
夜には帰還してきた隊員の装備の手入れが待っている。
ヘトヘトになって床に就いても、すぐに朝日が昇りまた叩き起こされ、同じ日々の繰り返し。
団長が雑用を欲しがる理由もよくわかる。
楽とはお世辞にも言えなかった。
だが、満たされるものを感じていたのも事実だった。
生きているということ。
そんな経験したことのない充実した日々は、どん底にあった暗い気持ちすらも徐々に晴らしてくれた。
何より、団長や隊員達と関わりを持つ内に、エリオットという一人の人間の居場所があると思えることが嬉しくて堪らなかった。
「エリオット!卵と塩……それから肉をしこたま買って来い!!」
「わかりました!」
今日の買い出しの品目をメモし、買い物かごを片手に宿舎を飛び出す。
充実した日々の中で、自分の目的が少しずつ少しずつ薄れていった。
その時までは……
「おじさん!良い肉入ってる?」
「あぁ……どれくらいご入用だ?」
「えっと……」
身震いした。
財布を覗こうとした自分の背後を通りかかった人影。
視界の端にチラッと映っただけだったが、十分だった。
事件の日、目に焼き付けた唯一の手掛かり。
あの赤い大剣。
『奴』だ……
「あ……あ…………」
「あん?どれくらい必要なんだ……?」
「……いや……ちょっと……用事を思い出した……」
竜の鱗だろうか。
ノコギリを思わせる刺々しい刃の大剣と、身に着ける鎧の節々に赤く光るそれ。
如何にもな顔つきと、鍛え上げられたであろう肉体。
気取られないよう注意しながら『奴』の背後をつける。
「はぁ……はぁ…………」
走ったわけでもないのに息が乱れる。
薄れつつあった生きる目的が息を吹き返し、鼓動を早くする。
騎士団の財布を預かる身を案じ、団長が護身用に持たせてくれていた槍。
背中に刺していたそれをゆっくりと抜き、機会を伺う。
「……!」
『奴』が歩調を変えず、細い路地へと入っていった。
好機だ。
路地の曲がり角に身を伏せ、ゆっくりとその姿を再確認しようとすると……
「さっきから追ってきてるのは分かってる。俺は逃げねぇから、出て来いよ」
誰にでもなく発せられた声だが、それが自分に向けられたものだとわかる。
気付かれていた。
しかし、ここで怖気づくわけにはいかない。
「……覚えているか?お前が殺し……家を焼いた……この街の夫婦を、覚えているか…?」
「!?」
姿を『奴』の前に晒すと、その瞬間、確かに男が動揺したように思えた。
「……っ!!」
隙有りと見て、手にした槍を思い切り突き出す。
が、それは意図も簡単に躱され、逆に『奴』の抜いた剣が自分の喉元に突き付けられる。
「……早く殺せよ」
隙なるものが本当にあったのかどうかはわからないが、さも当然のように切り返された。
本格的な武術の心得を持たない自分でもわかる実力差。
「早く殺せよ!」
せめてもの抵抗として、殺してやりたいという思いを込め『奴』を睨む。
「もっと強くならねぇと、俺には勝てねぇぞ……」
何を言っているのだろう。
まさか自分の命を狙った人間をこのまま見逃そうとでも言うのだろうか。
剣先をゆっくり下げた男は、そのまま背を向け去っていく。
「…………」
(いまさら善人ぶるつもりか?それとも僕が斬るに値しない人間だとでも?)
何だろう、この感情は。
怒りの奥底に感じる微かな喜び。
まさか自身が無事だったことに対するもの?
「……違う!」
これは、再び『奴』を殺す機会を得ることができることに対する喜び。
今に見ていろ。
そう強く念じながら、その背中が見えなくなるまで男から視線を外さなかった。
幸か不幸か、再度手に入れた復讐の機会。
戦い慣れしているであろうとはいえ、ああも簡単にあしらわれるとは思ってもいなかった。
ただ闇雲に向かって行っても勝てない。
何かしら勝つためのヒントがないか、男の素性を調べてみることにした。
調査は難航するかと思いきや、街で男の風貌を伝え、少し聞き込みをするだけで多くの話を聞くことができた。
男の名は『グラフィード』というらしい。
伝説の傭兵と呼ばれ、騎士団の人間を三十人返り討ちにしたドラゴンを仕留めるなど、いくつもの逸話を持つ武人。
如何にも正義の味方といわんばかりの人物だが、ならば何故そんな男が自分の両親を手にかけたのだろうか。
「え……?」
「だから、グラフィードの親父が死んだのは、この前の事件で家を燃やされた奴隷商のせいだって話だろ?」
「奴隷商……?」
「あぁ。あんまり大きな声じゃ言えねぇが、街の人間の中には鬱陶しく思ってたやつは多いと思うぜ」
「その奴隷商が……グラフィードの父を殺したの?」
「どうだかな。まぁ、そのグラフィードが復讐のために家を燃やしたんじゃないかって専らの噂だぜ」
「そんな……」
「そういや、その奴隷商の息子だか娘だかはどっかで生きてるって話だな。そういや坊主、お前さんどっかで見た顔だな……」
「……気のせいだよ……ありがとう……」
考えもしなかった。
被害者だとばかり思ってた自分の両親が、実は奴隷商を商っていて、しかもグラフィードの親を殺していようとは。
あの優しい笑顔の裏で両親がそんなことを。
何もかもがわからなくなった。
グラフィードの立場からすれば、復讐を考えるのも頷ける。
今の自分と同じ想いなのだから。
ならば、自分がグラフィードに復讐を考えるのは間違っているのだろうか。
否、自分にとってはかけがえのない大切な家族だった。
しかし、それではやはり自分もグラフィードと同じ道を辿ることになる。
果たしてそれでいいのだろうか。
正しい選択はどれなのだろうか。
正義とは何なのだろうか……
あれだけ楽しかった日常が酷く色褪せて感じる。
事実を知って以来、自分が何のために生きているのか、何をするべきかを完全に見失ってしまった。
「エリオットちゃん。最近、元気ないみたいだけど、何かあったのかしら?」
「団長……僕は…………僕はどうすればよいのでしょうか……」
「……ま、話してみなさい」
自分の様子を見かねたのか、団長に声をかけられた。
いつもそうだった。
困ったときや、悩んだときは必ず進んで相談に乗ってくれる。
エリオットはグラフィードとの一件や、自身の身の上の話など、包み隠さず全て打ち明けてみることにした。
人に相談していいものかと少し躊躇したが、もしそれで団長が自分を見放すことがあっても、受け入れようと決めていた。
それほどに参っていたのだ。
「ふ〜ん……それは困ったわね」
「え……ま、まぁ……」
「言っておくけど、アタシは答えを教えてあげるなんて一言も言ってないわよ?」
「それは……そうですよね……」
「あ〜違う、違う!教えてあげないんじゃなくて、教えてあげられないの」
「……?」
「そりゃそうよ。どう生きるべきかなんて自分にしかわかるわけないし、それが正解かもわからない」
「団長にもわからないことがあるんですね……」
「神でも何でもないただの人間ですもの。まあ女神ではあるかもしれないけど」
「でも、団長は僕を助けてくれました」
「それはあくまで生きようとするあなたに手を貸しただけ。導いたのではなく、支えてあげたのよ」
「僕は騎士団の人間でもなければ……嫌われ者の……奴隷商人の子供で……団長は知っていたんじゃないですか?」
「……ま、正直に言うと知ってたわ。それについてはアタシにも色々思うところがあったのよ」
その時の団長の顔は、これまで見たこともないような深刻な、思いつめたような表情だった。
「アタシのことはいいの。今、あなたにはもっと考えなきゃいけないことがあるでしょ?」
「……はい」
「前にも言ったけど、復讐の善悪はアタシにはわからないわ。悩んでもいい。立ち止まっても、いつかまた歩き出すための糧にすればいいの」
「それがやっぱり間違った道だったら?」
「また立ち止まって悩めばいいじゃない。そしてまた歩き出すの。迷っても、後戻りすることになっても構わない。それが人生ってものよ」
「いつか見つけられるでしょうか……?正しい道を」
「それは坊や次第ね。進むべき道が見えるまで探し続けて、その先に納得できる道があればそれでハッピーよ!」
「……はい!」
「エリオット。あなた、騎士団に入りなさい」
「ぼ、僕がですか!?」
「立ち位置が変われば見えるものも変わるわ。答えはゆっくり探せばいい。まだ若いんだから」
面倒な身の上だけでなく、問題事まで抱えているエリオットに対し、団長は何故こんなにも親身になってくれるのだろう。
やはり先ほど言葉を濁したことに理由があるのだろうか。
「僕、やってみます……!」
「うん。それでいいのよ!」
「はい!」
アルモニア騎士団に身を寄せること一年。
エリオットは、団長の下で改めて騎士団員として働くこととなった。
団長への恩に報いるため。
何より、自分の進むべき道と、正義とは何かを探すため。
とはいえ、すぐに戦場へというわけにもいかなかった。
まずは団長を始めとする騎士団の猛者たちを相手に槍の腕を磨く日々。
エリオットはここで団長さえも予期していなかった才能を発揮。
無我夢中で自分を鍛え、力をメキメキと付けていき、その実力は団長含め、騎士団内の注目の的となる。
そして、僅か二年で実戦への参加を果たすこととなった。
「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」
ぶつかり合う大勢の魂。
初めて戦場の土を踏んだ。
理解していたつもりが、命のやり取りの現場を直に目にし、足がすくむ。
「はぁ!?なんでガキがこんなとこにいやがんだ!?」
「ぼ、僕は……」
自分を見つけた敵兵と対峙したが、男を前にして震えが止まらない。
鍛錬ではもっと強い団長や、歴戦の兵ともやり合ってきた。
そのはずなのに、その敵がとてつもなく大きく見える。
「戦士ごっこならお家でパパとやってるんだな!ここは戦場なんだぜ!!」
「うわぁ!?」
襲い掛かる刃が頭上を掠める。
勢い余って尻もちをついたエリオットの視界に、幾人もの敵を薙ぎ払う団長の姿が見えた。
「そうだ……僕は……」
「けっ……ガキを斬っても寝覚めが悪いだけだぜ……さっさと帰んな!」
「ま、待て!!」
「……あ?」
「僕を……僕を子ども扱いするな!僕だって騎士だ!」
「……度胸は良いが、あの世で後悔することになるぜ?」
「う……うわぁあああああああああ!」
「馬鹿が!!」
緊張でうまく体が動かない。
それでも必死に刃を切り結ぶ。
「ぬ!?こ、の、ガキ……!」
「……!?」
それは間もなく訪れた。
一太刀、また一太刀と槍を振るう度、何かが徐々に払い落とされていく感覚。
防戦一方だったはずの立ち合いが少しずつ自分へと傾いていくのがわかる。
「ふっ!」
剣を盾で受けた直後、横に払うと男がバランスを崩した。
「しまっ――」
「はぁああああ!!」
返す手で突き出した槍。
切先が男の体を貫く感触。
命を奪う実感。
「か……はっ……!」
間も無く動かなくなった兵士。
見下ろすエリオットは想う。
きっとこの男にも探すものや、守るものがあったのだろう。
戦場とは、それを奪い合う場なのだ。
「すまない……僕にも成すべきことがあるんだ……!」
エリオットが齢十を迎えた年のことだった。
その後も幾重もの戦場を潜り抜けたエリオット。
飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していった彼は、入団数年にして二番隊隊長に就任。
見事、騎士団を支える柱の一本となる。
十二歳という歴代最年少での隊長就任に騎士団は大きく沸いた。
未だ答えは見つけられず。
だが、あの時の団長の言葉を信じ、彼は邁進し続ける。
「遠征ですか?」
「えぇ。ラキラから救援要請がきたの。恐らく帝国軍との戦闘になるわね……」
エリオット率いる二番隊に、ラキラへの遠征命令。
近頃、帝国が各地の街を占拠しているという話は耳にしていた。
今回はその手がラキラに伸びる。
早速、現地へと赴いた二番隊。
到着したラキラは、それは美しい街だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、その幻想的な光景は観光所としても有名だ。
「お待ちしておりました。エリオット隊長」
「状況は把握しているか?」
「はっ!」
先遣隊と速やかに合流し、現状把握に努めるエリオット。
既に街の北外縁部には帝国軍が展開し、今か今かと戦の準備を整えている模様。
その数は目算で数十程といったところだろうか。
エリオットの部隊だけでも十分に対抗できそうに思える。
しかも、今回の戦には、ラキラの呼び掛けに応え、各地から傭兵や警備隊が参戦。
隊が到着した後も、続々と集まってきている。
「勝てるな……!」
確信に近いものを感じつつも、エリオットは念のために部隊を四つに分け、街を哨戒するよう指示した。
「見慣れない装いの者も多いな」
「ええ。かなり遠方からも援軍が駆けつけているようですね」
男達が数人から十数人、あちこちで円を囲い、何やら作戦の打ち合わせをしているようだ。
流石というべきか、その表情に油断の色は微塵も無い。
その光景に少し安心感を覚えていると、次の瞬間、目に映ったある男の姿に緊張が走る。
「あれは……!!」
忘れるはずもない。
あれから数年の時が経ったが、ますます歴戦の猛者を思わせる雰囲気を放っている。
一人で噴水に腰かけ、剣の手入れをしているその男に近づくと、エリオットはおもむろに声をかけた。
「グラフィードさんですね?少しお時間を頂けませんか?」
グラフィードはエリオットを一瞥すると、何かを察したように口を開いた。
「仇が打ちてぇのは分かるが、俺に勝てるようになったのか?」
「あの時の僕とは違います。あなたを倒す為に、僕は強くなりました」
ずっと迷っていたはずなのに。
グラフィードを前にすると、自然と心が決まった。
自分が選んだ道。
やはり、自分はこの男を討たねばならない。
迷いの消えたエリオットの瞳は、真っ直ぐ彼を見据えて微動だにしない。
「…………」
――ドォオオオン!
グラフィードが何かを口にしようとした直後、響き渡る爆発音が開戦の狼煙を上げた。
「悪ぃな。急用が入っちまった。俺は帝国のヤツらに好きにさせたくねぇ。お前はここで待っててもいいし、俺を後ろから襲ってもいい。お前の好きにしろ」
そう一言だけ言い残し、煙の上がった方へと姿を消す。
本当なら今すぐ斬りつけに行ってやりたいところだったが、今の自分には使命もあれば、部下達もいる。
あの男なら簡単に死ぬことも無いだろう。
「二番隊!整列!!」
隊をまとめながら、改めて戦場を測るように観察。
敵対する帝国兵は百人足らず。
対して、ざっと見積もっても延べ数百人にも上る友軍。
しかし妙だ。
経験から言って、これほどの戦力差があれば数十分で決着は付くはず。
そもそも帝国が勝ち目の無い戦を仕掛けるのもおかしい。
均衡するどころか、押され始めている前線が違和感を裏付ける。
「第一分隊は前衛左翼。第二分隊は右翼。第三分隊は負傷者の救助と他方からの急襲を警戒!!」
「「はっ!!」」
「進めぇ!!我らアルモニア騎士団に勝利あらんことを!!」
「「おぉおおおおおおおおおおお!!」」
前線へと近づくにつれ、悲鳴や怒声が大きくなっていく。
その中に混じる異質な声。
「グォオオオオオオオオオオオオ!!」
「やはり魔物か……!!」
最前線で暴れていたのは帝国兵ではなく、見たこともない魔物の群れだった。
帝国兵に操られているであろう魔物は、数人がかりで群がる味方兵士を簡単に蹴散らしていく。
「この野郎ぉおおお!」
「ぎゃぁあああああああ!」
「はぁ!!」
前線が押されるのも頷ける。
十数人がかりでやっと一体倒したところで、次々と湧いてくる。
数では圧倒的に勝っているはずだが、戦況は目に見えて帝国側へ傾く。
「陣形を崩すな!連携を重視し、互いを守り合え!」
数多の戦場を踏破してきたであろう傭兵達や、腕自慢の集まる自警団は戦線をなんとか維持。
街に被害が出ないように踏ん張り続けている。
だが、どうしようもなく生じる綻びから連携は崩れ、エリオットの部隊も徐々に機能を失い、部下達は散り散りになりつつある。
「くそっ!後退しつつ隊を整えろ!!」
隊へ指示を出すため、背後に視線を向けたその時だった――
「グォオオオオオ!!」
「しまっ――」
魔物が振り下ろす巨爪。
反応の遅れたエリオットに死の影が迫る。
「おらぉあああああああ!」
「あなたは!?」
土煙の中から現れたグラフィードが、魔物の爪を腕ごと斬り落とした。
「ったく……ぼさっとしてんじゃねえぞ。小僧」
「な!?子供扱いはやめてください!!」
傷付きながらも立ち上がろうとしている魔物に、とどめの槍を突き立てながらエリオットが吼える。
「心遣いは無用です!!」
「そりゃ悪かった……目に入ったもんでな!」
後に続く魔物達を次々と斬り伏せていくグラフィード。
やはり強い。
改めて自分との力の差を実感させられる。
経験を積み、鍛錬を続けてきたが故に、その技術の高さがよりわかるようになった。
「ここはもうダメだな……下がるぞ」
「あなたの指図は受けません!」
「強情なガキだぜ、まったく……好きにしな」
「だから、子供扱いはやめてくださいと言っています!」
とは言うものの、もはや前線は壊滅。
再び陣を整えているであろう後衛に下がるのが正解だ。
「くそっ!」
構えは解かず、警戒しながら後ろに下がる二人。
そんな二人の頭上にチカチカと光が見えた。
「っち……!!」
「魔術!?」
――ドン!ドドドドン!ドドン!!
雨のように降り注ぐ魔弾。
魔物達の後衛に控えていた帝国兵から放たれたものだ。
「くぅ……!」
盾を傘にし、必死に耐えるエリオット。
爆風により土煙が巻きあげられる中、グラフィードも大剣を盾にし、何とか凌いでいるのが伺える。
が、そんな彼の背後を狙い、魔物が再び牙を向ける。
「グラフィードさん!!」
手にした槍を思い切り投げつけ、魔物の胴体を貫く。
「馬鹿野郎!!」
何かに気付いたグラフィードはエリオットに飛び掛かり、体当たりでエリオットの体を突き飛ばす。
「ぐ!?な、何を――え!?」
「グゥアウウウ!」
同じくエリオットの隙を狙っていた魔物。
その牙がグラフィードに深々と突き刺さっている。
「ぐ……あっ……!」
「くそぉ!!」
すぐさま槍を拾い、魔物を斬り捨てるエリオット。
「大丈夫ですか!?」
「ドジっ……たぜ……!」
噛みつかれる瞬間、剣を盾にすることで致命傷だけはギリギリ免れていた。
とはいえ、それでも十分すぎる重傷。
「今はこの場を離れないと……!」
幸い、魔術攻撃により発生した土煙が目隠しになっている。
そのままグラフィードを背負い上げたエリオットは、近くの廃墟へと身を隠した。
「他人を助けておきながら、自分が大けがを負っていれば世話無いですよ!」
「お前も俺を助けてんじゃねぇか……」
「貸し借りなんて冗談じゃない……絶対に助けるから死ぬんじゃないぞ!」
敵に察知されていないかを確認した後、すぐにグラフィードの応急手当に取り掛かるエリオット。
「俺に死んでほしいんだろ……?」
「違います!あなたは僕が殺すんだ!あなたにはそれまでは生きる責任がある!」
「へっ……そうかい……」
複雑な心境で治療を進めるエリオット。
間もなく手当てが完了する頃、辺りから勝鬨が上がり始めた。
直前の戦況を考えれば、恐らく帝国兵達のものだろう。
「大局は決したな……いつまでもここにいるのはマズい……」
「そ、その傷で立ち上がれるんですか!?」
簡単に立ち上がったグラフィードに素直に驚く。
平然、とまではいかないまでも、とても重傷を負っているようには見えない。
「鍛え方がちげぇんだよ……一番近い門まで走るぞ」
「だから、僕に指図しないでくださいよ!」
一時的にではあるが、協力し合い、街からの脱出を試みることとなった二人。
見つからぬようにコソコソと行くより、ここは短時間で一気に駆け抜ける方が正しいということで意見は一致した。
「よし……行くぜ!!」
「だから――あ〜、もうっ!!」
廃墟を飛び出した二人から門までの距離おおよそ二百メートル。
通常なら三十秒もあれば十分な距離だが、グラフィードは負傷しているうえ、残党狩りや、門を見張る帝国兵と遭遇する可能性は高い。
「ん?おい!残党がいたぞ!!」
案の定、門の前に待機していた帝国兵に発見される。
「突っ切ります!!」
グラフィードの正面に躍り出るエリオット。
二人の体を隠すように盾を構え、真っ直ぐ突き進む。
門まで残り百メートル。
「えぇい……構わん!撃て、撃て!!」
次々に放たれる矢。
身構えた盾で全てを弾きながら、駆ける足を前へ出し続ける。
「ぬぅ……奴らを止めろ!!」
その声に応え、門前に立ちふさがる一頭の巨大な魔物。
「そのまま行けぇえええ!!」
「指図するなと言っているでしょう!!」
真っ直ぐに駆けてくる二人に目がけて振り下ろされる魔物の尾。
「ぐぅううう!!」
盾でその一撃を受けとめ、小さな体で足を踏ん張るエリオット。
「よくやった小僧!うぉらああああ!!」
攻撃直後の隙を逃さないグラフィードが魔物の胴体を真っ二つに両断。
残る障害は門前に控える帝国兵数人のみ。
しかし、グラフィードの前で盾を構えていたエリオットの身体が崩れる。
「ぐぅ……しまった……!」
魔物の攻撃を防いだ際に、無防備となったエリオットの足を、一本の矢が深々と貫いていた。
「この野郎ぉおおおお!」
「ぐはぁ!!」
「うぎゃぁああ!」
次の矢を番える前に帝国兵を斬って捨てるグラフィード。
「小僧!走れるか!?」
うずくまるエリオットに視線を向けると、その背後に、事態を察知した帝国兵達が駆け寄ってきているのが見える。
「く……あなただけでも逃げてください!」
「あぁ!?馬鹿言ってんじゃねぇぞ!!」
グラフィードはエリオットの元に駆け寄り、乱暴に担ぎ上げた。
「無理です!このままでは二人とも……!」
「黙ってろ!!」
よしんばこのまま門を抜けられたとしても、この足ではすぐに帝国兵に追いつかれ捕縛される。
「もう僕を助ける理由はないでしょう!?」
「お前にもやることが残ってんだろうが!そんなもんかよ!?お前の覚悟は!?」
「それは……」
なんとか門を抜けることには成功した二人。
しかし、そのすぐ後方には敵の手が迫っている。
「くそがぁ……!」
もうダメかと諦めかけた二人だが――
「隊長!ご無事ですか!?」
前方から馬を駆り近づいてくる一団。
アルモニア騎士団の生き残りだった。
「お前たち……!」
しかも、その後ろには撤退戦の準備を整える友軍が陣を築いている。
その光景を目の当たりにして、帝国兵達の足は止まり、すごすごと門の中へと引き下がっていった。
「命、拾っちまったな……」
「そのようですね……」
救護班が控える荷馬車までエリオットを運んだグラフィード。
簡単な治療を受け、彼はその足で街を後にしようとエリオットに声をかけた。
「じゃあな。またどこかで会うこともあるだろう……」
「待ってください!」
「あん?」
荷馬車に横になったまま、グラフィードを引き留めたエリオットは、大きく深呼吸した後、静かに切り出す。
「一つ聞いておきたい。あなたにとって『正義』とは何ですか?」
「いきなり何だ?」
「ふざけてはいません。答えてください……」
真剣な眼差しを受け、グラフィードも同様に大きく息をつき、語り出す。
「俺にとっての正義とは『信念』を持って自分が選択した道だ」
「ず、随分と勝手な考えですね……単純すぎて羨ましくは思いますが……」
「まぁな。正義を貫くって言葉をよく聞くだろ?そういう連中は俺と似た考えの連中さ。自分の意思を貫き通してるだけだ」
「僕はあなたに刃を向けたあの日からずっと、自分がなすべき道、正義について考えてきました」
「ほぅ……で、答えは出たのかよ?」
「えぇ。今日、出たところです」
「聞かせてみな……」
「正しい行いを成した結果の先にある理想こそが『正義』だと考えます」
「おぉ……随分と難しい答えが返ってきたな……」
「あなたの考え方は危険です。結局はただのエゴだ」
「ハハッ!違いねぇ……でもよぉ、人それぞれ違う捉え方をするのは当然だと思うぜ?」
「いいえ。この世界には『正義』を確固たるものとして定義できる者がいないからこそ、個人での認識に差が生まれているだけに過ぎません」
「お前の言う正義と、俺の言う正義は同じもので、ちょっと行き違いがあるだけだってことか?」
「そうです」
「なら、俺がお前の両親を殺したことと、お前が俺に復讐しようとすることは元々どっちも同じ正義ってことかよ?」
「それは違います。そこに正義は存在しません。あるのは善悪だけです」
「……人の勝手さをどうこう言えたもんじゃねぇな」
「正義とは崇高なものであり、比べたり、並べて考えるものではありません」
「善と善を比べて、勝った方を単に正義としているのかもしれないぜ?悪と悪を並べて、より被害の小さい側を正義と呼んでるのかもしれない」
「そんな単純なものではありません。そもそも今の世に正義を謳うことを許された者などいない。まだ今の世には正義なんて存在しないんですよ」
「あるのは善悪だけか……ただの言葉遊びだろ?俺は自分が善だと思ったことを正義と呼んでるだけだぜ?」
「自身のエゴを正義だなどと……正義とは理想です。誰の元にも存在し得ない善の集合体。それを追い求め、善を積み重ねていくのが正しい人の在り方だ!」
「そうか。なら、そんな理想はありえない」
「善と悪は存在するでしょう?野盗に襲われる民の命を救うことは善。私欲のために圧政を敷く独裁者は悪だ!」
「野盗になった連中には、明日生き残るための手段がそれしかなかったのかもしれない。一人の犠牲で何十人という人間が明日を生き残った例を俺はいくつも知っている」
「……何の話ですか?」
「独裁者は国の財政難を解決するため、国という存在を守るために仕方なくやった事かもしれない。国が滅びれば何人の命が消えると思う?」
「そんな、もしかしたらの話をしているのではない!」
「いいや。大事な事だ。民の命よりも国を護りたかった独裁者も、他人を犠牲にしてでも仲間と明日を生きたい野盗も、各々が信念を貫いた結果だ。俺に言わせりゃそれは正義の元に成した事!」
「詭弁です!罪のない者の犠牲の上に成り立つ正義などあってはならない!正しくない!!」
「おまえの眼前に火に包まれる村と街があったとしよう。村には五十人、町には五千人の人間がいる。もし、どちらかの頭上に雨を降らせる力がお前にあったならどちらを救う?当然、両方を取ることは不可能だ」
「そ、それは……」
「考えたままを言えよ。街の五千人を救うだろう?たくさん人を救うことは良い事だ」
「しかし……」
「そう。おまえは村の五十人を見捨てたことになる」
「どちらかしか救えないなら、より多くの命を救うしかない!」
「おいおい、都合がいいな。見捨てられた村の人間達はお前のことをどう思う?見殺しにされたと思うんじゃないのか?」
「見殺しにしたいわけじゃない!」
「人を救いたいという思いがあれば、例え犠牲を出してもそれは善なのか?いいや、そこで言い訳をしてしまったならお前の行動は正義でもなければ、善ですらない」
「勝手すぎる……!!」
「そうさ。いい加減で、自分勝手だ。一部に恨まれようとも構わない。言っただろう?『信念』を持って進んだ道こそ正義を名乗ることが許されるんだよ」
「僕が動かなければどちらも救えなかった!片方を見捨てたのではなく、片方を救うことができたんだ!そして、両方救うことができたならそれは最善だ。同じ思いが多く集まれば、両方を救うことのできる大きな力となり、いつかそれは正義となる!」
「都合のいい時だけ『正義』を隠して、その場の恨みの念から目をそらすのか?お前の言う正義とやらは、まだこの世に存在しないから今は諦めてくれ、と」
「亡くなった人達がいることは残念に思うし、自分の非力さを悔やみもします。しかし、追い求めなければ実現できぬ理想もある。仕方ないと諦めるのではなく、できる限りの最善を尽くし続けることは必ず正義に繋がるはずだ。そうでなくては、ただ永遠に取捨選択を続けていくことになる」
「わかってるじゃねぇか。人生は終わりなき選択の連続さ。正義を執行した人間は、自分が片方を捨てた悪であることもまた理解しなければいけないのさ。言い訳せずに受け止めろ」
「ならば言い訳なんて必要無いくらい力を付けますよ!いつか、まだ届かぬ理想を掴むために!」
「『信念』を持ってやり遂げるならそれも良いな。だが、高すぎる理想は挫折しか生まねぇんだ。お前の言う正義にはいつまでも手が届かず、ただの妄想止まりで終わっちまうかもしれないぜ?」
「無理だと決めつけ、追い求める努力をしない人間にはなりたくない!あなたのように!現状に甘んじ、出来ないから仕方ないと片づけてしまう人間には……!」
「その理想に賛同してくれる人間がどれだけいるもんかねぇ……」
「ならば我々は何の元に集い、志を共にしている?今、この戦場に集まった者達にも共通の理想があるはずです!」
「集団における正義か……そりゃ結局、複数の個人の正義をかき集めて、大局を占めた方が正義だと謳ってるだけのまやかしさ。多数決と同じだよ」
「……エゴの塊にすぎないと?」
「別にこの世に絶対的な正義なんて無くてもいいじゃねぇか。俺は小難しいことをずっと考えていられるほど頭は良くないんだ。自分の行いさえ、今日は正義と称えられても、明日は悪と蔑まれるかもしれない。だが、それでいい!」
「……理解できない考え方です」
「それもいいさ。俺は復讐を悪だとは思わない。例え不意打ちだろうが、お前が向かってくるなら相手になるぜ。俺は、ただ俺の『正義』を通す。どうする?今すぐ向かってくるか?」
「今、この場であなたに挑んでも返り討ちになるだけでしょう……僕は僕の『信念』を貫きます。高すぎる理想だったとしても、僕は諦められない!必ず成し遂げます!それまでは、みすみす命を投げ捨てたりはしない!」
「そうかい……次に会った時は、また面白い話ができるかもな」
「必ず会いに行きます。それまで死ぬなんてこと、僕は絶対に許しませんよ?」
「ハハッ!やっぱりお前も十分自分勝手だと思うぜ」
もしかすると間違った道なのかもしれない。
それでも進んでみようと思う。
人は立ち止まっても、道に迷っても、また再び歩きだすことができるのだから――
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