ダイオキシン類の人体への影響は未解明だが、時間の経過とともにある程度は排出される。なぜ次世代に影響するのか。
長年油症の研究を続けてきた宮田秀明・摂南大名誉教授(環境科学)は「体の組織が完成した大人と違い、子どもは微量でも影響を受ける。特に、母親の胎内で受精卵が細胞分裂して体の器官が作られる時の影響は甚大。胎児への影響は大人の10倍以上という研究がある」と説明する。
79年に起きた台湾油症事件では黒い赤ちゃんなどの日本の先例が参考にされ、次世代の実態調査や対策が取られた。被害者の母親から生まれた子は、申請すれば患者と認定されて医療費が免除される制度が整った。
一方、日本では、多くの被害者の訴えがあるのに、国は次世代への影響を詳しく調査しようとしない。カネミ油症被害者支援センター(東京)が、厚生労働省の2008年度油症被害調査を分析した報告書では、認定・未認定を問わず、被害者の子や孫、ひ孫まで、さまざまな類似の病状がみられた。
へその緒からダイオキシン類を検出する研究をした長山淳哉福岡工大客員研究員(環境分子疫学)は「科学的にダイオキシン類にさらされた証拠があっても認定しない。現行の認定制度はおかしい」と批判する。
昨年9月施行のカネミ油症被害者救済法では、認定患者の同居家族は認定することになった。だが長山氏の調査で、へその緒からダイオキシン類が検出されたある患者は、当時、母親のおなかの中だったため、「胎児は同居家族ではない」として認定されなかった。
岡山大大学院の津田敏秀教授(疫学)は「今の認定制度は、よく分かっていないことを『総合的に検討』という言葉を使って、被害者を切り捨てている」と断言する。さらに「水俣病も同じだが、カネミ油症は食中毒事件。食品衛生法では、原因の食べ物を口にして症状が出れば患者となり、本来、認定制度など必要ない。まずは油を食べて症状が出ている未認定患者を、すべて食中毒患者として認定しなくてはいけない」と指摘。そして次世代への影響については、国による実態調査が急務だと説く。
前出の下田恵さんは訴える。「私の体に起きていることは何なのか。次世代の被害を、ないことにしないでほしい」
(画像:カネミ倉庫製の米ぬか油(ライスオイル)の瓶)
カネミ油症事件 1968年、北九州市のカネミ倉庫が製造した米ぬか油を食べた約1万4000人が健康被害を訴えた。油の製造過程でダイオキシン類が混入。全身の吹き出物や色素沈着、頭痛、免疫力低下などさまざまな症状が出た。厚生省(当時)が対策本部を設置したが、被害者の大半が油症の認定から漏れた。2012年8月、被害者救済法が成立。認定患者と同じ油を食べた同居家族も患者と認定し、カネミ倉庫は医療費を負担するほか、年5万円を支払い、健康実態調査名目で国からは年19万円が支給される。しかし、新法で増えた認定は228人。今年5月末で認定患者は2210人にとどまる。