蒼空のリベラシオン(ソクリベ)【iOS/Android対応のスマートフォン向け協力アクションRPG】の非公式攻略wikiです。有志によって運営されているファンサイトで、ソクリベに関する情報を収集しています。

 コレーズ村から南東の山岳地帯を抜けると、潮に削られた断崖が数kmに渡り続いている。
 その終端は岬となっており、潮風に作られた霧が周囲をぼかす。
 霧の中に怪しく聳え(そびえ)立つ古城に、数十年振りの訪問者の姿があった。
 この城の主であるヴァンパイアに、剣を向ける一人の聖騎士は声を荒げる。

「忌々しきヴァンパイアよ!正義の元、貴様を斬る!」

 赤い絨毯の敷かれた先の一段高い位置にある椅子に座り、肘をついたディヴァイルベルトは鼻で笑う。

「フンッ…私が何をしたと言うのだ?」

「貴様が働いた狼藉に、どれ程の人々が苦しめられたと思っているのだ!?」

「知った事か。お前ら人間も家畜を喰らうであろう?その家畜に餌を与え、飼育しているではないか」

「貴様のしている虐殺とは訳が違う!」

「何を言っているのだ…。魔物に人の魂を食わせ飼育しているだけだぞ?お前らのしている事と何が違うというのだ?」

「もし同じであったとしても、人の魂を無下に扱う者を許すわけにはいかない!」

「くだらん……。これ以上は時間の無駄だな。どちらか正しいか、解らせてやろう」

 両者は相容れる事なく、決戦が始まる。
 ゆっくりと椅子から立ち上がったディヴァイルベルトは、その右手に邪悪な血を集結させて矢を作り出す。
 聖騎士も剣を構え覚悟を決めた。

「下等な人間がヴァンパイアに逆らうなど、その愚かさを地獄で悔やむが良い!!」

 凝縮された闇の力を弓から放出するディヴァイルベルト。
 矢は一瞬で聖騎士の眼前へと解き放たれる。

 ガキンッ!と音が響き、十字の大剣で矢を払いのけた聖騎士は一気に距離を詰める。

「例え愚かであろうと、人間には護るべきものがあるのだ!!!」

「ぐっ!小癪な!!」


 互いに一歩も譲らず、拮抗した戦いは長時間に及び、両者共にボロボロになっていく。

 突然、城の中にゴーンという大きな鐘の音が響いた。
 0時を告げる城の鐘は、嵐を呼び、雷鳴が轟く。

「そろそろ終焉だ。ここまで戦った事に敬意を払い、その魂を儀式の贄としてやろう!」

 ディヴァイルベルトは拳を握りしめて力を入れると闇の力が彼の周囲を包み、直後に肩から降ろされたマントは禍々しい翼へと変貌を遂げる。

「なにっ!」

 聖騎士は飛び立つディヴァイルベルトを目で追いながら、剣を構え最後の力を振り絞る。

「さぁ、この私の一部となれる事を誇りに思え!!」

 空中で翼を広げたディヴァイルベルトは、身体に纏った闇の力を右手に集結させ、凝縮された血の矛を聖騎士に向かい撃ちぬいた。
 その絶対的な力の前に、聖騎士は為す術無く撃ち抜かれる。
 瞬間、聖騎士は不思議な感覚に襲われた。
 全身に流れる寒気と、圧倒的な脱力感。
 剣を握っている事すら許されず、手から離れた大剣は赤い絨毯の上に落ちてゴトッと鈍い音を立てた。
 青白くなった聖騎士は、その場に膝を着く。
周りを覆っている血の霧が除々に形を変え、コウモリの姿となって聖騎士に襲いかかった。

「ぐぉおおおおお!!!」

 コウモリの大群は聖騎士の身体を覆い、赤い球体の塊に姿を変える。
 ディヴァイルベルトは絨毯の上に降り立つと、手の平を顔の前に差し出した。

「その魂を我が物に!!!」

 ディヴァイルベルトが手の平をぐっと握り締める。
 赤い球体は圧縮され、直径数cmの大きさになったかと思うと大爆発を起こした。

 倒れこむ聖騎士を前に、勝ち誇るディヴァイルベルト。

「フフフハハハハハ!!!私に逆らうとこうなるのだ!!」

 しかし、何やら様子がおかしい。
 聖騎士の身体が光ったかと思うと、部屋のあちこちから眩い光がディヴァイルベルトに向かって差し込む。

「な…なんだこれは!!!」

 必死に腕で光を遮ろうとするが、その光は除々に強さを増した。
 最後の力で顔を上げた聖騎士は、ディヴァイルベルトが光に包み込まれたのをその目で確かめる。

「言ったであろう……人間には……護るべきものが……ある………のだ……」

 聖騎士は激しい戦いの最中、部屋中に結界を貼る仕掛けを用意していた。
 その結界を発動させる為に必要なものは、自らの魂。
 ソーンの街を出る時に、神父に言われた言葉が頭をよぎる。

(聖騎士の結界は絶対に使ってはならぬ。生きて帰る事を約束してくれるな)

「すまない……じいさん……。約束は…守れなかった…が…人の未来は……繋いだ…ぞ……」

 聖騎士を眩い光が包むと、その身体から部屋の天井に光の柱が伸びて、部屋全体が聖の結界に覆われた。

「くそぉおおおお!!!この私がぁああああああ!!!!」

 ディヴァイルベルトは光の中に消えて行く。
 そして、聖騎士の亡骸は大きな水晶へと変わり、城は沈黙に包まれた。


――数日後

 コレーズ村からの獣道に、小汚いローブを纏った中年の男が杖をついて歩いていた。
 魔物の魂を集めに遠方へ出向いていたディヴァイルベルトの従者ダズールは、その成果をヴァンパイア王へ見せる為に急ぎ足で城に入る。
 普段よりも上質な魂が手に入った事により、きっと王に褒めて貰える。
 左足を引き擦りながら、玉座への扉を軽快にノックした。

「我が主!ダズールが戻りましたぞ!上質な魂を持って参りました故、謁見をお許しください!」

 いくら待っても返事がない事に違和感を覚えたダズールは、扉をそっと開けて中の様子を伺う。
 見慣れた玉座の異変に気が付いて慌てて中に飛び込んだ。

「王よ!!どうなされたのですか!?この玉座の有様は……っ!?なんだこの水晶は…!まさか…聖騎士の…結界…!?」

 ダズールには思い当たる節があった。
 その昔、人間と激しい領土争いをしたヴァンパイアは、突如現れた聖騎士によってその戦力の大半を失った。
 ヴァンパイアは皆、水晶に閉じ込められ、その水晶はコルキドの冷たい海に投げ込まれたという。
 永遠の時をその中で過ごすという、地獄よりも悲惨な最後を遂げた…。

「王は……封印されてしまったというのか……」

 膝を落とし、絨毯を拳で殴りつけるダズール。

「このダズールがいない間に…!!人間め……!人間め……!!」

 涙を流し悔しがるダズール。
 彼にとって唯一絶対の支配者が、この世からいなくなってしまったという事実を、受け止めるには時間が必要だった。

 しかし、目の前の水晶を見て、彼はハッと気がついた。

「王は…ただ…封印されただけだ…!!!」

水晶を抱きかかえ、決意を固める。
この封印を解き、必ず王を取り戻す。
 どんなに時間が掛かろうとも、どんな困難が待ち受けていようとも…。
 必ず王を復活させる!


――それから30年の月日が流れた

「王よ…大変お待たせ致しました…」

 右手で杖を付きながら、ろくに動かす事の出来ない左手で暗黒の結晶を抱え、玉座に辿り着いたダズール。
 王が封印されたあの日から各地を巡り、聖騎士の結界を解く鍵を探し続けた。
 教会騎士がいる鎮魂の街ソーンに辿り着き、その街の古書を漁って聖騎士の結界についての文献を見つけた。
 そして、文献に記された結界を解く為に必要な魔道具の最後の一つを手に入れ、ついに王を解き放つ全てが整った。

「ミヒライアンガスルデアムエスト……」

 古書を手に、記された呪文を唱えるダズール。
 丁度その時、0時を告げる鐘が城内に響き渡る。
 あの日と同じように、外では雷鳴が轟いていた。

 玉座は闇の霧が立ち込めて、徐々に渦を巻きながら天井を覆い尽くす雲となる。

「……ディムスウェリミアカスタルスノア…闇を司る精霊達よ!!忌々しい結界を解き放ち給え!!!」

 ダズールが右手を広げ、暗黒の雲に最後の呪文を捧げると、漆黒の稲妻が玉座の結晶を貫いた。
 そのあまりもの衝撃にダズールは部屋の隅へと吹き飛ばされる。

「ぬぉおおお!!」

 壁に叩きつけられたダズールは、地震のような揺れを感じて身を小さくする。
 除々に揺れは収まり、結晶に顔を向けると闇の霧が立ち込める。
何が起こっているか解らない。
 直後、部屋に響いた声にダズールは言葉を失う。

「フハハハハ!!!忌々しい聖騎士めが!!私は復活したぞ!!」

 30年もの間…待ち望んだ声……。
 ダズールは感動に包まれていた。

「ご無事ですか!?王よ!!」

 王の元に左足を引き釣りながら駆け寄るダズール。
 その顔を見たディヴァイルベルトは、すぐさま構える。

「誰だ貴様!!」

「っ……!!」

 ダズールはビクッとして立ち止まる。
 そうか、王は封印されていた間、この世界から隔離されていたのだ…。
 王の記憶に30年前の私の顔しかなければ…解らないのも当然だろう。

「王よ…お忘れですか…?年老いてしまいましたが、このダズールの声をお忘れですか……?」

「何っ!?貴様…ダズール…?本当か……?私はどれだけの間……この水晶に閉じ込められていたのだ!?」

 王は砕け散った水晶を睨みつける。

「大変申し訳御座いません。結界を解く手筈を整えるのに…30年を費やしてしまいました…」

「30年だと!?あの聖騎士…!!私は30年もの間、暗闇の世界に閉じ込められていたというのか!!!この屈辱………!!!ぬぉおおお!!……っ!!?」

 ディヴァイルベルトは水晶の破片に手を向けて力を込めたが、突然様子がおかしくなる。
 王は自分の手を見つめながらワナワナと肩を震わせている。

「どうかなさいましたか!?王よ……」

「ふざけおってぇえええええ!!!」

 王は突然、目の前の水晶を蹴り抜いた。
 水晶は激しく音を立てながら転がり部屋の隅に飛んで行く。

「力が足りぬ…力が…」


 長い間封印されていた事で、王としての力はあるものの、30年前と比べるとその力の多くが失われていた。

「ダズールよ…私の為にもう一働きするのだ」

 怒りに支配された王は、突然ダズールに顔を向ける。

「はっ!このダズールにお任せください!何をお望みで!?」

 王はフッと笑い、自分の手の平を見つめながら話す。

「力を取り戻すには、邪悪な血が必要だ」

「…っ!生け贄のご用意でございますか!?」

 ダズールは記憶を呼び覚ます。
 数十年前、王が力を求めた際に人間の邪悪な血を欲した事。
 生け贄にするのは怨念を抱えた女性。
 その手で幾多の命を奪い汚れた血を持った女性は、王の力をより強固なものにする。

「今までのような生け贄では駄目だ…もっと、もっと凄まじい……暗黒の怨念が漂うような血が必要なのだ…!」

 ダズールは閃く。

「それでしたら、時間はかかりますが、良い手が御座います」

「ほぉ…述べてみよ」



――数日後

 コレーズ村の民は、慌ただしく森の中を捜索していた。
 その先頭には農家の夫婦が目に涙を溜めながら、何かを叫んでいる。

「どこにいったの!?お願いだから出てきて!!!」

 2人の間に生まれたばかりの待望の第一子。
 夜の間に忽然と姿を消した娘を必死に探していた。
 夫婦と親しい間柄の人々も捜索に協力するが、行方の糸口すら見つからない現状に皆表情は険しい。
  “夜の鍵”の仕業かもしれないという噂は、夫婦の耳に入らないように密かに囁かれていた。


「アー!…ア〜〜!」

 ダズールの髭を掴んでは引っ張る赤子を見ながら、王は満足気な顔をしていた。

「その赤子が我の生け贄となる娘か。ダズールよ、良くやった」

「お褒めに預かり、光栄に御座います」

 純度の高い邪悪な血を作るには、世界を何も知らない赤子に殺戮を覚えさせるのが一番だとダズールは考えた。
 この娘が王の完全なる復活に必要な鍵となる。
 これから時間を掛けて教育し、最終的に王の生け贄とする。
 最初はこの気長な計画に反対されたが、汚れた血を数集めるよりも確実な方法だと打診して納得させたからには、この娘を育てるのに全力を注がなくてはならない。
 ダズールはこの計画が生涯最後の大仕事だと気を引き締める。
 掛け替えのない我が主の為…。


 ダズールはディヴァイルベルトに多大な恩義があった。
 生まれつき左半身が不自由なダズールは仕事にもありつけずに、コレーズ村の村人から後ろ指を差されていた。
 ある日、食料を探しに森に入ると、魔物の群れに遭遇する。
 逃げ惑っていると古城に辿り着いた。
 無我夢中で古城の中に逃げ込んだダズールをディヴァイルベルトが迎える。
 すぐに出て行けと言われたが、外の魔物に食い殺されると必死に訴えた。
 知ったことかと言い放たれるが、藁をも縋る思いで必死に懇願する。

「助けてくれたら、この人生をあんたに捧げる!頼むから助けてくれ!」

「ほぅ…その言葉…嘘はないな?」

 ニタっと笑った後、門の外に溢れる魔物を一掃するヴァンパイア王。
 私は、その強大な力を目の当たりにして自分が逃げる事ができないと悟ったと同時に、自分にはない圧倒的な力に惚れ込んだ。

 それから数十年間、言葉の通り王に人生を捧げる従者として、忠実に、誠実に日々を過ごしてきた。


 赤子を包んでいた布を剥ぎ取り、その手首にナイフを当てる。

「よく覚えておけ。お前はこの魔剣と共に生きていくのだぞ」

 台座の上には禍々しい暗黒の大剣が置かれている。
 大剣の上に寝かされた赤子の右手から、ナイフを伝った鮮血が大剣の鍔についた宝石に当たる。
 すると、黒い大剣の刀身に赤い術式が浮かび上がり、赤子を包み込む。
 泣き叫ぶ赤子の声に腹を立てたディヴァイルベルトの声が聞こえてきた。

「ダズールよ!!すぐに黙らせろ!!」

「魔剣の契約をしている最中でして…もうしばしお待ちを!!」

 大剣についた宝石が赤く光りだし、赤子の右手の傷を照らし出した。

「クックク…これで完璧だ!!」

 ダズールは赤子を抱えて王の元に行く。

「先ほどはお耳汚し失礼いたしました。魔剣との契約が完了致しました。どうぞご確認を」

 ダズールは赤子の右手首に刻まれた紋章を王に見せた。
 王は頷きながら、満足気な表情で端的に言い放つ。

「そうか…。では教育は任せたぞ」

「それで…王に、呼び名を決めて頂きたいと思いまして…」

 王は眉間にシワを寄せてダズールを睨む。

「呼び名だと?」

「は、はい!こ、この者は王の生け贄となる運命。その名を王に決めて頂くのが良いかと……」

「フンッ……まぁ良いだろう。顔を向けろ」

 赤子の顔を品定める王の次の声を、ダズールは待った。

「エレノア……そやつの名はエレノアとする」

「畏まりました。良い名でございます」


 こうして、エレノアの教育が始まった。
 ダズールはエレノアを大切に育てあげる。
 初めての子育てに悪戦苦闘するが、エレノアはすくすくと成長していった。


――数年が経過する

「王様!見てください見てください!ダズ爺が新しい服を用意してくれました!どうですか!?」

 4歳になったエレノアは、クルクルと回りながら真新しい服を嬉しそうにディヴァイルベルトに見せる。

「はぁ……うるさい……ダズール!!こいつをなんとかしろ!!」

 飛んできたダズールは、エレノアを右手で抱える。

「大変申し訳御座いません!!エレノア何をしている!こっちへきなさい!」

「ちょっとダズ爺離してよぉ!今王様とお話してたでしょー!!」

 足をバタバタさせて玉座から連れ出されるエレノアに、王はため息を吐いた。

「エレノア!!何度言えば解るのだ!王に軽々しく口を利くのはやめろ!」

「なんでよー!ふんっ!ダズ爺嫌い!」

 エレノアは頬を膨らませてプイっと横を向く。
 生け贄としての育成を賛同して貰えたものの、いつ王を怒らせてもおかしくないような言動をするエレノアに冷や冷やさせられる。
 ダズールはエレノアの肩に手を置いて口酸っぱく教えてきた事を再度伝える。

「良いか!?お前は王の物なのだ!その命を王の為に使う為にここにいるのだ!もしも王の……」

 エレノアは口を尖らせながら、その言葉を続ける。

「怒りを買って使命を成し遂げられなくなったら、どうするつもりだ…でしょ!?わかってるよ!でも、私は王様とお話したいの!」

(何故こうも私を困らせるのか…。育て方を間違えたのか!?少し甘やかしすぎか!?どうすれば良いのだ!)

 彼女の頭の中がどうなっているのかと怒りを覚えるダズールは、必死に改善策はないかと頭を抱える。
 もう少し成長をすれば、きっと王を尊敬し、王の為に尽くせるような子になるだろう。
 そう考えなければ、やっていけない…。

 気が付くと目の前にいたはずのエレノアの姿がない。

「まさかっ!」

 城の方を見ると、怒りに満ちた声が聞こえてくる。

「ダズーーーールーーーー!!!」

 王の表情を想像して顔を青くするダズールは、足を引き擦りながら玉座へと向かった。



――数ヶ月後

 そろそろ頃合いと見たダズールは自室にエレノアを呼び出した。
 目の前に置かれた魔剣を見て、エレノアは目を光らせる。

「わぁ!ダズ爺!これが私の剣なの!?」

「そうだ。持ってみろ」

 エレノアの身長よりも大きな刀身の剣を持とうとするが、あまりもの重たさに尻もちをついてしまう。

「ダズ爺!むりぃ!!」

「無理ではない。お前の剣だ。これで魔物を狩り、魂を集めなければならない」

 困った顔をしているエレノアを見て、葉っぱをかけてみる事にした。

「もし、これを自由に使えるようになれば、王もお褒めになるかもしれないぞ?」

 エレノアの顔がパァっと明るくなる。

「本当!?ねぇ!ダズ爺!?それ本当!?」

「あぁ、本当だとも。毎日それを持ち歩いて使いこなせるように頑張るのだな」

 エレノアは剣を無理矢理持ち上げる。

 これでいい。
 早く魂を集められるようになるのだ。
 そして、邪悪な血をその身に宿せ。



――魔剣を与えてから2年後

「ダズ爺!今日は魔物を3匹も倒してきたよ!ほらほら!」

 リザードマンの首を嬉しそうに持ってくるエレノア。
 よしよし、よく成長している。
 最初は不安だったが、余計な心配だったようだ。

 走っていくエレノアを見て、ハッと気がつくダズールは急いで後を追いかけた。

 玉座の前に辿り着くと悪い予感は的中しているようで、扉の奥からエレノアの声が聞こえてくる。
 慌てて扉を開けて玉座に立ち入る。
 王の前にリザードマンの首を並べ、楽しそうにしているエレノアの姿が目に飛び込んだ。

「申し訳御座いません!すぐに連れ出しますから!」

 王は片肘を付いてダズールを見た後、エレノアに向き直る。

「なんだ?騒々しい…。良くやったなエレノアよ。褒めて遣わす」

 ダズールは違和感を覚えた。
 王は…何故あのような態度を…?
 確かに、まだ幼い少女があれだけの魔物を狩ったというのは、想定よりも早く生け贄として完成するかもしれない。
 それでも、ディヴァイルベルトの様子にどこか引っかかる。

「し、失礼しました。エレノア、今日はもう早く部屋に戻れ」

「もう!ダズ爺はうるさいな!わかったよ!王様!失礼します!」

 スカートの横を手で広げて一例すると、エレノアはダズールの横を通り玉座を後にした。
 ダズールは横目でエレノアを見送った後、王に近付く。

「王よ、申し訳御座いません。まだ教育が足りないようで…」

「そんな事は良い。早くその魔物の首を片付けろ」

 王は普段のトーンでダズールに背を向けた。
 怒っていなかった王に少しホッとしたものの、ダズールの違和感は更に膨れ上がった。
 少し前まであれ程毛嫌いしていたエレノアに、普通に接しているのは何故だ…。
 リザードマンの首を焼却炉に投げ込みながら、ダズールは考え続ける。
 この時に感じた違和感を放置した事を、後にどれだけ後悔するかをダズールは知らない。



――更に数年後


「ダズ爺。行ってくるわね」

 今日も大剣を背負ったエレノアは出かけていく。
 以前は引き摺るように持っていた大剣も、成長したエレノアは軽々と持ち上げた。
 細い腕から常に一定の魔力を発し続けて、足りない筋力を補っている。
 紫のウェーブ掛かった長い髪をなびかせる出で立ちから、魔剣を持っていなければお淑やかな女性に見えるだろう。

 生意気な口を聞くこともなくなり魔物を狩る事に従事するエレノアを見て、ダズールは胸を撫で下ろしていた。

 どうなる事かと思っていたが…今では素直に魂を集めている。
 今までの苦労が報われ始めたという事だろうか。

 断崖の城を眺めながら感慨深くなるダズール。
 そういえばもうすぐ王の食事の時間だという事を思い出し、急いで城へと戻る。

 食卓で全ての用意を整え、玉座の扉をノックした。

「王よ。お食事の準備が整いました」

 ………。
 おかしい。
 いつもならばすぐに返事があるはずなのに、いくら待てども王の声は聞こえてこない。

「王?」

 恐る恐る扉を開けると、そこには王の姿はなかった。

「王よ!どちらにおいでですか!?」

 城内に虚しく響き渡るダズールの声に返事はない。
 今まで王は何も告げずに城を留守にした事はなかった。
 何か猛烈に嫌な予感がダズールを支配する。

「ま、まさか…また聖騎士が……」

 ダズールは足を引き摺り、城を後にする。
 もし連れ去られたとして、場所など検討もつかない。
 エレノアにも協力させて王を捜索しよう。
 そう思い立ち、エレノアが狩りをしている森の中へ入っていく。

「これは…魔剣の傷口!まだ新しいな…こっちか!」

 木々に刻まれた薙ぎ払った跡を頼りに、ダズールは森の奥へと進んでいく。
 この間にも、王は苦しんでいるかもしれない。
 とにかく、一刻も早くエレノアを見つけ出し、王の捜索に協力させなければ。

 木々を掻き分けて森を進む。
 不自由な身体と老体には険しい道のりだったが、王を思えばなんという事はなかった。
 今はなんとしてでも王を助けたい。
 その一心で、疲労や痛みなどは感じる事はなかった。

「グォオオオ!!」

 魔物の声がこだまする。
 それとほぼ同時に、激しい揺れを感じた。
 エレノアが戦っているに違いない。
 ダズールは確信して、声の方向へと向かう。
 森の奥に魔物の影が見えた。

「エレノ……ぐっ!!」

 エレノアを呼ぼうとした直後に、口に何かが当たり喋る事ができなくなる。
 何が起きたのか、認識するのに少し時間が掛かった。
 何者かの手が、口を抑えている。
 次の瞬間に後ろから何かに掴まれ、ダズールの身体は宙へ浮き高い木の枝の上に降り立つ。

「………!」

 必死に声を出そうとすると、頭の上から聞き慣れた声が響いてきた。

「ダズール……今良い所なのだ。興を削ぐような事は許さん」

 ダズールが少し落ち着いた所で、口を抑えていた手はゆっくりと外された。

「王よ……!こんな所で……!」

「馬鹿者。でかい声を出すな」

 王に睨みを効かされて口紡ぐ。
 ダズールが黙ったのを確認すると、王は戦闘音が鳴り響く方向に顔を向ける。
 王の目線を追うと、エレノアが5体の魔物に囲まれながら必死に戦っていた。

「王…こんな所で何をしておられるのですか…?」

 王の耳に届く程度の小声で話しかける。

「フンッ……私の生け贄がしっかりと働いているのか確かめているだけだ。何か問題でもあるのか?」

 王はエレノアから目を離さずに返事をする。

「エレノアの事はこのダズールにお任せ頂ければ大丈夫でございます。主不在では城も悲しみましょう…。お出かけになるのであれば私めに一言……」

 王はダズールの言葉を遮る。

「ゴチャゴチャと煩い。私が何をしようと勝手であろう」

 これ以上は何を言っても仕方ないと悟ったダズールは、王と共にエレノアの様子を見続けていた。
 エレノアはあちこちから出てくる魔物を魔剣でなぎ払い、その魂を集め続ける。

「あなたの全部を頂くわ!!」

 その姿に目を疑った。
 エレノアの手から空中に解き放たれた魔剣は、踊るように魔物を薙ぎ払う。
 その意志で魔剣を操りながら高らかに笑う姿には、恐怖すら覚えた。

「あははははは!」

 最後の1体が倒れ、魔物の軍勢を倒しきったエレノアは、まだ手を止めない。
 動かなくなった魔物を切り裂いては、その血を浴びる。
 ディヴァイルベルトはその様子を見ると、背を向けてその場を去ろうとする。

「王よ…どちらへ……」

「お前が戻れと言ったのだろう?私は城へ戻る」

 どこか不機嫌にも見える王は、立ち止まりもせずそのまま歩き続ける。
 ダズールは王の姿が見えなくなったのを確認すると、エレノアの元に駆け寄る。

「エレノア!何をしておるのだ!?」

 手を止めて振り向くエレノアは返り血で真っ赤に染まっている。

「ダズ爺…こんな所までやってきてどうしたの?」

 エレノアについた返り血がどんどん消えていく。
 どうやら、魔剣がその血を吸い取っているようだった。
 地面にも広がった鮮血すら、まるで生き物のように動き魔剣に吸い込まれていく。
 その光景を見て、言葉を飲み込んだ。
 きっとこの娘は、魔剣に血を吸わせてその力を増大している。
 魔剣と契約しているエレノアにもその力が伝わっているようだ。

「ダズ爺?」

 再度呼びかけるエレノアの言葉でハッと我に返る。

「いや、か、帰りが遅かったから様子を見に来ただけだ」

「そんなにドロドロになる程、急いで来たというの?」

 自分の足元に目を向けると、膝まで泥だらけになったズボンが見える。

「う、うるさい!無事ならば…それで良いのだ。あまり遅くならないように帰るのだぞ」

 エレノアに背を向けて、城へ帰る事にした。
 道中、ダズールは王の言葉と行動について考える。

 エレノアは着々と生け贄になる為の器として成長している。
 しかし、王は何故あのような事をしていたのだ?
 今までどんな事があろうと、他人に興味を持った事などないようなお方が、様子を見に来た?
 そんな事がある訳がない!
 人間なんて虫けらを見るかのように接する王が、いくら完全な復活の為とは言え、コソコソと様子を見るような事があるものか!
 これは直接確かめる他ない…。


 城へと辿り着いたダズールはその足で玉座へと向かう。
 いつも通りノックをするが、その手にはまだ迷いがあった。
 これまで王を疑った事など一度足りてない。
 しかし、この疑心が真であれば、あれ程望んだ王の完全なる復活が危ぶまれる。

「入れ」

 扉を開けて少しばかり中に入るとその場で立ち止まるダズール。
 その様子に王は不信がる。

「どうした?そんな所で立ち止まって」

「申し訳御座いません。この通り汚れておりまして…玉座に泥を塗る訳には…」

「ならば着替えてから来れば良いだろう?何を寝ぼけておるのだ」

 ダズールは喉をゴクリと鳴らして本題へ入ろうとする。

「至急、確認したい事が御座いまして……」

 王はムっとした表情を見せたが、そんな事を気にしていられる状況ではない。

「私の気のせいならば良いのですが、王は……」

 震える手をなんとか抑える。

「王はまだ、エレノアを生け贄とする事に賛成しておりますでしょうか…?」

 王の様子を伺い、その反応を見極める。

「あ、当たり前であろう。何を言っておるのだ」

 王は目を合わせようとしない。
 やはり…嫌な予感は的中していた。
 あり得ない筈だった…ヴァンパイアが人間に対して…。

 愛着を持つなど……。

「それであれば宜しいのです。いえ、私の勘違いならばそれに越したことはありません」

 できるだけ落ち着いて、それを確かめるのだ。

「私は王に力を取り戻して欲しいと心から願っております。それ故に、したこともない子育てをして生け贄となる器を作りました」

「それは解っている。何を今更……」

「でしたら……!!エレノアにウェルミスの討伐に行かせる事にも反対はございませんね?」

 ウェルミスは、城のある断崖を西に進む所に生息する翼竜。
 その魂は非常に強大な力を宿しているという言い伝えがあり、邪悪な血を作る為の最終段階として考えていたものだった。
 しかし、簡単に倒せるような相手でない事は百も承知。
 エレノアを失い兼ねないこの打診を、受け入れないのであれば、間違いなく王は人間に毒されている。
 以前の王であれば、二つ返事でウェルミスの巣へ行かせていただろうが…。

「ならぬ。まだ時期が早過ぎるであろう」

 何故、あの崇高な王がこんな事になってしまったのか…。

「エレノアの力は本日その目で見てきた筈です。もう充分かと」

 偉大なる王の復活を妨げるのは…あの人間の娘だとでもいうのだろうか…。

「ならぬと言っているであろう!危険すぎる!!」

 そのお心を確かめ、軸が曲がっているのであれば、私が元に戻して差し上げましょう。

「まさかとは思いますが…王よ…。あの娘に愛着を沸かせてはおりませんでしょうな!?」

 ダズールはハッキリと言い切った。

「そんな事があるものか!!!!私を誰だと思っているのだ!!」

 ダン!と椅子の肘掛けを殴りつける王に、ダズールは一瞬怯む。
 しかし、ここで折れてはこの話に決着を付ける事はできない。

「それならば宜しいのです。今のエレノアであれば、ウェルミスの討伐程度やってのけるでしょう。エレノアの力の見極めができぬ程、王の目は腐っておりますまい」

「ぐっ……」

 挑戦的な態度を取っても、王は怒り狂う事はない。
 これで王のお考えは明白。
 やはり、あの王に“情”という感情が沸いている。
 このままではきっと生け贄にする事もできない…私の最後の望みが絶たれてしまう。


――翌日

 ウェルミスの巣へ向かうエレノアの背中を見送った。
 これで良いのだ。
 あの力があればエレノアはウェルミスでも仕留めてくるだろう。


 城の中でエレノアの帰りを待っていると、嵐がやってくる。
 素晴らしい…天もこの日を待ち望んでいたようだ。
 雷鳴が轟き、外が一瞬光ったかと思うと、光の中に小さな影が見えた。
 ダズールはそれを見逃さなかった。

「王!!!!どこに行かれるのですか!!!?」

 きっとその声は届かないだろう。
 翼を広げ、羽ばたく王の後ろ姿を見て膝を落とす。

「なぜ……なぜ……!」

 王を見張っておくべきだった。
 この行動が予想できない事はなかったはずだ…。
 自分の甘さを悔やみ、涙を流すダズール。
 外は、ダズールの心情を表すような大粒の雨が窓を叩きつけていた。


 数時間後、城の正面口が開く音がした。
 ダズールが様子を見に行くと、エレノアを抱えた王が城内に入ってきていた。
 足跡がくっきりと絨毯につく程ずぶ濡れとなった王は、エレノアの部屋へ向かう。

「王よ!!!何故エレノアを……!」

 ダズールを横目で見た王は、歩みを止めずに進み続ける。

「エレノアはまだウェルミスには勝てなかったようだ。大切な生け贄を無下に殺す訳にもいかぬからな……」

 そんな筈はない。
 もし万が一勝てなかったとしても、その情報が王の耳に入る訳がない。
 ダズールは王の背中に向かい右手を伸ばすが、体制を崩して倒れこんでしまう。
 それでも、王に右手を向け続け、遠く離れていくその背中を掴もうとする。

「王……なぜですか……」

 その言葉は王には届かない。


――その夜

 エレノアの部屋の前に立つダズールは、覚悟を決めていた。
 もうこれ以上、おかしくなる王を見ている事はできない。
 王に力を取り戻して貰うには、もうこの方法しかない。

 ランプの火がユラユラと揺れる中、腰に隠したナタを今一度確かめてから、そっとドアを開ける。
 ぐっすりと眠っているエレノアを確認し、ランプを枕元の台座に置いた。
 入ってきたドアにダズールの影が怪しく伸びる。

 例え死体であろうと、今でも生け贄として使えるだろう。
 もし充分でなかったとしても、王の力になる事は明白。
 これ以上、王が狂ってしまう前に、その命を王に捧げるのだ。

 右手でナタを持ち、確実に首を刈り取るように狙いを定める。

「これも王の為なのだ…死ね…エレノア!!」


 ベッドのシーツに鮮血が飛び散った。

 これで目的が達成された。
 そう……。
 これで王は………完全な………。


 ダズールは床に倒れこむ。
 その胸は深い闇の力が宿った深紅の矢で貫かれていた。
 ダズールはもう息もする事ができない。
 それでも、天井に向き直り、最後の一言を必死に吐く。

「王よ……なぜ……こんな……人間を………」

 ランプの明かりが映し出したのは王の影。
 その表情は、初めて王に会ったあの日と同じように、冷たく厳しい眼差しで見下ろしている。
 最後の力を振り絞り、心から復活を願った王に向って手を伸ばした。

「王……私は……王の……」

 ダンッ!という鈍い音と共に、ダズールの視界はグルグル周る。
 その異様な光景に吐き気がした。
 ベッドの側で横たわる頭のない男。
 自分が持って来たナタを持った王。
 頭のない男の首元に、そのナタは振り下ろされていた。

最後に聞こえたのは、人生を捧げると約束をした男の声だった。

「今までご苦労だったな…ダズール………」

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