そこはレミエール王国南方領地。
今まさに、その地で死闘は繰り広げられていた。
睨み合う二つの陣営。
片や、誇り高き王国直属の騎士団員が数十名。
片や、百戦錬磨の傭兵団延べ数十名。
しかし、これは戦にあらず。
互いが互いに真っ直ぐと立ち並び、ただただ眼前の一点を見つめているのみ。
「はぁああああああ!!」
「おぉおおおおおお!!」
二つの軍勢が向かい合うその中央で、凌ぎを削り合う二人の男。
その場にいる全員が、戦いの光景を目に焼き付ける様に見据えていた。
「でぃやぁああああああ!!」
「ぐぉ!?」
レミエール騎士団の正装に身を包む男が、相対する敵に強烈な一撃を叩き込む。
「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」」
同時に、その背後に控える騎士団員たち全員が雄叫びを上げる。
「まだ……だぁああああああああ!」
「ぬぅ……!?」
あまりの衝撃に一瞬よろめく相対者は狼のガルム。
こちらも負けじと、即座に体制を整え反撃する。
「「っしゃおらぁああああああああああ!!」」
同時に、その背後に控える傭兵達が吼える。
「いい加減しつこいぜ……アルドさんとやら……!」
「名は……確かエーリッヒと言ったな?こっちの台詞だ……!」
今この状況に至るまでを経緯を説明するためには、数日前へと話は遡る――――
――今回、王国領内のとある貴族が、不正に利権を独占して私腹を肥やしているとの報せを受けた王家は、アルドが率いる騎士団に対し、事実確認と、必要とあらばその身柄を拘束することを命じてこの地に派遣した。
こうした事例そのものは珍しい事ではなかったが、問題は容疑をかけられた貴族の対応だった。
通常であれば、王城より発行された礼状を携えた騎士団が到着すると、疑いをかけられた者は速やかに協力し、事情聴取に応じるといった運びとなる。
しかし、今回容疑者である貴族は、事前にどこからか騎士団派兵の情報を入手したらしく、なんと傭兵を雇い入れていたのである。
貴族邸に到着した騎士団一行を門前で待ち構えていた傭兵たち。
目的と立場を確認するため、アルドが彼らに歩み寄った時、傭兵のうちの一人もまた一歩前へと足を踏み出した。
その人物こそが、傭兵団頭目エーリッヒである。
「おぅ……待ってたぜ?」
狼のガルム族。
筋骨隆々の鍛え抜かれた身体。
分厚い鎧に身を包んでいることもあり、一層その存在感が大きく見える。
「レミエール王国騎士団だ。傭兵がここで何をしている?」
「だから今言ったろ?お前らを待ってたんだよ」
「……俺はアルド。本騎士団を指揮している者だ。お前がこいつらの頭目か?」
「おぅ!名はエーリッヒ!」
「で、そのエーリッヒさんとやらは俺たちを待ち伏せして、何か用か?」
「おぅおぅ……上から目線でモノ言ってんじゃねぇぞ?強者には媚びへつらうが、弱者は自分たちを食わせる餌としか思ってねぇ。やはり騎士様ってのは王様たちの飼い犬か?」
「レミエール王国の誇りを……王家を侮辱する気か?犬はどっちだ……金に釣られるだけの野犬が。もう一度だけ聞いてやる。ここで何をしている?抵抗するなら容赦しねぇぞ?」
アルドの放つ気配が明らかに殺気立つ。
「ダメだな……この期に及んで自覚がないと見える。つくづく救えねぇ……」
「まだほざくか?俺たちは王の命令で――」
「奪いに来たんだってなぁああああああ!!」
突如、アルドに攻撃を仕掛けたエーリッヒ。
そのまま互いの軍勢を巻き込み、大規模な戦闘となるかと思われたが、そうはならなかった。
「全員、手を出すなっ!!」
剣の柄に手をかけ、今まさに駆け出そうとしていた騎士団員たちが制止する。
それはエーリッヒからの初撃を意図も容易く受け止めたアルドから発せられたものだった。
「躾がなってねぇ野良犬は……俺が王に代わり教育してやるっ!」
「はっ……ははっ!おもしろい!お前らも手は出すなよ!!騎士様に現実をわからせてやらねぇとな!」
こうして、軍団同士の直接衝突とはならず、互いの代表同士が一騎打ちをする形となった――――
「傭兵如きと侮ったのは早計だったか……が、ここまでだ……!」
「お前もなかなかやるじゃねぇか……温室育ちの騎士様にしては、だがな!」
二人の決闘が開始されてから既に一刻が経過。
互いの全身には、その激しさを裏付ける夥しい数の傷跡が見て取れる。
それでも一向に止まる気配の無いアルドとエーリッヒは、一撃、また一撃と、力を交わし続ける。
「ア、アルド団長……!」
「おい……もう止めた方がいいんじゃねぇのか?」
更に熱を増すアルド、エーリッヒとは対称に、周囲の者たちからは不安の声が上がり始める。
当然、当人たちの耳にも聞こえている。
それでも彼らは止まらない。
「これで決めてやるよぉおおおおおお!」
「うぉおおおおおおおお!!」
譲れぬ想いが再び衝突する。
「ぐっ……あぁああ……!?」
「うっ……ぬぅ……!!」
互いの渾身の一撃が交差した瞬間、二人の表情が歪んだ。
アルドは左目を押さえたままよろめき、エーリッヒは左腕を庇うように膝をつく。
「いかんっ!これ以上は無理だ!」
「頭ぁ!やべぇ!止めるぞ!!」
もうこれ以上は見ていられないと、互いの部下たちが二人に駆け寄る。
アルドの左目は深々とえぐられ、もはや治癒魔術でさえ治療が不可能であることが明らかな状態。
一方のエーリッヒも、先程まで繋がっていた彼の左肘から先が地に転がっているのを見ると、絶望的な深手を負ったことは言うまでも無かった。
「来るなぁ!!まだ決着はついてねぇっ!!」
剣を地に突き立て、倒れることを拒否するアルドの怒声。
血塗れになりながらも、片目を失ってもなお、微塵も闘志の衰えを感じさせないアルドの姿は、傭兵たちに心に恐怖を刻み込む。
「は……ははっ!はははははははは!!
その中でただ一人、恐怖よりも喜びの感情を覚えたエーリッヒが笑う。
「アルド。お前、どういうつもりだ?国に媚びへつらうだけのヤツが俺と対等に戦えるわけがねぇ……何か強い信念を感じる」
「守るべきモノを守るためだ。お前こそ、何のために戦う?少なくとも、金のために剣を握るヤツの戦い方には見えねぇぞ?」
「金などいるか!!ただ、誰もが平和に暮らせる安らかな世界のために!俺はそのためだけに戦うのみだ!」
「あの屋敷に住む馬鹿貴族を助けることが、お前の言う平和に繋がるのか?」
「そうだ!王族や国といった強者から虐げられ、踏みつけられる弱者は救わねばならない!お前は違うのか!?弱き民は、騎士のお前にとって守るべきモノではないのか!?」
どうも話が噛み合っていない。
思えば戦闘を開始する前からエーリッヒはアルドが腑に落ちないことを口走っていた。
眉をひそめるアルドは、改めて考える。
自分たちがここにいる理由。
それに敵対する理由。
エーリッヒたちが貴族を弱者と呼ぶ理由。
疑問が一つの仮説を導き出す。
「エーリッヒよ。俺たちがここに来た理由を知ってるか?」
「あそこの貴族様を捕えて、財産を取り上げるためだろう?」
「質問を変える。何故、俺たちがそうしなきゃいけないか知ってるか?」
「あぁん?弱者から権利と財産を無理やり取り上げて、自分たちがおいしい思いするためだろうが!?」
アルドが立てた仮説は正しかった。
この地の貴族は、エーリッヒたち傭兵団を雇う際に自分の立場とこれまでの行いを説明していない。
不正に王国から全てをむしり取られる被害者を演じ、虚言と悪意をもってエーリッヒの情けに訴えたのだ。
そこまでわかれば話は簡単だった。
アルドたちの目的と行動理由を詳細にエーリッヒに伝える。
それだけで解決する。
「は、離せっ!!くそっ……役に立たん傭兵どもだ……!!」
程無くして屋敷は制圧され、任務対象だった貴族は騎士団の手により王都へと連行された。
アルドの話を聞いたエーリッヒは、自分たちが誤解していたことをすぐに理解した。
貴族の口車に乗せられ、平和のために行動していたアルドたちに対し、刃を向けてしまった過ちを認め、謝罪したのだ。
「今回の件は悪かった……あんなペテンにかけられちまうとは情けねぇ話だ。お前の目にも消えない傷を残しちまった……すまねぇ」
「お互い様だ。お前こそ、その腕じゃ不自由することだろうよ」
「なぁに。ヘタこいたツケとしちゃ、命があるだけまだ安いってもんだろ?」
「ふふっ……そうかもな」
「じゃ、俺たちはもう行くぜ?稼ぎがパーになっちまったからな。新しい雇い主を探す」
「……お前とはまたどこかで会う気がするな。エーリッヒ」
「当たり前だ。言っておくが、勝負の決着はまだついてねぇんだからな?忘れるなよ、アルド?」
「あぁ。逃げも隠れもしねぇ!」
この一件こそ、アルドとエーリッヒの、生涯を通して唯一ライバルと呼べる存在との出会いだった。
―― 一カ月後。
エーリッヒに受けた傷の疼きも落ち着き、アルドが完全に騎士団に復帰した頃、彼はレミエール王国王女エリーゼの召喚に応じ、王城の謁見の間を訪れていた。
「よく来てくれました、アルド。もう傷は平気ですか?」
「はっ!この通りにございます」
「傷だらけで帰ってきたアルドの姿を見た時は驚きました……本当に良かった」
「お心遣い、痛み入ります。部下たちにも不安を与えてしまいました。一層、職務に励み、一刻も早く安心させてやらねば」
「そうですね。実は今回、貴方に頼みたい任務があるのです」
「如何様な任務であろうとも、御心のままに」
「ありがとう!」
エリーゼより受けた命は、彼女が近々行う領地内への視察に同行し、そのサポートと警護を行うという内容だった。
今の王族が領内の民から厚い信頼を得ている理由の一つとして、こうして御身自らが彼らの姿を見て、声を聞き、接してきた過去があることが挙げられる。
無論、身の危険を考えれば良い事ばかりではないことも彼らは承知はしていたが、それでも民のため、国のためを想う姿勢あっての判断だ。
それだけの想いと覚悟をもって行われる政務と、それを傍で支えるお役目。
アルドにとっても光栄の至りであることだろう。
「間も無く出立だ。各自、準備は万全か?」
「「はっ!!」」
エリーゼの命を受けたアルドは、今回の任務に当たり、直属の部隊から十人程度の騎士を選抜した。
一人一人が騎士団の中でも一目置かれる精鋭たち。
アルドは、エリーゼが王都を発つまでの数日の間に警護の陣形、ルートの確認、各地の事前調査を完了させ、任務に備えた。
「皆さん。今日はよろしくお願いします」
「エリーゼ殿下……御自らお言葉を頂けるとは。我ら一同、この命と誇りにかけ、御身をお守りいたします」
「こら、アルド。そんなに気負っていたら、民の皆さんを怖がらせてしまいます!」
「ま、誠に失礼を……!」
「ふふ……冗談です!」
「これは……ははは。一本取られてしまいましたな」
張り詰めていた空気が柔らかく和んでいく。
緊張していたはずの部下たちも、いつしか自然な笑み浮かべていた。
「言葉もない……このお方を、この地を、この平和を、守るべきモノを守らねば……」
「アルド?何か言いましたか?」
「いえ。何でもありませぬ。やや!そろそろ出発のお時間です!」
「はい。では、共に頑張りましょう!」
こうして王都を出発した一行。
予定通りのルート。
予定通りのスケジュール。
全てが順調に進み、視察は消化されていく。
「あ!お姫さまだ!わーい!エリーゼさまー!」
「ごきげんよう。最近、何か困った事はありませんか?」
「ないです!毎日すっごく楽しいです!」
「今回も王女様自らよく赴いてくださいました。おかげ様で、この村は平和で幸せな日々を暮らしております」
「それはなによりです。少しでも気になったことがあれば、何でも言ってください!」
「へへぇ……ありがとうございます!」
訪れる街々、村々で同じように繰り返される光景。
それを見る度に、自身が仕えてきたモノに、守ってきたモノに間違いはなかったと噛み締めるアルド。
夕刻まで続けられたそんな旅路も次の街で最後。
一日かけてようやく王国領地全体の十分の一程度。
エリーゼ、ひいてはレミエール王国の王族は、こうした視察を各地で定期的に行う。
政務という言葉で片付けるのは簡単だが、同じことを行えている王たちが世界中にどれだけいることだろう。
言う者に言わせればただのご機嫌伺いや点数稼ぎに過ぎないのかもしれない。
労力に見合うだけの成果が得られているのかもわからない。
それでも、この国の王族は代々に渡りこういった姿勢を守り抜いてきた。
信頼や感謝にどれだけの価値をつけるかは人それぞれだが、彼らはその価値を深く重んじ、大切にしているのだ。
「殿下。今回の視察は次の街で最後となります。お疲れではありませんか?」
「いいえ。私はまだ子供ですが、これが王家の務めであり、私の責任です。それに、皆さんの笑顔を見れば、疲れなど吹き飛んでしまいます!アルドもそうでしょう?」
「然り。実に喜ばしい事です」
しかし、そんな時間も束の間、そろそろ街の影が見えようかという所で、横道から一行の前に躍り出る人影をいち早くアルドが察知した。
「全員!警戒!!」
アルドの声に素早く反応した隊員たちが、エリーゼを囲み、剣を抜く。
「何者だ?貴様!」
「レミエール王国王女殿下、エリーゼ姫とお見受けした……」
「――っ!?気を付けろ!まだいるぞ!!」
馬車が停止したことを皮切りに、素早く忍び寄ってくる複数の気配。
その数は五、十、十五、続々と増えていく。
「アルド団長!」
「殿下のご無事が最優先だ!囲まれる前に突破するぞ!!」
「「はっ!!」」
一見するとただの野盗。
だが、仕掛けてくるタイミングや、獲物を包囲する際の手際の良さなど、場慣れした野盗のそれとは正確さもレベルも桁違いだ。
恐らくは特殊な訓練を受けた何者からによる偽装である。
「八時方向に転進!森の中へ!!」
「せぇやぁああああ!」
最も包囲の薄そうな場所を瞬時に見極めたアルドの指示で、隊員が突破口を開く。
「止まるな!進めぇ!!」
先頭にエリーゼを乗せた馬車。
その周囲を隊員が囲んで護衛。
追撃をアルド含む数人の騎士が阻む。
そうして何とか追っ手を振り切ることに成功した一行は、近くにあった森の中へと逃げ込むことに成功した。
だが、これも恐らくは敵の計画通りなのだ。
「団長。ただいま戻りました。どうやらこの付近には敵の姿はないようです」
「ご苦労。少し休んでくれ」
周囲の状況と安全を確認するため、哨戒に向かわせていた部下からの報告を受け、アルドは対策を練る。
「しかし、やられました……森は視界が悪く、敵の接近を察知することも難しい。身動きを取りにくくするようにここへ追い込んだのでしょう」
「あぁ。あれは野盗なんかじゃねぇ。間違いなくプロだ。不用意に森から出ようと動けばあっという間に索敵網にひっかかる」
「しかし、捜索の網は徐々に狭まってきます。ならばいっそ、少しでも早く突破を試みた方がよろしいのでは!?」
「早く手を打たなければならんのは正解だが、その方法は危険すぎる。殿下もおられるのだ」
物々しい視察を避けたがったが故の少人数での護衛だったが、この判断が裏目に出た結果となった。
精鋭揃いとはいえ、数倍の人数差を相手にしながら護衛対象を守り切らなければならない戦闘。
いくらなんでも勝ち目が薄すぎる。
「ですが……なら、どうすれば……」
「奴らの狙いは殿下だ。殿下がここにいる限り、奴らも森を離れることはできん」
「それはそうですが……」
「例え護衛の一人や二人が逃げ出そうとも、むしろ殿下の守りが薄くなるだけ奴らは歓迎するはずなのさ」
「王都へ増援を要請するおつもりですか!?」
こちら側の手勢が増えれば、正面突破さえも容易になる。
それが騎士団の大部隊ともなれば、いかなプロとはいえども、撤退せざるを得ない。
だが、それは実現不可能な机上の空論に過ぎなかった。
「無理です!ここから王都へ走り、再び戻ってくるだけでも半日以上!部隊を動かすとなると早くとも一日近くかかります!」
「その通り。だから援軍の要請先は王都じゃねぇ。あっちだ!」
アルドが指差した方向は王都とは真逆の方角。
首をかしげながらそちらを見たアルドの部下は、少し考えた後、驚きの声をあげる。
「まさか!?視察先の街に援軍を求めるおつもりですか!?」
「あの街なら半日もかからず往復できるからな」
「アルド団長……お言葉ですが……エリーゼ殿下は、民たちに危険が及ぶことを良しとはしないはずです!」
「そんなことわかってる。一般人じゃねぇ。正規軍が駐留してねぇ小さな街だが、運が良けりゃあ、まとまった人数の自警団程度は組織されてるだろ。そいつらを頼る。数さえ集まりゃ他の作戦の立てようもあるからな」
「た、確かに……!」
「ここで殿下を失うことは、今の平和と、この先に続くはずの平和を全て失うことと同じなんだよ。殿下を慕う民たちの多くはそのことも理解している。お前もそのはずだな?」
「……はい!レミエールの騎士の誇りにかけて!」
「だったらその者達を連れてこい!守るべきモノを守るため、共に戦う戦士たちをなぁ!!」
「はっ!!」
「俺は他のヤツらとなるべくここで時間を稼ぐ。お前一人に任せることになっちまってすまねぇな」
「いえ!団長も、ご武運を!」
それからはただ待った。
いつ来るかもわからない。
本当に来るかどうかさえわからない希望。
一瞬も気を抜かず、それを待ち続けなければならない状況は、屈強な騎士たちの精神を少しずつ、だが確実に削り取っていく。
だが、そんな苦しみから解放される時は、彼らが思うよりもずっと早く訪れた。
望まぬ形として。
「――っ!?敵襲ぅうううう!!」
アルド指揮の元、厳戒態勢でエリーゼの護衛を続けていた一行の姿が野盗に発見された。
敵の気配を誰よりも早く察知したアルドは、視線を感じる方向を睨み付け、剣を構える。
「アルド!?何があったの!?」
「いけません、殿下!馬車にお戻りを!」
「早く殿下の周囲を固めろ!指一本触れさせてはならん!!」
慌ただしく陣形を整える騎士団。
「もう逃がしはしない……姫のお命、ここで頂戴する」
続々と集結する敵の気配。
完全に囲まれた。
もはや戦う他に道はない。
「誰一人として死ぬことは許さん!守り抜き、勝利し、再び王都の地を踏みしめるぞ!!」
「「はっ!!」」
「くっくっくっ……たかが十人程度の兵を鼓舞したところで、何が出来ようというのか。全員血祭にあげて――」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
緊迫した空気を切り裂いた遠吠えの様な声。
アルドはその声に聞き覚えがあった。
思い出したくないような、馬鹿で憎たらしいある一人の男の顔が浮かぶ。
「ははっ!俺らも混ぜろよ!なぁ、アルド?」
分厚い鎧を身に纏い、散歩でもするように戦場を闊歩するふてぶてしさ。
ギラリとした眼光と、薄ら笑いを浮かべるつり上がった口角。
数カ月前と相も変わらぬ、アルドと死闘を演じたエーリッヒの姿に他ならない。
「やはりお前か……エーリッヒ!」
「増援だと!?王都からこんなにも早く駆け付けられるはずがないっ!」
「おぃおぃ……俺らが品行方正な騎士様に見えるのか?」
エーリッヒの後ろからぞろぞろと姿を現す屈強な男たち。
見覚えのある顔もいくつかある。
「その恰好……まさか傭兵か?」
「ご明察。そこの団長さんとはちょっとばかし縁があるもんでな。邪魔させてもらうぞ?」
「ふんっ……傭兵風情が加わったところで、何が変わるわけでもない。はした金に目をくらませ、わざわざ無駄死にしに来るとは。馬鹿な連中だ」
「ほほぅ……煽るじゃねぇか。なら変えてみせようか。戦況ってやつを……!」
睨みを利かせ合うエーリッヒたちと野盗集団。
「エーリッヒ!俺の部下はどうしやがった!?」
「安心しな。街の酒場で寝かせておいたぜ?傷だらけで転がり込んできたと思ったら、助けてくれなんて言うもんだからよぉ?聞いてみりゃ、お前がやべぇって話じゃねぇか」
「まさかお前らがあの街にいたとはな……いろいろと期待を裏切りやがって……!」
アルドにとっては何よりもやっかいで、心強い援軍の到来。
希望に現実味が湧いてきた。
「おらぁああああ!!」
「ふんぬっ!?」
ふと胸を撫で下ろし、アルドが息をついた瞬間だった。
味方だと考えていたエーリッヒからの攻撃。
アルドはそれを咄嗟に受け止める。
「はははっ!何を安心してやがる、アルド!?勘違いはするな。俺との決着を残したまま、お前に死なれちゃ困るんだよ!」
「ふふっ……なるほどな。こんな状況でそんな馬鹿なこと言えるのはお前くらいだ。らしいと言えばらしいが」
「そういう事だ。俺は俺のやり方で、やりたいことを成すのみ!」
「俺だって同じだよ。守るべきモノを守り続ける。それこそが俺の役目であり、行動理由だ……!」
「それでいい!わかったらさっさと行け!お姫様を死なせちゃならねぇんだろ?国のために!平和のために!」
「あぁ!この場は任せる!!」
「おぅ!任されてやらぁ!!」
エリーゼを乗せた馬車を先導するために踵を返すアルド。
当然、目標であるエリーゼをそう簡単に逃がすまいと敵が行く手を阻む。
「行かせるとでも思うか……?」
「押し通る!!」
アルドはあえて大袈裟に剣を振り回し、退路を無理やりこじ開けていく。
「いかん!逃がすな!!」
「お前らの相手は俺たちだろう……なぁ!?」
後を追おうとする敵兵の前に立ちはだかるエーリッヒ。
敵の包囲網を破ることに成功した騎士団一行はそのまま森を駆け抜ける。
少しずつ遠ざかっていく戦闘の音。
アルドは、それが聞こえなくなるまで唇を噛み締めていた。
「アルド!?どこへ行くのです!?」
「私は森へ戻ります!エーリッヒたちをあのまま放ってはおけません!」
森から脱出し、最後の視察予定地であった街まで無事に辿り着くことのできた一行だったが、到着するや否や、アルドは一人で馬を転進させた。
「アルド団長!ならば我々も共に――」
「ダメだっ!この街に敵が潜んでないとも限らん。殿下の護衛をこれ以上減らすわけにはいかん!」
「しかし、団長……!」
「申し訳ありません、エリーゼ殿下。殿下の安全をお守りすることは騎士たる者の務め……ましてや団を預かる者がそれを放棄することなどあってはならない愚行。どのような処罰でも受け入れる所存です。しかし、それでも私は行かねばなりません……!!」
「……わかりました。友を救いたいという貴方の気持ち、私は支持します!」
「有り難きお言葉!すまんな、お前ら。殿下の警護は任せたぞ!」
「……わかりました。どうか、ご武運を!」
「あぁ!!」
再び馬を走らせるアルド。
エリーゼが口にしたように、彼にとって今のエーリッヒという男が果たして友と呼べる存在なのかどうかはわからない。
だが少なくとも、駆けつけてくれた恩がある。
守るべき尊い方を救ってくれた恩がある。
それだけで彼にとっては十分すぎる理由。
騎士として、男として、その恩をただ受け取ったままでいることは許されない。
「……っ!?」
森に再び足を踏み入れて間もなく、至る所に転がる亡骸の影が視界に飛び込んできた。
その中の多くがエーリッヒの率いていた傭兵たち。
敵は手練れの、恐らくは暗殺部隊。
彼ら傭兵とてそれなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者であるはずだが、この惨状を見る限り、かなり分が悪いことは明白である。
「くそっ……!!」
更に森の奥から漂ってくる血の匂い。
まだ戦闘が継続されている気配も感じる。
「エーリッヒ……!?」
何かを懇願するような表情を浮かべながら、木々の間を駆け抜けていくアルド。
そして視線の先に、横たわる仲間を庇いながら、ただ一人奮闘を続けるエーリッヒの姿を見た。
「はぁああああああああ!」
「何っ――ぐあぁ!?」
手近な敵に狙いを定め、その首元から斜めに一刀両断。
「アルド!?馬鹿野郎が……何故戻ってきた!?」
「待たせたな、エーリッヒ!借りっぱなしは性に合わねぇ!」
周囲に立っている者はエーリッヒと十数人の敵兵のみ。
その足元には、敵味方入り混じったいくつもの人影が地に伏している。
中にはまだ息のある者もいるようだが、皆一様に深手を負い、戦闘を継続することはまず不可能だろう。
「エーリッヒ。まだやれんのか?なんなら休んでてもいいぜ?」
「どうせお前だけじゃ全部片付けられっこねぇからな。休みたくても休んでなんていられねぇだろ」
「そういや、お前……俺が斬ったはずの左腕は……?」
「この通り!ガリギア製、特注もんの義手だぜ?さすがに片手は不便だからな!」
「また珍妙な……」
「お前こそ俺に目ん玉片っぽ取られてんだろうが?そんな状態でまともに戦えんのか?」
「一個ありゃ十分だ。斬るべき相手の姿はしっかりと見えてる!」
アルドからギラリと光る眼光を向けられる野盗たち。
しかし、そこは流石に手練れ。
臆さず、だが決して焦らず、静かに武器を構えたまま、アルドとエーリッヒの動きに警戒を払っている。
「いいからお前は少し休んでろ。足元ふらついてんぞ?血の流しすぎだ」
「これくらい気合で何とでもなるさ!それに、もともと血の気が多いんだよ。むしろ頭スッキリ快調この上ないな!」
「ったく……まだ俺との勝負はついてないんだ。死んで勝負を投げ出すことは許さねぇぞ?」
「当たり前だ!!お前こそ一人でおっちんだりするなよ!?」
「さて、じゃあさっさと片付けるか!!」
「おぅよ!!」
レミエール王国騎士団団長と、ガルムの傭兵団頭目。
立場も生まれも全く違う二人の戦士が、共に敵陣へと斬り込んでいく。
「レミエールに刃を向けた不届き者どもがぁ!全て葬り去ってくれるわ!!」
一人、二人と豪快に斬り伏せながら、一太刀、二太刀と身に刃を受ける。
見る見るうちに傷だらけになっていくというのに、痛みさえも感じていないのか、ますます勢いを増して暴れ狂うアルド。
「おらぁああああああ!どんどん来やがれぇ!!」
つい先ほどまで死んでもおかしくないような戦闘を続け、心身ともに疲弊しきっているはずのエーリッヒ。
いくら鎧に身を包んでいようとも、決して無傷でいられたはずもない。
それが何故、今しがた戦線に加わったばかりのアルドに負けず劣らずの威勢を発揮できるのか。
「死んでねぇだろうなぁ!?エーリッヒ!!」
「こっちの台詞だ!!アルドぉおおおお!!」
二人は互いの背を預け、鼓舞しながら、確実に敵を倒していく。
「な、何なんだこいつらは……!」
「隊長!と、止められませ――ぎゃぁああ!!
「化け物か……!?」
感情の起伏さえも乏しかった敵の表情。
しかし、アルドとエーリッヒの狂気にも似た戦意にあてられたのか、それも今では完全に崩れ去り、じわじわと減らされていく味方の数に比例して恐怖へと染まりつつある。
「た、隊長!我々の目標はこやつらではないはずです……!」
「ぬぅ……やむを得んか……撤収だ!」
号令を受け、蜘蛛の子を散らすように戦場から離脱していく敵兵たち。
アルドとエーリッヒは、互いの背中を支えに立ち尽くすのみで、その後ろを追おうとはしなかった。
否、追うことが出来る状態ではなかった。
「撤収だぁ?ははっ……撤退の間違いだろう……なぁ、アルド?」
「なんだ……まだ口を利く余裕があんのかよ、エーリッヒ。てっきり死んだのかと思ったぜ?」
「こっちの台詞だ……馬鹿野郎」
「途中からほとんど動かねぇから……心配してやったんだよ……」
「こちとらお前の百倍以上倒してんだぞ……ちょっと疲れたから休んでただけだ……」
「吹いてんじゃねぇよ……合流してからあいつら斬ったのほとんど俺じゃねぇか……」
「俺がヘロヘロにしたヤツばっか狙ってたからだろ?このハイエナ野郎が……」
「だいたい百倍って何だ……戦争でもあるめぇし、もう少しまともな数字で強がれねぇのかよ。血ぃ流しすぎて正気も保ってられねぇか?」
「例えだろが……なんならお前も一緒に捻り潰してやってもいいんだぜ?」
「くっくっくっ……面白ぇ。決着付けてやるよ」
「ぷっ……ははっ……片目潰れて距離感掴めねぇんだろ?俺も片目つぶってやろうか?」
「ハンデとしちゃ丁度良いだろ?なんなら両目瞑って相手してやってもいいぜ?」
「言いやがったな!?絶対目開けんなよ、てめぇ!あの世で後悔させてやる!!」
「おう!かかってこいや!!」
「おらぁああああああああ!!」
一夜明けてようやく街へ帰還したアルドとエーリッヒ。
肩を組んで支え合い、足を引きずりながら歩く二人の身体は、後ろに控える生き延びた傭兵たちよりも遥かにボロボロで、エリーゼを含み、迎えに上がった騎士たちを驚愕させた。
その日の午前中に、最後の視察を済ませたエリーゼ。
アルドとエーリッヒはというと、休息と呼べるほどの休息も取らぬまま、その視察に護衛として同行。
麗しいエリーゼの背後で睨み合う傷だらけの男二人。
その奇妙な光景は街の民の記憶に強く留まり続けたことだろう。
「何でお前が王都まで付いてくんだ?エーリッヒ。お前への依頼はもう済んだろ?」
「団長様が負傷中とあっちゃ、王女さんも不安かと思ってな。王都に送り届けるまでの護衛を買って出たまでだ。王女さんも了承済みだぜ?」
「殿下!?何故このような者に!こやつとて負傷兵ですぞ!!」
「彼がせっかく申し出てくれたので……それに、城に招待してちゃんとしたお礼がしたいな、と!」
「……要は謝礼目当てか?おぃ」
「あぁ?そんなんじゃねぇよ!ただ、お前があぁまでして守ろうとした王女さんってのがどんな人間か気になっただけだ!」
「ふふ……二人は本当に仲が良いのですね!まるで兄弟のよう!」
「殿下!ご冗談を!!」
「まぁ、このエーリッヒが生意気な弟分として直々に鍛えてやってもいいかな、という気にはなってますがね……?」
「まぁ!お優しいのですね!」
「何企んでる……殿下をたぶらかすとは……この不届き者がぁ!」
「ぐふぉ!?は……ははっ……この野郎……先に手ぇ出したのはてめぇだからな!今度こそケリつけてやるよぉ!!」
「望むところだぁああああ!!」
今まさに、その地で死闘は繰り広げられていた。
睨み合う二つの陣営。
片や、誇り高き王国直属の騎士団員が数十名。
片や、百戦錬磨の傭兵団延べ数十名。
しかし、これは戦にあらず。
互いが互いに真っ直ぐと立ち並び、ただただ眼前の一点を見つめているのみ。
「はぁああああああ!!」
「おぉおおおおおお!!」
二つの軍勢が向かい合うその中央で、凌ぎを削り合う二人の男。
その場にいる全員が、戦いの光景を目に焼き付ける様に見据えていた。
「でぃやぁああああああ!!」
「ぐぉ!?」
レミエール騎士団の正装に身を包む男が、相対する敵に強烈な一撃を叩き込む。
「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」」
同時に、その背後に控える騎士団員たち全員が雄叫びを上げる。
「まだ……だぁああああああああ!」
「ぬぅ……!?」
あまりの衝撃に一瞬よろめく相対者は狼のガルム。
こちらも負けじと、即座に体制を整え反撃する。
「「っしゃおらぁああああああああああ!!」」
同時に、その背後に控える傭兵達が吼える。
「いい加減しつこいぜ……アルドさんとやら……!」
「名は……確かエーリッヒと言ったな?こっちの台詞だ……!」
今この状況に至るまでを経緯を説明するためには、数日前へと話は遡る――――
――今回、王国領内のとある貴族が、不正に利権を独占して私腹を肥やしているとの報せを受けた王家は、アルドが率いる騎士団に対し、事実確認と、必要とあらばその身柄を拘束することを命じてこの地に派遣した。
こうした事例そのものは珍しい事ではなかったが、問題は容疑をかけられた貴族の対応だった。
通常であれば、王城より発行された礼状を携えた騎士団が到着すると、疑いをかけられた者は速やかに協力し、事情聴取に応じるといった運びとなる。
しかし、今回容疑者である貴族は、事前にどこからか騎士団派兵の情報を入手したらしく、なんと傭兵を雇い入れていたのである。
貴族邸に到着した騎士団一行を門前で待ち構えていた傭兵たち。
目的と立場を確認するため、アルドが彼らに歩み寄った時、傭兵のうちの一人もまた一歩前へと足を踏み出した。
その人物こそが、傭兵団頭目エーリッヒである。
「おぅ……待ってたぜ?」
狼のガルム族。
筋骨隆々の鍛え抜かれた身体。
分厚い鎧に身を包んでいることもあり、一層その存在感が大きく見える。
「レミエール王国騎士団だ。傭兵がここで何をしている?」
「だから今言ったろ?お前らを待ってたんだよ」
「……俺はアルド。本騎士団を指揮している者だ。お前がこいつらの頭目か?」
「おぅ!名はエーリッヒ!」
「で、そのエーリッヒさんとやらは俺たちを待ち伏せして、何か用か?」
「おぅおぅ……上から目線でモノ言ってんじゃねぇぞ?強者には媚びへつらうが、弱者は自分たちを食わせる餌としか思ってねぇ。やはり騎士様ってのは王様たちの飼い犬か?」
「レミエール王国の誇りを……王家を侮辱する気か?犬はどっちだ……金に釣られるだけの野犬が。もう一度だけ聞いてやる。ここで何をしている?抵抗するなら容赦しねぇぞ?」
アルドの放つ気配が明らかに殺気立つ。
「ダメだな……この期に及んで自覚がないと見える。つくづく救えねぇ……」
「まだほざくか?俺たちは王の命令で――」
「奪いに来たんだってなぁああああああ!!」
突如、アルドに攻撃を仕掛けたエーリッヒ。
そのまま互いの軍勢を巻き込み、大規模な戦闘となるかと思われたが、そうはならなかった。
「全員、手を出すなっ!!」
剣の柄に手をかけ、今まさに駆け出そうとしていた騎士団員たちが制止する。
それはエーリッヒからの初撃を意図も容易く受け止めたアルドから発せられたものだった。
「躾がなってねぇ野良犬は……俺が王に代わり教育してやるっ!」
「はっ……ははっ!おもしろい!お前らも手は出すなよ!!騎士様に現実をわからせてやらねぇとな!」
こうして、軍団同士の直接衝突とはならず、互いの代表同士が一騎打ちをする形となった――――
「傭兵如きと侮ったのは早計だったか……が、ここまでだ……!」
「お前もなかなかやるじゃねぇか……温室育ちの騎士様にしては、だがな!」
二人の決闘が開始されてから既に一刻が経過。
互いの全身には、その激しさを裏付ける夥しい数の傷跡が見て取れる。
それでも一向に止まる気配の無いアルドとエーリッヒは、一撃、また一撃と、力を交わし続ける。
「ア、アルド団長……!」
「おい……もう止めた方がいいんじゃねぇのか?」
更に熱を増すアルド、エーリッヒとは対称に、周囲の者たちからは不安の声が上がり始める。
当然、当人たちの耳にも聞こえている。
それでも彼らは止まらない。
「これで決めてやるよぉおおおおおお!」
「うぉおおおおおおおお!!」
譲れぬ想いが再び衝突する。
「ぐっ……あぁああ……!?」
「うっ……ぬぅ……!!」
互いの渾身の一撃が交差した瞬間、二人の表情が歪んだ。
アルドは左目を押さえたままよろめき、エーリッヒは左腕を庇うように膝をつく。
「いかんっ!これ以上は無理だ!」
「頭ぁ!やべぇ!止めるぞ!!」
もうこれ以上は見ていられないと、互いの部下たちが二人に駆け寄る。
アルドの左目は深々とえぐられ、もはや治癒魔術でさえ治療が不可能であることが明らかな状態。
一方のエーリッヒも、先程まで繋がっていた彼の左肘から先が地に転がっているのを見ると、絶望的な深手を負ったことは言うまでも無かった。
「来るなぁ!!まだ決着はついてねぇっ!!」
剣を地に突き立て、倒れることを拒否するアルドの怒声。
血塗れになりながらも、片目を失ってもなお、微塵も闘志の衰えを感じさせないアルドの姿は、傭兵たちに心に恐怖を刻み込む。
「は……ははっ!はははははははは!!
その中でただ一人、恐怖よりも喜びの感情を覚えたエーリッヒが笑う。
「アルド。お前、どういうつもりだ?国に媚びへつらうだけのヤツが俺と対等に戦えるわけがねぇ……何か強い信念を感じる」
「守るべきモノを守るためだ。お前こそ、何のために戦う?少なくとも、金のために剣を握るヤツの戦い方には見えねぇぞ?」
「金などいるか!!ただ、誰もが平和に暮らせる安らかな世界のために!俺はそのためだけに戦うのみだ!」
「あの屋敷に住む馬鹿貴族を助けることが、お前の言う平和に繋がるのか?」
「そうだ!王族や国といった強者から虐げられ、踏みつけられる弱者は救わねばならない!お前は違うのか!?弱き民は、騎士のお前にとって守るべきモノではないのか!?」
どうも話が噛み合っていない。
思えば戦闘を開始する前からエーリッヒはアルドが腑に落ちないことを口走っていた。
眉をひそめるアルドは、改めて考える。
自分たちがここにいる理由。
それに敵対する理由。
エーリッヒたちが貴族を弱者と呼ぶ理由。
疑問が一つの仮説を導き出す。
「エーリッヒよ。俺たちがここに来た理由を知ってるか?」
「あそこの貴族様を捕えて、財産を取り上げるためだろう?」
「質問を変える。何故、俺たちがそうしなきゃいけないか知ってるか?」
「あぁん?弱者から権利と財産を無理やり取り上げて、自分たちがおいしい思いするためだろうが!?」
アルドが立てた仮説は正しかった。
この地の貴族は、エーリッヒたち傭兵団を雇う際に自分の立場とこれまでの行いを説明していない。
不正に王国から全てをむしり取られる被害者を演じ、虚言と悪意をもってエーリッヒの情けに訴えたのだ。
そこまでわかれば話は簡単だった。
アルドたちの目的と行動理由を詳細にエーリッヒに伝える。
それだけで解決する。
「は、離せっ!!くそっ……役に立たん傭兵どもだ……!!」
程無くして屋敷は制圧され、任務対象だった貴族は騎士団の手により王都へと連行された。
アルドの話を聞いたエーリッヒは、自分たちが誤解していたことをすぐに理解した。
貴族の口車に乗せられ、平和のために行動していたアルドたちに対し、刃を向けてしまった過ちを認め、謝罪したのだ。
「今回の件は悪かった……あんなペテンにかけられちまうとは情けねぇ話だ。お前の目にも消えない傷を残しちまった……すまねぇ」
「お互い様だ。お前こそ、その腕じゃ不自由することだろうよ」
「なぁに。ヘタこいたツケとしちゃ、命があるだけまだ安いってもんだろ?」
「ふふっ……そうかもな」
「じゃ、俺たちはもう行くぜ?稼ぎがパーになっちまったからな。新しい雇い主を探す」
「……お前とはまたどこかで会う気がするな。エーリッヒ」
「当たり前だ。言っておくが、勝負の決着はまだついてねぇんだからな?忘れるなよ、アルド?」
「あぁ。逃げも隠れもしねぇ!」
この一件こそ、アルドとエーリッヒの、生涯を通して唯一ライバルと呼べる存在との出会いだった。
―― 一カ月後。
エーリッヒに受けた傷の疼きも落ち着き、アルドが完全に騎士団に復帰した頃、彼はレミエール王国王女エリーゼの召喚に応じ、王城の謁見の間を訪れていた。
「よく来てくれました、アルド。もう傷は平気ですか?」
「はっ!この通りにございます」
「傷だらけで帰ってきたアルドの姿を見た時は驚きました……本当に良かった」
「お心遣い、痛み入ります。部下たちにも不安を与えてしまいました。一層、職務に励み、一刻も早く安心させてやらねば」
「そうですね。実は今回、貴方に頼みたい任務があるのです」
「如何様な任務であろうとも、御心のままに」
「ありがとう!」
エリーゼより受けた命は、彼女が近々行う領地内への視察に同行し、そのサポートと警護を行うという内容だった。
今の王族が領内の民から厚い信頼を得ている理由の一つとして、こうして御身自らが彼らの姿を見て、声を聞き、接してきた過去があることが挙げられる。
無論、身の危険を考えれば良い事ばかりではないことも彼らは承知はしていたが、それでも民のため、国のためを想う姿勢あっての判断だ。
それだけの想いと覚悟をもって行われる政務と、それを傍で支えるお役目。
アルドにとっても光栄の至りであることだろう。
「間も無く出立だ。各自、準備は万全か?」
「「はっ!!」」
エリーゼの命を受けたアルドは、今回の任務に当たり、直属の部隊から十人程度の騎士を選抜した。
一人一人が騎士団の中でも一目置かれる精鋭たち。
アルドは、エリーゼが王都を発つまでの数日の間に警護の陣形、ルートの確認、各地の事前調査を完了させ、任務に備えた。
「皆さん。今日はよろしくお願いします」
「エリーゼ殿下……御自らお言葉を頂けるとは。我ら一同、この命と誇りにかけ、御身をお守りいたします」
「こら、アルド。そんなに気負っていたら、民の皆さんを怖がらせてしまいます!」
「ま、誠に失礼を……!」
「ふふ……冗談です!」
「これは……ははは。一本取られてしまいましたな」
張り詰めていた空気が柔らかく和んでいく。
緊張していたはずの部下たちも、いつしか自然な笑み浮かべていた。
「言葉もない……このお方を、この地を、この平和を、守るべきモノを守らねば……」
「アルド?何か言いましたか?」
「いえ。何でもありませぬ。やや!そろそろ出発のお時間です!」
「はい。では、共に頑張りましょう!」
こうして王都を出発した一行。
予定通りのルート。
予定通りのスケジュール。
全てが順調に進み、視察は消化されていく。
「あ!お姫さまだ!わーい!エリーゼさまー!」
「ごきげんよう。最近、何か困った事はありませんか?」
「ないです!毎日すっごく楽しいです!」
「今回も王女様自らよく赴いてくださいました。おかげ様で、この村は平和で幸せな日々を暮らしております」
「それはなによりです。少しでも気になったことがあれば、何でも言ってください!」
「へへぇ……ありがとうございます!」
訪れる街々、村々で同じように繰り返される光景。
それを見る度に、自身が仕えてきたモノに、守ってきたモノに間違いはなかったと噛み締めるアルド。
夕刻まで続けられたそんな旅路も次の街で最後。
一日かけてようやく王国領地全体の十分の一程度。
エリーゼ、ひいてはレミエール王国の王族は、こうした視察を各地で定期的に行う。
政務という言葉で片付けるのは簡単だが、同じことを行えている王たちが世界中にどれだけいることだろう。
言う者に言わせればただのご機嫌伺いや点数稼ぎに過ぎないのかもしれない。
労力に見合うだけの成果が得られているのかもわからない。
それでも、この国の王族は代々に渡りこういった姿勢を守り抜いてきた。
信頼や感謝にどれだけの価値をつけるかは人それぞれだが、彼らはその価値を深く重んじ、大切にしているのだ。
「殿下。今回の視察は次の街で最後となります。お疲れではありませんか?」
「いいえ。私はまだ子供ですが、これが王家の務めであり、私の責任です。それに、皆さんの笑顔を見れば、疲れなど吹き飛んでしまいます!アルドもそうでしょう?」
「然り。実に喜ばしい事です」
しかし、そんな時間も束の間、そろそろ街の影が見えようかという所で、横道から一行の前に躍り出る人影をいち早くアルドが察知した。
「全員!警戒!!」
アルドの声に素早く反応した隊員たちが、エリーゼを囲み、剣を抜く。
「何者だ?貴様!」
「レミエール王国王女殿下、エリーゼ姫とお見受けした……」
「――っ!?気を付けろ!まだいるぞ!!」
馬車が停止したことを皮切りに、素早く忍び寄ってくる複数の気配。
その数は五、十、十五、続々と増えていく。
「アルド団長!」
「殿下のご無事が最優先だ!囲まれる前に突破するぞ!!」
「「はっ!!」」
一見するとただの野盗。
だが、仕掛けてくるタイミングや、獲物を包囲する際の手際の良さなど、場慣れした野盗のそれとは正確さもレベルも桁違いだ。
恐らくは特殊な訓練を受けた何者からによる偽装である。
「八時方向に転進!森の中へ!!」
「せぇやぁああああ!」
最も包囲の薄そうな場所を瞬時に見極めたアルドの指示で、隊員が突破口を開く。
「止まるな!進めぇ!!」
先頭にエリーゼを乗せた馬車。
その周囲を隊員が囲んで護衛。
追撃をアルド含む数人の騎士が阻む。
そうして何とか追っ手を振り切ることに成功した一行は、近くにあった森の中へと逃げ込むことに成功した。
だが、これも恐らくは敵の計画通りなのだ。
「団長。ただいま戻りました。どうやらこの付近には敵の姿はないようです」
「ご苦労。少し休んでくれ」
周囲の状況と安全を確認するため、哨戒に向かわせていた部下からの報告を受け、アルドは対策を練る。
「しかし、やられました……森は視界が悪く、敵の接近を察知することも難しい。身動きを取りにくくするようにここへ追い込んだのでしょう」
「あぁ。あれは野盗なんかじゃねぇ。間違いなくプロだ。不用意に森から出ようと動けばあっという間に索敵網にひっかかる」
「しかし、捜索の網は徐々に狭まってきます。ならばいっそ、少しでも早く突破を試みた方がよろしいのでは!?」
「早く手を打たなければならんのは正解だが、その方法は危険すぎる。殿下もおられるのだ」
物々しい視察を避けたがったが故の少人数での護衛だったが、この判断が裏目に出た結果となった。
精鋭揃いとはいえ、数倍の人数差を相手にしながら護衛対象を守り切らなければならない戦闘。
いくらなんでも勝ち目が薄すぎる。
「ですが……なら、どうすれば……」
「奴らの狙いは殿下だ。殿下がここにいる限り、奴らも森を離れることはできん」
「それはそうですが……」
「例え護衛の一人や二人が逃げ出そうとも、むしろ殿下の守りが薄くなるだけ奴らは歓迎するはずなのさ」
「王都へ増援を要請するおつもりですか!?」
こちら側の手勢が増えれば、正面突破さえも容易になる。
それが騎士団の大部隊ともなれば、いかなプロとはいえども、撤退せざるを得ない。
だが、それは実現不可能な机上の空論に過ぎなかった。
「無理です!ここから王都へ走り、再び戻ってくるだけでも半日以上!部隊を動かすとなると早くとも一日近くかかります!」
「その通り。だから援軍の要請先は王都じゃねぇ。あっちだ!」
アルドが指差した方向は王都とは真逆の方角。
首をかしげながらそちらを見たアルドの部下は、少し考えた後、驚きの声をあげる。
「まさか!?視察先の街に援軍を求めるおつもりですか!?」
「あの街なら半日もかからず往復できるからな」
「アルド団長……お言葉ですが……エリーゼ殿下は、民たちに危険が及ぶことを良しとはしないはずです!」
「そんなことわかってる。一般人じゃねぇ。正規軍が駐留してねぇ小さな街だが、運が良けりゃあ、まとまった人数の自警団程度は組織されてるだろ。そいつらを頼る。数さえ集まりゃ他の作戦の立てようもあるからな」
「た、確かに……!」
「ここで殿下を失うことは、今の平和と、この先に続くはずの平和を全て失うことと同じなんだよ。殿下を慕う民たちの多くはそのことも理解している。お前もそのはずだな?」
「……はい!レミエールの騎士の誇りにかけて!」
「だったらその者達を連れてこい!守るべきモノを守るため、共に戦う戦士たちをなぁ!!」
「はっ!!」
「俺は他のヤツらとなるべくここで時間を稼ぐ。お前一人に任せることになっちまってすまねぇな」
「いえ!団長も、ご武運を!」
それからはただ待った。
いつ来るかもわからない。
本当に来るかどうかさえわからない希望。
一瞬も気を抜かず、それを待ち続けなければならない状況は、屈強な騎士たちの精神を少しずつ、だが確実に削り取っていく。
だが、そんな苦しみから解放される時は、彼らが思うよりもずっと早く訪れた。
望まぬ形として。
「――っ!?敵襲ぅうううう!!」
アルド指揮の元、厳戒態勢でエリーゼの護衛を続けていた一行の姿が野盗に発見された。
敵の気配を誰よりも早く察知したアルドは、視線を感じる方向を睨み付け、剣を構える。
「アルド!?何があったの!?」
「いけません、殿下!馬車にお戻りを!」
「早く殿下の周囲を固めろ!指一本触れさせてはならん!!」
慌ただしく陣形を整える騎士団。
「もう逃がしはしない……姫のお命、ここで頂戴する」
続々と集結する敵の気配。
完全に囲まれた。
もはや戦う他に道はない。
「誰一人として死ぬことは許さん!守り抜き、勝利し、再び王都の地を踏みしめるぞ!!」
「「はっ!!」」
「くっくっくっ……たかが十人程度の兵を鼓舞したところで、何が出来ようというのか。全員血祭にあげて――」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
緊迫した空気を切り裂いた遠吠えの様な声。
アルドはその声に聞き覚えがあった。
思い出したくないような、馬鹿で憎たらしいある一人の男の顔が浮かぶ。
「ははっ!俺らも混ぜろよ!なぁ、アルド?」
分厚い鎧を身に纏い、散歩でもするように戦場を闊歩するふてぶてしさ。
ギラリとした眼光と、薄ら笑いを浮かべるつり上がった口角。
数カ月前と相も変わらぬ、アルドと死闘を演じたエーリッヒの姿に他ならない。
「やはりお前か……エーリッヒ!」
「増援だと!?王都からこんなにも早く駆け付けられるはずがないっ!」
「おぃおぃ……俺らが品行方正な騎士様に見えるのか?」
エーリッヒの後ろからぞろぞろと姿を現す屈強な男たち。
見覚えのある顔もいくつかある。
「その恰好……まさか傭兵か?」
「ご明察。そこの団長さんとはちょっとばかし縁があるもんでな。邪魔させてもらうぞ?」
「ふんっ……傭兵風情が加わったところで、何が変わるわけでもない。はした金に目をくらませ、わざわざ無駄死にしに来るとは。馬鹿な連中だ」
「ほほぅ……煽るじゃねぇか。なら変えてみせようか。戦況ってやつを……!」
睨みを利かせ合うエーリッヒたちと野盗集団。
「エーリッヒ!俺の部下はどうしやがった!?」
「安心しな。街の酒場で寝かせておいたぜ?傷だらけで転がり込んできたと思ったら、助けてくれなんて言うもんだからよぉ?聞いてみりゃ、お前がやべぇって話じゃねぇか」
「まさかお前らがあの街にいたとはな……いろいろと期待を裏切りやがって……!」
アルドにとっては何よりもやっかいで、心強い援軍の到来。
希望に現実味が湧いてきた。
「おらぁああああ!!」
「ふんぬっ!?」
ふと胸を撫で下ろし、アルドが息をついた瞬間だった。
味方だと考えていたエーリッヒからの攻撃。
アルドはそれを咄嗟に受け止める。
「はははっ!何を安心してやがる、アルド!?勘違いはするな。俺との決着を残したまま、お前に死なれちゃ困るんだよ!」
「ふふっ……なるほどな。こんな状況でそんな馬鹿なこと言えるのはお前くらいだ。らしいと言えばらしいが」
「そういう事だ。俺は俺のやり方で、やりたいことを成すのみ!」
「俺だって同じだよ。守るべきモノを守り続ける。それこそが俺の役目であり、行動理由だ……!」
「それでいい!わかったらさっさと行け!お姫様を死なせちゃならねぇんだろ?国のために!平和のために!」
「あぁ!この場は任せる!!」
「おぅ!任されてやらぁ!!」
エリーゼを乗せた馬車を先導するために踵を返すアルド。
当然、目標であるエリーゼをそう簡単に逃がすまいと敵が行く手を阻む。
「行かせるとでも思うか……?」
「押し通る!!」
アルドはあえて大袈裟に剣を振り回し、退路を無理やりこじ開けていく。
「いかん!逃がすな!!」
「お前らの相手は俺たちだろう……なぁ!?」
後を追おうとする敵兵の前に立ちはだかるエーリッヒ。
敵の包囲網を破ることに成功した騎士団一行はそのまま森を駆け抜ける。
少しずつ遠ざかっていく戦闘の音。
アルドは、それが聞こえなくなるまで唇を噛み締めていた。
「アルド!?どこへ行くのです!?」
「私は森へ戻ります!エーリッヒたちをあのまま放ってはおけません!」
森から脱出し、最後の視察予定地であった街まで無事に辿り着くことのできた一行だったが、到着するや否や、アルドは一人で馬を転進させた。
「アルド団長!ならば我々も共に――」
「ダメだっ!この街に敵が潜んでないとも限らん。殿下の護衛をこれ以上減らすわけにはいかん!」
「しかし、団長……!」
「申し訳ありません、エリーゼ殿下。殿下の安全をお守りすることは騎士たる者の務め……ましてや団を預かる者がそれを放棄することなどあってはならない愚行。どのような処罰でも受け入れる所存です。しかし、それでも私は行かねばなりません……!!」
「……わかりました。友を救いたいという貴方の気持ち、私は支持します!」
「有り難きお言葉!すまんな、お前ら。殿下の警護は任せたぞ!」
「……わかりました。どうか、ご武運を!」
「あぁ!!」
再び馬を走らせるアルド。
エリーゼが口にしたように、彼にとって今のエーリッヒという男が果たして友と呼べる存在なのかどうかはわからない。
だが少なくとも、駆けつけてくれた恩がある。
守るべき尊い方を救ってくれた恩がある。
それだけで彼にとっては十分すぎる理由。
騎士として、男として、その恩をただ受け取ったままでいることは許されない。
「……っ!?」
森に再び足を踏み入れて間もなく、至る所に転がる亡骸の影が視界に飛び込んできた。
その中の多くがエーリッヒの率いていた傭兵たち。
敵は手練れの、恐らくは暗殺部隊。
彼ら傭兵とてそれなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者であるはずだが、この惨状を見る限り、かなり分が悪いことは明白である。
「くそっ……!!」
更に森の奥から漂ってくる血の匂い。
まだ戦闘が継続されている気配も感じる。
「エーリッヒ……!?」
何かを懇願するような表情を浮かべながら、木々の間を駆け抜けていくアルド。
そして視線の先に、横たわる仲間を庇いながら、ただ一人奮闘を続けるエーリッヒの姿を見た。
「はぁああああああああ!」
「何っ――ぐあぁ!?」
手近な敵に狙いを定め、その首元から斜めに一刀両断。
「アルド!?馬鹿野郎が……何故戻ってきた!?」
「待たせたな、エーリッヒ!借りっぱなしは性に合わねぇ!」
周囲に立っている者はエーリッヒと十数人の敵兵のみ。
その足元には、敵味方入り混じったいくつもの人影が地に伏している。
中にはまだ息のある者もいるようだが、皆一様に深手を負い、戦闘を継続することはまず不可能だろう。
「エーリッヒ。まだやれんのか?なんなら休んでてもいいぜ?」
「どうせお前だけじゃ全部片付けられっこねぇからな。休みたくても休んでなんていられねぇだろ」
「そういや、お前……俺が斬ったはずの左腕は……?」
「この通り!ガリギア製、特注もんの義手だぜ?さすがに片手は不便だからな!」
「また珍妙な……」
「お前こそ俺に目ん玉片っぽ取られてんだろうが?そんな状態でまともに戦えんのか?」
「一個ありゃ十分だ。斬るべき相手の姿はしっかりと見えてる!」
アルドからギラリと光る眼光を向けられる野盗たち。
しかし、そこは流石に手練れ。
臆さず、だが決して焦らず、静かに武器を構えたまま、アルドとエーリッヒの動きに警戒を払っている。
「いいからお前は少し休んでろ。足元ふらついてんぞ?血の流しすぎだ」
「これくらい気合で何とでもなるさ!それに、もともと血の気が多いんだよ。むしろ頭スッキリ快調この上ないな!」
「ったく……まだ俺との勝負はついてないんだ。死んで勝負を投げ出すことは許さねぇぞ?」
「当たり前だ!!お前こそ一人でおっちんだりするなよ!?」
「さて、じゃあさっさと片付けるか!!」
「おぅよ!!」
レミエール王国騎士団団長と、ガルムの傭兵団頭目。
立場も生まれも全く違う二人の戦士が、共に敵陣へと斬り込んでいく。
「レミエールに刃を向けた不届き者どもがぁ!全て葬り去ってくれるわ!!」
一人、二人と豪快に斬り伏せながら、一太刀、二太刀と身に刃を受ける。
見る見るうちに傷だらけになっていくというのに、痛みさえも感じていないのか、ますます勢いを増して暴れ狂うアルド。
「おらぁああああああ!どんどん来やがれぇ!!」
つい先ほどまで死んでもおかしくないような戦闘を続け、心身ともに疲弊しきっているはずのエーリッヒ。
いくら鎧に身を包んでいようとも、決して無傷でいられたはずもない。
それが何故、今しがた戦線に加わったばかりのアルドに負けず劣らずの威勢を発揮できるのか。
「死んでねぇだろうなぁ!?エーリッヒ!!」
「こっちの台詞だ!!アルドぉおおおお!!」
二人は互いの背を預け、鼓舞しながら、確実に敵を倒していく。
「な、何なんだこいつらは……!」
「隊長!と、止められませ――ぎゃぁああ!!
「化け物か……!?」
感情の起伏さえも乏しかった敵の表情。
しかし、アルドとエーリッヒの狂気にも似た戦意にあてられたのか、それも今では完全に崩れ去り、じわじわと減らされていく味方の数に比例して恐怖へと染まりつつある。
「た、隊長!我々の目標はこやつらではないはずです……!」
「ぬぅ……やむを得んか……撤収だ!」
号令を受け、蜘蛛の子を散らすように戦場から離脱していく敵兵たち。
アルドとエーリッヒは、互いの背中を支えに立ち尽くすのみで、その後ろを追おうとはしなかった。
否、追うことが出来る状態ではなかった。
「撤収だぁ?ははっ……撤退の間違いだろう……なぁ、アルド?」
「なんだ……まだ口を利く余裕があんのかよ、エーリッヒ。てっきり死んだのかと思ったぜ?」
「こっちの台詞だ……馬鹿野郎」
「途中からほとんど動かねぇから……心配してやったんだよ……」
「こちとらお前の百倍以上倒してんだぞ……ちょっと疲れたから休んでただけだ……」
「吹いてんじゃねぇよ……合流してからあいつら斬ったのほとんど俺じゃねぇか……」
「俺がヘロヘロにしたヤツばっか狙ってたからだろ?このハイエナ野郎が……」
「だいたい百倍って何だ……戦争でもあるめぇし、もう少しまともな数字で強がれねぇのかよ。血ぃ流しすぎて正気も保ってられねぇか?」
「例えだろが……なんならお前も一緒に捻り潰してやってもいいんだぜ?」
「くっくっくっ……面白ぇ。決着付けてやるよ」
「ぷっ……ははっ……片目潰れて距離感掴めねぇんだろ?俺も片目つぶってやろうか?」
「ハンデとしちゃ丁度良いだろ?なんなら両目瞑って相手してやってもいいぜ?」
「言いやがったな!?絶対目開けんなよ、てめぇ!あの世で後悔させてやる!!」
「おう!かかってこいや!!」
「おらぁああああああああ!!」
一夜明けてようやく街へ帰還したアルドとエーリッヒ。
肩を組んで支え合い、足を引きずりながら歩く二人の身体は、後ろに控える生き延びた傭兵たちよりも遥かにボロボロで、エリーゼを含み、迎えに上がった騎士たちを驚愕させた。
その日の午前中に、最後の視察を済ませたエリーゼ。
アルドとエーリッヒはというと、休息と呼べるほどの休息も取らぬまま、その視察に護衛として同行。
麗しいエリーゼの背後で睨み合う傷だらけの男二人。
その奇妙な光景は街の民の記憶に強く留まり続けたことだろう。
「何でお前が王都まで付いてくんだ?エーリッヒ。お前への依頼はもう済んだろ?」
「団長様が負傷中とあっちゃ、王女さんも不安かと思ってな。王都に送り届けるまでの護衛を買って出たまでだ。王女さんも了承済みだぜ?」
「殿下!?何故このような者に!こやつとて負傷兵ですぞ!!」
「彼がせっかく申し出てくれたので……それに、城に招待してちゃんとしたお礼がしたいな、と!」
「……要は謝礼目当てか?おぃ」
「あぁ?そんなんじゃねぇよ!ただ、お前があぁまでして守ろうとした王女さんってのがどんな人間か気になっただけだ!」
「ふふ……二人は本当に仲が良いのですね!まるで兄弟のよう!」
「殿下!ご冗談を!!」
「まぁ、このエーリッヒが生意気な弟分として直々に鍛えてやってもいいかな、という気にはなってますがね……?」
「まぁ!お優しいのですね!」
「何企んでる……殿下をたぶらかすとは……この不届き者がぁ!」
「ぐふぉ!?は……ははっ……この野郎……先に手ぇ出したのはてめぇだからな!今度こそケリつけてやるよぉ!!」
「望むところだぁああああ!!」
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