ジョジョ風味なのは1-1

「将来の夢はなんですか?」

 小学生にとって、教師のその質問はごくありふれたものであるだろう。
 多くの子供達は多様な、しかしある程度定例化した答えを答える。
『お巡りさん』『歌手』『スポーツ選手』『お嫁さん』―――。
 いくつもの夢があり、それぞれに輝きがあるものだ。
 太陽の光のように、美しいが誰もが毎日見ている、普遍的な輝きが。

 ただ、その中に誰も見た事のない光を放つ夢があった。
 一人の少女が抱く、黄金の輝きを放つ夢が。
 周囲の同年代の子供達の中で、世界の常識に照らし合わせて『その中で異物であると削ぎ落とされてしまう夢』 誰のものとも違う、奇妙とも言える『偉大なる夢』を抱く少女が一人。


「この高町なのはには『夢』があるッ!!」


 高町なのは。現在、小学三年生。
 彼女が、まだ幼くして自らの黄金のような夢を自覚するのには、この歳から更に過去へと遡らなければならない。
 なのはがまだ小学校に入る前、その時に転機は訪れた。

 なのはの家族はまさに理想的と言ってよかった。
 母は優しく美しく、父は若くて強い。二人の兄と姉は妹であるなのはを守り、育む事に全力であったし、そんな家族の誰かに不幸が訪れるような悲劇的事件も起こる事はなかった。
 誰もが羨む平穏な生活の中で、なのはは育っていった。
 ただ一つ、この素晴らしい環境の中でなのはの心に影を落とすものがあったとするなら、それは些細な『疎外感』であっただろう。

 まだ年若い父と母の夫婦愛は新婚のような雰囲気を保っていたし、運動音痴のなのはと違い身体能力に優れた兄と姉は我流の剣術を共に競うように鍛錬し合っていた。
 なのはと他の家族の間に不仲や壁が存在したわけではないが……それでも、父や母、兄や姉が、自分とは違う特別でより強い絆によって結ばれているような感覚を覚えていた。
 自分だけが、一家の輪からほんの少しだけはみ出ている―――そんな『疎外感』が常になのはの中にあったのだ。
 いつしか、なのはは内向的な性格に育っていった。
 人と合うと目を背けたり俯いたりするような、あからさまに暗い性格ではなかったが、まず他人の顔色を見るような癖が付くようになってしまった。
 好きな事は、友達と外で遊ぶ事より、CPUや電子機器といった機械を弄る事。
 愛らしい容姿が、なのはをジメジメとした暗い雰囲気から遠ざけてはいたが、彼女がいつか成長した時人付き合いの苦手なタイプの人間になってしまう事は誰が見ても時間の問題だった。


 しかし、ある事件がきっかけでなのはは劇的に変わる事になる。
 いつものようになのはが公園で、別に誰かと遊ぶわけでもなくブランコに乗って蕾も付いていない桜の木を眺めていると、いつの間にか隣に知らない女の人が座っていた。
 いつの間に座ったのか? 何処から来たのか?
 わからなかったけれども、女の人はなのはより年上だがそれでもまだ年若い少女のようだった。
 何故隣に座るのかなのはが尋ねると少女は、
『自分と同じようにひとりぼっちでさびしそうだな』と思っただけだ、と答えた。
 その言葉が、寂しそうな子供を慰める安い同情の言葉だと思うほどなのはは捻くれてはいなかったし、事実少女はそんな同情心など欠片も抱いていなかった。
 なのはも感じたのだ。『この人も、きっとひとりでさびしいんだろな』と。

 それからなのはは、少女と少しの間だけお話をした。
 なのはは自分の素敵な家族の事や、その日起こった事を話し、少女がこの町の人間ではなく、何かするべき事の為にここへ来た事を知った。
 少女の言う『やるべき事』の為に、話せる時間はほんの少し。この公園で約束もなく会って、数十分話すだけだったが―――なのはにとって、このまだ名も知らない少女との時間はひどく心休まる時間だった。

 そして、多分そう長い時間ではなかっただろうが、ある日唐突に少女は元の場所へ帰る事になった。
 この町でやるべき事が終わったらしいのだ。
 結局、それが何であったのか、なのはは最後まで知らなかった。
 別れを告げた少女は、ほんの少しだけ寂しそうな色を瞳に浮かべたが、いつもと同じ優しい笑顔のままだった。
 なのはは、彼女と付き合った僅かな時間を噛み締め、涙を堪えて名前を尋ねた。
 少女は答える事無く、ただ黙って公園の木を指差した。

 その木には、まだ蕾すら付いていなかったというのに―――『桜の花』が咲き誇っていた。

 ただ一日限り咲いた桜の花弁は、別れを告げるように、またなのはを優しく包み込むように風に舞って美しく降り注いだ。
 気が付くと、少女はもう何処にもいなかった。
 まるで『魔法』を使ったように。


 彼女は『魔法使いの少女』だった。
 その事実を、もちろんなのはは知らない。しかし―――。
 有り得ない桜の花を、異常気象や何らかの科学的要因があったのだと理屈付けて納得する方法は幾らでもあったが、なのはは何故かそれが『魔法』だったのだと漠然と感じていた。
 誰も信じない。誰もが鼻で笑う。しかし、なのはは信じた。それこそが重要だった。

 少なくとも、あの時あの少女が、この広い世界にある辺鄙な町の小さな公園の片隅で座り込む、小さな少女の小さな悩みを見つけてくれたのは確かだった。
 この世界で、より大きな不幸や事故は幾らでも転がっているというのに、あの少女は高町なのはの小さな苦しみを見逃さなかったのだ。
 そして、自らのやるべき事と同じくらい大切に、なのはとの時間を過ごしてくれた。
 ひとりの人間として敬意を示してくれるつき合いをしてくれた。
 あの少女の『心』が、何よりも『魔法』のようになのはの心をまっすぐにしてくれたのだ。
 もうイジけた目つきはしていない……。
 彼女の心にはさわやかな風が吹いた……。

 少女はなのはを『魔法に触れさせない』という態度を貫き、その力をほとんど見せなかったが……高町なのはが持つ本来の魔法の素質は、たった一度だけ見せた『花の魔法』を切欠に、静かに目覚め始めていた。
 彼女に秘められた類稀なる魔法の素質が目覚めた今、なのはの気持ちを止める事は出来ない……。 
 彼女の中に生きるための目的が見えたのだ。


 こうして『高町なのは』は、
 ミリオンセラーのアイドル歌手に憧れるよりも―――『魔法少女』に、憧れるようになったのだ!!


「……と、いう事があったの」
「いい話だねえ」
「まあ、なのはの夢については分かったわよ。……でもだからって、授業中に立ち上がって叫ぶのはやりすぎじゃない?」
「すごい迫力だったもんね。先生、ちょっと泣いてたよ」
「う……っ、ごめんなさい」

 お昼休み。アリサとすずかの二人の親友と一緒にお弁当を囲んだなのはは、前の授業時間に自分の仕出かした事を思い出して冷や汗を浮かべた。

「相変わらず、あんたって唐突に性格変わるわよねえ。ま、その理由も今分かったけど」
「うん、なのはちゃんって一年生の頃から『魔法少女』の夢を話してるけど、そんな理由があったなんて知らなかったな」
「……でもさ、真剣なのは分かったけど、だからこそ余計に厳しくない? 現実的に考えて『魔法少女』なんてさ」

 笑顔のすずかに対して、眉を顰めるアリサの言葉に、なのはも苦笑した。
 アリサがなのはの夢をバカにしているワケではないのは十分理解している。そもそも『魔法少女』という夢が、あまりに現実的ではない事は小学生のなのはにも分かっている事なのだ。
 まだ子供のなのはがそんな夢を語っても、周囲の大人は本気にはしないだろう。
 しかし、なのはが本当にその夢を目指していると理解したからこそ、アリサは心配するのである。
 現実を見ろとか、無理だとか言うつもりはない。ただ、とても難しい目標である事は確かなのだ。
 それが分かるからこそ、なのははアリサの言葉に素直に頷く。

「うん、分かってるよ。世の中に『魔法少女』なんて職業はないし、実際に『魔法』なんて存在する可能性も少ない……」
「ない、とは言い切らないのね」
「それに関してはね、わたしもなんとなく『あるんじゃないか』って感じちゃうんだ。
 ただ、それはとは別にわたしは目指す夢は『魔法』という力で誰かを助けるものじゃあない。例えば杖を振って誰かにドレスをあげたり、食べ物を出してあげたりする……そういう単純な『与える幸せ』じゃないと思うの」

 なのははいつしか視線を上げ、未だ入り口すら見えない夢の先を見据えていた。

「あの日、あの人はわたしに魔法を掛けたわけじゃない。ただ話を聞いてくれただけだった。
 でも、あの時交わした言葉の一つ一つ、あの人の笑顔一つ一つが、わたしにとって『魔法』だった。たくさんの人が住むこの町で、たった一人の小さなわたしを見つけて、そして悩みを消してくれた―――わたしも、あんな『魔法』が使えるようになりたい」



「だからわたしは、『魔法少女』になろうと思う!」



 迷いなど欠片も無く、そう力強く断言するなのはの横顔に、アリサとすずかはいつしか呑まれていた。

 この『高町なのは』という少女と出会い、初めて『魔法少女になる』と話したのを聞いた時、二人は当然戸惑った。
 『魔法少女』!
 この子はまじにそんな事に憧れているのか!? そんな非現実的な事に関わろうとしているのか!?
 こいつ、正気なのか? とも思った。

 ―――しかし。
 なのはの話の中には『正義の心』があったのだ。
 アリサもすずかも、良くも悪くも今時の子供である。より現実的な視点や考えを持とうという意思がある。
 こんな話を大真面目にするなんて恥ずかしくて出来ない同年代の子供達が多い中で、なのはの真っ直ぐな『正義への意思』は黄金のように輝き、二人を惹きつけて止まないのだった。


「……ふ、ふん! だから、そうやって自分の世界に唐突に入るの、や、やめなさいよねっ」

 なのはの決意を秘めた凛々しい横顔に見惚れていたアリサは、我に返ると慌てて赤くなった頬を誤魔化すように捲くし立てた。

「でも、そういう時のなのはちゃんって、なんだかカッコいいよね……」

 一方のすずかも、頬を染めながら少し恥ずかしそうに笑っている。
 二人の親友は、普段の少しドジなほんわかとしたなのはが好きだったが、その穏やかな顔の奥に秘めた別人のように強い意志の力に憧れを抱いてもいるのだった。


「わたしにしか出来ない事があるとしたら、それはきっとコレなんだと思う。そう自信が持てるッ」


 この時、なのはは『運命』のようなものを感じていた。あるいは、あの日あの少女に出会った時から。
 その『運命の瞬間』までの全てが、その時に備えてのものなのだと。
 なのははこの奇妙な確信を抱く『運命』に対して『覚悟』をしていた。
 『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばす。それが自信へと繋がるのだ。






 そして、この日の放課後、学校からの帰り道で―――ついに、なのはは運命に出会うのだった。

『助けて……』

 運命の声を、聞いたのだ。



to be continued……> 『第一話、後半へ』

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2007年07月06日(金) 20:31:37 Modified by beast0916




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