最終更新: nano69_264 2012年05月12日(土) 20:49:39履歴
363 名前:揺籃の刻 [sage] 投稿日:2011/12/27(火) 20:29:42 ID:Ah/ogcJA [2/6]
364 名前:揺籃の刻 [sage] 投稿日:2011/12/27(火) 20:30:37 ID:Ah/ogcJA [3/6]
365 名前:揺籃の刻 [sage] 投稿日:2011/12/27(火) 20:31:26 ID:Ah/ogcJA [4/6]
366 名前:揺籃の刻 [sage] 投稿日:2011/12/27(火) 20:32:24 ID:Ah/ogcJA [5/6]
作り終えた料理をキッチンからリビングへと運び込み、テーブルの上に並べる。
取り立てて凝ったところのない、どこにでもある家庭料理だ。
平日の昼時のためヴィヴィオは不在だが、料理の量や配膳は、明らかに2人分。
管理局教導隊のエース・オブ・エースが貴重な休日を費やして、自宅で食事の準備を共にする相手。
それは―――
「ん、いい感じ。じゃあ盛り付けて、終わったら今度はこっちね」
「あ、はい……こう、ですかね?」
セーターの上に纏うフリルエプロンすら汚すことを避けるように、注意深く皿へと料理が移される。
その臆病さとはうらはらに、調理の手順や器具を扱うに手付きには、まったく危なげは無い。
教える側のなのはよりも、上手いくらいだ。
ただ、味付けや盛り付けといった感性的なものにはいまひとつ自信が持てない様子で、わずかに手が止まる。
そして自ら盛り付けた皿を前に小首を傾げて、不安げにちらりとなのはの評価を仰いだ。
そんな表情も魅力的な、ふくよかでおっとりとした雰囲気の、栗毛の少女。
「そうそう。上手いじゃない、ディエチ」
「……そうですか。ありがとうございます、高町教導官」
「あはは。プライベートなんだから、なのはでいいよ」
「はい。なのは……さん」
ほっとした、そしてはにかんだ表情で調理を再開するのは、元ナンバーズの10番手ディエチ。
現在はゲンヤを保護責任者としてナカジマ家に引き取られ、ディエチ・ナカジマと名乗る身だ。
プライベートでは意外な組み合わせだが、これは以前から2人の間で交わされていた約束である。
更生プログラム中、面会に訪れるなのはと次第に打ち解けて、他愛ない身の上話もするようになった頃。
『もしここから出られる時があれば、手料理を教えてほしい』
と、ディエチはなのはに願い出たのだ。
当初なのはは、この申し出に困惑した。
それなりに料理はこなせるが、さすがに他人に教えられるほどの腕ではないという自覚はある。
加えて、なのはが知るのは管理外世界『地球』の家庭料理であり、ミッドチルダのものとは趣が異なるからだ。
しかし、話すうちにディエチはその違いを理解した上で希望している事が分かり、なのはは申し出を快諾した。
それが今日、なのはとディエチが揃って高町家のキッチンに居る理由だった。
※※※※※※※ ※※※※※※※
「ねえ、ディエチ」
「はい? なんでしょうか、なのはさん」
食事の準備は終わり、ディエチはデザートのキャラメルミルク作りへと取り掛かる。
隣で使い終えた器具を洗うなのはは、隣のディエチへと穏やかな口調で問いかけた。
「私の料理を習いたかった理由。聞いても、いいかな?」
「……」
その一言で、会話が途切れることの無かったキッチンに沈黙が降りる。
ディエチは即答せずに、甘い湯気を上げる鍋をくるくると無言でかき混ぜている。
そんな少女に対して、なのはもあえて返答を促すこともなく、淡々と後片付けを続けた。
重い沈黙―――では、ない。
あたかも長年の知己のように、言葉を用いずに語る『間』だ。
なのはの言葉は、疑問や詰問というよりも、答えを知った上でのあえての確認。
そしてディエチも、なのはのそんな言外の意図を察した上で、無言をもって肯定したのだ。
出会った時間は短いが、互いに本気で砲火を交えた経験からか、今の2人には何かしら通じ合えるものがある。
かつては敵として出会い、今はかけがえのない親友となった、フェイトやヴィータと同じように。
「ヴィヴィオにしたことや、ほかのいろんなこと。いつも負い目に感じてる必要は、ないんだよ?」
「……」
だからなのはには、ディエチの心情が理解できる。
同時にそれは、フェイトやヴォルケンリターたちも抱えている苦悩でもあるからだ。
「……今さら何をしても、償いきれるものではないとは分かっています。
陛下への仕打ちだけではなく……いろいろな人の、いろいろなものを、踏みにじったことに対して」
気遣いを滲ませながらも淡々と語るなのはに、促されるように。
煮詰まらないように鍋をかき回すディエチが、ゆっくりと口を開いた。
創造主であるスカリエッティの下で歪な教育を施されたためだと、理由を付けるのは簡単だ。
しかしそれでも、自分たちが属すべき社会に対して敵対したという罪は消えない。
そしてディエチ自身の、罪の意識も。
「うん。それが分かってても、少しでも償おうとしているんだよね。
特に今日は、ヴィヴィオのためにこんなに張り切ってくれて」
「そう……ですかね。
こうしているのも、ただの欺瞞や、自己満足に過ぎないとも思うんです。
でも、他にどうすればいいのかさえわからなくて……」
なのはには、すべて見透かされている。
最初の言葉と、続く沈黙とでそれを察したディエチはここで開き直り、溜まっていた心のつかえを吐露した。
自分たちの都合で利用したヴィヴィオに、償いたいと思っていること。
けれどもその方法が思いつかずに煩悶していたこと。
ヴィヴィオがなのはの料理が大好きだという話を聞いて、今日の約束を結んでもらったこと。
そうすれば―――ヴィヴィオを少しでも、笑顔にできるかもしれないと考えたこと。
短絡的で都合が良すぎる考えだったと、今更ながらディエチは後悔している。
そんな一方的な押し付けで、ヴィヴィオに笑顔が浮かぶはずがないからだ。
傷つけてしまった相手への償い方が、わからない。
稼動してから10年以上が経過してるが、姉妹の共有データにも自分の経験にも、解が見当たらない。
今まで、ただ人の心を踏みにじって生きてきたいう事実が、ディエチに突きつけられているのだ。
※※※※※※※ ※※※※※※※
「んー、それでもいいんじゃないかな。たとえ動機が不純でも、さ」
「え……!?」
しかし思いもかけないなのはからの肯定の言葉に、ディエチは驚いて顔を上げた。
こちらを向いていたなのはと、目が合う。
見守る眼差しは、強く、そして優しい。
「人を助けることも、失敗を償うことも。
どんな事だって、最初の一歩を踏み出さなきゃ始まらないんだよ。
だから今日のディエチの気持ちは、どんなに遠回りだって、きっとヴィヴィオにも届くと思う」
「……償えるでしょうか。一度、決定的に道を間違ってしまった私に」
「うん、きっと出来る。
失敗を取り返すのは、すごく地道で苦しい道だけどね。
マイナスをゼロに戻すだけだから、達成できても誰にも評価されないし、それに―――」
過去を思い返し、噛み締めるように語る。
同じ悩みを抱えたフェイトや、はやてとその家族たちを、一番近くでずっと見守ってきた、なのはの言葉。
「たとえ元の状況に戻せたとしても、それでもやっぱり『償えた』なんては言えないんだと思う。
大切な時間を失わせたり、消えないような心の痛みを与えてしまった以上はね」
「……はい」
そしておそらくは、自らも取り返しの付かない失敗で、周りの者たちに償いきれない傷跡を残してきた、なのはの言葉。
8年前の撃墜事故以降、なのははヴィータやフェイト、ユーノに余計な気苦労をかけてばかりだ。
そんな詳細は知らないディエチだが、なのはが過去の傷跡を晒して語っていることは敏感に察した。
「どんなに謝っても、謝られても、がんばっても、がんばられても―――やっぱり誰の『今』も変わらないんだ。
世界はこんなはずじゃないことばっかりだって、いつも痛感してる」
「じゃあ……なのはさんたちは、どうしてそんなに強くいられるんですか?
いつも手遅れなのに、変えられないのに、どうして……誰かのために戦えるんですか?」
『聖王のゆりかご』で苛烈に戦ったなのはたちの姿は、打ち倒された側のディエチの目にも焼きついている。
AMF状況下、圧倒的な物量にも屈さず動力部を破壊し、聖王を倒し、クアットロやウーノまで屈服させた者たち。
煩悶する今の自分と比べ、その姿には迷いは感じられなかった。
直接交えた砲火からは、前に進むという想いだけが伝わってきた。
何がその不屈の強さを支えるのか。
己の心の弱さを痛感するディエチは、答えを知りたかった。
目の前にいるなのはのように、なりたかった。
「がんばれば、みんなの『これから』は変えられるからだよ。
ヴィヴィオが、今ここで笑っていられるように、ね」
「みんなの、これからを……変えるため、ですか」
何ら気負うこともなく、即答するなのは。
身近な者たちの、よりよい未来のために戦うという、単純にして明快な信念。
「うん。だから、償いきれなくても、償いはしていこう。
償いながら『これから』を作っていけばいいと思うんだ……ディエチも、ね」
「え……!? 私……が?」
唐突に話が自分自身へと振られ、ディエチは目を丸くした。
更生プログラムを受けながらずっと、いかに償うかを考え、答えが出せずに迷っていた自分。
そんな自分の将来など、今まで考える余裕もなかったのだ。
「そう。ディエチや姉妹たちの、これからのこと。
どんなかたちで償っていくのかじゃなくて―――どんなかたちで、みんなとこの世界で生きていくのかってこと」
「私が……ここで生きていく。みんなと、一緒に……」
「うん。やりたいことや、なりたいもの。
それを選んだうえで、その分野でできる償いを考えていっても、いいんじゃないかな?」
それは、ディエチの心情を慮った詭弁に近いものなのかもしれない。
ディエチの犯した罪も、抱いている罪悪感も、何ら変わることはないからだ。
しかし―――なのはの言葉で、知らない世界で罪を抱いて生きていく不安が、暖かく溶けるのを感じた。
暗澹としていた視野が晴れ、世界が明るく開けていく。
「見つからないなら、一緒に見つけよう。
私だけじゃなくて、フェイトちゃんやはやてちゃんも、それに新しく家族になったスバルやギンガも。
きっとみんな、一緒に探してくれるからさ」
「ありがとう、ござます……」
自然と、涙がこぼれた。
語らなければ、想いは伝わらない。
けれど、語れずにいた自分のことすら想い、見守ってくれていた人がいる。
その事実が、この上なくディエチを力付けた。
※※※※※※※ ※※※※※※※
「ふふっ。じゃあ、ちょっと考えてみようか?
ディエチは、何になりたいの?」
「えぇ!? わ、私、は……」
こぼれた涙をぬぐい、かき混ぜていた鍋の火を止めているディエチに、続けてなのはが声をかける。
唐突に示された、この社会で生きていくという可能性。
まったく考えてもいなかった話を振られてディエチはしどろもどろになるが―――
「あ……」
ただそんな中、ひとつだけ思い浮かんだ『夢』があった。
「か……」
「うん?」
「その……かわいい、お嫁さんに……なりたい、かも……」
羞恥に顔を真っ赤に染め、消え入りそうな声でディエチは答えた。
それを聞いた瞬間―――なのはは、弾けるように笑う。
心から、楽しくて愛しそうに。
「あっははっ。そうだね、『なりたいもの』が仕事じゃなくてもいいよね、女の子なんだし。
うん、ディエチはかわいいから、すぐにでもなれるよっ」
気が付いたらディエチは、なのはの腕の中に抱きしめられていた。
なのはとディエチの身の丈はそれほど変わらないが―――ディエチの反応が相当、なのはの庇護欲を刺激したらしい。
「じゃあ、すぐにでもお嫁さんになれるように、料理もいっぱい覚えていこう。
ヴィヴィオのためだけじゃなくて、将来の旦那さんも、笑顔にしてあげられるようにね」
「はい。……よろしくお願いします、なのはさん」
強引に抱きしめられたディエチだが、決して不快な行為ではなかった。
むしろその暖かさと甘い匂いは、しばらくは逢えないだろう上の姉たちのように、ディエチを安らかな気持ちにさせる。
そんななのはの腕の中で、ディエチは自分の先ほどの心境を振り返った。
『お嫁さんになりたい』
なぜそんなことを言葉に出してしまったのか、自分でもまったくわからない。
自分自身が幸せになるという事さえ、今まで考えもしなかったことなのだ。
ただ―――口に出してしまえば、それが自分の本心であると、驚くほど素直に認めることができた。
数百時間に渡って行われた更生プログラムのカウンセリングでも、ここまで明確に心が晴れたことはなかった。
なのはとの対話で、対面するのも気恥ずかしかった自分のむき出しの心が引き出されたのだろうか。
「あと、今月の25日は空いてる?
ミッドの行事じゃないんだけど、みんなで集まってお昼からパーティーするんだよ。
ディエチも一緒に料理を作って、ヴィヴィオたちに食べてもらおう!」
「……え!? いいん、ですか。そんなに早く……」
「こういうのは、早いほうがいいんだよ。
じゃ、早速今日の料理を食べちゃって、明日に備えようかっ」
先回りされる善意。
ここまで世話を焼かれる経験も今までに無いことだったが―――やはり、不快ではない。
しかし、たいして話もしていないのにどうして、このひとはこんなにも自分の心を汲んでくれるのか、と疑問には思う。
それとも。
ほんの一瞬の邂逅だったが、『聖王のゆりかご』で砲火を交えた瞬間に、やはりいろいろと語り合えたのかもしれない。
少なくともディエチはあのとき、なのはが強く、優しく、くじけないひとである事は理解できたから。
だから―――
「ありがとう……ございます」
今度はしっかりとなのはの背に手を回し、その胸に顔をうずめて、子供のように抱きついた。
そしてもう一度だけ、なのはの腕の中で言葉に出して礼を言う。
言葉に出さずとも伝わる想いだとしても、やはり自分で言葉にして感謝の気持ちは伝えたかった。
生まれてきて良かったと、心から思わせてくれたひとだから。
著者:くしき
364 名前:揺籃の刻 [sage] 投稿日:2011/12/27(火) 20:30:37 ID:Ah/ogcJA [3/6]
365 名前:揺籃の刻 [sage] 投稿日:2011/12/27(火) 20:31:26 ID:Ah/ogcJA [4/6]
366 名前:揺籃の刻 [sage] 投稿日:2011/12/27(火) 20:32:24 ID:Ah/ogcJA [5/6]
作り終えた料理をキッチンからリビングへと運び込み、テーブルの上に並べる。
取り立てて凝ったところのない、どこにでもある家庭料理だ。
平日の昼時のためヴィヴィオは不在だが、料理の量や配膳は、明らかに2人分。
管理局教導隊のエース・オブ・エースが貴重な休日を費やして、自宅で食事の準備を共にする相手。
それは―――
「ん、いい感じ。じゃあ盛り付けて、終わったら今度はこっちね」
「あ、はい……こう、ですかね?」
セーターの上に纏うフリルエプロンすら汚すことを避けるように、注意深く皿へと料理が移される。
その臆病さとはうらはらに、調理の手順や器具を扱うに手付きには、まったく危なげは無い。
教える側のなのはよりも、上手いくらいだ。
ただ、味付けや盛り付けといった感性的なものにはいまひとつ自信が持てない様子で、わずかに手が止まる。
そして自ら盛り付けた皿を前に小首を傾げて、不安げにちらりとなのはの評価を仰いだ。
そんな表情も魅力的な、ふくよかでおっとりとした雰囲気の、栗毛の少女。
「そうそう。上手いじゃない、ディエチ」
「……そうですか。ありがとうございます、高町教導官」
「あはは。プライベートなんだから、なのはでいいよ」
「はい。なのは……さん」
ほっとした、そしてはにかんだ表情で調理を再開するのは、元ナンバーズの10番手ディエチ。
現在はゲンヤを保護責任者としてナカジマ家に引き取られ、ディエチ・ナカジマと名乗る身だ。
プライベートでは意外な組み合わせだが、これは以前から2人の間で交わされていた約束である。
更生プログラム中、面会に訪れるなのはと次第に打ち解けて、他愛ない身の上話もするようになった頃。
『もしここから出られる時があれば、手料理を教えてほしい』
と、ディエチはなのはに願い出たのだ。
当初なのはは、この申し出に困惑した。
それなりに料理はこなせるが、さすがに他人に教えられるほどの腕ではないという自覚はある。
加えて、なのはが知るのは管理外世界『地球』の家庭料理であり、ミッドチルダのものとは趣が異なるからだ。
しかし、話すうちにディエチはその違いを理解した上で希望している事が分かり、なのはは申し出を快諾した。
それが今日、なのはとディエチが揃って高町家のキッチンに居る理由だった。
※※※※※※※ ※※※※※※※
「ねえ、ディエチ」
「はい? なんでしょうか、なのはさん」
食事の準備は終わり、ディエチはデザートのキャラメルミルク作りへと取り掛かる。
隣で使い終えた器具を洗うなのはは、隣のディエチへと穏やかな口調で問いかけた。
「私の料理を習いたかった理由。聞いても、いいかな?」
「……」
その一言で、会話が途切れることの無かったキッチンに沈黙が降りる。
ディエチは即答せずに、甘い湯気を上げる鍋をくるくると無言でかき混ぜている。
そんな少女に対して、なのはもあえて返答を促すこともなく、淡々と後片付けを続けた。
重い沈黙―――では、ない。
あたかも長年の知己のように、言葉を用いずに語る『間』だ。
なのはの言葉は、疑問や詰問というよりも、答えを知った上でのあえての確認。
そしてディエチも、なのはのそんな言外の意図を察した上で、無言をもって肯定したのだ。
出会った時間は短いが、互いに本気で砲火を交えた経験からか、今の2人には何かしら通じ合えるものがある。
かつては敵として出会い、今はかけがえのない親友となった、フェイトやヴィータと同じように。
「ヴィヴィオにしたことや、ほかのいろんなこと。いつも負い目に感じてる必要は、ないんだよ?」
「……」
だからなのはには、ディエチの心情が理解できる。
同時にそれは、フェイトやヴォルケンリターたちも抱えている苦悩でもあるからだ。
「……今さら何をしても、償いきれるものではないとは分かっています。
陛下への仕打ちだけではなく……いろいろな人の、いろいろなものを、踏みにじったことに対して」
気遣いを滲ませながらも淡々と語るなのはに、促されるように。
煮詰まらないように鍋をかき回すディエチが、ゆっくりと口を開いた。
創造主であるスカリエッティの下で歪な教育を施されたためだと、理由を付けるのは簡単だ。
しかしそれでも、自分たちが属すべき社会に対して敵対したという罪は消えない。
そしてディエチ自身の、罪の意識も。
「うん。それが分かってても、少しでも償おうとしているんだよね。
特に今日は、ヴィヴィオのためにこんなに張り切ってくれて」
「そう……ですかね。
こうしているのも、ただの欺瞞や、自己満足に過ぎないとも思うんです。
でも、他にどうすればいいのかさえわからなくて……」
なのはには、すべて見透かされている。
最初の言葉と、続く沈黙とでそれを察したディエチはここで開き直り、溜まっていた心のつかえを吐露した。
自分たちの都合で利用したヴィヴィオに、償いたいと思っていること。
けれどもその方法が思いつかずに煩悶していたこと。
ヴィヴィオがなのはの料理が大好きだという話を聞いて、今日の約束を結んでもらったこと。
そうすれば―――ヴィヴィオを少しでも、笑顔にできるかもしれないと考えたこと。
短絡的で都合が良すぎる考えだったと、今更ながらディエチは後悔している。
そんな一方的な押し付けで、ヴィヴィオに笑顔が浮かぶはずがないからだ。
傷つけてしまった相手への償い方が、わからない。
稼動してから10年以上が経過してるが、姉妹の共有データにも自分の経験にも、解が見当たらない。
今まで、ただ人の心を踏みにじって生きてきたいう事実が、ディエチに突きつけられているのだ。
※※※※※※※ ※※※※※※※
「んー、それでもいいんじゃないかな。たとえ動機が不純でも、さ」
「え……!?」
しかし思いもかけないなのはからの肯定の言葉に、ディエチは驚いて顔を上げた。
こちらを向いていたなのはと、目が合う。
見守る眼差しは、強く、そして優しい。
「人を助けることも、失敗を償うことも。
どんな事だって、最初の一歩を踏み出さなきゃ始まらないんだよ。
だから今日のディエチの気持ちは、どんなに遠回りだって、きっとヴィヴィオにも届くと思う」
「……償えるでしょうか。一度、決定的に道を間違ってしまった私に」
「うん、きっと出来る。
失敗を取り返すのは、すごく地道で苦しい道だけどね。
マイナスをゼロに戻すだけだから、達成できても誰にも評価されないし、それに―――」
過去を思い返し、噛み締めるように語る。
同じ悩みを抱えたフェイトや、はやてとその家族たちを、一番近くでずっと見守ってきた、なのはの言葉。
「たとえ元の状況に戻せたとしても、それでもやっぱり『償えた』なんては言えないんだと思う。
大切な時間を失わせたり、消えないような心の痛みを与えてしまった以上はね」
「……はい」
そしておそらくは、自らも取り返しの付かない失敗で、周りの者たちに償いきれない傷跡を残してきた、なのはの言葉。
8年前の撃墜事故以降、なのははヴィータやフェイト、ユーノに余計な気苦労をかけてばかりだ。
そんな詳細は知らないディエチだが、なのはが過去の傷跡を晒して語っていることは敏感に察した。
「どんなに謝っても、謝られても、がんばっても、がんばられても―――やっぱり誰の『今』も変わらないんだ。
世界はこんなはずじゃないことばっかりだって、いつも痛感してる」
「じゃあ……なのはさんたちは、どうしてそんなに強くいられるんですか?
いつも手遅れなのに、変えられないのに、どうして……誰かのために戦えるんですか?」
『聖王のゆりかご』で苛烈に戦ったなのはたちの姿は、打ち倒された側のディエチの目にも焼きついている。
AMF状況下、圧倒的な物量にも屈さず動力部を破壊し、聖王を倒し、クアットロやウーノまで屈服させた者たち。
煩悶する今の自分と比べ、その姿には迷いは感じられなかった。
直接交えた砲火からは、前に進むという想いだけが伝わってきた。
何がその不屈の強さを支えるのか。
己の心の弱さを痛感するディエチは、答えを知りたかった。
目の前にいるなのはのように、なりたかった。
「がんばれば、みんなの『これから』は変えられるからだよ。
ヴィヴィオが、今ここで笑っていられるように、ね」
「みんなの、これからを……変えるため、ですか」
何ら気負うこともなく、即答するなのは。
身近な者たちの、よりよい未来のために戦うという、単純にして明快な信念。
「うん。だから、償いきれなくても、償いはしていこう。
償いながら『これから』を作っていけばいいと思うんだ……ディエチも、ね」
「え……!? 私……が?」
唐突に話が自分自身へと振られ、ディエチは目を丸くした。
更生プログラムを受けながらずっと、いかに償うかを考え、答えが出せずに迷っていた自分。
そんな自分の将来など、今まで考える余裕もなかったのだ。
「そう。ディエチや姉妹たちの、これからのこと。
どんなかたちで償っていくのかじゃなくて―――どんなかたちで、みんなとこの世界で生きていくのかってこと」
「私が……ここで生きていく。みんなと、一緒に……」
「うん。やりたいことや、なりたいもの。
それを選んだうえで、その分野でできる償いを考えていっても、いいんじゃないかな?」
それは、ディエチの心情を慮った詭弁に近いものなのかもしれない。
ディエチの犯した罪も、抱いている罪悪感も、何ら変わることはないからだ。
しかし―――なのはの言葉で、知らない世界で罪を抱いて生きていく不安が、暖かく溶けるのを感じた。
暗澹としていた視野が晴れ、世界が明るく開けていく。
「見つからないなら、一緒に見つけよう。
私だけじゃなくて、フェイトちゃんやはやてちゃんも、それに新しく家族になったスバルやギンガも。
きっとみんな、一緒に探してくれるからさ」
「ありがとう、ござます……」
自然と、涙がこぼれた。
語らなければ、想いは伝わらない。
けれど、語れずにいた自分のことすら想い、見守ってくれていた人がいる。
その事実が、この上なくディエチを力付けた。
※※※※※※※ ※※※※※※※
「ふふっ。じゃあ、ちょっと考えてみようか?
ディエチは、何になりたいの?」
「えぇ!? わ、私、は……」
こぼれた涙をぬぐい、かき混ぜていた鍋の火を止めているディエチに、続けてなのはが声をかける。
唐突に示された、この社会で生きていくという可能性。
まったく考えてもいなかった話を振られてディエチはしどろもどろになるが―――
「あ……」
ただそんな中、ひとつだけ思い浮かんだ『夢』があった。
「か……」
「うん?」
「その……かわいい、お嫁さんに……なりたい、かも……」
羞恥に顔を真っ赤に染め、消え入りそうな声でディエチは答えた。
それを聞いた瞬間―――なのはは、弾けるように笑う。
心から、楽しくて愛しそうに。
「あっははっ。そうだね、『なりたいもの』が仕事じゃなくてもいいよね、女の子なんだし。
うん、ディエチはかわいいから、すぐにでもなれるよっ」
気が付いたらディエチは、なのはの腕の中に抱きしめられていた。
なのはとディエチの身の丈はそれほど変わらないが―――ディエチの反応が相当、なのはの庇護欲を刺激したらしい。
「じゃあ、すぐにでもお嫁さんになれるように、料理もいっぱい覚えていこう。
ヴィヴィオのためだけじゃなくて、将来の旦那さんも、笑顔にしてあげられるようにね」
「はい。……よろしくお願いします、なのはさん」
強引に抱きしめられたディエチだが、決して不快な行為ではなかった。
むしろその暖かさと甘い匂いは、しばらくは逢えないだろう上の姉たちのように、ディエチを安らかな気持ちにさせる。
そんななのはの腕の中で、ディエチは自分の先ほどの心境を振り返った。
『お嫁さんになりたい』
なぜそんなことを言葉に出してしまったのか、自分でもまったくわからない。
自分自身が幸せになるという事さえ、今まで考えもしなかったことなのだ。
ただ―――口に出してしまえば、それが自分の本心であると、驚くほど素直に認めることができた。
数百時間に渡って行われた更生プログラムのカウンセリングでも、ここまで明確に心が晴れたことはなかった。
なのはとの対話で、対面するのも気恥ずかしかった自分のむき出しの心が引き出されたのだろうか。
「あと、今月の25日は空いてる?
ミッドの行事じゃないんだけど、みんなで集まってお昼からパーティーするんだよ。
ディエチも一緒に料理を作って、ヴィヴィオたちに食べてもらおう!」
「……え!? いいん、ですか。そんなに早く……」
「こういうのは、早いほうがいいんだよ。
じゃ、早速今日の料理を食べちゃって、明日に備えようかっ」
先回りされる善意。
ここまで世話を焼かれる経験も今までに無いことだったが―――やはり、不快ではない。
しかし、たいして話もしていないのにどうして、このひとはこんなにも自分の心を汲んでくれるのか、と疑問には思う。
それとも。
ほんの一瞬の邂逅だったが、『聖王のゆりかご』で砲火を交えた瞬間に、やはりいろいろと語り合えたのかもしれない。
少なくともディエチはあのとき、なのはが強く、優しく、くじけないひとである事は理解できたから。
だから―――
「ありがとう……ございます」
今度はしっかりとなのはの背に手を回し、その胸に顔をうずめて、子供のように抱きついた。
そしてもう一度だけ、なのはの腕の中で言葉に出して礼を言う。
言葉に出さずとも伝わる想いだとしても、やはり自分で言葉にして感謝の気持ちは伝えたかった。
生まれてきて良かったと、心から思わせてくれたひとだから。
著者:くしき
- カテゴリ:
- 漫画/アニメ
- 魔法少女リリカルなのは
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