見上げるほどの巨大な氷の壁で囲まれた氷塞都市コルキド。
コルキドは都市国家のひとつであり、国王を頂く王権制を敷いている。
分厚くて堅牢な氷の壁はあらゆる攻撃を防ぎ、敵は攻撃の無意味さと極寒の環境に屈していく。
コルキドには三種の神器と呼ばれる武具が伝わっており、そのうちの一つは神器エーデルラインと名前がついた氷の盾であった。
その盾は、雪のように白く純真な心を持った人間のみが触ることが出来る。
代々の所有者は心映しの儀と呼ばれる儀式で選出されてきた。
心映しの儀が行われるキッカケは満月の夜、神器エーデルラインから始まる。
「こ、これは…王に知らせなければ!」
宝物殿を守る衛兵は王に報告するために慌ただしく走った。
神器エーデルラインを扱うに足る資格を持つ適合者が生まれると盾は淡く白い光を発する。
王宮に安置された神器は、適合者である子供が生まれた事を知らせた。
「ヴァ、ヴァーンフリート王!報告します!エーデルラインが淡い光を放ち始めました」
「なんだと?それは真か?」
「はい!しかとこの目で確認いたしました」
「そうか、では心映しの儀の準備をするよう司祭に伝えるのだ」
「は、ただちに!」
衛兵は王からの命令を司祭へ伝えるために慌しく走っていった。
翌日、コルキドで布告が出される。
『氷の盾、神器エーデルラインはコルキドで適合者が生まれたことを知らせた。これによって、次の新月の晩に王宮で心映しの儀を執り行う。昨日、生まれた赤子の親は、次の新月の日に必ず王宮へ来るように』
適合者を探す儀式は、すべての穢れが浄化された穢れ無き新たな月の夜。
つまり、盾が反応してから最初の新月の夜に“心映しの儀”を行い探さなければならない。
これはコルキドで昔から行われている伝統の儀式であった。
「準備は順調に進んでいるか?」
「これは、ヴァーンフリート王。このような場所まで…ご足労感謝いたします」
「よい、それよりも状況はどうなのだ?」
「は、祭壇の造営は滞りなく進んでおります。儀式はなんら問題なく行えるかと」
「そうか」
ヴァーンフリートと司祭は王宮の中庭に建てられた祭壇を見上げる。
「新月までもうすぐだな、適合者が見つかるとよいが…」
「御心配には及びますまい。すべては神器エーデルラインが導く事でしょう」
「うむ、そうだな」
造営は順調に進み、祭壇は完成を迎えた。
新月の夜まであと一日を残す。
其の頃、コルキドの街は心映しの儀の話でにわかに色めき立っていた。
適合者として盾に選ばれれば王宮での生活が待っているからだ。
「おい、ついに明日だな?いや〜うちの子が選ばれたらと思うとドキドキするぜ。そういえばアンタんとこにも赤ちゃんいたよな?」
「はんッ!このやろ!うちの子はもう3ヶ月目だ!たく…知ってるくせに!」
「へっへ…すまねぇ、悪かったよ。そう怒るなって」
「まあ、選ばれれば将来は安泰だろうし。浮かれる気持ちはわからんでもないがな」
「王宮で暮らすようになれば、食いっぱぐれる事はないからな」
適合者と認められればその家族と共に王宮で仕えることとなる。
極寒の環境であるコルキドは生きていくだけでも大変である。
誰しもが王宮での豊かな生活を夢見るのも無理はなかった。
そして儀式当日…王宮の中庭には赤子を連れた十名程の人が集まる。
厳かな雰囲気の中で司祭の声が祭壇に響く。
「皆の者、よく集まった。今宵は神器エーデルラインが新たな所有者を選ぶ新月の夜。これより継承者選別の為“心映しの儀”を執り行う。順に赤子を連れて祭壇を登ってくるのだ」
司祭の号令を合図に“心映しの儀”が始められた。
集まった人々は赤子を腕の中に抱きながら、順番に祭壇を登る。
「この白く凍り付いた盾に触れた時、濁りが解け鏡のように触れたモノが映し出された時、その者が継承者となる。心して受けよ!」
最初の親子が司祭の前へと進み出る。
そして赤子の手を盾に触れさせる。
「ううむ、エーデルラインには何も変化が起こらんな。残念ながらこの子は適合者ではない。次の者、前へ進むがよい」
こうして次々と盾に触れては変化を見るが、一向に適合者は見つからなかった。
「次で最後か……この子の名は何と言う?」
最後に残った親子に司祭は名前を尋ねる。
「はい、シルティアと申します。司祭様」
だあだあと赤ん坊は司祭に向けて手を振っていた。
「シルティアか……悪くない名だな。そなたらで最後だ。適合者であってほしいものだが…さあ、エーデルラインに触れるがよい」
母親は赤ん坊の手を盾へと伸ばす。
そして、赤ん坊の手が盾に触れた時だった。
白く濁っていた盾は、手が触れた部分を中心に、まるで何かが溶けていくように澄み渡っていく。
どんどん透明感を増しては綺麗になっていく盾は、やがて赤ん坊の顔をはっきりと鏡のように映し出した。
「お…おお……なんという」
周りでは適合者が現れたと喜びの声が聞こえる中、司祭は言葉を飲み込んだ。
盾の変化が止まらずに続いていく。
一度、鏡のように赤ん坊を映していた盾の表面はさらに透き通りくっきりと向こう側が見えるほどになっていた。
前例のない事態に司祭をはじめとして、祭壇に集まった人々がざわざわと騒がしくなる。
「盾がこんなにも反応を示すとは…」
「これは一体どういうことだ?」
「この赤ん坊は本当に適合者なのか?」
場は一転して討議がなされた。
前例のない盾の反応から、本当に適合者として認めてよいのかと議論のやり取りが始まる。
「皆の者、静まるのだ!」
様子を見ていたヴァーンフリートが、皆を落ち着くようにと鎮める。
そして、祭壇上の司祭に向かって問いかけた。
「その子は適合者で間違いはないのだな?」
「はい…間違いはないでしょう。しかし、ここまでの反応が出るとは…。この赤ん坊はエーデルラインに選ばれた歴代の所有者を超える存在かもしれません」
「そうか、それでは緊急で協議を開く為この場を一旦解散とする!衛兵、シルティアとその母親を客間に案内せよ。追って沙汰を伝える」
「は!かしこまりました」
シルティアと母親は衛兵に王宮内の客室へと連れられて行く。
「司祭、今後の事を相談したい。関係者を集めてくれ」
「承知しました」
そして、程なくして王宮内の一室に王や司祭をはじめ、コルキドの長老や学者などが集まってきた。
「皆の者よく集まってくれた。話は聞いているだろうが、シルティアという赤子がエーデルラインに選ばれた。そして、今までに例のないほど強い力を秘めているようなのだ。これに対して何か意見はないか?」
一人の学者がすっと立ち上がり意見を述べる。
「王様、神器エーデルラインは心を映し、心の美しさを力へと変える盾。恐らくシルティアの心は穢れがまったくないのでしょう」
コルキドで長老と呼ばれる老人が席を立つ。
「純粋すぎるガラスのような魂は汚しちゃならん!穢れじゃ!穢れから守るのじゃ!」
長老は激しくまくしたてる。
「長老…落ち着いてください。」
その様子を見た司祭も口を開いた。
「確かに穢れから守るというのは一理あります。力を失ってからでは手遅れでしょう」
「そ、その通りじゃ!手遅れにしちゃいかんのじゃ!穢れから守るのじゃ!!」
長老の言葉はさらに激しさを増していく。
「王様、如何でしょうか?シルティアを穢れから守るために隔離した環境を用意するというのは?」
学者が提案すると司祭もその案に相槌をうつ。
「なるほど、それならば力を失う心配はなくなりますね。私もその案に賛成致します」
ややあって、目をつむって考え込んでいた王が口を開いた。
「シルティアを我が王宮で徹底管理の元に育てることにする!」
衛兵が呼ばれ客室にいる母親に協議の結果が伝えられる。
最初は驚いていた母親だったが、後に姿を見せた司祭にコルキドの為だと諭され、泣く泣く了承する。
そして、シルティアは母親から引き離されコルキドの王宮で育てられる事となる。
――数年後
シルティアは王宮で徹底された管理の元に穢れと考えられるもの全てから隔離された。
身の回りの世話は王宮に務める女中が手伝い、異性との接触がないように細心の注意をもって育てられた。
それは、異性との関わりは穢れを生んで純真な心を傷つけてしまうと考えられた為であった。
シルティアが物心ついた頃から施設での教育が始まる。
武術や魔法の勉強、純粋な心を穢さないように美しい童話だけを与えられた。
武術は清く正しい心構えとコルキドの盾として戦える力を、魔法は回復魔法や身を護る防御魔法を中心に教えられていく。
シルティアが娯楽として与えられた童話は王宮の者達が内容を厳選していた。
それは、誰も死なないし誰もが幸せな物語であった。
「ねぇ、この本読んでー?字が難しいのー」
シルティアは本を持って女中のエプロンを引っ張ってせがむ。
「はいはい、よろしいですよ…あれまぁ!?シルティア様、いつもの童話はどうしたのです?これはシルティア様の読むものではありませんよ!」
シルティアの持ってきた本を見て女中は驚く。
「えー…そうなのぉ?」
納得できない様子でシルティアは不満気な顔を見せる。
「ええ、あちらで童話の本を読みましょうね!そうそう…シルティア様、この本はどこから持ってきたのですか?」
シルティアは不満げだったが、黙って台所のテーブルを指差す。
女中は本を取り上げてからシルティアを読書室へと連れて行く。
後に台所のテーブルに本を置いていた者が見つかり、厳しい処分を受けていた。
シルティアは育つに連れて夢を見るようになる。
いつか童話のように白馬に乗った王子様が自分を迎えに来ると。
そして、穢れを知らずに清く純粋な魂のまま育ったシルティアが盾の正式な所有者となる日が来た。
「シルティアよ、さあ神器エーデルラインをその手に取るがいい」
司祭に促されて祭壇から盾を手に取る。
パァアッと盾が輝き、白く濁った部分は無色透明に透き通っていく。
司祭はその様子に満足しながら両手を高く掲げる。
「皆の者、祝福の声をシルティアに!ここに新たなコルキドの盾が誕生したことを宣言する!」
ワァアーッと歓声が上がる。
その日からシルティアはコルキドを護る最強の盾としての活動を始めた。
“コルキドの盾”とは名誉ある称号であり、コルキドを護る使命を帯びている。
そして、シルティアは兵士と共に街へ押し寄せる魔物と戦う事となっていく。
初めての戦闘。
初めての魔物との対峙。
魔物は人を襲う危険な生き物で、決して相容れるものではないとシルティアは教えられていた。
しかし、美しい童話を読んで育ったシルティアには分からなかった。
「なんで同じ生き物なのに手を取り合うことができないのでしょうか…」
自分の目の前で傷ついていく兵士や魔物達を見たシルティアは、お互いに傷つかないように戦いを収める方法を考える。
そして、次の戦闘が行われた時だった。
「まったく次から次へとキリがないな!」
「本当だよなー、一体どっから湧いてきてるんだか…」
防寒具をまとった二人の兵士が顔を見合わせて話しをしている。
兵士は魔物達の動向を見張るのが役目であった。
視界に映るのは集結する魔物の群れ。
「奴ら、そろそろ行動を起こしそうだな…狼煙をあげるか」
「ま、待て!あれはシルティアじゃないのか!?」
一人が大声を上げる。
兵士が目にしたものは盾を掲げて魔物の群れに突っ込むシルティアの姿だった。
「無茶だ!急いで狼煙を上げろ!シルティア様に何かあったらまずいことになるぞ!」
兵士の一人が慌てて火を起こし始める。
「あ!おい!あれを見てみろ!」
突然、魔物の群れの前に猛吹雪が巻き起こる。
荒れ狂う猛吹雪の前に魔物達は怯えはじめ、一体、また一体と退散していく。
そして、最後の魔物がいなくなると同時に吹雪は止んだ。
晴れた後にはシルティアがその場にただ一人立ち尽くしていた。
「ま、マジかよ…こいつはすげぇ!」
一部始終を見ていた二人の兵士は感嘆の声を上げる。
シルティアが魔物の群れに前に立ち、盾を構えると同時に猛吹雪が巻き起こる。
それはまさしく神器エーデルラインの力であった。
この日を境に魔物は鳴りを潜める。
この事は人間、魔物共に死傷者なく戦いを終わらせた事として、瞬く間にコルキド中の噂となった。
シルティアは、その実績と魔物すら傷つけないという優しさでコルキドの人々から厚く信頼される。
「あ、ママ!シルティア様だよ!わーい、シルティア様ー!」
ぶんぶんと子供がシルティアに声をかけては手を振っている。
人気の高いシルティアが街に姿を見せると、人々はコルキドの盾を一目見ようと集まって来ていた。
ある日の事だった。
今日もシルティアの周りには人だかりができている。
沢山の人々に囲まれる中で、一人の男が前に進み出てきた。
「君みたいな綺麗な人がコルキド最強の盾なんて!!ボクのハートは君の虜だよ!是非握手させてくれ!」
返事を聞くよりも先に男はシルティアの手を握っていた。
そして、手を握られて変な汗をかきだすシルティア。
「へっぁっ!?あ、あの!その!えーっと……」
シルティアが男に何かを言おうとするが、男は満足したかのように手を振りながら人混みへと消えていった。
シルティアは男に握られた手をジッと見てみる。
今は変な汗も引いているようだった。
その後、同じように女性にも手を握られるが変化はない。
「さっきのは何だったのでしょうか…?」
コルキドの兵士たちはシルティアに対してうやうやしい態度で接する。
ずっと女性に囲まれて育ったシルティア…その為、先ほどの握手が異性と触れた初めての瞬間だった。
平穏な日々が続いていた。
あれ以来、魔物もコルキドを襲うことはなくなっていた。
だが、静かな日々は長くは続かない。
コルキド近辺に帝国軍が駐屯していた時の事。
シルティアは陣を歩きながら沢山の帝国兵達を珍しそうに見ていた。
「なあ、次の進軍先聞いたか?」
「いや、まだ指令はきてないから決まってないんじゃないか?この戦争は負けるわけにはいかないからな。お偉いさん方も慎重に軍議しているんだろう」
「それもそうだな…沢山の人が死んでるもんな。あーあ、早くこんな殺し合いみたいな戦争終わらせて欲しいよ」
「おい、滅多なこと言うもんじゃないぞ。こんなん聞かれたら俺もお前も懲罰もんだ」
「す、すまねえ」
二人の帝国兵の雑談だろう。
その会話のやり取りをシルティアは耳にする。
…センソウ? 沢山の人が死ぬ…コロシアウ?
聞いたこともない単語だったが、ただひとつ“沢山の人が死ぬ”という、この言葉の意味だけははっきりと理解できた。
そして、気になったシルティアは帝国兵達の側まで駆け寄り質問をぶつけた。
「あ……あの、少し聞きたいことが…あるんですが、先ほど言ってた…セ、センソウとかコロシアイとは…ど、どういう意味なのですか?な、なぜ沢山の人が…し、死ななければならないのでしょう」
目も合わせずに、どもりながら質問を投げかける。
いきなり現れた少女に帝国兵たちはきょとんと顔を見合わせたが一人が口を開いた。
「見たとこ…お前さん、コルキドの盾だよな?こんな少女だと思わなかったが…お嬢ちゃんはそんな事も知らねぇのかぁ?」
帝国兵はシルティアに戦争について講義を始めた。
戦争とは人々が互いの正義を押し付けあうこと。
それによって殺し合いが始まり、沢山の人がお互いを傷つけ合っては死んでいく。
「例えばだな…この剣。こいつは人を殺すための道具だろう?」
帝国兵は腰に携えた剣をスラッと抜いてシルティアに見せる。
「それに、お嬢ちゃんの持ってる盾だって、武器にもなるし使い方によっちゃあ、人も殺せるだろう?」
「え、え……」
シルティアは大きなショックを受ける。
今までそんな風に思ったことがなかったからだ。
神器エーデルラインを持つ者はコルキド最強の盾となる。
一度も、武器としてこの盾が人を傷つけるなどとは思ってもみなかった。
そして、純粋に『何も知らずに』言われたことだけをしていた自分が急に嫌になる。
もしかしたら、何の罪もない人や魔物の命を一歩間違えれば奪う事になっていたのかもしれない。
「私は世の中の事、何も知らなかったんですね…」
そう考え始めた瞬間、穢れがシルティアの心に少しだけ広がる。
途端に盾は濁り始め、透明度がだんだんとなくなっていく。
自分が魔物達にしてきた事でさえ、いけない事だったのではないだろうか?
シルティアがそう思い始めると同時に持っていた盾は凍りつき始める。
「エーデルライン……」
盾がシルティアの心情を表したかのようだった。
凍りついた盾はそのまま氷に包まれていき持つことすら出来なくなる。
『雪のように白く純真な心を持った人間のみが触ることが出来る』
シルティアはエーデルラインに伝わる言い伝えを思い出す。
そして、盾は王宮の一室に安置される事となる。
幸いな事に今までの功績からシルティアが王宮を追い出されるような事はなかった。
「シルティア、何か迷いがあるようですね。穢れがなくなれば、また盾を扱うことが出来るようになるはずですよ」
事情を聞いた司祭も穢れがなくなれば、また、盾を扱えるようになるとシルティアを励ます
「エーデルラインは代々の所有者の意志が宿っております。時期が来るまで…穢れがなくなるまで…今は休む事です」
司祭の言葉にシルティアは、はいと小さく頷いた。
盾を持つことが出来なくなってから数日が経ち、シルティアは塞ぎ込んでしまっていた。
そんな時だった、息を切らしたコルキドの兵士が王宮に駆け込んでくる。
「ハァ、ハァ…た、大変です!そ、外に!コ、コルキド目指して大量のアンデットの集団が迫ってきています!!」
「え…そ、それは間違いないのですか!?」
兵士からの報告を受けシルティアは慌ててベランダから王宮の外を窺う。
既に数体のアンデッドが街に入りこんでおり、ただならぬ雰囲気と穢れた死の匂いが街を包み込もうとしていた。
街の住民はただただ怯えている様子だ。
「なんていうことなのでしょう…」
シルティアは呟くと同時に神器エーデルラインが保管されている部屋へと走る。
「わ、私が何とかしなければ…コルキドの盾として…!」
住民を護ることしか頭にない。
盾を持てなくなったという事実は忘れていた。
シルティアは部屋に着くとエーデルラインが安置されているのを確認する。
盾は冷気を纏い、真っ白に凍りついた状態で、静かに…誰も近づけない様子だった。
盾にそっと手を触れる。
表面から微かに濁りが解けた。
そして、霞んだ鏡のようになった盾にシルティアの姿が映る。
「皆を護りたい…でも、この力で誰かを傷つけてしまうかもしれない…」
強力な力を持つ神器エーデルライン。
シルティアはその力を使うことで誰かを傷つけてしまう事に深い葛藤を抱く。
「貴女にとって穢れとは…何ですか?」
突然、盾に映ったシルティアの姿が、シルティアに語りかけ始めた。
「え……」
盾は淡い光を放ち鏡面に映し出されたシルティアの姿がシルティアに問う。
「貴女にとって穢れとは…何ですか?」
シルティアの姿は同じ質問を繰り返す。
「け、穢れとは……」
シルティアは戸惑っていた。
盾に映る自分の姿はどんな答えを求めているのか?これはエーデルラインの心?色々な考えが脳裏に浮かんでは消えていく。
「穢れを知らぬ者は、純真であるとは言えません。穢れを知っているからこそ、純真であり続けられる。貴女にとって穢れとは何ですか?」
盾に映ったシルティアの姿は質問を繰り返す。
シルティアはその言葉の意味を考える。
「私は…穢れとは人を故意に傷つけ、不必要な苦痛を与える事だと思います」
盾の中のシルティアは更に質問を続ける。
「では、穢れはどうすればなくせると思いますか?」
「護ってあげることが出来れば……」
そこまで言ってからシルティアはハッとした。
私は誰かを傷つける事を恐れていた…けど、それを理由に恐れていては何も護れない。
戦争、殺し合い、穢れは至る所にある。
私は弱き者や大切な人を護るための盾になりたい。
シルティアはひとつの答えを導き出した。
「私が護って…その穢れを受け止めます!弱き者や大切な人、私が人々を護るための盾になります!」
一瞬、パァアッと盾が輝く。
そして、盾に映ったシルティアの姿はにっこりと微笑みながら透き通っていった。
「我が名はエーデルライン。所有者の心を映し、その美しさを力に変える盾。先人達の意志は、貴女を真の所有者として認めます。貴女の御心はきっと多くの者を救うでしょう」
盾の濁りが晴れて表面が美しく透き通る。
シルティアはぎゅっと盾を掴んでみる。
この盾を受け継いできた先人達の意志を強く感じる…。
「同じだったんですね…悩んで悩んで、悩み抜いて決心したのですね」
シルティアは決意を固め、盾を持ってコルキドの外へ向かって駆け出す。
コルキドの兵士達は街に入り込んでいたアンデット達と交戦していた。
その後に続くアンデット達の姿はなく、兵士達がよく食い止めてくれているようだった。
コルキドの街門に差し掛かる頃、激しい剣戟(けんげき)の音が耳に入ってくる。
街壁前ではアンデットの群れとコルキド兵達は激戦を繰り広げていた。
どの兵士も必死の形相で踏ん張っているが、兵士達の顔には疲労の色が濃い。
そして、数体のアンデッドが兵士の一角を突破する。
一箇所でおきた綻びは全体の陣形の乱れを起こし、アンデット達は我先にと街壁へと迫っていく。
「ええいっ!持ち場を離れるな!踏ん張れ!」
指揮官が声を張り上げて励ます。
しかしアンデッドは数を増やし続け、奇怪な声と音が除々に大きくなっていく。
そのあまりに不気味な音に、兵士達の士気は落ちていくようだった。
「く、くっそぉ…コルキドが魔物なんかに負けるかぁっ!」
兵士達は奮戦するが、その顔には悲壮感が漂っていた。
コルキド陥落…その言葉が頭に浮かんではかき消していく。
「ゴッ!?グガアアッッ!」
突然ドーン!と大きな音を立てて城壁に取り付いていたアンデッドの数体が地上まで落とされる。
「な、なんだ?一体どうしたんだ?」
一人の兵士が街壁の上に視線をやる。
そこには神器エーデルラインを構えた一人の少女…コルキドの盾であるシルティアが立っていた。
「シ…シルティア!?盾は使えなくなったのでは…」
兵士はシルティアの姿に驚く。
「皆さん!諦めてはいけませんっ!!」
空に向かって大きく盾を構えたシルティアは短い助走をつけ、街壁から一気にアンデット達の群れに向かってダイブする。
そして、全身全霊の力で盾を地面に突き刺した。
「私は迷いません!無垢なる氷壁の意志達よ…私に力をッ!」
盾は光を放ち、あたりに吹雪が巻き起こる。
「エーデルラインッ!」
シルティアは盾からシールドを張りその場にいた兵士達を守る。
そして、巻き起こった吹雪は段々と勢いと激しさを増していく。
あたり一帯は一切の視界がなくなるほどの猛吹雪と化していた。
数十分後、吹雪は勢いが弱まっていき辺りが晴れ渡っていく。
アンデット達の姿は一切なかった。
周囲にはアンデット達の物であろう壊れた武器、そして氷の破片が落ちていた。
「か、勝ったのか?や、やったー!」
「うぉおお!コルキドの盾の力を見たかっ!俺達の勝利だー!」
戦場のそこかしこで歓喜の声がドッと沸く。
兵士達はシルティアに駆け寄っては感謝の念を伝える。
照れているのだろうか、そこには顔を真っ赤にするシルティアの姿があった。
シルティアはアンデット達を追い払った事を報告する為に王宮へと帰還する。
「カニコフ王、街を脅かしていたアンデット達を追い払う事に成功しました」
「おお、よくやったぞ!さすがは我がコルキド最強の盾だな!はっはっは、よい気分じゃ。苦しゅうない。これからも我がコルキドの為に……」
「あのっ!お言葉ですが……」
王の話を遮ってシルティアが意を決したかのように話をする。
「カニコフ様が…王の代理になってから帝国の蛮行が目立つようになったと…街の人から私は聞きました」
「シ、シルティア…?」
王は焦りの表情を見せる。
「カニコフ様。いや、コルキド王!私は帝国の蛮行を止めるために旅に出ようと思っています」
シルティアはスゥーと息を吸い込んでから言葉を続ける。
「私はこの盾に宿る所有者達の意志と約束をしました。弱き者達を護ると。今、大陸では戦争が起きていて、多くの人が傷つき、殺し合っていると聞きました。私はこの争いを止めます。例えそれがどんなに愚かだとしても、それが私の意志です。私は…やっと自分が生まれて来た意味が分かった気がするのです」
そういうと唖然とする王を背中にシルティアは王宮を後にした。
シルティアが去るという報を聞き、続々と住民が訪ねてきては名残惜しそうに別れの言葉をかけられる。
中には引き留めにかかる者もいたが、シルティアの強固な意志の前は変えられなかった。
――この戦争を止める
コルキドの街を出発しようとすると住民達が列をつくるようにシルティアを見送りにきていた。
以前、シルティアに握手を求めた男も姿を見せていた。
「本当に出て行ってしまうんですね……とても残念です!必ずコルキドに帰ってきてくださいね!コルキドの住民は誰もがシルティア様の帰りを待っています!」
前よりも一層強く手を握って握手をする男。
「!!!あ、は、はい!あ、あありがとうございます。必ずコルキドにこの盾と共に帰りますから、そ、その手を……」
シルティアは手を振り切り慌てて出発した。
永久凍土である山を降り、絵本でしか見た事のなかった雪や氷のない緑の森を見てシルティアは感動を覚えた。
だが、コルキドから一番近い街のシャムールへ辿り着くかの頃…シルティアは周囲からただならぬ気配を感じる。
盾を構え周囲を見渡す…すると、真っ黒な出で立ちをした男がシルティアの前に姿を現す。
男は全身にドクロを纏い、多くの穢れと死を間近においているように感じていた。
「ヒヒヒヒ……お前が、コルキド最強の盾か!あぁ!なんと美しいいい!」
男は不気味な笑い声を上げながらシルティアに話しかける。
「だ、誰ですか!?私を知っているのですか?」
「あぁ…我はずうぅっと、ヒヒッお前を見ていたぁ。その無色透明な魂……そして盾!」
「そ、そうなんですね。あ、あの、そ、そんなにじろじろ見ないでください!」
「ヒヒヒ……1度でいい。その盾に触れさせてくれぇ……我が触ったらどうなるのか知りたいのだ」
男はシルティアの持つ盾に目をやって近寄ってくる。
「あ、あなたからは良くないものを感じます……そそ、そ、そんな人にこの盾を触らせるわけには……!」
後ずさりながらシルティアは威勢を張ろうとするが、男はお構い無し一気に距離を詰める。
「ならば、お前を直接触らせてくれ……ヒヒヒッその美しい魂に触れてみたいのだ!」
男はシルティアに手を伸ばそうとした時だった。
「そ、そそそそんな汚らわしい(穢らわしい)事できません!」
シルティアは顔を真っ赤にして地面に盾を突き立てる。
そして、瞬時に周囲には吹雪が巻き起こった。
だが、男は吹雪にも動じなかった。
「ヒヒヒヒッ!素晴らしい!こんなにも力が!!やはりその魂、我の手中に収めたい。お前が欲しいぞ!!」
男は不気味な笑い声を上げながら興奮気味に喋る。
「――――!!!!!!!!」
シルティアは得体の知れない男とその言動にパニック状態に陥ってしまう。
「うぅぅうういやぁぁぁああああああっ!!!!」
突然、シルティアは大声を張り上げた。
そして、地面に刺した盾に力をいれ、男との間に壁を作っては一気に駆けて逃げ出す。
シルティアは初めての事にパニックになりながらも男は絶対に穢れの塊、触れてはならない存在だと顔を真っ赤にし、涙目になりながらも全力で走り去った。
「ヒヒヒっ!どこまで逃げようと無駄だ!我が名はザラムゴール!お前を!必ず手中に収める!ずっと視ているからなぁ!ヒヒヒヒヒヒッ!!!」
男は去るシルティアを遠目に見ながら不気味な高笑いをあげていた。
コルキドは都市国家のひとつであり、国王を頂く王権制を敷いている。
分厚くて堅牢な氷の壁はあらゆる攻撃を防ぎ、敵は攻撃の無意味さと極寒の環境に屈していく。
コルキドには三種の神器と呼ばれる武具が伝わっており、そのうちの一つは神器エーデルラインと名前がついた氷の盾であった。
その盾は、雪のように白く純真な心を持った人間のみが触ることが出来る。
代々の所有者は心映しの儀と呼ばれる儀式で選出されてきた。
心映しの儀が行われるキッカケは満月の夜、神器エーデルラインから始まる。
「こ、これは…王に知らせなければ!」
宝物殿を守る衛兵は王に報告するために慌ただしく走った。
神器エーデルラインを扱うに足る資格を持つ適合者が生まれると盾は淡く白い光を発する。
王宮に安置された神器は、適合者である子供が生まれた事を知らせた。
「ヴァ、ヴァーンフリート王!報告します!エーデルラインが淡い光を放ち始めました」
「なんだと?それは真か?」
「はい!しかとこの目で確認いたしました」
「そうか、では心映しの儀の準備をするよう司祭に伝えるのだ」
「は、ただちに!」
衛兵は王からの命令を司祭へ伝えるために慌しく走っていった。
翌日、コルキドで布告が出される。
『氷の盾、神器エーデルラインはコルキドで適合者が生まれたことを知らせた。これによって、次の新月の晩に王宮で心映しの儀を執り行う。昨日、生まれた赤子の親は、次の新月の日に必ず王宮へ来るように』
適合者を探す儀式は、すべての穢れが浄化された穢れ無き新たな月の夜。
つまり、盾が反応してから最初の新月の夜に“心映しの儀”を行い探さなければならない。
これはコルキドで昔から行われている伝統の儀式であった。
「準備は順調に進んでいるか?」
「これは、ヴァーンフリート王。このような場所まで…ご足労感謝いたします」
「よい、それよりも状況はどうなのだ?」
「は、祭壇の造営は滞りなく進んでおります。儀式はなんら問題なく行えるかと」
「そうか」
ヴァーンフリートと司祭は王宮の中庭に建てられた祭壇を見上げる。
「新月までもうすぐだな、適合者が見つかるとよいが…」
「御心配には及びますまい。すべては神器エーデルラインが導く事でしょう」
「うむ、そうだな」
造営は順調に進み、祭壇は完成を迎えた。
新月の夜まであと一日を残す。
其の頃、コルキドの街は心映しの儀の話でにわかに色めき立っていた。
適合者として盾に選ばれれば王宮での生活が待っているからだ。
「おい、ついに明日だな?いや〜うちの子が選ばれたらと思うとドキドキするぜ。そういえばアンタんとこにも赤ちゃんいたよな?」
「はんッ!このやろ!うちの子はもう3ヶ月目だ!たく…知ってるくせに!」
「へっへ…すまねぇ、悪かったよ。そう怒るなって」
「まあ、選ばれれば将来は安泰だろうし。浮かれる気持ちはわからんでもないがな」
「王宮で暮らすようになれば、食いっぱぐれる事はないからな」
適合者と認められればその家族と共に王宮で仕えることとなる。
極寒の環境であるコルキドは生きていくだけでも大変である。
誰しもが王宮での豊かな生活を夢見るのも無理はなかった。
そして儀式当日…王宮の中庭には赤子を連れた十名程の人が集まる。
厳かな雰囲気の中で司祭の声が祭壇に響く。
「皆の者、よく集まった。今宵は神器エーデルラインが新たな所有者を選ぶ新月の夜。これより継承者選別の為“心映しの儀”を執り行う。順に赤子を連れて祭壇を登ってくるのだ」
司祭の号令を合図に“心映しの儀”が始められた。
集まった人々は赤子を腕の中に抱きながら、順番に祭壇を登る。
「この白く凍り付いた盾に触れた時、濁りが解け鏡のように触れたモノが映し出された時、その者が継承者となる。心して受けよ!」
最初の親子が司祭の前へと進み出る。
そして赤子の手を盾に触れさせる。
「ううむ、エーデルラインには何も変化が起こらんな。残念ながらこの子は適合者ではない。次の者、前へ進むがよい」
こうして次々と盾に触れては変化を見るが、一向に適合者は見つからなかった。
「次で最後か……この子の名は何と言う?」
最後に残った親子に司祭は名前を尋ねる。
「はい、シルティアと申します。司祭様」
だあだあと赤ん坊は司祭に向けて手を振っていた。
「シルティアか……悪くない名だな。そなたらで最後だ。適合者であってほしいものだが…さあ、エーデルラインに触れるがよい」
母親は赤ん坊の手を盾へと伸ばす。
そして、赤ん坊の手が盾に触れた時だった。
白く濁っていた盾は、手が触れた部分を中心に、まるで何かが溶けていくように澄み渡っていく。
どんどん透明感を増しては綺麗になっていく盾は、やがて赤ん坊の顔をはっきりと鏡のように映し出した。
「お…おお……なんという」
周りでは適合者が現れたと喜びの声が聞こえる中、司祭は言葉を飲み込んだ。
盾の変化が止まらずに続いていく。
一度、鏡のように赤ん坊を映していた盾の表面はさらに透き通りくっきりと向こう側が見えるほどになっていた。
前例のない事態に司祭をはじめとして、祭壇に集まった人々がざわざわと騒がしくなる。
「盾がこんなにも反応を示すとは…」
「これは一体どういうことだ?」
「この赤ん坊は本当に適合者なのか?」
場は一転して討議がなされた。
前例のない盾の反応から、本当に適合者として認めてよいのかと議論のやり取りが始まる。
「皆の者、静まるのだ!」
様子を見ていたヴァーンフリートが、皆を落ち着くようにと鎮める。
そして、祭壇上の司祭に向かって問いかけた。
「その子は適合者で間違いはないのだな?」
「はい…間違いはないでしょう。しかし、ここまでの反応が出るとは…。この赤ん坊はエーデルラインに選ばれた歴代の所有者を超える存在かもしれません」
「そうか、それでは緊急で協議を開く為この場を一旦解散とする!衛兵、シルティアとその母親を客間に案内せよ。追って沙汰を伝える」
「は!かしこまりました」
シルティアと母親は衛兵に王宮内の客室へと連れられて行く。
「司祭、今後の事を相談したい。関係者を集めてくれ」
「承知しました」
そして、程なくして王宮内の一室に王や司祭をはじめ、コルキドの長老や学者などが集まってきた。
「皆の者よく集まってくれた。話は聞いているだろうが、シルティアという赤子がエーデルラインに選ばれた。そして、今までに例のないほど強い力を秘めているようなのだ。これに対して何か意見はないか?」
一人の学者がすっと立ち上がり意見を述べる。
「王様、神器エーデルラインは心を映し、心の美しさを力へと変える盾。恐らくシルティアの心は穢れがまったくないのでしょう」
コルキドで長老と呼ばれる老人が席を立つ。
「純粋すぎるガラスのような魂は汚しちゃならん!穢れじゃ!穢れから守るのじゃ!」
長老は激しくまくしたてる。
「長老…落ち着いてください。」
その様子を見た司祭も口を開いた。
「確かに穢れから守るというのは一理あります。力を失ってからでは手遅れでしょう」
「そ、その通りじゃ!手遅れにしちゃいかんのじゃ!穢れから守るのじゃ!!」
長老の言葉はさらに激しさを増していく。
「王様、如何でしょうか?シルティアを穢れから守るために隔離した環境を用意するというのは?」
学者が提案すると司祭もその案に相槌をうつ。
「なるほど、それならば力を失う心配はなくなりますね。私もその案に賛成致します」
ややあって、目をつむって考え込んでいた王が口を開いた。
「シルティアを我が王宮で徹底管理の元に育てることにする!」
衛兵が呼ばれ客室にいる母親に協議の結果が伝えられる。
最初は驚いていた母親だったが、後に姿を見せた司祭にコルキドの為だと諭され、泣く泣く了承する。
そして、シルティアは母親から引き離されコルキドの王宮で育てられる事となる。
――数年後
シルティアは王宮で徹底された管理の元に穢れと考えられるもの全てから隔離された。
身の回りの世話は王宮に務める女中が手伝い、異性との接触がないように細心の注意をもって育てられた。
それは、異性との関わりは穢れを生んで純真な心を傷つけてしまうと考えられた為であった。
シルティアが物心ついた頃から施設での教育が始まる。
武術や魔法の勉強、純粋な心を穢さないように美しい童話だけを与えられた。
武術は清く正しい心構えとコルキドの盾として戦える力を、魔法は回復魔法や身を護る防御魔法を中心に教えられていく。
シルティアが娯楽として与えられた童話は王宮の者達が内容を厳選していた。
それは、誰も死なないし誰もが幸せな物語であった。
「ねぇ、この本読んでー?字が難しいのー」
シルティアは本を持って女中のエプロンを引っ張ってせがむ。
「はいはい、よろしいですよ…あれまぁ!?シルティア様、いつもの童話はどうしたのです?これはシルティア様の読むものではありませんよ!」
シルティアの持ってきた本を見て女中は驚く。
「えー…そうなのぉ?」
納得できない様子でシルティアは不満気な顔を見せる。
「ええ、あちらで童話の本を読みましょうね!そうそう…シルティア様、この本はどこから持ってきたのですか?」
シルティアは不満げだったが、黙って台所のテーブルを指差す。
女中は本を取り上げてからシルティアを読書室へと連れて行く。
後に台所のテーブルに本を置いていた者が見つかり、厳しい処分を受けていた。
シルティアは育つに連れて夢を見るようになる。
いつか童話のように白馬に乗った王子様が自分を迎えに来ると。
そして、穢れを知らずに清く純粋な魂のまま育ったシルティアが盾の正式な所有者となる日が来た。
「シルティアよ、さあ神器エーデルラインをその手に取るがいい」
司祭に促されて祭壇から盾を手に取る。
パァアッと盾が輝き、白く濁った部分は無色透明に透き通っていく。
司祭はその様子に満足しながら両手を高く掲げる。
「皆の者、祝福の声をシルティアに!ここに新たなコルキドの盾が誕生したことを宣言する!」
ワァアーッと歓声が上がる。
その日からシルティアはコルキドを護る最強の盾としての活動を始めた。
“コルキドの盾”とは名誉ある称号であり、コルキドを護る使命を帯びている。
そして、シルティアは兵士と共に街へ押し寄せる魔物と戦う事となっていく。
初めての戦闘。
初めての魔物との対峙。
魔物は人を襲う危険な生き物で、決して相容れるものではないとシルティアは教えられていた。
しかし、美しい童話を読んで育ったシルティアには分からなかった。
「なんで同じ生き物なのに手を取り合うことができないのでしょうか…」
自分の目の前で傷ついていく兵士や魔物達を見たシルティアは、お互いに傷つかないように戦いを収める方法を考える。
そして、次の戦闘が行われた時だった。
「まったく次から次へとキリがないな!」
「本当だよなー、一体どっから湧いてきてるんだか…」
防寒具をまとった二人の兵士が顔を見合わせて話しをしている。
兵士は魔物達の動向を見張るのが役目であった。
視界に映るのは集結する魔物の群れ。
「奴ら、そろそろ行動を起こしそうだな…狼煙をあげるか」
「ま、待て!あれはシルティアじゃないのか!?」
一人が大声を上げる。
兵士が目にしたものは盾を掲げて魔物の群れに突っ込むシルティアの姿だった。
「無茶だ!急いで狼煙を上げろ!シルティア様に何かあったらまずいことになるぞ!」
兵士の一人が慌てて火を起こし始める。
「あ!おい!あれを見てみろ!」
突然、魔物の群れの前に猛吹雪が巻き起こる。
荒れ狂う猛吹雪の前に魔物達は怯えはじめ、一体、また一体と退散していく。
そして、最後の魔物がいなくなると同時に吹雪は止んだ。
晴れた後にはシルティアがその場にただ一人立ち尽くしていた。
「ま、マジかよ…こいつはすげぇ!」
一部始終を見ていた二人の兵士は感嘆の声を上げる。
シルティアが魔物の群れに前に立ち、盾を構えると同時に猛吹雪が巻き起こる。
それはまさしく神器エーデルラインの力であった。
この日を境に魔物は鳴りを潜める。
この事は人間、魔物共に死傷者なく戦いを終わらせた事として、瞬く間にコルキド中の噂となった。
シルティアは、その実績と魔物すら傷つけないという優しさでコルキドの人々から厚く信頼される。
「あ、ママ!シルティア様だよ!わーい、シルティア様ー!」
ぶんぶんと子供がシルティアに声をかけては手を振っている。
人気の高いシルティアが街に姿を見せると、人々はコルキドの盾を一目見ようと集まって来ていた。
ある日の事だった。
今日もシルティアの周りには人だかりができている。
沢山の人々に囲まれる中で、一人の男が前に進み出てきた。
「君みたいな綺麗な人がコルキド最強の盾なんて!!ボクのハートは君の虜だよ!是非握手させてくれ!」
返事を聞くよりも先に男はシルティアの手を握っていた。
そして、手を握られて変な汗をかきだすシルティア。
「へっぁっ!?あ、あの!その!えーっと……」
シルティアが男に何かを言おうとするが、男は満足したかのように手を振りながら人混みへと消えていった。
シルティアは男に握られた手をジッと見てみる。
今は変な汗も引いているようだった。
その後、同じように女性にも手を握られるが変化はない。
「さっきのは何だったのでしょうか…?」
コルキドの兵士たちはシルティアに対してうやうやしい態度で接する。
ずっと女性に囲まれて育ったシルティア…その為、先ほどの握手が異性と触れた初めての瞬間だった。
平穏な日々が続いていた。
あれ以来、魔物もコルキドを襲うことはなくなっていた。
だが、静かな日々は長くは続かない。
コルキド近辺に帝国軍が駐屯していた時の事。
シルティアは陣を歩きながら沢山の帝国兵達を珍しそうに見ていた。
「なあ、次の進軍先聞いたか?」
「いや、まだ指令はきてないから決まってないんじゃないか?この戦争は負けるわけにはいかないからな。お偉いさん方も慎重に軍議しているんだろう」
「それもそうだな…沢山の人が死んでるもんな。あーあ、早くこんな殺し合いみたいな戦争終わらせて欲しいよ」
「おい、滅多なこと言うもんじゃないぞ。こんなん聞かれたら俺もお前も懲罰もんだ」
「す、すまねえ」
二人の帝国兵の雑談だろう。
その会話のやり取りをシルティアは耳にする。
…センソウ? 沢山の人が死ぬ…コロシアウ?
聞いたこともない単語だったが、ただひとつ“沢山の人が死ぬ”という、この言葉の意味だけははっきりと理解できた。
そして、気になったシルティアは帝国兵達の側まで駆け寄り質問をぶつけた。
「あ……あの、少し聞きたいことが…あるんですが、先ほど言ってた…セ、センソウとかコロシアイとは…ど、どういう意味なのですか?な、なぜ沢山の人が…し、死ななければならないのでしょう」
目も合わせずに、どもりながら質問を投げかける。
いきなり現れた少女に帝国兵たちはきょとんと顔を見合わせたが一人が口を開いた。
「見たとこ…お前さん、コルキドの盾だよな?こんな少女だと思わなかったが…お嬢ちゃんはそんな事も知らねぇのかぁ?」
帝国兵はシルティアに戦争について講義を始めた。
戦争とは人々が互いの正義を押し付けあうこと。
それによって殺し合いが始まり、沢山の人がお互いを傷つけ合っては死んでいく。
「例えばだな…この剣。こいつは人を殺すための道具だろう?」
帝国兵は腰に携えた剣をスラッと抜いてシルティアに見せる。
「それに、お嬢ちゃんの持ってる盾だって、武器にもなるし使い方によっちゃあ、人も殺せるだろう?」
「え、え……」
シルティアは大きなショックを受ける。
今までそんな風に思ったことがなかったからだ。
神器エーデルラインを持つ者はコルキド最強の盾となる。
一度も、武器としてこの盾が人を傷つけるなどとは思ってもみなかった。
そして、純粋に『何も知らずに』言われたことだけをしていた自分が急に嫌になる。
もしかしたら、何の罪もない人や魔物の命を一歩間違えれば奪う事になっていたのかもしれない。
「私は世の中の事、何も知らなかったんですね…」
そう考え始めた瞬間、穢れがシルティアの心に少しだけ広がる。
途端に盾は濁り始め、透明度がだんだんとなくなっていく。
自分が魔物達にしてきた事でさえ、いけない事だったのではないだろうか?
シルティアがそう思い始めると同時に持っていた盾は凍りつき始める。
「エーデルライン……」
盾がシルティアの心情を表したかのようだった。
凍りついた盾はそのまま氷に包まれていき持つことすら出来なくなる。
『雪のように白く純真な心を持った人間のみが触ることが出来る』
シルティアはエーデルラインに伝わる言い伝えを思い出す。
そして、盾は王宮の一室に安置される事となる。
幸いな事に今までの功績からシルティアが王宮を追い出されるような事はなかった。
「シルティア、何か迷いがあるようですね。穢れがなくなれば、また盾を扱うことが出来るようになるはずですよ」
事情を聞いた司祭も穢れがなくなれば、また、盾を扱えるようになるとシルティアを励ます
「エーデルラインは代々の所有者の意志が宿っております。時期が来るまで…穢れがなくなるまで…今は休む事です」
司祭の言葉にシルティアは、はいと小さく頷いた。
盾を持つことが出来なくなってから数日が経ち、シルティアは塞ぎ込んでしまっていた。
そんな時だった、息を切らしたコルキドの兵士が王宮に駆け込んでくる。
「ハァ、ハァ…た、大変です!そ、外に!コ、コルキド目指して大量のアンデットの集団が迫ってきています!!」
「え…そ、それは間違いないのですか!?」
兵士からの報告を受けシルティアは慌ててベランダから王宮の外を窺う。
既に数体のアンデッドが街に入りこんでおり、ただならぬ雰囲気と穢れた死の匂いが街を包み込もうとしていた。
街の住民はただただ怯えている様子だ。
「なんていうことなのでしょう…」
シルティアは呟くと同時に神器エーデルラインが保管されている部屋へと走る。
「わ、私が何とかしなければ…コルキドの盾として…!」
住民を護ることしか頭にない。
盾を持てなくなったという事実は忘れていた。
シルティアは部屋に着くとエーデルラインが安置されているのを確認する。
盾は冷気を纏い、真っ白に凍りついた状態で、静かに…誰も近づけない様子だった。
盾にそっと手を触れる。
表面から微かに濁りが解けた。
そして、霞んだ鏡のようになった盾にシルティアの姿が映る。
「皆を護りたい…でも、この力で誰かを傷つけてしまうかもしれない…」
強力な力を持つ神器エーデルライン。
シルティアはその力を使うことで誰かを傷つけてしまう事に深い葛藤を抱く。
「貴女にとって穢れとは…何ですか?」
突然、盾に映ったシルティアの姿が、シルティアに語りかけ始めた。
「え……」
盾は淡い光を放ち鏡面に映し出されたシルティアの姿がシルティアに問う。
「貴女にとって穢れとは…何ですか?」
シルティアの姿は同じ質問を繰り返す。
「け、穢れとは……」
シルティアは戸惑っていた。
盾に映る自分の姿はどんな答えを求めているのか?これはエーデルラインの心?色々な考えが脳裏に浮かんでは消えていく。
「穢れを知らぬ者は、純真であるとは言えません。穢れを知っているからこそ、純真であり続けられる。貴女にとって穢れとは何ですか?」
盾に映ったシルティアの姿は質問を繰り返す。
シルティアはその言葉の意味を考える。
「私は…穢れとは人を故意に傷つけ、不必要な苦痛を与える事だと思います」
盾の中のシルティアは更に質問を続ける。
「では、穢れはどうすればなくせると思いますか?」
「護ってあげることが出来れば……」
そこまで言ってからシルティアはハッとした。
私は誰かを傷つける事を恐れていた…けど、それを理由に恐れていては何も護れない。
戦争、殺し合い、穢れは至る所にある。
私は弱き者や大切な人を護るための盾になりたい。
シルティアはひとつの答えを導き出した。
「私が護って…その穢れを受け止めます!弱き者や大切な人、私が人々を護るための盾になります!」
一瞬、パァアッと盾が輝く。
そして、盾に映ったシルティアの姿はにっこりと微笑みながら透き通っていった。
「我が名はエーデルライン。所有者の心を映し、その美しさを力に変える盾。先人達の意志は、貴女を真の所有者として認めます。貴女の御心はきっと多くの者を救うでしょう」
盾の濁りが晴れて表面が美しく透き通る。
シルティアはぎゅっと盾を掴んでみる。
この盾を受け継いできた先人達の意志を強く感じる…。
「同じだったんですね…悩んで悩んで、悩み抜いて決心したのですね」
シルティアは決意を固め、盾を持ってコルキドの外へ向かって駆け出す。
コルキドの兵士達は街に入り込んでいたアンデット達と交戦していた。
その後に続くアンデット達の姿はなく、兵士達がよく食い止めてくれているようだった。
コルキドの街門に差し掛かる頃、激しい剣戟(けんげき)の音が耳に入ってくる。
街壁前ではアンデットの群れとコルキド兵達は激戦を繰り広げていた。
どの兵士も必死の形相で踏ん張っているが、兵士達の顔には疲労の色が濃い。
そして、数体のアンデッドが兵士の一角を突破する。
一箇所でおきた綻びは全体の陣形の乱れを起こし、アンデット達は我先にと街壁へと迫っていく。
「ええいっ!持ち場を離れるな!踏ん張れ!」
指揮官が声を張り上げて励ます。
しかしアンデッドは数を増やし続け、奇怪な声と音が除々に大きくなっていく。
そのあまりに不気味な音に、兵士達の士気は落ちていくようだった。
「く、くっそぉ…コルキドが魔物なんかに負けるかぁっ!」
兵士達は奮戦するが、その顔には悲壮感が漂っていた。
コルキド陥落…その言葉が頭に浮かんではかき消していく。
「ゴッ!?グガアアッッ!」
突然ドーン!と大きな音を立てて城壁に取り付いていたアンデッドの数体が地上まで落とされる。
「な、なんだ?一体どうしたんだ?」
一人の兵士が街壁の上に視線をやる。
そこには神器エーデルラインを構えた一人の少女…コルキドの盾であるシルティアが立っていた。
「シ…シルティア!?盾は使えなくなったのでは…」
兵士はシルティアの姿に驚く。
「皆さん!諦めてはいけませんっ!!」
空に向かって大きく盾を構えたシルティアは短い助走をつけ、街壁から一気にアンデット達の群れに向かってダイブする。
そして、全身全霊の力で盾を地面に突き刺した。
「私は迷いません!無垢なる氷壁の意志達よ…私に力をッ!」
盾は光を放ち、あたりに吹雪が巻き起こる。
「エーデルラインッ!」
シルティアは盾からシールドを張りその場にいた兵士達を守る。
そして、巻き起こった吹雪は段々と勢いと激しさを増していく。
あたり一帯は一切の視界がなくなるほどの猛吹雪と化していた。
数十分後、吹雪は勢いが弱まっていき辺りが晴れ渡っていく。
アンデット達の姿は一切なかった。
周囲にはアンデット達の物であろう壊れた武器、そして氷の破片が落ちていた。
「か、勝ったのか?や、やったー!」
「うぉおお!コルキドの盾の力を見たかっ!俺達の勝利だー!」
戦場のそこかしこで歓喜の声がドッと沸く。
兵士達はシルティアに駆け寄っては感謝の念を伝える。
照れているのだろうか、そこには顔を真っ赤にするシルティアの姿があった。
シルティアはアンデット達を追い払った事を報告する為に王宮へと帰還する。
「カニコフ王、街を脅かしていたアンデット達を追い払う事に成功しました」
「おお、よくやったぞ!さすがは我がコルキド最強の盾だな!はっはっは、よい気分じゃ。苦しゅうない。これからも我がコルキドの為に……」
「あのっ!お言葉ですが……」
王の話を遮ってシルティアが意を決したかのように話をする。
「カニコフ様が…王の代理になってから帝国の蛮行が目立つようになったと…街の人から私は聞きました」
「シ、シルティア…?」
王は焦りの表情を見せる。
「カニコフ様。いや、コルキド王!私は帝国の蛮行を止めるために旅に出ようと思っています」
シルティアはスゥーと息を吸い込んでから言葉を続ける。
「私はこの盾に宿る所有者達の意志と約束をしました。弱き者達を護ると。今、大陸では戦争が起きていて、多くの人が傷つき、殺し合っていると聞きました。私はこの争いを止めます。例えそれがどんなに愚かだとしても、それが私の意志です。私は…やっと自分が生まれて来た意味が分かった気がするのです」
そういうと唖然とする王を背中にシルティアは王宮を後にした。
シルティアが去るという報を聞き、続々と住民が訪ねてきては名残惜しそうに別れの言葉をかけられる。
中には引き留めにかかる者もいたが、シルティアの強固な意志の前は変えられなかった。
――この戦争を止める
コルキドの街を出発しようとすると住民達が列をつくるようにシルティアを見送りにきていた。
以前、シルティアに握手を求めた男も姿を見せていた。
「本当に出て行ってしまうんですね……とても残念です!必ずコルキドに帰ってきてくださいね!コルキドの住民は誰もがシルティア様の帰りを待っています!」
前よりも一層強く手を握って握手をする男。
「!!!あ、は、はい!あ、あありがとうございます。必ずコルキドにこの盾と共に帰りますから、そ、その手を……」
シルティアは手を振り切り慌てて出発した。
永久凍土である山を降り、絵本でしか見た事のなかった雪や氷のない緑の森を見てシルティアは感動を覚えた。
だが、コルキドから一番近い街のシャムールへ辿り着くかの頃…シルティアは周囲からただならぬ気配を感じる。
盾を構え周囲を見渡す…すると、真っ黒な出で立ちをした男がシルティアの前に姿を現す。
男は全身にドクロを纏い、多くの穢れと死を間近においているように感じていた。
「ヒヒヒヒ……お前が、コルキド最強の盾か!あぁ!なんと美しいいい!」
男は不気味な笑い声を上げながらシルティアに話しかける。
「だ、誰ですか!?私を知っているのですか?」
「あぁ…我はずうぅっと、ヒヒッお前を見ていたぁ。その無色透明な魂……そして盾!」
「そ、そうなんですね。あ、あの、そ、そんなにじろじろ見ないでください!」
「ヒヒヒ……1度でいい。その盾に触れさせてくれぇ……我が触ったらどうなるのか知りたいのだ」
男はシルティアの持つ盾に目をやって近寄ってくる。
「あ、あなたからは良くないものを感じます……そそ、そ、そんな人にこの盾を触らせるわけには……!」
後ずさりながらシルティアは威勢を張ろうとするが、男はお構い無し一気に距離を詰める。
「ならば、お前を直接触らせてくれ……ヒヒヒッその美しい魂に触れてみたいのだ!」
男はシルティアに手を伸ばそうとした時だった。
「そ、そそそそんな汚らわしい(穢らわしい)事できません!」
シルティアは顔を真っ赤にして地面に盾を突き立てる。
そして、瞬時に周囲には吹雪が巻き起こった。
だが、男は吹雪にも動じなかった。
「ヒヒヒヒッ!素晴らしい!こんなにも力が!!やはりその魂、我の手中に収めたい。お前が欲しいぞ!!」
男は不気味な笑い声を上げながら興奮気味に喋る。
「――――!!!!!!!!」
シルティアは得体の知れない男とその言動にパニック状態に陥ってしまう。
「うぅぅうういやぁぁぁああああああっ!!!!」
突然、シルティアは大声を張り上げた。
そして、地面に刺した盾に力をいれ、男との間に壁を作っては一気に駆けて逃げ出す。
シルティアは初めての事にパニックになりながらも男は絶対に穢れの塊、触れてはならない存在だと顔を真っ赤にし、涙目になりながらも全力で走り去った。
「ヒヒヒっ!どこまで逃げようと無駄だ!我が名はザラムゴール!お前を!必ず手中に収める!ずっと視ているからなぁ!ヒヒヒヒヒヒッ!!!」
男は去るシルティアを遠目に見ながら不気味な高笑いをあげていた。
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