カルチャーギャップ

大地の竜、バウギア。
かつてオーグリード大陸全域を脅かした、天災にも等しい悪竜である。
その名は悪鬼ゾンガロンと並び、今でもオーガ族にとっての恐怖の象徴として語られている。
黒曜石のように輝く皮膚は鋼よりも固く、吐き出される炎を浴びれば骨すら残らない。
その手に携えた竜玉は、いかなる攻撃をも完全に遮断するという。
炎の民オーガ族は過去幾度にも渡り、この竜によって壊滅的な被害を被ってきた。

そんな邪悪な竜に対し、果敢にも挑んだ男がいた。

名はズーボー。

ガートラント王国の雇われパラディンである。

何度も襲撃を受ける内に、オーガ族は対策を発見した。
生贄さえ捧げれば、バウギアの怒りは静まり、長い眠りにつくと云う。
伝承によれば、バウギアはかつてある集落の娘に恋をしたが、その幸せは長く続かなかったらしい。
女性の生贄のみを求めるのは、今でもその娘を探し求めているからだという。
つまり、定期的に生贄さえ捧げれば、この竜は害をもたらさないのだ。
しかし、誰が好き好んで生贄になどなるだろうか。
そんな者はいるはずがないが、必ず定期的に探し出さねばならない。
オーガ族一同は、長年この問題に頭を悩ませてきた。

所変わって、オーグリード大陸の北に位置するランガーオ村。
そこに村王と呼び慕われる、クリフゲーンというオーガがいる。
遥か遠いガートラント王国にも、人格者として知れ渡っているほどの男だ。
彼は古いオーガの在り方を変えようとし、強さのみを追い求めるオーガ族の生き方を否定した。
そんな男が、今年の生贄を差し出してきたのだ。
クリフゲーンは、グロスナー王からのせめてものお礼として大金を受け取った。

金が目的ではないことはズーボーだって承知している。
バウギアは言わば天災。
地震や雷のように、対抗しようという考えすらそもそも持てない存在なのだ。
人格者として謳われるクリフゲーンにも、苦悩や煩悶はあったに違いない。
生贄の少女も、クリフゲーンのことを庇っていた。
だがそれでも、ズーボーは許すことが出来なかった。

何故なら、彼は生贄に選ばれた少女の本当の願いを知ってしまったから。
それまで気丈に振る舞っていた女の子の、涙を見てしまったのだから。
生きたい。
その切なる想いは、ズーボーの足を動かした。

ズーボーはパラディンだ。

今ようやく本当の願いを言った少女を守らずして何が聖騎士か、何がパラディンか。
今まで彼女を保護してきたのは、生贄として巨竜への供物にするためではない。
殺すために守ってきた訳では、断じてない。
ガートラントの国旗を掲げ、もはや退治することを放棄された天災に、ズーボーとガートラント王国の聖騎士団が挑む。
『守る』ことに特化したパラディンの神髄を、今こそ見せるべき時なのだ。

鋭い爪の一撃を受けても倒れない。
地獄の業火を浴びても、倒れてなるものか。
彼には守るべき存在がいる。頼もしい仲間がいる。
もはや彼は雇われといえど、立派なパラディンなのだ。
その志は正規の王宮パラディンと比べても、何ら劣るところなどない。
少しずつ、少しずつバウギアの体に傷をつけていく。
激しい雄叫びにも屈することなく、今や勝利は目前。
そして最後の力を込めて、ズーボーは――

気がついたら、あの空間に呼び出されていた。

もしや自分は長い夢を見ていたのだろうか。
ジェニャが生贄になることもなく、平和にガートラントの国を観光するだけで、大地の竜バウギアとの決戦すらそもそも無かったのか。
そうだとしたら、一体どれほどズーボーは救われただろうか。
しかし、その考えはすぐに取り消すこととなる。
眼前に起きた光景もまた、夢のような出来事だったからだ。それもとびっきりの悪夢という。

「何がどうなってるのだ……？　ジェニャは……ディヒドは……ストロング団長は……？
　それに殺し合いって、何のために殺し合いなんてしないといけないのだ」

分からない。
何も分からない。
いったいここはどこなのか。
あの魔物はいったいどういう存在なのか。
あまり頭のよくない自分にも疑問がいくつも湧いて出てくる。
直前の記憶と、目の前で起こった出来事のギャップが酷すぎて、ズーボーはあの空間で異議を唱えることも忘れていた。

「よく分からないけど、許せないのだ」

けれど、一つだけズーボーには分かることがある。
それは、あの魔物の存在は許してはならないということだ。
ジェニャの安否は気になる。
バウギアは結局追い払うことはできたのかも知りたい。
しかし、どうやって再びバウガの風穴に戻るかも分からないのだ。
信頼できるストロング団長たちがバウギアを追い払ってくれたことを信じ、今はこの状況を生き抜くことを考えよう。
元々、頭は良くない方だとズーボーも自覚している。
ならば、まずは行動することにしよう。
雇われと言えど自分はパラディン。その名に恥じぬ行いをすべきだ。
ここにも必ずや弱き人々はいるに違いない。

「みんなで協力すれば、きっとアイツも倒せるに違いないのだ！」

そうと決まれば、まずは自分の現状を把握する。
パラディンはいつでも冷静沈着でいることが基本なのだ。
まずはアイテムが支給されているという袋を開ける。
食料は必要だが、今はおなかも空いていない。
地図も名簿も後から見るとして、最優先事項はこれの確認だ。

「こ、これは……！」

パラディンタイツである。
これはズーボーのような雇われパラディンが着る新兵支給のこしだれよりも、ちょっとグレードの高い防具である。
王宮パラディンの多くがこのパラディンタイツを履き、日々の任務に赴いている。
これはズーボーにとっての憧れの装備品。
いつかこれを着て誰かを守ることを夢見ていたのである。
しかも、ズーボーの驚きはそれだけではなかった。
このパラディンタイツ、すでに錬金済みなのである。

「す、すごいのだ……これはきっとバザーでも高値で売れるに違いないのだ！」

売るつもりはないが、高く売れるのは間違いない。
こんな強力なアイテムを支給されたら、きっとエビルプリーストでさえも簡単に倒せる。
そう確信せざるを得ないほどの効果だった。
しかし、ここで眺めているだけでは意味がない。
よく言われていることだが、武器や防具は持ってるだけでは意味がない。
装備して、初めて効果を発揮するのである。

「じゃあ早速ここで着て――」
「あーっはっはっはっは！見つけましたよ邪悪なモンスター！
　この『スライム討伐大会inアリアハン』の優勝者、フアナ様が来たからには覚悟しなさい！」

と、そこで妙な高笑いが聞こえてきた。
見ると、まるでお約束であるかのように朝日を背に受けて、一人の女性が小高い丘に立っているではないか。
司祭のローブを着た、どこからどう見ても僧侶。
僧侶といえばこの格好、といえるほどのスタンダードな出で立ち。
ズーボーもすぐにこの女性が僧侶であると分かった。

「邪悪なモンスター？どこにいるのだ！？」
「あなたですよ。ア・ナ・タ！」

すわ敵襲かと思ったズーボーだが、どうも様子がおかしい。
フアナと名乗ったこの女性は、よりにもよってズーボーのことを指さしているのである。

「オイラのことなのか？　失礼な！　オイラはズーボーなのだ！　モンスターじゃないのだ！」
「なるほどなるほど。初めて見るモンスターですがズーボーという種族なのですね。
　では、『ビックリドッキリ！？　アリアハンパン喰い競争』第一位の実績を持つこの私が成敗してあげます！」

ここで一つ補足をしよう。
ズーボーとは心優しき青年であることに疑いの余地はない。
しかし、彼はオーガ族の青年である。
オーガ族は人間と違って体色は赤みがかっており、その両肩には鼻までほどの高さのあるツノが生えているのだ。
加えて、オーガは元来強さのみを追い求め、自らの肉体を鍛えることを至上の喜びとしていた。
つまり、とても筋肉質な体躯をしているのだ。
そして、臀部と腰の中間から生えている立派なシッポ。
さらに、これはズーボーだけの特徴だが、髪型がモヒカン。
要するに、オーガ族のことを全く知らない人から見たら、バーサーカーやシャーマンのような人型のモンスターと勘違いしてもおかしくないのだ。

「だからオイラはズーボーなのだ！　モンスターじゃないのだ！」
「ふむふむ、あなたは脳筋タイプのようですし、まずはこれを受けてもらいましょうか。
　『８時だョ！アリアハンのど自慢大会』審査員特別賞受賞者の私のラリホーを！」

言ってることは滅茶苦茶だが、やってることは極めて効率的である。
非力な僧侶が屈強なオーガに勝つのは難しい。
ならば、まずは眠らせてしまってから料理すればいいということだ。
眠りの魔力が、ズーボーを安らかな眠りへと誘う。
だがしかし、ズーボーは踏みとどまった。

「ふぬぬぬぬぬ！　うぉー危なかったのだ！」

戦闘において、眠ってしまうということは即死に繋がる状態である。
仲間と組んでる時はまだザメハ等で起こしてくれる可能性もあるが、一人ではそれすら不可能だ。
まして、アストルティアにおいてのパラディンの役割を考えると、眠ってしまうパラディンなんてウドの大木以下の存在と言える。
ズーボーのパラディンとしての矜持が、かろうじて眠りに落ちることを防いだのだ。
しかし、何度も耐えられるハズがない。
確率が０ではない以上、何度もこのやり取りを繰り返していては、いつかはスペードのエースを引く時が来る。
だったら、自分をモンスターと勘違いしてるこのフアナと名乗る女性を倒すのか。
そんなものは論外である。
なんとかして眠らずに、この女性を説得する必要がある。
そして、その秘策が今のズーボーにはあるのだから。

　　◆　　　　　◆　　　　　◆

（効かないことはないでしょうが、このままラリホーを続けるか迷いますね）

一方のフアナも、次の一手を考えていた。
名簿を見ると、明らかに人外らしきものの名前がチラホラと。
思い出してみれば、最初に連れてこられた空間にもモンスターがいた。
きっと、エビルプリーストが放った手先に違いない。
夏の暑い日に行われた『THE・ガマン大会8668』。
あの時得た、熱い正義の心に火が付くのをフアナは感じた。
敵がゾーマをいとも容易く倒した敵だろうと関係ない。
心の中にある何かが、正義を成せ、悪を倒せと囁きかけてくる。
今のフアナの心に迷いはなかった。

（ザキはさすがに一発勝負すぎるし、マヌーサで攪乱？　どっちにしろ正攻法よりは離れてやる方向で行きますか）

鍛えた肉体の割にかなり大人しい種族のようで、フアナはもはや勝ちを確信していた。
だがしかし、ズーボーはここで予期しない行動に出た。
ズーボーと名乗るモンスターは装備している腰だれに手をかけると、なんと真下にずり下したのである。

なんと！　ズーボーは　こしだれを　脱ぎだした！
フアナは　こんらんした！

「ひゃひっ！？」

途端に、フアナの顔が赤面する。
冷静だった頭が沸騰し、汗腺から汗という汗が吹き出る。

「な、ななななにゃんで、ふふっ服をーーーーーーーーーー！」
「大丈夫なのだ！　下はちゃんと穿いているのだ！」
「そういう問題じゃなーーーーーーい！！」

ここでさらにもう一つ補足をしよう。
ズーボーに支給されたパラディンタイツには、すでに錬金してあると説明した。
アストルティアにおける錬金とは、卑金属を貴金属に変える、といった一般的なイメージとは大分意味合いが違う。
それを今から説明しよう。

錬金とはランプ錬金とツボ錬金の二つに大別され、装備品に何かしらの効果を付与するもの。
これがアストルティアの錬金である。
大まかに分けて、ランプ錬金では回復魔力アップ等の魔法系の効果を付与し、ツボ錬金は攻撃力アップといった物理系の効果を付与することができるのだ。
ズーボーのパラディンタイツには、合計で眠りガードが100％になるよう錬金されていた。
つまり、これを装備している限り、ズーボーは自主的に眠ろうとしない限りは寝ない。
言わばラリホー殺しに最適な一品が支給されているのだ。
しかし錬金の技術、概念のないフアナにすれば、ズーボーがラリホーを防ぐためにやっている合理的な行動とは思いもよらない。
文化の違いは単なる奇行にしか見えず、もはやフアナのズーボーに対する認識はモンスターを通り越して変質者であった。

「そしてさらに――」
「ひぃっ！」
「このタイツを穿くのだ！」
「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ！！！！」

タイツを穿いてどうなるというのか。
脳は許容量を超えてパンクし、フアナは完全に怖気づいていた。

（えっちょっどうなるのどうなるの私いったい何してるのこのモンスター！
　ていうかなんでタイツ穿いてるの足なんかピーンと伸ばしたりして夜のアッサラームで見たよそういうの！）

熱い正義の心はどこに行ったか、フアナが選んだ行動は逃走だった。
この未知のモンスターは、フアナの手に負えるものではなかった。
というより、予測がつかな過ぎてまったく対処できる気がしなかった。

「あっ、待つのだ！」

ズーボーの静止を振り切り、一目散に逃げだす。
なんでだろう、どうしていつもこうなるんだろう。
自分だってやれるんだって証明したくて、いつも頑張っているのに、いつも仲間には笑われてしまう。
いつもオチ担当のような扱いをされてしまうのだ。

（な、なんなのあのモンスター。グヘヘ……オイラの二本目の尻尾、見せてやるのだ。とか！）　※言ってません
（ところでこいつを見てくれ、こいつをどう思うのだ？（ﾎﾞﾛﾝ）とか！！！）　　　　　　　　 ※やってません

この『手先器用さ選手権』第二位の自分が。
『全アリアハン初生雛雌雄鑑別選手権大会』第三位の自分が。
こんなにも輝かしい数々の経歴を持つ自分が。

「どうしていつもこうなるのーーーーーーーーーー！」

もしも、神様がいるとしたら、こんな星の下に生まれてしまった自分を生まれ変わらせて欲しい。

「おかあさーーーーん！　ここに変態がいるーーーーーーーーー！！！！」
「だからオイラは変態じゃないのだ！　待つのだー！」

今日も、一日が始まる。
いつもの絶叫と共に。
ズーボーとフアナの絶望の一日の始まりは、追いかけっこからスタートした。

【B-5/平原/1日目朝】

【フアナ（僧侶♀）＠DQ3】
[状態]：健康
[装備]：なし
[道具]：支給品一式　支給品1～3（本人確認済み）
[思考]：ズーボーから逃げる

【ズーボー＠DQ10】
[状態]：健康
[装備]：パラディンタイツ+2（眠りガード100%）
[道具]：支給品一式　支給品0～2（本人確認済み）
[思考]：フアナを追いかける