与謝野晶子の詩に作曲。
弓
佳きかな、美しきかな、
矢を番へて、臂張り、
引き絞りたる弓の形。
射よ、射よ、子等よ、
鳥ならずして、射よ、
唯彼の空を。
的を思ふことなかれ、
子等と弓との共に作る
その形形こそいみじけれ、
唯だ射よ、彼の空を。
初夏
初夏が来た、初夏は
髪をきれいに梳き分けた
十六七の美少年。
さくら色した肉附に、
ようも似合うた詰襟の
みどりの上衣、しろづぼん。
初夏が来た、初夏は
青い焔を沸き立たす
南の海の精であろ。
きやしやな前歯に麦の茎
ちよいと噛み切り吹く笛も
つつみ難ない火の調子。
初夏が来た、初夏は
ほそいづぼんに、赤い靴、
杖を振り振り駆けて来た。
そよろと匂ふ追風に、
枳殻の若芽、けしの花、
青梅の実も身をゆする。
初夏が来た、初夏は
五行ばかりの新しい
恋の小唄をくちずさみ、
女の呼吸のする窓へ、
物を思へど、蒼白い
百合の陰翳をば投げに来た。
太陽出現
薄暗がりの地平に
大火の祭。
空が焦げる、
海が燃える。
珊瑚紅から
黄金の光へ、
眩くも変りゆく
焔の舞。
曙の雲間から
子供らしい円い頬を
真赤に染めて笑ふ
地上の山山。
今、焔は一ひと揺れし、
世界に降らす金粉。
不死鳥の羽羽たきだ。
太陽が現れる。
晩秋
路は一ひとすぢ、並木路、
赤い入日が斜に射し、
点、点、点、点、朱の斑……
桜のもみぢ、柿もみぢ、
点描派の絵が燃える。
路は一ひとすぢ、さんらんと
彩色硝子に照らされた
廊を踏むよな酔ひごこち、
そして心からしみじみと
涙ぐましい気にもなる。
路は一ひとすぢ、ひとり行く
わたしのためにあの空も
心中立に毒を飲み、
臨終のきはにさし伸べる
赤い入日の唇か。
路は一ひとすぢ、この先に
サツフオオの住む家があろ。
其処には雪が降つて居よ。
出て行ことして今一度
泣くサツフオオが目に見える。
路は一ひとすぢ、秋の路、
物の盛りの尽きる路、
おお美しや、急ぐまい、
点、点、点、点、しばらくは
わたしの髪も朱の斑……
二月の街
春よ春、
街に来てゐる春よ春、
横顔さへもなぜ見せぬ。
春よ春、
うす衣すらもはおらずに
二月の肌を惜しむのか。
早く注させ、
あの大川に紫を、
其処の並木にうすべにを。
春よ春、
そなたの肌のぬくもりを
微風として軒に置け。
その手には
屹度、蜜の香、薔薇の夢、
乳のやうなる雨の糸。
想ふさへ
好しや、そなたの贈り物、
そして恋する赤い時。
春よ春、
おお、横顔をちらと見た。
緑の雪が散りかかる。
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