その他66

【これが世界の洗濯である】

 海鳴市商店街。
 普段なら平穏な雰囲気で買い物に訪れた通行人が足を止めて、一眺めしたら立ち去る電気店の前が騒がしくなっていた。
 見ているもの皆、食い入るように見つめているか、大急ぎで携帯で、TVから流れている内容のことを話していた。
 知人に今流れている緊急放送の事を伝えていた。

 『……繰り返します。番組を中断し臨時ニュースをお送りします!
  英国の首都ロンドンで大規模な爆破テロが起きていると現地放送局員の通信が……また新たな情報が入りました!
  今度はアメリカです!
  合衆国大統領府で大規模な火災が発生しています!
  これは観光客が携帯から撮った画像なのですが、ご覧下さい!アメリカの象徴、ホワイトハウスが燃えています!
  情報が非常に錯綜しており、英国及び米国ともに首脳部の安否は全く掴めない状態が続いております!!
  ……はい、わかりました……5分後に政府からの緊急放送が行われます!
  テレビはなるべくこのままにし、なるべく多くの方にご覧になっていただくように声をおかけになってください。
  繰り返し申し上げます……』

 見つめる全員が息を呑んでいた。
 それは観光でたまたま海鳴市に訪れていた者も同じだった。
 眼帯をかけ、長い金髪を三つ編みにしていた男が呆然とつぶやいた。

「マジ……っすか?」

 男の左腕に絡めてくっついていたショートヘアの女性が、男と同じ表情をしていたが、男の声を聞いてようやく喋れるようになった。
 男の顔に向って絶叫しながらまくし立てる!

「ちょっとおーッ!わたしの国ッ、なんかとんでもない事起きちゃってるんですがああーー!!」
「だぁーー!耳元でいきなり叫ぶなぁあ!」
「やばいって!大変だって!スクランブルだって!スグに帰らないと!!絶対、署から緊急招集かかってるって!!」
「帰るだと!バカ言うなボケーーー!!テロ対策で船も飛行機も渡航禁止だーー!」
「あなた、“元”傭兵でしょ?ワイルド・ギースなんでしょ!?密輸船とかそういうツテあるんでしょ!!?」
「どれもこれも中止!っつか、あんなあからさまなテロ起きてる国に行けるか!フランスの実家でテロになっててもオレは帰らないぞ!ほとぼり冷めるまで待つ!!」
「バカーーー!あんた、愛国心の一欠けらもないんかッ!!ええ〜い、このデコピンしてやるッ、デコピン!」

 金髪のショートヘアの女性が、左目に眼帯掛けた金髪ロンゲに兄ちゃんの額にペシペシとデコピンを当てていた。
 愛する嫁のデコピンを喰らいながら夫が反論する。

「バカはお前だーーー!オレのガキを身ごもってるのヤツを戦場に行かせるかボケェッ!!そんなことやったら俺が死ぬ。お前も死ぬ。腹の中のガキも死ぬ、絶対に死ぬ!」
「う〜〜〜ッ!じゃあどうすんのよ!!」
「だから言ったろ!“ホトボリが冷めるまで待つ”って。もうこの極東の地じゃどうすることもできん!それよりも今夜の宿とか心配しなきゃならん。
 フランスとか欧州行きどころか、全ての海外へ行く輸送手段が停まる。俺たちはこの騒動が治まるまでこの国で釘付けだ。
 いや、今この時この場所にいることは幸運かもしれん……。とりあえず宿確保したら、どっかでオレの同業者と連絡つけて詳細な状況を知らなけりゃならん……」

 “元”傭兵部隊隊長を務めていた戦争の犬のフランス人「ピップ・ベルナドット」が、
 大規模テロが起きてるとされる英国の田舎町(数ヶ月前、人事異動でチューダー村の管轄から外れてさらにド田舎の署に左遷された)の現役婦警「セラス・V・ベルナドット」に、このとんでもない緊急事態でいま為すべきことを語った。
 さすがは“元”傭兵である。

「どうしよ〜〜〜あなた〜〜〜」
「……とりあえずようセラス。この場を離れよう。人の目がキツイ」
「うん、それは賛成。……あとね、ピップ、私お腹もすいちゃったし……」
「飯か〜そういや昼飯マダだったな。そういやたしか、ここら辺に昔、戦場でオレ様の左目潰したうえに半殺しにしてくれたニンジャマンが喫茶店開いてるはずだ……。
  あいつには『結婚式での貸し』があるからぞんざいにはできまい。でもどこにあったけかな〜?」
「その店の名前とかとか覚えてる?」
「う〜ん……確か……「グリーン」だっけ?そういう名前だったような気がする」
「じゃあ、ちょっと英語わかりそうな女の子が近くにいるから聞いてくるわ。あなたはここに居てよ。その眼帯、女の子には物凄く怖いんだから」

 アリサ・バニングスが帰宅途中に英語で声をかけられたのは、これが最初ではない。
 髪の色からいかにもハーフという感じだからだ。
 話しかけた女性は、この近くに「グリーン」という名前の喫茶店があるか聴いてきた。
 グリーンという喫茶店は聞いた事が無い。アリサは最初、名前が意味する事を暫く考えた後、なのはの実家の翠屋のことではないかと思いついた。

「それはひょっとして、この通りを右に曲がった先にある翠屋という名前の喫茶店ではないでしょうか?」
「そっか〜。うん、教えてくれてありがと!」
「あの、それで、こちらからの質問なんですが、いいですか?お姉さんはひょっとして英国の方ですか?」
「あら、わかりましたか?実は旦那と一緒に観光っていうか、もう半分ハネムーンでここに来ちゃったんですよね。
 そうそう私のはセラス・V・ベルナドットと言います。
 んで、あそこに居る目つきの悪いのが役に立たない夫のピップ・ベルナドットです」
「ミセス・セラスさんでしたか。私はアリサ・バニングス。父は英国籍ですがここ海鳴市に住んでいます。それで……あの、もう一つだけ、ちょっとうかがいたいんですが。
 いま、世界中で大変なことになってしまったんですか?」
「そうなんですよォー!私実はこう見えても警察官で、こういう時にこそのために、毎日つら〜い訓練をしてきたんです!
  早く帰国して仲間の手伝いをしなきゃいけないと思うともう居ても立ってもいられなくて……」
「そうだったんですか……。すみません辛い事を聞いてしまって」
「いいんですよ、ミス・アリサ。同じ国の言葉が喋れるの方と会えて私も少し落ち着けました。道案内ありがとうね〜!」

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2007年07月06日(金) 20:43:21 Modified by beast0916




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