京都検定 学習ノート - 【過去問】2010年 第7回京都検定2級(10/10ページ)

第7回京都・観光文化検定試験《2級》

[10]宇治に関する下記の文章を読み、(   )に入れる最も適当なものを(ア)〜(エ)から選びなさい。
 宇治は京都の南東に位置し、古くから水陸交通の要衝として、また、平安貴族の別業の地として栄えたことから、現在も多くの史跡が残っている。
 宇治橋のそばには、橋を管理していたことから通称・橋寺と呼ばれる( 91 )があり、境内には宇治橋創建の経緯が記された「宇治橋断碑」が立っている。宇治川河畔では、豊臣秀吉が( 92 )築城のあと、宇治川を改修するために築いたとされる堤防「太閤堤」の一部が近年見つかった。
 平安後期、父の別荘であった宇治殿を、( 93 )が寺にしたのが平等院の始まりといわれる。本尊の阿弥陀如来像は、( 94 )の代表的な作品で国宝に指定されている。宇治川対岸にある( 95 )の本殿(国宝)は、神社建築として最古の遺構であり、平等院とともに世界遺産に登録されている。
 ( 96 )宇治は中国文化の影響も多く受けている。鎌倉時代には明恵(みょうえ)を通じて( 97 )が伝わり、今では日本有数の産地となっている。江戸前期に開祖された萬福寺は、中国風の建築様式で( 97 )を食することができる。近くには西国三十三所観音霊場の( 98 )札所の三室戸寺があり、アジサイやツツジなど四季折々の花の名所として知られている。
 宇治はまた、『万葉集』や『平家物語』など数多くの古典文学にも登場する。中でも( 99 )が書いた『源氏物語』の最後の十帖は、宇治が主な舞台となっていることから「宇治十帖」と呼ばれている。『源氏物語』の総合的な展示施設である「源氏物語ミュージアム」までは、宇治橋から「( 100 )」が整備され、多くの観光客が散策を楽しんでいる。

(91) 宇治橋のそばには、橋を管理していたことから通称・橋寺と呼ばれる(   )があり、境内には宇治橋創建の経緯が記された「宇治橋断碑」が立っている。

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(92) 宇治川河畔では、豊臣秀吉が(   )築城のあと、宇治川を改修するために築いたとされる堤防「太閤堤」の一部が近年見つかった。

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(93) 平安後期、父の別荘であった宇治殿を、 (   )が寺にしたのが平等院の始まりといわれる。

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(94) 平等院の本尊の阿弥陀如来像は、(   )の代表的な作品で国宝に指定されている。

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(95) 宇治川対岸にある(   )の本殿(国宝)は、神社建築として最古の遺構であり、平等院とともに世界遺産に登録されている。

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(96) 宇治は中国文化の影響も多く受けている。鎌倉時代には明恵(みょうえ)を通じて(   )が伝わり、今では日本有数の産地となっている。

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(97) 江戸前期に開祖された萬福寺は、中国風の建築様式で(   )を食することができる。

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(98) 萬福寺の近くには西国三十三所観音霊場の(   )札所の三室戸寺があり、アジサイやツツジなど四季折々の花の名所として知られている。

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(99) 宇治はまた、『万葉集』や『平家物語』など数多くの古典文学にも登場する。中でも(   )が書いた『源氏物語』の最後の十帖は、宇治が主な舞台となっていることから
  「宇治十帖」と呼ばれている。

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(100)『源氏物語』の総合的な展示施設である「源氏物語ミュージアム」までは、宇治橋から「(   )」が整備され、多くの観光客が散策を楽しんでいる。

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