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2-5:呪い編

初公開:2020/07/18


モグラの洞穴は思っていたよりも遥かに長く、緩やかに地下まで続いているようだった。

だが、最初はTejasの中腰程度の高さだった洞穴が、次第に人一人が通れるほどの大きさへと変わり、終いには掘削機で掘ったかのような広大さを誇るようになるに至った過程を目の当たりにし、
この穴は人為的に掘られたものだとTejasは確信した。

暫く進めば入り口から漏れていた外の光はすぐに消え失せ、洞窟内は一切の闇に包まれていた。
Tejasは手を洞窟の壁に当てながら方向感覚を失わないように歩いた。外が雨模様だからだろう、土の壁はほんの少し温く湿っていた。

少し前ではオリバーの歩いている音こそ聞こえるが、姿を捉えることができない。それに彼の歩く速度は少しずつ早くなっているようだった。
なにかに逸る同行者を止めるべく、Tejasは声を張り上げた。

Tejas「おい、オリバー。先にいるのか?」

オリバー「あ、ああ。すまん、先に進みすぎた。おれは夜目がきくからな」

前方から少し焦り気味の返答があり、歩く速度は少し落ち着いたようだった。これで彼を見失う危険性こそ減ったが、視界の悪さに対する根本的な解決策はない。
やれやれ、火属性の魔法を使って辺りを照らさないといけないな。と、Tejasが得意ではない魔法を使おうとしたその瞬間。

先頭からパチンというフィンガースナップのような小気味よい音が鳴り響き、途端にどこからともなく火の玉が表れた。
人の顔程度の大きさの火の玉は二人の周りをくるくると一周し召喚された喜びを表現しながら同時に辺りを明るく照らした。

Tejas「魔法、使えたんだな」

オリバー「まあな」

火の玉に照らされたオリバーは、少し罰が悪そうに俯いていた。
隠していたわけではないが、若干の後ろめたさはあった。
自らの正体を明かしていないのだから無理はない。近頃の犬っころは魔法も使えるんだぜ、と冗談の一つでも言えればよかったが今はそんな気分でもない。

後方を再度確認した。
公国兵たちが洞穴に迫ってくる様子はない。ひとまずは身の安全を確かめられたといってもいいだろう。

オリバーは今朝から疑問に思っていたことを直接、Tejasに確かめることにした。

オリバー「いい加減教えてくれ。あの時、あんたは一体何をして公国兵を気絶させたんだ?」

こちらに近づこうと歩き始めていたTejasは再び立ち止まった。

ぼんやりと火の玉に照らされた彼を見て、そこでオリバーは初めて彼の“特異”の一端に気がついた。


オリバー「おまえ、一体いつから“それ”を付けていた…?」

短時間でお互いに色々なことがあった。
オリバーもホースバイクの恐怖の走行から完全に立ち直ってはいなかったが、オリバーの思っていた以上にTejasは外傷がひどかった。

身体はススで黒く汚れ、頬や足首は叢によるものか裂傷が目立ち逃避行の悲惨さを物語っていた。
さらに彼の羽織っていた革のジャケットもぼろぼろになり、いつの間にか二の腕あたりの袖部分が破れ、血の滲んだ肌が僅かにむき出しになっていた。
洞窟に入る前には気が付かなったが、もしかしたら既に地上に居た時から破けておりオリバーが見落としていただけかもしれない。

いずれにせよ、この状況下で初めてオリバーは気がついた。

顕となった彼の右腕には、まるで刺青のようにぎっしりと【魔法の紋章】が描き込まれていたのだ。



オリバー「おまえ、その【紋章】は――」

Tejas「俺の右手はな…“呪われて”いるんだ」

オリバーの言葉を遮り、Tejasはポツリと呟いた。

オリバー「…呪われているだと?」

オリバーは、今度はまじまじと彼の右腕を眺めた。
思えば、いつも何かしら長袖の上着を身につけていた彼の右腕を直視したことはなかった。
初夏だというのにおかしいとは思っていたが、彼が“変人”であると知っていたので、あまり気にとめていなかった。

彼の右腕にかけられている【紋章】とは、魔法を発生させる魔法陣の代わりに使われる術式である。

そもそも魔法とは、魔法使いが魔法陣を生成、媒介とし詠唱することで人智を超えた業を解き放つ術である。
【魔法の紋章】とは都度呼び出す魔法陣の代わりに、強大な魔法力で永続的に陣を生成し世に縛り付ける高等儀法だ。

それゆえ、【紋章】は呪いにもなり得る強力な術式だ。
広大な魔法力を持つ者にしか【魔法の紋章】を創り出すことはできない。【紋章】を創るということは魔法使いにとって一種のステータスにもなるのだ。
その【紋章】には魔法使いの誇りと自信の表れとして、詠唱発生させる魔法や魔法使いの“意図”となるフレーズが描き込まれていることが殆どだ。

これらは訓練をしないと見る者も判別することはできないが、凡そ中級以上の魔法使いであれば会得していることが多い。
自らを中級以上の魔法使いであることを自覚しているオリバーであったが、彼の右腕に刻まれている紋章については内容を一切読み取ることができなかった。
それは即ち、Tejasにかけられている“呪い”が相当高度な魔法であることの裏返しでもある。

ただ、紋章の節々に表れる魔法の“フレーズ”に、オリバーは見覚えがあった。

オリバー「これは、カキシード公国古来の魔法陣、だよな?…お前が詠唱したわけではないな。あの国で何かしたのか?」

Tejasは笑いながら首を横に振った。

Tejas「いや、公国には行っていない。
子供の頃、近くに住んでいた魔法使いにちょっとした呪いをかけられてな。
それ以降、ずっと右腕はこのままだ。洗っても傷つけても消えやしないのさ」

オリバー「紋章は魔法陣のポータル版だからな。魔法の性質によっては、術者がいなくなっても永久発動するものもある。
何年経っても消えないということは、あんたにかけられた紋章は恐らくその類のものだろうな」

Tejas「随分詳しいんだな?」

オリバー「…おれはカキシード公国の出身だからな。魔法に関することであれば詳しいさ」

オリバーはまたも罰が悪そうに目をそらしながら答えた。彼が答えに詰まる時は、罪悪感を覚えているか嘘をついている時しかない。
短い付き合いながらTejasは彼の性格を理解し始めていた。

Tejas「まあ、それで。この呪いを受けてから俺の右手だけが特異な力を持つようになったのさ。具体的に言うと、右手で触れたものに俺は何であろうと“干渉”できるようになった」

オリバー「干渉…?」

Tejasは唐突にオリバーの視線の前まで屈むと、何の断りもなく自身の右手でオリバーの前脚を掴んだ。

オリバー「なにしやがッ……!!」

ちらりと見えた彼の右腕の紋章が青く光ったその瞬間、オリバーの脳内に走馬灯のように数多くの光景が浮かび上がってきた。

オリバー「な、なんだこれは…ッ!」

セピア色にかかった思い出が、脳内に写真のように次々と浮かび上がっては消えていった。

―― 幼い頃、かけっこが遅く周りからいじめられていた記憶。
―― 仲の良い友達と駄菓子屋に行き初めてもぎもぎフルーツを食べた記憶。
―― その友人たちと山奥の小屋に忍び込もうとした記憶。
―― そして、ローブを被った無口な魔法使いが杖から放った閃光を間近で見た記憶。

印象深い記憶が表れては消え、また表れては消えてゆく。

ただ、この記憶はすべてオリバー自身の記憶ではなかった。

Tejasの記憶なのだ。
全てTejasの目線で起きた記憶が、オリバーの脳内にどんどんと流されていった。

Tejasがパッと前足を離すと、それまで濁流のように流れ込んでいた脳内の記憶は瞬時に消えた。

Tejas「これが俺の記憶だ。説明するよりも早いだろ?」

オリバー「ハハッ…そういうことかよ」

Tejas「俺の右手はあらゆる万物に“干渉”し、俺が持っている情報を流し込むことができる。転用すれば一種の精神汚染攻撃なんてこともできる」

Tejas「また、この右腕には“転送”能力もある。たとえばオリバーと本当の子犬とをロープで結んでおいて、そのロープを俺の右手が掴めば、お前たちは俺を介して“繋がった”状態になる。
そうすれば間にいる俺の“転送能力”で、オリバーの記憶を子犬に移す、なんて物騒なこともできるわけだ」

オリバー「さっきの兵士とお前はロープを介してその能力でつながり、お前のびっくり脳内映像でも相手に流して気絶させたというわけか。
万物に干渉する…まるで神みたいだな」

内心でオリバーは計り知れない衝撃を受けていた。
目の前で起きた能力の異端さだけに驚いていたわけではない。

以前オリバーの“仕事”の依頼主から、Tejasの能力について話を聞かされたことがあった。
依頼主たる彼の主人は、オレオ王国へ旅立つ直前のオリバーにTejasのような能力を持つ人物を【鍵】と表現した上で、次のように告げた。

『今回の一連の事態の主謀者は【鍵】を欲している。【鍵】があれば主謀者が従える眠った駒を完全に蘇らせることができる。
しかし幸運にも、その【鍵】は遠い場所へ旅立ち容易に戻っては来ない。お前の役目は、もしそいつを見つけても、決して会議所に戻してはいけないことだ』と。

まさに【鍵】とはTejasの事を指していたのだ。

Tejasの“特異”がこの一連の戦争を集結させる【鍵】となるのだ。
知らずのうちに、オリバーはゴクリと喉を鳴らし事態の重要さを理解した。

オリバー「信じられねえな。そんな便利な能力があったとはな」

声の震えを悟られないように、オリバーは低い声で喋らざるをえなかった。

Tejas「言っただろ?“呪い”だってな。俺はこの能力と一生付き合わないといけない。それに何も便利になるだけじゃない。こいつには“制約”もあるのさ」

オリバー「制約か…ん?なんだ、あれは?」

先に先導していた火の玉は少し先が行き止まりになっていることを二人に告げるように、辺りをぐるぐると周った。
その行き止まりには土の壁の中には不自然な、鋼鉄の扉がそびえ立っていた。

Tejas「こんなところに扉があるなんて妙だな。ん?どうしたオリバー?」

横で呆然としているオリバーを見て、Tejasは心配そうに声をかけた。
先程のTejasの告白に続き、次々と明らかになる事態にオリバーの頭はパンク寸前だった。

オリバー「信じられねえ、やはりここが…いや、でも。確かに、位置的にいえばここは湖の底。そうか緊急脱出通路なのか…」

ブツブツと呟く彼を尻目に、Tejasは扉に近寄った。鋼鉄でできた扉はさすってみると埃も被っておらず錆びてもおらず、最近設置されたものだと一目で理解した。
唯一変わったところといえば、扉の表面には静脈のように扉中に張り巡らされた印が青く光り存在感を放っている。

Tejas「これはもしかして――」

オリバー「――そう、お前に憑いているものと同じ【紋章】だな。どうやら見る限り、魔法無効の術が施されているらしい」

Tejasの術式とは違い、扉に憑いている【紋章】は比較的中身が読み取りやすい部類だ。

Tejas「それに鍵もついているな」

扉の取っ手部分にはとこれまた真新しい錠前が何個も取り付いていた。
【紋章】に加えて四つも鍵を取り付けているところを見ると、この扉を設置した者は先日のチョコ屋の店主よりも用心深い人物のようだ。

オリバー「魔法でぶち壊せないとなると、鍵があっちゃあ開かないじゃねえか」

Tejas「おいおい、俺を誰だと思っているんだい?自称“マイスター”だぜ?」

Tejasは左手で胸ポケットから“仕事”のための工具を取り出した。襲撃の時に咄嗟に持ってきたものだが、早速役立つことになり内心ホッとした。

Tejas「3分で片を付けよう。難しいが、新記録を狙うよ」

扉に取り付けられギュウギュウ詰めになった錠前たちを手に取り眺める。
どれも最新式のものばかりだ。先日の“仕事”よりもハードワークになるだろう。

Tejasから発せられる不思議な緊迫感につられ、オリバーも固唾を飲んでその様子を見守った。



自らが課した課題は必ず応えなくてはいけない。これが彼の信条であり【制約】でもあった。

達成しなければ“呪われた”右腕が暴走し彼の生命を吸い取っていく。

右腕の紋章が古傷のようにジュクジュクと痛みだした。
失敗した際に【紋章】の呪いが彼の生命を吸い取ろうと、今か今かと待ち構えているのだ。

自らの生命を賭け、困難に挑戦するこの瞬間が、Tejasはたまらなく好きだった。


―― アダージョ(ゆるやかに)。


自らを信用し信頼しない限り勝利はあり得ない。
急がなければならないこの刻に、Tejasは敢えて普段の所作で“仕事”に取り掛かる選択肢を選んだ。

一気に目先の錠前に意識を集中する。左手で錠前の鍵に工具を差し、右手では虚空のトランペットを吹く。いつものルーティーンは変わらない。
数秒も経たないうちに一個目の錠前は外れ地面に落ちていた。


―― アレグレット(やや速く)。

逸る気持ちを抑え、引き続きTejasは落ち着いた所作で次の鍵の解除に取り掛かる。

オリバーは目の前の“マイスター”の仕事様に、ただ言葉を失いながら見るしかなかった。
その中で、オリバーは初めてTejasが右手を頑なに使わない理由がわかった。
最初は左利きかと思っていたが、その理由は彼の右手が呪われていたことに理由があったのだ。

―― ビバーチェ(生き生きと)。


既に3個の錠前を外しながら、Tejasは弾むような手付きでラストスパートにかかった。右手は演奏こそしているものの、特定の曲を刻んでいるわけではなかった。
これまではどれも最初からアップテンポに刻んだリズムだったので、このテンポにちなんだ曲を持ち合わせていなかったのである。
また会議所に戻ったら新しい曲を書かないとな、とTejasは思いを馳せた。



Tejas「ほい、できた。型式はどれも新しいし最近取り付けたんだろうな」

余裕綽々といった様子で工具を元の胸ポケットに戻した。
時間は2分40秒。余韻に浸る間もない。

オリバー「あんた、本当にすげえな…そうやっておれのことも救い出したんだな」

Tejas「結果的にはな。でも今回の“お宝”はすごいだろうな。お前の反応を見ればわかるさ、オリバー」

オリバー「おれは知らねえ…」

オリバーが再び目を背ける様を見て、Tejasは苦笑した。
Tejasがそっと扉を押すと、錆による音もなく静かに扉は開き奥に繋がる道を示した。
洞窟の時とは打って変わりTejasが先に入り、その背中を追うようにオリバーも後に続いたのだった。


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