その他83



 こんなことは、あり得ない。



「ッッ……!!あ、あああぁぁぁっ!!」
 戦意を咆哮で揚げて、姉妹が駆ける。
 既にその時点でおかしい。人間ではない我々が、わざわざ声を上げて戦意を奮い起こさ
 ねばならない事態など、常識的にあり得ない。
 この身は戦闘機人。戦うために生み出された、魔法と科学技術の結晶たる人型兵器。
 それぞれのベクトルに特化している節はあれど、並みの魔導師ならば身体能力はもちろん、
 魔力においてもまず遅れをとることなどあり得ない。
 ましてや、魔導師でもない存在など、人であろうと、あるまいと。

「あぐっ!?」
「ディード!」

 ならば。
 目の前に立つこれは何なのだ。
 振り下ろされた末妹が武器、赤熱する双剣・IS:ツインブレイズを易々とかわし、妹の腹部に拳を突
き込んだこれは。
 50からなるガジェットドローンの群れ、その全てを潰し、引き裂き、妹ウェンディをそのIS:エリア
ルレイヴの防御ごと沈めたこれは。
「………ッ!!」
 障壁を張ることさえ許されずに一撃を受け、くず折れる末妹には最早目も向けず、その男が歩いてく
る。
 気楽な足取りではないが、気負うところもまた無い、自然な足取りで大柄な体を進めてくる。
 チンクとノーヴェに目をやる。
 二人とも呑まれてはいない。後ろのセッテも同じはずだ。……いや、少々ノーヴェが血を上らせてい
るか。
 相手の腕力からして近接型のノーヴェが冷静さを失うのは痛いのだが、仕方ない。
 二人に目を合わせ、駆け出す。ノーヴェが先行し、私がそのわずかに後ろ。
 隆々とした体躯を黒いコートに覆う標的まで、後17m。コートの下は装甲と確認。
 12。アイカメラで標的の熱量変化確認。発熱部位は人間と異なる。
 10。チンクのナイフが横を抜けてゆく。
  7。ノーヴェが構える。標的が最初に到達したナイフを手で弾く。能力修正には値しない。
  5。ノーヴェが仕掛ける。標的が最後のナイフに手を伸ばす。――IS、発動。

 衝撃。金属音。標的内部より、軋み。

「………チ!」
 見えていなかった。
 見えていなかった、はずだ。
 一瞬で背後に回りこんだ私の一撃は、かろうじてだが男の左腕、その装甲に防がれていた。
 私のライドインパルスは高速移動を可能とするIS。他の姉妹のように特定の武器はないが、それを不
要とせしめる
 スピードこそが武器となる。AAAランク魔導師といえど、対処は困難を極める。
 それを辛くとはいえ、男は防いでみせた。魔力も持たずに。……可能だろう。

「成る程な、反応が妙だと思えば……ご同類か。だが、魔力を使用していないということは旧式か?そ
れとも、技術者の腕が悪かったか?」
「……いかんな。高速機動隊の相手などし慣れたつもりだったが、時を空ければこの様か。やはり鋼の
身といえどなまるものらしい」
「………!!」

 こちらの挑発に乗る気は無いらしい。外見どおりの壮年の声が自嘲の響きを込めて自戒する。
 ……実際にその年齢かどうかは怪しいものだ。
 人間が魔力強化もなしに、今なお押し込もうと力を込めるノーヴェの腕を掌で受けて無事なはずが無
い。私の速度に反応できるはずが無い。
 何より、人と異なる熱源反応。先ほどの金属音。軋み。

「……貴様、戦闘機人だな」
「少々違うかもしれんがな。だが凡そにおいて、『こちら』ではそう呼ばれるらしい」

『こちら』?
 ミッドチルダ以外の出自ということか。魔力もなしに我々と渡り合えるということは、科学技術はミ
ッド以上の世界なのだろう。
 そしておそらく、戦闘経験においては我々はこの男に大幅に差をつけられている。
 男のコートの裾から覗く体は、首から下は無骨な機械の装甲が剥き出しで、まるで人間のふりをする
つもりが無い。
 魔力強化のおかげで通常の人間女性と変わらぬ体型の我々とは違いすぎるその体は、戦闘ないしは経
年劣化による細かい傷が目立ち、ろくな整備を受けていないことと、相当長い間戦闘を繰り返してきた
ことが垣間見える。
 先ほどの私の一撃を防いだのも、体のスペックよりも経験によるものだろう。我々にも戦闘経験はあ
るし、そも作られた際に無数のそうした記憶を与えられているが、それでもこの男には届くまいと思え
た。

「魔法の無い世界の出身か。異世界は初めてか?ならば歓迎しよう。貴様のボディに、ドクターは大層
興味をお持ちになるだろうからな」
「あいにくとこちらに来たのは『新兵器』との戦闘の結果でな。そこの浮遊する機械に興味を持っただ
けで、特に用は無い。観光もつまらんし、早々に帰らせてもらうつもりでいる」
「そうでもない。お前達の世界ではあり得ぬ光景が目白押しだぞ。それだけの性能だ、ドクターに魔力も
扱えるパーツを組み込んでもらえばより強くなれるだろう。見たところその体、各パーツに大分ガタが来
ているようだし、オーバーホールが必要ではないのか?」
「断る。どこの誰とも知れぬ輩に、この体のどのパーツも無碍に扱わせる気は無い」
「そうか。それは、残――」

 台詞の途中で跳ぶ。
 私は標的頭上の天井に着地、背後にはセッテが入り込む。
 標的も予想はしていたのだろう、ノーヴェの右手を逸らし、セッテを右手、ノーヴェに左手に体を向
ける。
 ――そう、それでいい。
 会話をしたのは、情報が欲しかっただけではない。和解のためでもない。
 魔力を持たない機械の体。
 魔法の無い世界。
 そんな世界の出自なら。
 『魔力を感知する機能』など持ち得ないだろうから。
 経験を武器とする戦士は、全く経験したことの無いものには反応が遅れるから。

「だあありゃああぁぁぁぁっ!!」

 ノーヴェの左手が強く輝く。
 標的は先ほど右手で受けたようにそれを左掌で受け――その左掌に罅が入り、腕にまで侵食してくる
様を見て初めて驚きを見せた。
 同時に、セッテが双剣を別角度から斬り込む。私が頭上から急襲する。


 ―――そして、虚空から現れたチンクのナイフが、標的を全方位から襲う。


 気付けるわけが無い。
 標的に魔力感知機能が無いのなら。
 私との会話の途中から、各自それぞれが行動を起こしていたことを。
 ノーヴェが右手を押し込みながら、左手に魔力を集中させていたことも。
 セッテが自身のISの出力を上げ続けていたことも。
 チンクが光学迷彩を施したナイフを誘導し、標的と我々の周囲に山ほど配置していたことも。
 光と音を出さぬようにすれば、気付かれるわけが無かった。



 だから。


「すまんな、ロイス。こんな異世界で別れとは」




 こんなことは、ありえないのだ。


 ノーヴェが胸部を貫かれ、宙に吊り下げられていることも。
 セッテがスローターアームズの片方を叩き切られ、自身も袈裟に斬り捨てられていることも。
 私が左手足を落とされ、標的の後方にて地に伏していることも。
 チンクのナイフの大部分が叩き落され、突き立ったものも装甲に阻まれたものだけであることも。

 それら全てを成した、四本の鋭爪を備えた鋼の触手が、標的の背中から生えていることもだ。

「罠は、獲物がかかるその瞬間が最も脆い。猟師は、獲物に照準を合わせたその瞬間が一番無防備だ。
 どのような罠とは見抜けずとも、『意』は読める。ならば、最も脆いそのときを待つだけでよかった
……背負っているものが違うのだよ。機能の有無、性能の高低など何の意味もない」

 ……まずい。
 読み違えた。戦闘経験の差が、ここまで戦況に響くとは!
 あの四本のアームとて、通常に不意打ちで出されれば対処はできたはずだ。
 こちらが完全に攻めに転じさえしなければ。
 いやせめて、それぞれがわずかに時間をずらして攻めていれば、ここまでは……!

「チンク!逃げろ!」
「とはいえ、ガシュレー並みの拳を繰り出せる奴がいるとはな。もう少し慎重になるべきだった」

 半壊した左腕に一度目をやると、標的は無傷のチンクに向かって駆け出した。
 同時に、立ち上がろうともがいていたセッテにノーヴェを投げつけ、吹き飛ぶ二人を尻目にチンクと
の距離を縮める。

「IS―――」
「させん!」

 チンクのIS:ランブルデトネイター。奴の装甲にナイフがまだ刺さっている状態ならば、十分に逆転
はありうる。
 だが、たかが20m程度など戦闘機人やそれに類するものにとってどれほどの距離か。
 IS発動を途中でキャンセルして身をそらし、その首があった場所をアームが裂く。あのまま続けても
、IS発動をみることなく首を落とされて終わりだっただろう。

「くぅっ――」
「無駄を!」

 チンクが後退―――間に合わない。
 倒れこみながら投げたナイフはことごとくアームに弾かれ、地に落ちる。
 敵前で尻をつくという無様を晒したチンクの頭蓋を砕くべく、標的の右腕が振りぬかれる。

 空を切って。

「「なに!?」」
「あっぶな――ひゃいいいぃぃっ!?」
「IS:ホワイトカーテン!!」
「ぬっ!……む!?」

 驚愕は、チンクと標的が。
 チンクを引き倒し潜り込もうとしたセインが、降りかかるアームを見て悲鳴を上げる。
 眼鏡をかけた妹が標的の真横に現れ、引き裂かれて消失、同じ姿が無数に標的の周りに現れて手をか
ざし、標的が回避姿勢をとり、だがその手からは何も放たれず、代わりに巨大な魔法陣が辺りに広がる

『損傷重大。システム保全のため、機能休止状態へと入ります』

 や れやれ。紫 の転移魔 法の光に身 を任せて、どう謝 礼すべき かと わ タしは

『システム休止状態へと入りました。システムチェックを実行しています……』

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2007年07月25日(水) 19:45:22 Modified by beast0916




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