これまでまとまって取り上げられてこなかった唐六典に記された五つの咒禁行法を取り上げた。特に存思や禹歩、手印のような世に知られた技法ではなく、掌訣と營目について『千金翼方』の「禁経」を元に詳しく説明した。
なお、五つの技法だけでは足りなかったので、呪符を含め当時用いられていたと考えられるいくつかの技法を取り上げた。
実は、『千金翼方』の「禁経」には禁に関する別の列挙方法がある。『仙経』と呼ばれる書物から引いたもので、禁を用いるのに六法あるとされている。牙歯禁、營目禁、意想禁、捻目禁、気道禁、存神禁がその六法である。
ただ、
・『千金翼方』では「咒禁」ではなく「禁」であるとされていること。
・『大唐六典』に「咒禁」の五法と明記されていたことと。
・『千金翼方』の「禁経」に関しては既に坂出氏による論が存在すること。
・坂出氏の論の中で掌訣と營目が詳述されていなかったこと。
から、本稿では『大唐六典』の五法に基づいて考察を行った。
なお、この『仙経』は『医心方』でも引かれているものの、『日本国見在書目録』には掲載されていない。『医心方』では房中術が引かれていることから小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』では隋代の房術書医方とされているが、『千金翼方』から見る限り房中術のみの書物とは言えないだろう。
また、浄土教に帰依した曇鸞の焼いた書物が陶弘景から得た『仙経』十巻だという話が伝わっているが、この曇鸞の焼いた『仙経』が『千金翼方』などで引かれる『仙経』かどうかは定かではない。