蒼空のリベラシオン(ソクリベ)【iOS/Android対応のスマートフォン向け協力アクションRPG】の非公式攻略wikiです。有志によって運営されているファンサイトで、ソクリベに関する情報を収集しています。

 穏やかな風に煽られ、金の麦穂たちが波を打つ。
 ここ、風車の街『エムル』では、間もなく今年の収穫祭が開かれようとしている。
 豊かな自然に囲まれ、様々な作物の産地として名の通る街だが、その最大の特徴は他にある。
 街の冠ともなっている風車。
 古きより風の恩恵を何よりも大切にし、自然と共に生きてきたこの街には、至る所に風車が立ち並ぶ。
 製粉や地下水の揚水、生活の基盤を支える処々に風を利用しており、それは民達の生命線ともいえる存在だ。

 穂を狩り入れている農夫達の様子を伺うと、彼らが皆一様に同じ形のブローチを身に着けていることに気が付く。
 街の大門に掲げられている木彫りの像も同様で、全て蝶を象ったものだ。
 それは、彼らが守り神と崇める『魔蝶』の姿をモチーフとしたシンボルである。

「今年も良い風を恵んでくださった!」

「あぁ。本当に感謝いたします……」

 彼らが崇める魔蝶。
 エムルの街を抜けて大陸に送り出す風は、豊饒の恵みを司り、その恩恵は万物に繁栄をもたらすとされる。
 事実、この風を大切に守ってきた護り手の一族、ひいてはエムルの民は、その恩恵によりこれ程までの振興を図ることができた。
 街より僅か北の外れ、魔蝶の住まう森を眺めながら、民達は口々に感謝の言葉を述べていた。

「そういえば、そろそろ『守護者』様の継承者がお生まれになるとか……」

「本当か!?なんともめでたい!!」

 その昔、魔蝶を守護するためにエムルより森に遣わしたエルフの一族がいるという。
 以来、彼らは森の中で役目に従事しながらひっそりと暮らしているという。
 彼ら一族の者は皆『護り手』とされ、その中でも、魔蝶の眷属として仕え、一族の長となる存在は『守護者』と呼ばれた。
  街の人間でも、ほとんどその姿を見た者はいない。
 だが、収穫祭の後、供物として捧げられる作物を、森の入口から魔蝶へと届ける役目をも担う姿を、幸運にもその場に居合わせた人間たちは確かに目にするそうだ。
 その時、僅かばかりの言葉で情報を交わしつつ、互いの労をねぎらい、末永い繁栄を願い合うという。

 そして間もなく、次代を担う新たな守護者がその生を芽吹かせようとしていた……。



――十数年後

 魔蝶の森内、護り手の一族の集落では怒声が響き渡っていた。

「なんということか!未だに、眷属達との意思疎通すらも叶わぬとは……!!」

「申し訳ありません……ドロウス様……」

「…………」

 集落の中心に根を張る巨大樹の幹の中に作られたとある部屋。
 怒りで顔を真っ赤にした老人と、その前に跪きながら首を垂れる二人の少女の姿がそこにあった。

「立派に守護者の務めも果たせず、貴様らを生んだ母に申し訳ないとは思わぬのか!?」

 彼女達の名は、アリルとルリア。
 生まれながらにして『守護者』となる運命を背負った、護り手一族のエルフである。
 しかし、その生まれは決して望まれた通りの形ではなかった。
 守護者は代々、己の実子へとその役目を託す、一子相伝の慣わしにより引き継がれてきた。
 しかし、現守護者である姉妹の母が、その歴史上、未だ例のない双子として彼女達を生んだ為、守護者候補が二人になる珍事に陥ってしまっているのである。

「いずれ……いずれ、必ずや守護者の御力を賜れるよう邁進して参ります!」

 腰を撫でる長い髪と、大きく見開かれた目をした姉のアリル。
 その持ち前の明るさと人当たりの良さもあり、集落中の子供達から姉のように慕われる。

「どうか、お気をお鎮めください……」

 短髪で、姉に比べて少し半目気味のキリッとした目から、大人しい印象を受ける妹のルリア。
 見た目通り、内向的ではあるが、文武二道の秀でた才と、深い想いやりの心を持つ。

「黙れぃ!もうよいわ!一体、これまでに何度この問答をしてきたことか!!さっさと出て行けぃ!!」

「はい……失礼します」

「失礼します……」

 彼女達を大声で叱責する男の名はドロウス。
 この姉妹が生まれた際、どちらを次の守護者にするかということで揉めに揉めていた一族の者達を取りまとめた人物である。
 集落において最も高齢である彼は、一族の長である守護者に勝るとも劣らぬ発言力と影響力を持っており、今回、二人の成長を見守り、その素質をより濃く示した方を守護者とすることを定めた。
 しかし、自ら二人の指導役を買って出るも、全く守護者としての力が発現しない姉妹の様子に、日々不満を募らせている様子。

「アリル……」

 部屋を出た二人。
 ルリアは姉の裾をつかみ、心配そうに声をかける。

「大丈夫よ、ルリア!!私がなんとかしてみせるからっ!!」

 姉に比べて気弱なルリアは、日に日に度を増していくドロウスの叱咤に怯えていたが、妹を庇い、矢面に立っていた姉アリル。
 同じ立場にありながら、情けない自分を護ってくれる姉には感謝しつつも、それ以上に彼女の身が心配で居た堪れない。
 守護者としての資質を認められれば、姉妹揃ってこの苦しみから解放されることになる。
 そのためにも、日々あらゆる修練に励み、技や知識を身に着けてきてはいるものの、肝心な守護者の力が目覚める気配はない。
 守護者は、他の護り手とは異なる特別な力を有し、同じく魔蝶の眷属である蝶達と意思を通わせ、力を借りることにより、強大な力を行使することができるという。
 これは技術でなく、受け継がれる血がもたらす異能の力。
 いくら努力を積み重ねたところで、強制的に発現させられるものではなかった。

「今日も…………いたの………………かしら……」

「…………次の…………どうなるんだ……?」

 ドロウスの部屋から自室に戻るまでの間、姉妹を目にした集落の者達が何やらひそひそと話している声が聞こえた。
 ハッキリと聞き取ることはできないが、その内容は聞かずともわかる。
 守護者を継ぐはずの二人にその兆候が全く見られないため、一族の先行きを不安がっているのだ。
 いつも一緒に遊んでいた同世代の子達は、親たちに制され、姉妹には近づかなくなった。
 二人を庇っていた両親は、その心労から体を壊してしまった。
 もはや、二人にとって心安らぐ場など無く、このままでは姉も両親と同じ道をたどることとなるかもしれない。
 そう考えると怖くて堪らなくなる。

 しかし、ルリアまだ気が付いていなかった。
 この時すでに、アリルの精神的な負担は限界を迎えつつあったことを……。


――翌日

 今日もドロウスによる厳しい指導が行われる。
 これまでに基本的な教育の他、守護者としての力を発現させるべく考えうる限りの修練がなされたが、やはり今回もこれに関しては変化が見られない。

「やはりダメか……このまま守護者の名が貴様らの代で潰えでもしてみよ!?ご先祖様方へなんと報告すればよいのじゃ!?」

「あの……その……」

「ごめんなさい……」

 当然、ドロウスの怒りが収まるはずはなく、姉妹を目の前に座らせては罵声を浴びせるように声を張り上げる。

「貴様らも間もなく十五を迎えるが……これは人間が成人と認められる年齢だ!にもかかわらず、貴様らときたら!これっぽっちも成長せん、赤子以下じゃ!!」

「お待ちください!他種族のことは我々には――」

「黙れいっ!誇りある守護者がこの有様……。エムルの民の目にどう映ることか……くぅううう!!」

「ですから――」

「一族の恥さらしめが!わしらの顔にまで泥を塗りよって!!」

「そんな……私達は……」

 またしても彼を一人で諫めようと、姉がなんとか言葉を紡ぐ。

「えぇい!ルリア!!貴様は話を聞いているのか!!」

「は、はい!ごめんなさい……!」

「……ルリア」

 ひそめた眉。
 曇った瞳。
 そこにいつもの明るい姉の面影は無い。

「ア、アリル……?」
(いけない……!アリルはもう……!)

「……あの……その…………」

「ド、ドロウス様。もう……今日のところは……どうか……」
(許さない……これ以上、アリルを叱るというなら……私は……私は……!)

「なにを――ぬ!?ぬぅ…………」

 恐れに耐えつつ、決死の想いでドロウスを睨み、訴える。
 彼がその瞳の奥に何を感じたのかはわからないが、どこか怯んだ様子で姉妹に部屋を下がるよう言い渡した。



「アリル……大丈夫……?」

「うん……平気だよ……」

 自分達の部屋へと帰る最中、何度も何度もそう尋ねた。
 彼女が無理に作って見せる笑顔は、何よりも心を締め付ける。

 自室の戸を開き、いつも二人で肩を抱き合っていた部屋の隅っこへと向かう。
 そして考える。
 嫌な思いをする度に慰めてくれた姉。
 辛い事がある度に励ましてくれた姉。
 同じ重荷を背負っているはずなのに、自分のせいで更に辛い思いをさせてしまっている。
 いい加減、姉に頼りきるのは終わりにしよう。

「もう、私に構わないでいいから……」

「え?」

「もう……守ってくれなくていいから……」
(これ以上、頑張っちゃったらアリルがもたないよ……)

 目を瞑ると、ドロウスの怒り狂ったあの顔が浮かんでくる。

「…………」
(怖いけど……でも……!)

「なんでよ!?ルリア!」

 自分を奮い立たせようと思い詰めていたところに飛び込んできたのは、姉の悲鳴にも似た叫び声。
 思わず体がビクッと震える。

「え、私……」

「またそうやって!私だって苦しいのに!!私だって!!!!」

「ご、ごめん……もう……大丈夫だから……」
(ち、違う……そうじゃなくて…………)

「こんなに苦しいなら守護者なんてもうどうでもいい!私も何にも考えずにいられたらどんなに楽か!!」

 とうとう爆発した姉の想い。
 こんなになるまで自分のために耐え続けてくれていたことを改めて痛感する。
 釈明しようとした気持ちを想い留め、静かに姉の言葉に耳を傾けた。
 これは罰だ……

「うん……」
(全部吐き出してくれていいから……)

「双子なんかに生まれたくなかったよ!ルリアのバカぁ!もう知らないから!!」

「…………」
(もう辛い思いはさせないから……)

 ここで謝ってしまうと、たぶん永遠に姉に顔向けできなくなる。
 許しを乞うことなんて許されるはずも無い。
 自分がこれまでどれだけの事をしてきたのか、どれほどの重圧の中に姉をひとり置き去りにしていたのかを噛み締めろ。

「え!?」

 懸命に作った笑顔を姉へと向ける。
 それはせめてもの気持ち。
 込み上げる涙を漏らさぬよう堪えながら、できる限りの明るい笑顔を姉に覚えていてもらいたい。
 予想していなかったルリアの顔に驚いたのだろう。

「私……ご、ごめん……!!」」

 アリルは逃げるように部屋を飛び出していった。
 一人、部屋に残されたルリアは再び考える。
 どうすることが何よりも最善なのかを。

 これまで守護者はその実子へと受け継がれてきた。
 自分達は双子であるが故に事態が混乱している。
 ならば、自分が消えれば候補者は姉一人となり、今のような苦しみからは解放されるのではないだろうか。

 何度考えても同じ答え。
 ルリアは立ち上がり、静かに部屋を出た。

 その足で目指したのは魔蝶が住むとされる聖木。
 守護者を含め、その眷属にのみ立ち入ることが許されるその場所は、未熟者の自分には教えられていない。
 特に行く当てもなかったことに加え、知りたかった。
 もしかすると、自分が将来目にすることがあったかもしれないその光景を。
 禁忌とされていることだろうと、今の自分にはもはや関係のない事。



「はぁ……はぁ…………」

 ルリアらしからぬ、思いつきでの行動。
 そして、やはりというか、それはあまりにも無謀だった。
 集落を抜け出し、森の奥へと入ってからそれなりに歩いたはず。
 だが、聖木らしきものは影も形も見当たらない。
 さほど広くない森とはいえ、まだ年若い娘の足で簡単に踏破できるはずもなかった。
 一族の者と共に踏み入ったことのあるラインはとっくに超え、既に帰り道すらもわからない状況。

「まだ帰り道のことなんて気にしてるんだ……私……」

 戻らぬと決めた道を振り返り、またすぐに前を向いて歩みを進める。
 その一歩一歩が自分の命を削ぎ落としていくような、そんな感覚だった。
 そういえば、もうどれくらい歩いただろうか。
 右へ左へと足元がふらつく。
 徐々に力が入らなくなってきている。

「…………あ……あれは……?」

 そんな時だった。
 視線の先に捉えた、一本の巨木。
 果たしてそれが目的の木であるかはわからないが、最後の力を振り絞り、足を前に出す。

 目の前にすると、その大きさが良く分かる。
 壁のように目の前に反り立つそれを、幹にもたれ掛かりながらぐるっと一周してみる。

「そうだよね……」

 それは求めていた聖木などではなく、ただの朽ちかけた大木。
 精根尽き果てたルリアは、ちょうどそこにあった樹洞へと潜り込み、あの部屋の隅でしていたように膝を抱えた。

「私、何のために生まれてきたんだろ……」

 望まれぬ双子の生まれ。
 資格のない継承者。
 姉の足を引っ張り続ける日々。
 無駄足に終わった最後のちっぽけな望み。

「……う……うぅ……ぐすっ……アリルぅ……」

 見出せない自分の存在意義や、姉への懺悔の気持ちから漏れる嗚咽。

――ルリア!

「アリル……!?」

 姉の声が聞こえたような気がした。
 だが、周囲を見渡しても人の気配は皆無。

「………………」

 それは幻聴だったのかもしれない。
 だが、ルリアの耳には確かに聞こえた声だった。
 この期に及んでも、まだ姉の温もりを欲しているのかと自身を内心でほくそ笑む。
 結局、最後もまた姉に励まされてしまった。

「もし……もしも……もう一度チャンスがあるなら……」

 姉の声が芽吹かせた一つの願い。

 自分がいなくなれば姉は守護者になれる。
 無事に将来的にそうなったとしても、重い使命と責任を背負い続けることに変わりはないのではないだろうか。
 今、自分が選択している道は、姉への贖罪などではなく、ただ逃げている事に他ならないのではないだろうか。
 また姉だけに背負わせてしまうところだった。

「これからは、私も一緒に背負います……今まで甘えていた分も背負いますから……どうか……どうか……この先も姉と共に……生きる未来を……」

 目の前の朽樹を聖木に例える。
 見えもしない魔蝶の御前で祈るように。
 片膝をつき、胸の前で祈り手を合わせて願う。

――ナンダ、ナンダ?

「え!?」

 突如、頭上からの声。
 祈りを捧げていたルリアの頭上をヒラヒラと舞う光。

――ルリア、ドシタ?

「蝶ちょ……?」

 仰ぐ空に続々と集まってくる光る蝶達。
 母に聞いた言葉を思い出す。
 守護者の力を持つ者には、眷属である蝶の姿が輝いて見え、意思と言葉を交わすことができると。
 それにしても、これまでありとあらゆる方法を用いても手に入れることができなかった力が何故、今になって……

「守護者……私が……」

――ンン?ナイテル、イタイ?

「え……?あ……だ、大丈夫……大丈夫……」

 驚きと喜びのあまり、またしても涙を零すルリア。

「眷属さん……私の話、聞いてくれる……?」

――オハナシ、キク

「ありがとう……!」

 まさに夢のような時間。
 普段は決して口数の多い方ではなかったが、このときの彼女の姿は、まるで気の知れた友人たちとのおしゃべりのようだった。
 昔の楽しい思い出話から、辛かった修練の話。
 大好きな姉のことや、ケンカしてしまったこと。
 時間を忘れるほどに夢中で話し続けたルリア。

――ルリア、アリルニ、アイタイ?

「……うん。これからの事を話したいよ」

――ナカナオリ、スル

「そうだね……ちゃんと謝らないと……」

「ルリア!?いるの!?!?」

「え……?アリル!?」

 思いもよらぬ姉の声。
 樹洞から這い出て、声の聞こえた方へ視線を向けると――

「ルリアーーーー!!」

 駆けた勢いのまま飛び付いてきたアリル。
 力が入らずぐらつく足で懸命に踏ん張りながら、姉の身を受け止めた。
 再び出会えた喜びと、姉の体温で体が熱くなる。
 しかし、誰にも告げずにここまで来た自分をどうして見つけることができたのだろうか。

「なんでここが……?」

「そう!聞いてよ、ルリア!実は――」

「……?」

「もうここしかないと思って、とにかく森の中をずっと駆け回ってたの。そしたら、ここに蝶が集まってるのが見えたから、もしかしたらと思って!」

 アリルだってここには来たことがないはず。
 まっすぐ進んできた私よりも、ずっと長い距離を走り回っているだろう。

「会えて良かったよぉ……ルリア……ゴメンね!あんなこと言ってゴメンねぇ……!」

 それを言いに、ここまで走ってきたんだ。
 アリルを……お姉ちゃんをそこまで心配させてしまった。

「私も勝手なことして……ゴメン……もう……逃げないから……」

「うん……!これからも一緒に頑張ろう!私も頑張るから!」

「うん……もう……アリルだけに無理させないから……」

「見つけられて本当に良かった……!もう二度と会えないかと思ったよぉ……」

「本当にごめん……もう絶対にこんなことしないから……」

「約束だからね!こんなとこで一体何してたのよ!これからどうするつもりだったの!?」

 ギクリとした。
 いつの間にか眷属達の輝きが消えている。
 たまたま一時的に力が発現しただけ?
 それでも、守護者としての資質が自分に備わっていることだけは確かだ。
 この事実をドロウス達が知れば『守護者』として認めざるをえないはず。
 ただ、姉はどうなのだろう?
 もしも自分だけが力に目覚めたとなれば、姉は一人で居場所を追われることになってしまう。

「あ……えっと……か、考えてなかった……」

「もう!本当に馬鹿なんだから!私より勉強はできる癖に!」

「それは、考えなしに森を走り回るアリルも同類……」

「う……ま、まあね!あはははは!」

「ふふ……」

 恐ろしくて聞くことも、言うこともできない。
 まだ、今はまだ……

「そうだ!ルリア!!私と一緒に修行しない!?」

「修行……?」

「うん!今まではさ、お母さんやドロウス様の言いつけで、いろんな訓練はしてたけど、やっぱり守護者の力に目覚めなかった。だから、今度は自分達でいろいろ考えながら修行してみない?」

 姉からの意外な申し出に、これは好機だと思った。
 双子のアリルであれば、自分と同様に守護者の資質が備わっているはず。
 二人の修行でそれを目覚めさせることができれば、二人揃って胸を張り守護者になれる。
 確証なんてなくとも、叶えると決めた夢を諦めてなるものか。

「……うん。それ……すごく良い……」

「明日から早速始めるからね!」

「わかった……頑張ろ、アリル」



 早速、翌日から開始された修行は、森の奥深くに設けた特製の修行場にて行われた。
 この件が公になると、他の者からどのような事を言われるのか容易に想像できる。
 さらに人目を避けるため、寝静まった夜更けになるまで動くのを待った。
 二人揃って、守護者の資格を見せつけると誓い合った約束。
 今日も二人は森の中に作った修行場へと忍んで向かう。

「アリル……起きてる?」

「もちろん。じゃあ行こっか」

 しかし、思うように成果は得られなかった。
 自分自身、どうやって眷属達と繋がることができたのかわかっていないのだから当然だ。
 ここ一週間、足繁く修行に通うも、彼女たちに力が発現する気配は感じられない。
 とはいえ、悲観はしない。
 十数年もの間、そのきっかけさえも見つけることができなかったのだ。
 ようやく掴んだ糸口を必死に手繰り寄せようと足掻き続ける。

「ドロウス様。二人は今日も森の中へと向かいました」

「うむ……調べはついておるのか?」

「はい。やはりドロウス様の睨んだ通り、守護者としての力を発現させるべく、何やら修練を積んでいる模様です」

「そうか……」

「これで結果が出れば良いのですが……」

「んん?あぁ……そうじゃな…………」

 まさかこの時、ドロウスが自分達の行動を見抜いていたことなど想像もしていない姉妹。
 しかし、ドロウスは憤ることなく、ただただじっと夜空を眺めていた……。



――翌日

 その日の指導を終え、部屋に戻った二人は夜の修行に備えて、すでに床に就くところだった。

「今日のドロウス様、なんだか優しく……はないけど、いつもと違うように感じなかった?」

「言われてみるとそうかも……いつもみたいにガミガミしてなかったし、なんか不気味……良い事だけど」

「ルリアってば、あんまり言うとバレた時に怒られるよ〜?」

「その時は、アリルも同罪……!」

 他愛無い話に花を咲かせていたところに、ノックも無く開かれる部屋のドア。
 そこにはドロウスからの遣いが立っていた。

「アリル。ドロウス様が、お部屋まで来るようにとのことだ」

「え?私一人ですか?」

「ああ。急げよ……」

 二人の顔も見ず、用件だけ手早く伝えて去っていった男。
 思い当たる節を探し、アリルとルリアは眉をしかめる。

「アリル……」

「何の話かわからないけど、たぶん大丈夫よ!もし遅くなっちゃったら、先に行ってて!」

 見送る姉の背を見つめながら、胸に手をやる。
 前例のないアリルのみへの呼び出し。
 男の挙動。
 様々な違和感は混じり合い、不安となって押し寄せる。

「…………大丈夫かな」

 横になっても収まらない胸騒ぎ。
 目を閉じても全く眠れる気はしなかった。

 小一時間程してからだろうか。
 部屋の前に人が立つ気配を感じ、体を起こす。
 開かれた戸を潜り入ってきたのはアリル。

「おかえりなさい……何のお話だった……?」

「ただいま。うん……実は、最近修行してることがバレちゃってたみたいなの」

「また……怒られたの……?」

「ううん。むしろ褒めてくれたよ!そのうちホントに守護者の力が目覚めるかもって!でも、夜中に森の奥まで行くのは危ないからって注意されちゃった。しばらく修行はやめておいた方がいいかも」

「そっか……じゃあ今日の修行は無し……?」

「そうだね。明日、また新しい修行方法を考えよ!」

「うん……わかった」

 無事に戻った姉の様子を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
 無理に強がっている様子も無く、本当に何も無かったようだ。

「じゃあ、今日のところは寝ようか。久しぶりにゆっくり寝られるね!」

「いつもぎりぎりまでお寝坊してるくせに……」

「あはは!じゃあ、おやすみ!」

「おやすみなさい……」



 安心して眠りについたルリアだったが、またしても違和感を覚えて目を覚ます。
 虫の知らせとでもいうのだろうか。

「なに……?」

 寒くも無いのに体が震える。
 姉に相談しようと、彼女の寝床に這い寄るが、そこは既にもぬけの殻だった。

「アリル……!?」

 布団はまだ微かに温かい。
 部屋を出てから、そう時間は経ってはいないということ。
 窓の外を見ると、『真紫月(しんしづき)』が夜空の天辺に達しているのが見えた。
 紫の明かりに、どんどん強まっていく嫌な予感。

「アリル!?どこ!?!?」

 慌てて部屋を飛び出して辺りを見回すが、こんな時間に外をうろつくような者がいるはずも無い。
 となると、見えないところに姉はいる。
 己の経験を思い出す。
 暗く、木々に遮られて視界も悪い森の中。

「まさか……」

 熟考などしている時間はない。
 鼓動が急かすように強く訴える。
 自分の直感を信じ、ルリアが森へと入ろうとした時だった――

「……っ!?」

 何者かの気配。
 背にする小屋の影から感じるねっとりとした視線。

「ふー…………」

 立ち止まり、深く息を吐いて精神を研ぎ澄ませていく。
 普段の彼女であったなら、怖気づき、そのまま放置していたかもしれない。
 ただ、今の彼女は違った。
 何よりも優先して守るべき存在のため、ただそれだけに集中したその姿は、一族の者達が見てきた彼女とは一線を画す。

「…………!!」

 振り向き様に一瞬で気配の位置を確認。
 彼女の強烈な殺気を孕んだ眼光に、人影が怯んだ。

「ひぃいいいい!?」

 瞬く間に間合いを詰め、腰に差していたナイフを対象の喉元へと走らせる。

「待て待て待て!おれだ!おれだよ!!!!」

「あれ?貴方は……」

 ルリアの足元で震えながら尻餅をついている男は、先刻自分達の部屋を訪れたドロウスの遣いだった。
 腰には普段身につけていない短刀が見える。

「か、勘弁してくれ!いきなり何をするんだ!!」

「…………」

 またも直感が告げている。
 こいつは何かを隠している。

「……言いなさい。何を隠しているの?」

「はぁ?こっちが聞きたいくらいだ!だいたいこんなことしてただで済むと思っているのか!?」

「言わないなら……」

「いい加減に……し…………」

 短刀に手をかけようとした男の手を払いのけ、喉元のナイフに力を入れる。
 男の目に、ルリアはどう映っていたのだろうか。
 恐らくは本人でさえも抑えきれないであろう程の殺気。
 彼女に比べ、男の存在は羽虫のようにちっぽけに見える。

「くそっ……お……おれは何も知らない!言われた通りにしただけで!」

 それは誰に向けての言い訳なのか、その表情から薄ら笑いは消え去り、ただ助かりたいという思いでのみ行動しているようだ。

「命令したのは誰……?」

「あ……あぁ……それは……!」

 まだ抵抗する気迫が残っている?
 否、天秤にかけているのだ。
 命の危険さえ伴うほどの今の状況と比べられるほどの脅威。
 そう考えると、導き出せる答えは一つだけ……



――コンコンッ

「む……誰じゃ?」

「ルリアです。失礼します……」

「誰が入れと言った?」

 訪れたドロウスの部屋。
 こんな夜更けだというのに、休んでいた様子はない。
 もっとも、静かに寝息でも立てていれば、そのまま永遠に眠らせてしまいかねない。

「どうか……言葉にお気を付けください……今の私を刺激しないように……」

「……なんだその言い草は……部屋に戻れ……」

「アリルはどこ……?」

「……部屋におらぬのか?わしは何も知らん……」

「アリルはどこだと聞いているの!!」

 ドロウスは小さく舌打ちをする。

「ちぃっ……お前はもう少し頭が良いと思っていたが……買いかぶり過ぎだったようじゃのぉ」

「どういう事!?説明して!」

「わしはお前を……守護者にしようとしているだけだ……」

「……っ!?どういうこと!?」

「お前の姉……アリルもそれを容認した」

「そんな筈は……!!」

「姉の性格を考えてもみよ……本当に否定しきれるのか?」

 確かに……アリルならばそう打診されたら受け入れるかもしれない。
 他でもない、私を……妹を誰よりも想っている……あのアリルだから。

「それが……本当だとして……アリルはどこに行ったの!?」

「……それを知ってどうする?」

「守護者になるのは私でもアリルでもない!二人でなると決めていた!だから私達は二人だけで特訓していた!!」

「その特訓とやらの成果はあったのか?」

「……それは……まだ……でも、いずれ……」

「いつまで続けても同じ事じゃろう。姉もそう悟ったのじゃ……」

「そんな筈は……」

 段々とルリアのトーンは落ちていく。
 アリルを疑っている訳ではない。
 アリルだからこそ、その答えを導き出す可能性があった。

「姉の気持ちくらい分かる奴だと思っていたが……まぁいい。これからは守護者となる為に精進するのじゃ。さぁ、もう部屋に戻れ」

 これ以上、何を言おうと無駄だと悟った。
 下手に外にいた使者の話をすれば、ここで捕われてしまうかもしれない。

「わかりました……」

 アリルが危ない……
 ドロウスは姉を消そうとしている。
 それだけは確かだ。
 ドロウスの使者の男は森へ向かっていた。
 アリルは森にいる。
 私を守護者にしようとしているという話が本当か嘘かなんて今はどうでもいい。
 アリルを助けないと……

 懸命に森を走り回るルリア。
 しかし、この森のどこにアリルはいるのだろう。

 こんな時、守護者の力が扱えれば姉を救うことができるかもしれないのに。
 時間の経過がとてつもなく早く感じる。

「アリルぅううううう!!お願い!!返事をして!!!!」

 激しくなる動悸。
 息も絶え絶えになりながら姉の名を叫ぶ。
 既に顔は汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「あぁ…………お願い……アリルを助けて……魔蝶様!守護者になれなくてもいいから!だからアリルを助けてよぉおおおお!!」

――ルリア!!

 滲む視界にふと浮かび上がった光。
 それは姉の形を成したと思いきや、自分の名を呼びながらこちらに手を差し伸べた。

「アリル!?」

 とっさにその手を掴むルリア。

 次の瞬間。
 体が宙を舞ったかのように世界は広がり、傍にアリルを感じた。
 いつの間にか集まってきていた小さな光達。

――ルリア、タダイマ、オカエリ?

「眷属さん……!また会えたね!」

 習ったわけでもないのに、そうするものだとわかる。
 意識を集中したルリアは、姉へと意思を飛ばす。

――アリル。私たち……

 うん。わかるよ――

 至る覚醒の時。
 言葉を介さずとも、想うだけで流れ込んでくる様々な声と意思。
 アリルが何を想うのか、魔蝶が何を望むのか、眷属達を通して全てを理解した。

 眷属を纏いながら、アリルがならず者達を前にしている光景が見える。

――二つを一つに……

――我ら、魔蝶を守護する番(つがい)の風。森を汚せし蛮族を、粛正する

 声を揃えて述べる口上。
 魔蝶達を通し、自分の力がアリルへと流れていく。
 力を受け取ったアリルは、手にする槍へとそれを込め、その存在を高めていく。

「これは……ちっ、引くぞ!!」

 後退していく男達。
 逃がしはしない。

「覚えておけ……我ら番の守護者がいる限り、エムルに吹く穏やかな風は決して止むことは無い……」

 男達の群れめがけて放たれた槍。

「おのれぇええええええ……――」

 魔蝶の風と、守護者の力を纏いし一撃は、いとも簡単に男達を殲滅した。



「アリル……!」

 静けさを取り戻した森を再び走るルリア。
 もう道に迷うことは無い。
 真っ直ぐに姉の元へと駆けつけ、腰を落としたまま動けずにいるアリルを抱きしめる。

「お姉ちゃん……!」

「うわぁ!?ル、ルリア!!」

 絶望の淵で拾った奇跡。
 もう二度と会えないと思った。

「ルリアぁああ!恐かったよぉおおおお!!」

「アリル……無事で良かった!本当に良かった……!!」

 想いは互いに同じ。
 守護者の力を用いずとも確信できた。
 その様子を心配したのか、魔蝶の眷属達も周りに集まってきた。

――ルリア、アリル、ナイテル

――イタイ?ヘーキ?

 自然と流れ込んでくる眷属達の意思。
 完全に覚醒したことで、体がそれに適応してくれている。

「うん!平気だよ。やっぱり眷属さん達だったんだね!」

「また、お話しできた……助けてくれてありがとう。眷属さん」

「また?」

「あ……うん。実はね――」

 姉妹は手を繋ぎながら集落へと帰った。
 二人はその間、いろいろな事を話し、知ることとなる。

「え!?ルリアも眷属さんとお話したことがあるの!?」

「うん……その時は言えなかったけど……」

「そっか。私も……同じ。あーあ……最初から全部話してれば、こんなことにならなかったかもしれないのに」

「でも、そしたら『守護者』にはなれなかったかも……」

「そうかもね……あはは」

 アリルは微笑んでいる。
 そう、私達は二人で一つ。

「私、今回のことで気が付いたんだけどさ……たぶん守護者になるためのきっかけって、誰かを強く想うことなんじゃないかなって」

「私たちが同時にお互いのことを想ったから?」

「そう。お母さんが昔、言ってたんだ。護りたいものを強く愛する人になりなさいって」

「あ……私も覚えてる……」

「その時はよくわかんなかったけど、今ならわかる気がするよ」

「うん……」

  心の中がスッキリしたような気がする。

「じゃあ、行くよ」

「ドロウス様のところ……」

「いろいろ聞かなきゃいけないことがあるからね」



――夜明け

 集落へと帰り着いた二人は、真っ直ぐにドロウスの部屋へと向かう。
 入口にはあの時の男が立っていたので、とりあえず一睨み利かせておいた。

「ドロウス様。お話があります……」

「な!?き、貴様ら……!?」

 我が物顔で部屋に上がり込んできた姉妹の姿に、ドロウスは椅子に踏ん反り返りながら目を丸くしている。

「あなたが差し向けた刺客でしたら、眷属達の力を借り、撃退しました」

「眷属の力だと!?馬鹿なことを言うでない!守護者でもないお前たちに、そんなことできるわけがなかろう!!」

「信じられませんか……?」

 ゆっくりと顔を見合わせる姉妹。
 静かに目を閉じ、守護者の力を発現させる。

「こ……これは……!?」

 部屋を埋め尽くさんとする程の煌き。
 瑠璃色になった瞳は、守護者の証そのもの。
 そして、彼女達が放つ蝶の加護の力は、歴代の守護者をも遥かに超える圧倒的なものだった。

「……そんな…………まさか…………」

『我らを魔蝶の守護者と認めよ……』

 意識がシンクロした二人。
 その口から出る言葉は、魔蝶の意志だとドロウスは直感する。

『貴方は貴方のすべき責務を果たそうとしたまで』

「そ、それはそうかもしれぬが……」

 尊厳をも投げ捨て、遜るドロウス。

『私達は……あなたを恨んでいません……』

「な、何故じゃ……?わしは……殺そうと……」

『それは許しがたい事。しかし、今回の件で守護者として私達が目覚めたのもまた事実です。ですから……これからも私達と、この集落をお願いします……』

「…………あぁ……勿論だとも……!この命枯れ果てるまで、お仕え致しますぞ!」

 一族で最も権力を持っていたドロウスが認めた新たなる守護者。
 その手の平の返しように皆戸惑ってはいたが、彼の横に並ぶアリルとルリアの清々しくも誇らしい顔は、皆を頷かせるのに値するものだった。
 後日、一族の者たちを集め、正式に姉妹を守護者と定めることが決定し、名実共に新たな『守護者』は誕生した。





「うわぁ……!」

「アリル……挨拶!」

 更に後、ドロウスに案内されて訪れた魔蝶の住まう聖木。
 初の魔蝶との対面。
 風車の羽根にも勝るとも劣らぬ羽には、幻想的な模様が浮かび、その神々しさの前にはただ息を呑むしかなかった。

「この度、守護者のお役目を賜りました……ルリアと申します」

「アリルと申します」

 守護者となったその身は魔蝶の眷属の一員となる。
 そのための儀がこれより執り行われようとしている。

――新たなる守護者の子らよ。そう臆することはありません。此度の件、さぞや大変だったことでしょう。

 ずしりとした重さの中に感じられる温かな優しさ。
 幼い頃、耳にしていた母の言葉のような……

――我が眷属達の目を通し、全てを見ていました。只今、この時より、そなたらもまた我が眷属として迎えましょう。

「光栄の至りです……」

――アリル、そしてルリアよ。我が盾であり、眷属であり、盟友であり、そして子である娘達よ。此処に最初の命を授けます。

「「はっ!」」

――眷属らと共に世界を巡りながら、所縁ある地を繋ぎ、我らが領域を築きなさい。

「……領域?」

――我らは遠く離れた地においても、眷属同士で意思を交わし、その地の事柄を知ることができます。

「あちこちの森に眷属さんを連れて行って、それを結びつけることで、警戒網を作る……」

「おぉ!そういうことか!!ルリア、やっぱり頭いいね……!」

――不穏な輩を事前に察知することで、今回のような悲劇も未然に防ぐことができることでしょう。

「でも、私たち……森の外の事は何も知らない……」

「エムルにすら行ったことないもんね……」

――これはそなたらが成長するための試練でもあるのです。世界を知り、見聞を深め、守護者としても、人としても立派になって帰ることを願っています。

「世界かぁ……」

――さあ、行きなさい。その旅路に幸運あらんことを。恵みの風はどこまでもそなたらの姿を見守っています。

「「はい!」」

「行くよ、ルリア!」

「うん。お姉ちゃん……!」

 微かな不安を感じつつも、それ以上の期待に胸を膨らませる姉妹は駆け出した。
 森から吹く風に背中を押されながら、その境界線を越え、新たな旅への第一歩を今踏み出す。

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