なのはStS因果1話

あの頃のあたしは弱くって、ただ、泣くことしか知らなかった。
新暦0071年のミッドチルダ空港火災。
逃げ遅れて、火にまかれて…私はただ、悲鳴を上げた。
お父さん、お姉ちゃん…おかあ、さぁん。
助けてほしくて、やけつきそうな喉で叫んで、でも、誰もいないのがわかってて。
やっぱり、あたしは泣くだけだった。
そのときだったんだ、初めて見たのは。
あの人の背中と、拳を。


魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果


雪に埋もれたはずだった。
鬼へと堕ちた父殺しの兄、散(はらら)が滅技、螺旋(らせん)を前に、
因果(いんが)を極めることあたわず破れたわが身は谷底に埋葬を完了されたはずであった。
では、ここは地獄であろうか?
八大地獄が一、焦熱地獄なれば燃え盛る炎にもうなずけようが、否である。
「…声」
天魔外道の行き着く果てたる釜の中、無垢なる叫びが聞こえる道理があろうか?
助けを求めている。 父を、母を、家族を求めて泣いている!
葉隠覚悟(はがくれ かくご)は立ち上がった。
目、鼻、耳より体液噴出! その躯もはや痛みさえ訴えず。
(わが体内、完膚無きまでに螺旋到達せり
 臓器破損! 毛細血管に至るまで断裂!
 以上より算出せるわが余命…)

 三 十 分 也(なり)
 委 細 承 知
 覚 悟 完 了

鍛えしわが身のことごとく、これ牙なき人の剣なり。
力無くして泣く人の、祈りの声があらばこそ!
少女の悲鳴、聞こえたる位置は、あちら。
壁を抜き進むべくして固めた拳より冷静を回復。
(当施設は炎上中! 無軌道な破壊は全体の倒壊に直結
 さすれば助かるものも助からぬ!)
「爆芯靴!!」
噴進装置、戦略兵器が機動の要。
轟音発し、焔(ほむら)を裂いて進むなり。

背部、脚部ともに加速良好!
我が身を鎧う零(ぜろ)へ、心中にて敬礼。
おまえのおかげで生あるうちに少女を救出できよう!
侵略戦争の鬼畜が証明にして、三千の英霊の血涙やどる、魂の結実…強化外骨格、零(ぜろ)。
おれはおまえと同じ涙を流すときめたのだ!
そして理不尽に侵される生命など、あってはならぬ。
ならば立ち向かおう。 なんだか知らぬが、この火事という理不尽!
無力な少女が猛火の中とり残されて泣き叫ぶ大理不尽!
「当方に救出すべき未来あり!」
零(ぜろ)の頭はどこに行ったのか。
兄との最後の一撃を前に取り外してはいたが、それからどこへ行ったのか…
少し心配にはなるも、気を回す余裕、今はなし。 少女の姿、眼前にとらえたり。
その頭上に倒れ来る石像、理不尽の大権化なり!
今こそ示すべし。
踏み込み、そして跳び――撃つ!!
「 因 果 !!」
石像、爆散す
この少女に 死なねばならぬ理由 なし





その…わたしも、なんて言ったらいいのか。
あれ自体には、あまり驚かなかったんだ。
わたしと同じで、陸士の人が偶然居合わせてくれたんだなって。
すごく仰々しいバリアジャケットだな、とも思ったけれど、
そんなことより、あの子が助かった方が、ずっと「よかった」って気持ちだったから。
でも、近づいてみてからはびっくりした。
だって、鼻とか耳だけじゃなくて、目からまで血が流れていたから。
もう、ほとんど死にかけだって、近づかなきゃわからなかったんだよ?
そのくらい毅然としてて、痛みも辛さも全然顔に出さなくて。
「この娘を頼む」
なんて言って、また火事の中に走っていこうとしたものだから、
わたし、後ろからバインドしちゃったんだ。 それしかなかったんだもの。
それでやっとお話を聞いてくれたときは安心したなあ。
「死にかけのあなたより、わたしの方がずっとみんなを探せるよ。
 それだったら、あなたがこの子を連れて行った方が、あなた自身も助かっていいと思うんだけどなあ」
「…了解した。 ついてはこの捕縛の撤去を望む」
「うん、がんばってね。 死んだらやだよ」
あとは知っての通りね。 わたしのディバイン・バスターで道を作ってあげたから。





神 聖 巨 砲
ディバイン・バスター

敵の正体わからざればその矛先、大砲の砲門と思うべし。
幾度となく父、朧(おぼろ)に聞かされた言葉であった。
それをもってしてもこの威力…
杖より放たれた光条一閃にして天に穴穿つ大破壊! 葉隠覚悟は瞠目せざるを得なかった!
まさしく戦略級! 大日本帝国最後の超々弩級戦艦大和の46サンチ砲でさえ、ここまでの真似をなしえるだろうか?
が、問題ない。 力におぼれた者の傲(おご)り、この女性には見えず。
正義に威力は関係なし! それよりは託された信頼に応えるべし。
「感謝する」
「わたし、高町なのは、あなたは」
「葉隠覚悟、そして、強化外骨格、零(ぜろ)」
「…インテリジェント・デバイス、レイジングハート」
「Nice to meet you. Good luck」
名乗りと同時に各々の方角へ離脱。
斜め上へ穿たれた穴、三角跳びにて攻略せん。
その前に、腕の中の少女に伝えておかねばならぬ。
「きみの名は何という?」
「あぅ…う…」
「これより脱出する。 舌を噛まぬよう顎を引いていなさい」
「ま、待って…おねえちゃんは? お姉ちゃん、まだ中にいるの?」
脈打つ心臓に冷水きざす。
少女の家族、ともに取り残されている可能性、大。
「すまない、私にはわからぬ」
「お願い、お姉ちゃんを助けて、助けて」
「了解した。 だが、きみを安全な場所に送り届けてからだ」
「お姉ちゃんが死んじゃう!!」
少女の涙が零(ぜろ)の胸を打つ。
――この少女に味わわせてはならぬ!
かけがえなき人を失う痛み、身をもって知ったばかりであろう!
「一分以内にきみの安全を確保しよう。
 その後、きみの姉上を間違いなく救出する!!」
爆芯靴、最大出力!
飛び上がり、壁を蹴る衝撃はすべて我が身へ。
父上、感謝いたします。
あなたより伝授された零式防衛術が、一人の少女を救い、
今一度内部へ突入する時間を啓(ひら)こうとしています…





あのとき、わたしは直感的に思ったんだ…
「今日見たこの空を、絶対に忘れることはないだろう」って。
血だらけで、ごつごつで、ひやひや冷たかったけど、
それでも、どうしようもなく暖かかったあの手に抱かれて飛んだ空は…





そして、見上げたるは見知らぬ天。
地平線の彼方まで続く高層建築群は、覚悟にとっては見慣れぬ光。
それは、人の営みの色。 見渡す限り、延々と拡がる…
21世紀初めの大破壊はどうした?
ここまで復興した楽園など、聞いたこともない。
だが、それよりも今は。
「前方に装甲車発見、指揮車と思われる」
腕に抱いた少女に負担のかからぬ最大速度で目前に到達。
直後、傍らより飛び出してくる男あり。
「スバル、スバルじゃねえか」
「スバルとは、この少女の名か」
「おれの娘だ…」
ひったくられた。 間違いなく父であろう。
同時に、明るいところまで来て気づく。
「スバルさん」
「…う、うん」
「ご家族に買ってもらった大事な服を私の血で汚してしまったこと、申し訳ない」
頭を下げる。 弁償など今の自分にはできぬから、これがせいぜいなのが情けない。
「…な、なぁに言ってやがんだ、おまえは」
彼女の父から上がった声は、呆れそのものであった。
「ンな死にそうなザマでカッコつけてる場合かよ!
 おまえどこの所属だ? 誰かー、衛生班呼んでこーい」
「お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします」
固辞せねばならぬ。 治療など、している時間なし。
スバルの言う通り、今この間にも彼女の姉が危険!
「おまえはバカか! 死ぬぞ」
「スバルさんと約束しましたゆえ…
 お姉さんの救出に向かわねばなりません」
「お姉…ギンガか、ギンガのことか?」

「ギンガさんというのですか、お姉さんは」
「確かにまだ中に取り残されているらしい…おれとしても心配でならん。
 だがな、だからといって半死人を手伝いに駆り出すようなゲスな父親にはなりたかねえよ。
 だからな…行くな、おまえ!!」
(…父親だ)
男の態度は覚悟を打った。 どうりで真っ直ぐな子が育つわけだ。
一人では泣き叫びながら、伸ばされた助けの手に「姉を助けてくれ」と叫ぶ少女が!
なんということだ。 なおさら征きたくなった! 征かねばならぬ!
「では私はここから逃げ出します。 そして、勝手に征く!」
「は、はぁ?」
「御免!!」
たとえ、あの高町なのはが探していようと、
間に合わぬものの現れる可能性ある限り、死力尽くして屋内探索せん!!
だが跳躍の間際、わがマフラーの端をにぎりしめるものあり。
「…スバルさん、危険だ。 放してほしい」
「もういいよ」
「もういい、とは?」
「お兄さん死んじゃう。 無理したら死んじゃうよ。
 お姉ちゃんは…お姉ちゃんは、あたしが助けに行くから!
 だからお兄さんここにいて!」
覚悟の胸中、さらなる熱いものが通り抜けた。
…この子は、私のために涙を流してくれている。
そして、勇気を振り絞って、自らあの地獄に戻ると!
決意千倍、わが身すでに必勝。
父の言葉、今、真に理解せり。
無垢なる人の思いと言葉が、この身にありえぬ力をくれる!!
しゃがみ、スバルに視線を合わせ、その頭をやさしく撫でた。
「心配せずに、待っていなさい。
 私も、きみの姉上も、無事にここに戻る」
「絶対だよ、ウソはイヤだよ…」
「男に二言はない!」
嘘をつく私は地獄行きだ。 だが彼女の姉はそうはいかん!
今度こそ征く。 わが余命、残り十五分なり。
この父と娘がくれた力を勘案すれば、二十分なり!
「ちょっと待つですーっ」
「む…?」
面妖! またも振り向かされた先にいたのは…小人!
空を飛ぶ女性に先ほど出会ったばかりであるからさほど驚かぬが。

「あ、今、ちっちゃいって思ったですねー?」
「申し訳ない」
「いいです、ホントのことですから。
 それよりギンガさん、見つかったですよ。 たった今」
「本当か!」
「本当です。 だから行かなくていいですよ。
 おとなしくここで治療を受けるです」
「…だとよ。 さっさと医者にかかんな。
 落ち着いて礼も言えねえじゃねえか」
小人の少女に相槌を打つのはスバルの父。
それだけ聞ければ安心というもの。
救出したのはきっと先に出会った、白を纏う女性…高町なのはであろう。
彼女は彼女の役目を果たしたのだ!
「…スバルさん」
「え…あ、はい」
「よかったな、姉上は無事だ」
安心した途端、意識が手から放れていった。
大理不尽、撃退せりといえども、まだ火事は終わらず。
戦わねばならぬと身を奮い起こすが、亡者に足を引き込まれるようにして堕ちてゆく――
螺旋(らせん)、ついに極まれり。 見事だ、兄上…

「あっ、コラッ、倒れんじゃねえ! おーい担架っ
 つか…ぐおおおっ重てえっ なんだこのバリアジャケット!
 気絶してるんならほどけろよな! …いや、デバイスか? こいつは…」





そこで、やっとあたしは気がついたんだ。
この人は、とっくの昔に限界を超えていたんだな、って。
それなのにこの人は、痛さも辛さも全然顔に出さないで…
あたしにやさしく、ほほえみかけてくれたんだ。

弱いのをやめようと思ったのは、このときだった。
倒れたそばで泣きながら、ひたすらに願った。
このひとみたいに、強くなりたい。

そしてあたしは、あの人の拳を追い始めた。
心の奥にやきついた、くじけない拳を。

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2007年06月21日(木) 20:24:23 Modified by beast0916




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