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64式軽戦車性能緒元
全長 
車体長5.819m
全幅3.223m
重量22トン
速度65km/h
航続距離 
エンジンディーゼルエンジン 500hp
兵装M1 76.2丱薀ぅ侫詼ぁ1
 M2 12.7亠ヾ惱董1
 M1919 7.62亠ヾ惱董1
装甲車体9.53〜31.8mm/砲塔12.7〜25.4mm(これはM42とM18の装甲データ)
乗員5名

64式軽戦車(64式戦車、M64軽戦車、M64砲車などの名称もあり。)は、台湾で1975年に開発された軽戦車。「64」というのは中華民国64年(西暦1975年)を意味する。本車は新規開発された車両ではなく、アメリカ製のM18「ヘルキャット」駆逐戦車の砲塔とM42「ダスター」自走対空機関砲のシャーシを組み合わせて製造された。

【開発経緯】
アメリカは朝鮮戦争勃発後に台湾への軍事援助を再開し、その一環として1952年に295両のM18「ヘルキャット」駆逐戦車を提供、その後、M24、M41と軽戦車の提供が続き、これらの軽戦車が台湾の装甲部隊の主力として運用されることになる。1960年代からアメリカのヴェトナム戦争への介入が本格化して、損害を被ったりオーバーホール期間を迎えた多くの米軍車両が整備や修理を要する事になる。台湾軍はアメリカ軍を支援するため、これらの米軍車両の整備の一部を肩代わりすることになり、1968年から1973年の米軍の撤退までの6年間にわたって米軍のAFVを含む各種車両の整備修復作業を行った。これにより台湾はAFVの修復や重整備の経験を蓄積することに成功。台湾軍はこの蓄積を基に国内での戦車の開発生産能力を獲得することを計画。最初は既存の軽戦車や装甲兵員輸送車をベースとした軽戦車を製作することで開発経験を積み、将来的に主力戦車の生産を可能とする長期計画を立案する[1]。

この計画に沿ってM41軽戦車のコピー国産化が計画され4両の試作車が製造され「64/65式軽戦車」と呼称されるが、こちらは試作に終わる[1]。詳細はM41軽戦車のページを参照されたし。これと同時に開発が進められたのが、本ページで取り上げる64式軽戦車である。

こちらの64式軽戦車も、開発経験を積むことが目的であった事から完全な新規開発車両ではなく、既存のAFVのコンポーネントを活用して開発が進められた。前述のように、台湾軍では295両のM18「ヘルキャット」駆逐戦車を運用していたが、二次大戦中に製造された車両であり動力系統の老朽化は否めないものとなっており、コンポーネントの調達にも支障をきたしていた。この問題を解消するため、同じくアメリカから入手していたM42「ダスター」自走対空機関砲のシャーシにM18の砲塔を搭載することで高い機動力を有する軽戦車を製造することが考案された[1]。当時、陸軍総司令官であった馬安瀾上将はこの「新型軽戦車」に「64式戦車」と命名した。

改修作業で問題となったのはM42のターレットリングの直径であった。M42のもともとのターレットリングだと、コンパクトなM18の砲塔を載せるのが難しかったので、砲塔リング直径を狭める改修を施して問題を解決した。M18の砲塔を搭載したことで重量がM42よりも1.5t増加したが、エンジンを500馬力のディーゼルエンジンに換装したことで機動力の低下は押さえられ、最高速度65kmを発揮してM18と比較しても良好な機動性を確保することに成功したとされる[1]。

兵装はM18由来の76mm砲とオープントップ砲塔上部の12.7mm重機関銃一丁に加えて、7.62mm機関銃一丁を砲塔上部中央にピントルマウント式に追加装備している。装甲板については原型のままだとすると、車体9.53〜31.8mm、砲塔12.7〜25.4mmとなる[3][4][5]。現存する64式の写真を見ると装甲は原形のままのように思われる。

【配備後の状況】
改修作業は1976年から78年にかけて行われ、合計42両が陸軍に引き渡された。1978年から台湾陸軍第二軍所属の裝甲騎兵202団の一個戦車営に配備され、同部隊は1979年8月に装甲騎兵208団に移転した上で澎湖諸島に駐屯した。その後、1980年に戦車702群に改組され、1981年末までに同地での駐屯任務を解かれ、64式戦車は現役を退いた[1]。

64式軽戦車は戦車製造技術を蓄積することが最大の開発目標であり、二次大戦時の駆逐戦車と大差のない性能やその配備期間の短さから見ても、開発・製造ノウハウを得るための習作というべき車両であった。ただし、国際的な孤立を深めていた1970年代の台湾にとっては、自主国防力の整備は必須の課題であり、国内におけるAFV製造開発能力の構築という点から考えれば、64式軽戦車の開発製造は後に続く台湾AFVの道を切り開いた端緒として評価し得るだろう。

64式軽戦車は一両が現存しており新竹県の湖口裝甲兵学校で屋外展示されている[2]。

【参考資料】
[1]坦克贏「国軍M48戦車服役始末」『尖端科技軍事雜誌』(電子版)2014.03(第355期)24〜32ページ
[2]痞客邦「猛沃營參一 新竹湖口裝甲兵學校(四)」(2013年4月10日) https://andro0918.pixnet.net/blog/post/163015184-%...
[3]戦車研究所「M42ダスター対空自走砲」http://combat1.sakura.ne.jp/M42.htm
[4]戦車研究所「M18 76mm対戦車自走砲」http://combat1.sakura.ne.jp/M18.htm
[5] AFV Database「Twin 40mm Self-propelled Gun M42」http://afvdb.50megs.com/usa/m42duster.html

台湾陸軍

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