作曲家・多田武彦〔通称・タダタケ〕のデータベース。

男声合唱組曲「わがふるき日のうた」(作詩:三好達治)

わがふるき日のうたワガフルキヒノウタ指示速度調性拍子備考
1甃のうへイシノウエ遅く,静かに4分音符=約60ホ短調3/4
2湖水コスイやや早く,不安と焦燥感に満ちて4分音符=約112ト短調2/4
3Enfance finie(過ぎ去りし幼年時代)アンファンス フィニ(スギサリシヨウネンジダイ)遅く,表情豊かに4分音符=約69ニ長調4/4Bariton Solo
4木兎ミミズク中庸の速度で,素朴に2分音符=約84ニ短調2/2
5郷愁キョウシュウ中庸の速度で,思いをこめて4分音符=約92ヘ長調2/4
6鐘鳴りぬカネナリヌやや遅く,おごそかに4分音符=約76ト短調4/4
7雪はふるユキハフル遅く,悟りの境地で付点4分音符=約63ホ短調12/8Tenor Solo

作品データ

作品番号:T35:M31n
作曲年月日:1977年?月?日
明治大学グリークラブによる委嘱

初演データ

初演団体:明治大学グリークラブ
初演指揮者:外山浩爾
初演年月日:1977年5月7日
第26回東京六大学合唱連盟定期演奏会(於東京文化会館大ホール)

楽譜・音源データ

作品について

組曲の題名は『鐘鳴りぬ』の最後の行に拠る。「あかぬ日のつひの別れぞ わがふるき日のうた――」
各曲が四季の順に且つそれが人間の一生のようにドラマ性を帯びるよう配列されている。1曲目『甃のうへ』は16分音符の刻みによって風に流れる花びらを表していると思われる。ちなみに1曲目『甃のうへ』と終曲『雪はふる』の始まりの和音が同じであることは偶然ではないと思われる。3曲目『Enfance finie』は後年改訂され、詩に忠実になった。4曲目『木兎』における木兎の鳴き声を模したヴォーカリーズのリズムは従来の多田作品に見られないものである。5曲目『郷愁』は詩の形式の変化にあわせ途中からフォーク風のメロディーとなる。6曲目『鐘なりぬ』は多田作品の中でも屈指の名作であると評価されている。そしてこの曲で組曲が終わらない所にもまたこの作品の凄みがうかがえる。終曲『雪はふる』は同じ旋律のメロディーのソロが前半と後半2回出てくるが、前半はマイナーコードで後半はメジャーコードであり異なる。これは主人公が悟りの境地に至った事を示すと考えられる。ちなみに混声版では簡略化され前半と後半で同じ和音となっている。中間部「わがかたのへにゆきはふる」の「る」の内声パートの上昇音階による盛り上げは従来の多田作品に見られないものである。

「多田武彦 男声合唱曲集3」の前書きには「今回は初演のときの楽譜を一部改訂しています」と記されている。
しかし2002年4月27日に開催された第2回東京六大学OB合唱連盟演奏会で、明治大学グリークラブOB会合唱団駿河台倶楽部が、初演のときの譜面で演奏した。

同楽譜第12刷(2000年11月30日)の際に、「Enfance finie」を改訂(参照)。歌詞のページに明記されている。
詩の出典
「甃のうへ」「湖水」「Enfance finie」「郷愁」……『測量船』(第一書房、1930年)
「木兎」……『一點鐘』(創元社、1941年)
「鐘鳴りぬ」……『朝菜集』(青磁社、1943年)
「雪はふる」……『砂の砦』(臼井書房、1946年)

歌詩

甃のうへ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ
湖水
この湖水で人が死んだのだ
それであんなにたくさん舟が出てゐるのだ

葦と藻草の どこに死骸はかくれてしまつたのか
それを見出した合圖の笛はまだ鳴らない

風が吹いて 水を切る艪の音櫂の音
風が吹いて 草の根や蟹の匂ひがする

ああ誰かがそれを知つてゐるのか
この湖水で夜明けに人が死んだのだと

誰かがほんとに知つてゐるのか
もうこんなに夜が來てしまつたのに
Enfance finie
 海の遠くに島が……、雨に椿の花が堕ちた。鳥籠に春が、春が鳥のゐない鳥籠に。

約束はみんな壞れたね。

海には雲が、ね、雲には地球が、映つてゐるね。

空には階段があるね。

 今日記憶の旗が落ちて、大きな川のやうに、私は人と訣れよう。床に私の足跡が、足跡に微かな塵が……、ああ哀れな私よ。

僕は、さあ僕よ、僕は遠い旅に出ようね。
木兎
木兎が鳴いてゐる
ああまた木兎が鳴いてゐる
古い歌
聽き慣れた昔の歌
お前の歌を聽くために
私は都にかへつてきたのか……
さうだ
私はいま私の心にさう答へる

十年の月日がたった
その間に 私は何をしてきたか
私のしてきたことといへば
さて何だらう……
一つ一つ 私は希望をうしなつた
ただそれだけ

木兎が鳴いてゐる
ああまた木兎が鳴いてゐる
昔の聲で
昔の歌を歌つてゐる

それでは私も お前の眞似をするとしよう
すこしばかり歳をとつた この木兎もさ
郷愁
 蝶のやうな私の郷愁!……。蝶はいくつか籬を越え、午後の街角に海を見る……。私は壁に海を聽く……。私は本を閉ぢる。私は壁に凭れる。隣りの部屋で二時が打つ。「海、遠い海よ! と私は紙にしたためる。――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、佛蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」
鐘鳴りぬ
聽け
鐘鳴りぬ
聽け
つねならぬ鐘鳴りいでぬ

かの鐘鳴りぬ
いざわれはゆかん

おもひまうけぬ日の空に
ひびきわたらふ鐘の音を
鶏鳴か五暁かしらず

われはゆかん さあれゆめ
ゆるがせに聽くべからねば

われはゆかん
牧人の鞭にしたがふ仔羊の
足どりはやく小走りに

路もなきおどろの野ずゑ
露じもしげきしののめを
われはゆかん
ゆきてふたたび歸りこざらん

いざさらばうかららつねの
日のごとくわれをなまちそ
つねならぬ鐘の音聲
もろともに聽きけんをいざ
あかぬ日のつひの別れぞ わがふるき日のうた――
雪はふる
海にもゆかな
野にゆかな
かへるべもなき身となりぬ
すぎこし方なかへりみそ
わが肩の上に雪はふる
雪はふる
かかるよき日をいつよりか
われの死ぬ日と願ひてし

参考文献

なまずの孫 2ひきめ 「VI うたわないうたのこと―「鐘鳴りぬ」「雪はふる」をめぐるメール往来―」

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