【閲覧注意】コッショリ枝豆の地下牢【俊虐】 - がんも大王の教唆
けもです。

以前、拙作『妖精の言葉に人間が一切耳を貸さずに黙々と駆除する話』のコメント欄でいただいたリクエストを元に考えたストーリーを読み切りにしてみました!(おそらく消化不良感は残るかもしれません…………)

(妖精の表情って描くの難しいですね、泣いてるように見せたくても笑ってるように見える…………)


※この小説はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。また、特定の社会的立場の人々を揶揄する意図は一切ございません。






川妖精。


普段、妖精が給水以外の目的で川に長時間滞在することはない。しかし、彼らは川を定住地とする。

一般的な胎生型妖精が、他の群れとの生存競争に敗れて仕方なく水辺に逃れたものとする説が一般的である。


水棲型妖精のような、別種とするには及ばない。便宜上、区別のためにそう呼ぶだけである。


長時間水に漬かっていると溺れてしまうため、普段は岸で生活していることが多い。砂利を敷き詰めた簡易的な巣、もしくは大きな岩の隙間等に営巣する。

その力も一般的な胎生型妖精と変わりはなく、魚を捕れるほどの器用さ、力は持っていない。

中には、石を投げて捕ろうとする個体や、「やい、くちょさかな!!おとなしくぼくたちのごはんさんになるのだ!!」などと言葉で威嚇して捕ろうとする個体もいるが、成功することはない。

結局は、数少ない木の実を奪い合ったり、打ち上げられたゴミを食べたりしているようだ。


生態における胎生型との一番の違いは、子ずんを「おくるみ」に入れて育てる個体がいることである。綿のようにふわふわした「おくるみ」は一定の浮力を保ち、泳げない子ずんが水に落ちてしまっても、すぐ沈むことはない。





ただ、河川の流れが急だと、妖精の遊泳速度、あるいは飛行速度では子ずんに追いつけないことが殆どである。

流された子ずんの殆どが、そのまま他の生物のエサになる。これは成体であっても例外ではない。水かきが大きく発達しているというわけでもないため、一度流されてしまったら、生存確率はほぼゼロである。

特に自然界においてエサが減ってくる時期において、流された妖精は他の水生生物にとっての重要な栄養源である。

また、前述したような食性から、じゅうぶんに栄養を摂取出来ず栄養失調になった子ずん、あるいは各部位が欠損した「たりない」と呼ばれる個体は、口減らしとして積極的に流されるようである。勿論これも、魚に食べられる。


当の川妖精たちも、その暮らしには満足していないようで、たびたび一般的な胎生型妖精との縄張り争いが起きている。

そこに生物種的な違いは一切なく、言ってしまえば「同士討ち」「仲間割れ」あるいは「内戦」である。


そして、負けた方は殺されるか、新たな川妖精として生きる道を選ぶだけである。




がんも大王の教唆




「はふっ、ふっ、ふうっ……はぐっ!」


ワシは、無我夢中で熱々のおでんを頬張る。何日ぶりの食事だろうか。箸が止まらん。

路上生活者…………横文字でホームレスというのだろうか、そんな今のワシには、一銭もなかった。


このおでんは、必死に自販機の下に手を突っ込んで搔き集めた小銭で買った。

ここまで3日くらいかかっただろうか。長かった長かった。12台目の自販機の下に500円硬貨があって幸いだった。


いざ、昼になっておでんのセットを買おうと意気揚々と入ったコンビニで、レジの姉ちゃんがずっと顔をしかめていたのを思い出す。風呂なんて、もう何年入っていないだろう。ワシに言わせれば、あんなに水を一気に使うなんて、贅沢の極みだ。

おでんの容器をワシに渡したあと、姉ちゃんが埃を払うようにパンパンと激しく手を叩いていたのを見た。チラッとしか見えなかったが、そのあとは多分中指を立てていたように思う。

一般人にはワシの苦労なんてわからないだろう。わかってくれなくても、別に良かった。


ワシは、「競ずん」というギャンブルにのめりこんでいた。勝って、勝って、勝ち続け……完全に運はワシに味方している!と思い込んだ矢先、最後に信じられないくらいの負け方をして…………そこからはどん底人生だった。


今思えば、どうしてあの時「キモティダロ」にそこまで執心していたのかはわからない。思い出すのも忌々しい新潟の未勝利戦。今回こそ、逆転が狙えると思い込んでいたワシが愚かだった。

結局、1勝も出来ないまま退場していった駄ずんめ!!引退後、雑誌のインタビュー記事を見たら…………

あのタクヤ調教師の命令に背くわ、やたら母ずんに執着するわ、去勢されても意地を張ってトレーニングをサボるわ、最期まで反抗的な態度をとり続けていたそうじゃないか。


お前に期待して出してやった大金を返しやがれ、駄ずんが!!


競ずんを生きがいとするワシの態度に愛想をつかした妻は、娘と一緒に出ていった。もともと夫婦仲はよろしくなかったから、何とも思わなかった。

しかし、すべての家事を妻に任せていたから、自分だけではどうしようもなかった。やがて、ゴミ屋敷になった自宅を抜け出し、今こうして、質素な野宿生活をしているというわけだ。


全財産を競ずんにつぎ込んだため、もともとそんなになかった持ち金は、すぐに底を尽きた。今日、おでんを手に入れられたのは良いが、これから先はどうしていこう。生活保護の申請も甚だ面倒で、何しろやり方がわからなかった。


いっそ、何かしら軽犯罪でもやって刑務所に入れられた方が、最低限の生活の保障もあるというものだ。


札束でも風に吹かれて飛んできてくれれば、言うことはないのだが。




「ちゅぼぐっ、むぐくっ…………」


ワシは、ナマコくらいの太さがあるちくわを飲み込んだ。口の端から溢れたつゆが、伸びきった髭を伝って落ちる。


「……ん?」


気が付くと、ワシの周りに何かが集まってきていた。


「に、にんげんさん……ぼくたちも、それたべたいのだ……」

「くちょにんげん!!ずんちゃたちにぜんぶよこすのだ!!」

「のだのだ、のだのだのだ」


妖精(川妖精)の群れだった。

思えば、「競ずん」によってワシに夢と希望を与えてくれたのも妖精だったが、同時に、ワシをこんな状態にまで転落させたのも妖精だった……

特に、高飛車におでんをタカりに来た個体の、生意気かつ、あどけなさが抜けていないひ弱そうな顔が、どこか「キモティダロ」を思わせてイライラした。

まだワシから金を搾り取り足りないというのか…………貧乏神め。


「…………誰がお前らみたいな駄ずんなんかに」

「ず、ずるいのだ、ずるいのだ!!にんげんさんばかり、ずるいのだ!!」

「ずんちゃたちにも、たべるけんりはあるはずなのだ!!」


途端に、ギャーギャー喚きだす川妖精たち。どの個体も栄養失調気味なのか、痩せ細っている。傷を負っている個体もいた。


かと言って、同情の余地はない。正直者が馬鹿を見るこの世界、少しでも他人に心を許したらどうなるかは、過去のワシが立証済みだ。


「くちょにんげん!!はやくよこすのだ!めいれいなのだ!」

「……黙れいっ!愚か者っ!!ワシはこの川の守り神、“がんも大王”様であるぞっ!ひれ伏すが良いっ!!」


キモティダロ似の川妖精の言葉にイラつき、口から出まかせでワシは叫ぶ。何のことはない、容器の中に残っていた具が、たまたまがんもどきだっただけだ。


「こ、こわいのだ、こわいのだ!!」 「が、がんもだいおーさまっ!」 「のだのだ!どげざしてあやまるのだ!!」


だが、バカな妖精どもはすぐに騙されてくれた。

誰かの上に立ったことで気分が良くなったワシは、調子に乗って続ける。


ワシは、“がんも大王”。川妖精どもを従え導く、唯一神。


「よろしい………それなら、お前らの願いを言ってみろ」

「ず、ずんちゃたちに、ごはんさんを…………」 「あにずん、だまるのだ!がんもだいおーさまにしつれいなのだ!!」 「のだのだ!!それよりも、もっとだいじなことがあるのだ!!」


川妖精たちはもめているようだったが、最初に施しを求めてきた個体が、おずおずと口を開く。


「が、がんもだいおーさま…………ぼくたちは、ぼくたちは、このまえのたたかいにまけて、にげてきたのだ!!」

「戦いがあったのか?」

「そうなのだ!ぼくたちは、こんなかわさんなんかで、せいかつしていきたくなかったから、はたけのようせいたちに、たたかいをいどんだのだ!」


ああ、確かに、この近くには小麦畑が広がっていたはずだ。そこの妖精と、縄張り争いをしたということか。


「だけどあいつらは、かずがおおかったのだ!ぼくもがんばってぐるぐるぱんちしたけど、あいつらに、ぼくたちのおちびちゃんや、なかまをいっぱいころされて……ここまでもどってきたのだ!」


ここにいる川妖精は、9匹。いや、1匹のメスが抱えている「おくるみ」に包まれた子ずんを入れれば10匹か。

それだけしか生き残れなかったようだ。

明日の生活もままならず、あとは死を待つだけというのは、ワシもこいつらも変わらないということか。


「だから……おねがいしますのだ、がんもだいおーさま!!どうか、ぼくたちに、しょうりを!えいこうを!!こうきゅうてきなしあわせを、あたえてくださいのだ!!」

「がんもだいおーさま!!がんもだいおーさま!!がんもだいおーさま!!がんもだいおーさま!!」


9匹の川妖精が、声をそろえてワシを讃える。

……こうまでされたなら、何かしてやらんこともない。


「面を上げよ」

「が、がんもだいおーさま………?」

「お前らの願いは聞き入れた。ワシにいい考えが…………」

「おぎゃーおぎゃー!おぎゃーおぎゃー!おぎゃああああああああああああああああああ!!おぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」


突然、ワシの言葉を遮るように、おくるみに包まれた子ずんが泣き始める。


「ま、ままずん!しずかにさせるのだ!がんもだいおーさまのおはなしが、きこえないのだ!」

「お、おちびちゃん……しずかにするのだ!」

「おぎゃあああああああああ!!おぎゃあああああああああ!!ぺこぺこ!!ぺこぺこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


どうやら、この子ずんは空腹に耐えかねて泣き出したようだった。

ワシは、競ずんに使われるような成体の声は特に気にならなかったが、子ずんの声だけは……どうも好きになれなかった。


成体よりも甲高く、舌足らずなその声。

大声で泣き喚けば、周りが何でも自分の願望を察して、自分の代わりにそれを叶えてくれると思い込んでいるその性根。

何よりも、自分が世界から祝福された存在であって、愛されて当然だと錯覚しているその態度が気に食わない。


「おぎゃああああああああああああああ!ごはんしゃああああ!!ごはんしゃ、ほちいいいいいいいいいい!!」


子ずんは、なかなか泣き止まない。「がんも大王」の権限で、無礼を働いた罰で握りつぶすことも考えたが、こいつらを信頼させるには、それは逆効果だろうと思い直す。


「……ほら、これはワシが生み出したがんもどきじゃ。食べるが良い」

「ご、ごはんしゃ、ごはんしゃ!!ずんちゃのごはんしゃ、おいち、おいち!!くちゃっくちゃっ……」


…………まるでそれを待っていたかのように、子ずんが泣き止んでおくるみから飛び出し、ワシが落としてやったがんもどきにかじりつく。どこまでも醜いやつだ。


「す、すごいのだ……ごはんさんをうみだすなんて……がんもだいおーさまは、すごいのだ!」

「かみしゃまなのだ!かみしゃまなのだ!!」


よしよし。子ずんによって不愉快な思いはしたが、これでこいつらを完全に騙すことに成功した。


「げえええええぇっぷぅう………にょだにょだ、ずんちゃのごはんしゃ、おいちかったにょだ!」 

「おちびちゃん、なんてかわいらしいげっぷさんなのだ!!」


自分の食べたいぶんだけ食べ終わって汚らしいゲップをした子ずんは、満足そうに尻を振りながら、おくるみの中へと戻っていく。


「ぼくたちもたべるのだ!」 「のだ!!」 「ひさしぶりのごはんさんなのだあああああ!!」 「おいちおいち!!」


成体の川妖精たちが一斉に食らいつき、残ったがんもどきは全て、汚らしい害獣どもの腹の中に消えた。


「……がんもだいおーさま!!それで、おはなしのつづきをおねがいしますのだ!!」

「お前たちは、素手で畑の妖精と戦っているのか?」

「そ、そうなのだ!ぼくたちは、ぐるぐるぱんちでたたかっているのだ!」

「ぐるぐるぱんち、ぐるぐるぱんち!!さいきょうなのだ!!」


得意げに前足を振り回し始める川妖精たちに、ワシは冷たく言った。


「くだらんな、お前らが負けたのも納得だ」

「く、くちょに……が、がんもだいおーさま!!どうしてちゃ!!ぐるぐるぱんちは、ゆいしょただしき、ずんちゃたちようせいのひっさつわざなのだ!!ずんちゃたちをばかにするなああああああああああっ!!」


キモティダロ似の個体が憤慨する。由緒正しきだと? 笑わせるな。そんな短い前足を振り回すだけで、何が出来るというのか。


「あ、あにずん、ぶれーなのだ!!…………で、でもがんもだいおーさま!!あいつらも、ぐるぐるぱんちをつかってきたのだ!ぐるぐるぱんちがつかえないなら、どうやってたたかえばいいのだ?」

「数で負けているなら、同じ攻撃をしても無駄だ。ならば、道具で脅すしかない」

「ど、どうぐさん……?」


怪訝そうにする川妖精たちの前でワシは立ち上がり、後ろに積みあがったゴミの山に向かって歩く。

ここには、いろんなものが流れてくる。処分が面倒だからといって不法投棄された粗大ゴミをはじめ、一般的にはガラクタとされるものの中にも、ワシにとってはまだ使えるものが多く含まれる。

ワシは、護身用に研いでおいた鎌を拾い上げる。


「例えば、こんなものがある。お前らの幼稚な“ぐるぐるぱんち”よりも、これをかざすだけで、相手の戦意喪失を狙える」

「が、がんもだいおーさま!!すごいのだ、すごいのだ!!」


実際にはただのホームレスなのに、川妖精にとってのワシは、救世主とでも言って良かった。

未開の地の原住民に武器をもたらした、文明人のように…………




「さあ、いくのだ!ずんちゃたちのおうちさんをうばいかえすのだ!!」

「ぼくたちには、がんもだいおーさまのごかごがついているのだ!こんどこそ、かつのだ!」

「のだのだのだのだ!!のだのだのだのだ!!」


やがてワシは、8匹すべてに鎌や銛、鉄パイプや石槍といった武器を与えた。勿論、そのままそこにあったわけではなく、ワシが武器として加工したものだ。

武器を持った川妖精たちは、すぐさま川を離れ、小麦畑まで飛んで行ったのだった。戦闘要員ではないが、おくるみに入った子ずんと、それを抱きかかえる母ずんもついていった。


うるさい害獣どもがいなくなったので、ワシは深く伸びをし、次の食事を確保するために釣りを始める。

川妖精は、ワシが虚空からがんもどきを生み出したと思い込んでいたが、本当にワシにその能力があれば、どれほど楽か……




結局、魚は全く釣れなかった。ワシは、戦いの行方が気になって小麦畑まで歩いて行ったのだが……


「なっ……」


絶句する。そこには、想像を絶する光景が広がっていた。


「ころせえええええええ!!ずんちゃたちがさいきょうであることをしょうめいするのだあああ!!」

「のだのだのだのだ!!しね!しねえええええ!!」 ぐさっ!!

「がばあああああああああああああああああっ!!」


銛をきらめかせた川妖精たちが畑の妖精を追い回し、次々に突き刺しては殺している。


ぼこっ、ぼこっ、ぼこっ、ぼこっ、ぼこっ、ぼこっ!!

「しね!しね!しね!しね!しね!しね!しね!しね!」


鉄パイプを持った川妖精が、もはや肉塊と化した畑の妖精を殴り続けている。飛び散った体液が、血走った目をした川妖精の体を染め上げる。


ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ!!

「おぎゃーおぎゃー!おぎゃーおぎゃー!おかーちゃ!おとーちゃ!たしゅけちぇほちいにょだああああああ!!」

「ほらほら、にげるのだくちょちびども!!がんもだいおーさまのなのもとに、しぬのだあああ!!」


鎌を持った川妖精は、小麦を刈り取りながら、畑の妖精の子ずんを一ヶ所に追い込み……


「く、くちょずん!!おちびちゃんはわたさないのだああああ!!ぐるぐるぱんちで、しねえええええええ!」

「のーだのだのだ!!ばかずん!!そっちが、しねええええええええええ!!」 ざしゅっ!!

「うごごおおおおおおおぁああああああああああっ!!」


子ずんを助けようと「ぐるぐるぱんち」で突撃してきた妖精を、鎌で返り討ちにする。


「お、おぎゃ、おぎゃ!!おぎゃああああああああああああああああああ”あ”あ”あ”あ”!!」

ざしゅっ、どしゅっ!ぶちゅっ、ばちゅっ!!

「のーだのだのだ!のーだのだのだ!ぼくたちこそが、さいきょうなのだああああああああああああああ!!」


そして、泣き叫ぶ子ずんたちの首を容赦なく刈り取っていく。


畑の妖精たちは50匹くらいいたのだろうか。その殆どが、死体となって地面に転がる。黄金色の大地の上にうごめく妖精の体色は、よく目立った。

どうやら、川妖精たちは武力でもって、有無を言わさず相手を殺害することにしたようだ。


ワシが想定していたのは、武器を見せつけることで、数の暴力に対する抑止力にすることだけだったのだが…………


妖精の野蛮さを完全に舐め切っていた。

簡単に武器なんか渡すんじゃなかった………………




やがて、畑の妖精が全滅すると、勝ち誇ったように川妖精たちは笑い始める。


「のーだのだのだ!のーだのだのだ!!ずんちゃたちのかちなのだああああああああ!!」

「やったのだ、やったのだ!!これもがんもだいおーさまのおかげなのだ!!」

「いや、ずんちゃたちだけのちからなのだ!ずんちゃたちこそが、さいきょうの“もりのけんじゃ”なのだ!!」

「もりのけんじゃ!!もりのけんじゃ!!もりのけんじゃ!!もりのけんじゃ!!」


川妖精たちの汚らしいコールが響き渡る。「キモティダロ」似の個体なんかは、銛を手放して、尻を振りながら卑猥なダンスを踊り始めていた。


次の瞬間。


ゆっくりと、地面に置かれたままのその銛を掴んで、「キモティダロ」の背後に回り込んだ影があった。川妖精たちは、全くそれに気づかない。


…………あれは、何だ?


「あっ、がんもだいおーさまなのだ!ぼくたちのすばらしいたたかいをみにきてくれたのだ!!」

「のだのだのだのだ!!がんもだいおーさま!!ずんちゃたち、やったのだあああああ!!」


遠くから見守るワシの姿に気づいた川妖精たちが、一斉にこちらを向いた。

その隙を逃さずに、銛を奪い取った影は、「キモティダロ」似の個体に襲い掛かる。


ぐさっ!!

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


甲高い悲鳴が響き渡る。銛は「キモティダロ」の体を貫通し、体液を迸らせた。


「ああ、あにずんが!あにずううううううん!!」 「あ、あんこもんなのだ!!」 「うわああああああぁのだっ!」 「ひ、ひるむななのだ!ぶっころちてやるのだ!」


白目を剝いて「キモティダロ」似の個体が死ぬと、川妖精たちの間にサッと緊張が走る。

あいつら「あんこもん」と言ったか?なんだ、それは……


銛を構えた妖精らしき姿をしたイキモノの体色は、赤褐色。色からして、川妖精でも、畑の妖精でもなかった。

川妖精たちは、じりじりと後ずさりを始めている。「あんこもん」と呼ばれたイキモノは、銛に突き刺さった川妖精を引き抜いて、その歯で噛みちぎった。

ずぽっ!ばぐっ、ばくっ……


「あ、あにずんが……たべられてるのだ……」 「しょんな、しょんなああああ……こんな、くちょあんこもんなんかに……」 「くちょあんこもん、ころす、ころすのだ……」 「さいきょうのぼくたちが、やっつけてやるのだ…………」


口では勇ましいことを言いながらも、川妖精の足はどんどん「あんこもん」から離れるように動く。

あの「あんこもん」は妖精を食べるのか。川妖精たちは、本能的に恐れを抱いているようだった。


「あっ……まって、おちびちゃん!!」

「くちょあんこもん!!ずんちゃが、ぶっきょろちてやりゅにょだ!!」


川妖精たちに動きがあった。後ろで戦闘を見守っていた母ずんの抱えたおくるみから、子ずんが飛び出したのだった。


「おちびちゃん、もどるのだ!くちょあんこもんと、たたかっちゃいけないのだ!!」

「ころしゅ、ころしゅ、ころしゅ、ころしゅ!!」


涙目の子ずんは、よちよち歩きで一直線に「あんこもん」へと向かって行く。その速度はあまりにも遅く、あまりにも無謀な突進だった……


「にょだにょだにょだにょだ、にょだあ”あ”あ”っ!!」 ぶしゅっ!!


死んだ川妖精を咀嚼していた「あんこもん」の銛を持った手が動き、一生懸命に突進してきた子ずんを突き殺した。


「あぅあ……お、お、おちびちゃん、おちびちゃん!!く、くちょあんこもん!よくもおちびちゃんをおおおおおおおおおっ!!…………あああああああああああああああああああああああああああっ!!」 どびゅしゅっ!!


我が子を目の前で殺され、激昂した母ずんが飛び掛かるが、結果は同じだった……

「あんこもん」の構えた銛には、子ずんと母ずんが仲良く突き刺さって体液をだらだらと垂れ流している。


「………………」


やがて、「あんこもん」は残りの妖精を睥睨すると、2匹の妖精が突き刺さったままの銛を持って飛び去った。

よくは見えなかったが、その体のサイズは、妖精よりも大きかった……




「……おらああぁ!!」

どしっ!! 「うおぉっ!?」


ふいに、後ろから何者かに背中を突かれ、「あんこもん」に見とれていたワシは、バランスを崩して畑に転がり落ちた。


「へはっはっはっはっはっ!!見ろよ、このブザマな姿!!」

「ぎゃははははっ!!ナイスタックル、ショウマ!!」


上から聞こえて来る声。痛む体を起こすと、ふたりの若者がこちらを見下ろしてニヤニヤ笑っているのが見えた。

一方は、スマホで動画を撮っているようだ……


「な、なんだアンタたちは……」

「よくぞ聞いてくれたな、社会のゴミ!!俺は、正義の味方、“私人逮捕系ヨウツベラー”のショウマだ!!」

「し、私人逮捕……!?ど、どうしてだ、ワシは何も悪いことしておらんぞ……」

「黙りやがれ!!この、社会のゴミがっ!!」


急に怒鳴るや否や、こっちまで降りてきた若者は、ワシの胸倉を掴み上げる。


「うぐうぅっ」

「見てくれ!みんな!!このホームレスの汚らしいジジイが、小麦畑をこんなメチャクチャにしやがったんだ!!家がないからって、こんな犯罪行為が、許されるわけねえよなあっ、みんな!!」


苦しむワシをよそに、ショウマと名乗った男は、もうひとりの構えたスマホに向かって、大げさに演技をしてみせる。

妖精たちの戦場になった小麦畑は、確かにメチャクチャになっている。だが、こうなったのはワシの想定外だった……


「な、何の言いがかりを……ぐあっ!」 ばぎっ!!

「黙れって言ってんだろこの社会のゴミ!!くたばれ!!この犯罪者!!お前が死ねば、世の中はもっとよくなるんだあああああああっ!!」

「ははっ、よしよし、いいぞショウマ!!そろそろいつものやつやっちゃわね?編集は任せろって!!」


殴られたワシが倒れると、スマホを構えた男が、若者特有のヘラヘラした癪に障る声を発する。


「カメラ回ってるな、よしっ……………“これから正義の味方、この俺、ショウマ様が、社会のゴミを逮捕して”っ………………ごあああああああああああああああああああっ!?」


勝ち誇って前口上を述べていたショウマが、急に悲鳴を上げて倒れた。

その理由はすぐにわかった。ワシの危機に気づいた生き残りの川妖精たちが、一斉にショウマに襲い掛かったのだ。


「うわあああああああああああああああああああああっ!!痛い!痛いよおおお!!た、助けてくれえええええええええええっ!!」

「がんもだいおーさま!おまもりしますのだ!!」 ぶすっ、ぶすっ!!

「くちょあんこもんには、かてなくても、くちょにんげんにだったらかてるのだ!」 どしゅっどしゅっ!!

「よくも、よくもぼくたちのがんもだいおーさまをいじめたなああああっ!!しね!しね!くちょにんげん!」 ざくっ、ざしゅっ!!

「のだのだのだのだ!!ころせ!ころせえええええええええええええええええええ!!」


呆然とするワシの前で、みるみるうちにショウマの顔は川妖精の手にした銛に突き刺され、鉄パイプで殴られ、石で叩き割られ、鎌で切り裂かれていった。


「ぐああああああああああ……た、たすけ、たすけ………………て………………」


顔に取りつく川妖精を振りほどこうと振り回していたショウマの手が、やがて力を失ってパタリと地面に落ちる。

ショウマの顔は、もはや原形をとどめていなかった。顔面から噴出したおびただしい血液が、あたり一面に広がる。


「うっ、うっ………うっ、うわああああああああああああああっ!ショウマ、ショウマああああああああっ!!人殺し!!人殺しだああああああああああああああああああああああああああっ!!」 ダッダッダッダッ……


もうひとりの若者は、スマホを取り落とし、血相を変えて逃げていく。


「まてえええええええええええええっ!おまえもしぬのだくちょにんげん!!」

「ぼくたち“もりのけんじゃ”のおそろしさをみせつけてやるのだああああああああっ!」

「ころせ、ころせ、ころせええええええええええっ!!がんもだいおーさまのなのもとに!!」

「どうぐさんなんていらないのだ!これがなくても、くちょにんげんごろしなんて、らくしょーなのだ!!」


川妖精たちは、武器を捨て、逃げた若者を追いかけるように飛び出していった。


「くちょにんげんのどうぐさんなんか、こうしてやるのだ!えい!えい!」 バキャッ!!ばぢばぢぃっ!


1匹の川妖精は、若者の落としたスマホを鉄パイプでバキバキに破壊してから飛んでいった…………




ひとり残されたワシは、もはや動かぬショウマと、川妖精が置いていった大量の武器のもとで、ただ震えながら自分を待ち受ける運命を悟っていたのだった………………






とある新聞の見出し

顔面崩壊 ホームレス男性 若者を殺害 多数の凶器




鑑識部の警察官の声

『証拠隠滅のために、若者が落としたケータイを破壊したんだろう……ダメだ、映らない』

『データは復元出来そうか』

『やってみますが、望み薄です』

『しかし、川に落とすなり何なり、すぐ発見されないような方法を考え付かなかったのだろうか』




生き残った若者(撮影者)の証言

『……ショックだよ。あの優しいショウマが、死んだなんて………ホントだって、ホントに、俺たちは、ただ歩いてただけなんだよ?……そしたら、あのジジイが畑から飛び出してきて急に、変な言いがかりつけてショウマに襲い掛かって、ショウマの顔を………(嗚咽)…………俺はショウマの顔から血が出て、殺されるのを見てることしか出来なくてぇ……!!それが悔しくて、悔しくて……(嗚咽)……あんまりじゃん、ショウマは正義の味方なのに、あんなヤツに殺されるなんて!!死刑だ、死刑!!死刑にしないと、ショウマがかわいそうだよ……』


※物議を醸しそうなラストの発言はカットされた

(『若者をいぢめて楽しいかっ!?やかものを、若者をいぢめて面白いかっ!?』)




ニュース・キャスターによる解説

『…………被疑者の男性は容疑を否認しているということですが、現場検証によりますと、犯行をカモフラージュするために、被害者と同様の方法で殺傷した妖精の死骸を大量に畑へとばらまいたことは明白であり、何より、被害者の顔に対し銛や鎌、鉄パイプ等の凶器を用いて執拗な暴行を加えていることからも、被害者に対する明確な殺意があったことがうかがえ、警察は、計画的な殺人事件として捜査を進めています………………』






〜終〜




ここまで読んでいただきありがとうございます。「がんも大王」がのめりこんでいた「競ずん」の詳細な描写については、ずんだホールディングス様の動画作品『競争用ずんだもんの一生』を参考にさせていただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。