700 名前:野狗 ◆gaqfQ/QUaU [sage] 投稿日:2008/06/18(水) 01:11:23 ID:9eN9BtVP
701 名前:野狗 ◆gaqfQ/QUaU [sage] 投稿日:2008/06/18(水) 01:12:17 ID:9eN9BtVP
702 名前:野狗 ◆gaqfQ/QUaU [sage] 投稿日:2008/06/18(水) 01:13:16 ID:9eN9BtVP


 お腹が痛い。
 なんだろう、この痛み。始めての痛み。
 ……痛い。
 ウェンディはお腹を押さえてしゃがみ込んでしまった。
 痛いよ。痛いよ。
 痛いよ。




 老朽化して、取り壊しの決定したステーションビルに爆発が起こり、一部が崩落。
 知らせを受けた特別救助隊はすぐに現場へと向かった。


 災害救助は始めてではない。自分の能力から選んだ道だ。
 自動的にスバルの指揮下に入ったのも仕方がないとはわかっている。戦闘機人である自分たちをあっさりと受け入れる部隊が他になかったのだろう。
 いつも通り、と自分に言い聞かせて、ウェンディはライディングボードを操る。
 背後にはスバルのウィングロードの気配。

「ウェンディ、そのまま真っ直ぐ行って。セインは地下を。あたしは右へ行くから」
「了解ッス」

 いつもの手順通り、三つに別れて生存者の確認。
 
「“レスキュー02。マーク65に反応。確認してください”」
「“こちら02。指示を確認。マーク65に向かうッス”」

 ゆっくりとボードを降ろすと、確かに人影が見える。ガレキに埋まっているように見えるが、なんとか挟まれずにいるようだ。
 ただ、動くに動けない状況なのだろう。

「“こちら02。生存者一名を目視。救助に向かいます”」
「“こちら01。フォローは必要?”」
「“今のところ大丈夫ッス。必要なら申請します”」

 ウェンディはボードから降りて要救助者に向かう。
 声を掛けると反応はある。やはり、回りの状況から逃げられなくなった一人なのだろう。
 これだけの崩落事故である。動けなくなるのは仕方がない。なにしろ、安全地帯が全く不明なのだ。どこを歩いても、床が崩れそうに思える。
 声の方向へ行きかけ、ウェンディは一瞬歩みを止めた。
 二人いる。
 要救助者は二人。しかも、一人は重傷を負っているらしい。この距離からでも血が見えている。
 そして、もう一人はまだ幼い子供、というより赤ん坊だ。
 ウェンディはすぐにスバルに報告し、セインを呼び出した。セインなら、床崩れを全く気にせずに近づくことができる。
 ところが、セインは既に救助を始めていた。逃げ遅れた人間がいるのはここだけではないのだ。


「やったね、ウェンディ」
「よくやったね」

 なんだろう。スバルやセインに褒められてもあまりうれしくない。
 というより、気になっていることがある。
 救助したときの光景が、未だに忘れられないのだ。


 落ちてきた天井に足を挟まれ、それでも何とか赤ん坊は守りきったのだろう。子供は無傷に見える。
 駆け寄ったウェンディは辺りに目を配る。戦闘機人の力なら足の上の瓦礫は撤去できるだろう。
しかし、それによって別の瓦礫が倒れてこないとは限らない。そうなってしまえば救出どころか自身も巻き込まれかねない。

「この子を…」
「安心するッス。だけど、貴方も一緒に逃げないと」

 赤ん坊を躊躇泣く受け止め、それでもウェンディはその場から動かない。
 そして気付いた。
 要救助者は結局三名だ。一人は、母親の腹の中にいる。

「この子だけでも…」
「う、動かないで! 大丈夫ッスよ、絶対助けるッス! “こちら02。03、至急応援を求む。要救助者は妊婦”」
「お願い。わたしはどうでも、お腹の子だけでも」

 それは無理だ。妊婦を無視してお腹の中の子だけ救出など。
 だけど、無理だとは言えなかった。いや言わせてもらえなかった。
重傷の彼女からは、ウェンディに有無を言わせないだけの気迫が漂っていた。
 だから、ただウェンディはこう言った。全員を救ってみせると。
 お腹の中の子と一緒に助けると。
 そう言い聞かせながら、ウェンディの中の冷静な部分が考えていた。
 これが、母親というものなのか。女性でも妻でもない、「母親」と呼ばれるものなのか。
 自分には全くわからないモノだ。これまでも、そしてきっとこれからも。

 同じ戦闘機人とは言っても、ギンガやスバルとはまた違う。自分たちは完璧に戦闘用なのだ。
だから、ナンバーズには出産はできない。愛し合う相手がいたとしても、決して子供は産まれないのだ。

 結局、セインが間に合い、救助は滞りなく進んだ。妊婦自身も赤ん坊も無事だという報告を受けた。
 ウェンディはホッとしていた。要救助者の無事を聞けたときは、自分も捨てたものではないと思うことができるから。


 助けた妊婦から、入院先に面会に来てくれないだろうかと言われたとき、ウェンディは首を傾げた。
 きちんとお礼が言いたい、と言われても…
 どうして自分なのか。助けたのはセインである。自分はただ、セインが来るまでの時間を稼いでいただけだ。
 それでも、ウェンディをご指名なのだとスバルが機嫌良く言う。
 傍についていてあげたのだから、充分にえらいことだとスバルは言い、セインも納得している。
 スバルもセインも着いてこないと知ったウェンディは猛抗議したが、緊急出動もある部署なのに、
そんなに大人数を割けない、と言われてしまうと何も言えない。

 訪れた病室には、当たり前だが助けた妊婦がいた。一緒にいるのは夫だろうか。
 ウェンディのおかげで二人目の子供が無事生まれそうだという。
 それは良かった、と定型の返事を返しても、ウェンディには何となく実感がない。子供が生まれるということがよくわからないのだ。
 ただ、出産という行為に関しては凄いとは思っている。視線が自然と、膨らんだお腹に向けられていた。
 すると、妊婦がウェンディの手を取った。
 え? と訝しい顔になるウェンディ。その手は、妊婦の腹へと持って行かれる。
 不思議な手触りだった。服の上からでも何か人間の皮膚ではないものに触れているような気がする。
 そして言われるまま、ウェンディは耳を膨らんだお腹に当てる。
 赤ん坊が動いているのがわかった。
 
 ここに、一つの生命がある。
 人間の女性がそこに宿すことのできる命がある。
 人に作られし命。それは、自分たちとは違うニュアンスだ。
 自然に育まれるべき命。恵みを受けた命。望まれた命。祝福される命。
 鈍痛が自分の腹部に広がったような気がした。
 痛みを隠して、ウェンディは微笑む。産まれてくる子供に祝福の言葉を残し、恩人への言葉を受け取って。

 痛みが大きくならず、ただし消えもしない。いつまでも腹の中に鈍痛が残っていた。

 痛い。お腹が痛い。
 この痛みは……
 ああ。そうだ。ここにもいたんだ。命が。自然でなくても、恵みを受けなくても、そこに命がいた。
 子供を作れぬ戦闘機人の腹の中に、子供は確かにいたのだ。
 ドクターのクローンが。
 この痛みは生まれなかったクローンの痛み? 命を奪われたクローンの痛み?
 だとすれば、この痛みを受け入れよう。
 自分は気付いてしまったのだから。命を奪ったことに。

「……ごめん」

 お腹が痛い。だけど、自分は生きている。命を長らえている。
 
 自分たちは子供を産めない。今となってはその真似事もできないのだろう。
クローンを腹に仕込むなど、まともな人間のやることではないのだから。
 もう二度と……

 いつの間にか、腹の痛みは消えていた。

 その代わりに、ウェンディは泣いている。
 失ってしまったもの……あらかじめ失われていたものの大きさに気付いたから。


著者:野狗 ◆gaqfQ/QUaU

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