【スレ00012の0705さん作】
真っ昼間投下いきまーす、19レスくらい
※大炎上(次にお前はまたお前かと言う)
※本番無し、おフェラとか ※猫耳ネタ ※ギャグだかシリアスだか

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穏やかな気候が麗らかそのものな、春。
河辺を山を桜が彩る。ひらひら舞い落ちる花びらと踊る蝶。
多種多様の生命により色付く日本の春。

―――から、明らかに浮いている、濃ゆ〜い色物が一点。
桜舞い散る真っ昼間の往来にうつ伏せ倒れ込んだナニか。
花見客などが通りすがるも、彼らはソレを気に留める事もない。
賑やかな周囲に反してそこだけがやけに静かだが固有結界などではない。
死んだように動かない猫耳のソレがいつからそうしているのかは分からない。

さて。
商店街での買い物帰りの少女は不幸にも滅多に起こさない気まぐれから桜並木に足を向け、そして今、ソレに興味を示してしまった。
オフホワイトのタートルネックの首元を背中側からむんずと掴み持ち上げる。
土にまみれた丸い顔が俯いている。
(……。)
その死に顔に憐れみを感じたのかどうか。
少女はベンチまでソレを抱えて連れて行き、横たわらせ、水道水で濡らした手拭いで顔を綺麗に拭いてやった。

最後に目元の土をすう、と拭った瞬間。

「感動したッ!!」

ソレが、カカッと大きな目を開き、そう叫んだ。
(死体じゃなかったのか)
少女は呆気に取られたようにぱちくりと瞬きする。
「肌に食い込む礫の痛みに耐えてよく頑張った私っ!それはさて置きYou?」
「私の事か」
「君以外いないよねー。ワテクシは感動したっ!
 行き倒れの萌えキャラに対し見て見ぬ振り見ざる言わざる聞かざるを貫き通す、
 荒み切ったジャップな異国の土地に咲く一輪の華!そう、You!あーショック!そりゃもう愛で空も落ちてくるって話よね?」

よく喋る猫だな、と少女は思ったが口には出さなかった。
そもそもこれは本当に猫なのか。
猫のような耳は生えているが二足で直立しているし、ぬいぐるみのようでもある。
桜には妖怪が付き物であると相棒が言っていたのを思い出す。
ではこれは妖怪・怪猫の類なのか。
「ネコへの慈愛に満ちた君に私は是非ともお礼がしたぁいっ!」
本人が自らを猫だと言っているので多分猫の類ではあるのだろう。
「礼を受ける謂われは無い。私は何もしていない」
「謙遜なさらず!さささ、コレを。ぱかりとお開けになって下さいまし」
猫っぽいソレは断られても何のその、真っ黒い箱をどこからか取り出し銀髪の少女に差し出した。
箱には紅梅色をした紐が掛けられている。
御伽噺の玉手箱のようだが、生憎少女は“浦島太郎”などの御伽噺を全く知らない。
よく分からないがこの箱を開ければいいのか、と、研究所での来る者拒む警戒心はどこへやら。
少女は深く考えもせず、箱に掛けられた赤い紐の結び目を解き、両手で上蓋を持ち上げた。
「!?」
開け放たれた箱から勢い良く噴出する煙が少女の顔に直撃する。
もくもくと箱から出続ける白煙の向こうに掻き消えていく怪猫は笑う、笑う。
そして高らかにこう呼ばわるのだった。
「お前もネコミミになれ!!」
ニャーッハッハッハッハッハのハ。
桜舞い散る並木道。
煙が風に流されて消えると、猫っぽいソレの姿も銀髪の少女の姿も、跡形もなくなっていた。

無限界はとあるマンションの一室。
表札には律儀にもこの国に合わせた片仮名で“ロランジュ”の文字。
留守を守る男の名は軋間紅摩。
彼が昨晩の深酒から普段より深く長く寝入っている内に部屋の主は出掛けてしまっていた。
書き置きには『買い物に行ってくる。すぐ戻る』とだけ。
部屋の主であるアネル=ロランジュが午前何時に出掛けたのかは分からないが、彼が目覚めてから既に一時間。
正午も近い。
そろそろ戻って来てもいい頃合いだ。

最近贖った本を読みながら相棒の帰りを待つ彼の耳に、扉越しに、何かの音が届く。
アネルが帰ったかと顔を上げるが、ドアが開く事は無い。
再度文字に視線を落とす。
また、音がする。がさがさと、レジ袋が擦れるような音。
次いでドアの方から聞こえてきたカリカリと何かが壁を引っ掻くような音に、紅摩がまた顔を上げる。
アネルだとは思えないが、犬だか猫だかが訪ねてきているのは確からしい。
無限界には獣の形を取って生活する者も多い。
アネルを訪ねてきた誰かかも知れない、と、念の為応対に立つ。
廊下を抜け狭い玄関に向かい扉を開く。
紅摩の視界に映るものはない。
目線を下げると、先程の音の出所であろう、スーパーベジータの見慣れたレジ袋。
それに、白銀の短い体毛が眩い、猫の姿があった。
数百年を生き実体を為した夢魔であり猫の形を好んで取る“怪猫”レンや白レンに類するものかとも思ったが、どうやらそうではない。
彼女らを象徴する大きなリボンは巻かれていない。
ダークストーカー・フェリシアでもない。
「……わざわざ悪いが、今この部屋の主は出掛けている」
身を屈めて一応そう声を掛けてやると、銀の猫はにゃあと一つ鳴いて、レジ袋を咥えて紅摩の前に置いた。
引き摺って運んで来たのだろう、所々破けてはいるが、中身は無事らしい。
がさりと広げて内容を見分する。
頭が落とされた真鯖にほうれん草、合わせ味噌、麦茶のパック。
何かと符合する気がしたが、それよりも、銀の猫が扉に隠れた向こう側から引っ張ってきたモノに紅摩はぎょっとする。

ネコ耳を生やしたナニか。
GCVに巣食う色物代表“ネコ”・ネコアルクがそこに居た。
引っ掻き傷と焦げ痕にまみれて。
「どういう事だ」
関わり合いたくない類の化生だが致し方なしと問い掛けると、ネコアルクは横たわったまま傷痕まみれの顔を紅摩に向けた。
「説明させて頂きます……」

ネコアルクの説明を要約するとこうだ。
花見客が集う並木道に行き倒れの自分達が居れば十人に一人くらいは助け起こしてくれるのではないか。
そしてそんな心優しい性根を持つ人間にこそネコ耳は相応しいのではないか。
GCVの面々はあるときそう思い付いた。
というわけで罠を設置するように朝から道に倒れていたのだが、一向に手を差し伸べられる事は無い。
昼近くになりようやく助け起こされた。
感動した。
それは兎も角当初の予定通り封を開け煙を浴びた者をネコ耳にするGCV秘蔵の量産可能マジックアイテム・タマテバコを贈呈。
かくして少女は猫になりけり。
どっとはらい。

「……では、この猫は」
「はいにゃ。ロランジュさんちのアネルさんでござんす、旦那様」
男の足元で自身を睨むように見据えている銀の猫を指し示し、ネコアルクは告げた。
「ちょーっと効き過ぎちゃったみたい?で、ネコ耳通り越して猫になっちまいやして」
その猫の短毛は、アネル=ロランジュの変色した髪と同じ雪のような白銀だ。
双眸は鮮やかなのに透き通った翠。
細くしなやかな体つき。
成る程、猫とはいえ、相棒の少女を想起させる容貌だ。

「では、私はこれにてー」
「待て」
背を向け立ち去ろうとする怪猫の首根っこをむんずと鷲掴む。
「アネルを元に戻してから行け」
「いやー、それが、お嬢様には既に説明申し上げたんだけどにゃー。
 タマテバコの効き目は四日から一週間!身体から煙が抜け切れば自然に元通りってスンポー。ユアンダスタン?」
「……今すぐ治す方法は無いと?」
うんうんうん、と宙ぶらりんに持ち上げられたまま力強く頷くネコアルク。
溜め息。
銀の猫も頭を垂れる。
「……分かった。だが、万が一戻らなくては困る。
 一週間後に必ずまた此処に来い」
襤褸切れになりかけのレジ袋を拾い上げ、銀の猫を扉の内側へ招き入れる。
「アイアイ、サー!良いネコライフを!」
「失せろ」
いっそそのまま階下へ投げ捨ててしまえばいいものを。
紅摩は敬礼するネコアルクを玄関の外に下ろしてそう吐き捨てるとドアを閉ざした。

外で何やら挨拶口上を並べ立てているようだが無視に限る。
一つ息を吐きアネルであるという猫を見下ろすと、そちらも紅摩を見上げていた。
孔雀石のような鮮やかな緑色をした目は、相棒の少女の持つものと全く同じ色だ。
腕を伸ばし、抱き上げてやる。
軽い。温かい。
「……アネル」
呼び慣れたその名を呼びかけてやれば、猫は高い声で、みゃあ、と返事をしてみせた。
「奴の話した通りだというのなら心配は要らん。
 俺も居る。気を落とすな」
すべすべと滑らかな体毛を撫でつけてやると、猫はエメラルドの瞳を気持ちよさそうに細めた。
差し当たって昼食だが、普段口にしているようなものでいいのだろうか、と。
レジ袋から零れ落ちた真鯖を目の端で捉えながら紅摩は考えていた。

慣れない舌使いで水を飲む。
小さな舌が口の周りの脂を舐め取る。
アネルは鯖の塩焼きをほぐしたもののみで満足したらしい。
皿などを片付けようにも片付けられない猫の身体。
食卓の周りをうろうろ。
紅摩はそんな彼女を尻目にさくさくと後片付けを終えてしまった。
きゅ、とカランを締めて水を止める。
皿洗いの間も足元やら後ろやらでうろついていた彼女の小さな小さな頭に、ぽんと手を置いてやる。
「その身体では諸事手を付けられまい。気にするな」
そう声を掛ける男。
アネルは彼を見上げていた。
(紅摩、すまな、…………)
が、不意に、その視線が、ぶら下がったままになっている彼の服の留め具の紐に釘付けになる。
男の胸の上下に合わせてほんの僅かにゆらゆら、ゆらゆら。
むずむずむずむず。
抑え切れない衝動がアネルの内側から湧き上がる。
むずむずむずむず。
ばしっ。
「ん?」
胸板を叩いた猫の手。
紐をきちんと捉えてからハッとしたように手を離す。
誤魔化すようにそっぽを向いて毛繕いを始めるアネルの所作ははじめから猫であったかのように自然だ。

であるから、紅摩は気にしない事にした。
内面的にも猫化している部分があるかも知れない事は容易く予想出来る。
ただ、誤魔化すようなその仕草をアネルがやっているのかと思えば、つい口角が緩んでしまうのだった。

二日目。
不幸中の幸いにも、アネルに大会出場予定はなかった。
紅摩の方は既にトーナメントに参加して何度か勝ち進み、幾日か経った大会がある。
迷った末大会会場に相変わらず猫のままな彼女を連れて行く事にした。
念の為大会スタッフには断りを入れて、控え室である大部屋に二人(一人と一匹)で入る。

「へえ。MAX君に飼い猫が居るなんてなぁ」
紅摩と相部屋である出場選手の一人・響鬼―――“音撃戦士”である異色の仮面ライダー・響鬼がそれを見留め声を掛けてきた。
変身は解いた姿で、伸ばした人差し指と中指をシュッと振ってみせる特徴的な挨拶。
紅摩には白い上着の肩に乗せたその猫がアネルである事実を説明する心算はなく、
「ああ」
とだけ答えるに留めた。

人好きする中年ライダーはしかし、相席する鬼人に寄り添う猫に興味が尽きないらしい。
前を横切り靴を脱いで寛げる畳敷きのスペースに座り込んだ紅摩の方から視線を外さず、ゆったりと歩み寄ってくる。
「名前は?聞いてもいいかな」
「……。ビルチャナだ」
全くのでっち上げである。
アネルである事を隠す必要は特に無いのだが、懇切丁寧に説く手間も不要であろうと瞬時に判断した。
“ムイ”という響きとほんの一瞬だけ迷ったというような心の動きは、当然ながら周囲に伝わらない。
「ビルチャナ……毘盧遮那か。すごい名前だなあ。でも名前通りの、すごく綺麗な猫だ」
滑らかな体躯、静やかに煌めく銀の毛。
おいでおいで、と促すように、膝を腰を折りチッチッと指を振り目線を合わせて来る。
畳に降り立ったアネルはそれに目を凝らしはするものの、飛びついたりはしない。
「ご主人に似てつれないなぁ」
ならこれはどうかな、と。
響鬼がにこにこしてジャケットの懐から取り出したる光沢放つ赤い円盤はディスクアニマル・アカネタカ。
室内を飛び回るそれに、ビルチャナと仮名を与えられたアネルが狩りへの欲求をクリーンヒットで刺激され見事に釣られた事は言うまでもない。

「気にするな」
アカネタカを追い大部屋を暫し縦横無尽に駆け回った後で我に返り猛省するアネルに紅摩が声を駆ける。
出番のタイミングが迫っていた。
「少し頼めるか」
「ああ!勿論」
猫の事をであろうと瞬時に理解し、家電品メーカーの最新カタログから顔を上げた響鬼は強く頷く。
「部屋から出るのはいいが、遠くへは行き過ぎるなよ」
(分かった)
アネルは紅摩を見上げ、小さな頭で頷き、にゃあ、と一つ鳴いた。
首を、のどを、顎を頬を、額を滑るように撫でる武骨な手。
銀の猫はくすぐったそうに、笑うように目を細める。

「君に懐いてるんだなあ」
大部屋を出て行く紅摩に響鬼がにこやかに言う。
一瞥。
「……さて」
独り言のように呟きながら、扉を閉めた。

咄嗟に思い付き与えた仮初めの徒名。
ヴァイローチャナ。
輝くもの。太陽。昼夜を問わず、照らすもの。
意味するものは理知か、慈悲か。
そして無為。
作為の無い自然。

苦笑を禁じ得ない。
掛け替えの無い相棒に抱くイメージを具体化させられたようだった。
アネル=ロランジュと軋間紅摩。
一等懐いているのは一体全体どちらの方なのか。

六日目の夜。
「ビルちゃん、はぁい!……わ!」
「おお、かなり跳んだな」
「猫じゃらしへのこの過敏な反応。ええ、勿論計算通りです」
「取られてしまったね。さつき君、もう一本あるよ」
ご町内の平和を守らんと主に夜中奮闘する正義の吸血鬼。
アトラシアの名を冠する半吸血鬼。
そしてその伴侶ども―――もとい、チョコにまっしぐらな天使とストリートファイトに魅せられたレスラー。

軋間紅摩の愛猫“ビルチャナ”、“ビルちゃん”などと呼ばれ定着し始めたアネル。
所用で数日間家を空けているという彼女と入れ替わりに部屋に住まい始めた銀の猫。
その猫を訪ねてぞろぞろとやって来たのは路地裏同盟の面々。
中でも彼らにビルチャナの存在を広めたサキエルがこの猫に会うのは既に三度目。
一度目は“鬼つながり!怪力乱神トーナメント”会場観客席にて。
二度目は弓塚さつきと共にスーパーベジータにて。

不在ということになっている部屋の主に代わって四人に茶を煎れる紅摩には、今朝から一つ心配事が増えていた。
今日のアネルの様子がこの五日間と少し違って見えるのだ。
ネコアルクはタマテバコの効き目は四日間から一週間であると説明していた。
元に戻る兆候とも思えるが確証は無い。

なあお、なあお。
今日のビルチャナはよく鳴く。
「あれれ、今日のビルちゃんは人懐っこいねえ」
シオンの膝、さつきの膝、アレックスの頭、サキエルの腕にと飛び跳ね回る。
キッチンに立つ紅摩に駆け寄り暫し足に身体を擦り付けまた戻って来る。
「と言うより、落ち着きがありませんね」
「春だからね」
「ああ」
「ああー…」
「成る程。理解に容易い」

ごとん、ことん。
彼らの背後に広げられたら小さな折り畳み式テーブルに湯呑みが四つ。
「春だと何故落ち着きが無くなる?」
「あ、軋間さん、お茶のおかわりありがとーございます!」
「Thank you,コーマ。……春だからとしか言い様がなくないか?」
要領を得ないアレックスの返答。
湯呑みの中を覗き込んでいたシオンが顔を上げ、呆れた風も見せずきっぱりと言った。

「発情期でしょう」

「し、シオン、そんなハッキリ言わなくても」
「獣の繁殖期の話ですよ?何故ですか、さつき」
少し顔を赤らめるさつき。
可笑しそうに笑うサキエル。
きょとんとしたシオン、苦笑するアレックス。
取り残されたように硬直して、かっ開いた目を瞬きする紅摩。

そう、春。
恵み多い春。
生命の香りが溢れ始める春。
春画、青春、売春、思春期。
ひさぐ春、光のどけき春。
そう、春―――……ケモノ達がまぐわう、発情期。

それで、昨晩寝床に就く辺りから、こちらの言葉が聞こえていないような、知性を放り出してしまったような。
感情の読み取りにくい獣そのものな目をしていたというのか。

「ビルちゃん、しばらく外に出さない方がいいかも……特に夜中は。野良猫も多いし」
「そうですね。繁殖を望まないのであれば動物病院で避妊手術を受けるのも一つの手ですが。
 どうなのですか?紅摩」
「……事情がある。手術は無理だ。ひとりでは外出させないように努める」
「それが賢明だね」
「だがまあ、これだけ綺麗な猫なんだ。
 子供を欲しがる里親は大勢居そう、ん……コーマ?」
もんの凄い眼をしている鬼が約一名。
アレックスも思わず言葉を止める。

子供こどもコドモ。
生殖行為の末の実り。
一年通して発情可能な変態動物・ニンゲン曰わく愛の結晶だとか何だとか。

「……な、なんか、軋間さん、ものすっごく、怖いよね?怒ってるのかなぁ……?」
「グッ……!うわさ以上の怖さだ……」
「ふむ。そういえばもう午後10時になる。
 巡回に戻った方がいいんじゃないかな」
「そっ、そーですね!」
「サキエルの言う通りですね。少々長居が過ぎました。
 紅摩、暖かいお茶をごちそうさまでした。私達はこれでお暇します。
 アネルが戻ったらよろしく伝えて下さい」
「……承知した」
まさしく鬼の如く厳しい形相のままだが辛うじて返事をしてくれた紅摩にさつきがほっとする。
シオンが挨拶をきちんとやってくれた事にも胸を撫で下ろす。
鬼に相対せずに済んだ。
「お邪魔しました〜!」
「Good nignt,コーマ」
「それじゃあ軋間君、アネル君、また」
四人組の最後尾、サキエルがそう別れの挨拶を告げても、紅摩は身動ぎ一つしないままだった。

なあお、なあお。
ビルチャナが、鳴く。
微動だにせず瞬きも忘れているようなニンゲンに擦り寄る。

発情期の猫にありがちな間延びしたその鳴き声。
気付けば、行為に浸り切り気を遣る寸前のアネルを彷彿とさせられてしまっていた。
そんな声を外で出させてたまるかと。
紅摩はすっと立ち上がるとずかずかとベランダへのガラス戸に歩いていき、開け放たれたままだった鍵をきちんと閉めた。
鍵の安全装置も機能させて、部屋の明かりが漏れぬように、カーテンを隙間なく丁寧に閉じる。

その足元にも擦り寄ってくるビルチャナ。
否、アネル。
置いていかれた猫じゃらし。
沢山遊んでやれば、恐らくは発し続けているであろう性的欲求を鎮めてやれまいか。
若草色の猫じゃらしを拾い上げると、銀の猫は途端に飛び付く。
終いには勢い余って男の顔に腹打ちする。
ごろごろ鳴いて、尻尾を揺らして、高く鳴いて、擦り寄って。

明日でアネルが猫になってから一週間だ。
ネコアルクも約束に従うならばやって来る。
明日になり、猫化が解け、人間のアネルに戻れば、心配事は綺麗さっぱりなくなる。
その筈だから、それまでの辛抱だと自身に言い聞かせている内に夜は更けていった。

紅摩は遊び疲れたのかごろごろとし始めたアネルを確りと抱き留める。
すっぽりと両腕の中に収まってしまう小さな身体。
銀の毛をゆっくりと撫で付けてやりながら、寝かしつける。
一人と一匹は、そんな風に部屋に一つだけしかないベッドで眠りに就いた。

そうして、七日目の朝がやってきた。
閉め切られたカーテンから差し込む朝の光はか細く、微弱だ。
心地良い微睡み。腕の中から消えている温もり。
衣擦れの音は布団のもの。下半身に違和感。

「……んんっ!?」
紅摩は飛び起きた。布団を剥ぐ。
銀の髪。白雪のような肌。
人間、アネル=ロランジュ。
「おい!」
慌てて声を上げる。
少女は事も有ろうに相棒の下履きを勝手に脱がせ、相棒自身に朝っぱらから口淫を施している。
厳密には真人間ではない。
その頭には人の耳の代わりに、暗く青っぽい銀の毛色をした猫耳が生えているのだ。

声が聞こえていないのか、アネルは半身を起こした紅摩に目もくれない。
頭を鷲掴み無理矢理引き離した。
ちゅぽん、と音を立てて逸物から離れる唇。
「こー、ま?」
びっくりしたようにアネルが言う。
涎にまみれた唇を親指で拭ってやりながら、
「何だ、ソレは。いや……それよりお前、一体何、をっ、している?」
「軋間紅摩と“まぐわって”いる。」
―――……目眩。
まさかのまさか。
発情期絶賛続行中だとでもいうのだろうか。
与えられる快感にとても素直に硬さを増してしまっている自分自身に腹が立つ。
手が離れていないままなのだ。
しかも止まりもしない。
竿を扱く手は、緩やかに動き続けている。

「アネル、今日で一週間目だ。あの怪猫がいつ来るやも分からん。やめておけ」
「ん」
「っ」
目をとろりとさせて見つめてきていたと思ったら、ゆっくりと口付けてきた。
一度目は触れるだけ。
名残惜しそうに離れ、二度目。三度目。
唇から段々離れていく口付けの位置。
顎と耳と首の境目を舐め上げる。
ざらざらとした猫の舌。

普段のアネルならこんな風にはしない。
形はほとんどヒトなのに、中身は獣じみたままのようだ。
その間にも紅摩の男性器を撫でさする手は止まらない。
唾液で濡れたままで潤滑性が増した手淫は、摩擦による痛みが少ない分、気持ちが良すぎる。
「おいっ……アネル!」
起き抜けで気が抜けていた分、高まるのも早いのだろうか。
射精(だ)したい欲求が湧き上がって来る。
「ん、ふ……何の、問題がある?」
「ありありだ!昼日中以前に……朝、なんだぞ」
「ここには私とお前しかいないのにか?」
鎖骨の窪みに舌を差し込んで来る。
視線を少し向こうへ投げれば、長い尻尾までもが生えたままなのが見て取れた。
嬉しげに揺らめく白い尻に合わせて揺れる銀の尾。

熱い吐息が脇腹に届く。
根元から先端まで余すこと無く撫でさする柔らかい手の動きが速まる。
カリ首から先端までを撫でる掌。
根元から中程まで、竿を扱くもう片手。
「く……うっ!」
たまらず、少女の掌に精を吐き出す。
全力で抗えばいいものを、情けない。

左手の平を受け皿に注がれた白濁液。
アネルはそれを、ぴちゃり、と舐めてみせた。
「苦い」
「……何という、真似、を」
「苦い。でも、美味しい……紅摩の“せいえき”だ」
荒れた息遣いで咎め立てるも、彼女はやめようとしない。
ぴちゃり、ぴちゃり、猫か犬かが皿の水を飲むように、掌の白いものを舐め取る。
零れ落ちかけたものも一滴も残さず、ぺろり。

これ以上はいけない。
もう日は昇っている。
街は動き始めている。
あの色物が来る。

それはアネルにも分かっている筈なのに、しかし彼女は、口の周りに付いた精液を綺麗に舐め取り、また紅摩の股座に顔を埋める。
空いた片手が彼女自身の下半身へ伸びていくのを男は見た。
痴態。
どう見ても発情期です本当にありがとうございます。

ちろちろ、舌先でくすぐるように舐められる。
吐息が直に当たる。
硬度を取り戻すまでにさほど時間はかからなかった。
そんな相棒にアネルは至極満足げだ。
「お前のここは、まだ、したがっているぞ」
「お前が、そんな風にっ……弄くるから、だっ!」
「ん……」
くちゅり、と静かな部屋に水音が小さく響く。
男根を弄びながらの自慰など、通常のアネルならば絶対にやりそうもない事だ。

「ふ…うんっ…猫になって、いる間、三日間かな、あ……我慢……したんだ。
 あの身体では、お前を、受け入れられない、からっ……」
自慰などした事も無いのだろう。
男の前で恥ずかしげも無く水音を隠すこともなく女性器をまさぐる手指の動きは稚拙だ。
しかし悦を得られる部分を見付ければ、正直に、単純に、そこを弄くり回し始める。

硬い胸板に押し当てられる豊満な胸。
紅摩の肩口に顎を乗せ、もう片手すら、自身の更なる快楽を求めさまよい始める。
「に、やあっ、ああっ……はあっ……」
なあお、なあお、と。
完全な猫の姿のときに上げていた盛りのついた鳴き声とそっくりな嬌声。
にゃあにゃあと艶めいた高音で鳴きながら、目に映った耳朶に甘く噛み付いた。

その耳朶を打つ音。
ピーン、ポーン。
インターホンのチャイムの音。
「……!!奴だ!アネル!おいっ!よせ!」
依然舌を突き出すアネルの顔面を手で押し遣る。
間髪入れずガチャリ、キィイ、にゃっにゃにゃーん。
「軋間の旦那様ー、入りま、す、にゃ……」
よおーく見えるぜ。
約束通りに訪問してきたネコアルクの視界に映るもの。
真裸の少女が、真ん丸い目でこちらを凝視している筋骨隆々とした青年にしなだれかかり、公開オナニー真っ最中。

「ニャッハッハッハー!もっしかしなくてもぉー、お邪魔でしたかにゃー?」

悪びれず大笑いし出す色物に軋間家当主爆発寸前。
「怪猫、貴様!こいつを止めろ!今すぐ元に戻せ!」
「桜舞い散る季節ですものにゃー、ラヴ期故致し方なし」
こんな会話の合間にもにゃあにゃあ鳴き続けるアネルの口を紅摩は手をずらし塞いだ。
「止・め・ろ!」
「そいつは叶わぬご相談。あっしは世に遍くネコミミのみ・か・た☆でっすもーん」
ぶっちーん。
当然ながら堪忍袋の緒が切れた音。

「堕獄必定ー―――ッ!!」
「ほんろにいれえー―――ッ!?」

言ってる事は夜魔判決だがやってる事は少年漫画頁見開き大ゴマ的アッパーカットな軋間家当主。
ノリ良く同じく少年漫画的に吹っ飛ぶネコアルク。
玄関のドアがぶつかった反動で大音量で閉まり、何故か錐揉み回転が加わりつつ空の彼方の星になる。
グッバイ色物。
次はエロパロ的にまあまあお似合いなネコアルク・ディスティニーとしておいしく再会しよう。
若しくは酒も煙草も博打も大好きなカオスで。

荒げた息のままベッドを振り返ると、相も変わらず猫耳に尻尾を生やしたままのアネルが呆然としていた。
今の騒ぎで我に返ったのかと喜色を露わにするも束の間、くにゃりと悲しそうな顔に変貌していく。
「……どうした」
「……紅摩。そんなに、私とまぐわうのが嫌なのか?」
全然元通りになっていない事が丸分かりな発言に脱力せざるを得ない。

床に膝を突いて頭を垂れるorzな紅摩の元へ布切れ一枚纏わぬままアネルがやって来る。
「……お前とそうした行為に及ぶのが嫌なわけではない」
「それなら」
「だが、今のお前を手込めにするのは気が引ける。
 猫であろうと獣じみた耳やら尾やらを生やそうとお前はお前だが、しかし」
「……“発情期”だからか?」
昨日から青年の頭から離れない、現実味を帯びた生々しい言葉を、少女が口にした。
「……アネル」
「それは、そうだ。今の私はいつもとは全然違うと自覚はしている。
 でもな。そんなもの無くても、私は……いつでも、お前としたいと、そう思っているんだぞ。……多分」
「……流石に、“いつでも”はないだろう」17
「……うん。まあ、そうだな。でも、そうかも知れないと思えるくらい、今、私は……欲しいんだ。
 紅摩が。紅摩だけが。他には、何も要らない」
それも流石に言い過ぎだとは思ったが、突っ込むのは野暮というものだろう。

一つ、嘆息。
「……そうか」
弱い。
自分は本当に、この小娘に、果てしなく弱い。
これだけ素直に一途に想いをぶつけられて漸く折れるのだとしても、弱い。
「……俺も、もう、お前が欲しい」
冷たい床に座り込む少女に囁いた。
後は、薄暗い部屋の中の二つの影が、どちらからともなく重なり合うだけだった。

七日目昼間。
外に易々とは出られないため、この時間帯に休息を取るのが路地裏同盟盟友の基本的スケジュールである。
安物のベッドのシーツを身体に巻き付けた、茶髪にツーサイドアップの少女。
胸元のシーツを引っ張り中を覗き込む。
赤く痕を残すキスマークに照れ照れ。
隣で横になっている銀髪と黒髪のツーブロックヘアーの男性の言葉に振り返る。
「えっ?じゃあ、ビルチャナちゃんって、アネルさんだったの?」
「そうだろうなあ、と私は感じたよ。さつき君はそうではなかったようだね」
「うん、全然気が付かなかったよー。そういえば、身体の色とか、似てたかも……」
うううん、と両こめかみに人差し指を当て回想する少女。
「まさか私と同じ目に遭ってるなんて思わなかったよぉ」
「君の場合は犬だったね。とてもキュートだった」
「い、いいいいやだっ、サキエルさんったら……。」
顔を背ける少女のサイドテールが、垂れた犬耳のように揺れる。
彼女の纏う雰囲気は猫3犬7といったところであろうか。
「サキエルがビルちゃんに最初に会ったのが大会会場で、五日前だったからー……今頃、元に戻ってるかなあ?」
「さて、どうだろう。
 確かなのは、またあのネコ達が良くない動きを見せている、という事くらいかな」
「うん。そうみたいだね。また巡回ルートにGCV出入り口を加えた方がいいかも」
「シオン君とも相談して決めるといい」
「勿論っ!」
少女は主人の呼び掛けに応える犬のように、にっこり笑って答えてみせた。

その日最終日を迎えた“鬼つながり!怪力乱神トーナメント”。
準決勝をすっぽかした軋間紅摩選手が何故会場に現れなかったかは
―――…神のみぞ知る。

どっとはらい。

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念の為携帯とPCの二段構えだったけどバイさる食らわなかった!やった!第一部完!
獣耳ネタとか今までちっとも興味無かったけどアネルなら美味い美味い。
本番入れると冗長的かなーと思ってやめときました
猫飼った事無いから飼った経験がある人が書いたらまた違うんだろうなあ…

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