四国の愛媛県松山市北条地区の風早八十八箇所という巡礼コースの紹介と研究のページです。

風早八十八箇所について


四国八十八カ所は弘仁6年(815年)弘法大師42才のとき開かれたといわれる。
 僧による大師の遺蹟の巡歴修行からはじまり、その後幾多の変遷を経て一般庶民の四国霊場参拝となり今日に至った。遍路は巡礼の途中で大自然と対決し、それを克服することによって不治の難病が治癒したり、精神的悩みから解放されたりするものと思う。信仰心はあっても、四国八十八カ所に参拝することが出来ない人がおり、そのような人のために、各地域では手軽に巡拝できる島四国や、郡四国がつくられたものと思う。
 風早郡四国の起源は明らかではないが、高縄山麓の村々にあった薬師堂、地蔵堂、観音堂、阿弥陀堂などを結んで明治初年頃、猿川と大遊寺の人が発起人となってつくられたものらしい。それは数カ所の札所の番号を刻んだ石柱に世話人の名があり、その氏名の調査結果から推察することができる。
 一番は大遊寺の堂で八十八番は蓮生寺である。
 札所の堂には石柱が建てられている。石柱は長方形で、たて13.5僉△茲械隠魁ィ記僉地上高さ60儖未里發里如⊂緘省に番号があり、下には次の場所とそこまでの距離を示している。石柱の殆どが花崗岩であるが河野地区は中須賀の薬師堂を除き安山岩(雄甲山の柱石)を使用している。(苞木の三十番は安山岩) また、花崗岩製と安山岩製では筆跡も異なっている。
 石柱は道路整備や田畑の開墾などで折れたり埋もれたり基礎石(安岡の地蔵堂)に使用されているところもある。現在堂はなくなっているが近くの堂に移して石柱が一カ所に二つあったりもする。
 堂によっては毎朝、毎晩、老人が花や線香を手向けているところもある。多くのところは荒廃しているが最近、改築しているところも見られる。
 この調査をする中で昔から部落の年中行事を通して、地域の連帯のきずなを堅くしながら祖先崇拝の精神をはぐくんできた事を思い、世の移り変わりのはげしさをしみじみと感じた。
 風早八十八カ所を復興し、信仰は勿論のことオリエンテーリング、サイクリング、ハイキングのコースとしても役立てたいものである。
 今後、これらの堂にまつわる伝説や民族的行事などを記録に残したいものである。
 まだまだ不明な点が多いのでこれをきっかけに各地区の皆様のご協力をお願いし、早く全容を明らかにしてその保存に努力されることを期待するものである。


北条の情報

アクセス

電車
  • JR予讃線 伊予北条駅 (愛媛県松山市)
自動車
  • JH松山自動車道 松山ICより約30分
  • JB西瀬戸自動車道 今治ICより約30分
  • JH今治小松自動車道 湯ノ浦ICより約40分

観光

  1. 鹿島
  2. 高縄山
  3. 一茶の道

---

風早八十八箇所のページについて

インターネットが普及した今、なんでも検索でひっかかる便利な時代になりました。
松山市北条近辺に残る、風早八十八箇所を尋ね歩こうと思ったのですが、検索のヒットも少ない、
資料が少ない、図書館や「松山市北条ふるさと館」で調べた情報で自分なりに調査しておりました、
その中で「風早歴史文化研究会」の竹田先生の研究と資料を数々をいただき公開する許可をいただき
このページを作成させていただきましたことを、この場をお借りしまして感謝の意を表します。
 (ページ作成担当 東)

livedoor Wiki関連リンク

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。

Menu

札所リスト

札所1番〜30番

リンク

【メニュー編集】

メンバーのみ編集できます