[233]名無しさん@ピンキー<sage> 2006/05/18(木) 01:24:35 ID:XkeXHSNA
[234]名無しさん@ピンキー<sage> 2006/05/18(木) 01:25:38 ID:XkeXHSNA
[235]名無しさん@ピンキー<sage> 2006/05/18(木) 01:26:21 ID:XkeXHSNA
[236]名無しさん@ピンキー<sage> 2006/05/18(木) 01:27:33 ID:XkeXHSNA

 ……それは、一人の青年の願いから始まった。


 ベルカ、そう呼ばれる世界があった。
 魔導の力を武具として、ただ純粋に戦うために進化したアームドデバイスをもってその名を馳せた世界。
 そして、その青年の存在がベルカの名を平行世界に轟かせる事になったのだ。

 彼は、天才だった。
 その魔導の才は他を大きく凌駕していた。
 純粋な魔導のみに於ける闘いでは分がないとされてきたミッドチルダの魔導師を、あっけなく打ち倒すほどに。
 彼の功績は大きかった。
 ベルカの騎士の名をたからしめたカートリッジシステムの構築。
 不完全ながら高い効果を示すユニゾンデバイスの考案。
 平行世界間移動を行うための大規模転送システムの構成。
 彼の残した偉業を上げていけばきりがないほどだ。
 しかし、同時に彼はベルカの世界では常に嘲まれてもいた。
 魔導の才は確かに有り得ない程に強力で、だが、ベルカの生まれとしては信じられないほどに虚弱な身体をしていたから。
 アームドデバイスを振るう魔導騎士こそが最上とされる世界では、騎士になれない人間などただの一般人でしかない。
 なのに、その選良たる魔導騎士を正面から打ち倒す魔導を持つ彼に向けられる視線は、筆舌に尽くしがたい物で……それでも、彼は歪まなかった。
「っ、ごほっ、ごほっっ…………」
 石造りの建物で埋められたベルカの一都市、その郊外にある自然に囲まれた小さな屋敷。
 その一角にある部屋で、彼はこみ上げてくる咳を必死で抑えていた。
「…………っはぁ、はぁ」
 様々な栄誉を担った身でありながら、今、周りには誰もいない自分の身に思わず苦笑が浮かぶ。
「……しょうがない、事ですけどね」
 ぽつりと呟く彼の脳裏に浮かぶのは、ユニゾンデバイスの実験が失敗したあの日の事。
 万全の体勢で望んでいた。
 何があっても助ける事が出来ると信じていた。
 なのに、彼女を……、幼い時からずっと愛してきたナハトヒンメルを、すくう事が出来なかったのだ。
 ……ベルカでも最高の魔導騎士と謳われた彼女を喪い、その責任はすべて彼一人にかかってきて。
 だけど、全てを受け容れた。
 受け容れなければならなかった。
 それが、彼女との約束だったから。
「ふぅ……、もうすぐですか」
 小さく呟き、自らの部屋の中を見渡す。
 整然と片づいた部屋の一角、机の上に置いてある一冊の本に手を伸ばした。
 此の地に隠遁して、自らの寿命さえも削りながら作り上げようとした、一冊の魔導書。
 今夜、コレは完成を迎える。
 そして、そのままこの場所から消えて無くなる、そのつもりで作り上げたのだ。
 ……今はまだ、名も無き一冊の魔導書を手に彼は屋敷の中を移動する。
 地下への階段を下り、その先にある扉を開ける。
 雑多な機械で埋められた部屋の中、特に目を惹く物があった。
 床に大きく描かれた五芒星の魔法陣。
 それぞれの頂点には五つの大きなシリンダーが立っていて、それぞれの下には頂点に円を抱く三角形の魔法陣が描かれている。
 そして、緑色の半透明な液体の詰まるシリンダーに、五つの人影が浮かんでいた。
「すまない……」
 ぽつりと呟きながら、彼はその手の中にある魔導書を五芒星の中心に置いた。
「……すまない、みんな」
 シリンダーに浮かぶ彼女達に向かってただ謝罪の言葉を投げかける。
 ナハトヒンメルの友であり、また彼にとっても友であった四人にただ言葉を投げかけていた。
 ナハトヒンメルが暴走したあの日、それを止めるために戦ってくれて命を落とした彼女達を、こうして利用しようとしている自分が許せなくて。
 それでも、止めるわけにはいかなかった。
 一度失われた命は戻らない。
 だから、全てをプログラムへと換え、擬似的にでも生きていて欲しかった。
「……我が友たるシグナム。炎の魔剣を従え烈火の将として、書を護る騎士となさん」
 五芒星の頂点の一角、シリンダーの中をたゆたっていたシグナムの身体が、ゆらりと解けリンカーコアのみに変化した。
 そのまま、シリンダーから抜け出したリンカーコアが魔導書に吸い込まれる。
「……我が盟友たるシャマル。風の指輪を持ちし風の癒し手として、書を護る騎士となさん」
 シャマルの身体が消え、リンカーコアが魔導書に取り込まれる。
「……我らが義子ヴィータ。鉄の伯爵とありし紅の鉄騎として、書を護る騎士となさん」 ヴィータの身体が溶け、リンカーコアが魔導書へと飛び込む。
「……彼女が守護獣ザフィーラ。皆の盾たる青き狼として、書を護る騎士となさん」
 ザフィーラの身体が崩れ、リンカーコアが魔導書へと収まる。
「汝ら四人、書を護り、書の主を護り続けし、群雲の騎士とならん」
 呟きながら、それでも彼は心の痛みを押し殺す。


 ……全てが間違いなのではないか、そう思ってしまう自分がいた。
 今作り上げようとしている魔導書は、最初に作ろうとした物から変わろうとしている。
 己のように病弱な者、世界から疎んじられる者、絶望を抱く者の元へ赴き、今まで赴いた世界の逸話や魔法の話を伝えることで、優しさを、笑顔を、温もりを、思い出して欲しい。
 その目的を持って作り始めたのが、此の魔導書だった。
 哀しい世界で、辛い世界で、それでも明日を夢見る事を諦めないでいて欲しかった。
 だからこそ、世界をわたる力を与え、だからこそ、壊れる事なき力を与えた。
 だが、ナハトヒンメルを喪ったあの日から、その思いが少しずれている様に思えるのも事実。
 きっと、彼女達が元の記憶と意識を持ち続けていたならば、きっと自分の事を恨むだろうなと、そんな事を思いながら、それでももう止まる事は出来なかった。
 いつか、優しい主と出会い、少しでも彼女達の心が慰められる事を願って、最後の一つへと視線を向けた。
「……我が愛しき人ナハトヒンメル。汝の名を付けしこの書を管理し、群雲の騎士と共に時を刻まん」
 その長い銀髪は夜の月のようで、深紅の瞳は夕焼けの空のようで、常に名前に相応しい姿だと思っていた。
 常に引きこもりがちだった自分を、外の世界へ連れ出してくれたのは彼女だった。
 心と体を結び、きっと穏やかで平和な日々を過ごすのだと、そう信じていた。
 ふわりと散った彼女の身体から、リンカーコアが浮き上がる。
 ゆっくりとその魔導書と重なり合い、消失する。
「…………此処に、一冊の魔導書の誕生を頌えん。
世界をわたり、想いを贈り、いつか優しさを招く書として、その名を我は褒め称えん。
暗い夜の世界にあって、それでもなお笑顔と温もりを招くもの、夜天の魔導書とその名を讃えん」
 頬が濡れている事は自覚していた。
 愛した彼女に、友誼ある彼女達に、辛い運命を与えたのかも知れない。
 それでも、存在(いき)ていて欲しかった。
 それでも、消えないでいて欲しかった。
 ゆらりと、夜天の魔導書が浮かび上がる。
 其処にはまだ意志は感じられず、それでも彼は自らのすべき事を心得ていた。
「……夜天の魔導書、その始まりに」
 手の中にあった短刀を自分の胸元に押し当てる。
「……我が命を糧となさん。……遠き果てにある祝福のために」
 まだ意志なき夜天の書に、最初に与える魔導は自分自身と決めていた。
 ただ、生きたまま魔導を渡す術は、自分自身には効果がない。
 だから、死を選んだ。
「……さよなら、愛しき人よ。数多の人へ幸せを……」
 ぞぶりと、心臓に刃を突き立てた。




 それは、一人の青年の願いから始まった。
 始まりはすべて良心から。
 だが経過は悲惨を呼び、最後には彼女も死を選ぶ。
 それは彼の望まぬ事。彼の願わぬ事。
 …………それでも、彼女は救われた。
 一人の青年の、良心の願いから始まる物語。
 その終わりは、哀しくも正しきものだった。

著者:暗愚丸

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