リリカルスクライド//G.U.4-6話

リリカルスクライド//G.U.
スクライドの世界に派遣される魔法少女達の冒険

最終話「優しく君は微笑んでいた」


 激突し合うナイトによるミストルテインの槍と、絶影最終形態の紫紺の鋭利な手甲がぶつかり合う。
 超震動によるナイトの槍による粉砕能力を、劉鳳はアルターの分解し再構成する能力応用し対抗している。
『我が槍ミストルテインの威力に対抗するとは、貴様の力侮っていた。我の全力を持ってして、相手をしよう!』
「俺の前に立つ者は、如何なる理由があろうと切り裂くのみ!」
 互いのエネルギーがぶつかり合った事で、爆発が起こり互いにビルの壁に吹き飛び埋まってしまう。
 瓦礫が落ちてくる中、立ち上がる劉鳳。
「まだ、まだだな!」
 同じく立ち上がるナイト。
『あぁ、まだだ!』
 互いにスピードを上げながら衝突し合う光の槍と銀色の閃光。
 劉鳳の手甲がナイトの左肩のアーマーを削ると、お返しとミストルテインによる突きが彼の左脇の装甲を削る。
 互いに痛みを受けるが、そんな事など気にもせず追撃に出る二人。
 ナイトの槍を避ける劉鳳だったが、続けざまに左足による蹴りを右手に集約された手甲に受けヒビが入る。
 敵対する相手ナイトの装甲は、ARMS中最大の硬さを誇るためアルターで作った装甲だとしても、その硬さによる蹴りの威力を防ぎ切れない。
 右手に痺れが走る劉鳳だったが、気にせず相手の左肩と盾との合間の装甲の薄い場所に対し斬刃切りし盾を斬り落とす。
 疾風の如き斬撃によって左腕兼盾を切り落とされたナイトだったが、ARMSとしての痛みへの耐性があるため気にせず
ミストルテインの槍を劉鳳へ振るう。
 瞬時に右手の手甲で防ぐ劉鳳だったが、力の使い過ぎで再構成出来ず先端部分を分解されてしまう。
 咄嗟に後方へ逃れ胴体への致命傷を避けるが、息が上がる一方だ。
 ARMSであるナイトにとって、連続戦闘などで能力の低下など無く徐々にだが劉鳳を追い詰めていく。
 このままでは何れ、あの槍によって己の肉体が分解されてしまう。そう考えた劉鳳は、次の一撃に全てを賭けるため再度右手の手甲を再構成する。
「貴様と遊んでいる時間は無い。この一撃で終わらせる!あぁ、そうだ。あの二人を断罪するまで立ち止まらん!!」
 銀色に輝き出す劉鳳に人間で言うと悪寒を感じたナイトは、左腕の修復を諦めミストルテインの槍に力を込める。
『よかろう、貴様の全力の攻撃を我が槍ミストルテインで粉砕して見せようぞ!』
 互いに一気に上空へ飛び、己の最大の武器にエネルギーを貯め輝き出す。
 その一撃が相手の身体に当たれば、死または再起不能は必至。
 だが、二人は躊躇しない。この戦いに気遣いなど不要。
「正面から切り裂く」
『真正面から粉砕する……我の槍を受けるが良い!』
 光輝く槍を突き出しながら下肢の膝から先のパーツから圧縮空気を放出し加速するナイト。
「見せてやる。俺の核心を!!」
 右手の手甲から噴出するエネルギーによって加速し、銀色の槍と化す劉鳳。
「斬り裂かれて塵と成れぇぇぇ!!」
『ミストルテインの錆と成れ!!』
 二つの槍がぶつかり合い、膨大なエネルギーが周囲を覆い尽くし辺りにある物を巻き込んでいく。

 光の放出が納まった跡にはボロボロとなりアルターが解けた劉鳳と、右肩から先を失ったナイトが立って居た。
『我が槍を破壊するとは……貴様の力は本物のようだ』
 そう言いながら徐々に崩壊して行くナイト。
『このまま我は崩壊する…だが、貴様が無常矜侍に会うためには我が主と戦い、勝利する以外に方法は無い。困難な道だが行くのか?』
「……当然だ。奴を断罪し、オーヴァンにも罪の重さを教えてやらねばならん。俺の信念がそう言っている」
『ふ、要らぬお節介だったか。なら行け、劉鳳よ!我を倒した力なら我が主に一矢報いる事も出来ようぞ!』
 そう言い終えると、砂の如く崩れ去るナイト。
 先ほどまで戦っていた相手が崩れ去っていくのを見つめる劉鳳だったが、まだ先に敵がいると感傷に浸る事を拒み先に進むことにした。
 そう、この男の信念は簡単には崩れない。

 上空を飛びまわり、音速を超える速度で移動する白兎に立ち向かう二つの巨人。
 一つはピンク色の配色で、ひび割れた左右の翼を持ち格闘技の構えを取るパイが操る憑神タルヴォス。
 そして、オレンジ色と金色の配色で仏像風の姿をした八咫の操る憑神フィドヘル。
 通常の動体視力では対応できないほどのスピードで動くホワイトラビットに対し、フィドヘルへ変身した八咫は頭部にある虎輪刃のようなものを飛ばす。
 円を描くように白兎へ迫る虎輪刃だったが、圧倒的なスピードにかわされ逆に接近されソニックブームの衝撃波と鋭利な刃と化した翼に、周りに浮く
円盤の一つを切断され粉砕されてしまう。
 その攻撃で、アスファルトの道路へ叩きつけられ呻き声を上げるフィドヘル。
『(八咫様!)』
『(気にせず、奴を叩け!パイ)』
 念話による会話で敵に感づかれないようにする八咫。
 上司の覇気に押され、左右の翼を盾としホワイトラビットへ急接近する。
 急な突撃に反応が遅れた白兎は、その翼の盾の打撃に押されビルに押し込まれてしまう。
『ここなら彼方のスピードは殺せる。はぁぁぁ!』
 タルヴォスの両手によるラッシュがホワイトラビットの全身に叩き込まれていく。
『オラオラオラオラァァァ!!』
 オリジナルARMS中最も防御力の低いホワイトラビットにとって、タルヴォスの連続打撃は装甲をボロボロにしてしまうほどの威力だった。
 震えながらも、第一形態に戻り両手で立ち上がる白兎だったがタルヴォスに肩を掴まれ外へと引きずり出される。
『ぐ、我をここまで追い詰めるとは……アバターとは恐るべき力か』
 全身にヒビ割れが起こっている中、何とか脱出しようとするが突如タルヴォスに反対車線のビルへ投げられたと思った瞬間5つの杭に刺され
外壁に縛り付けられる。
『勝負あったな。これ以上敵対するのなら、ホワイトラビットよ……お前の機能を停止するしかない』
 白兎の目前に浮くフィドヘルは、これ以上の戦闘は無意味と言い放つ。
『大人しく我々の質問に答えるなら、破壊せずに……な、何をするつもりだ!?』
 目の前の者から情報を引き出すことを前提とした会話を始めた瞬間、ホワイトラビットは光を発し始める。
『我はホワイトラビット。貴様たちに屈する事などせぬ!』
 両腕と両足、そして左翼に刺さった杭を強引に引き抜いた事で串刺し状態だった部分が千切れ落ちる。
 しかし、ホワイトラビットは残った推進機を使い浮かびながら全身を光輝きだしながらフィドヘルへと特攻する。
『我が一撃受けるが良い!!』
『くっ、だが!』
 瞬時にフィドヘルも手を合わせ力の収束を行い、ホワイトラビットの進行方向へ波動空間を発生させる。
 上下に現れた波動空間の壁に押しつぶされるかと思いきや、更に速度を上げられフィドヘルの攻撃は避けられ、
光輝くホワイトラビットの特攻が直撃する。
『八咫さまぁぁぁ!?』
 パイの叫び声が木霊する中、フィドヘルとホワイトラビットは光と爆音の中へ消えていく。

 数秒後、激しい輝きが消え去った跡に残ったのはアバターへの変身が解けボロボロとなった八咫と頭部と胸のみが残った白兎が残っていた。
『情報…収…集…完了……我が使命は、完了……主よ……』
 ホワイトラビットは、まるで砂のように崩れ去った。残ったコアらしき物も砕け散り粉雪の中へ消えて行く。
「……データ収集が目的だったということ?……はっ、八咫さま!」
 アバター状態から元の人の姿へ戻ったパイは、ホワイトラビットの行動に驚きながらも倒れ伏した上司を抱き起こすのであった。

 魔獣がフェイトへ向け、コンクリートを砲弾とする砲撃を放つ。
 直撃すれば、戦闘ヘリなど一撃で爆散する程の威力が彼女の左腕付近を掠めて行き、砲弾は後方のビルに直撃し崩れ去る。
 フェイトは魔獣の懐へ入り、雷属性の魔力による斬艦刀を左下から振り上げるように斬り上げる。
 魔獣ことジャバウォックの胴へ向けての斬撃が掠めるが、若干の傷など躊躇せず左腕の爪をフェイトへと振り下ろす。
 その攻撃をバルディッシュ・ザンバーの魔力刃が受け止める。
「はぁぁぁ!」
 覇気と共にザンバーへ力を込めたフェイトの斬撃は、ジャバウォックの手を粉砕すると距離を取る。
 先ほどまでフェイトが居た空間に凄まじい速度で振り下ろされている右手の爪を見たフェイトの額から冷たい汗が流れる。
“少しでも気を抜いたら致命傷になりかねない”
 軽く息を上げながらも、冷静に敵対する魔獣にトラップを仕掛けるため高速で移動するフェイト。
『いくら逃げようと、我の滅びの力を避けきれると思うか!』
 大型化した肩や背中などの推進装置から圧縮空気を放出し浮き上がると、取り込んだコンクリートを砲弾とし両腕に砲身を形成すると、
フェイトへ向け凶悪な砲撃を発射し始めた。
 凄まじい爆音と共に発射される砲撃に、ソニックムーブを使用し避け続けるフェイトだったが徐々に初速が上がる圧縮空気による砲撃に押される。
『The completion of installation(設置完了しました)』
「ありがとう、バルディッシュ」
 バルディッシュからの報告を受けたフェイトは、ある位置へジャバウォックを誘導し始める。
「彼方は何故、こんな戦闘を続けるんですか!?これも無常矜侍による命令ですか!?」
『ふん、そんな者の命令では無い!我を打ち負かした者以外に我は忠誠を誓わん。我に命じられたのは、汝の力を知ることのみ!』
 更に速度を増すジャバウォックだったが、急に両手両足に金色のバインドを括り付けられ身動きを封じられる。
『これは!?』
「ライトニングバインド」
 フェイトの持つ最大級の設置型バインドによって、身動きを封じられたジャバウォック。
 バインドを使用したためザンバーフォームからハーケンフォームへチェンジしたバルディッシュを構えたフェイトは、金色の鎌を魔獣へ向ける。
「勝負はつきました。即刻、戦闘を停止して下さい。時空管理局は、貴方がこれ以上の戦闘行為をしないことを誓えば身の安全を保障します」
 真剣な瞳でジャバウォックを見つめるフェイトだったが、相手の心の中には『負け』と言う言葉は無かった。
『ふん、その程度の力で我は引かぬ。我は破壊の魔獣……敗北など無い!』
 邪悪さを増した顔つきとなったジャバウォックは、リングバインドを粉砕したように筋肉を増加しライトニングバインドを粉砕しようとする。
 その行為に焦りを感じたフェイトは、仕方がないと顔を伏せ相手の身動きを止める行動に出た。
「この、分からずやぁぁぁ!!」
 投球のようなフォームでバルディッシュを振り、ハーケンフォームの光の刃を飛ばす技『ハーケンセイバー』を投射した。
 三日月のような形をしたハーケンセイバーを連続で4回投射し、ジャバウォックの肩を、そして膝を切り裂いていく。
『ぐぉぉぉっ!?』
 四肢を切り裂かれ本体が地表へと墜落し、2m台のクレーターを作り出していた。
 身動きが出来なくなったジャバウォックの近くへ降り立つフェイトは、バルディッシュを構え再度による通告を言い放つ。
「もう、いい加減に戦うことを止めてください!こんな無駄な―」
 そう言い終える瞬間、周囲の空気が一変する。
『我がキサマに負ける?笑止!!我が名はジャバウォック。貴様の攻撃などに屈せぬ、滅びぬ!』
 ジャバウォックの斬り落とされた部分が再生し始める。
『見せてやろう…本当の破壊の力を!』
 凄まじい速度で再生した右腕による滅びの爪が数m先に立って居たフェイトを傷つける。
「なっ!?」
 突如受けたダメージに驚くフェイト。急な身体への痺れに胸を押さえる。
 目線を上に向けたフェイトは、自分が受けたダメージの意味を理解した。
 目の前に居る敵から雷撃を覆っているのだ。邪悪な目を持った魔獣が、再生を済ませた状態で口元を歪ませる。
『お前の力を我が取り込んだ。この雷撃の力を、その身で受けよ!』
 左腕の砲身から放たれるサンダースマッシャー級の攻撃に身体の重心を移動させ避けるフェイト。
 更に追い打ちをかけるように右手の爪を彼女へ振り下ろすジャバウォックに、カートリッジ2発消費のディフェンサープラスを使用し受け止める。
 雷の爪と金色の盾がぶつかり合い、周囲に火花と雷撃が飛び散る。
 埒が明かないと踏んだ二人は、同時に後方へ飛び互いに技を繰り出す。
「プラズマランサー!」
『ぐぉぉぉっ!』
 フェイトによる高速直射弾を迎撃しようとしたジャバウォックだったが、速度に差があったため左腕の砲台が先に突かれ爆破される。
 爆炎が破損した左腕を覆いながらも、突っ込んでくるジャバウォックは右手の爪を再び振り下ろす。
 バルディッシュ・アサルトの柄部分で受け流すも、右肩のバリアジャケットを爪によって切り裂かれ若干血が飛び散るフェイト。
 痛みに耐えながら、上空へ飛びあがりバルディッシュの形態をザンバーへ変更したフェイトは息を上げながら思考を駆け巡らしていた。
“これ以上戦っていたら、相手が強くなる……なら方法は一つ。この一撃で完全に機能停止にするしかない!”
 相手を破壊することに躊躇があったフェイトだったが、母と姉に会うため。そして、仲間たちとの合流のため覚悟を決める。
「バルディッシュ、行くよ!」
『Yes ser』
 カートリッジを全弾装填し直し、全弾消費するフェイトの足下に出現する金色のミッドチルダ式魔法陣。
「撃ち抜け、雷神!」
『Jet Zamber』
 天空から伸びる雷光の刃が地上の魔獣の胴へと振り下ろされる。
 危険を察知したジャバウォックは、真剣白刃取りの要領でフェイトの切り札ジェットザンバーを両方の手で受け止める。
 だが、フルドライブ状態のフェイトの攻撃に両手が粉砕されるジャバウォック。
 そのまま金色の魔力刃が魔獣のコアがある付近へと埋め込まれる。
 電撃によるダメージが直接コアへ受けたため絶叫するジャバウォックは、徐々に崩壊し始める。
『我がコアへ傷を付けたか……ふははは!まぁいい…だが貴様にも滅びの痛み、受けてもらおう!』
 崩壊し始める身体に鞭打って右腕のみ再生させると、更に右手を異質な形へ変化させるジャバウォック。
 変貌し10本の爪を持ったジャバウォックの手に集中される高エネルギー物質。
『我の攻撃により共に滅びよ、魔女よ!』
「くっ!?」
 ジャバウォックが何をしようとしているのか分からないフェイトだったが、相手が撃ち出そうとする物が危険だと感じる。
「バルディッシュ!」
『Ser』
 高出力の魔力刃をザンバーフォームのバルディッシュから切り離し、即時に膨大なエネルギーを魔獣の胴体へ集約させる。
 雷撃の塊と化したジェットザンバーの魔力を起爆させるフェイト。
「雷撃爆砕!」
 フェイトの呼びかけと共に強力な電撃がジャバウォックを巻き込んでいく。
『わ、我は……了解した…主』
 崩壊しながら右手に溜められた小さな物質は、発射されずに地表へと落とされ……爆発した。
「なっ!?」
 自分が行った攻撃以外の膨大なエネルギーによる爆発に驚きながらも、左手で魔法障壁を張るフェイトだが異常な熱量による爆風に顔を顰める。
「バルディッシュ、この爆発は?」
『It seems that it is anti-matter(反物質だと思われます)』
「反物質って、そんな物を生成できるなんて……」
 打ち破った敵の力に戦慄を覚えるフェイトだったが、今は仲間たちの居る場所へ行くことが最重要だと考え移動を開始した。

 薄暗い室内で一人鉄パイプの椅子に座っていた男性は立ち上がると、出口へと歩いて行く。
“魔獣、騎士、白兎よ……ありがとう。お前たちの掴んだ情報は無駄にしないよ”
 出口から外へ出た男性は、外の冷たい空気を吸い気持ちを落ち着かせると相手の居る場所へ移動を開始した。


 右腕を押さえながら覚束無い足取りで移動する劉鳳。
 ナイトとの戦闘でアルターを使い過ぎたのが原因なのか、顔に生気が無い。
「…くっ、力を使いすぎたか。しかし、休んでなど……」
 しかし、流石の劉鳳も戦闘での体力消耗に耐えきれず足を滑らせてしまう。
 地面に顔をぶつけると思った瞬間、誰かに抱き上げられる。
「大丈夫かね、君?」
 劉鳳の肩を担ぎ、帽子の鍔を上げ己の顔を見せる男。見た目の年齢は四十から五十歳頃だろうか。
「誰だ?」
 突如現れた男に警戒心を抱かないのは、御人良し、もしくは、ただのバカだ。
「ふむ、確かに…」
 考え込むようなポーズをとる男に不信感を更に積もらせる劉鳳だったが、次の言葉に唖然とする。
「ただの通りすがりのサラリーマンさ」
「……ふざけているのか?」
「いや、本当に単身赴任中のサラリーマンだよ。さて、ここでは休めないだろう。あそこの喫茶店で休もう」
 サラリーマンが指さした先には、暗くなったままの喫茶店があった。
「何故キ…あなたに助けられなければ成らない?今会ったばかりではないか!」
「そうかい?傷ついた人が道端で倒れそうに成っていたら助けてあげようとするのが人として当然な行為だと思うがね?」
 その一言に何も言えなくなった劉鳳は、サラリーマンの言うとおり喫茶店で休むことになってしまった。
 本当は力ずくで話を聞こうと考えていた劉鳳だったが、相手にまったく隙が無い事に焦りを感じたからだ。

「そうか、そんな事があって…確かに許せるものでは無いね」
 喫茶店に入ってからサラリーマンがテキパキとコーヒーを入れたりなどをするのを見ながら劉鳳は、今までの事を相手へ話していた。
「当然です。あの男…無常矜侍は父を死に追い込み、同僚で…いや、大切な人を死に追い込んだ外道を俺は許せない」
 コーヒーを注いで来たサラリーマンは、まぁこれでも飲んで落ち着きたまえと言い劉鳳の上昇するボルテージを抑え込む。
「…すいません。熱くなりすぎました」
「いいや、若い頃はそれ位の熱さが無いとね。しかし、冷静さも兼ね備えないと周りが見えなくなる」
 室内は外の冷気で寒くなっていたが、彼が注いで来たコーヒーの温かさに劉鳳の心に若干だが余裕が出来た。
「ところで君は、この先どうするつもりなのかね?このエリアに居る誰かを倒さなければ成らないのだろう。心当たりなど無いのかい?」
「いいえ、奴は相手がいる…と、しか言わずに俺をこのような場所へ飛ばしたので」
 先ほどまで戦っていた敵は人の形は取っていたモノの、機械だ。
 無常が送りつけてくる相手は、人の精神を操り人形のようにしている事を前提としている劉鳳には、
目の前の人物が何かを企んでいるとは考えていない。
「ふむ、君のやりたい事は分かった。それじゃあ、私と共に一緒にここを脱出するかい?」
 目の前の人物の突然の発言に唖然とする劉鳳。
「驚かしてしまったかな。今の君では、その宿敵を倒すことが出来ると考えているのかな?それ以前に、この場所から脱出することも出来ないだろう」
「それは…ですが、貴方にそんな事が」
 帽子の鍔を上にあげ、貫禄の在る目線で劉鳳を射抜くサラリーマン。
「ちょっとした裏技があってね。それを使って私もここへ来た。君たちのように、この世界を守りたい人物がいるってことさ。どんな世界でもね」
 少し胡散臭いセリフだったが、今はどうすべきか考えた劉鳳は可能性がある方に望みをかける。
「…わかった。だが、通りすがりのサラリーマンでは…」
「ああ、だったら『ウインド“風”』と呼んでくれ。友人達からは、そう呼ばれているよ」
「ウインド…」
 何故か信じたくなるようなウインドの笑みに、劉鳳は憧れの様な感情を抱く。

 それからのウインドの行動は早かった。劉鳳を休ませながら、喫茶店に残っていたと思われる非常食をどこからか集めてきた。
 彼の動きには無駄な物が無く、ホーリー在籍中だった頃に体術など教わった人物以上の身のこなしだと感じる劉鳳。
 乾パンを開けたウインドは、劉鳳に食べなさいと言う。体力を回復させるには食事が一番だと言うことだ。
 ウインドとの出会いから30分ほどしてから、喫茶店を出る二人。
「これから、君の仲間が居ないかどうか調べようか。君だけがここへ飛ばされたとは考え難いからね」
「なら、俺のアルターで」
「その必要は無いよ。これを使えばね」
 ウインドが取り出したのは小さな棒だった。
 その棒には導火線があり、それに火をつけたウインドは劉鳳へ建物の蔭へと言い放つと同時に棒から赤い花火が打ち上げられる。
「行き成り何を!?」
「まぁ、隠れてなさい。気づけば、相手の方からやってくるさ。敵の方もね」
 その一言にはっとした劉鳳は、急いで物陰へ隠れる。
 無闇な破壊行動でのアピールは、体力と精神力を削るだけということを忘れていた劉鳳にとってウインドの行動は
彼の精神を冷静なものへと変えていく。
 それから2分後、負傷した八咫を連れたパイと金色のオーラを纏ったフェイトが現れたのだった。

「これで全員ってことかしら?それと貴方は」
「ウインドと呼んでくれ。通りすがりのサラリーマンさ」
 パイは呆れた様な顔つきに成りながらも、劉鳳の信じてくれと言う言葉に仕方ないわねと答えフェイトに顔を向ける。
「フェイト執務官。このエリアの結界は破壊できそうかしら?」
「ザンバーを使えば何とか…でも、無闇に壊せば何が起こるかどうか」
「そうね…八咫が気づいていれば良いのだけど」
 ホワイトラビットとの戦闘で気を失っている八咫を頼る訳にも行かず、途方に暮れるパイに話しかけるウインド。
「脱出方法なら知っているよ。これを使えばね」
 彼が取り出した物は化石に成りかけた爪のような物と、コンパスのような物だった。
「これが何に?」
「一つは空間を切断する事が可能な爪。そして、このコンパスには空間の歪みを知ることが出来る機能がある」
 そんな機能があるデバイスなど知らない管理局組は、驚きの表情をする。
「なに、仕事柄…ね」
 そう言い終えると、コンパス状の空間の歪みを調べる装置を使用しある場所へ向かう一行。
 徒歩で移動している中、フェイトに脳裏に残るジャバウォックとの戦闘時に見た相手の爪。
“ウインドさんが持つ爪…あのジャバウォックと言っていた者の爪と似ている。何故だろう…現場には彼はいなかったのに”
 そう考えながら歩いていると皆立ち止まりウインドの行動を見守っていた。
 このエリアの中心部に位置する場所にある、古びた大きな噴水の周りを調べ始めて数分。ウインドは何かを見つけたのか皆を呼んで見せた。
「この位置に空間の歪みがある。ここに空間の断裂を加えれば、自然とこの空間は消失するはずさ。まぁ…」
 急に周囲に敵意による視線が全員の肩に注がれる。
「妨害する者もいるだろうがね」
 建物の上に銅像として飾られていたと思われる物が突如、息を吹き返したかのように動き出していた。
『この場所に立ち入る者…全て排除』
 動き出した銅像の姿をしたガーゴイル7体は、小悪魔のインプやゴブリンなど小型の悪魔の姿をして襲いかかってきた。
 素早く八咫を木陰に隠したパイは、即座にデバイスを構え迎撃に移る。
 そのしなやかな女体から繰り出される連撃は、襲ってくる1体のガーゴイルを身体に拳痕を残し最後にはバラバラにしていく。
 フェイトもハーケンフォームのバルディッシュによって、襲ってくる2体のガーゴイルを光の鎌により切断していく。
 劉鳳も絶影を呼び出し、そのしなやかな紫紺の触手によって2体のガーゴイルを捕まえ地表へ叩きつける。
 残った2体がウインドへ襲いかかろうとしたのを見た劉鳳は、逃げろ!と叫ぼうとした時、その光景に唖然とした。
 凄まじい速度で手に持った槍や剣で襲いかかってきたガーゴイルが、ウインドの軽く両腕を交差させる仕草の後にお互いの武器で首を粉砕していた。
 まったく見えない動きに口がふさがらない劉鳳達。
「その動きはいったい……」
「少々…忍術をね」
 通りすがりのサラリーマンが忍術など使えるのかと突っ込みをする者は、この場には居なかった。

「さて、早速始めるよ。私の後ろへ」
 ウインドの命令に従う4人。
 彼の持つ爪から光が放たれたと思うと、空間の歪みがあると思われる場所へ振り下ろされる。
 するとエリア全体が揺れ始め崩壊し始めたのだった。
「皆固まって!ディフェンサーで皆を包む」
 カートリッジを2発消費し、皆を半円球のバリアで包みこむフェイト。
 崩壊していく世界は幻想的で、そして不安を煽る光景だった。
 その後強烈な光と共に、元居た場所…そう、無常矜侍に飛ばされる前にいた劇場のホールへ戻ってきたのだ。
「戻って来られましたね。でも……なのは達は居ないみたい」
 バルディッシュ・アサルトによってサーチ機能を使用してみるが仲間の反応は無いようだ。
「仕方が無いわ。あの無常って男、顔からして嫌らしそうだったもの…性格とか」
 パイの容赦ない突っ込みに、頬を掻きながら同意するような表情をするフェイト。
 そんな彼女たちを尻目に、ウインドと目覚めた八咫、そして劉鳳の男3人は今後について意見を交えていた。
「…なるほど、貴殿は秘密裏に潜入してきたと?」
「ええ、時空管理局だけがこの事件へ関わっている…と言うのは浅さかでしょう?」
「確かに…寧ろ、貴殿以外にエージェントが見当たらないのも変な話だ」
 八咫の推測に相槌をするウインドに劉鳳は、今後どうするつもりか聞く。
「あぁ、君たちと行動を共にしたいと考えているよ。そう、時期が来るまで」
「時期?」
「…ただの言葉の誤りさ。さて行こうか」
 帽子の鍔を整えるウインドの眼には冷たいモノを感じたような気がした劉鳳だったが、今は無常…そしてあの男への怒りが勝っていた。
 そう、この時気づいて入れば何かが変わっていただろう。
 ウインドと劉鳳との関係についてだけだが……。

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2007年08月01日(水) 17:14:48 Modified by beast0916




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