「我…炎の化身…全てを…焼き尽くす…!!!」
赤々とした皮膚からは、触れることさえ許されない程の炎が吹き出す。
彼が踏み歩いた草は灰になり、樹木は燃え上がる。
他の者を寄せ付けない…その風貌はまさに魔神。
魔神は帝国の兵士に連れ去られた一人の少女を探し、北へ北へと歩を進めていた。
魔神がまだ人間だった頃の人格は、僅かに残る精神で炎の魔神から身体を取り返そうと、必死にもがく。
(それ以上破壊を繰り返しても何も得ることは出来ない!今すぐ俺の身体から出て行け!)
「フンッ!精神のみで…未だ足掻くとは…!黙って我の復活を見届けろ!」
(くそっ!どうして…こんなことになってしまったのだ……)
――数週間前
炎鉄都市イオの鍛冶職人の中でも、ひときわ体格の良い大男がいた。
彼の作る防具は鍛冶屋街でも指折りの名品と評判高く、遠くイエルの傭兵団からも発注がある程だった。
人柄も良い男は、街の人々から「ガルさん」と呼ばれ慕われていた。
その日も男は一人工房で肩当てを作成していた。
赤々とした鉄にハンマーを打ちつけては水に付け、邪魔にならず且つ強度の高いフォルムを目指す。
額の汗を拭って真剣な目で鉄の塊を見つめ頷くと、最後の仕上げに入った。
そんな工房を一人の少女が訪れる。
長い黒髪に赤いリボンをつけたまだ幼さの残る少女は、工房の入り口に立ったままジっと彼を見つめていた。
どうみても客ではないその風貌から、迷子か何かだと思った男は心配して声を掛けた。
「おや、お嬢ちゃん見ない顔だな。どうしたんだい?」
少女は表情を変えずにボソボソと返答をする。
「……おじさんはわたしを助けてくれる?」
「なんだ?ママとはぐれちまったのかい?どっから来たんだ?」
「ママは……いない……。だから……会いたい……」
少女の顔が少し歪んだような気がした。
入り口から工房の中に静かに歩いてくる少女。
何か訳ありのようだと、男は少女に近付く。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「私はララノア。おじさんは…」
少女が話していると、男は身体が一瞬軽くなったような感覚を覚えた。
長い時間作業をし続けていた疲れが、その瞬間だけなくなったような不思議な感覚だった。
少女は言葉を続ける。
「もう……私の……」
その瞬間、地響きと共に工房が揺れ、外からとてつもない爆発音が聞こえた。
地震……いや、もっと何か、想像も出来ないような事が起こっていると、男は直感的に感じ外に飛び出す。
「っ……!!」
屋外に出ると肌を焼かれるような熱を感じる。辺りを見渡すと、街の象徴である火山が真っ赤に燃え上がり、そこら中に火の粉が飛び散っていた。
「こいつは……大変な事になった!!」
目の前の光景を理解した男は急いで振り返る。
「お嬢ちゃん、悪いが少しばかりここで待っててくれるか?俺は街のみんなを助けなきゃ……」
工房の中に少女の姿はなかった。
「確かにそこにいた筈なのに……ララノア?どこだい?」
辺りを見渡しても少女の姿はなく、霧のように消えて無くなってしまった。
何が何なのか分からず、唖然としているとまた外から爆発音が聞こえ、工房が大きく揺れた。
「くそぉっ……!!どうなってんだ!?」
今は最優先で住民の避難をしなければならない。
男は工房を背に街の路地を走り周りながら大声を出す。
「みんな無事か!?火山が噴火した!!!全員避難しろぉおお!」
声の出る限り叫ぶが、返事もなければ人の姿が一切ない。
もう避難をしたのだろうか……。
更に走り回ったが、普段賑やかな商店街にも、街の集会場にも人の影はなかった。
男は呼吸を整えながら足を止め、ふと火山の方に目をやると、火山の山道の入り口に人の影が見える。
その長い黒髪と体格から、あの少女以外に考えられなかった。
「ララノア!そっちは危ない!ダメだ!!」
言葉が届かないのか、少女は山道へと歩いて入っていく。
男は必死で追いかけるが、炎に包まれた建物の瓦礫が崩れ、道を阻まれる。
回り道をしながら死にもの狂いで走るが、少女に追いつく事ができない。
無我夢中で走り、火口まで辿り着いた所で、男は目を疑う。
火口から噴き出るマグマは巨大な炎の魔神となり、少女を見下ろしている。
普段であれば現実として受け入れる事が出来ない状況だが、そんなことを気にしていられる状態ではなかった。
「ララノア!逃げろ!」
炎の魔神は拳をあげて、少女に襲いかかる。
男は、腰にぶら下げていた鍛冶用のハンマーを手に取り、魔神に向かって跳びかかる。
そのまま魔神の身体を力任せに殴りつけた。
「グォオオオオオオオ!!!!」
魔神はよろけるが、すぐに体勢を立て直す。
男はこの魔神が天変地異を起こしている原因だと直感し、魔神を睨みつける。
「貴様の好きにはさせない!この街は俺が守る!ララノアにも指一本触れさせはしない!このガルスタークが相手をしてやる!!」
男は高く飛び上がり、男の2倍はある魔神の頭上からハンマーを渾身の力で振り抜く。
しかし、魔神はマグマの中から盾を取り出して男の攻撃を防ぎ、更に男を盾で殴りつけた。
ハンマーは遠くへ飛んでいき、男はものすごい勢いのまま壁に打ち付けられる。
「ぐあっ!畜生………なんの…これしき!!」
魔神はそのまま少女を狙い、盾を振り上げて少女に襲いかかる。
「させるかぁあああああ!!!」
男は燃えている魔神に素手で殴りかかった。
魔神は大きく怯み、体勢を崩す。
男は殴りかかった勢いのまま、更に魔神の手に蹴りを入れて、持っていた盾を振り落とさせる。
魔神の手から落ちた盾を手に取り、更に高くジャンプすると盾を上空に構え、魔神を睨みつける。
「これで終わりだ!!あるべき場所に帰れ!!」
魔神の頭に盾を振り下ろし、確かな手応えを感じた。
「グォオオオオオオオ!!!!」
魔神は火口に倒れていき、マグマの中に落ちる。
火口の崖に着地した男は、集中を切らさずマグマの底を睨む。
魔神はマグマの中で暴れるが、そのまま沈み、消えていった。
男はほっとして尻もちをついたが、少女の事を思い出して側に駆け寄る。
「怪我はないか?ララノア…」
少女に差し伸べた手は、ボロボロに焼けただれていた。
少女は泣きながら男の手を握り、声にならない声を出す。
「なんでそこまで……。今…私が…治して…あげるから……」
その時、火口から炎が吹き出し、少女に向けて降り注ぐ。
「危ない!伏せろ!!」
男は魔人から奪った盾を構え、少女を守る。
しかし、襲い来る炎を防ぎ切る事はできず、盾を回りこむように炎が男の身体を包み込み、そのまま男の中へと流れ込んだ。
そして、男はその場に倒れ、そのまま意識を失った。
男が意識を取り戻すと、慣れ親しんだ工房だった。
仰向けに寝ているが、身体が熱く、何かがおかしい。
自分の腕を見ると、あの魔神の腕そのものだった。
炎が吹き出し、熱せられた鉄のように赤々としていた。
「気がついた……?」
聞き覚えのある声の方向を見ると、あの少女が座っていた。
「ララ…ノア…無事……だった…か……」
少女は涙を浮かべている。
「ごめんね……私のせいで……」
男は少女の顔を見て、少しだけ安心した。
「ララノ…アの…せいでは…ない……泣くな…」
「違うの……私が…私が…」
大粒の涙を流す少女の背後から、多数の影が見えた。
どこかの兵士?
鎧を着た男達があっという間に泣いている少女を取り囲む。
「貴様ら…誰だ…!」
男は必死に身体を動かそうとするが、傷が深いのか起き上がる事さえできない。
兵士の一人が少女の顔を見て頷き、他の兵士に合図をする。
兵士達はそのまま少女を担ぎあげて工房の外に連れ去った。
男は薄れゆく意識の中、必死に少女の名を呼ぼうとするが、もはや声すらも出せずに闇の中に落ちていく。
男が意識を取り戻すと、街の郊外の草原にいた。
何か、身体がおかしい……思ったように動かせない。
そればかりか、自分の意識と関係なく身体が動いている。
(これはどういう事だ!?勝手に身体が…!?)
「騒々しい…誰だ…我の中で…叫ぶのは……?フン……なんだ……この身体の……“前の”主か……」
男の身体は、炎の魔神に乗っ取られていた。
今は魔神に話しかける事しかできない。
(貴様!どこに行くつもりだ!?)
「我を…邪魔する…あのガキを…始末する……。さすれば…この身体は完全に……我のモノだ……」
(なんだと!?ガキとは…ララノアの事か!?ララノアに手を出すな!あの子は何も悪くない!)
魔神はごうごうと燃えるその手を頭に当てる。
「この身体に……入る時…ガキが何かをした…許さぬ…。ヤツを殺せば…貴様も消えるだろう…グハハ!!」
あの時、あの火山で、死に際の魔神はその魂を男の身体に宿したとでも言うのだろうか。
しかし、男がそれを確かめる術はない。
魔神は歩みを進める。
男は何もできない自分に苛立つが、どんなに足掻こうが身体を制御する事はできなかった。
数日後、男が目覚めると目の前に帝国軍の兵士団が見えた。
魔人は兵士団へと真っ直ぐ歩いていく。
帝国兵達は突然現れた、魔人が何なのかまだ分からない様子で、警戒の色を見せている。
「なんだあいつは……!?魔物か……!?」
魔神は歩みを止めずにニタリと笑うと帝国兵達に問う。
「ガキを……連れて…行った…鎧……と同じ……。ガキは……どこだ……」
兵士は魔神に驚き、剣を抜く。
「なんだこいつ喋ったぞ……何を言っているんだ…??くそっ!全員構えろ!こいつを討つぞ!!」
剣や弓を構え、魔神に向かい襲い掛かった。
「大人しく差し出せば良いものを……ウォオオオオアアアア!!」
魔神は身体に力を入れ、赤く光ったと思うと大爆発を起こす。
「燃えろ……グォォオアアアア!!!!」
「うわぁああああああ!!!」
あたり一面が焼け野原となり、そこに立つのは魔神だけだった。
「ゴミ共が……我に……歯向かうとは……ガキは……どこだ……」
男はなんとかして状況を打開しようと考えたが、その惨劇をただ見ている事しか出来なかった。
魔神は“少女を探し、帝国軍を目の敵にする化物”として大陸の中で噂となった。
噂が広まってから数週間後、誰も近づく事のなかった魔神に、声をかけた妖精がいた。
「こんにちは!うわわ。噂通り、すごい人ですね」
「何だチビ…我に……殺されたいのか…?」
妖精は炎の魔神に向かい、物怖じせず会話を続ける。
「いやいやそんな…!私は敵ではないですよ!お兄さんが探しているのは、帝国軍に連れ去られた少女なんですよね?」
「いかにも…。貴様……何か知って…いるのか……?」
「その少女の情報はないのですが……帝国と敵対している勢力がありまして、そこの人と協力すれば帝国の事も詳しいんじゃないかと思いまして…革命軍という組織を紹介したいのです。一人で広い大陸を探すのは大変だと思いますし…よかったらお話だけでも聞いてみませんか?」
魔神はニヤリと笑う。
「面白い…チビだ……いいだろう……我の力…貸してやる……」
「そうこなくっちゃですね〜!ではでは、早速ご案内しますね!」
妖精に連れられ、魔神は歩を進める。
赤々とした皮膚からは、触れることさえ許されない程の炎が吹き出す。
彼が踏み歩いた草は灰になり、樹木は燃え上がる。
他の者を寄せ付けない…その風貌はまさに魔神。
魔神は帝国の兵士に連れ去られた一人の少女を探し、北へ北へと歩を進めていた。
魔神がまだ人間だった頃の人格は、僅かに残る精神で炎の魔神から身体を取り返そうと、必死にもがく。
(それ以上破壊を繰り返しても何も得ることは出来ない!今すぐ俺の身体から出て行け!)
「フンッ!精神のみで…未だ足掻くとは…!黙って我の復活を見届けろ!」
(くそっ!どうして…こんなことになってしまったのだ……)
――数週間前
炎鉄都市イオの鍛冶職人の中でも、ひときわ体格の良い大男がいた。
彼の作る防具は鍛冶屋街でも指折りの名品と評判高く、遠くイエルの傭兵団からも発注がある程だった。
人柄も良い男は、街の人々から「ガルさん」と呼ばれ慕われていた。
その日も男は一人工房で肩当てを作成していた。
赤々とした鉄にハンマーを打ちつけては水に付け、邪魔にならず且つ強度の高いフォルムを目指す。
額の汗を拭って真剣な目で鉄の塊を見つめ頷くと、最後の仕上げに入った。
そんな工房を一人の少女が訪れる。
長い黒髪に赤いリボンをつけたまだ幼さの残る少女は、工房の入り口に立ったままジっと彼を見つめていた。
どうみても客ではないその風貌から、迷子か何かだと思った男は心配して声を掛けた。
「おや、お嬢ちゃん見ない顔だな。どうしたんだい?」
少女は表情を変えずにボソボソと返答をする。
「……おじさんはわたしを助けてくれる?」
「なんだ?ママとはぐれちまったのかい?どっから来たんだ?」
「ママは……いない……。だから……会いたい……」
少女の顔が少し歪んだような気がした。
入り口から工房の中に静かに歩いてくる少女。
何か訳ありのようだと、男は少女に近付く。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「私はララノア。おじさんは…」
少女が話していると、男は身体が一瞬軽くなったような感覚を覚えた。
長い時間作業をし続けていた疲れが、その瞬間だけなくなったような不思議な感覚だった。
少女は言葉を続ける。
「もう……私の……」
その瞬間、地響きと共に工房が揺れ、外からとてつもない爆発音が聞こえた。
地震……いや、もっと何か、想像も出来ないような事が起こっていると、男は直感的に感じ外に飛び出す。
「っ……!!」
屋外に出ると肌を焼かれるような熱を感じる。辺りを見渡すと、街の象徴である火山が真っ赤に燃え上がり、そこら中に火の粉が飛び散っていた。
「こいつは……大変な事になった!!」
目の前の光景を理解した男は急いで振り返る。
「お嬢ちゃん、悪いが少しばかりここで待っててくれるか?俺は街のみんなを助けなきゃ……」
工房の中に少女の姿はなかった。
「確かにそこにいた筈なのに……ララノア?どこだい?」
辺りを見渡しても少女の姿はなく、霧のように消えて無くなってしまった。
何が何なのか分からず、唖然としているとまた外から爆発音が聞こえ、工房が大きく揺れた。
「くそぉっ……!!どうなってんだ!?」
今は最優先で住民の避難をしなければならない。
男は工房を背に街の路地を走り周りながら大声を出す。
「みんな無事か!?火山が噴火した!!!全員避難しろぉおお!」
声の出る限り叫ぶが、返事もなければ人の姿が一切ない。
もう避難をしたのだろうか……。
更に走り回ったが、普段賑やかな商店街にも、街の集会場にも人の影はなかった。
男は呼吸を整えながら足を止め、ふと火山の方に目をやると、火山の山道の入り口に人の影が見える。
その長い黒髪と体格から、あの少女以外に考えられなかった。
「ララノア!そっちは危ない!ダメだ!!」
言葉が届かないのか、少女は山道へと歩いて入っていく。
男は必死で追いかけるが、炎に包まれた建物の瓦礫が崩れ、道を阻まれる。
回り道をしながら死にもの狂いで走るが、少女に追いつく事ができない。
無我夢中で走り、火口まで辿り着いた所で、男は目を疑う。
火口から噴き出るマグマは巨大な炎の魔神となり、少女を見下ろしている。
普段であれば現実として受け入れる事が出来ない状況だが、そんなことを気にしていられる状態ではなかった。
「ララノア!逃げろ!」
炎の魔神は拳をあげて、少女に襲いかかる。
男は、腰にぶら下げていた鍛冶用のハンマーを手に取り、魔神に向かって跳びかかる。
そのまま魔神の身体を力任せに殴りつけた。
「グォオオオオオオオ!!!!」
魔神はよろけるが、すぐに体勢を立て直す。
男はこの魔神が天変地異を起こしている原因だと直感し、魔神を睨みつける。
「貴様の好きにはさせない!この街は俺が守る!ララノアにも指一本触れさせはしない!このガルスタークが相手をしてやる!!」
男は高く飛び上がり、男の2倍はある魔神の頭上からハンマーを渾身の力で振り抜く。
しかし、魔神はマグマの中から盾を取り出して男の攻撃を防ぎ、更に男を盾で殴りつけた。
ハンマーは遠くへ飛んでいき、男はものすごい勢いのまま壁に打ち付けられる。
「ぐあっ!畜生………なんの…これしき!!」
魔神はそのまま少女を狙い、盾を振り上げて少女に襲いかかる。
「させるかぁあああああ!!!」
男は燃えている魔神に素手で殴りかかった。
魔神は大きく怯み、体勢を崩す。
男は殴りかかった勢いのまま、更に魔神の手に蹴りを入れて、持っていた盾を振り落とさせる。
魔神の手から落ちた盾を手に取り、更に高くジャンプすると盾を上空に構え、魔神を睨みつける。
「これで終わりだ!!あるべき場所に帰れ!!」
魔神の頭に盾を振り下ろし、確かな手応えを感じた。
「グォオオオオオオオ!!!!」
魔神は火口に倒れていき、マグマの中に落ちる。
火口の崖に着地した男は、集中を切らさずマグマの底を睨む。
魔神はマグマの中で暴れるが、そのまま沈み、消えていった。
男はほっとして尻もちをついたが、少女の事を思い出して側に駆け寄る。
「怪我はないか?ララノア…」
少女に差し伸べた手は、ボロボロに焼けただれていた。
少女は泣きながら男の手を握り、声にならない声を出す。
「なんでそこまで……。今…私が…治して…あげるから……」
その時、火口から炎が吹き出し、少女に向けて降り注ぐ。
「危ない!伏せろ!!」
男は魔人から奪った盾を構え、少女を守る。
しかし、襲い来る炎を防ぎ切る事はできず、盾を回りこむように炎が男の身体を包み込み、そのまま男の中へと流れ込んだ。
そして、男はその場に倒れ、そのまま意識を失った。
男が意識を取り戻すと、慣れ親しんだ工房だった。
仰向けに寝ているが、身体が熱く、何かがおかしい。
自分の腕を見ると、あの魔神の腕そのものだった。
炎が吹き出し、熱せられた鉄のように赤々としていた。
「気がついた……?」
聞き覚えのある声の方向を見ると、あの少女が座っていた。
「ララ…ノア…無事……だった…か……」
少女は涙を浮かべている。
「ごめんね……私のせいで……」
男は少女の顔を見て、少しだけ安心した。
「ララノ…アの…せいでは…ない……泣くな…」
「違うの……私が…私が…」
大粒の涙を流す少女の背後から、多数の影が見えた。
どこかの兵士?
鎧を着た男達があっという間に泣いている少女を取り囲む。
「貴様ら…誰だ…!」
男は必死に身体を動かそうとするが、傷が深いのか起き上がる事さえできない。
兵士の一人が少女の顔を見て頷き、他の兵士に合図をする。
兵士達はそのまま少女を担ぎあげて工房の外に連れ去った。
男は薄れゆく意識の中、必死に少女の名を呼ぼうとするが、もはや声すらも出せずに闇の中に落ちていく。
男が意識を取り戻すと、街の郊外の草原にいた。
何か、身体がおかしい……思ったように動かせない。
そればかりか、自分の意識と関係なく身体が動いている。
(これはどういう事だ!?勝手に身体が…!?)
「騒々しい…誰だ…我の中で…叫ぶのは……?フン……なんだ……この身体の……“前の”主か……」
男の身体は、炎の魔神に乗っ取られていた。
今は魔神に話しかける事しかできない。
(貴様!どこに行くつもりだ!?)
「我を…邪魔する…あのガキを…始末する……。さすれば…この身体は完全に……我のモノだ……」
(なんだと!?ガキとは…ララノアの事か!?ララノアに手を出すな!あの子は何も悪くない!)
魔神はごうごうと燃えるその手を頭に当てる。
「この身体に……入る時…ガキが何かをした…許さぬ…。ヤツを殺せば…貴様も消えるだろう…グハハ!!」
あの時、あの火山で、死に際の魔神はその魂を男の身体に宿したとでも言うのだろうか。
しかし、男がそれを確かめる術はない。
魔神は歩みを進める。
男は何もできない自分に苛立つが、どんなに足掻こうが身体を制御する事はできなかった。
数日後、男が目覚めると目の前に帝国軍の兵士団が見えた。
魔人は兵士団へと真っ直ぐ歩いていく。
帝国兵達は突然現れた、魔人が何なのかまだ分からない様子で、警戒の色を見せている。
「なんだあいつは……!?魔物か……!?」
魔神は歩みを止めずにニタリと笑うと帝国兵達に問う。
「ガキを……連れて…行った…鎧……と同じ……。ガキは……どこだ……」
兵士は魔神に驚き、剣を抜く。
「なんだこいつ喋ったぞ……何を言っているんだ…??くそっ!全員構えろ!こいつを討つぞ!!」
剣や弓を構え、魔神に向かい襲い掛かった。
「大人しく差し出せば良いものを……ウォオオオオアアアア!!」
魔神は身体に力を入れ、赤く光ったと思うと大爆発を起こす。
「燃えろ……グォォオアアアア!!!!」
「うわぁああああああ!!!」
あたり一面が焼け野原となり、そこに立つのは魔神だけだった。
「ゴミ共が……我に……歯向かうとは……ガキは……どこだ……」
男はなんとかして状況を打開しようと考えたが、その惨劇をただ見ている事しか出来なかった。
魔神は“少女を探し、帝国軍を目の敵にする化物”として大陸の中で噂となった。
噂が広まってから数週間後、誰も近づく事のなかった魔神に、声をかけた妖精がいた。
「こんにちは!うわわ。噂通り、すごい人ですね」
「何だチビ…我に……殺されたいのか…?」
妖精は炎の魔神に向かい、物怖じせず会話を続ける。
「いやいやそんな…!私は敵ではないですよ!お兄さんが探しているのは、帝国軍に連れ去られた少女なんですよね?」
「いかにも…。貴様……何か知って…いるのか……?」
「その少女の情報はないのですが……帝国と敵対している勢力がありまして、そこの人と協力すれば帝国の事も詳しいんじゃないかと思いまして…革命軍という組織を紹介したいのです。一人で広い大陸を探すのは大変だと思いますし…よかったらお話だけでも聞いてみませんか?」
魔神はニヤリと笑う。
「面白い…チビだ……いいだろう……我の力…貸してやる……」
「そうこなくっちゃですね〜!ではでは、早速ご案内しますね!」
妖精に連れられ、魔神は歩を進める。
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