蒼空のリベラシオン(ソクリベ)【iOS/Android対応のスマートフォン向け協力アクションRPG】の非公式攻略wikiです。有志によって運営されているファンサイトで、ソクリベに関する情報を収集しています。

 商業都市イエルの東側にある貴族街。
 気品のある屋敷の一つが、レノール家の屋敷だった。

 他の貴族に比べれば弱小家門のレノール家。
 家長のレノール伯は、仕事では部下を使わずに自らの足を使う主義であった為、忙しい毎日を送っている。
 その影響で市民に顔が広く知られており、貴族の中では評判の高い男だった。
 家を任されていた妻は、メイドと共に長男クラッズを大事に育てる。

 クラッズは母やメイドに甘やかされながらすくすくと育つ。
 中々会えない父がたまに帰ってくると、クラッズはその日あった事や、母が読んでくれた絵本の話を、休むことなく話し続けた。
 父はクラッズの話を半分聞き流しつつも、自分の後継者として育てようと考えていた。
 そんな父親の考えは知らずに、クラッズは好奇心旺盛な子どもに育っていく。

 5歳になると、母が読んで聞かせてくれた冒険者の本の主人公に憧れ、自分も冒険者になる事を夢見る
 一人街に出ては何か事件はないかと探しまわる。
 商店街を歩き、周りの人達に話しかける。

「おっちゃん!何か困った事はない!?何でも言ってよ!俺がなんでも解決するよ!」

 果物の露天を出す中年男性は、笑いながらかわいい常連さんに手を振る。

「はっはっは!!レノール伯の坊主か!今日も元気だな!今は何もないから、何か困った時にまた頼むよ!」

 手を振り返したクラッズはそのまま街を散策する。
 今まで入った事のない路地に入り、薄暗い道を進む。
 ふと、更に狭い横の路地から声が聞こえてきた。

「お嬢ちゃん!悪いようにはしねぇからよ、お兄さん達と遊んでくれよ〜」

 クラッズが路地を覗くと、燃えるような深紅の髪が目に止まる。
赤髪の持ち主は小さな女の子…その周りにはチンピラのような男が3人。

「お嬢ちゃんお家はどこだい?お父さんはお金持ち?俺達に協力してくれたら、美味しいおやつをあげるよ?」

 見ていられなくなったクラッズは、その路地に走って突っ込む。

「お前ら、女の子をイジめんなぁあああああ!!」

 全力で男達に向かって走り、男の一人に渾身の飛蹴りを入れる。
 男は吹っ飛び、道に派手に転んだ。

「大丈夫か!?こっちだ!逃げようぜ!」

 赤髪の少女の手を取り、逃げようとするが男達に腕を掴まれる。
 そのまま持ち上げられて壁に叩きつけられた。

「ヒーローごっこか?ガキが調子乗ってんじゃねぇぞ?」

「あの子困ってるじゃんか!お前らみたいな悪いやつ……」

 クラッズの腹部を殴りつける男。
 ゲホッっと咳き込みしゃがみ込むクラッズに、容赦なく蹴りを見舞う。

「おい!どうした!?この子を助けてぇんだろ!?」

 クラッズは口から血を出しながら薄目を開けて赤髪の少女を見ると、いつの間にか姿を消していた。

(良かった…助けられた…)

 初めて絵本の中の冒険者のように人を助ける事ができたと、嬉しさがこみ上げた所で大きな声が響く。

「てめぇら何やってんだ!!」

 駆けつけてきたのは、角材や包丁を持った商店街の男達だった。

「やべぇ、逃げるぞ!」

 3人組は反対方向に走って逃げていく。
 倒れたクラッズの元に商店街の男達が駆け寄った。

「坊主大丈夫か!?おーい!連れていくから道開けろ!」

 果物屋の男に背負われたクラッズは、そのまま商店街まで連れて行かれた。
 氷が入った袋を顔に当てられると、痛みが走る。
 クラッズは赤髪の少女の事が気になった。

「おっちゃん…女の子は…どうした?」

「おう、そこにいるぞ。坊主がやばいって俺達に声かけてくれたんだ。この子を助けたんだってな!お手柄だぞ坊主!」

 腫れた目を見開いて辺りを見渡すと、少し離れた場所から赤髪の少女は心配そうにクラッズを見ていた。
 クラッズは起き上がり、痛む足を我慢しながら赤髪の少女の方に歩いて行く。

「カッコ悪いところ見せちゃったな…みんなを呼んでくれてありがとう」

 笑顔を見せて手を出し握手を求める。
 赤髪の少女は一瞬驚いたような顔を見せた後、目に涙を溜めながらその手を握り返した。

「私の方こそありがとう。沢山怪我させちゃって、ごめんね」

「お前、なんで泣いてるんだ?どっか怪我したのか?」

「大丈夫…そうじゃないから…」

「良かった!俺も全然平気だから!気にしなくていいぜ!」

 笑顔を見せるが、その視界に突然地面が映りこむ。

「うわぁあああ!」

 後ろから果物屋の男に腰を掴まれて抱えられたクラッズは、足をバタバタとさせて暴れる。

「なにが平気だよ!ボロボロになりやがって。家に連れてってやるから大人しくしてろ。レノール伯…いや、お前の父ちゃんにも俺から説明してやるから」

「離せよ!おい!」

 そのまま肩に乗せられて、後ろ向きに貴族街に連れて行かれるクラッズ。
 赤髪の少女は手を振ってクラッズを見送る。

「本当にありがとう!」

 クラッズは身体を起こして、大きな男の背中から手を振り返す。

「もう変な男に捕まったりするんじゃねーぞー!」


 クラッズを見て顔面蒼白の母は、すぐに手当を始める。
 果物屋の男は経緯を説明した後、もう少し早く気が付ければと深く頭を下げる。
 クラッズの母は助けてくれた事で充分だと礼を返した。
 屋敷のメイドに包帯だらけにされたクラッズは、ベッドに寝かせられて額に氷を付けられてる。

 初めて、お話の中の冒険者のように強敵に立ち向かい、人助けが出来た。
 怖さと嬉しさが混ざり合ったような不思議な興奮が冷めずに、クラッズは眠れない夜を過ごす。

『冒険者になる』
 心の中で強く決心した。

(あんなチンピラに負けているようじゃダメだ…俺はもっと強くなる!)

 次の日から身体を鍛え始めた。
 屋敷の庭で走り回り、木に登っては飛び降りて、はたから見れば子どもが遊んでいるようにしか見えないかもしれないが、クラッズは強くなる為に無我夢中だった。
 ふぅ…と額の汗を拭い、庭に置いてあるテーブルの上に水の入ったコップを見つけて飲み干す。
 どうやら母も応援してくれているようだった。
 一層気合が入ったクラッズは、また走りだす。

――数週間後

 屋敷の門にメイドが並び頭を下げると、その横をレノール伯に続き果物屋の男が歩く。
 数日振りに帰ってきた父親の顔は険しく、何か問題が出ているのだろうとクラッズは直感する。
 父が屋敷に入るのを確認すると、裏口から先回りして父の書斎の隣の部屋である物置に身を潜めた。
 父が入ってくると、果物屋の男を招きいれる。

「では、詳しく教えてくれるか」

 果物屋の男はクラッズに接している時とは違い、真面目な顔で報告をしている。

「巷で噂になっている山賊の件ですが、行商人が被害にあっておりまして、我々商人の元に品が届かない事がしばしばありまして…特に被害がひどいのは宝石商と武器商です」

「その山賊の隠れ家は分かっているのか?」

「それが…見た者によれば北東の山に帰っていくようですが、詳しい場所までは分かっていないようです」

「なるほど…。傭兵団に相談しても良いが…時間が掛かるやもしれん。こちらでもできるだけ調査はしよう」

「ありがとうございます」

 クラッズは直ぐに身支度を整えて家を出た。
 北東の山と言えば、クレアシオンの森の奥。
 見つけられるかは分からない。
 山賊の住処を見つけられたとして、自分に何ができるのかも分からない。
 それでも何もせずにはいられなかった。

 クレアシオンの森を抜けて、獣道を進んで山の奥へ奥へと進んでいく。
 日が落ち始め、辺りが暗くなってきたがクラッズは引き返そうとは少しも思わなかった。

 やがて、木々の隙間から山小屋が見えてきた。
 人の気配はない。
 クラッズは慎重に山小屋に近付いて、窓から中の様子を確認するが、やはり中には人がいそうにない。
 ドアには鍵が掛かっておらず、侵入する事に成功した。
 中の部屋へと進んでいくと、盗まれたと聞いた宝石や武器が山のように積まれていた。
 その光景に、間違いなく山賊のアジトだと確信したクラッズは、他に何か情報はないかと山小屋の中を物色する。

 しかし、遠くから人の声が聞こえてくる。
 とっさに奥の部屋に逃げ込み、最初に目についた大きな盾の影に隠れて物音を立てないようにジッと待つ。
 ドアの開く音がして、足音と共に男の声が聞こえてきた。

「はぁ〜今日はなんだったんだ?ガセネタ流されたのか?」

「いつもは積み荷の中身までバッチリなのにな…まさか行商人が感づいて直前でルートを変えたか……」

「いや、そんな筈はねぇ!今までは直前に予定を変えたって情報もあっただろ」

 どうやら、山賊達に情報を流している者がいるらしい。
 クラッズは、山賊達の会話を頭の中で復唱しながら、必死に内容を覚えようとしていた。
 その時、クラッズの隠れている部屋のドアが開く音がする。

「もう信じねぇ方がいいんじゃねぇのか?この盾が本当にすげぇ一品なのか分からねぇし…」

山賊達は、乱暴に持っていた武器を部屋の中に投げ捨てる。
 斧や剣が飛んできてクラッズの隠れている盾に当たる。

「たっ……!」

 思わず漏れてしまったクラッズの声を山賊達は聞き逃さない。

「誰だ!そこにいるのは!!出てこい!!」

 クラッズは考える。

(今、全ての武器をこっちに投げていたとしたら、相手は丸腰だ…なんとかなるかもしれない)

 瞬間盾を持って山賊に突っ込んでいくクラッズ。

「うぉおおおおおお!!!」

 山賊は盾で押し倒されて転げまわる。

「だぁああ!!!なんだ!?」

 無我夢中で盾を振り回していると、クラッズは自分の身体に異変を感じる。
 身体が軽く、奥底から力が湧き出てくるような感覚に襲われる。
 その時、盾に周りの空気が吸い込まれているような気がするが、何が起きているのかが分からない。

「チビ!!てめぇなんのつもりだ!!」

 山賊は武器を拾ってクラッズに立ちはだかる。
 盾の吸い込む風はどんどん強くなり、小屋がガタガタと揺れだした。

「なんだ!?これは……おい、チビ!てめぇやめろ!!」

 山賊は慌てふためく。
 クラッズは目を閉じて盾を抑えているのが精一杯で、それ以上何もできない。
 盾の吸い込む風は勢いを増して、ついに山賊は立っている事もできず小屋の柱にしがみつく。

「あの盾……本当に……!!」

 山賊が言葉を発したかと思った瞬間に、盾は眩い光に包まれて大きな爆発音を立てた。
 クラッズは閉じていた目を少しずつ開けると、周りには木材が散らばり、上を見上げると星が出ている。
 山小屋は完全に破壊されて、山賊が何人も倒れていた。

「なんだ…これ…どうなってるんだ?」

 盾を持ったクラッズは、まだ少し風の出る盾を持ったまま立ち尽くしていた。
 瓦礫が崩れる音がするとボロボロになった山賊が立ち上がってきた。
 クラッズは盾を構え直して力を入れる。
 すると盾からまた風が吹き荒れて、山賊は吹き飛び近くの木に激突した。

「ぐあっ…!こんなガキが……精霊の風使いだと……どういう事だよ…」

 クラッズは盾を構えたまま近付いていく。

「まて…まてやめろ……悪かったから…死にたくねぇ…」

 怯える山賊に違和感を覚えたクラッズは、盾を構えながら質問をする。

「精霊の風って何の事だ?」

 山賊は尻もちをついて、両手を軽く横に出して敵意がない事をアピールしながら話し出す。

「なんだよ知らねぇのか…。その盾は骨董品でな、精霊の祝福がついた盾っていう話だ。俺達にはただの鉄くずにしか見えないが……見るやつが見ればすげぇ値段が付くって聞いて奪ってきたんだよ。精霊の風使いでなきゃその能力は出せないって聞いたが…お前がそうなんじゃないのか?」

 クラッズは自分の手を見る。

「俺が精霊の風使い?」

「なぁ、知ってる事は話した。もういいだろ。助けてくれ」

 その時、遠くの方から草木を掻き分けてくる足音が聞こえた。
 音の方向を見ると、鎧を着た数人の傭兵が歩いてきているのが見えた。
 傭兵の一人がクラッズの顔を見ると、驚いた様子で足を止めた。

「あんたは…レノール伯のぼっちゃんか?これは一体……」


 イエルに戻ったクラッズは、事の経緯を父親に報告した。
 山賊の一味は傭兵に捉えられて、今は檻の中にいるそうだ。
 レノールは心配そうな表情でクラッズの肩に手を置く。

「何故そんな危険な所へ…精霊の風とやらがなかったらどうするつもりだったのだ」

 クラッズは盾を父親に見せて嬉しそうに話す。

「大丈夫だよ父さん!俺はこの盾で冒険者になるんだ!だからこの盾を俺に譲ってくれるように武器商人の人に…」

 クラッズの言葉は遮られる。

「クラッズ…あまり私を困らせないでくれ…」

 クラッズは話を聞こうともしない父親に苛立った。

「もういい!父さんになんと言われようとも、俺は絶対に冒険者になるから!」

 部屋を出て行くクラッズを呼び止めようともせずに、ため息だけ吐いた父親は書斎の椅子に戻って仕事の続きを始めた。
 クラッズはその足で武器商人の元に向かう。
 夜も遅く、店は閉まっていたが、ドアをガンガンと叩いて武器商の男を呼んだ。

「うるせぇな!こんな時間にどこのどいつ……あ…?なんだレノール伯の坊主じゃねぇか。どうした?」

 男はクラッズが持っている盾を見ると目を丸くした。

「お前、その盾は……。なるほどな。傭兵の奴らが盗まれた武器を回収してきてくれたが、盾を使いこなした精霊の風使いってのは坊主の事だったのか!お手柄だったじゃねぇか!」

「頼みがあるんだ!この盾を譲ってくれよ!」

「はっはっは!レノール伯のぼっちゃんに頼まれたんじゃ断れねぇなぁ!それに、みんな山賊に頭を悩ませてたんだ…坊主が解決してくれたんなら、商店街の奴らを代表してお礼をしねぇとな!いいぞ!持ってけ持ってけ!」

 こうしてクラッズは精霊の盾を手に入れた。


 クラッズは屋敷にいる事が少なくなる。
 街に繰り出し、周りで起こる事件に片端から頭を突っ込んでは暴れ回った。
 「お前のせいで仕事がなくなっちまう」と傭兵から言われては、嬉しそうに笑っていた。
 しかし、商店街の人々はささいな疑問を持っていた。
 精霊の風使いというのがどれ程の力なのかは分からないが、何故いつも事件に関わる事ができて、且つどんな状況でも打開できてしまうのか。
 例えば、クラッズが追い剥ぎを追いかけていると、逃げ道の先の橋が突然崩れて捕まえてしまった。
 他にも、ただの幸運では片づけられないような事が度々起きていた。
 街の中で噂が広がる。

 『精霊の風使いは、精霊の加護を受けている』

 クラッズはそんな噂を気にせず、冒険者になることだけを考えて毎日暴れ回っていた。


――数年後

 レノール伯の書斎で、青年となったクラッズは父に呼びだされていた。

「お前は私の後継者になって貰わなければならない。少し甘やかしすぎたようだ…。これからは勉強をしなさい。立派な大人になって私の跡を継ぎ、家門を発展させる為に全力を尽くしてもらう」

 クラッズは驚いた。
 その顔は疲労が貯まり、少し見ない間にシワだらけとなった父を前に、クラッズは動揺していた。

「まってくれよ。俺は冒険者に…そろそろ家を出ようと……」

「ならん。お前には専属のメイドを付け、勤勉に勤めて貰う。入ってくれ!」

 レノール伯が廊下の方に向かって声を掛けると、静かにドアが開きメイド服を着た一人の女性が入ってくる。

「失礼します。本日からクラッズ様のお世話をさせて頂く事になりました、メイドのリーズレットと申します。よろしくお願いいたします。」

「まってくれ!俺はそんな……」

 言いかけたクラッズは、入ってきた女性の姿を見て言葉を詰まらせる。
 燃えるような深紅の髪。
 脳裏に焼き付いているあの少女が成長した姿を想像すれば、目の前の女性のようになるだろう。
 忘れる事が出来ない、初めて冒険者のように勇気を出せたあの日の、赤髪の少女に似たその女性から目を逸らす事ができない。

「君は……もしかして……」

 リーズレットの目がほんの少し動いたような気がした。

「早速ですが、クラッズ様のお部屋にお勉強のご用意をさせて頂きました。一緒に来て頂けますか?」

「あ、あぁ……」

 クラッズはあまりの衝撃に、彼女に言われるがまま自室に行く。
 廊下の途中で、どうしても確かめたいと思いリーズレットの背中に声を掛けた。

「なぁ、リーズレット…?昔、商店街の路地でチンピラに絡まれてなかったか?」

 リーズレットは足を止めて、一つ間を置いてから振り返る。

「申し訳ありませんクラッズ様。そのような記憶は御座いません」

 彼女は笑顔で返答するが、クラッズにはとても人違いだとは思えなかった。
 自室のドアを開けると、机の上から床まで山積みになった本が天井まで届きそうだ。

「あの…これ全部読むの……?」

「いいえ!読むのではなく、覚えて頂きます!」

 ニコっと笑うリーズレットに立ちくらみがした。


 それからクラッズは言われた通り勉強をする。
 歴史、政治、外交、物流と貿易…。
 毎日、朝から夜まで本を睨みつけている生活になり、頭がおかしくなりそうだった。

 片時もクラッズの側を離れようとしないリーズレットには隙がなく、逃げ出そうにも逃げ出せない。
 少し外に行きたいと打診してみるが、レノール伯に怒られてしまうからダメだとあっさり断られてしまった。
 仕方なく言われた通り勉強を続けていたが、本に囲まれた生活に限界を感じて、屋敷の者が寝静まった深夜に窓から抜け出すようになった。

 夜の街を一人歩くクラッズ。
 前のように事件がないかと探すが、真夜中の街には人が少なく、ただ星を見ながら散歩をしているだけだった。
 それでも、ずっと部屋の中で勉強漬け、更にはリーズレットに監視されている事で溜まったストレスの発散にはなった。
 一人の時間は長くはなく、日が昇る前に部屋に戻らなければならなかったが、その時間だけは自由に、自分の思った方向へ足を進める。
 クラッズはそんな生き方がしたいと心から思いながら、現実逃避とも言える散歩を毎晩のように繰り返していた。


 ある日、クラッズはまた父に呼び出された。
 今は言われた通り勉強をしている。
 何も咎められる事はないだろうと思いながらも、何を言われるのかと考える。
 父の書斎のドアをノックしてあけると、父が難しそうな顔をしていた。

「クラッズ。真面目に勉強しているようだな」

 父の声はやせ細り、本当に父なのかとクラッズは疑う程だった。

「父さん?どうしたの…?なんか…元気ないけど……」

 レノール伯はその声を無視して話を続ける。

「クラッズ、お前をシュレイド家に婿養子として出す事にした。この家の為に勉強させていたが、それも無駄にはならないだろう。相手はシュレイドの一人娘だ。なんだ?その顔は…約束された大出世だぞ?」

 シュレイド家は、イエルの3大貴族の一つの大貴族。
 婿養子になるという事は、シュレイド家の跡継ぎになるという事だった。

「なんだ…それ…。そんなのなんで勝手に決めるんだよ!?なんでよりによってシュレイドなんだよ!!」

 クラッズは怒りを抑えられなかった。
 シュレイド家は、自分達の利益の為には住民を苦しませる事も厭わない、更に言えば利益が出るならば人も殺すという噂までクラッズの耳に入る程、評判の悪い家門だった。
 レノール家門は、これまでシュレイドとは出来るだけ関わらないようにしていた。
 シュレイドのやり方にレノール伯は賛同せず、これまでどんな取引が持ちかけられても首を縦に振らなかった筈だった。

 レノール伯は静かに言葉を続ける。

「シュレイドは力をつけすぎた。もう、うちのような弱小家門は反発すれば潰されてしまう。もし潰されてしまえば今までの苦労が全て水の泡だ」

 確かに、シュレイドは次々とその傘下に貴族を引き入れて、3大貴族の中でも頭一つ飛び抜けた存在となっていた。
 その傘下に入るばかりか婿養子となれば、確かにレノール家は安泰だろう。
 しかしそれでも、今まで家門の為に足を使い、その人生を捧げてきたような父が、正反対のような男の権力に屈したという事に、クラッズはどうしても納得ができない。

「そうだとしても!!シュレイドの傘下に入ったら、父さんが今まで頑張って作り上げた街の人達の信頼がなくなっちゃうかもしれないだろ!?それでも良いっていうのかよ!!」

 レノール伯は、肩を震わせながら背中で語る。

「今までずっと遊んでいたお前に…何がわかるというのだ……」

「なんにもわかんないよ!!俺は反対だ!大体、結婚なんかしたくもないし、シュレイドの所なんて尚更ごめんだ!!」

 大声を出したクラッズだったが、父はクラッズの方を振り向いて負けないくらいの声量で怒鳴り散らす。

「もう決まった事なのだ!!!見ろ!!契約書だ!!これで家門は安泰なのだ!!!黙って言う通りにしろ!!」

 涙を流しながら叫ぶ父親を前に、クラッズは呆然とした。
 父の泣いた顔なんて初めて見た。
 目の前の男の苦労なんてクラッズには想像もできないが、きっと何か訳があるのだろう。
 今までずっと、大貴族と一人で戦い続けていたのかもしれない。
 父はクラッズの胸に崩れ、肩を掴んで俯いた。

「もう決まった事なのだ…頼む…」

 父の姿を見て、クラッズは決心する。

「わかった。俺に任せてくれよ」


 それからは屋敷の中でクラッズは何もせずにいる。
 リーズレットは相変わらずクラッズの側にいた。
 クラッズは、ふとリーズレットに訪ねてみる。

「なぁ、リーズレット。俺がシュレイドの家に行く事が決まったのは知ってるのか?」

 リーズレットは表情を変えずに返答する。

「はい。存じておりますよ」

「そうか……」

「補足をするのであれば、まだ正式な婚姻は決まっておりません。シュレイド様からレノール様に色々と注文が来ているようで、それを全て飲まなければ、この話はないと……」

「何!?そんな話があるのか!?」

 クラッズは立ち上がる。

「どういう事か詳しく教えてくれないか!?リーズレット!!」

「最初は、商店街から取っている税の引き上げと、上げた分の税の横流し。次はレノール様が管轄する地域で行われている傭兵の巡回警備の縮小。その次は、この家門が保有している土地の30%を贈与。最後に、事故と見せかけてクラッズ様を殺して、婚約者の家であるシュレイド家が盛大な葬儀をあげる事で、レノール家が得ている市民から信頼をシュレイド家に渡す計画まで」

「待て待て!!なんだよそれ!!」

「全ては、レノール家を存続させる条件として、シュレイド様が注文されているものです」

「シュレイド……!!」

「私はクラッズ様に亡くなって欲しくありません。だから、この契約書がシュレイド様に届く前に拝借してきました」

 リーズレットから手渡された紙には、確かに父の文字があった。
 確かに、クラッズの命と引き換えに、目の眩むような金額が書かれている。

 クラッズは拳を強く握る。
 シュレイドは父と結託している…。
 そして、自分の命をも取ろうとしている…。
 そう考えると、いても立ってもいられなくなった。


――その日の深夜


 クラッズは静かに盾を持ち、いつもと同じように窓から屋敷を抜けだした。
 向かうはシュレイド家。
 イエルの街を牛耳り、父を苦しめるシュレイドを許せるわけがなかった。

 坂を登り、シュレイドの大きな屋敷が見えてきた。
 クラッズは身を潜めながら正門を覗く。
 大きな門の周りには、あちこちに重装備の見張りがいる。

「正面突破はさすがに厳しそうだな……」

 屋敷の裏門へ回るクラッズ。
 日が登れば更に見張りが増えるだろう。
 時間はあまりなかった。

「ん?なんだ?」

 裏門を見ると丁度交代の時間なのか、人の姿がない。
 なんなく敷地内に侵入し、屋敷の裏口までやってきた。
 そっと扉に手を掛けると、裏口の鍵が空いている。
 これだけの大貴族ならば、侵入者なんて何年もいないのかもしれない。

「都合がいいな…」

 そのまま屋敷の中に入り、シュレイドを探す。
 所々に兵士はいるものの、やり過ごしながら進む。

できるだけ足音を立てないように広い廊下を進んでいくと、2人の兵が護りを固める大きな扉が目に入った。
 きっとあの扉の中にシュレイドがいるのだろう。
 クラッズは確信して兵の前に姿を出した。

「おらぁああああ!!」

 兵士2人を盾で殴りつけて、そのまま扉が開かれる。
 天蓋付きのベッドに寝ていたであろうシュレイドが、慌てふためいて床に転がり落ちる。

「何事だ!!」

「シュレイド。随分好き勝手やっているようだな。今日でそれも終わりだ」

 クラッズは盾を構えてシュレイドに向ける。

「貴様は…レノールの息子か!?そんな事をしてどうなるか分かっているのか!?お前の家は終わるぞ!?」

「どっちみち終わらせる気なんだろ?なら、俺が何をしようと変わらないよな?」

「くっ……!」

 シュレイドがベッドの枕の下に手を潜らせたのをクラッズは見逃さなかった。
 盾を構えてシュレイドへ突っ込んでいく。
 シュレイドは短剣を構えていたが、クラッズの盾に吹き飛ばされ窓を突き破る。
 バルコニーに飛び出たシュレイドの胸倉を掴んで、クラッズは柵の外に腕を伸ばす。
 屋敷の3階に位置するこの場所から落ちれば、間違いなく無事ではいられないだろう。

「さぁ、どうするシュレイド?ここで死ぬか、父さんと交わした約束を全て破棄するか、どちらか選べ」

 シュレイドはあまりの恐怖にガタガタと震え、クラッズの腕にしがみつく。

「頼む!助けてくれ!お前の家にはもう何もしない!頼むから!」

 後方から足音がした。

「シュレイド様!ご無事……貴様!!そこで何をしている!!シュレイド様を離せ!!」

 見張りの兵士たちが部屋に入ってきて武器を構えたが、クラッズはシュレイドを掴んでいない方の手で盾を掲げて力を込める。
 盾から物凄い風が出て屋敷内を吹き抜け、兵士は立っている事も許されない。
 その風に巻き込まれているシュレイドは、足をバタバタさせながら泣いていた。

「本当に…お前の言う通りにする…だから……助けてくれ……」

 クラッズはシュレイドを部屋の中に投げ捨てると、紙とペンを取り出してシュレイドに突きつけた。

「今の言葉、嘘じゃないよな?一筆書いて貰おうか」

 シュレイドは泣きながらペンを走らせる。
 紙を受け取ったクラッズは、シュレイドに向けて言い放つ。

「夜分にお邪魔したな。これからは汚い事しないで、真っ当な貴族になるんだな!」

 屋敷を後にしたクラッズは、清々しい気分でレノール家に戻る。
 これで、全て終わった。
 そう思っていた。


――翌朝


 リーズレットに起こされクラッズは目を覚ました。

「クラッズ様。レノール様がお呼びです」

 昨晩の事が父の耳に入ったと考えて、クラッズは父の書斎に向かう。
 ドアをノックしてから中へ入るとレノール伯は上機嫌な顔で出迎えた。

「クラッズ!ゴミ共はいなくなった!私達の時代だ!」

 父は今までに見せた事もない優しい顔をしている。
 クラッズはそんな父に厳しい目線を飛ばす。

「あんたがした事は全部わかってる。俺の命を売ろうとしてた事も全部だ!」

 レノール伯は、クラッズの顔を見て気まずそうな笑顔を見せる。

「……知っていたのか…。それはただの口約束で、本当に実行する訳がないだろう。これまでお前の事は大切に育てたのだから」

「嘘だ。なんなら今から一緒にシュレイド家に行くか?シュレイドに聞けば分かる筈だ」

 父は笑いながら話す。

「あぁ、いいとも!もっとも、もう話せる状態ではないがな!」

 クラッズは何か会話が噛み合っていない事に気がつく。

「話せる状態じゃない…?」

「なんだ?全部リーズレットから聞いている訳ではないのか?ならば教えてやろう。昨晩シュレイド家に何者かが侵入して、敷地内にいたものは……」

 レノールは楽しそうに笑いながら、言葉を続ける。

「全員虐殺されたんだぞ?」

「なっ………!?」

 クラッズの頭が真っ白になる。

(虐殺?どういう事だ…昨日確かに暴れたけど…誰一人殺してなんか…)

「お前は何か勘違いをしているようだが、そんな約束なんかなかった。今まで私はシュレイドに脅されていただけだ。」

 クラッズは混乱した。

(何が…どうなってる……)


 自室に戻ったクラッズは頭を抱える。

(シュレイド家の人間が虐殺された?昨日あの後に誰かが入ったのか?そんな短時間で…あの量の兵士を全員…?どれだけ大勢で…?そんな大規模な戦闘が…?)

 いくら考えても答えは出ない。

 数日が立ち、街の傭兵団が事件を調査していたが、犯人は分からず仕舞いだった。
 よく考えれば、街の人間に嫌われていたシュレイド家が滅んだ所で損をするのは一部の人間。
 それならば傭兵団も対して力を入れて捜査をしないのも当たり前なのだろう。
 現に、あれだけ色々な痕跡を残したクラッズも容疑者に挙がっていなかった。

――数日後

 クラッズは決心をして父の書斎にやってきた。

「父さん、今ちょっといいか?」

「なんだクラッズか…何の用だ?」

「俺はこの家を出て行く。俺の命を売ろうとしたあんたの跡なんて継ぎたくない」

 レノール伯は少し考えた様子だったが、ため息を吐いて答えた。

「帰ってきたくなっても、お前など息子でもなんでもないぞ?」

 どこまでも人をバカにしたような態度を取る父に拳を握る。

「そうさせてもらう」


 荷物をまとめて、屋敷の外に出ると、母やメイドが見送ってくれる。
 母は悲しそうな表情をしながら別れを惜しむ。
 クラッズは母にはこれまでの事を何も言わないと決めていた。
 不良息子が家を出たくらいに留めておかなければ、ただたんに母を悲しませるだけだと思っていた。

 リーズレットにも手を振りながら屋敷の門から外に出る。
 大きな盾を持ち、クラッズは本当の冒険者としての1歩を踏み出した。


――イエルの街を出て、街道を西に向かって歩きながらこれからの生活にワクワクしている。
 空に向かって両手を上げて伸びをした時、妙な視線を感じた。
 後ろを振り向くと、3台の馬車から大勢の男達が出てくる。

「誰だお前ら…?」

 周りを囲まれたクラッズは盾を構える。
 一人の男が口を開く。

「大人しく街を出られると思うなよ…人殺しが…」

 その男には見覚えがあった。
 確か、シュレイドの傘下に入っていた貴族の家門の長…。
 大方、シュレイド家が滅亡した事で利益を出しにくくなった奴らが、その原因はクラッズと考えて復讐しようとしているのだろう。

「一人相手に随分な人数だな」

「シュレイドの家を一人で崩壊させた男が何をいっている…よし、かかれ!!」


 必死に戦うクラッズだったが、何十人もの兵を相手に多勢に無勢だった。
 後ろから殴られ意識を失う。

「っ……!くそ……!」


 目を覚ましたクラッズは、薄暗い牢獄の中にいた。
 湿度が高く、ジメジメとした室内には血の匂いが漂っている。
 手には手枷がつけられ、頭も身体もあちこち痛い。

 周りを見渡していると、何か不自然な事に気がつく。
 目の前の鉄格子の扉が空いているのだ。
 壁掛けランプが地面に落ち、横になりながらも小さな火がゆらゆらと揺れている。
 その明かりが照らす先に、兵士だろうか…鎧を着た男が倒れ、腹部から血が出ているように見えた。

(どうなってる……?俺は捕まったはずじゃ……)

 近づこうと腰を上げようとすると、「ジャラ」と音がした。
 自分の腕を見ると、右手に大きな手枷がついている。
 手枷からは太い鎖が伸び、鎖は床に落ちて暗闇の中へと続いている。
 だんだん目が慣れて来た。

鎖の先を追うと、靴がうっすらと見える。
この狭い空間に、もう一人、生きた人間がいる。

「っ……!!?」

 鎖の先はその人間の腕に伸び、自分の右手についている物と同じ手枷がつけられている。

クラッズは、まだ覚醒しきらない頭を必死に働かせる。
今の状況や、これまでの事。
自分の知らない所で、想像もできないような“何か”が起きていたとすれば、目の前の人物が関わっているのだろう。

「こんな所で・・・何をしてるんだ・・・?」

 言葉を選んで質問するクラッズ。

彼女は、燃えるような深紅の髪の隙間から、白い歯を見せた。

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