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Musamis シリーズドイツ 2006 / Schumann−ドイツロマン派の世界−


2006年冬のコンサートは、没後150年を迎えるロベルト・シューマンを中心とし、シューマン家と出会いのあったヨハン・ブラームス、及び、フィリックス・メンデスゾーンの3人の作曲家をテーマとしました。


 

日程と会場

  • 日程 2006年12月2日(土)
  • 会場 杉並公会堂 小ホール

プログラム

  • コンサートチラシのPDFファイルはこちら
第1幕
01R.シューマンアベッグの名による変奏曲 作品1角元 里衣
02R.シューマンピアノソナタ 第2番 ト短調 作品22 第1楽章上手 千鶴
03F.メンデルスゾーンアンダンテ・カンタービレとプレスト・アジタート ロ長調中田 裕之
04R.シューマンアラベスク ハ長調 作品18畠 千春
05R.シューマン謝肉祭 作品9 第1・5・6・8・12・15・20・21曲山本 真由子
第2幕
06R.シューマンクライスレリアーナ 作品16 第1・4・5・6・7曲鈴木 美和
07R.シューマンノヴェレッテン 作品21 第2曲古川 洋平
08J.ブラームス6つの小品 作品118 第1・2・3・6曲久保田 直子
09R.シューマン東洋の絵(6つの即興曲)作品66小林 磨子
近藤 真樹
第3幕
10R.シューマンリーダークライス 作品39 第1・2・3・6・9・12曲
ロマンスとバラード 第2集 作品49 「2人の擲弾兵」
木田 忠芳(br)
中田 裕之(pf)
11R.シューマンピアノソナタ 第3番 ヘ短調 作品14 第1・3・4楽章目代 綾子
12J.ブラームス自作主題による変奏曲 ニ長調 作品21−2井上 紀子
13R.シューマン交響的練習曲 作品13天川 孝子
第4幕
14R.シューマン蝶々 作品2村越 真史
15R.シューマン幻想曲 ハ長調 作品17石橋 律子

ご挨拶


 2006年はモーツァルト生誕250年、シューマン没後150年を記念して、<Musamisシリーズドイツ2006>と題し、夏のコンサートではモーツァルト・ベートーヴェン・シューベルトの古典派を、冬のコンサートではシューマン・ブラームス・メンデルスゾーンのロマン派をとり上げます。
 
 私達はクラシック音楽を何気なく趣味と認識し、あるいは日々の潤いにしておりますが、21世紀の日本に生きながらにして、1世紀以上もの過去の、遥か彼方ヨーロッパで発展した古典派・ロマン派という音楽(いわゆるクラシック音楽)に取り組むことに、よく考えてみれば、ある種の倒錯感を垣間見ずにはいられません。果たして、これらの音楽が私達の血肉深くに離れがたく浸潤したものといえるのでありましょうか。もしや、西欧国民国家体系が世界大に否応なくも拡がり今に至って一見当たり前のことと何の疑念もなく受け取られてしまっているのと軌を一にして、私達はそれを無自覚に必然の如く受け入れてしまっているだけではないのでしょうか。音楽という芸術の一分野において、クラシック音楽を近代的な進んだ音楽として導入せざるを得なかった明治時代の私達の一部の祖先の、特別な目線を、その意味を変えて私達も共有しているだけではないのでしょうか。
 
 と、このように逡巡してみたところで、よくよく考えてみれば、結局のところ、話は振り出しに戻ってしまいます。私達はクラシック音楽を趣味とし、日々の潤いにしているという振り出しに、です。かの倒錯感をいくら分析的に解明しようと試みたところで、私達が、クラシック音楽を好きである、ということには幾分の違いもないのでしょう。これは、私達の古き祖先が、海外の文化を鷹揚に受け入れる土壌を築き上げてきたことの自然な帰結であるとともに、クラシック音楽がもつ魅力が、ヨーロッパという枠を超えるべきものであるという事実に基づくものです。クラシック音楽の特殊西洋的な歴史性や文化性から考えるに、たとえすっかりそのまま血肉とならないとしても、その魅力に惹かれ、自らの血肉とない交ぜにしながらそれを理解しようとする衝動は、人間のもつ美と快楽への根源的な欲望として、かの倒錯感を無意味にするほどの力強さで現に存在しているのです。
 
 私達が自らの衝動に素直に従い、ここに、みなさまにお聴かせするために取り組んだシューマン・ブラームス・メンデルスゾーンの音楽に、最後までお付き合いいただき、お楽しみいただけると幸いです。(渡辺)

Schumannに寄せて

 
 旅行のパンフレットを見ていて、ドイツのニュルンベルクのクリスマス市の美しさに思わず唸った。レンガ造りの家屋、三角屋根に四角い煙突、イルミネーションに彩られたツリー。これならどこからサンタクロースが出てきてもおかしくはない。そんな幻想を抱きながら、いつかも味わった感覚を覚えた。ある種の懐かしさと温かさ、そして触れば壊れそうな繊細さをも内包した子供の心の記憶…。

 シューマン!と気づいたのはそれから程なくのこと。鍵盤に触れ、彼のハーモニーを奏でてみると、私の中ではあのニュルンベルクの町並みとぴったり重なった。まさにトロイメライの世界である。ニュルンベルクにトロイメライ、ちょっと出来すぎともいえる幻想的風景なのだが、そうとは分かっていても人の心を切なくさせてしまう何かがある。それはそのままドイツロマン派の魅力ともいうべきものだろう。

 子供の心、それは人間らしい喜怒哀楽を許容する心と言い換えられるかもしれない。シューマンの音楽に触れるとき、ふと自分の存在が許されているような気がすることがある。笑い、嘆き、諦め、怒り…様々な感情がその存在を許されてひとつの場所に存在している音楽、それがシューマンであり、多くの人が彼の音楽に惹かれる所以もそこにあるのではないだろうか。

 大人になるとサンタは見えないんだよ、と幼い頃よく言われた。考えてみれば寂しいことである。そんなときシューマンの音楽を聴いてみる。心の扉が開かれたら、そっとその感情に身を任せてみれば、きっとサンタクロースの世界に入っていけるのだ。

 本日のコンサートが皆様の心への素敵なクリスマスプレゼントとなりますように…。(鈴木)

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