〜寝起きドッキリも楽じゃない〜

いつも通りの1日だった。遠前町の外れ、とある喫茶店

カラン、カラン…
「有難うございました。」
(ふう、やれやれ。) 商売繁盛してくれるのはありがたいがやはり従業員が一人では無理がある。
今まではそうでもなかったが、やはり自分が歳をとってきたことを自覚してしまう。
やはりバイトでも雇うべきかと迷う。
何度か雇ってみたが当然と言うべきかオープニングスタッフの彼女には劣る。
ただでさえ彼女がいた時より商店街が活気づいているので、客も多い。
(今度休みに手伝いにでもきてもらうかな。)
そう思った次の瞬間首を横に振りながらお嬢様の付き人がどんなに大変か思い出した。
自嘲気味に笑っていると
「すいませーん。」
客からの呼び出しがかかる。
「はいはい、只今。」
落ち着いた大人の雰囲気を出した返事が返る。
(さてさて、こちらも頑張りますか)

しかしこの日に限っては、いつもどうりではなかった。

数時間後、客も皆帰り少し早いが店じまいしようかと思った時

カラン、カラン

(珍しいな、こんなギリギリに。)
カウンターの奥から入口に出る。
「はい、いらっし」
「はぁはぁ、間に合った……。」

そこには懐かしい人物がいた。
「おや准君、久しぶりだね。」
「マスター!」准がそれどころではないと言わんばかりに詰め寄ってくる。
「まあまあ理由は知らないがこんなところで立ってないで、コーヒーでも飲みなさい。そんなに慌てて君らしくもないぞ。」そんなはずはないが、全てお見通しと言わんばかりの様子だ。

「……は、はい。」数秒息を整えてから返答する。


「……ほら、出来たよ。」
「……いただきます。」
久しぶりに、悲しいときに飲むマスターのコーヒーはこの上なく暖かかった。

「…それでどうしたんだい?」

最近の維織さんの様子を話す。
もちろん先程の事は言葉を選んだが。

「・・・・・・・そうかい。」

しばらくマスターは黙りこくっていた。

「……お嬢様、今はもう維織さんだね。は、トップにたつお人だ。以前彼にも話したがその為には感情が欠落していると錯覚するほどの冷静さが必要だ。」
「・・・・・・」

「だがそこには感情が無いわけではない、ただ感情を自分の中と外に区切っているだけだ。しかし今の話を聞く限り、その区切り目が壊れてしまっている。
何せ感情の方がすべてマイナスになってしまってるのだから。それを直すには、自ら自分の中だけに留めておきたいと思うようなプラスの感情を持つ必要がある。」
「……はい、それでマスター」
「ははは、准君。今はもう店じまいしてる時間だし、君はもううちのウエイトレスじゃない、世納でいいよ。」

「はい、え〜と…世納さん。」
「なにかな?」
「それで維織さんに自分だけ幸せな感情を持たせるには…。」
「それは彼に任せるしかないな。」
「でもそれは無理です。きっと維織さん本人ですら断りますよ。」
「ならば会わなければいい。」
「え?」
「本人がいいなら別に会わなくてもいいのではないかな?」
何を言ってるのかまるで分らなかった。
「え…?えーと…、て、手紙とか?」
「…准君。そんなものの効果が長く続くと思うかい?
彼が前に枝折をプレセントしたそうだが、それですらもうダメなのだろう?」


「・・・・・・・・・・・。」
准の顔色が明らかに今までと違う悪さの色に変わった。
「ん?」
「あ…、はい。そ、そうです…ね?」
「? なぜ私に聞くんだい?」
「あ、いえいえ!なんでもないです。」
「…? まあいいが、私としてはやはり会うことを勧める。」
「…?」
何が何だか分からない顔をしてる准を見てマスターはわずかに苦笑し、
「准君。」
「は、はい!?」
いきなり切り出されたので驚く。
「この年になって恥ずかしいのだがね、私はイベント事が好きなんだよ。クリスマスとかね。」
「?」
自身の脳内で迷走してる准をおいて淡々と続ける
「もはやこの年になると、サンタさんがほしいものをくれるだなんて思いもしないがね、
やはり欲があるんだよ。あれがほしい、とね。
だがまあさっき言った通りそんなことは叶わない。だから代わりに手に入った時の夢を見れないかと願うんだ。
そう思いながら寝る時が一番幸せだね。そうだな、今一番近いイベントは七夕かな?」

「……つまり、夢を見させろと?」
「近いね。」
「…ふう、無理ですよ、そんなの。いくら最近の技術がすごいからといって人の夢までは操れません。
…ジャジメントが持ってるような超能力者とかならともかく。 ・・・?」


なぜかマスターは探るような目つきでこちらを見ている。
「准君。」何度目かの呼びかけ。
「はい?」
「私は今その考えが近いと言っただけだよ?」
「え?」
「それが本当に夢である必要があるとはいってない。」
いよいよわけがわからなくなってきた。
現実で会わせられないのに、夢でもなくどうやって会わせろと?
「本人たちが夢と思えばそれでいいじゃないか。」
「!」
「…つまり


場所は変わりまた応接室
「つまりだますってわけか?」
「まあ…そうなるかな?」
「ふざけるな。」
さっきまでのやり取りとは違い、ものすごい威圧感を漂わせている。
「俺たちは本当に同じ道を肩を並べて歩けるようになるまで会わないと決めたんだ。
お前の余計な気遣いでその約束を維織さんをだます形で破れと?」
「・・・わかってる。これがベストじゃないことぐらい。」
「なら
「お願い。」
「・・・・・あまり怒らせないでくれないか?」
「・・・断るなら、これを見てからにして。」
「…?」
准は目線をそらさずに俺に何か大きい紙を渡してきた。何か書いてある。


「何だこれ?」
「維織さんの短冊。」
「は?」
どう見ても短冊といえるほど小さくなかった。画用紙ぐらいある。
「読んで。お願い。」
「・・・・・わかった。」
しぶしぶ目を通した。
「九城くんに会いたいです」 「九城くんに早く会えますように」「 「九城君が健康でいますように」

「・・・・・・・・・。」俺の頭の中にはもう准への怒りなどなかった。

「いつか九城くんにハムサンド50人前ぐらい作ってあげたいです」
「九城が浮気してませんように」
この二つはスルーした。 最後に

「九城くんに、またいつかカレー作ってあげたいです。できたら、二人で一緒に作りたいです。」

「・・・・・・・・・・・・。」
「それが最近の維織さんがした唯一のことよ。仕事もほっぽって。」
「・・・俺だって同じ気もちさ。でもさ…、言ってること変かもしれないけど、
同じ気もちの俺が我慢してるんだ、わかってくれよ…。」准の目の前だろうが涙は止められなかった。
「違うわ。」
「え?」
「最後のところよく読んでみて。」

よく見ると消してあるが何か書いてある。部屋の照明に当ててみると何とか読めた。
「生まれ変わってでもいいから、やっぱり今すぐ会いたいです。九城くんが信じてるのだから、私も信じてます。准ちゃんは怒るだろうけど、今すぐ会いたいです。」
「深いところまで読めばだけど、私には死んで楽になりたいって見えるよ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・どうすればいい?」
「! 引き受けてくれるの?」
「ただし! 絶対にだ、絶対にばれないようにしてくれ!・・・たのむ。」
「それはぬかりないけど…、なんでそんな拒むの?」

「・・・・・・・・・・。」

「ああ、いや別に言わなくても
「・・・・・・前にな、兄弟…じゃないけど、そんな感じのやつがいたんだ。俺はそいつとの約束っていうのかな、
それを破りかけて…そいつの人生をめちゃくちゃにしかけたことがある。」
「・・・?」
「自分が限られたことしかできないのが悔しくて…、我を通そうとしたんだ。
それで多くの人に迷惑をかけた。」
「・・・・・・・・・。」
「それだけだ。で、内容を話してほしい。」
「・・・・・・うん!」

翌日、NOZAKIグローバルシステム社長室

「ほら維織さん!あとちょっと!!」
「准ちゃん・・・もうやd
「あとちょっとですから!」
そこには書類処理に追われてる社長の姿があった。時刻はもう夜中である。
「もう疲れた・・・、ゆらりにやらせて・・・。」
「まだ13歳の子に何やらせようとしてるんですか!」
「うう・・・・、七夕なのに現実はひどい…。織姫になりたい…。九城君に彦星になってほしい・・・。」
「何言ってるんですか。織姫と彦星は一晩で日本中の人の願い叶えて返品しなきゃいけないんですよ?夫婦でもっと働きたいんですか?」
「まだ夫婦じゃない…、気が早い。」
「ええい!のろけて暇あったらさっさと働きなさいこのバカップル!私なんてもう26なのに候補すらいないんですよ!」
「・・・・勝った。」
「・・・どうせでしたら明日からの2連休も働きます?」
「ごめんなさい・・・。」


数十分後
「終わった・・・・・・。」

「お疲れ様です。今日はもうおしまいです。お茶どうぞ。」
相変わらず仕事が早い。そんなに有能だったら自分でやってくれと文句を言いたくなる。
「いただきます・・・・。」


「あ、痛・・・。」「どうしました?」
「冷えすぎちゃったみたい・・・、おなか痛い・・・。」
「胃薬ありますよ、飲みます?」「うん。」
3錠ほど飲む。しかしやはりというかすぐ効くわけもない。
「トイレ行ってくる・・・。」「わかりました。戻ってきたら何か少しつまみます?」
「うん、食べる。」「じゃあちょっと給仕室で作ってきます。ちゃんと手洗ってきてくださいよ。」
二人して部屋を出てく。しかし片方は腹痛を持ちながらものろのろと歩いていく。
自分でも最後に走ったのはいつだったかと考えなければならないほど普段から走ってない。
九城君と一緒に行ってれば少しは違ったかな…、と又考えてしまう。

そうこうしてるうちに用を済ませ社長室に戻ってきた。准はまだ帰ってきてない。
帰ってくるまでソファで休もうと思い、横向けになって寝る。
このソファ、実は十前町に住んでたときに使っていたもので、もちろん彼も使っていた。
思い出が詰まったこのソファで休む時が一番幸せだ。
彼の夢を見れないかななどと思いつつ、疲れていたので眠ってしまった。

「準備オッケー…、よし!作戦開始!」「了解!」
昨日の黒服たちが総動員で十前町のマンションの一室に出入りする。あり得ないというかあり得てほしくない光景だ。
「こりゃなんとまあ…。すごいな、いろいろと。」
「でしょ(笑)?」 「笑えるか!」
たちまちに俺が以前住んでた時のように部屋が整えられてく。
「社長を搬送いたします!」
来た。1番きてほしいと同時に1番きてほしくない瞬間。
「ゆっくりね〜。・・・ほら、九城さん。」
「・・・・・・・・・・こんばんは、維織さん。」
4年半ぶりの再会だった。久しぶりに見たその寝顔は、疲れた様子を見せながらも、輝いて見えた。
「…相変わらず美人だなとしか言いようがない。」
ずっと見入ったままである。なぜか黒服もこんなときだけ空気を読む。


「(チッ!このバカップルが…)ほら、後で好きなだけ見れるから、最終チェックするよ?」
「ああ。」
一瞬また邪神的な顔をしてたが気のせいだろう。
「そろそろ…、あ、来た、世納さん。」
来た。(こんな呼び方はしたくないが)ある意味の元凶。
「お久しぶりです。マスター。」
「こちらこそ、九城君。」品のよい挨拶が返る。
「いきなりですがよくこんなこと思いつきましたね。」
「ははは、私もいろいろと裏の世界を知った人間だからね。いろいろとなかったことにする工作は得意もしたものさ。その経験もあってね。」
すごく怖いことを笑顔で言う。いろいろって何?人の命もですか?
「準備、完了しました!」
「オッケ〜、じゃあみんな帰っていいよ〜。」
「は!」
「あ、残業お疲れ様でした。」
無職の俺が言うのもなんだがなんとなくお礼を言いたかった。
「いえ、将来社長とご結婚なさる方のためでしたら。」
「は?」
「昨日は失礼いたしました。我らの未来の旦那様とはつゆ知らずご無礼を
「え、ちょ、ま、待って。なんでそれを?准はだれにも言ってないって約束なのに。」
「いえ、あなた様のことは社長ファンクラブの人間であればだれもが存じております。」


「ええ!?何それ!!」
「社長が直々におっしゃってられましたよ、仕事から抜け出してはあなたのことばかり…。その様子があまりにもかわいらしいものでして、気が付いたらメンバーが集まって。」
「な、なんて?」もはや突っ込む気にもならない。
「会ったばかりのときはそうでもなかったのに、同棲し始めた時にはすごいハンサムだったとか、特大の胃袋を持っておられるとか。」
何言ってんですか維織さん・・・・
「ちなみにここにいるほとんどは会員ナンバー一桁か二桁です。総員四桁からなっており、ナンバー1は准様、名誉会長は世納様です。」
「あんたら何やっとんだ!!!」
後ろの会長たちに叫んだ。
「大丈夫だよ。准君の発案でナンバー0は君のために取っておいた。」
「いらんわ!」
「あれ、 「ならいいや。」 とか言いそうだったのに?」
「だから俺はどんなキャラなんだよ・・・。」
「では、我々はこれで。」
「・・・・・どうも。」
会う前からこんな疲れて大丈夫か?

数十分後
「じゃあいいね?失敗しないでよ?」
「ああ。」
「じゃあまたあとで、幸運を祈るよ。」


「ふう。」
懐かしい。俺たちが住んでた時のままだ。
「・・・・・・・くぅ。」
しずかな寝息を立てている彼女もあの時のままだ。
「・・・・・・・ただいまはまだ言えないね。久しぶり。」
頭をなでながら話しかける。
「…でもこれからは維織さんにとっては、いつものおはようなんだよね。」
返事はなく寝息が響くのみである。あったらむしろ困るが。
「じゃ、そろそろ準備しますか・・・。」


同時刻喫茶店
「いいかんじじゃない〜〜。」
(こ、これが社長の寝顔・・・。)(おい、見せろよ!)(まて、まだ俺の番だ!)
「准君・・・、何してるんだい?」
「え、話したじゃないですか、向こうの状況に応じてこっちも準備しないと。」
「明らか目的が別のことに見えるんだが…。」
「まあいいじゃないですか、お膳立てしてあげたんですからこのぐらいしないと割に合いませんよ。」
思いっきり自白してる発言である。
「・・・・・・・まあ、すきにしなさい。


数十分後
ジュウウウウウウウウウ・・・・・・
何かが焼ける音がする。同時にいいにおいが漂ってくる。
「〜〜〜〜〜♪」
懐かしい花歌が聞こえてくる。

バッ

布団を跳ね上げて起きる。

「え・・・・・?」

まさか、そう思いキッチンに駆ける。
「・・・・・・九城くん?」
居た、何より、誰より愛しい彼が目の前に・・・口を大きくあけたあほ面して。
「ど、どうしたの維織さん!? 維織さんが走るなんて・・・。」
「・・・・・・・・。」
返事もせず抱きついた、温かい彼のにおい。本物だ。
「え、ど、どうしたの?」
顔を真っ赤にして彼が口ごもる。
「・・・・・・・。」
「ねえ…、維織さ…んっ・・・・・・。」

何も言わずに唇を重ねた。
「んっ・・・・・・。」
彼の方も驚いていたが、すぐに答えてくれた。
「ん・・・んちゅ・・・んん・・・・・。」
深い深い、長いキスだった。互いを強く抱きしめ会い、はなさない。
互いに、待ち望んだ瞬間だった。

同時刻喫茶店
「「「「「「「「おおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」」」」」」」」
開店してない、まだ誰もいないはずの喫茶店から歓声が上がる。
(俺生きててよかった!)(神よ、あなたは存在したのですね!)(こんな輝かしい日は生まれて初めてだ!)
編隊もとい変態たちの声が響く。
「ねえ、みんな。」
「「「「「「はい!!!」」」」」」
「皆に頼んだの準備だけなんだけどさ、後片付けも手伝ってくれないかな?」
「「「「「「喜んで!!!!!!」」」」」」」
まったくもって馬鹿の集団である。


場所は戻ってマンションの一室

「・・・・・・朝っぱらから激しいね、維織さん。」
「・・・・・気のせい。」
「えーと…俺今日練習だから…、その…。」
「うん・・・・・大丈夫。」
「あ、ありが…とう。」
最後まで自分を気遣ってくれる彼が愛しい。
彼どころかなぜ自分がここにいるのかわからない。
でもどうでもよかった。
ここに、自分が求めた、幸せな日々の姿が、ここにあったから。

管理人/副管理人のみ編集できます