447 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:39:57 ID:eKDoWdIY [2/20]
448 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:40:35 ID:eKDoWdIY [3/20]
449 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:41:06 ID:eKDoWdIY [4/20]
450 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:41:49 ID:eKDoWdIY [5/20]
451 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:42:19 ID:eKDoWdIY [6/20]
452 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:43:08 ID:eKDoWdIY [7/20]
453 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:43:42 ID:eKDoWdIY [8/20]
454 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:44:14 ID:eKDoWdIY [9/20]
455 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:44:50 ID:eKDoWdIY [10/20]
456 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:45:30 ID:eKDoWdIY [11/20]
457 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:46:13 ID:eKDoWdIY [12/20]
458 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:46:53 ID:eKDoWdIY [13/20]
459 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:47:24 ID:eKDoWdIY [14/20]
460 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:48:33 ID:eKDoWdIY [15/20]
461 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:49:20 ID:eKDoWdIY [16/20]
462 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:50:09 ID:eKDoWdIY [17/20]
463 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:50:49 ID:eKDoWdIY [18/20]
464 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/10/08(土) 22:51:23 ID:eKDoWdIY [19/20]

 ――眠い
 ――ただひたすらに眠い
 今日はまともに眠れるのだろうか。
 殴られて意識を失うか、犯され続けて意識を失うか、それとも薬を飲まされるか。
 どれも嫌だ。
 だから、薄汚れ擦り切れた毛布を抱きしめ、暗がりへと移動する。
 誰にも見つからないように。誰も刺激しないように。注意を向けられないように。

「ちょっと待て」

 肩を掴まれた。
 これで今夜の安眠はなくなった、と落胆しながら振り向く。
 あとはただ、殴られる数を一発でも減らすだけ、身体を貪りにくる男を一人でも減らすだけ。

「何こそこそしてる……ああ? お前、女か」

 まともな睡眠を取ったのはいつのことだったろうか。

「アタシにだって名前くらいは……」

「知るか」

 衝撃は、いきなり顔面に来た。拳を振るった男の得意そうな顔。自分より弱いモノをいたぶって愉しむ男特有の目。
 足下の覚束ないアタシを背後から抱きすくめる別の男。

「おい、殴られて気絶するのと、突っ込まれて気絶するのとどっちがいいよ?」

「なにそれ」

 アタシはまだ口がきける。好きなことが言える。

「殴られて気絶したことはあるけれど、突っ込まれて気絶した事なんてないね。あれは退屈で寝ちまうだけさ」

「そうかい」

 二度目の衝撃は腹に。
 アタシは吐き気を堪える。タダでさえ少ないメシを吐き捨てる真似なんて出来るわけがない。

「だったら、どっちがましか、比べてみようじゃねえか」

 いつの間にか壁が見えなくなっている。
 アタシの周囲には男達。肉の壁で囲まれている。見えるのは男達の汚れた身体。饐えた匂いに囲まれたアタシ。
 床に押し付けられ、殴られる。殴られるのは上半身だけ。下半身は男連中の慰み者。無理矢理に開かれ、貫かれる。

「どっちだ? どっちなんだ?」

 アタシは答えない。
 何も言わず、心を殺す。
 痛みなんてない。屈辱なんてない。
 アタシには、何もない。
 ただの、出来損ない。

 やがて、意識は飛んだ。

 次に気付いたときには、男達の姿はなかった。
 いつの間にか気絶していたらしい。

「起きろ。お呼びだ」

 食事もしていない。なにより、起き抜けだ。最悪のコンディションだ。

「知るか。起床の時間もメシの時間も決まってんだ。守れなかったてめえが悪い」

 違う、守らせなかったんだ。
 まともに寝かせないが、起きる時間は変わらない。まともに食わせないが、与えられる労役は変わらない。それがこの世界。
 文句を言ったところでアタシの待遇は変わらない。
 アタシは、男達の前に立たされる。
 タコ部屋にいた男達とは違う、白衣を着てニヤけた男達。
 ああ、そうか。今日はこいつらのボーナス日か。
 こいつらにも、犯されるんだ……
 こいつらは殴らない。そのかわり、おかしな道具でアタシを傷つける。削ったり、摘んだり、刺したり。
 どうでもいいや。
 今日は、まともにご飯が食べられるのかな。ちゃんと眠れるのかな。

 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……


 スバルは、映話の向こうの顔見知りに尋ねた。

「暗殺者、ですか?」

「物的証拠はないんやけど、まず間違いないやろね」

 映話の向こうではやてが言うと、送られてきたデータが別の画面に映し出される。

「被害者が皆同じ症状……」

「そや。送ったデータを見た方が早いと思うけれど、全員、身体には傷一つ無いんや」

 精神破壊のレアスキルである。被害者は悉く、廃人と化して入院している。回復の見込みはない。

「これまでの傾向からして、元六課も充分対象になってると考えられるらしいんや」

「それじゃあ、あた……私も?」

「可能性はある」

 そこで、とはやては続けた。

「可能性のある者に関して、通達が出てる。勤務中は二人組が基本。非番の時でも出来るだけ複数でいるようにと」

「それじゃあ、あたしも……」

「スバルは、実家に戻った方がええんとちゃうかな」

 なるほど、とスバルは納得する。
 実家ならばギン姉、チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディがいる。暗殺者どころか、ちょっとした部隊相手なら軽く勝てるメンバーだ。
 勿論、スバルに否はない。数時間後、スバルは小さな手荷物一つで実家に戻っていた。

「ただいま」

「おう、話は八神の嬢ちゃんから聞いた。ま、休暇だと思ってゆっくりしろ」

「部屋はそのままよ」

「随分久しぶりだな、仕事が忙しいのか?」

「なんだ、帰ってきたのか。ティアナの所にでも転がり込んでると思ったのに」

「早く上がって、お茶でも煎れるよ」

「スバル、ライディングボード、今度こそ使ってみるッスか?」

 次から次に顔を出す、今や近所でも名物となったナカジマ家六姉妹。

「んー、ノーヴェが冷たいよ」

 不満げなスバルに笑うゲンヤ。

「あいつはあんなもんだろ、とにかく早くあがれ。すぐにメシだ。それから、ノーヴェの奴が徳用アイスたっぷり買ってきてたぞ」

「え、本当!?」

「あー、あいつに直接礼言わずに、うまいことやれよ。あいつが照れると結構厄介だ」

「うんっ!」

 そして、当然のようにスバルは大量の食事を摂るわけで、

「……やっぱり、まだそこからデザートが入るんスね」

「もぉウェンディ、あたしの食べる量知ってる癖に」

「頭で理解してても、目で見るたびに驚くよね。ギンガ姉さんもそうだけど」

「だよな、絶対こいつらのISは『大食い』だ。振動破砕はアレだ、魔力かなんかだ」

 ノーヴェがひきつった笑みでディエチに頷く。

 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……


「うあああああああっ!!!」

 潰された視界に向けて、闇雲に拳を振るう。
 鈍い感触が二つ。
 ラッキーヒットに続けて、身体ごと回転して向き直る。そこには、仰け反る男がいた。
 運動量を保ったまま、足の骨を折りに行く角度のローキック。
 確実に折った感触。
 男は悲鳴を上げ、崩れ落ちる。
 倒れたところへ真上からのパンチ。さらに馬乗りになり、顔面へ拳を振るう。
 顔面を防ごうとして無防備になった喉へ一撃。
 嫌な音がして、男は赤い泡を吹いた。
 普段の半分ほどしかない視野の向こうで、男は微動だにせずに目を見開き、舌を出していた。

 周囲の怒声と歓声が半々に聞こえる。
 この狭いタコ部屋の中、喧嘩沙汰にという範疇を超えた殺し合いは日常茶飯事。
 アタシ達が殺し合っても誰も止めない。
 それは、データになるからだ。
 男達は殺し合いに興奮し、叫んでいる。
 馬鹿だ。いや、それはアタシも同じ。
 皆等しく、愚かなのだ。

「いいねいいね、愉しもうぜ」

 男の手が私に触れようとする。
 それはアタシを殺そうとする暴力ではない。アタシをモノにしようとする別の意味の暴力だ。
 アタシは聞こえないふりをして立ち上がる。
 こんな、殴られて顔の半分を膨らませた女でも犯したいのか、連中は。
 ああ、そうか。連中は生身の女なんて見たことないんだ。連中だってアタシと同じ、この世界の外はほとんど知らないんだから。

「貴方は、知ってる?」

 赤い泡を吹く男は何も答えない。
 アタシはとりあえず男の喉をもう一度殴りつけた。
 骨の折れる、愉快な音がした。
 怒号が聞こえる。
 首の骨が折れた男は叫ばない。
 アタシに向かって駆けてくるのは、武装した管理局員たち。
 あれ?
 ここって管理局の施設じゃなかったの?
 だって、アタシを作ったのは……
 ああ、そっか。これは……

 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……


 夜更けに目が覚めて、喉の渇きを覚えたスバルは台所にいた。
 目が覚めた理由は夢だ。
 嫌な夢だ。とスバルは思う。
 無抵抗の相手を殴りつけた感触が拳に残っているようで、スバルは洗面所で手を洗う。
 管理局の裏は知っている。詳しいという意味ではない。存在することを自分は知っている。
 そもそも、それがなければ自分は生まれていない。
 戦闘機人スバルと戦闘機人ギンガの生まれには、当時の管理局の裏が関わっている。
 母に救われていなければ、自分はあんな生活を送っていたのかも知れない。
 それとも、完成した戦闘機人として使われていたのだろうか。
 考えているうちに、冷蔵庫から取りだした牛乳の冷たさが喉を通っていく。
 時計を見ると、二度寝には中途半端な、起きているには長すぎる時間帯だ。

「どうした?」

 振り向くと、隻眼の姉がいる。

「珍しいこともあるもんだな、スバルがこんな時間に」

「夢を、見たんだ」

 自分でも冥いと思える口調だった。

「あたしが、戦闘機人の失敗作として飼い殺されている夢」

 チンクは何も言わず、スバルに続きを促すようにキッチンの椅子に座る。

「多分、母さんに助けられなかったら、本当にそうなっていた……そんな風に思える夢だった」

 失敗作同士で殺し合い、技術者達の気まぐれでいたぶられる。そんな日々。それが、夢の中の日々。
 リアリティという言葉を躊躇うほどに圧倒的な現実感。夢から覚めた瞬間こそが、新たな夢への誘いだと錯覚してしまうような感覚。

「もしかしたら、今が夢なのかも知れない。あたしは、どこかで飼われている戦闘機人なのかも知れない」

 チンクが小さく笑った。

「ふむ。それは困る」

「え?」

「スバルが六課にいなければ、私たちが勝っていたかも知れない」

「それって、やっぱり困る?」

「そうなると、ディエチが彼氏に出会えなかったことになるからな」

「え。なにそれ、ディエ姉いつの間に」

「人のことは言えんが、うかうかしていると追い越されるぞ」

「チンク姉、それもうちょっと詳しく」

「名前は確か、ヨーク・ホワイトとか言ってたな。まあ、慌てるな。例のごたごたが片づき次第、セインが調べてくれるそうだ」

「そっかあ、セインなら……」

「潜入にはうってつけだからな」

 だから今日の所は寝ろ、とチンクは続ける。
 続けるというか、実際の所は会話が繋がっていない。
 ぷっとスバルは小さく吹き出した。

「無理矢理過ぎるよ、チンク姉」

「無理矢理にでも寝かしつけたい顔をしているからだ」

「……そんなに、ひどいかな?」

「かなり、な」

「わかった。部屋に戻るよ」

「なあ、スバル」

「ん?」

「おまえと姉上は、私たちのある意味憧れなんだ。私たち戦闘機人も、そんな風に家族を持って生きられるって事の」

 静かに、スバルは立ち止まる。

「ありがとう。おやすみ、チンク姉」

「おやすみ、スバル」


 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……

 身体が動かない。
 アタシにあるのは、ただの痛み。
 途切れ途切れに聞こえてくる言葉。

「……どう……様子……」

「……間違いな……例の……機人……」

「スカリ……じゃな……か」

 アタシは管理局に保護されたんじゃなかったのか。
 そうだ。最初はそう思った。
 アタシを連れ出した局員もそう答えていた。

「……真似……技術……無茶も良……二年……命……」

「……限定……一ヶ月……充分……進歩……」

 違った。
 別の場所へ移されただけだった。
 局外の違法施設から局内の違法施設へ。
 ただの引っ越しだ。
 何処にあっても、何と呼ばれようとも、地獄は地獄。何も変わらない。

「……エッティ……寿命知らず……普通……生きて……」

「……技術格差……レベル……」

「……訳あり……まともな死に方……奴だろ……」

 痛みは少しずつ増していく。
 なんだろう、これは。
 身体は動かない。拘束されている気配はない。
 生命維持に必要でない可動部を全て停止させられている。だから動けないのだ。
 視覚も奪われ、喉も封じられ声も上げられず、残っているのは聴覚のみ。
 その中で、痛みだけが、増していく。 

「苦痛軽減処置……」

「与えてい……レベル8……脳で……ベル6……低減率25パー……」

「……あと二つあげ……」

 動かない身体、叫びすら上げられない。
 さらに増していく痛み。
 叫べるものなら叫んでいただろう。
 それは四肢を全て切断されミキサーで掻き回されるような痛み。
 だが、そこに他の感覚は一切ない。単純な痛み。
 痛覚だけを執拗に刺激する、いっそ美しいほどに純粋なそれは渦を巻くようにアタシを貫き、五体をバラバラに引きちぎる。
 それでも痛みは確実に中心から外れない。いつまでも打ち込まれ、アタシの中に孔を穿つ。
 声のない叫びをあげ、動かない四肢を振り回す。消えない痛みがアタシの全身を包み込む。一体化する。痛みとアタシが一つになる。
 壊れる。
 死ぬとは思わず、壊れると思った。
 壊れれば、救われると思った。
 この痛みから逃れるのならば、死すら安息だと思った。甘いと知っていても、それを信じなければ壊れると思った。

 唐突に消える痛み。
 クリアになる聴覚。
 声が聞こえる。
 最初の二人にくわえて第三の声も。

「関係者以外立ち入り禁止だったのかい? すまねえな、外道鬼畜のルールには疎くてよ」

「は? お前、なんだ?」

「さぁ?」

 争う音がした。
 アタシにはわかる。
 殴打で骨を砕いた音。蹴撃で骨を砕いた音。

「急げ。長居はできねえ」

「わかってるって」

 第四の声は女性のようだった。
 第三の声の主が、アタシを担ぎ上げたようだった。

「待ってろ、すぐに医者に連れて行ってやるからな」

 ……ありがとう

 ……父さん

 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……

 寝過ごして部屋から出てきたスバルが、食後の茶を飲んでいるゲンヤをじっと見ている。

「なんでぇ、スバル。俺の顔になんか付いてるか?」

「ん……」

 ディエチがスバルの前にコーヒーを置いた。

「はい、スバル。目が覚めるよ」

「ありがと、ディエ姉」

 コーヒーを手に取り、しばし悩むように黒い水面を見つめる。
 そして一口。

「父さん」

「ん?」

「私を救い出してくれたのは母さんだけじゃなかったの?」

「何の話だ?」

「夢を見たんだ。とても痛くて、苦しくて……だけど、父さんと母さんが助けてくれた」

 戦闘機人としてのスバルを施設から救い出したのはクイントだ。
 そして、少なくともその時のスバルは肉体的な虐待は受けていない。

「おいおい、スバル。母さんがお前らを救ったときのことは前に話しただろう? それに、お前らだって少しは覚えているって……」

「うん。そうなんだけど……」

「夢とごっちゃになったのか」

「夢……なのかな……」

「お前達を助けたのは母さんだ。もしかすると、母さんの同僚はいたかも知れない。だが、それは俺じゃない」

 茶飲みを持ち上げてお代わりを催促しようとするゲンヤは、ディエチの姿が消えていることに気付く。
 どうやら、気を遣って席を外したらしい。
 ゲンヤにしてみれば、ディエチ達に隠すような話だとは思っていないのだが。

「俺は救ってねえよ」

 そうだ。ゲンヤが戦闘機人に関わり始めたのは、クイントがスバルとギンガを連れてきてからのこと。それまでは、存在すら眉唾物だと思っていた。
 だから、戦闘機人に関わっていないと言えばウソになる。確かに、違法組織に囚われていた戦闘機人を救ったこともある。
 いや、厳密には救っていない。ゲンヤ達が押し入った頃には既に死んでいた者、あるいは侵入と同時に始末された者がほとんどなのだ。
 残りの者も、不完全な処置故にか、あっさりと死んでしまった。
 スバルとギンガ自体が、例外中の例外なのだ。
 その二人とて、完全な処置は受けられずに何度も技術部の厄介になっている。

「救えなかったんだ」

 気付かなかった闇の存在。その先に救える命があると知った。だから、手を伸ばそうとした。
 手は届いた。しかし届いた先にあったのは、幾多の屍。救えるはずもなかった、幾多の命。あらかじめ失われていた、幾多の無垢。
 責などない。救おうとした心に、責などあろうはずがない。

 そう思い切ることが出来れば、どれほど楽だったろう。
 そう思い切ることが出来る人間であれば、闇に手を伸ばさなかっただろう。

「違う」

「スバル?」

「父さんに救われた。あたしは、父さんに救われたんだよ!」

「スバル、おい、落ち着け」

「救われたんだって、あたしは。痛かったから、とても、痛かったから!」

「スバルッ!」

 チンクとディエチが駆けつける。
 それでも、スバルは叫んでいた。
 その目は、既にゲンヤを見ていない。

「助けてくれた! 助けてくれたんだよ!」


 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……

 アタシは生きている?
 どうして?
 でも、身体が動かない。
 違う。
 身体がない。
 ここはどこ?
 アタシは……
 アタシは……

 ……ねえ。

 ……スバルって誰?

 スバル……
 スバル・ナカジマ……
 誰?
 誰なの?
 アタシは、違うよ?
 アタシは……
 アタシは……
 ……
 どうしよう。
 アタシ、名前なんてない……
 どうしよう。
 考えろ。
 考えろ、アタシ……


 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……

 スバルの前には、白い壁。
 いや、白い天井。

(……あたし、寝てるんだ……)

 ゆっくりと身を起こすと、見覚えのある部屋だった。
 小さな頃、何度も調子の悪くなっていた自分たちが連れて行かれた部屋。
 戦闘機人としての自分を調整していた部屋だ。

「あたし……壊れてるのかな」

 声に出すとより虚ろに、現実を寒々しく感じる。

「起きたのね」

 モニターしていたのか、ギンガとノーヴェが部屋に入ってくる。

「調子はどうだ」

「うん。気持ちが悪いとかはないよ」

「そっか」

 スバルは二人を見た。
 自分と同じタイプの二人、というより、近接で自分を取り押さえることの出来る二人、と考えるべきか。
 チンクとは体格差があるうえに、チンクのISで非殺傷は難しい。ウェンディとディエチは近接向きではない。
 スバルの中の冷静な部分が、その処置も仕方がないと捉えている。
 タイプゼロ・セカンドを無傷で取り押さえるつもりなら、ナンバーズ・ノーヴェとタイプゼロ・ファーストは妥当な選択だろう。

「何があったか、覚えてるか?」

「あたしが取り乱した?」

「その理由は?」

「多分、記憶の混濁。どこから来たのかはわからないけれど、別の記憶と現状を混同したあたしがいた」

「そこまでわかってんなら、話は早い」

 ノーヴェが一枚のデイスクを取りだした。

「チンク姉が八神はやてに頼み込んで、ドクターの所に行ってきた」

「さすがに直接は会えなかったようだけど、フェイトさんが間に立ってくれたらしいわ」

「え、どうして……」

「今、戦闘機人に一番詳しいのはドクターだからな」

「……スカリエッティは私の中身を知っているから」

 その言葉に悲しげな目を向けるスバルに、ギンガは微笑んだ。

「私とスバルは同型だから、それなりのことはわかるはずだと思ってね」

「それじゃあ……」

 ノーヴェが頷く。

「よく聞け、スバル。お前達タイプゼロは、私たちナンバーズと大きな違いが一つあるらしい」

 それは補助脳の存在。
 ドクターがギンガの身体を調べたときに、明らかに後付と思われる補助脳を発見していたのだ。
 ドクターはその補助脳を外したため、今のギンガに補助脳はない。そして、必要もなくなるようにドクターによって再調整されている。
 だが、囚われなかったスバルは無論その調整を受けていない。
 もし、ギンガと同じならば、今のスバルには補助脳が存在しているはずなのだ。

「サイズ的にはかなり小さいし、戦闘機人として改造される際に脳の一部を切除されているはずだから、外見からそれとわかることはないらしい」

 そして、その補助脳は元から準備されたモノではない。

「少なくとも、私の中にあった補助脳は、別人の脳が使われていた、ということよ」

「別人って……」

「おそらく、私たちタイプゼロのさらにプロトタイプ、言い換えるなら未完成、あるいは不完全なためジャンクとされた戦闘機人」

 がくん、とスバルの肩が下がった。
 半分起きあがっていた身体が再びベットに沈み込む。

「そんな……」

 思い当たる節、どころではない。
 時折混ざる記憶は、確かにそのジャンク戦闘機人のモノだ。

「ドクターにスバルのデータを送った。とりあえずは、様子を見て、さらなる混濁が起こるようなら対処するべきだと言っている」

 先送りにしているわけでも、誤魔化しているわけでもない。
 さらに、スバルに対する処置を服役中のスカリエッティにさせるわけに行かないというのならば、元六課のエース達が黙ってはいない。
 必要とあれば、どんな許可でも取ろうとするだろう。
 だが、問題はそこではない。
 当時のギンガと今のスバルには大きな違いがある。ISの有無だ。
 IS完全発現後の戦闘機人の脳を弄ることは困難である。それがスカリエッティの答えだった。
 不可能ではない、だから、一か八かの勝負なら賭けてみることも出来る。しかし、悪化しない状態ならば危険を冒す意味はない。
 それが、技術者としての、ナンバーズが姉妹と認めたスバルへのスカリエッティの判断だった。

「もし、そんなことになったら、どんなことをしてでもドクターを連れてくるか、お前をドクターの所に連れて行くからな」

 止める奴がいれば、ナンバーズ総出でぶっ飛ばしてやる。と気炎を上げるノーヴェ。

「とにかく、無理ははせずにね。何かあったらどんな些細なことでも良いから言ってね」

「うん」

 それじゃあ、と一旦病室を出ようとする二人。
 入れ違いに、白衣を着た技術者が姿を見せる。

 簡単なチェックを行いたい。
 そう言いかけた技術者へ手を伸ばすノーヴェ。

「そんな殺気びんびんの技術者がいるかよっ!」

 次の瞬間、ノーヴェの手元には白衣だけが残る。
 咄嗟に地を蹴るギンガの前に弾ける閃光。
 暗殺者は手を伸ばしデバイスを起動する。
 レアスキル精神破壊の発動を極限まで早める、ただそれだけのためにチューンアップされたデバイスである。
 三人の対応よりも早く、レアスキルが発動する。

「精神破壊〈ガイストリーフェルン〉」

 スバルの上半身が仰け反る。

「てっめぇええええっ!」

 ノーヴェの拳が暗殺者を捉えた。
 その反動を利用するように、男は窓へ飛ぶ。
 だが、外から窓を貫いた弾丸が男を天井へと叩きつける。
 さらに破れた窓から躍り込むのはウェンディのライディングボードである。

「大丈夫ッスか、みんな!」

「ウェンディ!」

 階下より、イノーメスカノンを構えたままの体勢で叫ぶディエチ。

「スバル! スバル!」

 ギンガが、スバルを抱きかかえていた。

 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……


 ねえ、スバル。スバルってば。

 あれ、……貴女誰?

 アタシは、あたしだよ。

 え?

 貴女はいなくなっちゃうから。

 なに? 何言ってるの?

 ここは、あたしのモノだから。

 待って。わからない、わからないよ。

 わからないほうが、いいと思うよ。オヤスミ、スバル。


 ……
 …………
 ……………………
 …………
 ……

「落ち着いたのか? スバル」

「……あ、父さん」

「医者の話だと、もう大丈夫みてえだが」

「うん。大丈夫だよ。大事を取って、二三日は様子を見るって言われたけれど」

「そうか。まあ、今回はお手柄だったんだ。ゆっくり休め」

「それにしても、ビックリしたよ。てっきり精神破壊されたのかと」

 大量のリンゴを剥いているディエチとチンク。

「ああ、まったくだ」

「ううん。多分、破壊されたと思う」

「おい」

 焦るゲンヤに、スバルは笑う。

「大丈夫。あの子が助けてくれたんだよ」 

「あの子……か」

 スバルの夢の話は既に伝えられている。
 ゲンヤは可能性としてあり得ることを確認していた。自分の助けた子供が、スバルの補助脳とされている可能性を。

「父さんに、助けてくれてありがとうって言ってたよ」

「そうか」

「あの子が、アタシの代わりに壊れたんだ」

 ……さよなら、今までありがとうね。スバル


著者:野狗 ◆NOC.S1z/i2

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