獣境の村『ヴィレス』
獣王ガレオスが統治し、多くのガルム族が暮らすこの村で、治安維持部隊の一員として任務に励むこの青年の名はシエロ。
「連れていけ……」
「ま、待ってくれぃ!悪かった!謝るからよぉ!」
今回も村の住人から騒ぎの知らせを聞いて駆け付けたが、その実態は、昼間から泥酔した男が露店通りで暴れていただけのもの。
しかし、そんな酔っ払い相手にも微塵も容赦はしない。
兵士に引き渡される男は、半ベソを掻きながらシエロに許しを請う。
その昂然とした態度に、周囲の目は冷ややかだ。
「さすがにやりすぎなんじゃねぇか……?」
そんな言葉達はシエロの耳には届かない。
彼が背負う覚悟と重圧は、軽々しい言葉で語られてはならないのである。
ヴィレスに所縁を持つ貴族の名家に生まれたシエロ。
彼ら一族は、ガルム族と他種族との政治的な橋渡しを担う事で、一種族だけでは成し得ない経済力、安定した治安、多種族融合型 の高い文化力をもたらし、この村を発展させた立役者だ。
そんな先祖を持つシエロは、その偉業に恥じない言動を常に求められた。
家の者、他の貴族、村人からも。
年若い彼にとって、如何に過酷で、残酷なものだったか、想像できるだろうか。
史上最年少で部隊に入隊し、期待に応えるべく、必死に結果を出し続けた。
隊員や他の貴族達も、尊敬と称賛の声を惜しむ事はなかったが、それも今では……
「またかよ…しょうもない騒ぎで手間ばかり増やしてくれるぜ!」
「まだ多感なお年頃。善悪の境界線も曖昧なのでしょうなぁ……」
がむしゃらに努力するシエロは、どんな小さな悪にも、全て等しく断罪の裁きを下した。
そんな彼をちやほやしていた者達は、いつの間にか手のひらを返し、疎ましくさえ思うようになっていく。
結果さえ出し続ければ、先代達の偉業にも並び、いつかは超えることもできる。
そのために必要なのは、唯一信じられる己の力のみ。
ますます結果を優先するようになったシエロの徹底ぶりに、もはや誰もその後ろをついて歩くことはせず、シエロは孤立した。
ただ一人を除いては――
「きゃぁあああああ!!」
一段落ついたかと思った矢先の悲鳴。
しかし、村人の表情はむしろ冷めきっており、呆れた様子さえ感じられる。
その表情はシエロも同じのようだ。
「やはり貴様か……エルネ!」
念のために、とその場へ駆けつけるシエロ。
が、場の状況を一目見て、疲れに似た何かがどっと押し寄せる。
予想通り、そこには一糸纏わぬ姿となっている村娘と、娘に襲い掛からんとしている猫のガルムの姿。
「ニャ?」
エルネと呼ばれたガルムは、シエロの声に振り向く。
村娘は、自分の恰好を恥じらいつつも、必死に視線で助けを求めている。
「いい加減にしろ!貴様のせいで俺がどれだけ迷惑していると思っている!」
「また邪魔しに来たのかニャ……仕方ニャいニャ!」
にじり寄るシエロに対し、建物の上へと跳び上がり、逃走を図るエルネ。
「逃がすか!」
シエロもすかさず翼を広げ、エルネを追跡。
「ニャ!?女の子をまっぱのままにしておくなんて紳士の風上にも置けニャいやつニャ!」
「実行犯が言えたことか!貴様を逃がせば、新たな被害者が出るだろう!」
「アヒルに猫が捕えられると思うニャよ!」
「……また俺をアヒルと……このバカ猫がぁ!」
文字通り、治安維持を目的とした部隊に所属するシエロが、エルネの犯行を防ごうと動くのは当然だが、問題は、エルネもまた同じ部隊に在籍しているという事実にある。
しかも、基本的にツーマンセルで行動することを旨とするこの部隊において、エルネのバディはシエロなのであった。
「見失ったか……また、監督責任を問われることに……!」
何故、自分があんな奴と組まなければならないのか。
全て一人で片付ける覚悟と自信を持つ自分が、よりにもよってエルネと組まされている事をどうしても受け入れることができない。
既に貴族として一定の地位を持つシエロ。
先代達に負けぬ評価を得るために足りないものは実績。
その為、彼が自身に課した目標は「ヴィレスでの力の統制」だった。
まずは師団長、やがては総督の座へと就き、王と共にさらなる国の発展に従事する。
足を引っ張るエルネの存在は足枷以外の何でもない。
結局、今日もエルネを捕らえることができないまま、急に王の呼び出しを受け、王宮へとしぶしぶ足を向けたのであった。
――王宮にて
「急に呼びつけてすまぬな。シエロよ」
「はっ!とんでも御座いません」
獣王ガレオスと、その前に跪くシエロ。
シエロの家がもともと懇意にしていた貴族であることもあり、ガレオスはシエロに対し、親心に似た感情を抱いていた。
こうして時々、直接シエロを呼出しては、言葉を交わす機会を設けている。
「また、エルネに逃げおおせられたそうだな……」
「私の監督不行き届きに御座います……面目次第もございません」
誰とツーマンセルを組んでもうまくいかなかったシエロが、最後に強制的に組まされたのがエルネだった。
噂では、周囲の反対を押し切ってまでそれを行ったのは、他でもないガレオスだという。
一体、どのような意図がそこに……
「ふふ……いずれはなんとかせねばならぬが……今日呼んだのは別件だ」
当然だろう。
エルネの行動は確かに問題だが、負傷者などが出るような緊急事態とは言い難く、そのことだけを話すのであれば、急な呼び出しなどしない。
「如何様な任務でも果たして御覧に入れます」
「うむ。最近、近郊の森にて賊による強盗事件が多発しておる。これの解決を頼みたい」
「強盗?」
「奴らめ、味を占めたのか、特に最近は貴族ばかり狙った犯行を繰り返しておってな。それも女性ばかり」
「それは我等の威信にも関わる事態。直ちに部隊を編成し、討伐にいきます!」
「それがな……どうやら内部に不穏分子が紛れているようだ。何度か賊の情報を調査させたのだが、決まって直前に雲隠れされ、まったく尻尾が掴めぬ」
「情報を流している輩がいる、と……?」
「認めたくはないが、その通りだ。部隊で動くとなると、情報も漏れやすい」
「そこで、我々に白羽の矢が立った……というわけですね」
「危険も大きいが……引き受けてくれるか?」
先人達が築き上げてきた威光に泥を塗る不埒者。
彼の性格を考えれば、こういった類の連中が最も許せないということは明白だろう。
「承りました。王より賜りし厚い信頼。必ずや、応えて御覧に入れます」
了承しながら、作戦を頭の中でシミュレートし、最も公算の高い選択肢を選ぶシエロ。
「無暗に探りを入れて、不穏分子に勘付かれては元も子もありません。ここは直接、賊の拠点を突き止める方向で動きます」
「うむ。油断せぬようにな」
――翌日
事件について被害者から聴取を行った結果、必要な情報を揃えることはできた。
襲われたのは、決まって女性。
恐らく馬車の中を確認して、襲いやすい人物を選んで犯行に及んでいるのだろう。
さらに、犯人は単独犯ではなく、集団であること。
それも、ならず者ではなく、組織的に行動している節があるという。
これらの情報を吟味した上で、対応策を練り、淡々と準備を整える。
そして、その日のうちに事件現場である森に向けて馬車を駆り出発した。
彼が座る御者台の隣に、バディであるはずのエルネの姿はない。
任務ともなると、バディであるエルネを同伴させるべきでは。
否、結局のところ、シエロは他人を頼るという考えは持ち合わせていないのだ。
唯一信じられるものは、ただ己の力のみ。
これまでも、そしてこれからもそうするだけだ――
――数時間後
現場に到着したシエロは、早速、賊をおびき寄せるための罠の支度へと入った。
自らが囮となり、賊を誘い出し、連中を締め上げてアジトの位置を突き止める。
この作戦のキーは、自分をどこまで囮として機能させられるかという点に尽きる。
「ちっ……我ながら、とてもじゃないが、誰かに見られるわけにはいかないな……」
木陰に身を隠しつつ、シエロは記憶の奥を探る。
貴族達が集うパーティー会場。
そこに連なるご令嬢たちの姿。
プレゼント用だと偽って購入した服に袖を通し、母の化粧台から拝借した道具で自分なりにその姿を再現していく……
「こんなところか……」
木陰から出て、傍に広がる湖の水面に映る自分の姿を、やや恐る恐る確認する。
ぼやけた記憶と、初めての経験。
それらから作られたと思えば、その出来栄えは十分に満足のいくものだった。
囮を演じるため、女装することで貴族の令嬢を再現したシエロ。
これ以上ない作戦だと確信しつつ、馬車へと乗り込む。
そして、湖のほとりを回るように馬を歩かせた。
………………
陽は昇り、また沈んでいく頃、湖を中心に三十周はしただろう。
当初、満ち溢れていた自信はもはや見る影もなく、歩き続けて疲れた馬の足取りは、そんなシエロの心境を表しているようだった。
「何故だ……」
情報が漏れていたのか?
女が一人で馬車を駆る姿が不信感を?
力無く握られた手綱を軽く引き、馬の足を止めた彼は、呆然とうなだれる。
――失敗?俺の力では無理なのか……?
「そんなはずはないっ!」
ふと頭をよぎる考えを甘えと断じ、振り払うように地に拳を叩きつける。
「おまえ……鳥か?マジで鳥ニャのか!?キモッ!おえっ!!」
「な!?何故貴様がここにいる!?」
聞くだけでドロッとした感情が湧いてくる声。
誰よりも今の自分の姿を見られたくなかった人物。
その張本人であるエルネが突如現れる。
あまりの思わぬ展開に、常にクールに振る舞うシエロの冷静さはあっけなく砕け散った。
「いや、村で女の子を何人まっぱにしても鳥が現れないから………ちょっと気になっただけニャ」
「……ほう?女を剥くことにしか興味を示さんバカかと思いきや、他人の心配をするくらいの配慮はできるんだな」
「ニャハハハ!鳥が邪魔に来ないもんニャから、女の子達をまっぱにしすぎて、みんな家に閉じこもっちゃったニャ。おかげでヒマになったニャ……」
「少しでも貴様を褒めてしまった自分を許せそうにない……!!」
「んで?キモイ恰好して、ニャんの遊びニャ?正直、声をかけるかどうかけっこう迷ったニャ」
「任務だ、たわけが!この辺りで貴族女性を狙った強盗が相次いでいる。俺が囮になって犯人をおびき出し、一網打尽にする作戦だ!わかったら帰れ!」
とにかく理由を説明して、エルネを追い払おうとしっしっと手を払う。
「……は?」
その言葉を聞いた途端、エルネが発する気配が瞬く間に変質。
「オマエ、女子をニャめてんのか……?」
「なに?」
「それで貴族のお嬢様のつもりかって聞いてるんニャ……」
「な、なんだ!?」
「ニャんだそれ!?そんニャ胸元パッカー、背中パッカーの恰好、オマエの周りの女子達は発情期のメスしかいニャいのか!?」
何故エルネが怒り狂うのか、どんな理由で自分が叱られているのかを理解できない。
「胸も詰め物してるだけニャ!?変装する気があるニャらちょっとは気を遣うニャ!どうせパンツも男もののままニャ!?ニャめてるニャ!ニャめきってるニャ!!」
「囮捜査だぞ!?見えもしないところにまで気を回す必要など―」
「うるさいニャ!貴族なら、職人技の光る繊細なレースで見事に飾り付けられた純白シルクの高級パンティくらい用意してみせるニャよ!!」
「論点がずれてきている!だいたい貴様の趣味など――」
「見られる予定がニャくても、万が一!そんニャ事態に備えて毎日パンツにも気を遣うのがマジもんの女子ニャ!!」
「恥知らずなバカ猫が!下着などお構いなしに裸に剥きまくる貴様が――」
「恥ずかしいのはオマエの恰好ニャ!アホ鳥!宝箱が貧相じゃ開けるときのワクワクが減るアレと一緒ニャ!!」
「バ、バカ猫の分際で……変にわかりやすい例えを――」
「メイクもニャ!なんだそれ!?顔面にヘドロぶちまけられたアヒルみたいにニャってるニャ!!」
「なに?記憶では皆このような――」
「正気ニャ!?お嬢様達が聞いたらオマエぶっ殺されるニャ!そもそもパーティー仕様でこんニャ森の中うろつくニャ!!」
「いや……あまり、女性というものを注意深く見た経験が――」
「それでも男ニャ!?オマエん家のメイドさんを観察すれば良かったニャ!!パニエやドロワーズまでしっかり装備したマジもんの素敵メイドさんニャんだぞ!!」
「待て!うちのメイドにまで手を出したのか!?」
「あと!オマエくっさいニャ!どんだけ香水使ったニャ!?匂いだけで強盗追っ払えそうニャ!」
「そ、そうなのか……!?」
「香水は纏うものニャ!水浴びしたいニャら、今すぐそこの湖に飛び込むといいニャ!」
「……す、すまん」
「わかったら女子力磨いて出直して来い!クソ鳥ぃ!!」
自分の立てた作戦が失敗したからか。
それともエルネに予想外の叱責を食らったからか。
いつにも無く落ち込むシエロ。
「いや、その恰好でシュンとされてもキモイだけニャんだが……鳥らしくニャいんじゃニャいか?」
「……」
普段は絶対に見られないシエロの様子。
これにエルネは、やれやれ言わんばかりに提案を持ちかけた。
「はぁ……特別ニャ…今回だけニャ!エルネが手伝ってやるニャ」
手伝う。
一人で何でもこなしてきたシエロが久しく忘れていた言葉。
「な!?だ、誰が貴様の手など!」
「とりあえず、そのキモい顔を一回リセットするニャ」
「だから話を聞け!それから、さっきからキモイ、キモイ、キモイと何度も――ぶっ!!」
シエロの頭を掴み、湖に沈めるエルネ。
もがき苦しむ彼の姿を見下ろすエルネは、どこか嬉しそうな、悦に浸っている様子。
「ぶはっ……!げほっ……げほっ……!」
「ニャハハ。キレイにニャったら、次はメイクだニャ!」
「む、無茶苦茶な……!」
こうして小一時間程かけ、完成した真の女装シエロ。
メイク、服装、髪型、全てをプロデュースしたエルネ本人さえもうろたえる出来栄えだった。
「やばいニャこれ……鳥だと知らずに遭遇したら即まっぱニャ…」
「これが……俺、なのか……?」
シエロもまた、水面に映る自身の顔に、エルネと同様、驚きを隠せずにいる。
シエロにとって、今回のように誰かの協力を得て何かに取り組んだ例は初めて。
あのまま一人だったら自分はどうしていただろうか、と考える。
「このまま任務続けるのニャ?」
「無論だ。溺れさせられたりと散々だったが、今回はこの功績を認めて不問にしておいてやる」
どうも調子が狂う。
早く任務に戻っていつもの自分を取り戻さねば。
「あとは俺が一人で何とかする。貴様は村に戻れ。くれぐれも騒ぎは起こすなよ?」
「作品の力をこの眼で見たい気も……ま、ここには女の子もいニャいし、そうするニャ!」
「その立派な耳には、都合の悪い部分の話は入らんらしいな…!」
「じゃ、あとは頑張るニャ!」
「……ああ」
こうしてまた一人、任務へと復帰するシエロ。
心に引っかかる小さな異物のような何かを握り潰すように、力を込めて手綱を振るう――
――それは訪れる。
予想よりもずっと早く。
エルネと別れ、馬を歩かせること三十分と程度だろうか。
「止まれ!!」
シエロの乗る馬車の前に、急に飛び出してきた人影。
フードを被ったまま大きく手を広げたそれに、馬が驚いて暴れだす。
手綱を強く引き、馬を落ち着かせつつも、シエロは瞬時に周囲の気配を探る。
(……四……五。いや、木陰にもう一人。六人か)
馬車を囲む形で影が五つ。
少し離れた木陰に気配が一つ。
止まった馬車にゆっくりと近づく影の手には、ナイフが握られているのが見える。
「……お嬢さん。お一人でお散歩かい?」
警戒している。
通常、主人である貴族が馬車を自分で操ったりはしない。
恐らくは荷台の中、もしくはこの近くに付き人か護衛がいると考えているのか。
「妙だな……ま、すぐに済ませて戻ればいい」
貴族の令嬢であることは疑われていない模様。
エルネに仕立ててもらったこの姿が、違和感を誤魔化すほどの力を発揮している。
「馬車から降りて、金目の物を出しな。大人しくすれば手荒な真似はしねぇよ」
声で正体が悟られぬよう、口は開かず、ただ静かに頷く。
そして、シエロは手綱を離した手をそのまま足元へと伸ばした。
「ん?何をして――」
――ダンッ!
足元に忍ばせていた剣を掴んだシエロは、目にも止まらぬ速さで木陰の気配へと飛ぶ。
「なん――」
いきなり目の前に現れた剣を携えた令嬢。
とても冷たく、鋭い眼光により、凍ったように身体が硬直する。
驚きで上げかけた声は、描かれた剣線により寸断。
「やはり術士か。貴族の護衛を相手に立ち回るには、この程度の用意は当然だな」
人形のように倒れた術士の上で、その生死を目視で確認するシエロ。
一対一ならまだしも、集団戦において、遠距離から攻撃を仕掛けてくる術士や遊撃士は相性の悪い敵だと言える。
この状況下で、真っ先にそれを潰しにかかった判断は正しく、結果、これが勝敗を分かつ要因となる。
「き、気を付けろっ!ただの貴族の娘じゃねぇ!」
「安心しろ。殺しはしない。聞きたいことがあるからなっ!!」
ものの数分の出来事だった。
抵抗らしい抵抗もできないまま蹴散らされた賊たちは、無残に地に転がる。
「思いのほか楽に片付いたな……」
馬車のキャビンに隠していた縄を取り出しながら、アジトの場所をどのように聞き出すか頭を巡らせる。
だが、その結論が出るよりも早く、近づく複数の人の気配を察知した。
「ちっ……中継役を用意していたのか?思ったよりも知恵が回る連中だ!」
馬車を盾にするように身を隠したシエロは、気配の正体をそっと確認する。
「ご無事ですか、シエロ様!?どちらに!?」
シエロの名を呼ぶ男の声。
それは……ヴィレスの兵士が二人。
キョロキョロとこちらを探している様子。
「何事だ?賊なら既に御覧の有様だ」
「その、お姿は……?」
「あ……こ、これは任務のために仕方なくっ……!」
「そ、そうでしたか……あ、これは失礼しました!我々、ガレオス王よりシエロ様を救援せよとの命を受け、馳せ参じた次第であります!」
一人で発つことまで予想していたのか。
差し向けられた救援は、まだ完全に自分の力が認められていないことを意味している。
「ちっ……」
「それにしても、さすがですな!お一人でこの人数を!」
「問題ない。貴様らの出番を奪うことになってしまったか?」
「はっはっは!いえいえ、我々の出番はここからですので……お気になさらず」
「なに?」
その不審な返答に、体を兵士へと向けた瞬間だった。
ガンッという重い音と共に、後頭部を襲った強い衝撃。
瞬く間に意識が遠くなっていくのを感じる。
「き……さま……ら…………」
背後にはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるもう一人の兵士。
手にした棍棒をぽんぽんと手の平で遊ばせながら、シエロを見下ろす。
「まだ意識があるのか……しぶとい野郎だ。おい、もう一発かましとけ」
「く……そ…………」
(…………エルネ)
――ガンッ!
シエロの意識はそこで途切れた――
―― それから間も無く
「ニャ……?」
再び湖まで戻ってきたエルネ。
シエロを心配したというのも彼女の中にあるのかもしれないが、それよりもただ、なんとなく嫌な感じがした。
その場を一目見て、エルネは漂う違和感に気が付く。
暴れたであろう馬の蹄の跡。
荒れた地面と大人数の足跡。
微かに残る血の香り。
だが、そこにシエロの姿はない。
「クンクン……鳥の匂いはするニャ。でも……何で森の奥に匂いが続いてるニャ……?」
エルネは匂いを辿り、森の奥へと進む。
彼女の鼻は、人間ではとても感知できない程の匂いも敏感に察知する。
真っ直ぐにシエロの元へと急行できたのは、シエロが女装時に用いた香水の匂いが、後を追う者を導くように道を残しているおかげだった。
「追いかけやすくて助かるニャ!鳥のやつ、狙ったわけじゃニャいだろうニャ……ニャ?」
走ることおおよそ十分。
夜目の利くエルネの視界に、小さな灯りが微かに浮かぶ。
人の目では到底認識できない距離で灯りを見つけたエルネは、速やかに足音を殺し、そのまま腰を低くして、獲物に這い寄るようにしながら、ゆっくりと近づいていく。
「なんでも貴族のご令嬢を捕まえてきたって話だぜ?」
「あぁ?おれは女装した変態だって聞いたぞ?」
聞こえてくる聞き覚えのない声。
その内容から、シエロのことを指していると確信。
「鳥のやつ……しくじりやがったニャ……」
こうして事態を把握し、捕らえられたアジトを発見したエルネ。
まずは彼の正確な居場所を掴むため、行動を開始する。
いくつか見える木造の建物。
匂いである程度の位置に当たりを付けるエルネだが、やはり直接視認する必要がある。
足音は勿論、息さえも殺しながら建物へと近づいていく。
建物の入口や、通りに立てられたタイマツの火が煌々と揺れる。
もはや夜目など利かなくとも、一目でエルネの姿は発見されてしまうだろう。
「……女の子をまっぱにする時とはまた違うドキドキ感ニャ……」
建物の前までなんとか辿り着くことに成功。
窓から部屋を覗き込むと、壁に縛り付けられているシエロの姿があった。
両腕を頭の上にあげ、縄で壁に括りつけられている。
さらに、自由を奪うようにはめられた手枷。
部屋の奥には、机に頬杖をつきながらウトウトと頭を揺らす見張りらしき男――
――カコォーン
「ニャ!?」
乾いた音。
状況を観察していたエルネの肩口からずり落ちた弓。
それが意図せずタイマツを倒してしまったのだ。
音に真っ先に反応したのは、見張りの男。
驚いたように目を覚まし、部屋を飛び出してくる。
「だ、誰だてめぇ!?曲者だ!曲者がいるぞぉおおおおお!」
「しまったニャ!」
身を隠す時間もないまま、存在が露見してしまうエルネ。
しかし、そこは流石の猫のガルム。
建物の上に軽く跳び上がり、風のように駆け抜けて森の中に姿を隠す。
「森に逃げ込んだぞ!追えぇえええええ!!」
木の上へと駆け上ったエルネはそう簡単には見つからない。
暫らくは森を探し回っていた賊達だが、徐々に諦めてアジトへと戻っていく。
「あ、危なかったニャ……!」
――ガサッ
一息つく間もなく、不審な物音に身体をビクンと緊張させる。
枝の影からそっと物音がした方向を確認すると、ヴィレスの兵士が見えた。
「……エルネさん……どこですか?我々は味方です」
小声で周囲に呼びかけながら、エルネを捜し歩く男。
味方の姿に安心したエルネは、音を立てないように木を降りる。
「ヴィレスの兵士さんニャ?」
「うぉ!?び、ビックリさせないでくださいよ……!」
そのまま小声で事情を聴く。
「シエロ様が捕まったと聞き、王の命令でここへ来ました……」
「こんニャとこにいるからビックリしたニャ……」
「我々もですよ……森からアジトの様子を伺ってたのですが、そこから逃げてくるエルネさんを見た時はどうしようかと……」
「ニャハハ……ちょっと失敗したニャ……」
「まずは作戦を練りましょう…こちらへ。仲間を集めてあります」
「わかったニャ」
エルネが兵士に近づいたその時だった。
ふわっと彼女の鼻孔を刺激する香り。
他でもないシエロが使っていた香水の匂い。
「…………ところで……鳥にはもう会ったかニャ?」
「……いえ?我々はここに着いたばかりですよ?」
「ニャるほど、ニャるほど……じゃあ、何でオマエから鳥の匂いがするニャ!?」
シエロが兵士達に不意打ちを受けたあの時。
薄れゆく意識の中で、なんとか自分の痕跡を残そうとしたシエロは、懐に持っていた香水を兵士に吹きかけていた。
エルネならこのメッセージに気付くことができると、図らずもシエロが託した想い。
「ぐっ!勘のいいヤツ!おまえらぁああ!こっちだぁああああ!」
メッセージに気付かなければ、恐らくそのまま賊達の中心へと投げ出され、シエロ同様に捕らわれの身となっていたことだろう。
「見つけたか!?どこだ!?」
周囲から集まってくる多数の敵の気配。
森の中とはいえ、このまま身を隠し続けることは難しい。
結果、この状況は、エルネをシエロの元へと走らせる。
「そっちへ行った!男を助けるつもりだぞ!!」
監視役としてアジトに残っていた者達がエルネの前へ立ちはだかる。
「邪魔すんニャ!!」
背水の陣の中、孤軍奮闘のエルネ。
押し寄せる敵の波を、その俊敏さを活かし翻弄。
降りかかる無数の敵意を必中の弓で射ち落としていく。
「くそっ!挟み込め!男に近づけるなっ!」
だが、奮闘虚しく、一人で打開出来るほど容易な戦闘ではなかった。
体力と気力は徐々に削られ、手持ちの矢まで尽きかけている。
この時、賊は見張りすらも出払い、全軍を挙げてエルネを捕らえようと必死になっていた。
「よぉし!追い込んだぞ!」
「ぐぬぬ……!」
崖を背にする形で追い込まれてしまうエルネを、十数人の男達が囲む。
残った矢も、今では最後の一本を残すのみ。
「よく頑張ったな子猫ちゃん!だが、ここまでだ!」
「……ニャハハ……ニャめんなよ盗人如きが!」
それでも尚、その目に諦めの色は微塵も感じられない。
むしろ、今日一番の集中力と気合で弓を引き絞るエルネ。
「あぁん!?今さらどうにかなるとでも思ってんのか!?」
眼前で吠える男を歯牙にも掛けずに狙いを定める。
彼女の発する気合と殺気に気圧された男たちはたじろぐ。
「フッ!」
放たれた渾身の一矢――
――しかし、それが男達に突き刺さることはなかった。
「…………え?当たってねぇ……よな?」
キョトンとした表情で、自分達の身の無事を確認する。
結果、矢は男達から逸れ、明後日の方向へと飛び去った。
「ニャハハ……もうだめニャ……」
最後の矢も失い、エルネに戦う術は残っていない。
消耗しきった彼女は、ここでとうとう力尽き、あえなく男達に捕らえられてしまう。
「はっはっは!最後は残念だったな!」
「ふぃ〜……どうなるかと思ったぜ!」
――ゴトンッ
曲者を退治したことを喜ぶ男達。
だが、全員が出払ってしまった故に、アジト内の建物、その一室で、何か重たい物が床に落ちたような、そんな音が響いた事実に気付いた者はいなかった――
――何の音だ?
捕らえられた後、戦闘の気配で意識を取り戻していたシエロ。
間も無くして見張りの男が部屋を出た。
部屋に一人残された、またとない好機にあるにも関わらず、動けずにいる自分を恥じ、目をつむり、唇を噛みしめる。
そこへ聞こえた『音』に目を見開く。
目の前の床に転がるのは、自分の自由を奪っていたはずの手枷。
ハッとなり手元を見上げると、手枷を打ち抜き、深々と壁に突き刺さった矢。
見慣れた矢は、賊と戦闘を行っている人物の正体を悟らせた。
「バカ猫が……とんでもない借りを貸し付けてくれたものだな!」
見張りが戻る前に、矢じりで縄を切り拘束を解く。
そして、そのまま息を殺して部屋の入口の横に隠れた。
「やれやれ……手間かけさせやがっ――むぐぅ!?」
程無くして帰ってきた見張りが入口をくぐった瞬間、背後からシエロがその口を塞ぐ。
「動くな。そのままゆっくりと俺の目を見ろ……!」
首元に突き付けられるエルネの矢。
言われた通りにシエロの目を見た男は戦慄。
底の見えない深さと冷たさを秘めたそれ。
直感的に、逆らうことを諦めさせられた。
幸いなことに、先の戦闘を終えたことからの油断か、警戒の気配は緩い。
武器庫まで男を案内させても、難なく辿り着くことができた。
「剣は返してもらうぞ……ん?これもだ……!」
武器庫に放り込まれていた愛用の剣。
そしてさらに、剣に引っ掛けられていたのはエルネの弓。
予想はしていたが、自分を助けた後、やはり逃げることは叶わなかったのか。
複雑な思いでそれらを握り締めるシエロ。
男を縄で縛りつけ、猿ぐつわをはめさせる際に、男が纏っていたローブを拝借。
それから、弓が並べられた台から、矢を一束。
奪った大きなローブは、シエロと身体と、腰と背にかけた剣と弓矢をすっぽりと覆い隠す。
「いくか……」
命を省みずに自分を助けたエルネ。
自分の判断ミスが生んだこの状況。
今まで感じたことない想いを感じつつ、今度はエルネの救出へとシエロが動き出す。
エルネとの一件を終えた賊達は、立て続けに不測の事態に陥ることなど考えてもいない。
ましてや変装した敵が自分たちの周りをうろついているなどとは思いもしないだろう。
一番大きな建物の中を覗き込むと、首領と思わしき大男と、例の裏切者のヴィレス兵二人が盃を交わしていた。
その目の前で、壁に縛り付けられているエルネ。
敵は三人。
シエロは一度、深く深呼吸をし、意を決した表情で部屋の中へと踏み込む。
「た、大変です!捕らえた男に逃げられましたっ!」
「何だとぉお!?」
「そこの女とやり合ってる時に逃げられたようで……!」
「ニャ?」
「次から次へと面倒くせぇ!すぐに全員集めろ!!」
「それと、もう一つお耳に入れたいことが!」
「ちっ……こんなときに何――かはっ!」
男がズイッとシエロへと顔を近づけた瞬間、その顎をシエロの膝がかち上げた。
「て、てめぇ!何してやがる!?」
味方であるはずの人間が同志を攻撃する現場を目撃した男達。
すかさず腰の剣に手をかけようとするが……
「ニャハハ!」
「うぉっ!?」
エルネが伸ばした足で二人を前へと蹴り飛ばす。
そのまま前のめりになりながらシエロの間合いへと突き出された男。
シエロは、鞘に刺したままの剣を思い切り男の脳天へと振り下ろした。
「はぁ!」
解放されたエルネは、縄の跡の残る手首を少し痛そうにすりすりとさすりながら、床で気を失っている男を踏みつける。
「よくもやってくれたニャ!このっ!このっ!」
「……いろいろと言わなくてはならんこともあるが、まずは残った賊を蹴散らすぞ」
「ニャ?このままヴィレスに戻って、援軍呼んじゃった方がいいんじゃニャいか?」
「ダメだ。ヴィレスにまだ裏切者がいる可能性もある。まさかとは思うが、ガレオス王までも敵となっていることさえあり得るしな」
「ニャ!?なんでニャ!?」
「俺が襲われた時、兵士は俺の名を呼んだ。俺がそこにいると知っていたからだ。ヴィレスから後を付けたのか、または王の命令で動いたか、恐らくはこのどちらか……」
「なるほどニャ〜……まあ、時間をかけて逃げられでもしたら、また女の子に悪さするニャ。放っておくわけにもいかニャいニャ」
「貴様の弓も取り返しておいたぞ。武器庫にあった矢も付けておいてやる」
「おぉ!ありがたいニャ!」
「よし……今ヤツらは油断している。一気にケリをつけるぞ!」
「ニャ?そういや……今度は俺が一人で何とかするって言わないのニャ?」
「……は?」
エルネに指摘されて初めてその事実に気付かされた。
口に手を当て、自身の変化に驚きを隠せないシエロ。
「まぁ、ここまできたら手伝ってやるニャ!せっかく助けてもらったことだしニャ!」
「ふん……これ以上、借りは作りたくないものだが……たまにはこうしてツーマンセルを組んで臨む任務も悪くないだろう」
「ニャハハ!じゃあ、ちゃっちゃとやるニャ!」
「ああ!」
部屋を飛び出した二人。
その姿は、まるで競い合うかのように敵を探し、手当たり次第に打ち倒していく。
「な、なんだ!?また曲者か!?」
事態を完全に把握できていない状態で奇襲を受ける賊達。
軍団としての機能取り戻すまでの間に、二人はその戦力の半分を消耗させた。
「ちっ……纏まりを取り戻してきたな……!エルネ!援護しろ!」
「忙しいやつニャまったく!」
陣形を組み、数という戦力差で二人を押し返そうと構える男達。
その群れに向かってシエロが駆ける。
「この野郎!一人でどうにかなると思って――ぐはっ!」
「エルネもいるニャ!」
援護射撃により、男が一人射貫かれ、前衛に亀裂が走る。
「そこだぁああああ!」
水の力を纏い、亀裂を裂くように高速で突撃したシエロ。
陣形の中心へと侵入したシエロは、そのまま高速の剣戟を繰り出す。
まるで一つの巨大な生き物の腹の中で暴れまわる獣の様だった。
「同時に襲い掛か――がっ!」
隙となるシエロの背後をエルネの弓が守る。
たまらず陣形は散り散りになり始めた。
「ちくしょう!たった二人相手にこんな……!」
みるみる内に崩壊していく陣。
その後衛には数人の術士達が身構えていた。
だが、自分の攻撃が味方を巻き込む恐れがあるため、前衛の真っただ中で暴れるシエロに手を出すことができない。
「あの娘だ!ヤツを先にやるぞっ!」
混乱する戦場を挟んで、術士達とエルネの目線がぶつかる。
「させるかぁ!」
この動きに即座にシエロは反応。
遠距離攻撃を互いに打ち合う場合、手数が多い側が圧倒的に有利だ。
エルネの危機をカバーするため、前衛から抜け出し、後衛へと斬り込む。
「ま、待て!?前衛は何をやって――ぎゃぁあ!」
抵抗の隙を与えないまま後衛を殲滅するシエロ。
しかし、またしてもその背後には、追い打ちをかけようと、斧を振り上げる男。
「油断したな小僧!これで――ぐぉ!?」
「甘いニャ!」
同時攻撃に対処することが難しいシエロだが、遠距離からの射撃があれば問題はない。
「バカ猫!術士がまだいる!」
「鳥!頭下げるニャ!」
エルネの矢が最後の術士を貫いた瞬間、シエロもまた、最後のナイフ使いを斬り倒す。
得手不得手を補い合う見事な連携。
まるで熟練のバディ同士が見せる、舞うような戦闘だった。
「はぁ……お、終わったかニャ?」
「あぁ……なんとかな……」
勝利の美酒が、疲れ果てた二人の心を満たしていく。
シエロは今回の任務が一人では絶対にクリアできなかったこと痛感。
これまで自身がどれほど無謀で、がむしゃらにやってきたのかを理解した。
孤独ゆえの限界。
協力することで生まれる力。
この戦いはシエロにとって、かけがえのない成長を与える結果となる。
――数日後
今回の一件の功績を称えられ、ガレオス王から勲章を授かることとなったシエロとエルネ。
裏切った兵士達は、賊が送り込んでいた密偵で、ガレオスは介在していなかった。
「此度の働き、誠に見事であった。ヴィレスを代表し、貴殿らへの感謝と、その功績を称えさせてもらう」
静かに目を閉じ、王の前に並んで膝をつく二人。
その胸に勲章が掲げられた時、シエロは小声でガレオスへと質問を投げかけた。
「王よ。今回の件で、新しい自分の在り方を見出すことができました。貴方様はこうなる結果を予期していらっしゃったのではありませんか?」
「ふっふっふ……余はきっかけを与えたに過ぎぬ、貴殿の心があってこその結果だったのではないのかな?」
「……ふふ……お戯れを」
勲章授与式を終え、帰路を共に歩くシエロとエルネ。
「ニャあ、鳥?さっき王様に何のこと聞いてたニャ?」
「あぁ……たまにはツーマンセルでやってみるのも悪くはなかったって話だ」
「やっとエルネのこと認めたニャ!?」
「か、勘違いするなよ!?たまたま、あの場合は二人でやった方が効率良かっただけだ!」
「素直じゃニャいニャ〜……でも、エルネも鳥と組んで、一人じゃできなくても、二人ならできることがあるってこと知ったニャ!」
「……貴様、本当に理解しているのか?」
「ニャにを!?だったら実際に証明してやるニャ!」
「お、おい!何だいきなり!?」
強引にシエロの腕を掴み、どこかへ走り出すエルネ。
彼らが到着したのは、村の中でも最も人通りの多い広場。
「で、何ができるって……?」
「ニャハ〜……鳥と一緒に戦った時に思いついた、鳥とエルネしかできない連携必殺技ニャ!」
「なんだと!?戦闘中にそんな発想を……!」
「いくニャ!鳥ぃ!」
「こ、ここでやるのか!?」
「まずは水ニャ!いっぱい、いっぱい出すニャ!」
「よくわからんが、それで連携技になるのだな!?よ、よし……はぁああああああ!!」
大地に手を突き、渾身の魔力を込める。
次第にシエロを中心に大地は揺れ、力に呼応するようにいくつもの水柱が立ち昇った。
「ニャァアアアアア!」
それに合わせ、エルネが手にする矢に魔力を込める。
放たれた風の力を纏った矢は、広場を旋回するようにしながら水柱を貫いていく。
巻き上げられた水は風と折り重なり、暴風雨の如く吹き荒れた。
「こ、これ程の技になるとは……!!」
「ニャハハハハハハ!」
少しして、落ち着きを見せ始める風力。
シエロは賞賛の言葉をかけようと、思わずエルネに駆け寄る。
「エルネ!貴様もやればできるではないか!やっと少しは成長したよう――」
「「きゃあああああああああ!」」
「は……?」
「見ろ!鳥ぃ!」
水浸しになった広場。
当然、広場にいた村の人間は全員、頭から水をかぶったようにびしょ濡れ。
その結果、女性達の衣服は肌に張り付き、その裸体が透けて見える事態に陥っていた。
「これがエルネの見つけた新たな可能性……『透け』だニャ!」
「……貴様」
「どうニャ!?まっぱとは違った良さがあるニャ!?」
「このため俺を使ったのか……?」
「蟻ん子一匹逃がさず、漏れなくずぶ濡れニャ!ニャ?漏れは無いのにずぶ濡れ……ニャハハハ!うまいこと言ったニャ!!」
「このバカ猫がぁああああ!粛清してやる!そこへなおれぇええええええ!!」
こうして新たに生まれ変わったツーマンセル。
これから彼らがどのような成長を遂げていくのかは、また別の話で――
獣王ガレオスが統治し、多くのガルム族が暮らすこの村で、治安維持部隊の一員として任務に励むこの青年の名はシエロ。
「連れていけ……」
「ま、待ってくれぃ!悪かった!謝るからよぉ!」
今回も村の住人から騒ぎの知らせを聞いて駆け付けたが、その実態は、昼間から泥酔した男が露店通りで暴れていただけのもの。
しかし、そんな酔っ払い相手にも微塵も容赦はしない。
兵士に引き渡される男は、半ベソを掻きながらシエロに許しを請う。
その昂然とした態度に、周囲の目は冷ややかだ。
「さすがにやりすぎなんじゃねぇか……?」
そんな言葉達はシエロの耳には届かない。
彼が背負う覚悟と重圧は、軽々しい言葉で語られてはならないのである。
ヴィレスに所縁を持つ貴族の名家に生まれたシエロ。
彼ら一族は、ガルム族と他種族との政治的な橋渡しを担う事で、一種族だけでは成し得ない経済力、安定した治安、多種族融合型 の高い文化力をもたらし、この村を発展させた立役者だ。
そんな先祖を持つシエロは、その偉業に恥じない言動を常に求められた。
家の者、他の貴族、村人からも。
年若い彼にとって、如何に過酷で、残酷なものだったか、想像できるだろうか。
史上最年少で部隊に入隊し、期待に応えるべく、必死に結果を出し続けた。
隊員や他の貴族達も、尊敬と称賛の声を惜しむ事はなかったが、それも今では……
「またかよ…しょうもない騒ぎで手間ばかり増やしてくれるぜ!」
「まだ多感なお年頃。善悪の境界線も曖昧なのでしょうなぁ……」
がむしゃらに努力するシエロは、どんな小さな悪にも、全て等しく断罪の裁きを下した。
そんな彼をちやほやしていた者達は、いつの間にか手のひらを返し、疎ましくさえ思うようになっていく。
結果さえ出し続ければ、先代達の偉業にも並び、いつかは超えることもできる。
そのために必要なのは、唯一信じられる己の力のみ。
ますます結果を優先するようになったシエロの徹底ぶりに、もはや誰もその後ろをついて歩くことはせず、シエロは孤立した。
ただ一人を除いては――
「きゃぁあああああ!!」
一段落ついたかと思った矢先の悲鳴。
しかし、村人の表情はむしろ冷めきっており、呆れた様子さえ感じられる。
その表情はシエロも同じのようだ。
「やはり貴様か……エルネ!」
念のために、とその場へ駆けつけるシエロ。
が、場の状況を一目見て、疲れに似た何かがどっと押し寄せる。
予想通り、そこには一糸纏わぬ姿となっている村娘と、娘に襲い掛からんとしている猫のガルムの姿。
「ニャ?」
エルネと呼ばれたガルムは、シエロの声に振り向く。
村娘は、自分の恰好を恥じらいつつも、必死に視線で助けを求めている。
「いい加減にしろ!貴様のせいで俺がどれだけ迷惑していると思っている!」
「また邪魔しに来たのかニャ……仕方ニャいニャ!」
にじり寄るシエロに対し、建物の上へと跳び上がり、逃走を図るエルネ。
「逃がすか!」
シエロもすかさず翼を広げ、エルネを追跡。
「ニャ!?女の子をまっぱのままにしておくなんて紳士の風上にも置けニャいやつニャ!」
「実行犯が言えたことか!貴様を逃がせば、新たな被害者が出るだろう!」
「アヒルに猫が捕えられると思うニャよ!」
「……また俺をアヒルと……このバカ猫がぁ!」
文字通り、治安維持を目的とした部隊に所属するシエロが、エルネの犯行を防ごうと動くのは当然だが、問題は、エルネもまた同じ部隊に在籍しているという事実にある。
しかも、基本的にツーマンセルで行動することを旨とするこの部隊において、エルネのバディはシエロなのであった。
「見失ったか……また、監督責任を問われることに……!」
何故、自分があんな奴と組まなければならないのか。
全て一人で片付ける覚悟と自信を持つ自分が、よりにもよってエルネと組まされている事をどうしても受け入れることができない。
既に貴族として一定の地位を持つシエロ。
先代達に負けぬ評価を得るために足りないものは実績。
その為、彼が自身に課した目標は「ヴィレスでの力の統制」だった。
まずは師団長、やがては総督の座へと就き、王と共にさらなる国の発展に従事する。
足を引っ張るエルネの存在は足枷以外の何でもない。
結局、今日もエルネを捕らえることができないまま、急に王の呼び出しを受け、王宮へとしぶしぶ足を向けたのであった。
――王宮にて
「急に呼びつけてすまぬな。シエロよ」
「はっ!とんでも御座いません」
獣王ガレオスと、その前に跪くシエロ。
シエロの家がもともと懇意にしていた貴族であることもあり、ガレオスはシエロに対し、親心に似た感情を抱いていた。
こうして時々、直接シエロを呼出しては、言葉を交わす機会を設けている。
「また、エルネに逃げおおせられたそうだな……」
「私の監督不行き届きに御座います……面目次第もございません」
誰とツーマンセルを組んでもうまくいかなかったシエロが、最後に強制的に組まされたのがエルネだった。
噂では、周囲の反対を押し切ってまでそれを行ったのは、他でもないガレオスだという。
一体、どのような意図がそこに……
「ふふ……いずれはなんとかせねばならぬが……今日呼んだのは別件だ」
当然だろう。
エルネの行動は確かに問題だが、負傷者などが出るような緊急事態とは言い難く、そのことだけを話すのであれば、急な呼び出しなどしない。
「如何様な任務でも果たして御覧に入れます」
「うむ。最近、近郊の森にて賊による強盗事件が多発しておる。これの解決を頼みたい」
「強盗?」
「奴らめ、味を占めたのか、特に最近は貴族ばかり狙った犯行を繰り返しておってな。それも女性ばかり」
「それは我等の威信にも関わる事態。直ちに部隊を編成し、討伐にいきます!」
「それがな……どうやら内部に不穏分子が紛れているようだ。何度か賊の情報を調査させたのだが、決まって直前に雲隠れされ、まったく尻尾が掴めぬ」
「情報を流している輩がいる、と……?」
「認めたくはないが、その通りだ。部隊で動くとなると、情報も漏れやすい」
「そこで、我々に白羽の矢が立った……というわけですね」
「危険も大きいが……引き受けてくれるか?」
先人達が築き上げてきた威光に泥を塗る不埒者。
彼の性格を考えれば、こういった類の連中が最も許せないということは明白だろう。
「承りました。王より賜りし厚い信頼。必ずや、応えて御覧に入れます」
了承しながら、作戦を頭の中でシミュレートし、最も公算の高い選択肢を選ぶシエロ。
「無暗に探りを入れて、不穏分子に勘付かれては元も子もありません。ここは直接、賊の拠点を突き止める方向で動きます」
「うむ。油断せぬようにな」
――翌日
事件について被害者から聴取を行った結果、必要な情報を揃えることはできた。
襲われたのは、決まって女性。
恐らく馬車の中を確認して、襲いやすい人物を選んで犯行に及んでいるのだろう。
さらに、犯人は単独犯ではなく、集団であること。
それも、ならず者ではなく、組織的に行動している節があるという。
これらの情報を吟味した上で、対応策を練り、淡々と準備を整える。
そして、その日のうちに事件現場である森に向けて馬車を駆り出発した。
彼が座る御者台の隣に、バディであるはずのエルネの姿はない。
任務ともなると、バディであるエルネを同伴させるべきでは。
否、結局のところ、シエロは他人を頼るという考えは持ち合わせていないのだ。
唯一信じられるものは、ただ己の力のみ。
これまでも、そしてこれからもそうするだけだ――
――数時間後
現場に到着したシエロは、早速、賊をおびき寄せるための罠の支度へと入った。
自らが囮となり、賊を誘い出し、連中を締め上げてアジトの位置を突き止める。
この作戦のキーは、自分をどこまで囮として機能させられるかという点に尽きる。
「ちっ……我ながら、とてもじゃないが、誰かに見られるわけにはいかないな……」
木陰に身を隠しつつ、シエロは記憶の奥を探る。
貴族達が集うパーティー会場。
そこに連なるご令嬢たちの姿。
プレゼント用だと偽って購入した服に袖を通し、母の化粧台から拝借した道具で自分なりにその姿を再現していく……
「こんなところか……」
木陰から出て、傍に広がる湖の水面に映る自分の姿を、やや恐る恐る確認する。
ぼやけた記憶と、初めての経験。
それらから作られたと思えば、その出来栄えは十分に満足のいくものだった。
囮を演じるため、女装することで貴族の令嬢を再現したシエロ。
これ以上ない作戦だと確信しつつ、馬車へと乗り込む。
そして、湖のほとりを回るように馬を歩かせた。
………………
陽は昇り、また沈んでいく頃、湖を中心に三十周はしただろう。
当初、満ち溢れていた自信はもはや見る影もなく、歩き続けて疲れた馬の足取りは、そんなシエロの心境を表しているようだった。
「何故だ……」
情報が漏れていたのか?
女が一人で馬車を駆る姿が不信感を?
力無く握られた手綱を軽く引き、馬の足を止めた彼は、呆然とうなだれる。
――失敗?俺の力では無理なのか……?
「そんなはずはないっ!」
ふと頭をよぎる考えを甘えと断じ、振り払うように地に拳を叩きつける。
「おまえ……鳥か?マジで鳥ニャのか!?キモッ!おえっ!!」
「な!?何故貴様がここにいる!?」
聞くだけでドロッとした感情が湧いてくる声。
誰よりも今の自分の姿を見られたくなかった人物。
その張本人であるエルネが突如現れる。
あまりの思わぬ展開に、常にクールに振る舞うシエロの冷静さはあっけなく砕け散った。
「いや、村で女の子を何人まっぱにしても鳥が現れないから………ちょっと気になっただけニャ」
「……ほう?女を剥くことにしか興味を示さんバカかと思いきや、他人の心配をするくらいの配慮はできるんだな」
「ニャハハハ!鳥が邪魔に来ないもんニャから、女の子達をまっぱにしすぎて、みんな家に閉じこもっちゃったニャ。おかげでヒマになったニャ……」
「少しでも貴様を褒めてしまった自分を許せそうにない……!!」
「んで?キモイ恰好して、ニャんの遊びニャ?正直、声をかけるかどうかけっこう迷ったニャ」
「任務だ、たわけが!この辺りで貴族女性を狙った強盗が相次いでいる。俺が囮になって犯人をおびき出し、一網打尽にする作戦だ!わかったら帰れ!」
とにかく理由を説明して、エルネを追い払おうとしっしっと手を払う。
「……は?」
その言葉を聞いた途端、エルネが発する気配が瞬く間に変質。
「オマエ、女子をニャめてんのか……?」
「なに?」
「それで貴族のお嬢様のつもりかって聞いてるんニャ……」
「な、なんだ!?」
「ニャんだそれ!?そんニャ胸元パッカー、背中パッカーの恰好、オマエの周りの女子達は発情期のメスしかいニャいのか!?」
何故エルネが怒り狂うのか、どんな理由で自分が叱られているのかを理解できない。
「胸も詰め物してるだけニャ!?変装する気があるニャらちょっとは気を遣うニャ!どうせパンツも男もののままニャ!?ニャめてるニャ!ニャめきってるニャ!!」
「囮捜査だぞ!?見えもしないところにまで気を回す必要など―」
「うるさいニャ!貴族なら、職人技の光る繊細なレースで見事に飾り付けられた純白シルクの高級パンティくらい用意してみせるニャよ!!」
「論点がずれてきている!だいたい貴様の趣味など――」
「見られる予定がニャくても、万が一!そんニャ事態に備えて毎日パンツにも気を遣うのがマジもんの女子ニャ!!」
「恥知らずなバカ猫が!下着などお構いなしに裸に剥きまくる貴様が――」
「恥ずかしいのはオマエの恰好ニャ!アホ鳥!宝箱が貧相じゃ開けるときのワクワクが減るアレと一緒ニャ!!」
「バ、バカ猫の分際で……変にわかりやすい例えを――」
「メイクもニャ!なんだそれ!?顔面にヘドロぶちまけられたアヒルみたいにニャってるニャ!!」
「なに?記憶では皆このような――」
「正気ニャ!?お嬢様達が聞いたらオマエぶっ殺されるニャ!そもそもパーティー仕様でこんニャ森の中うろつくニャ!!」
「いや……あまり、女性というものを注意深く見た経験が――」
「それでも男ニャ!?オマエん家のメイドさんを観察すれば良かったニャ!!パニエやドロワーズまでしっかり装備したマジもんの素敵メイドさんニャんだぞ!!」
「待て!うちのメイドにまで手を出したのか!?」
「あと!オマエくっさいニャ!どんだけ香水使ったニャ!?匂いだけで強盗追っ払えそうニャ!」
「そ、そうなのか……!?」
「香水は纏うものニャ!水浴びしたいニャら、今すぐそこの湖に飛び込むといいニャ!」
「……す、すまん」
「わかったら女子力磨いて出直して来い!クソ鳥ぃ!!」
自分の立てた作戦が失敗したからか。
それともエルネに予想外の叱責を食らったからか。
いつにも無く落ち込むシエロ。
「いや、その恰好でシュンとされてもキモイだけニャんだが……鳥らしくニャいんじゃニャいか?」
「……」
普段は絶対に見られないシエロの様子。
これにエルネは、やれやれ言わんばかりに提案を持ちかけた。
「はぁ……特別ニャ…今回だけニャ!エルネが手伝ってやるニャ」
手伝う。
一人で何でもこなしてきたシエロが久しく忘れていた言葉。
「な!?だ、誰が貴様の手など!」
「とりあえず、そのキモい顔を一回リセットするニャ」
「だから話を聞け!それから、さっきからキモイ、キモイ、キモイと何度も――ぶっ!!」
シエロの頭を掴み、湖に沈めるエルネ。
もがき苦しむ彼の姿を見下ろすエルネは、どこか嬉しそうな、悦に浸っている様子。
「ぶはっ……!げほっ……げほっ……!」
「ニャハハ。キレイにニャったら、次はメイクだニャ!」
「む、無茶苦茶な……!」
こうして小一時間程かけ、完成した真の女装シエロ。
メイク、服装、髪型、全てをプロデュースしたエルネ本人さえもうろたえる出来栄えだった。
「やばいニャこれ……鳥だと知らずに遭遇したら即まっぱニャ…」
「これが……俺、なのか……?」
シエロもまた、水面に映る自身の顔に、エルネと同様、驚きを隠せずにいる。
シエロにとって、今回のように誰かの協力を得て何かに取り組んだ例は初めて。
あのまま一人だったら自分はどうしていただろうか、と考える。
「このまま任務続けるのニャ?」
「無論だ。溺れさせられたりと散々だったが、今回はこの功績を認めて不問にしておいてやる」
どうも調子が狂う。
早く任務に戻っていつもの自分を取り戻さねば。
「あとは俺が一人で何とかする。貴様は村に戻れ。くれぐれも騒ぎは起こすなよ?」
「作品の力をこの眼で見たい気も……ま、ここには女の子もいニャいし、そうするニャ!」
「その立派な耳には、都合の悪い部分の話は入らんらしいな…!」
「じゃ、あとは頑張るニャ!」
「……ああ」
こうしてまた一人、任務へと復帰するシエロ。
心に引っかかる小さな異物のような何かを握り潰すように、力を込めて手綱を振るう――
――それは訪れる。
予想よりもずっと早く。
エルネと別れ、馬を歩かせること三十分と程度だろうか。
「止まれ!!」
シエロの乗る馬車の前に、急に飛び出してきた人影。
フードを被ったまま大きく手を広げたそれに、馬が驚いて暴れだす。
手綱を強く引き、馬を落ち着かせつつも、シエロは瞬時に周囲の気配を探る。
(……四……五。いや、木陰にもう一人。六人か)
馬車を囲む形で影が五つ。
少し離れた木陰に気配が一つ。
止まった馬車にゆっくりと近づく影の手には、ナイフが握られているのが見える。
「……お嬢さん。お一人でお散歩かい?」
警戒している。
通常、主人である貴族が馬車を自分で操ったりはしない。
恐らくは荷台の中、もしくはこの近くに付き人か護衛がいると考えているのか。
「妙だな……ま、すぐに済ませて戻ればいい」
貴族の令嬢であることは疑われていない模様。
エルネに仕立ててもらったこの姿が、違和感を誤魔化すほどの力を発揮している。
「馬車から降りて、金目の物を出しな。大人しくすれば手荒な真似はしねぇよ」
声で正体が悟られぬよう、口は開かず、ただ静かに頷く。
そして、シエロは手綱を離した手をそのまま足元へと伸ばした。
「ん?何をして――」
――ダンッ!
足元に忍ばせていた剣を掴んだシエロは、目にも止まらぬ速さで木陰の気配へと飛ぶ。
「なん――」
いきなり目の前に現れた剣を携えた令嬢。
とても冷たく、鋭い眼光により、凍ったように身体が硬直する。
驚きで上げかけた声は、描かれた剣線により寸断。
「やはり術士か。貴族の護衛を相手に立ち回るには、この程度の用意は当然だな」
人形のように倒れた術士の上で、その生死を目視で確認するシエロ。
一対一ならまだしも、集団戦において、遠距離から攻撃を仕掛けてくる術士や遊撃士は相性の悪い敵だと言える。
この状況下で、真っ先にそれを潰しにかかった判断は正しく、結果、これが勝敗を分かつ要因となる。
「き、気を付けろっ!ただの貴族の娘じゃねぇ!」
「安心しろ。殺しはしない。聞きたいことがあるからなっ!!」
ものの数分の出来事だった。
抵抗らしい抵抗もできないまま蹴散らされた賊たちは、無残に地に転がる。
「思いのほか楽に片付いたな……」
馬車のキャビンに隠していた縄を取り出しながら、アジトの場所をどのように聞き出すか頭を巡らせる。
だが、その結論が出るよりも早く、近づく複数の人の気配を察知した。
「ちっ……中継役を用意していたのか?思ったよりも知恵が回る連中だ!」
馬車を盾にするように身を隠したシエロは、気配の正体をそっと確認する。
「ご無事ですか、シエロ様!?どちらに!?」
シエロの名を呼ぶ男の声。
それは……ヴィレスの兵士が二人。
キョロキョロとこちらを探している様子。
「何事だ?賊なら既に御覧の有様だ」
「その、お姿は……?」
「あ……こ、これは任務のために仕方なくっ……!」
「そ、そうでしたか……あ、これは失礼しました!我々、ガレオス王よりシエロ様を救援せよとの命を受け、馳せ参じた次第であります!」
一人で発つことまで予想していたのか。
差し向けられた救援は、まだ完全に自分の力が認められていないことを意味している。
「ちっ……」
「それにしても、さすがですな!お一人でこの人数を!」
「問題ない。貴様らの出番を奪うことになってしまったか?」
「はっはっは!いえいえ、我々の出番はここからですので……お気になさらず」
「なに?」
その不審な返答に、体を兵士へと向けた瞬間だった。
ガンッという重い音と共に、後頭部を襲った強い衝撃。
瞬く間に意識が遠くなっていくのを感じる。
「き……さま……ら…………」
背後にはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるもう一人の兵士。
手にした棍棒をぽんぽんと手の平で遊ばせながら、シエロを見下ろす。
「まだ意識があるのか……しぶとい野郎だ。おい、もう一発かましとけ」
「く……そ…………」
(…………エルネ)
――ガンッ!
シエロの意識はそこで途切れた――
―― それから間も無く
「ニャ……?」
再び湖まで戻ってきたエルネ。
シエロを心配したというのも彼女の中にあるのかもしれないが、それよりもただ、なんとなく嫌な感じがした。
その場を一目見て、エルネは漂う違和感に気が付く。
暴れたであろう馬の蹄の跡。
荒れた地面と大人数の足跡。
微かに残る血の香り。
だが、そこにシエロの姿はない。
「クンクン……鳥の匂いはするニャ。でも……何で森の奥に匂いが続いてるニャ……?」
エルネは匂いを辿り、森の奥へと進む。
彼女の鼻は、人間ではとても感知できない程の匂いも敏感に察知する。
真っ直ぐにシエロの元へと急行できたのは、シエロが女装時に用いた香水の匂いが、後を追う者を導くように道を残しているおかげだった。
「追いかけやすくて助かるニャ!鳥のやつ、狙ったわけじゃニャいだろうニャ……ニャ?」
走ることおおよそ十分。
夜目の利くエルネの視界に、小さな灯りが微かに浮かぶ。
人の目では到底認識できない距離で灯りを見つけたエルネは、速やかに足音を殺し、そのまま腰を低くして、獲物に這い寄るようにしながら、ゆっくりと近づいていく。
「なんでも貴族のご令嬢を捕まえてきたって話だぜ?」
「あぁ?おれは女装した変態だって聞いたぞ?」
聞こえてくる聞き覚えのない声。
その内容から、シエロのことを指していると確信。
「鳥のやつ……しくじりやがったニャ……」
こうして事態を把握し、捕らえられたアジトを発見したエルネ。
まずは彼の正確な居場所を掴むため、行動を開始する。
いくつか見える木造の建物。
匂いである程度の位置に当たりを付けるエルネだが、やはり直接視認する必要がある。
足音は勿論、息さえも殺しながら建物へと近づいていく。
建物の入口や、通りに立てられたタイマツの火が煌々と揺れる。
もはや夜目など利かなくとも、一目でエルネの姿は発見されてしまうだろう。
「……女の子をまっぱにする時とはまた違うドキドキ感ニャ……」
建物の前までなんとか辿り着くことに成功。
窓から部屋を覗き込むと、壁に縛り付けられているシエロの姿があった。
両腕を頭の上にあげ、縄で壁に括りつけられている。
さらに、自由を奪うようにはめられた手枷。
部屋の奥には、机に頬杖をつきながらウトウトと頭を揺らす見張りらしき男――
――カコォーン
「ニャ!?」
乾いた音。
状況を観察していたエルネの肩口からずり落ちた弓。
それが意図せずタイマツを倒してしまったのだ。
音に真っ先に反応したのは、見張りの男。
驚いたように目を覚まし、部屋を飛び出してくる。
「だ、誰だてめぇ!?曲者だ!曲者がいるぞぉおおおおお!」
「しまったニャ!」
身を隠す時間もないまま、存在が露見してしまうエルネ。
しかし、そこは流石の猫のガルム。
建物の上に軽く跳び上がり、風のように駆け抜けて森の中に姿を隠す。
「森に逃げ込んだぞ!追えぇえええええ!!」
木の上へと駆け上ったエルネはそう簡単には見つからない。
暫らくは森を探し回っていた賊達だが、徐々に諦めてアジトへと戻っていく。
「あ、危なかったニャ……!」
――ガサッ
一息つく間もなく、不審な物音に身体をビクンと緊張させる。
枝の影からそっと物音がした方向を確認すると、ヴィレスの兵士が見えた。
「……エルネさん……どこですか?我々は味方です」
小声で周囲に呼びかけながら、エルネを捜し歩く男。
味方の姿に安心したエルネは、音を立てないように木を降りる。
「ヴィレスの兵士さんニャ?」
「うぉ!?び、ビックリさせないでくださいよ……!」
そのまま小声で事情を聴く。
「シエロ様が捕まったと聞き、王の命令でここへ来ました……」
「こんニャとこにいるからビックリしたニャ……」
「我々もですよ……森からアジトの様子を伺ってたのですが、そこから逃げてくるエルネさんを見た時はどうしようかと……」
「ニャハハ……ちょっと失敗したニャ……」
「まずは作戦を練りましょう…こちらへ。仲間を集めてあります」
「わかったニャ」
エルネが兵士に近づいたその時だった。
ふわっと彼女の鼻孔を刺激する香り。
他でもないシエロが使っていた香水の匂い。
「…………ところで……鳥にはもう会ったかニャ?」
「……いえ?我々はここに着いたばかりですよ?」
「ニャるほど、ニャるほど……じゃあ、何でオマエから鳥の匂いがするニャ!?」
シエロが兵士達に不意打ちを受けたあの時。
薄れゆく意識の中で、なんとか自分の痕跡を残そうとしたシエロは、懐に持っていた香水を兵士に吹きかけていた。
エルネならこのメッセージに気付くことができると、図らずもシエロが託した想い。
「ぐっ!勘のいいヤツ!おまえらぁああ!こっちだぁああああ!」
メッセージに気付かなければ、恐らくそのまま賊達の中心へと投げ出され、シエロ同様に捕らわれの身となっていたことだろう。
「見つけたか!?どこだ!?」
周囲から集まってくる多数の敵の気配。
森の中とはいえ、このまま身を隠し続けることは難しい。
結果、この状況は、エルネをシエロの元へと走らせる。
「そっちへ行った!男を助けるつもりだぞ!!」
監視役としてアジトに残っていた者達がエルネの前へ立ちはだかる。
「邪魔すんニャ!!」
背水の陣の中、孤軍奮闘のエルネ。
押し寄せる敵の波を、その俊敏さを活かし翻弄。
降りかかる無数の敵意を必中の弓で射ち落としていく。
「くそっ!挟み込め!男に近づけるなっ!」
だが、奮闘虚しく、一人で打開出来るほど容易な戦闘ではなかった。
体力と気力は徐々に削られ、手持ちの矢まで尽きかけている。
この時、賊は見張りすらも出払い、全軍を挙げてエルネを捕らえようと必死になっていた。
「よぉし!追い込んだぞ!」
「ぐぬぬ……!」
崖を背にする形で追い込まれてしまうエルネを、十数人の男達が囲む。
残った矢も、今では最後の一本を残すのみ。
「よく頑張ったな子猫ちゃん!だが、ここまでだ!」
「……ニャハハ……ニャめんなよ盗人如きが!」
それでも尚、その目に諦めの色は微塵も感じられない。
むしろ、今日一番の集中力と気合で弓を引き絞るエルネ。
「あぁん!?今さらどうにかなるとでも思ってんのか!?」
眼前で吠える男を歯牙にも掛けずに狙いを定める。
彼女の発する気合と殺気に気圧された男たちはたじろぐ。
「フッ!」
放たれた渾身の一矢――
――しかし、それが男達に突き刺さることはなかった。
「…………え?当たってねぇ……よな?」
キョトンとした表情で、自分達の身の無事を確認する。
結果、矢は男達から逸れ、明後日の方向へと飛び去った。
「ニャハハ……もうだめニャ……」
最後の矢も失い、エルネに戦う術は残っていない。
消耗しきった彼女は、ここでとうとう力尽き、あえなく男達に捕らえられてしまう。
「はっはっは!最後は残念だったな!」
「ふぃ〜……どうなるかと思ったぜ!」
――ゴトンッ
曲者を退治したことを喜ぶ男達。
だが、全員が出払ってしまった故に、アジト内の建物、その一室で、何か重たい物が床に落ちたような、そんな音が響いた事実に気付いた者はいなかった――
――何の音だ?
捕らえられた後、戦闘の気配で意識を取り戻していたシエロ。
間も無くして見張りの男が部屋を出た。
部屋に一人残された、またとない好機にあるにも関わらず、動けずにいる自分を恥じ、目をつむり、唇を噛みしめる。
そこへ聞こえた『音』に目を見開く。
目の前の床に転がるのは、自分の自由を奪っていたはずの手枷。
ハッとなり手元を見上げると、手枷を打ち抜き、深々と壁に突き刺さった矢。
見慣れた矢は、賊と戦闘を行っている人物の正体を悟らせた。
「バカ猫が……とんでもない借りを貸し付けてくれたものだな!」
見張りが戻る前に、矢じりで縄を切り拘束を解く。
そして、そのまま息を殺して部屋の入口の横に隠れた。
「やれやれ……手間かけさせやがっ――むぐぅ!?」
程無くして帰ってきた見張りが入口をくぐった瞬間、背後からシエロがその口を塞ぐ。
「動くな。そのままゆっくりと俺の目を見ろ……!」
首元に突き付けられるエルネの矢。
言われた通りにシエロの目を見た男は戦慄。
底の見えない深さと冷たさを秘めたそれ。
直感的に、逆らうことを諦めさせられた。
幸いなことに、先の戦闘を終えたことからの油断か、警戒の気配は緩い。
武器庫まで男を案内させても、難なく辿り着くことができた。
「剣は返してもらうぞ……ん?これもだ……!」
武器庫に放り込まれていた愛用の剣。
そしてさらに、剣に引っ掛けられていたのはエルネの弓。
予想はしていたが、自分を助けた後、やはり逃げることは叶わなかったのか。
複雑な思いでそれらを握り締めるシエロ。
男を縄で縛りつけ、猿ぐつわをはめさせる際に、男が纏っていたローブを拝借。
それから、弓が並べられた台から、矢を一束。
奪った大きなローブは、シエロと身体と、腰と背にかけた剣と弓矢をすっぽりと覆い隠す。
「いくか……」
命を省みずに自分を助けたエルネ。
自分の判断ミスが生んだこの状況。
今まで感じたことない想いを感じつつ、今度はエルネの救出へとシエロが動き出す。
エルネとの一件を終えた賊達は、立て続けに不測の事態に陥ることなど考えてもいない。
ましてや変装した敵が自分たちの周りをうろついているなどとは思いもしないだろう。
一番大きな建物の中を覗き込むと、首領と思わしき大男と、例の裏切者のヴィレス兵二人が盃を交わしていた。
その目の前で、壁に縛り付けられているエルネ。
敵は三人。
シエロは一度、深く深呼吸をし、意を決した表情で部屋の中へと踏み込む。
「た、大変です!捕らえた男に逃げられましたっ!」
「何だとぉお!?」
「そこの女とやり合ってる時に逃げられたようで……!」
「ニャ?」
「次から次へと面倒くせぇ!すぐに全員集めろ!!」
「それと、もう一つお耳に入れたいことが!」
「ちっ……こんなときに何――かはっ!」
男がズイッとシエロへと顔を近づけた瞬間、その顎をシエロの膝がかち上げた。
「て、てめぇ!何してやがる!?」
味方であるはずの人間が同志を攻撃する現場を目撃した男達。
すかさず腰の剣に手をかけようとするが……
「ニャハハ!」
「うぉっ!?」
エルネが伸ばした足で二人を前へと蹴り飛ばす。
そのまま前のめりになりながらシエロの間合いへと突き出された男。
シエロは、鞘に刺したままの剣を思い切り男の脳天へと振り下ろした。
「はぁ!」
解放されたエルネは、縄の跡の残る手首を少し痛そうにすりすりとさすりながら、床で気を失っている男を踏みつける。
「よくもやってくれたニャ!このっ!このっ!」
「……いろいろと言わなくてはならんこともあるが、まずは残った賊を蹴散らすぞ」
「ニャ?このままヴィレスに戻って、援軍呼んじゃった方がいいんじゃニャいか?」
「ダメだ。ヴィレスにまだ裏切者がいる可能性もある。まさかとは思うが、ガレオス王までも敵となっていることさえあり得るしな」
「ニャ!?なんでニャ!?」
「俺が襲われた時、兵士は俺の名を呼んだ。俺がそこにいると知っていたからだ。ヴィレスから後を付けたのか、または王の命令で動いたか、恐らくはこのどちらか……」
「なるほどニャ〜……まあ、時間をかけて逃げられでもしたら、また女の子に悪さするニャ。放っておくわけにもいかニャいニャ」
「貴様の弓も取り返しておいたぞ。武器庫にあった矢も付けておいてやる」
「おぉ!ありがたいニャ!」
「よし……今ヤツらは油断している。一気にケリをつけるぞ!」
「ニャ?そういや……今度は俺が一人で何とかするって言わないのニャ?」
「……は?」
エルネに指摘されて初めてその事実に気付かされた。
口に手を当て、自身の変化に驚きを隠せないシエロ。
「まぁ、ここまできたら手伝ってやるニャ!せっかく助けてもらったことだしニャ!」
「ふん……これ以上、借りは作りたくないものだが……たまにはこうしてツーマンセルを組んで臨む任務も悪くないだろう」
「ニャハハ!じゃあ、ちゃっちゃとやるニャ!」
「ああ!」
部屋を飛び出した二人。
その姿は、まるで競い合うかのように敵を探し、手当たり次第に打ち倒していく。
「な、なんだ!?また曲者か!?」
事態を完全に把握できていない状態で奇襲を受ける賊達。
軍団としての機能取り戻すまでの間に、二人はその戦力の半分を消耗させた。
「ちっ……纏まりを取り戻してきたな……!エルネ!援護しろ!」
「忙しいやつニャまったく!」
陣形を組み、数という戦力差で二人を押し返そうと構える男達。
その群れに向かってシエロが駆ける。
「この野郎!一人でどうにかなると思って――ぐはっ!」
「エルネもいるニャ!」
援護射撃により、男が一人射貫かれ、前衛に亀裂が走る。
「そこだぁああああ!」
水の力を纏い、亀裂を裂くように高速で突撃したシエロ。
陣形の中心へと侵入したシエロは、そのまま高速の剣戟を繰り出す。
まるで一つの巨大な生き物の腹の中で暴れまわる獣の様だった。
「同時に襲い掛か――がっ!」
隙となるシエロの背後をエルネの弓が守る。
たまらず陣形は散り散りになり始めた。
「ちくしょう!たった二人相手にこんな……!」
みるみる内に崩壊していく陣。
その後衛には数人の術士達が身構えていた。
だが、自分の攻撃が味方を巻き込む恐れがあるため、前衛の真っただ中で暴れるシエロに手を出すことができない。
「あの娘だ!ヤツを先にやるぞっ!」
混乱する戦場を挟んで、術士達とエルネの目線がぶつかる。
「させるかぁ!」
この動きに即座にシエロは反応。
遠距離攻撃を互いに打ち合う場合、手数が多い側が圧倒的に有利だ。
エルネの危機をカバーするため、前衛から抜け出し、後衛へと斬り込む。
「ま、待て!?前衛は何をやって――ぎゃぁあ!」
抵抗の隙を与えないまま後衛を殲滅するシエロ。
しかし、またしてもその背後には、追い打ちをかけようと、斧を振り上げる男。
「油断したな小僧!これで――ぐぉ!?」
「甘いニャ!」
同時攻撃に対処することが難しいシエロだが、遠距離からの射撃があれば問題はない。
「バカ猫!術士がまだいる!」
「鳥!頭下げるニャ!」
エルネの矢が最後の術士を貫いた瞬間、シエロもまた、最後のナイフ使いを斬り倒す。
得手不得手を補い合う見事な連携。
まるで熟練のバディ同士が見せる、舞うような戦闘だった。
「はぁ……お、終わったかニャ?」
「あぁ……なんとかな……」
勝利の美酒が、疲れ果てた二人の心を満たしていく。
シエロは今回の任務が一人では絶対にクリアできなかったこと痛感。
これまで自身がどれほど無謀で、がむしゃらにやってきたのかを理解した。
孤独ゆえの限界。
協力することで生まれる力。
この戦いはシエロにとって、かけがえのない成長を与える結果となる。
――数日後
今回の一件の功績を称えられ、ガレオス王から勲章を授かることとなったシエロとエルネ。
裏切った兵士達は、賊が送り込んでいた密偵で、ガレオスは介在していなかった。
「此度の働き、誠に見事であった。ヴィレスを代表し、貴殿らへの感謝と、その功績を称えさせてもらう」
静かに目を閉じ、王の前に並んで膝をつく二人。
その胸に勲章が掲げられた時、シエロは小声でガレオスへと質問を投げかけた。
「王よ。今回の件で、新しい自分の在り方を見出すことができました。貴方様はこうなる結果を予期していらっしゃったのではありませんか?」
「ふっふっふ……余はきっかけを与えたに過ぎぬ、貴殿の心があってこその結果だったのではないのかな?」
「……ふふ……お戯れを」
勲章授与式を終え、帰路を共に歩くシエロとエルネ。
「ニャあ、鳥?さっき王様に何のこと聞いてたニャ?」
「あぁ……たまにはツーマンセルでやってみるのも悪くはなかったって話だ」
「やっとエルネのこと認めたニャ!?」
「か、勘違いするなよ!?たまたま、あの場合は二人でやった方が効率良かっただけだ!」
「素直じゃニャいニャ〜……でも、エルネも鳥と組んで、一人じゃできなくても、二人ならできることがあるってこと知ったニャ!」
「……貴様、本当に理解しているのか?」
「ニャにを!?だったら実際に証明してやるニャ!」
「お、おい!何だいきなり!?」
強引にシエロの腕を掴み、どこかへ走り出すエルネ。
彼らが到着したのは、村の中でも最も人通りの多い広場。
「で、何ができるって……?」
「ニャハ〜……鳥と一緒に戦った時に思いついた、鳥とエルネしかできない連携必殺技ニャ!」
「なんだと!?戦闘中にそんな発想を……!」
「いくニャ!鳥ぃ!」
「こ、ここでやるのか!?」
「まずは水ニャ!いっぱい、いっぱい出すニャ!」
「よくわからんが、それで連携技になるのだな!?よ、よし……はぁああああああ!!」
大地に手を突き、渾身の魔力を込める。
次第にシエロを中心に大地は揺れ、力に呼応するようにいくつもの水柱が立ち昇った。
「ニャァアアアアア!」
それに合わせ、エルネが手にする矢に魔力を込める。
放たれた風の力を纏った矢は、広場を旋回するようにしながら水柱を貫いていく。
巻き上げられた水は風と折り重なり、暴風雨の如く吹き荒れた。
「こ、これ程の技になるとは……!!」
「ニャハハハハハハ!」
少しして、落ち着きを見せ始める風力。
シエロは賞賛の言葉をかけようと、思わずエルネに駆け寄る。
「エルネ!貴様もやればできるではないか!やっと少しは成長したよう――」
「「きゃあああああああああ!」」
「は……?」
「見ろ!鳥ぃ!」
水浸しになった広場。
当然、広場にいた村の人間は全員、頭から水をかぶったようにびしょ濡れ。
その結果、女性達の衣服は肌に張り付き、その裸体が透けて見える事態に陥っていた。
「これがエルネの見つけた新たな可能性……『透け』だニャ!」
「……貴様」
「どうニャ!?まっぱとは違った良さがあるニャ!?」
「このため俺を使ったのか……?」
「蟻ん子一匹逃がさず、漏れなくずぶ濡れニャ!ニャ?漏れは無いのにずぶ濡れ……ニャハハハ!うまいこと言ったニャ!!」
「このバカ猫がぁああああ!粛清してやる!そこへなおれぇええええええ!!」
こうして新たに生まれ変わったツーマンセル。
これから彼らがどのような成長を遂げていくのかは、また別の話で――
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