楽都アルモニア―
音楽の都と呼ばれる美しい街。
アルモニアでは様々な楽器から音楽が絶えず鳴り響き、人々は歌をこよなく愛する。
アルモニアの市街地から郊外へ足を伸ばすと、大きな森へとたどり着く。
そこには小鳥のさえずりがオーケストラの如く響き渡る大自然があった。
森はおよそ人の手が入っておらず幻想的な世界を醸し出す。
木々をかき分け、リュートを片手に鼻歌交じりの軽快なリズムで歩む男。
その男の後ろでは、少し荒い息遣いをしながらも、遅れまいと後をついて行く美しい女性の姿があった。
「あなた…本当によかったの?」
「ん?なんでだい?ここは空気も綺麗だし、水も美味しい。何よりも詩を歌い、曲を奏でるには最高の環境だよ。あっ!あれかい?力仕事かい?自信はないけど…キミとボクとの新しい生活の為さ!頑張るよっ!」
男はリュートを片手で携えながらも、ドンっ!と胸を叩き、にっこりと笑顔を見せる。
「ん、んもうっ!照れるじゃない…バカ。私が言いたいのは、ここにはあなたの好きな街娘もいないし、どんなにいい歌でも、聞いてくれる人はいないのよ?それでもいいの?って事!」
少し顔を赤らめながらも、女は決心したかのように言葉を放つ。
男は吟遊詩人であった。
街から街へと渡り歩き、各地を放浪して詩を歌う。
その中でも吟遊詩人の歌う愛の歌は、行く先々で女性達を魅了していた。
軟派師…ナンパリスト…世で見られている吟遊詩人のイメージである。
女の言葉は、そんな吟遊詩人たる男へ覚悟はあるのか?と問い確かめているようであった。
男は怪訝そうに、一拍おいて少し考えながら言った。
「キミが…キミがいるじゃないか?ボクの曲も歌もキミが全部聞いてくれる!」
「あなた…」
そこで二人の会話は終わった。
寄り添いながらも、二人は足早に森へと入って行き、森では小鳥達のさえずりが二人を祝福するかのように鳴り響いていた。
そして数年後――
森に新たな命が生まれた。
「ほんぎゃぁっ!ふぇええーんっ!!」
静かな森の中では力強く、激しい泣き声が小屋から森中に響き渡る。
あの時の仲睦まじい二人は子供を授かり、小屋の中では赤ん坊の名前を名付ける親の姿があった。
「あなた、この子の名前を…」
「ああ!もう考えてあるさっ!アレク…アレクサンダーなんてどうだい!?ボクの故郷に伝わる英雄の名前をこの子につけようと思うんだ!」
「アレクサンダー…力強くていい名前ね。でも、この子は優しい子に育って欲しいの。わたしも考えたんだけど、ねぇ…ギルバートはどうかしら?」
「ギルバート…かぁ。うん!いいね!キミが考えたのなら最高の名前だよ!よーし、この子は今日からギルバートだ!」
「ふんむぅ……きゃっ!きゃっ!」
森では小鳥達のさえずりが新たな命を祝福するかのように鳴り響いていた。
更に数年後――
時は経ち、ギルバートは優しい両親の元でのびのびと育つ。
母親譲りの端麗な顔立ち、父親譲りの美しい歌声、吟遊詩人に必要な資質をギルバートは兼ね備えていた。
今日、ギルバートは父と共に森の中へ来ている。
まだ幼いながらも、吟遊詩人としての類まれなる資質を我が子から感じとった父は、リュートの修行をつけようとやってきていた。
「ほら、このリュートはこうやって音をだすんだよ。面白いだろ?今から父さんが曲を奏でながら歌うから、ギルバートも後に続いて歌ってみるんだよ」
「うん!わかった!」
森中に響く音楽と歌声は、心地よくも素敵な空間を生み出す。
父の後に続いて歌っているギルバートは、何のために曲を奏で歌うのか分からなかったが、一度聞いた父親の詩が頭から離れなかった。
ギルバートは父親の美しい演奏、そして詩に憧れ、いつからか父親に追いつくことが目標となり必死に練習をした。
そんなある日、森でリュートの練習をしていたギルバートの元に父がやってきた。
「ギルバート、頑張っているようだね」
「とうさん!うん!ぼくねぇ…このきょくもひけるようになったんだよ!」
「おお!すごいじゃないか!ギルバートはやっぱり才能があるな。そうだ、今日は吟遊詩人の話をしようじゃないか。お前も父さんも吟遊詩人の一族だから、吟遊詩人とはどういうものなのかを知っておかないとね」
それからギルバートの父は懇々と、まだ幼いギルバートが理解しやすいように言葉を選びながら吟遊詩人の一族について語っていった。
吟遊詩人とは何なのか?何のために歌うのか?
父も、そのまた父親からこの詩を受け継いだ事、吟遊詩人の技術が一子相伝で他人には教えてはならない事、継承者の親の死から5年以内に次の継承者を作らねば、共鳴の力が失われ、詩に魔力が宿らなくなることをギルバートに教えていく。
だが、父の話は難しくて、幼いギルバートにはまだ理解ができなかった。
時折、あくびを噛みころしながらそわそわしだす我が子を見て、父は困ったように笑いながら、いつか母さんのようにしっかりしていて、綺麗な“運命の人”を見つけなさいと言う。
「ギルバート。お母さんはな、お父さんの運命の人だったんだよ」
父はそう話すと、思い返しながら自分の昔のことをギルバートに語った。
吟遊詩人として旅をしながら各地をまわっていた頃のこと。
お父さんはとっても人気があって、女の子からモテモテだったこと。
だけど、お母さんを初めて見て、全身にビビッと衝撃が走り、この人だ!って思ったこと。
それ以来、お母さんがお父さんにとって一番の特別であること。
半分は父の自慢話で、もう半分はお母さんの事を大好きな父の話であった。
父は再度、ギルバートもそんな“運命の人”を見つけなさいと言う。
とある日のこと―
ギルバートは家族でアルモニアに来ていた。
普段住んでいる静かな森とは違い、音楽と沢山の人に溢れている街にギルバートは感動してきょろきょろと周りを見回したり、ちょこまかと動き回る。
その時、1人の男が慌てて駆け寄ってきた。
男は息を整える時間すら惜しいといった様相で、興奮交じりに話し始める。
「ハァ…ハァ…。なあ、あんたあの有名な吟遊詩人じゃないか!いつアルモニアに来たんだ?なあ、いつまでこの街にいるんだよ?そうだ!一曲弾いてくれよ!俺はあんたの歌が忘れられなくてよう…な!頼むッ!」
まくしたてるようにその男は大声で喋る。
男は息を切らしながらも、一心に自分の伝えたいことを言い放った。
どうやら男の目当ては父だったようだ。
アルモニアでは有名な吟遊詩人の一族である父に男は演奏を懇願する。
その声を聞きつけた周りの人々が集まっていき、なんだなんだとギルバート達を囲むように人だかりが出来ていった。
父は少し困った顔をして男に話す。
「悪いけど、今日はオフ!…吟遊詩人としてアルモニアに来たわけではないんだよ」
「な、なんでだようッ!頼むよ!一曲弾いてくれよ!歌を聞かせてくれよ!次はどこであんたに出会えるかもわからねぇんだ。俺はあんたが歌ってくれるまでここを動かないからな!」
男は腕を組み、口をへの字に曲げながらその場にドカっと座る。
父を見つめる視線は男の固い決意を表すかの如く絶対にあきらめないぞ!と言っているようであった。
父は更に困った表情を見せ、男をどうやって説得しようかと思案している様子だった。
「ねえ、おとうさん。このひとかわいそうだよ。ぼくも、おとうさんのうたがききたいよ。いいでしょ?うたってあげてよ。」
ギルバートは父の袖を引っ張る。
父は、まいったなあ…という顔をしながらチラッと母の顔を覗き込む。
母は苦笑していたがニッコリと片目で父にウィンクを返す。
「息子にまでこうやって頼まれたらしょうがない。今日は家族で来ているんだ。一曲だけだからね?」
「おお!ありがてえ!こっちはあんたの息子か!こりゃお利口そうだ!おじさんの目に狂いはねえっ。坊主!お前は将来、絶対に大物になるぜ!」
人だかりは更に増えていた。
どうなることかと見守っていた人々と、新たに集まってきた野次馬たち。
父が歌うことに決まると一帯はお祭りの様な状況となっていた。
父はリュートに手をかける。
やさしい音色が鳴りはじめ澄み渡る声がアルモニアの街に響く。
ギルバートにとっては聞きなれた父の歌であったが、その歌に聞き入る人々はとても幸せそうな表情をしていた。
曲が終わると、あたりは一瞬の静寂に包まれた。
だれかが手を叩くと同時に巻き起こる拍手と喝采と賞賛の嵐が父に降り注ぐ。
その光景を目にしたギルバートは胸の奥から湧き上がる高揚感を覚え、幼いながらも吟遊詩人が歌う意味を知ったような気がした。
幸せそうな人々の顔をギルバートが見渡していると、1人の少女がその視線に気づく。
少女はギルバートと目が合うとにっこりと微笑みかけるが、ギルバートは慌てて父の後ろへと隠れてしまう。
森で育った為なのか、女の子の前だと恥ずかしがって隠れてしまう我が子を見て父は少し不安を感じていた。
――それから10年
ギルバートは成長し、父から受け継いだリュートを持ってはアルモニアへ出かけて歌を歌っていた。
「今日こそは…」
あの日見た父の姿…父の弾くリュートはみんなを幸せにしていたんだ。
ボクも吟遊詩人なんだ…やればきっとできるはずだ!
自分に言い聞かせるように心の中でギルバートは繰り返した。
ギルバートがいつもの場所で演奏をはじめると、ぽつりぽつりとどこからか観衆が集まってくる。
しかし、いつも観衆の中に女の子の姿を見かけると演奏を止め、その場を足早に去っていく。
幼い頃、ボクに微笑みかけてくれた女の子…。
ボクが吟遊詩人になってから、アルモニアで演奏を始めた頃にボクのファンだと言ってくれた女の子…。
なぜかは分からないけれど、女の子と話すのはすごく苦手で、恥ずかしくて…うまく話せなくていつも逃げてしまう。
「今日も、ダメだったなあ…父さんになんて言おうか…」
落ち込みながらトボトボと家に帰ると、出迎えてくれた父はギルバートを慰めるように言った。
「誰にだって失敗はある。そして、その失敗から学んでいくんだ。女の子と話すことが恥ずかしいことなんてこれっぽっちもない!父さんなんて…母さんに何度もフラれたんだぞ?いつかきっと、ギルバートにも“運命の人”が現れる。今はその予行練習みたいなものさ」
と父はギルバートを勇気付けてくれる。
優しい父さんは…いつもボクを応援してくれている。
だけど、父さんは昔から“運命の人”がって言うんだ。
ボクは女の子が苦手だし、“運命の人”って何だろう?母さんみたいな人なのかな?
ギルバートは頭の中で、父の言葉を自分に問いかけてみる。
翌日もギルバートはアルモニアの街へ出かけ、いつもの場所で演奏をする。
今日こそは…と心に誓うが、女の子の姿を見つけるといつものように逃げ出してしまう。
ギルバートは落ち込みながらトボトボと帰路に着く。
いつもの光景のはずだったが…今日は違った。
突然の強風から木々がざわめき、砂塵が舞う。
まだ日没には早い時間なのに、蝙蝠の大群がギルバートの家の方角へ飛んでいく。
一抹の不安を感じたギルバートは足早に家へと向かった。
そして、家までたどり着いたギルバートは緊張しながらドアノブに手をかける。
いつもはギルバートの帰りを今か今かと待ってくれている父の姿がない。
不安は半ば確信へと変わっていた…。
―父が倒れた…!
ギルバートは持っていたリュートをズルリと床に落とす。
焦燥の色を見せる母は、ギルバートの姿を見つけるやいなや医者を呼びに行くと告げて街へと急ぐ。
父さん…?
父さん…やだよ…。
ベッドに静かに横たわる父は痛々しい姿をしていた。
苦しそうな呼吸と時折激しく咳き込む声は、これが簡単な病ではないことを知らせる。
「ギルバート…ギルバートはいるか?」
「父さん!目が覚めたんだね!良かった……。何か飲む?母さんがスープを作っておいてくれたんだよ。」
「ありがとう…ギルバート。お前は本当に優しい子に育ってくれたね…。父さんは…もうあんまり…長くないのかもしれない…」
「ッ!やめてよ!何言ってるの、父さん!あ、母さんはね、父さんの為に街へお医者さんを呼びに行っているよ。ほら、すぐ良くなるよ!」
今度はボクが父さんを勇気付ける番だ。
あんなに明るくて優しい父さんが、病なんかに負けるわけがないじゃないか!
「聞いておくれ…ギルバート。今からお前に大事な話をする。よく覚えておくんだよ…」
「う、うん…」
今まで見たこともない父の真面目な顔にギルバートは圧倒されていた。
最後の力を振り絞るかのように、苦痛の表情を浮かべて父は話をする……。
――後日
父さんは闘病生活を続けていたが、母さんの献身も空しく、程なくして亡くなった。
ボクも母さんも…涙が枯れ尽くすまで泣いた。
――父の言葉
あの日、父さんがボクにしてくれた話が今のボクを動かす。
吟遊詩人の一族のルールの事。
一子相伝の詩の事、吟遊詩人の詩や音色には共鳴の力があり魔力が宿る事。
しかし、継承者の親の死から5年以内に次の継承者を作らねば、共鳴の力が失われ詩に魔力が宿らなくなる事。
父さんは自分の死期を悟って、吟遊詩人の一族の未来をボクに託したんだ。
「ギルバート…運命の人を必ず見つけるんだ…」
うん…わかっているよ。
きっと母さんみたいな人をみつけるからね。
幼い頃から聞かされていた話が、やっと、やっと…理解できた。
――母との別れ
母さんに旅に出ることを話した。
「そう…決めたのね」
母さんは一言そういうと話をし始めた。
「ギルバート…お母さんはね、お父さんと一緒になってからずっと本当に幸せだったわ。あなたが生まれて…すぐにいつかこの日がくると思っていたの。だって…吟遊詩人だもんね」
母さんはそのまま続けてボクが生まれる前の話をしてくれた。
「吟遊詩人は各地を旅しているでしょう?父さんが私を好きだって言ってくれても、一緒になるなんて考えられなかったわ。でも、父さんはずっとそばに居てくれた。それに、運命の人なんて言われたけど、誰にでも言っているんじゃないの?って思ったりもしていたしね…」
父さんにとっての運命の人は母さん…
その後は聞いているこっちのほうが照れるような話を母さんは続けた。
「行っておいで…あなたにはきっといい人がみつかるわ」
――そして旅立ち
タイムリミットは5年!アルモニアの街で父さんが曲を披露した時の皆の幸せそうな顔。
あの光景を守るためには、ボクの運命の人を見つけなければならない。
ギルバートは沢山の人がいる場所を目指してアルモニアからイエルへと足を運ぶ。
初めて見るアルモニア以外の街。
楽器や音楽の音ではなく、商業都市ならではの喧騒にギルバートは驚きを隠せなかった。
しかし、アルモニアとは違う賑わいをみせるイエルのそんな音を心地よく感じていた。
いま見ている風景が詩となり、頭に流れるメロディを思い描きながら街を歩いていると、ギルバートは美しい街娘を見つける。
足を止めて凝視していると、街娘はギルバートに気づいて微笑みかける。
――緊張で口の中が乾いて行くのを感じる。
それでもギルバートは自分に微笑みかける街娘へと歩んでゆく。
――今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られる。
それでもギルバートは父の事や吟遊詩人の歌を聞いて幸せそうにする街の人々の顔を思い出しその場に踏みとどまる。
街娘の前までつくと乾いた口を開いて話しかける。
「ボクと一緒に来てほしい!」
突然のことに驚いた彼女は困ったような笑顔に変わり、ギルバートはフラれてしまう。
「ダメ、なのか……でも、初めて女の子と会話できた!」
ギルバートは内心で一人喜ぶ。
次に目に入った露店の看板娘にも声をかけるが、店主に睨まれてしまう。
数々の失敗を乗り越えながら徐々にうまく会話のコツを掴んでいく。
「ボクはやればできるじゃないか!今まで何を恐れていたんだろうか。もう、話しかけるのは怖くなくなってきたかな。ボクには時間がないんだ、急がなきゃ」
次に話しかけた女の子からは好感触を得ることができたが、お茶に誘ったところを断られてしまった。
しかし、ギルバートは落ち込む事もめげる事もなかった。
「中々かな?彼女の反応は今までになかったものだね……これは、父さんに少し近づけてきたのかもしれないな」
また、目に留まった女の子をナンパし始める。
今度は名前を聞き出すところまで成功する。
ギルバートは思い切って告白してみるが、いきなりはちょっとゴメンなさいとフラれてしまう。
しかし、ギルバートは自分に確かな手応えを感じていた。
「今回はもっといい感じだったね。そうか、もっと自然に行けばいいんだ!」
グッと拳を握り、小さくガッツポーズをして街で次々にナンパしていく。
ギルバートはイエルの街で着実にナンパの技術を磨き上げていった。
しかし、運命の人は見つからない。
ギルバートはイエルを後にし、獣境の村ヴィレスへと向かう。
獣人であるガルム族のみが住むその村を見たギルバートは感嘆する。
イエルの街にも少なからずいたガルム族が沢山いることに驚いていた。
村に漂うワイルドな雰囲気にギルバートはイエルとは違う感動を覚える。
何より、ワイルドでたくましく美しいガルムの女性達がいた。
ギルバートはイエルで学んだコツを使ってナンパを始めるが、全く相手にされない。
「なるほど…ここではもっと野性的になるのが重要なのかもしれないね」
ギルバートはその村その街に合ったナンパのスタイルがあることを覚える。
いつの間にか沢山の女性ガルムに囲まれるくらい打ち解けることができるようになった。
だが、ここでも運命の人は見つからない。
ギルバートはヴィレスを後にし、花園の街ラキラへと向かった。
大陸に住む女性の憧れとも聞く街ラキラ。
ギルバートは女性に声をかけ名前を聞こうとするが、成人していない女性には名前がないために結局うまくいかなかった。
それでも諦めずに、声をかけてはフラれることを繰り返す。
結局、運命の人は見つからなかった。
仕方がなく、ギルバートが次に向かった街は極寒都市コルキドであった。
年中氷点下の極寒の街コルキド…
この街の住人はみな防寒コートを全身に着ており、外見からは性別すら判断がつきにくいが、ギルバートはこれを克服していく。
同性に声をかけて勘違いされることもあった…しかし、諦めずに声をかけ続けることで男性と女性の見分け方、更には相手の反応速度から年齢をも見抜くことが出来るようになり、ギルバートはコルキドでのナンパ術を構築していった。
だがしかし、ここでも運命の人は見つからなかった。
その後、色々な街を旅したギルバートはイエルへと戻ってくる。
そして、偶然最初に声をかけた街娘と再会する。
街娘は、ギルバートの事を覚えており、声をかけるやいなや逃げようとするが、リュートをつま弾いて引き留める。
「お嬢さん……あの時は突然すまなかった、君の可憐さについつい焦ってしまってね…どうかな?あの時のお詫びがしたいのだけど」
最初の頃とはうって変わって紳士的な態度で接する。
数々のナンパ技術を会得したギルバートはデートに誘う事に成功する。
ボクが探しているのは運命の人。
デートの終わり、別れる間際にギルバートは意を決して彼女に言葉をかける。
「君さえ良ければ、ボクの旅についてこないか?君ほど打ち解けた人は初めてさ。君こそがボクの運命の人だ!」
しかし、彼女は悲しそうな表情で言葉を返す。
「ごめんなさい。私には心に決めた人がいるの。あなたにはついて行けないわ……また、どこかで会いましょう」
彼女はそのまま走り去って行ってしまった。
一つの恋は終わり、一人その場に残されたギルバートは彼女が“運命の人”ではなかったのだと気が付いた。
「あぁ一体どこにいるのだろうか!まだ見ぬボクの“運命の人”!君に会うのが待ち遠しい…待っていてくれ!ボクは必ずキミの元にたどり着くからね!」
そう言いながらギルバートはイエルの街を後にし、気の向くまま足の向くまま渓谷を目指す。
遥か彼方に見える黒雲からは、龍の咆哮の様な雷鳴が鳴り響き、青白い光からは幾条にもなる閃光が放たれていた。
いつか…きっと出会うであろう。
しっかりしていて美しい女性…“運命の人”と必ず巡り会うことを胸に誓い、ギルバートは歩き出す。
だが、ギルバートはまだ知らない。
この旅のずっと先に…その“運命の人”が待っていることを…
音楽の都と呼ばれる美しい街。
アルモニアでは様々な楽器から音楽が絶えず鳴り響き、人々は歌をこよなく愛する。
アルモニアの市街地から郊外へ足を伸ばすと、大きな森へとたどり着く。
そこには小鳥のさえずりがオーケストラの如く響き渡る大自然があった。
森はおよそ人の手が入っておらず幻想的な世界を醸し出す。
木々をかき分け、リュートを片手に鼻歌交じりの軽快なリズムで歩む男。
その男の後ろでは、少し荒い息遣いをしながらも、遅れまいと後をついて行く美しい女性の姿があった。
「あなた…本当によかったの?」
「ん?なんでだい?ここは空気も綺麗だし、水も美味しい。何よりも詩を歌い、曲を奏でるには最高の環境だよ。あっ!あれかい?力仕事かい?自信はないけど…キミとボクとの新しい生活の為さ!頑張るよっ!」
男はリュートを片手で携えながらも、ドンっ!と胸を叩き、にっこりと笑顔を見せる。
「ん、んもうっ!照れるじゃない…バカ。私が言いたいのは、ここにはあなたの好きな街娘もいないし、どんなにいい歌でも、聞いてくれる人はいないのよ?それでもいいの?って事!」
少し顔を赤らめながらも、女は決心したかのように言葉を放つ。
男は吟遊詩人であった。
街から街へと渡り歩き、各地を放浪して詩を歌う。
その中でも吟遊詩人の歌う愛の歌は、行く先々で女性達を魅了していた。
軟派師…ナンパリスト…世で見られている吟遊詩人のイメージである。
女の言葉は、そんな吟遊詩人たる男へ覚悟はあるのか?と問い確かめているようであった。
男は怪訝そうに、一拍おいて少し考えながら言った。
「キミが…キミがいるじゃないか?ボクの曲も歌もキミが全部聞いてくれる!」
「あなた…」
そこで二人の会話は終わった。
寄り添いながらも、二人は足早に森へと入って行き、森では小鳥達のさえずりが二人を祝福するかのように鳴り響いていた。
そして数年後――
森に新たな命が生まれた。
「ほんぎゃぁっ!ふぇええーんっ!!」
静かな森の中では力強く、激しい泣き声が小屋から森中に響き渡る。
あの時の仲睦まじい二人は子供を授かり、小屋の中では赤ん坊の名前を名付ける親の姿があった。
「あなた、この子の名前を…」
「ああ!もう考えてあるさっ!アレク…アレクサンダーなんてどうだい!?ボクの故郷に伝わる英雄の名前をこの子につけようと思うんだ!」
「アレクサンダー…力強くていい名前ね。でも、この子は優しい子に育って欲しいの。わたしも考えたんだけど、ねぇ…ギルバートはどうかしら?」
「ギルバート…かぁ。うん!いいね!キミが考えたのなら最高の名前だよ!よーし、この子は今日からギルバートだ!」
「ふんむぅ……きゃっ!きゃっ!」
森では小鳥達のさえずりが新たな命を祝福するかのように鳴り響いていた。
更に数年後――
時は経ち、ギルバートは優しい両親の元でのびのびと育つ。
母親譲りの端麗な顔立ち、父親譲りの美しい歌声、吟遊詩人に必要な資質をギルバートは兼ね備えていた。
今日、ギルバートは父と共に森の中へ来ている。
まだ幼いながらも、吟遊詩人としての類まれなる資質を我が子から感じとった父は、リュートの修行をつけようとやってきていた。
「ほら、このリュートはこうやって音をだすんだよ。面白いだろ?今から父さんが曲を奏でながら歌うから、ギルバートも後に続いて歌ってみるんだよ」
「うん!わかった!」
森中に響く音楽と歌声は、心地よくも素敵な空間を生み出す。
父の後に続いて歌っているギルバートは、何のために曲を奏で歌うのか分からなかったが、一度聞いた父親の詩が頭から離れなかった。
ギルバートは父親の美しい演奏、そして詩に憧れ、いつからか父親に追いつくことが目標となり必死に練習をした。
そんなある日、森でリュートの練習をしていたギルバートの元に父がやってきた。
「ギルバート、頑張っているようだね」
「とうさん!うん!ぼくねぇ…このきょくもひけるようになったんだよ!」
「おお!すごいじゃないか!ギルバートはやっぱり才能があるな。そうだ、今日は吟遊詩人の話をしようじゃないか。お前も父さんも吟遊詩人の一族だから、吟遊詩人とはどういうものなのかを知っておかないとね」
それからギルバートの父は懇々と、まだ幼いギルバートが理解しやすいように言葉を選びながら吟遊詩人の一族について語っていった。
吟遊詩人とは何なのか?何のために歌うのか?
父も、そのまた父親からこの詩を受け継いだ事、吟遊詩人の技術が一子相伝で他人には教えてはならない事、継承者の親の死から5年以内に次の継承者を作らねば、共鳴の力が失われ、詩に魔力が宿らなくなることをギルバートに教えていく。
だが、父の話は難しくて、幼いギルバートにはまだ理解ができなかった。
時折、あくびを噛みころしながらそわそわしだす我が子を見て、父は困ったように笑いながら、いつか母さんのようにしっかりしていて、綺麗な“運命の人”を見つけなさいと言う。
「ギルバート。お母さんはな、お父さんの運命の人だったんだよ」
父はそう話すと、思い返しながら自分の昔のことをギルバートに語った。
吟遊詩人として旅をしながら各地をまわっていた頃のこと。
お父さんはとっても人気があって、女の子からモテモテだったこと。
だけど、お母さんを初めて見て、全身にビビッと衝撃が走り、この人だ!って思ったこと。
それ以来、お母さんがお父さんにとって一番の特別であること。
半分は父の自慢話で、もう半分はお母さんの事を大好きな父の話であった。
父は再度、ギルバートもそんな“運命の人”を見つけなさいと言う。
とある日のこと―
ギルバートは家族でアルモニアに来ていた。
普段住んでいる静かな森とは違い、音楽と沢山の人に溢れている街にギルバートは感動してきょろきょろと周りを見回したり、ちょこまかと動き回る。
その時、1人の男が慌てて駆け寄ってきた。
男は息を整える時間すら惜しいといった様相で、興奮交じりに話し始める。
「ハァ…ハァ…。なあ、あんたあの有名な吟遊詩人じゃないか!いつアルモニアに来たんだ?なあ、いつまでこの街にいるんだよ?そうだ!一曲弾いてくれよ!俺はあんたの歌が忘れられなくてよう…な!頼むッ!」
まくしたてるようにその男は大声で喋る。
男は息を切らしながらも、一心に自分の伝えたいことを言い放った。
どうやら男の目当ては父だったようだ。
アルモニアでは有名な吟遊詩人の一族である父に男は演奏を懇願する。
その声を聞きつけた周りの人々が集まっていき、なんだなんだとギルバート達を囲むように人だかりが出来ていった。
父は少し困った顔をして男に話す。
「悪いけど、今日はオフ!…吟遊詩人としてアルモニアに来たわけではないんだよ」
「な、なんでだようッ!頼むよ!一曲弾いてくれよ!歌を聞かせてくれよ!次はどこであんたに出会えるかもわからねぇんだ。俺はあんたが歌ってくれるまでここを動かないからな!」
男は腕を組み、口をへの字に曲げながらその場にドカっと座る。
父を見つめる視線は男の固い決意を表すかの如く絶対にあきらめないぞ!と言っているようであった。
父は更に困った表情を見せ、男をどうやって説得しようかと思案している様子だった。
「ねえ、おとうさん。このひとかわいそうだよ。ぼくも、おとうさんのうたがききたいよ。いいでしょ?うたってあげてよ。」
ギルバートは父の袖を引っ張る。
父は、まいったなあ…という顔をしながらチラッと母の顔を覗き込む。
母は苦笑していたがニッコリと片目で父にウィンクを返す。
「息子にまでこうやって頼まれたらしょうがない。今日は家族で来ているんだ。一曲だけだからね?」
「おお!ありがてえ!こっちはあんたの息子か!こりゃお利口そうだ!おじさんの目に狂いはねえっ。坊主!お前は将来、絶対に大物になるぜ!」
人だかりは更に増えていた。
どうなることかと見守っていた人々と、新たに集まってきた野次馬たち。
父が歌うことに決まると一帯はお祭りの様な状況となっていた。
父はリュートに手をかける。
やさしい音色が鳴りはじめ澄み渡る声がアルモニアの街に響く。
ギルバートにとっては聞きなれた父の歌であったが、その歌に聞き入る人々はとても幸せそうな表情をしていた。
曲が終わると、あたりは一瞬の静寂に包まれた。
だれかが手を叩くと同時に巻き起こる拍手と喝采と賞賛の嵐が父に降り注ぐ。
その光景を目にしたギルバートは胸の奥から湧き上がる高揚感を覚え、幼いながらも吟遊詩人が歌う意味を知ったような気がした。
幸せそうな人々の顔をギルバートが見渡していると、1人の少女がその視線に気づく。
少女はギルバートと目が合うとにっこりと微笑みかけるが、ギルバートは慌てて父の後ろへと隠れてしまう。
森で育った為なのか、女の子の前だと恥ずかしがって隠れてしまう我が子を見て父は少し不安を感じていた。
――それから10年
ギルバートは成長し、父から受け継いだリュートを持ってはアルモニアへ出かけて歌を歌っていた。
「今日こそは…」
あの日見た父の姿…父の弾くリュートはみんなを幸せにしていたんだ。
ボクも吟遊詩人なんだ…やればきっとできるはずだ!
自分に言い聞かせるように心の中でギルバートは繰り返した。
ギルバートがいつもの場所で演奏をはじめると、ぽつりぽつりとどこからか観衆が集まってくる。
しかし、いつも観衆の中に女の子の姿を見かけると演奏を止め、その場を足早に去っていく。
幼い頃、ボクに微笑みかけてくれた女の子…。
ボクが吟遊詩人になってから、アルモニアで演奏を始めた頃にボクのファンだと言ってくれた女の子…。
なぜかは分からないけれど、女の子と話すのはすごく苦手で、恥ずかしくて…うまく話せなくていつも逃げてしまう。
「今日も、ダメだったなあ…父さんになんて言おうか…」
落ち込みながらトボトボと家に帰ると、出迎えてくれた父はギルバートを慰めるように言った。
「誰にだって失敗はある。そして、その失敗から学んでいくんだ。女の子と話すことが恥ずかしいことなんてこれっぽっちもない!父さんなんて…母さんに何度もフラれたんだぞ?いつかきっと、ギルバートにも“運命の人”が現れる。今はその予行練習みたいなものさ」
と父はギルバートを勇気付けてくれる。
優しい父さんは…いつもボクを応援してくれている。
だけど、父さんは昔から“運命の人”がって言うんだ。
ボクは女の子が苦手だし、“運命の人”って何だろう?母さんみたいな人なのかな?
ギルバートは頭の中で、父の言葉を自分に問いかけてみる。
翌日もギルバートはアルモニアの街へ出かけ、いつもの場所で演奏をする。
今日こそは…と心に誓うが、女の子の姿を見つけるといつものように逃げ出してしまう。
ギルバートは落ち込みながらトボトボと帰路に着く。
いつもの光景のはずだったが…今日は違った。
突然の強風から木々がざわめき、砂塵が舞う。
まだ日没には早い時間なのに、蝙蝠の大群がギルバートの家の方角へ飛んでいく。
一抹の不安を感じたギルバートは足早に家へと向かった。
そして、家までたどり着いたギルバートは緊張しながらドアノブに手をかける。
いつもはギルバートの帰りを今か今かと待ってくれている父の姿がない。
不安は半ば確信へと変わっていた…。
―父が倒れた…!
ギルバートは持っていたリュートをズルリと床に落とす。
焦燥の色を見せる母は、ギルバートの姿を見つけるやいなや医者を呼びに行くと告げて街へと急ぐ。
父さん…?
父さん…やだよ…。
ベッドに静かに横たわる父は痛々しい姿をしていた。
苦しそうな呼吸と時折激しく咳き込む声は、これが簡単な病ではないことを知らせる。
「ギルバート…ギルバートはいるか?」
「父さん!目が覚めたんだね!良かった……。何か飲む?母さんがスープを作っておいてくれたんだよ。」
「ありがとう…ギルバート。お前は本当に優しい子に育ってくれたね…。父さんは…もうあんまり…長くないのかもしれない…」
「ッ!やめてよ!何言ってるの、父さん!あ、母さんはね、父さんの為に街へお医者さんを呼びに行っているよ。ほら、すぐ良くなるよ!」
今度はボクが父さんを勇気付ける番だ。
あんなに明るくて優しい父さんが、病なんかに負けるわけがないじゃないか!
「聞いておくれ…ギルバート。今からお前に大事な話をする。よく覚えておくんだよ…」
「う、うん…」
今まで見たこともない父の真面目な顔にギルバートは圧倒されていた。
最後の力を振り絞るかのように、苦痛の表情を浮かべて父は話をする……。
――後日
父さんは闘病生活を続けていたが、母さんの献身も空しく、程なくして亡くなった。
ボクも母さんも…涙が枯れ尽くすまで泣いた。
――父の言葉
あの日、父さんがボクにしてくれた話が今のボクを動かす。
吟遊詩人の一族のルールの事。
一子相伝の詩の事、吟遊詩人の詩や音色には共鳴の力があり魔力が宿る事。
しかし、継承者の親の死から5年以内に次の継承者を作らねば、共鳴の力が失われ詩に魔力が宿らなくなる事。
父さんは自分の死期を悟って、吟遊詩人の一族の未来をボクに託したんだ。
「ギルバート…運命の人を必ず見つけるんだ…」
うん…わかっているよ。
きっと母さんみたいな人をみつけるからね。
幼い頃から聞かされていた話が、やっと、やっと…理解できた。
――母との別れ
母さんに旅に出ることを話した。
「そう…決めたのね」
母さんは一言そういうと話をし始めた。
「ギルバート…お母さんはね、お父さんと一緒になってからずっと本当に幸せだったわ。あなたが生まれて…すぐにいつかこの日がくると思っていたの。だって…吟遊詩人だもんね」
母さんはそのまま続けてボクが生まれる前の話をしてくれた。
「吟遊詩人は各地を旅しているでしょう?父さんが私を好きだって言ってくれても、一緒になるなんて考えられなかったわ。でも、父さんはずっとそばに居てくれた。それに、運命の人なんて言われたけど、誰にでも言っているんじゃないの?って思ったりもしていたしね…」
父さんにとっての運命の人は母さん…
その後は聞いているこっちのほうが照れるような話を母さんは続けた。
「行っておいで…あなたにはきっといい人がみつかるわ」
――そして旅立ち
タイムリミットは5年!アルモニアの街で父さんが曲を披露した時の皆の幸せそうな顔。
あの光景を守るためには、ボクの運命の人を見つけなければならない。
ギルバートは沢山の人がいる場所を目指してアルモニアからイエルへと足を運ぶ。
初めて見るアルモニア以外の街。
楽器や音楽の音ではなく、商業都市ならではの喧騒にギルバートは驚きを隠せなかった。
しかし、アルモニアとは違う賑わいをみせるイエルのそんな音を心地よく感じていた。
いま見ている風景が詩となり、頭に流れるメロディを思い描きながら街を歩いていると、ギルバートは美しい街娘を見つける。
足を止めて凝視していると、街娘はギルバートに気づいて微笑みかける。
――緊張で口の中が乾いて行くのを感じる。
それでもギルバートは自分に微笑みかける街娘へと歩んでゆく。
――今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られる。
それでもギルバートは父の事や吟遊詩人の歌を聞いて幸せそうにする街の人々の顔を思い出しその場に踏みとどまる。
街娘の前までつくと乾いた口を開いて話しかける。
「ボクと一緒に来てほしい!」
突然のことに驚いた彼女は困ったような笑顔に変わり、ギルバートはフラれてしまう。
「ダメ、なのか……でも、初めて女の子と会話できた!」
ギルバートは内心で一人喜ぶ。
次に目に入った露店の看板娘にも声をかけるが、店主に睨まれてしまう。
数々の失敗を乗り越えながら徐々にうまく会話のコツを掴んでいく。
「ボクはやればできるじゃないか!今まで何を恐れていたんだろうか。もう、話しかけるのは怖くなくなってきたかな。ボクには時間がないんだ、急がなきゃ」
次に話しかけた女の子からは好感触を得ることができたが、お茶に誘ったところを断られてしまった。
しかし、ギルバートは落ち込む事もめげる事もなかった。
「中々かな?彼女の反応は今までになかったものだね……これは、父さんに少し近づけてきたのかもしれないな」
また、目に留まった女の子をナンパし始める。
今度は名前を聞き出すところまで成功する。
ギルバートは思い切って告白してみるが、いきなりはちょっとゴメンなさいとフラれてしまう。
しかし、ギルバートは自分に確かな手応えを感じていた。
「今回はもっといい感じだったね。そうか、もっと自然に行けばいいんだ!」
グッと拳を握り、小さくガッツポーズをして街で次々にナンパしていく。
ギルバートはイエルの街で着実にナンパの技術を磨き上げていった。
しかし、運命の人は見つからない。
ギルバートはイエルを後にし、獣境の村ヴィレスへと向かう。
獣人であるガルム族のみが住むその村を見たギルバートは感嘆する。
イエルの街にも少なからずいたガルム族が沢山いることに驚いていた。
村に漂うワイルドな雰囲気にギルバートはイエルとは違う感動を覚える。
何より、ワイルドでたくましく美しいガルムの女性達がいた。
ギルバートはイエルで学んだコツを使ってナンパを始めるが、全く相手にされない。
「なるほど…ここではもっと野性的になるのが重要なのかもしれないね」
ギルバートはその村その街に合ったナンパのスタイルがあることを覚える。
いつの間にか沢山の女性ガルムに囲まれるくらい打ち解けることができるようになった。
だが、ここでも運命の人は見つからない。
ギルバートはヴィレスを後にし、花園の街ラキラへと向かった。
大陸に住む女性の憧れとも聞く街ラキラ。
ギルバートは女性に声をかけ名前を聞こうとするが、成人していない女性には名前がないために結局うまくいかなかった。
それでも諦めずに、声をかけてはフラれることを繰り返す。
結局、運命の人は見つからなかった。
仕方がなく、ギルバートが次に向かった街は極寒都市コルキドであった。
年中氷点下の極寒の街コルキド…
この街の住人はみな防寒コートを全身に着ており、外見からは性別すら判断がつきにくいが、ギルバートはこれを克服していく。
同性に声をかけて勘違いされることもあった…しかし、諦めずに声をかけ続けることで男性と女性の見分け方、更には相手の反応速度から年齢をも見抜くことが出来るようになり、ギルバートはコルキドでのナンパ術を構築していった。
だがしかし、ここでも運命の人は見つからなかった。
その後、色々な街を旅したギルバートはイエルへと戻ってくる。
そして、偶然最初に声をかけた街娘と再会する。
街娘は、ギルバートの事を覚えており、声をかけるやいなや逃げようとするが、リュートをつま弾いて引き留める。
「お嬢さん……あの時は突然すまなかった、君の可憐さについつい焦ってしまってね…どうかな?あの時のお詫びがしたいのだけど」
最初の頃とはうって変わって紳士的な態度で接する。
数々のナンパ技術を会得したギルバートはデートに誘う事に成功する。
ボクが探しているのは運命の人。
デートの終わり、別れる間際にギルバートは意を決して彼女に言葉をかける。
「君さえ良ければ、ボクの旅についてこないか?君ほど打ち解けた人は初めてさ。君こそがボクの運命の人だ!」
しかし、彼女は悲しそうな表情で言葉を返す。
「ごめんなさい。私には心に決めた人がいるの。あなたにはついて行けないわ……また、どこかで会いましょう」
彼女はそのまま走り去って行ってしまった。
一つの恋は終わり、一人その場に残されたギルバートは彼女が“運命の人”ではなかったのだと気が付いた。
「あぁ一体どこにいるのだろうか!まだ見ぬボクの“運命の人”!君に会うのが待ち遠しい…待っていてくれ!ボクは必ずキミの元にたどり着くからね!」
そう言いながらギルバートはイエルの街を後にし、気の向くまま足の向くまま渓谷を目指す。
遥か彼方に見える黒雲からは、龍の咆哮の様な雷鳴が鳴り響き、青白い光からは幾条にもなる閃光が放たれていた。
いつか…きっと出会うであろう。
しっかりしていて美しい女性…“運命の人”と必ず巡り会うことを胸に誓い、ギルバートは歩き出す。
だが、ギルバートはまだ知らない。
この旅のずっと先に…その“運命の人”が待っていることを…
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