蒼空のリベラシオン(ソクリベ)【iOS/Android対応のスマートフォン向け協力アクションRPG】の非公式攻略wikiです。有志によって運営されているファンサイトで、ソクリベに関する情報を収集しています。

「忘れ物はない?地図は持ったわね?あ、もう……帽子が曲がってるじゃない。ほら、ちょっと来なさい」

「もぅ……大丈夫だよ、お母さん。私だってもう子供じゃないんだから」

 そんな私の言葉も届いてはいないのか、相変わらず心配性のお母さんは眉をハの字に曲げての困り顔。
 あれやこれやと世話を焼いてくれるその優しさを、少しだけ疎ましくも思ってきたりしていた今日この頃。
 でも、この光景も当分は見ることができないと思うと、寂しいような、愛おしいような、なんとも形容しがたい複雑な気分です。

「あなたはこの旅を楽しみにしていたけれど、本当に厳しい旅なのよ?命に危険が及ぶようなことだって十分に起こり得るわ。用心するに越したことなんてないんだからね……?」

 この言葉には、母が我が子にかける思いやりと、師が弟子に授ける教訓の二つの意味があります。
 今はまだ後者の方が強いかもしれません。
 だからこそ、この旅を無事に終え、一人前の『星詠み』として認めてもらいたい。
 そうして師弟の関係に一区切りをつけることで、初めて素直に親子としての絆を確かめ合うことができる気がするのです。
 つまり、私が楽しみにしているのはこの旅そのものではなく、旅を終えた先にあるものということですね。
 星詠みの法衣に袖を通す感触に頬を緩めていた私が言っても説得力はないかもしれませんが……
 だってだって、伝統的デザインのはずなのに、こんなにも可愛らしいんですよ?

「わかってる。大丈夫だから」

「全然信用できないわ。あなた、何にでも首を突っ込みたがる癖があるでしょう?そんな真似してたら、旅はいつまでたっても終わらないんだからね?」

「うん、気をつける。心配しないで」

 たとえ万の言葉を尽くそうとも、お母さんの心配を拭い去ることができないことは分かっています。
 嫌というほど繰り返してきたやり取りですので。
 でも、今はそれを大切に噛み締めながら、旅立ちに際しての最期の儀式を執り行います。

「じゃあ、お母さん……杖を……」

「……えぇ。ルピー……頑張るのよ!」

「うん――わっ!?」

 代々星詠みが受け継いできた杖。
 それを、先代であるお母さんから、次代を継ぐ私が受け取る。
 が、私はそれをうっかり落としかけてしまいました。
 ボーっとしていたわけではありません。
 数々の願いや想いといった、形にならないものたちを秘めた杖の重さは、素材以上のものを私に感じさせたのです。
 こんなことではいけません。
 紡がれてきた歴史と成果を自分の代で潰えさせないためにも、しっかりしなければ!

 大陸に点在する街や村を辿り、それぞれ十五夜に渡り星を読み取り、書き記す。
 我が一族が長い時をかけて繰り返してきた星詠みの歴史。
 蓄積された膨大な星の記憶は、魔素の理と結びつき、偉大なる力をもたらす。
 この旅は、我が一族の数多の先駆者たちが歩んだ研究の旅。
 おばあちゃんも、お母さんも、かつて同じように歩んだ道。

 まずは星詠みとしての使命をちゃんと果たす。
 自分の望みを考えるのはそれからですね。

「本当に大丈夫?街の外まで見送ろうか?」

「大丈夫だって!行ってきます!」

 母であり、師である方から受け取った杖をしっかりと握り締め、私は住み慣れた家を後にします。
 泣きませんよ。
 今生の別れというわけでもありませんしね。

「行ってらっしゃい……ルピー」



 なんだか不思議な感じです。
 いつも歩いているはずの街の光景が、とても新鮮なものとして目に映る気がします。
 通りの石畳の模様も、お気に入りのお店の看板も。
 普段そこにあるのが当たり前すぎて、今まで気にかけていなかっただけでしょうか。
 人は失ってから、初めてその大切さに気が付く。
 これは誰の言葉でしたっけ。
 まぁ、それとも少し違うのでしょうが、心の持ちよう一つで世界は随分と違った姿を見せてくれるものだなと、十七年も生きてきて初めて思い知らされます。
 次にこの景色を目にするのは、一年は先になるでしょう。
 その時、このマーニルの街並みはどんな姿を私に見せてくれるのでしょうか。
 ちょっぴり楽しみですね。

「おや?ルピーちゃん、その格好……」

 ふと声をかけられたので振り向いてみると、そこには行きつけのパン屋のおじさんが店先から頭をひょっこり出していました。

「こんにちは、おじさん。今日から少し旅をしてきます。しばらくパンを買いに来ることはできませんけど、どうかお元気で!」

「旅ぃ?観光かい?」

「ふふ……違いますよ!星詠みの旅です!」

「おぉ、そうか!もうルピーちゃんも星詠みの旅をする歳になったか!」

 おじさんの焼いたパンをしばらく口に出来ないと思うと、少し寂しくなってきました。
 いけませんね。
 せっかくの門出です。
 笑顔でいきましょう!

「そういえば、お昼ご飯のことを考えていませんでした!せっかくですので、クロワッサンを三つ包んでもらえますか?」

「よしきた!一番うまく焼けたのを選んであげよう!」

「ありがとうございます!帰ってきたら、真っ先に買いに来ますので、またおいしいパンを食べさせてくださいね!」

「懐かしいねぇ、その台詞……」

「はい?」

「もう何年前だったかな……オレがまだオマエさんくらいの歳だった頃の話だよ。オマエさんのお袋さんが旅に出る時、同じことをオレの親父に言ってたのを覚えてる」

「お母さんが……」

 立派に使命を果たして街に帰ってきたお母さん。
 優秀な星詠みとして名を馳せ、次世代に意思を託したお母さん。
 私にとっては憧れでもある人ですが、お母さんも今の私と同じように、沢山の希望と、ちょっぴり不安が入り混じった、こんな気持ちでその言葉を口にしたのでしょうか。

「なんだか安心したよ。きっとオマエさんも、あの人みたいに元気な姿で帰ってくるんだろうさ!ほら、一個おまけしておいたから!頑張ってきな!!」

「ありがとうございます!きっと無事に帰ってきますから!!」

 私はおじさんに大きく手を振りながら、再び歩き出します。

 そういえば、まだこの旅の目的を説明していませんでした。
 今回、開始したこの旅は『星詠みの旅』と呼ばれる、私の家の一族に古くから伝わる伝統の儀式であり、その目的は、星詠みとして一人前になることと、各地で星の動きを観測し、それを詳細に記録することです。
 そもそも私たち星詠みとは、魔道都市『マーニル』に本家を構える術士の血統の一つで、星々の力を魔素と組み合わせ術を行使する者たちのことを指します。
 実際、近年では星の位置関係により大気中の魔素の流れが変化することは一般的に浸透し始めていますが、私たち星詠みは遥か昔からその事実を突き止め、技として発展させてきました。
 より効率良く魔素を扱うにはどうすればよいか。
 より大量の魔素を扱うにはどうすればよいか。
 その発展には地道な観察が必要です。
 一定周期毎に新たに星詠みとなった者に大陸各地を回らせ、星の情報を記録。
 時代毎における星の変化が、魔素にどういった変化をもたらしていたのか。
 そんな研究を代々繰り返すことで、私たちは大衆に認められるだけの成果を形にしてきたのです。

 この旅は、まさにその研究の根幹を成す調査の旅といえます。

 魔道都市『マーニル』を旅立った私は、まずは流水の都『ラグーエル』へ向かい、十五日間星の記録を行います。
 それを終えると次は炎鉄都市『イオ』へ赴きまた十五日。
 続いて、樹上都市『メルキス』、花園の都『ラキラ』、楽都『アルモニア』、商業都市『イエル』、港町『マリーヴィア』、獣境の村『ヴィレス』、鎮魂の街『ソーン』と……えっと次は……と、とにかく各地の街や村でそれぞれ十五日ずつ滞在し、大陸を一周してようやく魔道都市『マーニル』へと帰ることができるのです。

「ここからが私の旅の始まり……」

 マーニルの街の内と外を分かつ門の下で私は立ち止まります。
 見知らぬ土地を、重要な使命を帯びてたった一人で巡る旅。
 お母さんが言っていた通り、決して楽な道のりではありません。
 旅を完遂させる目的や使命感はしっかり持っているつもりです。
 でも、ここにきて、心の内から溢れてくる不安や怖れ。
 それらが私の足を地に縫い付けます……

「ルピー!しっかりなさい!!」

「――っ!?」

 しばらく聞くことはないと思っていた、耳に染み付いたその声。
 私は慌てて振り返ります。

「お母さん……!?」

「もしかしたらと思ったけど、やっぱりね……」

「見送りはいらないって言ったのに……!」

 本当はちゃんと見送って欲しかった。
 でも、そんな甘えたことを言うと、お母さんを余計に心配させてしまうんじゃないかって……

「ふふ……本当に何から何まで同じ。間違いなく私の娘だわ……」

 両の手をポンッと私の肩に置いて、いつになく優しい声でお母さんは言いました。

「強がらなくていいのよ。私も昔、あなたと同じようにここで怖くなって立ち止まってしまったの。そしたら、家から送り出してくれたはずのお母さん……あなたにとってはおばあちゃんね。あの人が私の後ろに立っていて、こう言って私を見送ってくれたの――」

 その言葉は、私の心に安らぎをもたらしてくれます。

「太陽が昇っていても、空に浮かぶ星々はいつも変わらずそこにある。ただ見えないだけ。それと同じように、たとえ見えなくとも、お母さんはあなたのことをいつも想い、見守っているわ……」

「……ありがとう……お母さん……!私、頑張るから!!」

「やっぱり親子ね……私と同じこと言ってるわ」

「うふふ……じゃあ、今度こそ行ってきます!」

「行ってらっしゃい。願わくば、幸多き旅路とならんことを……」

 改めて踏み出す足は軽く、心は澄み切った空のように晴れやか。
 もう挫けたりしません。
 私を信じて送り出してくれたお母さんの、師匠の想いに応えるためにも、愛娘、愛弟子の底力を見せてやります!





 前略

 お母さん。
 ご無沙汰しています。
 そちらはお変わりありませんか。

 私は今日、港町マリーヴィアに到着し、港から流れてくる潮風を感じながら筆を執っています。
 マーニルの正門より意気込んで旅立ってから、あっという間に三カ月が経ち、旅にもすっかり慣れました。
 当初私の胸を締め付けていた不安も、今やどこ吹く風といったもので、この日々を心より楽しんでいます。
 勿論、旅の本分が星詠みとしてのお役目であることは忘れていませんので、どうかご安心を。

 ラグーエルの港には大きな商船がズラリと並んでいて、圧倒されました。
 イオでは、鍛冶工房から溢れてくる熱気にあてられ、あまりの熱さに眩暈がしたことを覚えています。
 メルキスでは、私たちと同じエルフが、全く違った生活文化を営んでいました。
 ラキラの美しい景色や、アルモニアの街中から聞こえてくる楽しい音楽は、今でも私の眼と耳に焼き付いており、それを思い出しながら眠ることが日課になっています。
 イエルでは、様々な人種の人たちが通りに溢れ返っており、見たこともない品々が露店に並んでいました。
 初めて訪れる土地。
 初めて出会う人々。
 毎日が新しい刺激に溢れていて、うっかり今日まで連絡することを怠っていました。
 どうかお許しください。

 これらの経験は、私にとって、将来かけがえのないものになると確信しています。
 次は是非お母さんとも一緒に同じ旅がしてみたいです。
 きっとお母さんにとっても、懐かしい思い出を振り返る楽しい旅となることでしょう。

 ソーンに到着したら、また手紙を書こうと思います。
 では、また。
 再会できる日を楽しみにしています。

 ルピー





「こんなところかな?」

 思えば、お母さんにちゃんと手紙を書くことなんて初めてで、絵葉書一枚分に言葉をまとめるのに一時間もかかってしまいました。
 マリーヴィアに到着したのが今朝のこと。
 星詠みのお役目は星が夜空に浮かんでからでなければ始められないので、これといってやることのない日中の暇つぶしにはもってこいでした。
 手紙も書き終えたところで、のんびりお昼寝というのも悪くありませんが、まずは街の観光としゃれこむことにします。
 二日目からの日中は、夜に取った星の記録を詳細にまとめ、研究用資料に起こさないといけませんし、夜に備えて睡眠もしっかり取らなければ。
 当然、遊んでなんていられません。
 そういう意味では、次の目的地に向かう道中と、街に到着した日の日中のみが私に与えられた休暇ということになるのでしょう。

「すみません。少し外を歩いてきます。帰りはお昼過ぎになるかと思いますので」

「承知しました。んじゃ、鍵をお預かりしますね。どうか気を付けて!」

 宿屋のご主人はなんとも気さくな方でした。
 こうして一旦、鍵を預けて、私は自由時間を満喫します。
 手紙の配達依頼をさくっと済ませ、まずは何か美味しいものでも頂きましょうか。

「ごめんください。もうお店は開いてますか?」

「いらっしゃい!旅人さんかい?大丈夫だよ!」

 朝食にしては遅く、昼食にしては早い中途半端な時間でしたが、食堂のご主人は快く私を中まで案内してくれました。
 まだ店内には他にお客さんがいなかったので、遠慮なくテーブル席を広々と使わせてもらいます。

「ご注文はお決まりで?ちなみに、今日のオススメはこちらのマリーヴィア特製の海鮮リゾットになっております!」

「では、せっかくなのでそれを。あと冷たいお紅茶をお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちを」

 流石は港町ですね。
 魚介類をふんだんに使ったお料理は、港から遠い街ではあまり食べることができません。
 大抵の食堂のメニューには書かれているのですが、海から遠い土地ではちょっと手が出しにくいお値段になっているのです。
 それがここではこんなにお手頃。
 海の幸はラグーエルで食べた白身魚のムニエル以来ですね。

「お客さん。随分と変わった格好をなさってますが、どこかの祭司様か何かで?」

「――え!?あぁ!違いますよ。私、これでも星詠みの巫女なんです。とはいっても、まだ見習いのようなものですけどね」

 いけない、いけない。
 つい妄想に耽ってしまっていました。
 先に紅茶を持ってきてくれた店主さんに顔を見られてしまったでしょうか。
 さぞかし間抜けな顔になっていたことでしょう。
 うぅ……恥ずかしい……

「おぉ!星詠みの!!では、アーラェ殿とも所縁が?」

「えぇ。アーラェは私の母で、師匠でもあります」

 こんなところでお母さんの名前が出てきても、特別驚くことはありません。
 私の母はそれなりに有名人ですから。
 あ、この紅茶おいしいです!
 癖の強いマーニルの茶葉に比べて、優しい味をしています。

「なんと!それはお会いできて光栄です!!お母上はお変わりありませんか!?」

「えぇ。少なくとも、私がマーニルを旅立った数カ月前は元気でしたよ」

 十年以上昔、大陸中に魔物が溢れ返る事件があり、その原因である親玉の魔物を討伐し、大陸を救った四人の英雄たち。
 その内の一人というのが、他でもない私のお母さんアーラェ。
 私がいくら話を聞こうとしても、肝心のお母さんがなぜかその話をしたがらないので、娘ながら詳しくは知りませんが、あの口うるさくも優しいお母さんが、星魔法で魔物の大軍を一掃する働きをしたとかしていないとか。
 普段のお母さんをよく知っているだけに、想像もできません。

 それにしても、星詠みと聞いただけでお母さんの名前が咄嗟に出てくるとは。
 リーダーだったらしいバレルさんの名こそ万人が知るところなのですが、それに比べるとお母さんの名前を知る人は流石に少なくなります。
 こちらの店主さんは、よほど英雄譚や冒険話がお好きなのでしょうか。

「炎の剣聖バレルが率いた英雄一行!鋼の守護神ウェルジ!癒しの聖母エルア!星の大魔導士アーラェ!この街の人間なら誰もが知ってますよ!なんせ、そのバレルの生まれた街こそ、ここマリーヴィアなんですからね!!」

「そうだったんですね!母はあまり昔のことを語らない人なので、全然知りませんでした。ところで……その二つ名は初めて聞いたのですが……」

「バレルのヤツには『炎の剣聖』なんて大袈裟な二つ名が付いてるのに、一緒に戦ってくださった方たちに二つ名が無いのはひどい扱いってものでしょう?ですので、僭越ながら私が付けさせて頂きました!無論、この食堂に訪れる旅人さんたちには、皆さん二つ名付きでお話させて頂いております!」

 まさかの店主さんの自作でしたよ、お母さん。
 もしかして、お母さんが若い頃の話をしたがらないのは、こうしたことが原因なのではないでしょうか。
 お世辞にも矢面に立ちたがるような人ではありませんし、噂話に語られる自分の姿が恥ずかしかったのかもしれませんね。

「そ、それは何とも……えっと、バレルさんとは親しいのですか?何だかそのように聞こえましたが」

「昔からの馴染みでしてね。私と同じ年頃の男連中はみんなアイツに連れられて、毎日のように外を走り回っていたものです。それがいつの間にか、やれ剣聖だの、英雄だの呼ばれるようになっちまいやがって。でも、元々狭い街の枠に収まるような男じゃないような気はしてたんですよ。ははは!」

「今もこの街にいらっしゃるのですか?是非お会いしてみたいと思います!」

「……申し訳ありませんが、それは、ちょっと無理なご相談です」

「まぁ……それは残念ですね。やはりお忙しいのでしょうか?」

「いえ……そうではなく……アイツは……もう、死んじまいやがったので……」

「そんな…………!」

「一年前くらいです。流行り病でコロッと逝っちまいました。アイツは間違いなく英雄で、魔物なんか簡単に倒しちまうようなヤツでした。でも、やっぱり私たちと同じ人間だったんですよ……」

「そうですか……申し訳ありません。知らぬこととはいえ……」

「いやいやいや!お客さんは悪くありませんよ!良かったら時間のある時にでも墓に顔を見せに行ってやってください!アーラェ殿の娘さんだって言ったら、驚いて墓穴から飛び出してくるかもしれませんよ!?はははは!」

 その後に店主さんが運んできてくれたリゾットはとても手が込んでいて、すごく美味しかったです。
 それはもう、ついつい涙が零れてきてしまうほどに。

 私は食事を済ませた後、食堂の店主さんにお酒を注文し、それを持って店を出ます。
 そして、真っ直ぐバレルさんのお墓に向かいました。
 場所はあらかじめ聞いておいたので問題ありません。
 ただ、そこは港に近い高台の上の墓地だったのですが、そこへ上るための階段というのがとても急で、私は息を切らしながらなんとか休まず上りきります。
 どうしてこんなところに墓地を作ったのでしょう。
 お参りする方たちは何とも思わないのでしょうか。

「わぁ……!」

 やっとの思いで墓地まで辿り着いた途端、私の身体を涼やかな潮風が洗い、階段を上っていた時に抱いていた疑問を吹き飛ばしてくれました。

 まさに絶景。
 眼前に広がる大海原。
 果てに望む水平線。
 自分も、こんな素晴らしい景色を望みながら眠ることができたなら。
 そう思わせるものでした。

 死者へ贈るせめてもの手向け。
 この高台に墓地を設けようと決めた人たちは、きっとそのように考えたのでしょう。
 そうであるなら、ここに眠る人々はその人たちに皆感謝していることと思います。

 岩壁に最も近いところに建てられた一際大きな墓石。
 そこにバレルさんの名が刻まれていました。

「初めまして、バレルさん。私の名前はルピー。昔、バレルさんと共に戦ったアーラェの娘です。今日は星詠みの旅の途中でこの街に立ち寄ったのですが、一言バレルさんにご挨拶がしたくて参らせてもらいました」

 食堂で店主さんに選んでもらったお酒を供えて、私は手を合わせます。

「これ、バレルさんが大好きだったお酒だと聞きました。そろそろ飲みたくなった頃なんじゃないかと思って。お母さんたちとも、一緒にお酒を飲んで夜を明かしたりしたんですか?お母さんはバレルさんたちとの思い出を教えてくれないので、代わりに沢山教えてください」

 もし、彼に私のような子供がいたなら、その子は親の死をどう受け止めたのでしょう。
 お母さんが急に死んでしまう。
 まだまだ死ぬことなんて考えられないような年齢です。
 それがある日、亡くなってしまうなんて。
 今の私には現実味がなさ過ぎて想像することもできません……

「あ、ごめんなさい!せっかくなので、楽しいお話をしましょう!バレルさんはマーニルで暮らすお母さんのことを知らないと思うので、私がお話しますね!きっと一緒に戦っていた頃とは違ったお母さんの姿だと思いますよ!」

 一体、どれくらいの時間そうしていたでしょうか。
 気付けば太陽は天辺を通り過ぎ、傾き始めています。

「もうこんな時間……私、そろそろ行きますね。長々とごめんなさい。今度は母も連れて来ようと思いますので、またその時まで」

 少し痺れた足を撫でながら立ち上がり、バレルさんのお墓に背を向けた時でした。

「――わっ!?」

 思わず前のめりになりそうなくらい強い潮風が背中を押します。
 たまらず振り返った私の目の前には今しがたお別れをしたバレルさんのお墓。

「ふふ……ありがとうございます!私、頑張りますね!」

 なぜ感謝したのかと聞かれると、少し答え辛いですね。
 ただ、私はその時、バレルさんが背を優しく押して応援してくれたような、そんな気がしたんです。



 そろそろ宿に戻り、夜に備えてひと眠りしようと考えた私は、途中で見かけた商店街に立ち寄って、お夜食代わりのリンゴを二つ購入しました。

「ありがとね!またよろしく!」

「はい。また寄らせて頂きます!」

 同じ港町でも、ラグーエルとは少し雰囲気も違いますね。
 ここは元々軍港を兼ねていたとのことですが、そうした理由からか、どこか規律染みた、きちっとした空気を感じます。
 暮らす人々こそ様々ですが、綺麗に区画整理された街造りや、整列する様に並んだ看板や標識がそう思わせるのでしょうか。

 ともあれ、マリーヴィアの観光はこれで終わり。
 当日の寝起き次第ですが、もしかしたら次の目的地であるヴィレスに向かう前に、もう少しだけ観光ができるかもしれません。
 その際は、またあのリゾットを頂きたいですね。
 そんなことを考えながら、私は宿のベッドに横になり、ゆっくりと目を閉じました。



「ん……」

 目を覚ました私は、カーテンの隙間から窓の外を覗き込み、良い感じに日が暮れようとしていることを確認します。
 習慣というやつですね。
 今日は数時間ほどしか寝ていないはずなのですが、もうこれ以上ないくらいに目が冴えています。
 手早く準備を済ませて出かけましょう。
 星詠みとしてのお役目の時間です。

「おや?さっき戻ったばかりなのに、またこんな時間からお出かけかい?」

「はい。今度は朝まで戻りませんので、戸を閉めていただいても構いません」

 なんだかちょっと破廉恥なことを口走ってしまったような気がします……

「街の外に出るなら気を付けなよ?いくらこの辺りの治安が良いといっても、夜になると魔物が出てくることも少なくないからな」

「ありがとうございます。浜辺まで降りて、星を眺めるだけですので」

「そういえば星詠みの巫女さんなんだったな!噂は聞いたぜ!星の大魔導士アーラェの娘さんらしいじゃねぇか!だったらそこいらの魔物くらい返り討ちだな!ガッハハハ!!」

「ど、どうも……」

 凄まじいご近所情報網です。
 もう私のことが知られているとは……
 発信元が食堂のご主人さんであることは、二つ名付きで語られていることからも明白ですね。
 まぁ、変に引き留められたりしないのは気楽で良いです。

 そうして私は一旦街の外に出てから、ぐるっと街の外縁を回り、浜辺へと降りていきます。
 浜辺に到着した時には、すっかり陽も落ちて、夜空には美しい星々が煌いていました。

「さてと……」

 丁度いい流木が浜辺に打ち上げられていたので、それを椅子替わりにして、空を仰ぐ。
 一つ一つの星を見据え、それぞれの位置関係をしっかりと記録。
 見渡せる星を全て記録し終える頃には、水平線の向こう側からお日様の頭がひょっこりと顔を出そうかという時間です。
 帰りに明日のご飯を買い、早く帰ってゆっくり寝ましょう。

 お夜食のリンゴでお腹が満たされ、もう眠気が限界です。
 おまけに睡眠不足のツケまであります。



 翌日。
 目が覚めたのはお昼過ぎ。
 食事を済ませたら、昨晩の星の記録を研究書にまとめます。
 そして、夕方にまた外出して、リンゴを買って浜辺へ。
 同じように昨晩を含めて連続で十五夜。
 途中、星が完全に隠れてしまうような悪天候に見舞われなければ良いのですが。

 そうそう。
 後々気付いたことなのですが、浜辺で星を詠んでいる最中、私をどこかからじっと見つめている気配に気が付きました。
 魔物が襲い掛かる機会でも伺っているのでしょうか。
 まぁ、遠くの物陰から私に存在を気付かれているようでは、そこまでの脅威ではないでしょう。
 こちらから手出しするつもりはありません。
 襲い掛かってくるようなら応戦せざるを得ませんが、そのうち諦めてくれるかもしれませんしね。

 そんなこんなで無事に十五日の滞在が終わり、次なる目的地、獣境の村『ヴィレス』へ旅立つ日がやってきました。
 宿と食堂と果物屋さんのご主人たち。
 皆、良い人ばかりで、本当によくしてくれました。
 私は彼らにしっかり感謝と別れのご挨拶を済ませ、マリーヴィアの街を去ります。

「……ん?」

 街の門を潜り、街道に向かう私の行く手から、同じ年くらいの青年がやってきます。
 一人でしょうか。
 私が言うのもなんですが、こんなに若い旅人さんは久しぶりに見ます。

「やぁ……」

 挨拶までしてくれました。
 出発した矢先に、いきなり素敵な出来事が。
 旅路の幸運を暗示してくれているようで、何だか少し嬉しくなってしまいます。

「おはようございます」

 私も満面の笑みで答えます。
 どうか、マリーヴィアで過ごすこの方の時間が素敵なものになりますように、と。

「お、おはよう」

 なぜでしょう。
 すれ違いながら返してくれた笑みとその言葉は、どこかたどたどしいものに感じました。
 見ず知らずの女にいきなり満面の笑みを向けられ、困惑されたのでしょうか。
 次からはもう少し控えめにいくことにしましょう……

 ちょっぴり幸せと、ちょっぴり後悔を胸に。
 さぁ、いざヴィレスへ!

 などと気楽に考えていられたのはその時だけでした。
 途中、旅人さんに道を尋ねたところ、なんとマリーヴィアから伸びる街道は、ヴィレスまでは通じていなかったのです。
 それはいけません。
 あまり時間をかけていては、ここまで記録してきた星の周期と大きくズレが生じ、結果的にこの旅の成果が全て無駄になってしまいます。
 そして、そんな私の困り顔を見た旅人さんはこう続けます。

「まぁ、直接行けないこともないんだけど……危ないよ?」

 贅沢は言っていられません。
 元より安全な旅だとは思っていませんでしたからね。
 そうして教えてもらったヴィレスへの直通ルート。
 これがもう大変な道のりです。

「はぁ!」

『ギャゥウウウ!!』

 獣道のような山道を擦り傷だらけになりながら抜け、海岸線の断崖絶壁の淵をプルプルしながら慎重に歩き、今度はまた獣道。
 度々魔物にも襲われ、その都度、命の危険を感じる道中です。
 咄嗟に私が放つ術でも追い払える程度の魔物だったのがせめてもの救いでしたが、もしも彼らが群れたり、長時間の詠唱を要する高位の術でないと倒せないような個体と遭遇していれば、とてもじゃありませんが、ここまで進むことはできなかったでしょう。

「はぁ……はぁ……これは想像以上ですね……」

 この道を教えてくれた旅人さんは、三日ほどでヴィレスまで抜けられると言っていましたが、女子供で、しかも運動があまり得意ではない私の足ではもう少しかかると思ったほうが良いでしょう。
 間もなく陽も沈んでしまいます。
 欲張ってもう少し進む手もありますが、視界の悪い暗闇の中、物陰から魔物に襲われてはたまりません。
 周辺の魔物はあらかた追い払えたようなので、今晩はここで野宿することに決めました。

 実は、マリーヴィアの砂浜にいた時から感じていた私をじっと見つめる視線。
 あの視線を今でも微かに感じるのですが、もしかしてマリーヴィアからずっと着いてきているのでしょうか。
 気に入ってくれるのはそう悪い気分でもありませんが、魔物が獲物に向ける興味となれば遠慮したいものです。
 まぁ、無視して問題はないでしょう。
 ここまで手を出してこないとなると、早々襲ってくることは無いはずですので。

「……今日も星が綺麗に見える」

 何を呑気な、と思ったことでしょうが、これも星詠みの性とでも言いましょうか。
 辺りに街の街灯や松明のない場所では、暗い夜空に一層美しい星たちが瞬きます。
 街から街へ渡る道中で見上げる夜空はいつもこうですが、マーニルにいた頃はお目にかかることができなかった光景です。
 これを見逃すことなんてできませんよ。
 明日もたくさん歩かなければなりませんので、体力を温存するためにも、夜更かしして星の記録に勤しむことができないのは残念ですが、代わりに私の瞳と心に存分に焼き付けます。
 この輝く星の大海原を。





 ヴィレスに向けてマリーヴィアを出発して三日目の夜。
 そろそろゴールにほど近いところまでは来ているはず。
 明日にはヴィレスに到着できると良いのですが。
 この日の夜空はそんな心配事を反映したかのような曇り模様。
 星はほとんど見えません。
 それを見て、私の心はますますどんよりしてきますが、ここまで来てくよくよしていても仕方がないので、明日に備えて今日も早めに床に就くことにします。

「おやすみなさい……」


――ガサッ!

 横になって間もなくして、テントの傍で物音が聞こえ、慌てて飛び起きます。

「――っ!?」

 真っ先に魔物の襲撃を予感しました。
 まさか、私を見つめていた視線の主?
 私は枕元に置いてあった杖を掴み、テントの外へ。

「…………?」

 ですが、テントの周りは至って静かなもので、どんなに神経を尖らせても獣の気配一つ感じません。
 物音を聞いたのは間違いと思うのですが、虫が草むらでも揺らしたのでしょうか。
 ともあれ、思い過ごしであったのなら何よりです。
 私は念のため、四半刻ほど周囲を警戒してみますが、感じていた視線も今は感じられません。
 安全も確認できたようなので、再度眠りにつかせてもらいます。
 まったく、人騒がせな虫さんですね。



「ん〜……!」

 早朝、明るくなった空を仰いで、ぐーんとひと伸び。
 昨日の曇天が嘘のような快晴。
 自然と気分も昂揚してきます。
 今日はこの調子でヴィレスまで駆け抜けてしまいたいです。

 なんて考えている間に到着しました。
 獣境の村ヴィレスです。
 私が昨晩野宿したところは、なんとヴィレスの目と鼻の先。
 ちょっと間抜けな話かもしれませんが、これはこれで嬉しいサプライズだとしておきましょう。

 街についてからの私の行動は何も変わりません。
 これまで旅してきた数々の街と同じ。
 十五夜に渡って星を観察、記録し、それを研究書にまとめる。
 違ったことと言えば、この街に暮らす住民の多くはガルムと呼ばれる半獣の方々で、そんな方たちと接する機会を得られたことが嬉しかったということでしょうか。
 あ、それからどの店でも店員さんが笑顔で運んでくる、てんこ盛りのお肉料理。
 とても美味しいのですが、私には多すぎても、毎日苦しい思いをしながら腹に収めたことは良い思い出になりそうです。

 続いて向かうのは鎮魂の街『ソーン』ですね。
 この街について、私は噂一つ聞いたことがなかったので、到着するのが実に楽しみです。
 道のりもヴィレスに向かう道中に比べるとずっと短く、楽な移動でした。
 魔物に一度も遭遇しなかったのはこれ以上ない幸運だったと思います。
 正直なところ、先日、夜中に飛び起きた一件があって以来、野宿に対して密かな恐怖心を感じていたのですが、お星様がそんな私に加護を与えてくださったのでしょう。
 それとも、お母さんの想いが私を守ってくれたのでしょうか。



「止まれ!」

「はい……?」

 ソーンの街に到着すると、正門の前で呼び止められました。
 街に入るための手続きか何かでしょうか。
 これまで訪れた街の中にもこうした例はいくつかありましたが、ソーンの警備員さんは少し風体が異なります。

「ここへは何をしにきた?」

「私は星詠みの巫女で、ここには星の記録のために参りました」

「星詠みぃ?オマエのような小娘がか?」

「……はい。十五日間の滞在を希望します」

 黒い鎧と、そこに刻まれた紋章。
 それを見て彼らがソーンの住人ではなく、帝国軍の方たちであることを私は察します。
 ちょっぴりムッとする反応をされましたが、下手に騒ぐわけにはいきません。
 私には無事、完遂しなければならない使命があるのですから。
 それを抜きにしても、言い返せるほど気丈な振る舞いができる性質じゃないんですけどね……

「…………いいだろう。滞在を許可する。名簿に必要事項を記入してから門を通れ」

「……わかりました。ありがとうございます」

 何でしょうか。
 じっくりと舐め回すように見られた気がします。
 とても嫌な感じです。
 ですが、ひとまず街に入るお許しは得られたようなので、早々にこの場から退散しましょう。

「おいっ!?待て、小僧!!」

「はいっ!?!?」

 名簿に名前を記入しているところで、急に大声で呼び止められました。
 って……小僧?
 確かに、自慢できるほどの身体ではありませんが、それでも男性と間違われるほど未成熟だとは思っていないのですが……

――ドンッ!

「きゃっ!?」

 直後、私の身体が跳ね飛ばされます。
 警備員さんに?
 いいえ。
 ソーンの街から飛び出してきた小さな人影と衝突したのです。

「うわぁっ……!?」

 衝突の衝撃で尻もちをつく私と小さな人影。
 その正体は、まだ幼い少年でした。

「こいつ!!」

「くそっ……!!離しやがれ!!」

 その後ろを追いかけてきた別の帝国の兵士さんが少年を取り押さえます。
 先程の大声はこの方が発したものでしょう。

「大人しくしろっ!!」

「ぎゃっ!?」

 ボカッという鈍い音が響き、少年がうずくまります。
 私はただただ状況が呑み込めず、呆然としていたのですが、それにしても乱暴が過ぎるというものです。
 大の大人があんな小さな子に手を上げるなんて。

「やめてください!」

 やってしまった。
 そう思いましたが、一度口にしてしまったらもう止まりませんでした。

「ん?なんだ、オマエは?」

「事情はわかりませんが、手荒な真似は止してください!この子が一体何をしたというのです!?」

「その娘は旅人だ。星詠みの巫女らしい」

 後ろからは先程の警備員さん。
 私は屈強な男性二人に挟まれる形になってしまいます。
 それでも、ここまできて後戻りはできません。

「ふんっ!関係のない者が口を挟むな!これは我々とソーンの問題だ!」

「やめろよ!離せよ!!」

 兵士さんは私の言葉に耳を傾けることはせず、子供を抱え上げ、街の中へと戻ろうと歩き出します。

「待ってください!確かに関係はありませんが、このような所業、見過ごすわけにはいきません!こんな子供に暴力を振るうなんて、恥ずかしくないのですか!?」

「貴様……我々に立てつくつもりか……?」

 兵士さんは少年を無造作に地に投げ捨てると、腰に下げてきた剣を抜き、その切先を私の喉元に突き付けます。
 うぅ……ここで謝れば許してもらえるでしょうか……
 でも、このままだとあの子が……

「私は星詠みの巫女です。重要な使命を帯びた身ですので、ここで死ぬわけには参りません。ですが、それが疎外されない範囲であれば何でもします!ですので、その子を離してあげてください!!お願いします!!」

「そんなことでこの状況がどうにかなるとでも――」

「待てっ!!」

 剣を振り上げた兵士さんを呼び止めたのは後ろで様子を静観していた警備員さん。
 何やら、兵士さんに耳打ちし始めました。

「…………よ。このまま………………な?」

「……なるほどな」

 話の内容までは聞き取れませんが、恐らく私に対する要求の相談のようです。
 何でもするなんて気安く言ってしまいましたが、何をさせられるのでしょうか。
 ちょっとした雑用やお遣いで済むようなことであれば良いのですが……

「よし。少しここで待っていろ。小僧、お前はさっさと家に帰れ。次は見逃してやらんからな。覚えておけ?」

 そう言うと、兵士さんは一人街の中へ去っていきます。
 警備員さんはというと、なにやらニタニタと笑みを浮かべるだけで、何も口にはしません。
 本当に何をさせられるのでしょうか。

 少しして、先ほどの兵士さんが街の中から戻ってきました。
 その後ろには大きな馬車が一台。
 周りに数人、お仲間の兵士さんも連れています。

「乗れ……」

 吐き捨てるように命令され、私は馬車に乗せられます。

「へへっ……役得ってやつだな」

「まだ我慢しろ。他の連中に知られると面倒だ」

 どこかへと走らされる馬車の中で、兵士さんたちのそんな会話だけが聞こえてきます。
 手縄と目隠しをされた私は、もうどうすることもできません。
 いくら私が鈍かったとしても、ここまでくればこの先の展開が予想できるというものです。

「…………うぅ」

 息苦しいです。
 心がきゅっと締め付けられ、溢れてくる涙が止められません。

 そういえば、困っている人を見かけては、後先考えず助けようと動いてしまうのは今に始まったことではありませんでした。

 見知らぬ土地で見かけた迷子を、道もわからないのに家まで送り届けようと奔走したり。
 落とした財布を探すのを手伝っているうちに陽が暮れ、落とし主が諦めて帰ったにも関わらず一人延々と探し続けたり。
 結局、迷子はお母さんに逆に見つけてもらい、財布は役所に届けられていたなんてオチでしたっけ。
 さっきの子供はちゃんと無事に帰れたのでしょうか。

 所詮、私にできることは星を眺めてそれを記録することだけ。
 いえ、それさえもこんな形で終わりを迎え、全て無駄になってしまうのかもしれません。

 自分の行動が招いた結末だとしても、やっぱり悔しい……
 こんなことなら勇気を振り絞ったりするんじゃなかったと、後悔の念に押し潰されてしまいます。



「うぉおおおおおお!!!!」

『ヒヒィイイイイン!!』

 そんな時でした。
 突然、誰かの叫び声が聞こえたかと思うと、馬が悲鳴を上げ、馬車が急停止したのです。

「な、なんだ!?」

「よくわからんが、敵だ!剣を持っているぞ!!」

 馬車が急に止まったせいで、腰掛から投げ出された私は馬車の荷台に這いつくばっています。
 ですが、そんな私を他所に、兵士さんたちは皆馬車の外へと飛び出していったようです。

「貴様!何者だ!!」

「――ぎゃぁああああ!?」

 馬車の外から聞こえてくるのは、戦闘の音と、悲痛な叫び声。
 私は怖くなって、そこで震えることしかできませんでした。

 程なくして戦闘の音は止みます。
 そして、誰かが馬車に近づいてくる気配を感じました。

「いや…………!」

 奪われた手の自由と、真っ暗闇の視界が恐怖を助長します。

「えっと……えっと……大丈夫……大丈夫か?」

 優しい声が私の心を包み込みました。
 丁寧に目隠しが外され、眩しい光に目が眩みます。

「…………」

 徐々に定まる視界に、私の手縄を外そうとしている青年の顔が浮かんできました。

「助けてくれたんですか?」

 状況を見れば聞くまでもなかったんでしょうけど、このときの私はそんなことにすら頭が回らないほど参っていたんだと思います。

「あ、いや、えっと……困ってそうだったから……その、ほら、黒い兵士に攫われて……攫われた所を見ちゃって……あ、いや……男の子!男の子が助けてくれって言って……その……」

 私を怖がらせないように言葉を選んでいるのでしょうか。
 やけにたどたどしく青年は話します。
 そこで私はえも言えぬ違和感を覚えました。

「あれ?あの、どこかでお会いした事ありましたか?」

「い、いいや、えっと、全然!全然初対面だと思うんだけど……その、あっ!怪我はないか!?」

「え、あ!はい!大丈夫です。あなたこそ大丈夫ですか?さっきすごい音がしていましたけど」

「おおおおおお俺はバッチリ!げげげ元気だよ!ほら!ルピーを守らなきゃっていう一心が力をくれたっていうか……」

「ん?何故私の名前を知ってるんですか?やっぱりどこかで……」

 言葉を交わしながら馬車を降りると、そこには地に横たわったままピクリとも動かない六人の兵士さんたちの姿。

「だぁあああ!!!えっとえっとえっと!!それは違うんだ!そうじゃなくて…なんとなく!なんとなくルピーさんじゃないかなぁって思っただけで…!知ってなんてなくて!ほほほほほほ本当にそうなんだ!」

 彼の手を見て、私は気付きます。
 話し方はともかくとして、彼は確かにふるふると小さく震えていたのです。

 一見したところ、あまり鍛え込んでいるという体つきではありません。
 それこそ、傍に横たわる兵士さんたちと比べると、まるで体格が違います。
 そんな人たちを何人も相手に。
 それもたった一人で。
 全ては私を救うために取った行動。

 さぞ大変な恐怖だったはず。
 あらん限りの勇気を振り絞ったはず。

 自身の勇気から目を逸らしてしまった私とは違う。
 まさに勇ましき者。
 勇気を切って捨てるのではなく、恐怖と向かい合い、打ち勝つ強さをこの人は持っている。

「なんだか、よくわからないですけど……助けてくれてありがとうございます!」

 私はもう一度信じてみようと思います。
 勇気の果てに得られるモノが必ずあると。
 そして、それを教えてくれたこの方に、心からの感謝を。
 絵本に出てくるような英雄とは少し様子が違うけれど、彼はこの時、間違いなく私にとっての英雄となったのです。

 これは何という感情なのでしょうか。
 この人と共に。
 胸の内からそんな思いが溢れてきます。

 お母さん。
 バレルさんに付いていこうと決めた時のお母さんも、こんな気持ちだったのでしょうか――





――三カ月後

「次の村まで、あと少しね!」

「うん。なんていうか……こうして旅をしてると、親父が冒険に魅せられた気持ちが少しわかる気がするよ」

 今、私の隣にはアレクがいます。
 護衛役として、私の星詠みの旅に同行してくれているんです。
 たぶん、私の心は限界を迎えつつあったんだと思います。
 長期間の一人旅。
 心細い道中。
 ソーンでの一件は、私の心があげる悲鳴に気付かせてくれるきっかけにもなりました。
 だからこそ、彼が自分からそれを申し出てくれたことは、涙が出ちゃうくらい嬉しかったんです。

「アレクのお父さんは冒険者なの?私のお母さんもそうだったよ」

「俺が生まれる前の話だけどね」

 二人での旅路となった頃、彼はすごくあたふたした話し方だったけれど、ずいぶん落ち着いて言葉を交わせるようになりました。
 これも、ちょっと悪戯して驚かせたりするだけですぐに戻っちゃうんですけどね。
 人は彼のことを臆病だとか、気弱だとか言うかもしれませんが、私はそれでも良いと思うんです。
 恐いものは恐い。
 意味なく強がったりもしない。
 それは彼が自分に嘘をつかない誠実な人である証拠。
 そして何より、彼が恐怖に立ち向かうだけの強さを持っていることを私は知っています。

「面白いモノを探しに行く!なんて出て行ったらしいんだけどさ、帰ってきたら英雄になってたっていうんだから笑えるよな」

「英雄!?すごい人だったんだね!」

 あれ?
 ちょっと待ってください。
 アレクの出身地であるマリーヴィアの英雄。
 それって……

「あぁ……えっと、その……俺はこんなだけど、父さんは“炎の剣聖”とか“マリーヴィアの英雄”とか呼ばれててさ……マリーヴィアではちょっとした有名人……だったみたい……」

「えぇええええ!?バレルさんってアレクのお父さんだったの!?なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」

「えぇ!?ルピーは父さんの事知ってるの!?マーニルまで名前が届いてるの!?」

「もちろん!有名な話だよ!?というか、私のお母さん、バレルさんと一緒に旅をしてたし!」

 そりゃ興奮もしちゃいます。
 マリーヴィアではお墓参りまでさせてもらったんですから。
 私とってもバレルさんはもう赤の他人はありません。

「えぇええええ!?もももももしかして、ほ、星の大魔導士の……ア、アーラェさんが、ルピーの母さんなのか!?」

「うん!お母さんも私と同じように星詠みの旅をしてたの!」

「お、おお、おぉおおおお!なんかよくわかんないけど、凄い偶然だ!!父さんはルピーの母さんと旅をしてて……今は俺とルピーが一緒に旅をしてて……!!」

 本当に、本当にすごい偶然です。
 偶然という言葉では説明ができない程に……
 そう、それは星に定められた――

「星に定められた運命みたいだね!」

「…………う、運命?」

「……え?」

 はわわわ……!
 何だか勢いで凄いことを言ってしまいました。
 そうですよね。
 運命だなんて勝手な押し付けをしてしまうのは失礼です。
 それがとても喜ばしいものに思えてしまいました。
 なんでそんなことを言ってしまったんでしょう。

「運命……」

「ア、アレク!なんか……違うの!そうじゃなくて!いや、そうなんだけど……えっと……あれ?なんだか私がアレクみたいになってる!?」

「運命…………」

「だ、だから、違うんだってば!今の忘れてぇええええええ!!」



 少し前まで、お母さんが心配するのも無理はないくらい、ちょっと危なっかしかったかもしれない私だけど、今はどんな困難も乗り越えていける気がします。

 皆が教えてくれました。
 魔法はお母さんが、勇気はアレクが。
 もう、迷うことなんてありません。

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