魂の在り処

行先を決めようというと、海を見たい、とアンルシアは言った。

「なに、冒険者たちは船に乗って海を渡り新しい世界へ旅立つという。子供じみた戯言だよ」
「成程。しかし私達にとってはおあつらえ向きといえるかもしれませんね」
「空もいいが海を一目見ておくのもいいだろう」

アークは忍び笑いを漏らした。アンルシアは怪訝そうに眉を寄せる。

「意外と――いや失礼――かわいらしいことを仰るのだと思って。一緒に海を見に行こう、とはまるでデートの誘い文句ではないですか？」
「ああ。連れ添ってくれるのだろう？」

挑発的な視線でアンルシアは応える。魅惑的な赤い瞳が彼を見つめていた。

＊＊＊

かくしてポルトリンクへ向かおうと二人は足を進める。
本来存在していたはずの山小屋の住人が舗装したのだろうか、整えられた道を歩いていく。

偽りの勇者・アンルシア。
魔なる存在には違いなかったが彼女は魔王ではない。
その実、居城に胡坐をかいてこもっていたわけではないし、民を統治し国を支配したい野望があったわけでもない。

ただ、勇者になることを求めていたのだ。
与えられた使命として。存在理由として。
それこそが彼女のすべてだった。

だが彼女は今、否定する。アンルシアの姿を保ちながら、それを否定する。
勇者としてでなく、アンルシアの幻影としてでもなく。
この青く映える空をこの目に映すことができたように、一人の人間の女の形をした己にも、何かに変われるものがあるのだろうかと。
そんな仄かな思いを持つに至った。
それを『希望』と、正義の世界に生まれた者たちは呼んでいるのだろうかと。

――――だから許せなかったのかもしれない。

「……そこの陰に一人いますね」
「殺気が隠せていないな。というよりそのつもりも無いようだ」
「エビルプリーストの差し金といったところでしょうか。どうします？」

「ちょっと、あんなヤツの手下なんて不愉快なこと言わないでもらえるかしら？」

――――すでに誰かをその手にかけたか、返り血を浴びた様相であらわれた小娘が、まるで元の自分のようで。

　

　
「貴方はこのゲームに乗っているのですか？」
「アリーナよ。ゲームもエビルプリーストも関係ないわ。私は勝ち残るの。そして『最強の姫』になる。それだけよ」
「……どうやら私達とは目的を違えているようですね。ならばこちらには用はありません。去りなさい」
「馬鹿言わないでよ。逃げるなんて許さないわ。私と戦いなさい」

アリーナは武器を構える。
だがアークは剣を抜かない。戦闘はおろか、まるで構う価値すらないといった風だ。
戦う気がないのか。ならばどうするというのか。
諭され説教されるのはお断りだが無視されるのも我慢ならない。苛立ち焦れたアリーナは標的を変更する。

「ねえ。あなた、名簿で見たわよ。　『魔勇者』だなんて大層なお名前ね？
　勇者姫と魔勇者、あなたの方はさしずめニセモノのお姫様といったところかしら。
　ラーの鏡でもあれば、一体どんなバケモノの姿をあらわすんでしょうね？」

あまりにも安い挑発だった。しかしだからこそ、今のアンルシアは的確に感情を揺さぶられる。
そんなに死に急ぎたいのかと問えば、そんなつもりは毛頭ないと返される。

「私は生き残るわ。この場であなたたちを倒してみせるわよ。
　さあかかってきなさいよ。なんならそちらの従者サマと仲良く二人掛かりでも構わないわよ？」

意地と衝動。それは人の心をたやすくとらえる。
前だけしか見えなくなる。それが世界のすべてだと思い詰めさせる。
アンルシアは感じ取る。
枯れた瞳のこの娘は、負の感情に囚われている。自分と同じように。

「最強の姫といったな。その称号を手に入れて、お前はなんとするのだ？」
「関係ないでしょう。あなたはただここで私に倒されてくれればいいのよ！　口を出さないでもらえる？」

いいやあるさ。とアンルシアは一人ごちる。
『最強の姫』
かつての己がそうだった。国中の人間が自分を称えた。アンルシア姫、万歳と。

――アンルシア姫はお強い！かの凶悪な魔物をなんとお一人で討伐なさったそうだ。

――姫様はとてもお美しいわね。わたし声をかけてもらっちゃったのよ。あんまりにうれしくて涙が出ちゃった！

――アンルシア様はわしら年寄りにも分け隔てなく接してくださる。本当にお優しい。ありがたいことじゃ。

そんな住民たちも己と同じ作り物だった。アンルシア姫を称えるように設定された創作人間。ただそのためだけに生み出された存在。
周囲に崇め奉られ築かれた頂点などまやかし以外の何物でもない。
孤高と孤独は表裏一体だ。その時は何とも感じなかったが今なら解る。勇者のチカラを手に入れるという足場が崩れた今ならば、
――――そんなものは空虚でしかない、と。

少なくとも目の前の小娘が――アリーナが望んでいるものがそれだとは思えない。
孤高の意味も知らず、解ろうともせず、ただいたずらに敵意を撒き散らし孤独を得ようとしている。

かつての自分との共通項、類似点。
それゆえに、歯痒い。
それゆえに、許せない。

「手を出すなよアーク。私に売られた喧嘩だ」
「……殺す気ですか？」
「手心は加えてやってもいいが、まあ、相手がそれに耐え得ればの話だ」
「あの様子では私達に賛同する見込みは無いですね。犠牲を出すのは本意ではありませんが致し方ないのでしょうか」

「言いたい放題言ってくれるじゃない。ねえ、やるって決めたんならさっさとやらない？」

アンルシアの視線に促されたアークが後方に下がる。
草を踏みしめる足に力がこもる。疾風のレイピアを抜くとアリーナの表情が変わった。獲物を見据える目。獰猛な獣のように。

（幾分かの戦闘経験はあるか。それも道理、なにせエビルプリーストが招いた参加者だ）

アリーナが太陽の扇を開く。
小柄ながら引き締まった体つき。
にじみ出る気迫は、確かにただのお姫様というにはアンバランスだ。

（扇か――面倒な武器だな）

殺傷能力に優れた武器ではない。だが攻撃の多彩さでもって相手を翻弄できるのが特長だ。
開いた状態での面での攻撃。勢いよく薙げば剣撃に勝るとも劣らない鋭さをもつ。
はたまた閉じた状態で力強く打てば棍のように深い打撃を与えることも可能だ。

アリーナにとっても慣れた武器ではなかったが、生来の戦闘センスと有り余るパワーがその力を発揮させる。

先に仕掛けたのはアリーナだ。
距離を一息に詰め、薙ぎの一撃を放つ。アンルシアはレイピアで払い逸らす。
「油断しないでよね！」
それた腕の勢いで体をひねり、蹴りを入れる。一撃目で体勢を崩させ、二撃目で急所を狙う――が、アンルシアは追撃を許さない。
柔軟な身のこなしで離れ、即座に距離を取った。
「ふん、とんだお転婆姫だな」
「――それも聞き飽きた皮肉ね。どいつもこいつも芸がないったらありゃしないわ！！」
「ところでそれは流行りの傘か？　可愛らしいオヒメサマには実にお似合いだな？」
「っ……この……イヤミ女が……！」

片やアンルシアの武器は疾風の名を冠したレイピアだ。言うまでもなく突きに特化した剣である。
一撃必殺。体のばねに力を乗せ急所をとらえれば、勝負は決するも同然。
問題は間合いである。
突進の勢いに乗せて突き切るためにはある程度の距離が必要だ。
それを察しているのか、はたまた本能での理解なのか、アリーナはあえて懐に入り近接戦闘に持ち込む。
振り抜かれた剣を畳んだ扇で受け止め、逆手に持ち替え殴打を見舞う。
けっして離れる隙を与えない。軽やかな足取りでアンルシアの退路を塞ぎ、開いた扇で鋭く薙ぎ払う。
そして利き腕を狙う。ダメージを与えれば剣撃の威力は格段に落ちる。まさに防御のための攻撃。アリーナはそこを狙った。

「ふふ、まともに剣も振るえないようじゃ『勇者』の肩書きが泣くわね」
「勘違いしていないか？　武器攻撃がすべてではないぞ」

アンルシアは剣を天に掲げる。
すると突如刺すような冷気が辺りを包み込んだ。

（――呪文っ？！　いいえ、速すぎる！！）
「絶対零刀――凍てつくがよい！！」

アンルシアを中心に周囲に無数の氷の刃が飛び出した。
不意に下方から発生した氷がアリーナの足を鋭く貫き縫い止める。
フリーズブレードと呼ばれる特技の一種だ。生成された氷のフィールドが周囲の者の動きを止めさらに多大なダメージを与える。

「うう……っ、ぐうぅ……！！」

ボタボタと鮮血がしたたり落ち、氷の上に紅い花を咲かせた。
苦痛に顔をゆがめ、鬼の形相でアリーナはアンルシアを睨みつける。

「ふっ、ちょこまかと煩わしい足も収まったか。ついでに頭は冷えたか？　悲鳴を上げずにいたことは褒めてやろう」
「冗談じゃないわ……！　まだ戦えるわよ！！」
「往生際が悪いな。もとより『最強』など、お前のような小娘が到達できるはずもないのだ」
「そうやって……知った風な顔で上から押さえつけて……！！　もう――うんざりなのよ！！！！」

氷が動きを止めるならば融かせばよい。
アリーナは太陽の扇を大きく払い、炎を生み出す。

「まだ足掻くか。
　――アーク、私はもう殺すつもりだ。許せよ」
「もうそれより他にはないようですしね。見届けましょう」
「ああ。
　そうしてくれ」

　

アンルシアは詠唱に入る。
紛い物の勇者としてふさわしいともいえる呪文だ。
これで過去の自分に――ただ前しか見ず、己以外を否定し続ける、この愚かな姫に別れを告げよう。

「来たれ、虚無の雷――――ジゴデイン」

魔力の流れは正確にアリーナをとらえる。回避は不可能。降り注ぐ地獄の雷が一帯に轟く。

「…………………………ぅあああっ……っ！！！」

電撃がアリーナの体を駆ける。もはや叫び声を上げることもままならない一撃だった。
体が崩れ落ちる。足は血に塗れ、衣服は焼け焦げ、武器と傘はその手を離れた。

「ここまでだな」

これがとどめの一撃。
横たわるアリーナの急所を目掛けてレイピアを構える。

「――――そうね、これでおわりよ」

脇腹への衝撃。

それが手刀の一撃だと気づいた時には鳩尾に拳がめり込んでいた。

続く拳での連打。内臓の位置を的確にえぐる会心の一撃の連続。

武器を落としたのなら手を使えばいい。
手刀、掌底、貫手。
扇での攻撃の型のすべては手の形に由来する。

　
なおも繰り出される拳を受けアンルシアは呻いた。
この娘のどこにそんな力が残っていたのか。
意地と衝動と、――執念か。

血交じりの胃液が喉を焼く。

「ここまでだな」

アンルシアはもう一度同じ台詞を吐き、今度こそアリーナの首を捕らえ――――刎ね上げた。

＊＊＊

ぼやけて定まらない視界。
猛烈な嘔気と眩暈。
「致命傷か」
顔を上げると傍らに人影があった。
アークだ。
先ほど剣の誓いを交わしたばかりなのに。
もうお別れか。
生の証明をしてやると意気込んでいたが短い旅路だった。
案外こんなものか。
ただ目の前に現れた過去の幻影を相手に憤り、共に滅びただけだった。

けれど。
「アークよ。ありがとう。私を生かしてくれたことを感謝する」
今ここにいるアンルシアという名の女は、誰かを盾にして守られることなど微塵も望んでいなかった。
ただ見届けてほしいという思い。
アークがその意思を汲み取ってくれたことが何よりも幸福だった。

なぜだろう。
命の気配は間違いなく自分から去ろうとしている。
それなのにどこか満たされたような気持ちがこの体を巡っている。
初めて味わう感覚だった。
涙や魂といったものが、ただ『勇者の器』として創られただけのこの体に、あったのだろうか。
その答を知りたかった。
それはもしかしたら今、感じているものがそうなのかもしれない。
しかし、もはやそれ以上のことは、わからないのだ。

　

　

「約束は守りますよ」
「？」
「海へ、行くのでしょう。エスコートは男の役割ですから。貴女を必ず連れて行きますよ」
「ふっ――お前も、意外とキザな物言いをする」
「貴女ともう少し共に過ごしていたかった。残念です」
「私もだよ。アーク、お前はわたしの――」

言葉はそこで途切れた。
アンルシアの瞳が閉じる。その瞬間、彼女の眼は空を映していた。
アークは思った。空の色でありながら、まるでアイスブルーの海を見ているようでもある、と。
空と海と大地が広がるこの世界で魂を抱き取ってもらえるのならば、それはきっと彼女の本望なのではないか、と。

彼女とは生命の証明を誓い合った。
手を出すなと、見届けろと、そう言った彼女だから自分に救われることは望んでいないと確信していた。
けれど――――ああ、けれど。

アンルシアの体を抱きながら、アークは天を仰いだ。
はたして、空とは希望だったのだろうか。
彼にその答はわからなかった。

【アリーナ@DQ4　死亡】
【魔勇者アンルシア@DQ10　死亡】
【残り73名】

【F-8/草原/午前】
【アーク（DQ9主人公）＠DQ9】
[状態]：健康
[装備]：吹雪の剣＠DQ5
[道具]：支給品一式、道具0～2
[思考]：エビルプリーストが自分を呼んだ理由を知った上でそれを打ち砕く。その為に、まずは彼が仕組んだこの殺し合いを壊す。
[備考]：職業は魔法戦士です。

※アリーナの支給品一式、太陽の扇@DQ6、フラワーパラソル@DQ5、炎竜の守り@DQ8、不明支給品（０～１）
※魔勇者アンルシアの支給品、疾風のレイピア＠DQ8、不明支給品（０～２）
　以上がアークの現在位置付近に落ちています。

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042:おてんば姫 VS かつて呪われし王	アリーナ	あなたはしにました