美男の涙01*エロなし

翌朝

結局美男はあの柊との会話の後に一睡もすることが出来なかった。
最後の夜はとても辛く、とても悲しいものだったから。
朝早くに柊と勇気が部屋を覗きに来た。
柊はともかく、勇気も美男の様子がおかしいことに気がついて心配になっていた。

勇気は柊よりも先に部屋に入り、美男の近くに行って
「おい美男!大丈夫か?顔色悪いけど・・・具合でも悪いのか?」
と言った。すぐに柊も部屋に入って美男に「具合悪いなら無理するなよ?」と優しい声で言った。

「・・・少しだけ具合悪いだけです・・。すぐに行きますから、先に行っててください。」
顔を枕に押し付けていたせいか、すこし「もごもご」した感じに聞こえたがそう言い
心配そうな顔をした二人を予想したのか「大丈夫だから・・・。」と言葉を繋げた。

これ以上無理に話をするわけにもいかないと感じた二人はそれぞれ
「おぅ!早く来いよな!」「わかった。でもあまり無理するなよ?」と言葉を掛けて部屋を後にした。


二人が出て行ってから数分後に美男の部屋に
「・・・ごめん・・・・。」という言葉だけが聞こえた。
それは、美男の本当の声だったのかもしれない。


今日もA.N.JELLは午前中特に仕事が入っていないため、いつもの練習場で練習することになっていた。
練習場に向かっていた柊と勇気。だが、やはり何か良くないことを感じ取っていた。
「柊さん?美男のやつ、いつも以上に変じゃなかった?」
「俺もいつもと違う感じがするのは様子を見て感じた。勇気もか?」
「やっぱり・・・。廉さんと何かあったのかな?」
「簡単に解決できること・・・なら良いんだけどな・・・。」
二人とも神妙な顔つきで美男の話をした。
そして、ふと勇気が
「そういえば、昨日練習場であってから廉さんに会ってないんだけど・・どこ行ったか知らない?」
と廉のことを思い出したかのように声に出してそう言った。
「昨日、俺が合宿所に帰ってきたとき車でどこ向かったみたいだけど・・・
どこに行ったかは分からない。」

柊はそう返答した後、ふと昨日の状況を思い出した。
突然出て言った廉、合宿所には美男・・・・・。
何か嫌な予感がした。柊自身、昨日話したこと以外思い当たることが他にあるわけではなかったが
今ここで美男の許に戻らないと大変なことが起こる。
そう感じた柊は勇気の腕を掴み、「やっぱり合宿所に戻ろう!」と腕を引っ張った。
突然のことすぎたので勇気は「うぉぉ!柊さん!どうしたんだよ!?」と混乱を隠しきれなかった。

その頃、美男は部屋にある自分の私物をトランクに詰め込み終えていた。
「短い間だった・・・・。一からやり直しか。」
小さな声で呟き、美子と自分が写った写真を見て一言
「ごめん。」と言って自らの部屋を後にした。

だが、部屋を出てすぐ美男に予想していなかったことが・・・。
部屋から出てすぐ目の前に・・・廉がいたこと。

一瞬、美男も驚きを隠せなかった。
帰ってきていないようだったからいないのだと思っていから
予想外の人間が目の前に現れたのには美男も動揺を隠しきれなかった。


30秒。流れた時間はたったの30秒。
けれど、美男にはその30秒はとても重く
とても遅く流れているように感じた。


先に口を開いたのは落ち着きを取り戻した美男で
「・・・何か用?」といつものぶっきら棒な言い方で言った。
しばらく、廉は美男をじっと見ているだけだった。
その間に耐えられなくなった美男が「俺が辞めるのを見届けに来たのか?」
いつもの美男にはない荒々しい言い方で睨みながら廉に言った。

しかし、廉は一向に口を開かない。
ただずっと、美男の姿を見続けているだけだった。
訳がわからなくなった美男は帽子を少し深めに被り何も言わずにその場を立ち去ろうとした。
けれど、それを廉は許してはくれなかった。玄関へ向かおうと背を向けた美男の右腕を掴んだ。

いきなり前に進めなくなったので、廉の方に顔を振り向けた。
美男は必至になることもなく静かに「離せ」と言い放つ。
けれど、廉はただ一言「絶対に離しはしない。」と美男の目を見て言った。
すぐに美男は廉に顔を隠すために廉が向いているのと同じ方向を向いて俯いた。


・・・・もうどうすればいいのかわからない。
今ならもしかしたら、戻ることが出来るのかもしれない。
けど、それじゃあこの心の「恨み」はどうなる?ずっと抱えたまま?
俺には・・・・できる自信がない・・・・・


すると、廉が口を開き
「お前・・・本当に辞めたいのか?」
その言葉は、美男の心を動かした。正確には振動を与えただけだが
この言葉を聞いた瞬間、美男の中で何かが動いたのが本人にはわかった。

美男が気持ちの整理をする間もなく、廉は話を続けた。
「お前は、俺が憎いからこのグループでやっていくのを嫌だと言った。それじゃあ、どうして・・・・お前の手はこんなにも傷だらけなんだ?」
掴んでいた腕の手を見ると指にはたくさんの絆創膏が貼ってあった。
すぐに何かを言おうとした美男は廉の腕を振り払い、廉の方向を向いて
「これはたまたま怪我しただけだ・・・・。」と言った。

しかし、廉は美男の言葉に続けるようにして
「違う!お前は俺がいない時、誰よりも演奏の練習をしていたんじゃないのか!?
グループのために頑張りたいと思ったから、お前は指がそんなになるまで練習してたんじゃないのか!?」

そう、昨日たまたま廉が練習場で美男の練習を見ていた時
その時に美男は指に絆創膏を貼っているのを廉は見ていた。

「関係ない・・・これはただの怪我・・・だ。」
とまだ顔を俯かせたままの状態で美男は言う。

「・・・・俺の母親がお前たち兄妹にしたことは許されることじゃない。
そして、その息子の俺がお前の妹と付き合う事をお前はよく思ってないんだろ?」

そう、こいつが言うとおりだ。全てを許せないからこそ今こうなってる。
もう苦しくなった。だから辞めることを選択した。

けど、お前は俺を引き止めている。
お前は俺にどうしてほしいんだ?何がしたいんだ?
もう・・・訳が分からない・・・・本当に・・・。


廉の気持ちが
一体廉がどうしたいのか分からなくなった美男。
俯いていた顔を廉の顔へ向けた。その顔は瞳からどんどん涙が溢れ出て
悲しそうな表情をしていた。


その表情を廉はしっかりと見ていた。
目を逸らすことなく、美男を見続けていた。その目には「覚悟」があった。

「辞めたいなら辞めろ・・・・。お前に昨日言った。
だが、俺はお前のことを何も見てなかった。
お前もあいつと同じで苦しんだ。俺のことを避けるのは当然のこと・・。
なのに俺は、お前の態度が気に入らないからかお前に酷いことを言った。
傷つけた。俺は、お前にどんなに謝っても謝りきれない・・・。」


少しだけ、ほんの少しだけ廉は目を細め美男から目を逸らした。
けれど、すぐにまた美男を見つめ再び口を開きだした。
「だからこそ、お前に見ていてほしい!罪滅ぼしができるかはわからない。
それでも、俺はお前を受け止める!
どんな過去があろうが、どんな辛いことがあろうが全力でお前を受け止めてやる!!
その姿を・・・2年で良い。見ていてほしい・・・。
そして、2年後。もう一度聞く。お前から見て、俺はどうだったか?
過去から目をそらさずにお前と接することが出来たか・・・。
見ていてほしい。お前が俺を許すに値するかどうかを・・・・・。頼む・・。」


たった一度、廉は目を逸らした。
それはきっと、美男に対する「罪悪感」があったからだろう。
この時、美男は気がついた。
しかし、それ以外の時は真っ直ぐ美男の目だけを見ていた。

(美子は・・・こういう奴ってわかったからこいつと一緒にいることを望んだんだな・・・。
真っ直ぐでぶれることがない、強い意志を持っていたから。どんな過去も受け入れるだけの覚悟が。
そして、その中には「暖かさ」もあった・・・)

次々と溢れ出す涙。
自分の愚かさ、自分の未熟
そして何よりも・・・しっかりと真実を受け止める強さ。
何もかも、自分には足りなかった。
なのに、自分だけが不幸になったような口ぶりで俺はこいつに・・・・。
俺は、美子のためじゃなくて・・・自分のために今まで生きていたのかもしれない。


廉は涙を流し続ける美男の腕を掴んで抱き寄せた。
それは、感じたことがなかった感覚。
強くて・・・それでいて暖かい・・・・。

少しの間、美男を抱いた廉はその後、美男を自分の体から離して
「その涙も・・・俺が受け止めてやる。ぶつけたくなったらいつでもぶつけろ。
お前の気が済むまでな。」
そう言うと、廉は微笑んだ。

(急ぐ必要なんてなかった。少しずつで良い。
柊が言ってたように、こいつの良いところを見つけていけば・・・・。
いつか許すことが出来るのかもしれない・・・。)

この時、美男の心を縛っていた「恨み」の鎖は朽ち果てた。
まだまだ美男自身の心には言いきれない感情が残っている。それでも、少しだけ廉を認めるだけの余裕は心の中に出来ていた。

「2年だけ・・・だからな・・・。」
「・・・・」
「2年だけ、お前の罪滅ぼしってやつに付き合ってやる・・・・。」
「・・・そうか。」
「お前のためじゃないからな・・・。3ヶ月間頑張り続けた美子の頑張りを無駄にしたくないからだからな・・・・・。」

まだ涙が止まらない美男は涙を腕で拭き取って廉を睨むように言った。

「たく、こんな時も睨むんだな!お前ら兄妹は面倒くさいぜ!」
「んだよ・・・また辞めるって言うぞ!」
「あぁ?あら辞めれば」
と言いかけた瞬間、玄関の方から足音が聞こえてすぐに
「あぁーー!廉さんが美男のこと泣かせてる!!廉さん!美男に何したんだよ!?」
と勇気が走って廉のところまでやってきて怒りながら言い、その後ろから柊が
「ホント、何かあるかと心配してきてみたら・・・余計なお世話みたいだったな。」
と少し安心した表情で二人の許へ来た。
廉はすぐに美男の傍から離れて
「う、うるせぇ!こいつが最近練習サボってるようだから焼き入れてやったんだ!」
「うっそだぁ!廉さんいないところで美男は一生懸命頑張ってたんだよ!?」
「だから、もっとグループと足並み合わせろって言ってやったんだ!」
「廉さんが怖いから一緒にやりたくなかったんじゃないの?」
「あぁ!?勇気、ずいぶん強気じゃねーか!俺とやるって言うのか!」
「おぅ!望むところだ!」

と二人して喧嘩を始めてしまった。
それを見ていた美男と柊。
「あーあ。喧嘩しだしちゃったよ。長くなりそうだな?お茶でも飲むか?」
そう言うと柊は美男を見た。
いつも通り、美男は特に何も言わなかったが

その表情は少しだけ笑っているようにも柊には見えた。
そして、柊の声を聞いた美男は小さく頷いた。

(まだまだ大変なことばかりかもしれない。あいつを許せないかもしれない。
けど、少しだけあいつの良いところ探してみるよ・・・美子。)

この日から美男は少しずつメンバーたちに心を開いていった・・・・・。

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