最終更新: jewel54palace 2010年02月16日(火) 18:21:25履歴
ハン尚宮×チェ尚宮 「温かな手」 前座人様
ある日のこと。
何時ものように最高尚宮様の部屋での会議中、突然それはやってきた。
何でも一昨日到着したばかりの明国からの使者が、旅の疲れからか食欲を無くしているので、料理に何か趣向を凝らせと王様直々のお達しであるとのこと。
当然のことではあるが、献立そのものは随分前から決まっている。
皆で額を突き合わせた結果、香辛料を使った料理二品と菓子を新たに作るということで折り合いがついた。
さて、これは大変。一体どんなものを作ろうか――。
そんなことを考えていると、最高尚宮様からの指示が下された。
料理の献立は自分と他の尚宮で、菓子についてはチェ尚宮とハン尚宮に。
正直驚いた。
尚宮に上がってからこっち、共に一つの事に励んだ記憶などさらさらない。こんなこともあるのね、本当に珍しいこともあるもの。
けれど、不快ではなかった。
そうね、疲れを取るには甘い菓子だけでも随分と違う。
けれども、菓子は料理以上に繊細さが必要とされる。大事な国賓を遇す料理だもの、ここは慎重を期さなければ。
勝手知ったるお前と手を組まざるを得なくなったのは、丁度良かったのかも知れないわね。
そんなわけで今私は、部屋でお前と二人、ああでもないこうでもないと議論の真っ最中。
「他の内人には任せられない事だから。貴女なら、能力も優れているし適任だわ」
書を捲り数多ある菓子の文字を目で追っていきながら、口早にそう言うお前。
僅かに伏せた睫毛の長さにふと、目を奪われる。
「それを言うなら、私よりもクミョンの方が適任でしょう?」
最高尚宮様からの指示がなければ十中八九、私の代わりはクミョンだろう。
まさかあの可愛い姪に能力が無いなんて、言わないでしょうね?
「あの子では経験が足りなさすぎるわ……ねぇ、不満なの?」
「何が?」
「たとえ仕事でも、私の傍に居るのは嫌なの?」
驚いて、顔を上げる。
やっぱり同じ様に顔を上げたお前と、視線がまともに合った。
思わず笑ってしまう。
そうか、そうだったの。
「何が可笑しいのよ?」
形の良い眉をきゅっと潜めて、お前が問う。
いいえ、可笑しくなど…強いて言えばそうね…嬉しいのかしら。
まるで昔に戻ったみたいで、お前と共に何かに励むということが純粋に嬉しかった。
けれど何よりも嬉しかったのは、この者が私を甚く好いている…ということ。
思えば昔からそうだった。
その強い眼差しで真直ぐに私を見つめる。聡明なお前のこと、いつか心を…私の想いを見透かされてしまうんじゃないかと、ひどく心配したくらいに。
だから私は口を慎み、お前の前では必要以上に己を消して…今まで過ごしてきたというのに。
そうだったのね。
私が傍に居て嬉しいのね?
心配は要らないわ、だって私もそうだから。
「いいえ、別に?」
「…じゃあ何故笑ってるのよ」
「笑ってなんていないわ?」
――ただ、可愛いなあと思って、ね。
「嘘よ。貴女って本当、いつだってそう!お上品ぶって取り澄まして、少しは自分の気持ちとかそういうの見せたらどうなの?」
「見せてるわよ?」
――だから笑顔も惜しみなく向けているじゃない?
そう言うと、益々紅潮する頬。吊り上がる、眉。
怒った顔も、とても綺麗。
「馬鹿にするのも…!」
「ソングム」
「何よ!……?…え、えぇっ?」
お前の顔から、瞬時にして怒りの色が消えていく。
余程驚いたのだろうか、口を小さく震わせ何度も瞬きを繰り返しながら私を凝視して…。
「馬鹿になんてしてないわ、ソングム…」
「やめてよ!何急に名前で呼んで…っ…何考えてるのよ?」
代わりに芽生えてくるのは…羞恥の色。
ただ名前を呼んでるだけじゃない、そこまで赤くならなくたって…。
…可愛いわね。
「貴女のことを考えてるわ?…ソングム…」
「やめてったら!」
「…どうして…?」
「どうしてって…」
手を伸ばして、優しく頬を撫でる。
熱を帯びた其処は、冷えた指先に心地好い。
「名前で呼ばれるのは嫌い…?」
私は一体、何をしているのだろう。
目の前には仕事が山ほどあるというのに、時間もそれほどないというのに。
でも――。
「昔はお互い、名前で呼び合っていたじゃない…?」
「で、でも…今は…昔とは」
今は…お前しか見えなくて――。
「ソングム…」
「貴女…一体どうしちゃったのよ?変よ、おかしいわ…!」
「でも、気持ちを見せろと言ったのは貴女でしょう…?」
「それは確かに…、でも」
「言う通りにしたのに不満なの?」
――もう、いいでしょう?
襟首を掴んで引き寄せ、躊躇いがちな唇に口付けた。
**********
「ペギョン…」
小さくそう呟いて、私の手を握り締める。
どうやら寝言のようね、可愛い顔して眠っちゃって。
献立は私の方で決めちゃうわよ?異存はないでしょう、お前は眠っているのだから。
しかし…、あれだけ強要したのに頑として名を呼ばず、もう諦めかけていた今になって…しかも寝言では呼んでくれるのね。
素面では徹底的に拒否するつもり?私も割と頑固だけれど、そっちも相当なものね。
戯れに、指先で鼻を軽く突く。刺激にぴくりと動く仕草が愛らしくて、思わず笑ってしまった。
まあ、そんなお前を好いているのも事実だから…これはもう仕方がない。
甘んじて、受け入れましょう。
それは、私とお前の初めての…そして終わりの見えない未来への、第一歩。
どうか、この手を離さないで。
手探りで共に進んで行くには、お前はあまりにも真直ぐだから。
不器用で、人に慣れてなくて、真直ぐだから簡単に挫折して。
本当は優しいお前。だからこそ自分が傷付かない為に、簡単に他人を傷付けて。騙し、欺き、謀り…弱いから、流されて。元に戻れなくなって、迷って。
だからもう、迷うことがないように、いつもその瞳に私を映しなさい。
傍に居て、離れないで。
――約束よ?
そう呟いて、私は温かな手を握り返した。
(了)
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ある日のこと。
何時ものように最高尚宮様の部屋での会議中、突然それはやってきた。
何でも一昨日到着したばかりの明国からの使者が、旅の疲れからか食欲を無くしているので、料理に何か趣向を凝らせと王様直々のお達しであるとのこと。
当然のことではあるが、献立そのものは随分前から決まっている。
皆で額を突き合わせた結果、香辛料を使った料理二品と菓子を新たに作るということで折り合いがついた。
さて、これは大変。一体どんなものを作ろうか――。
そんなことを考えていると、最高尚宮様からの指示が下された。
料理の献立は自分と他の尚宮で、菓子についてはチェ尚宮とハン尚宮に。
正直驚いた。
尚宮に上がってからこっち、共に一つの事に励んだ記憶などさらさらない。こんなこともあるのね、本当に珍しいこともあるもの。
けれど、不快ではなかった。
そうね、疲れを取るには甘い菓子だけでも随分と違う。
けれども、菓子は料理以上に繊細さが必要とされる。大事な国賓を遇す料理だもの、ここは慎重を期さなければ。
勝手知ったるお前と手を組まざるを得なくなったのは、丁度良かったのかも知れないわね。
そんなわけで今私は、部屋でお前と二人、ああでもないこうでもないと議論の真っ最中。
「他の内人には任せられない事だから。貴女なら、能力も優れているし適任だわ」
書を捲り数多ある菓子の文字を目で追っていきながら、口早にそう言うお前。
僅かに伏せた睫毛の長さにふと、目を奪われる。
「それを言うなら、私よりもクミョンの方が適任でしょう?」
最高尚宮様からの指示がなければ十中八九、私の代わりはクミョンだろう。
まさかあの可愛い姪に能力が無いなんて、言わないでしょうね?
「あの子では経験が足りなさすぎるわ……ねぇ、不満なの?」
「何が?」
「たとえ仕事でも、私の傍に居るのは嫌なの?」
驚いて、顔を上げる。
やっぱり同じ様に顔を上げたお前と、視線がまともに合った。
思わず笑ってしまう。
そうか、そうだったの。
「何が可笑しいのよ?」
形の良い眉をきゅっと潜めて、お前が問う。
いいえ、可笑しくなど…強いて言えばそうね…嬉しいのかしら。
まるで昔に戻ったみたいで、お前と共に何かに励むということが純粋に嬉しかった。
けれど何よりも嬉しかったのは、この者が私を甚く好いている…ということ。
思えば昔からそうだった。
その強い眼差しで真直ぐに私を見つめる。聡明なお前のこと、いつか心を…私の想いを見透かされてしまうんじゃないかと、ひどく心配したくらいに。
だから私は口を慎み、お前の前では必要以上に己を消して…今まで過ごしてきたというのに。
そうだったのね。
私が傍に居て嬉しいのね?
心配は要らないわ、だって私もそうだから。
「いいえ、別に?」
「…じゃあ何故笑ってるのよ」
「笑ってなんていないわ?」
――ただ、可愛いなあと思って、ね。
「嘘よ。貴女って本当、いつだってそう!お上品ぶって取り澄まして、少しは自分の気持ちとかそういうの見せたらどうなの?」
「見せてるわよ?」
――だから笑顔も惜しみなく向けているじゃない?
そう言うと、益々紅潮する頬。吊り上がる、眉。
怒った顔も、とても綺麗。
「馬鹿にするのも…!」
「ソングム」
「何よ!……?…え、えぇっ?」
お前の顔から、瞬時にして怒りの色が消えていく。
余程驚いたのだろうか、口を小さく震わせ何度も瞬きを繰り返しながら私を凝視して…。
「馬鹿になんてしてないわ、ソングム…」
「やめてよ!何急に名前で呼んで…っ…何考えてるのよ?」
代わりに芽生えてくるのは…羞恥の色。
ただ名前を呼んでるだけじゃない、そこまで赤くならなくたって…。
…可愛いわね。
「貴女のことを考えてるわ?…ソングム…」
「やめてったら!」
「…どうして…?」
「どうしてって…」
手を伸ばして、優しく頬を撫でる。
熱を帯びた其処は、冷えた指先に心地好い。
「名前で呼ばれるのは嫌い…?」
私は一体、何をしているのだろう。
目の前には仕事が山ほどあるというのに、時間もそれほどないというのに。
でも――。
「昔はお互い、名前で呼び合っていたじゃない…?」
「で、でも…今は…昔とは」
今は…お前しか見えなくて――。
「ソングム…」
「貴女…一体どうしちゃったのよ?変よ、おかしいわ…!」
「でも、気持ちを見せろと言ったのは貴女でしょう…?」
「それは確かに…、でも」
「言う通りにしたのに不満なの?」
――もう、いいでしょう?
襟首を掴んで引き寄せ、躊躇いがちな唇に口付けた。
**********
「ペギョン…」
小さくそう呟いて、私の手を握り締める。
どうやら寝言のようね、可愛い顔して眠っちゃって。
献立は私の方で決めちゃうわよ?異存はないでしょう、お前は眠っているのだから。
しかし…、あれだけ強要したのに頑として名を呼ばず、もう諦めかけていた今になって…しかも寝言では呼んでくれるのね。
素面では徹底的に拒否するつもり?私も割と頑固だけれど、そっちも相当なものね。
戯れに、指先で鼻を軽く突く。刺激にぴくりと動く仕草が愛らしくて、思わず笑ってしまった。
まあ、そんなお前を好いているのも事実だから…これはもう仕方がない。
甘んじて、受け入れましょう。
それは、私とお前の初めての…そして終わりの見えない未来への、第一歩。
どうか、この手を離さないで。
手探りで共に進んで行くには、お前はあまりにも真直ぐだから。
不器用で、人に慣れてなくて、真直ぐだから簡単に挫折して。
本当は優しいお前。だからこそ自分が傷付かない為に、簡単に他人を傷付けて。騙し、欺き、謀り…弱いから、流されて。元に戻れなくなって、迷って。
だからもう、迷うことがないように、いつもその瞳に私を映しなさい。
傍に居て、離れないで。
――約束よ?
そう呟いて、私は温かな手を握り返した。
(了)
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