――その騒ぎの始まりを定義するならば、それは一人の少女の素っ頓狂な発言なのだろう。
 自治会室の片隅で、和那、朱里、紫杏の三人で昼食をつついていた時に、その言葉は放たれた。

「和那。お前は、十坂(とおさか)とどこまでいってるんだ?」
「――っ!?」

 和那の動きがぴたりと止まる。
 それはDVDの動画を無理やり一時停止させたかのような不自然な硬直であり、口元に運ぼうとしていた卵焼きが、箸から零れ落ちて床に落ちてしまった。
 どうやら、紫杏の口から放たれた言葉は、人類最強の超能力者を凍りつかせるには十分すぎたらしい。

 和那はたっぷり10秒ほどか余った後、

「な、なにをいうてやがりまんねんがなあんさん? う、うちはべつにあんなんとはえんもゆかりもすきまようかいもあらへんねんでっていう……」

 顔を耳まで真っ赤にして、手にした箸を口の中に入れた。

「……変やな。この卵焼き、味がせえへん」
「卵焼きなら床に落ちているぞ」
「え?」
「ぴたっと止まったときにぽろっとな。
 ……気付かなかったのか」

(あら珍しい)

 滅多に見られない己が相棒の動揺しきった姿に、浜野朱里は若干の愉快さが胸からこみ上げてくるのを感じたが、それを表に出す事はなかった。
 表情も言葉も発せぬまま、食事を続ける朱里……『何のフォローもいれず、傍観者に徹した』とも言う。

 正直、彼女自身も紫杏の発した質問の答えには興味があったのだ。
 彼女が今日、この場で食事をとるという、非常にらしくない行動をとった事にも、納得がいった。

 彼女たちが今つついているのは、学食で出される日替わり定食。
 本来ならば学食内でのみ食べられるそれを、自治会室の持ち出して食べられるのは、彼女たちの立場があっての事だ。


 自治会長とその側近二人。学園側からは絶対の信頼を、学生側からは絶対的な畏怖を抱かれている彼女にとって、食事の持ち出し事態は至極簡単な事。

 簡単なのだが……紫杏は本来、このような権力の使い方を非常に嫌う傾向がある。
 他人以上に自分に厳しく、『厳格』を人型に固めたような紫杏が、私利私欲での権力の使用など認めるはずが無い。
 その彼女が自治会長室で食事をしようと言い出した時は、何があったのかと思ったが……

 何のことはない。人目のない場所で、和那に『あの写真』の事を告げる為だったのだろう。

「……べ、別にやましい事はしてへんよ!」

 当初に比べて大分落ち着きを取り戻した和那は、しどろもどろに弁解を並べ立てた。

「本当か?」
「ホンマホンマ! そ、そりゃあ……手ぐらいは繋いだ事はあるけど……」

 言葉の後半で紅くなってもじもじする和那。彼女のそんな姿は、一瞬その長身を忘れそうになるほどに愛らしいものだったが……紫杏の彼女を見る目はただひたすらに悲しげだった。

 紫杏は知っている。
 和那がとても純真で初心な少女である事も。和那と野球部の十坂が、二人でこっそり逢引している事も。和那が十坂に対して並々ならぬ想いを抱いている事も。
 本人は否定しているが、目の前にいる人間の表情を読む余裕すらなくしている今の彼女を見れば、彼女が十坂をどう思っているかなど一目瞭然だ。
 だからこそ……今から見せる『写真』が、彼女にどれ程の傷を残すのかが理解出来てしまうのだ。
 このまま、話を女の子通しのじゃれあいで済ませてしまおう。そして、この写真の事は忘れてしまう。
 一番安易で卑怯な選択肢ではあったが、それこそが和那にとっては一番幸せな選択となるだろう。

 ――それでも、紫杏はこの写真を彼女に見せなければならない。
 それは彼女が望んで背負った義務であり、自治会長としての責任なのだ。このような重要な問題を、側近の一人である彼女を蚊帳の外に置いたまま処理できるはずも無いのだから。
 どうせ傷つけるなら、自分の意思で、自分の手で行う。

「……」

 紅くなってモジモジし続ける和那の前に、紫杏は制服の胸ポケットから、一枚の封筒を取り出し、和那に突きつけた。

「……紫杏?」
「…………」

 ようやく紫杏の瞳に宿る感情に気付いた和那の目の前で、封筒の封が開かれて、中の写真が日の光を浴びる。
 紫杏は手にしたそれを、和那の目の前において……和那から目を、反らした。
 逸らさずに入られなかったのだ。

「……っ!!!?」

 和那の息を呑む気配が、武術など一切やっていない紫杏にもアリアリと理解できた。



 それもその筈だ。
 その写真に写っていたのは……和那が思いを寄せる十坂が、屋外で金髪の外人女性と性行為をしている、決定的瞬間なのだから。
 相手の女性の表情は快楽に蕩けきっており、成人男子が見ようものなら股間を直撃しそうな淫らなものだった。


「これは、自治会宛に匿名で送られてきたものだ。朱里に頼んで調べてもらったが、合成写真である可能性は限りなく低いそうだ」
「…………」

 無言で震える和那の表情は、見えない。

「この写真を見たほかの連中は、十坂が強姦事件を起こしたと言っていたが……私は十坂の性格を知っている。
 私自身、現物を見ても、あの野球馬鹿がそんな事をするとは思えない。
 恐らくこれは、双方合意の上での行為だろう」

 紫杏の知る十坂修という男は、確かにスケベな野獣だが……それ以上に、純粋極まる野球馬鹿であり、意外な事に女性に優しいフェミニストだ。
 正直な話をすると、あの男に思いを寄せる女性は和那だけではないのだ。
 天月五十鈴、高科奈桜、芳棚さら、春田蘭、三橋妙子……簡単に調べただけでもこれだけの人間が、彼を好いている節がある。
 各言う紫杏自身、心惹かれる部分があるが実情だ。かなりのスケコマシといえるだろう。
 女性に対してスケベな下心を持つ事はあっても、その尊厳を汚すような卑怯な真似はしない。第一、強姦されているにしては相手の女性は抵抗した様子すらないではないか。

 この写真は、若い性欲を抑えきれなくなった恋人同士の様子を、盗撮したものだ。
 それは認めよう。
 十坂は、卑怯者ではない。犯罪者ではない。品性下劣でもなければ、下種野郎でもないだろう。

「問題なのは、この行為そのものだ」

 ――そうだとしても、だ。
 十坂修という男が、大江和那という少女を裏切った事には変わりないのだ。

「親切高校の一員である人間が、屋外で破廉恥な行為に走ったという事実は、自治会として感化することは出来ない」

 自分が十坂に感じている感情は、かなり不合理で理不尽なのだろうな……己の中の怒りと憎しみに対し、紫杏は冷静かつ客観的にそう判断する。
 十坂修という男は誰に対しても優しい。紫杏にも、朱里にも、先ほど上げていった女子達にも……そして和那にも。
 十坂修という男はその仲の誰一人として『手を出してはいない』。その理由が、この金髪の女性に操を立てていたのだとしたら?
 彼と和那が付き合っているというのも、一緒に過ごす時間が比較的長いから感じた錯覚に過ぎない。

 十坂修の本命は、この金髪の外人女性。何者かは知らない(朱里は見覚えがある気がすると首をかしげていたが)。
 周りの女性に優しくしていたのは、彼自身の性格ゆえ。単純に仲良くしていただけなのだろう。学園の女性達に手を出さなかったのは、十坂の彼女に対する誠実さゆえなのだろう。
 勝手に両想いだと誤解して、それが事実と違えば怒り狂う。唾棄すべきエゴイズムと言うべきなのだ。

 それが分かっていても、紫杏は十坂に対する怒りや憎しみを抑えることができない。
 周りの人間は、紫杏の事を完璧な人間だというが、とんでもない。
 一皮剥けば、感情に振り回されているただの小娘なのだ。彼女は。

 己の想いを裏切られた和那は、どのような気持ちでいるのだろうか。
 表情は相変わらず見えないが、肩が震えている事から、平静でいないのは確かだ。

「――今日の放課後にでも、この件に関して十坂に査問を開く。
 その時には、カズ。お前も同席してもらう」
「……」
「カズ、気持ちは分かるけど……」

 返事をしない己の相方に痺れを切らせた朱里が、声をかけたところで。

「この……」

 和那の口から、ようやく言葉が紡ぎ出された。

 その声を構成していたのは、あまりに純粋すぎる殺意。
 一般的に『ヤンデレ』と呼ばれる人種が発しそうな悪寒さえ感じさせるその言葉は……



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ヘハ..,, ニー 、} 」'´ rlf゙′  /' ノ‐ ̄ ̄ヌニ! _,, !|i!'´    ,.r 1 ゛     て
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/土'゙゙゙‐ーll\ ,゙ヘ  /」 ( ◎)  ,ノワ ||  |l.j ,/''´   |::.    く
..`ヾゞハ-ヾnt l_ ゙Y''' : l;__............r;ニノ ┌   ffー...... -丶--nノ 
│ │ 《φゞ.. `丁弋 ニ `−- 、  'ヘ:  /ソ   -‐‐ / _. 、   れl
│  |ゝ..丿l'ノl‐ !'_  r { ;ー-―-t;"   /丿  ´ ー ノ'ニ..-"
  │,,,..ハ| 1` !  '「 `l 1    ゙1  | ィ___,..y__  /  た
    |! - 「│ |    ,.j-..,,   丶.._ |.j    ,/ l'′  `"j
{    t、  l │  / ___,/ `ャ、 ヽ| !゛ ヾ{   ゙ー..,,   l   喃,
│    "゙ー、j  `1_l´ ,/ノ′  l′ > 、||\  │    ゙''t、ノl
丶      丶----ャ'' ヘ,r゛    _ '  /tl.  ヽ 丶.      │
 `ー 、      `ゝ;l!っ--'" ,,,..ここニニ」lll)! 、 `ー  ` .    l´|、
    `ー、    1|t l !エエ..工エ!-‐--||/゙fl \      \_,l'′゙ 、
      ゙l    ノl│‖ _,,..-----―-r'`'1 ゙ーヘ ││ / 、  l
       !   l!´│r
ゝ.  丶     `‐「  ノ | l゙ゞ \ ヘ
       |,..-'"     ゙│ ! ヘ_  丶 ,,, | ] _/''´ . ,/ tj丶
      l'ン"        ゝ !........ゝ、..,,_ ├'"''゙゙ -__,..llゞ  ./゙「
      ! !                 ´     ヘ、`''‐‐'"´

 注・和那。

 ――紫杏達が想定していたのとは、全く逆のベクトルにむかって吐き出された。




『は……?』

 思わず素っ頓狂な声を上げる二人の前で、瞳のハイライトを消し去った和那は、殺気を撒き散らしながらぶつぶつとつぶやいた。

「淑女協定あんたから言い出した事とちがうんか……いきなり抜け駆けして青姦とは舐め腐った真似しよってからに……」

 べきりっ!

 和那の手の中で、プラスチック製の箸がへし折れ……否、粉砕されて床に散らばる。

(え? 敵は十坂君じゃないの?
 殺すのは、女なの人の方なの??
 カズ、この女の人知ってるの???)

 思わず巣に戻った口調で持って、心の中でつぶやく紫杏。朱里も自分の相棒のあんまりな変貌に、凍り付いてしまっている。

「OK。分かったわ。
 ワレがそういうつもりなら、その喧嘩買ったる……この時間なら地下室におるやろうしな」

 ゆらりと。
 まるで幽鬼のように立ち上がった和那は、掃除用具入れの前まで歩いていき、そこから一本のモップを取りだして……

 びゅんっびゅんっびゅんっびゅんっびゅんっびゅんっ!!

 槍をしごくように高速で振り回した。

「か、カズ!? 地下室って一体……」
「ちょ、ちょっと……落ち着きなさいカズ!」
「血の海に沈めたるわおんどれぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 親友二人の言葉など何処吹く風。
 物騒な台詞を置き土産にして、和那は疾風の如く保健室を飛び出した。



 到底人間ではありえない速度で駆け出して言った和那を、紫杏と朱里は唖然として見送った。
 あまりに予想外な和那の反応と、人知を超えたその速度は聡明な二人の脳細胞を持ってしても、処理が追いつかなかったのである。

「……ハッ! か、カズ! ちょっと待て!」

 朱里より先に我を取り戻した二人は、慌てて和那の後を追おうと部屋を飛び出すが……廊下を見回しても探し人の姿は見当たらない。

「も、もう走り去ったのか……何という速度だ!」
「た、多分こっちよ紫杏! 地下室って言ってたから――」

 あまりの速度に驚愕する紫杏の手を掴んだのは、朱里だった。そのまま、紫杏を先導するように、彼女がついてこれる速度で走り出す。

「朱里! 地下室というのは……」
「紫杏の想像通りよ。この学園には色々と裏があるの」

 紫杏の疑問に答えながら、朱里は廊下を駆け抜けた。
 目指しているのは、一番近くにある地下室の入り口だったのだが……入り口のある場所が見えたところで、朱里の表情がこわばった。

 視線の先にある隠し通路が、開けっ放しになっていたのだ。辺りに誰もいなかったからよかったものの、これでは機密も何もあったものじゃない。
 目撃されていようが、いなかろうが、これでこの隠し通路はもう使えない。すぐにでも取り壊さなければならないだろう。

「あの子……! 一体何を考えてるの!?」

 それほどまでに我を忘れているという事か。
 余りにもうかつすぎる相方の行動に、朱里は舌打ちをして隠し通路に飛び込み、脇にあった端末を操作する。ようやくしまった入り口を尻目に、二人は階段を駆け下りていった。

 そして。
 駆け下りた階段の先で、二人が見たものは……!

「死ねや牝豚ァァァァァァァァァッ!」
「くたばりなさい! この電信柱ッ!!!!」

 ガ ギ ィ ン ッ ! ! ! !

 殺気をむき出しにして争う、二人の女の姿があった。

 争っていたのは、和那と……全裸の金髪美女。二人は金髪美女のその顔に見覚えがあった。最も、紫杏と朱里では記憶の形に大分違いがあったが。

(彼女は……写真の!?)
(あいつ……ルッカ!?)

 紫杏にとって、その女性は写真の被写体。朱里にとってその女性は己が上司。

 そう。
 和那と勝ちバトルを繰り広げる美女の正体は、写真に写っていた金髪美女であり、ジャッジメントの女幹部にして第四世代アンドロイド、ルッカだったのだ。
 ここに来てようやく、朱里はあの写真の女性がルッカと同一人物である事に気がついたが、それに連鎖して別の疑問を抱いた。

 何故、自分はあの写真の女性がルッカだとわからなかったのか……そういう疑問が脳裏を駆け巡る。

「自分から言い出したこと自分から破るたぁ、いい度胸しとるやん!」
「小娘が……! 世の中はだまされる方が悪いのよ!」

 和那が喉笛にモップをつきこめば、ルッカが手にしたものでそれをはじき、ルッカが手にしたもので首の骨を叩き折ろうとすれば、和那は槍をまわして受けてたつ。
 それらのやり取りが、鍛えられた人間の目でも追いつけないほどの速度で行われる。随所随所には超能力やアンドロイドの内臓兵装を使ったけん制が混ぜ込まれた、非常に高度で洗練された、『殺し合い』のやり取りだった。

 あまりに殺伐としたやり取りに、紫杏と朱里は体をこわばらせて……

「第一! アナルSEXもSMもして頂いた事の無い小娘が正妻面するんじゃないわよ!」
「ウチはアンタみたいな阿婆擦れと違うわド阿呆! いきなりそんなアブノーマルな事するか!」

 こわばらせて……

「それを差し引いたとしても……貴方、生でしてもらった事ないでしょう?
 私はあるわ! 何回も何回も暑い迸りを膣内に……!」
「……それって、妊娠してもどーでもいいっていう、肉便器扱いなんのと違うん?
 デート一回もしとらんやん」
「んなっ!?」

 こわば……

「生がいいとか何とか抜かして。そういうアンタはキスしてもらった事あらへんやろ」
「んぎっ!?」
「うちは一杯ちゅっちゅしてもらったもーん。コンドームも付けてもらったもーん。初めての場所もこんな地下室やのーて、デートの後のラブホテルやったもーん」
「……ムキーーーーーーーーッ!!!! この小娘ぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 …………いや、まあ。なんというか。
 戦いのやり取りは高次元なのに、交わされる会話の内容は低次元というか人として軸がずれているというか。
 紫杏は耳まで真っ赤に染まり、朱里は目を見開いて呆然として、目の前の人外バトルを傍観していた。
 というか。
 今まで描写してなかったが、ルッカが手にして振り回している獲物の正体は、なんとピンク色のバイブレーターだったりする。

 バイブレーターVSモップの殺し合い。
 戦闘のハイレベルさと比例して、ただひたすらにシュールな光景だった。

「あ、朱里……」
「……何、紫杏」
「こ、これはつまり、どういう事なんだ?」
「……会話だけ聞くと、女同士の男の取り合い、三角関係のもつれね」
「それにしては随分とおかしくないか?」

 紫杏の疑問も最もだ。
 こういう痴話げんかの場合、普通は男の方にも多少の非難がいくが……先ほどから彼女たちの会話を聞く限り、吐き出されるのはお互いに対するスラングだけで、十坂に関する罵り言葉は一切出てこない。
 そもそも……彼女は写真を見た時、協定がどうとか言ってなかったか?

「それについては、俺が答えるよ」

 全く状況を見通すことが出来ず、歯噛みをする紫杏に横合いから声がかけられた。

「……!?」
「答えるから……」

 それは、聞き覚えのある声。
 二人の戦いの争点であり、そもそもの元凶である十坂修の声である。
 呆然としていたところにかけられた声に驚き、バッと身構えながら振り向いた彼女たちの視線の先に、彼はいた。
 その彼の姿を見て、二人は更に脱力することとなる。

「助けてお願い……」

 ――三角木馬、大小さまざまなバイブレーター、ポンプ、浣腸、クスコ、グリセリン溶液の1ダースパック、ローションの箱、媚薬、しあわせ草、その他諸々。

 いかがわしさ爆発の器具の山の下敷きにされ、十坂修は情けない声を上げていた。


「ふぅ……助かったぁ……ありがとう二人とも」

 朱里と紫杏。二人の手で猥褻物の山から救助された十坂は、笑顔を浮かべた。
 御礼をされた紫杏の顔が赤いのは、猥褻物の山の影響か、はたまた……

「そ、そんなことはどうでもいい!
 これは一体、どういう事態なんだ!」

 自分の中に芽生えた感情を否定する為、大声を張り上げる紫杏。彼女の視線の先では、卑猥なスラングを口にしながらエキサイトし続ける、和那とルッカの二人の姿があった。

「う……いや、まあ、なんというか……二人とも、カズの能力については知ってるか?」
「愚問ね」
「重力操作だったな」
「それなら話が早いや」

 さらりと答える二人に、十坂はホット一息ついて……

「実は俺も和那みたいに超能力があったらしくてさ……」
「……?」

 続いて吐き出された言葉に朱里は眉を潜めた。
 この学園で超能力云々……それも、和なの能力と結び付けて語るという事は、ジャッジメントが人工的に目覚めさせた能力なのだろう。
 しかし、朱里はそのような話聞いたことがなかった。もし、十坂が超能力に目覚めたのだとしたら、まず間違いなく自分に監視の任務が与えられるはずなのだから。

 そんな朱里の反応をよそに、紫杏は首肯して、

「……ひょっとして、一種の媚薬体質なのか? 君は」
「近いけど惜しい」

 この状況が十坂の超能力のせいならば……一番可能性が高いであろう答えに、十坂は首を横に振った。
 ならば一体どんな能力なのか。首をかしげる紫杏達に提示された答えは、ものすごい斜め上を滑空していくものだった。

「俺の能力は、SEXに強い事……ルッカは、『セックスモンスター』って言ってたけどな」
『はあ!?』

 二人は本日何度目になるか分からない驚愕の声を上げて、顔を見合わせた。一瞬、十坂が可笑しくなったのかと思った程だ。
 セックスモンスター。
 そんな能力、伝説としても聞いたことすらない。


「な、な、な、な……なんなんだっ!? そのいかがわしさ爆発の超能力わっ!」
「具体的には、相手を強制的に絶頂させたり、精液の量が増大したり、射精のタイミングを自由自在に出来たり、精液に媚薬成分が含まれたり、依存症があったり……」
「誰がそんな具体的な説明をしろと言ったかぁぁぁぁぁっ!?」

 これ以上ないほどに真っ赤になった紫杏が、八つ当たり気味の怒声を飛ばす。予想の範囲を逸脱しまくった事態を前に、完全なパニック状態だ。
 今の彼女に全うな質疑応答は不可能だろう。そう考えた朱里は、紫杏の肩に手を置いて口を開いた。

「大体、それじゃあこの状況の説明になってないわよ」
「……浜野は、俺の能力についてどう思う」
「体験してないから分からないし、体験したいとも思わないけど」

 ちらりと、和那と闘争を続けるルッカに視線を走らせ、朱里は己の意見を述べた。

「ルッカのあれが、貴方の能力によるものなのなら……この上なく諜報向きの能力ね。
 相手が女なら、情報搾り出し放題よ」
「だろうな
 ルッカも最初そう考えたらしくてさ。
 俺をジャッジメントの諜報員にしようとしたんだけど」
「ど?」
「その方法が色仕掛けだったんだよ」
「……OK。把握した」

 赤い顔のままながらパニック状態が大分治まったらしく、紫杏は怒鳴りたてることなく自分の言葉を紡いでいく。

「つまりこういう事だな。
 お前は色仕掛けをしてきた彼女を、逆にその能力で虜にしてしまったと」
「いやあ……あの時は自分の能力も知らなかったし、思わず暴走しちゃって……虜って言うよりは、俺の精液の中毒みたいになったみたいで」
「精液依存症のようなものか」
「いや。正に中毒。
 ……一ヶ月ぐらい放っておいたら、ショック症状で死に掛けたらしいし」
「カズは契約が云々といっていたが、その内容は?」
「最低でも週一回、この地下室でルッカの相手をすること……まぁ、殆ど毎日だけど」

 ぱちりぱちりと、紫杏の脳裏でパズルのピースが理論の虫食いを埋めていく。
 ショックで死に掛ける程の中毒を、あの女が起こしているとすれば……数々の矛盾が解消できるのだ。

 契約云々は、中毒症状の治療の事。
 カズがそれを認めていたのは、ルッカの人命救助のため。
 怒り狂う対象がルッカなのも、契約を破ったのがルッカの側だったから。

 ……そういう事情があるのなら、この一件について十坂を攻めるのは酷というものだろう。
 ルッカが彼の精液中毒になったのはある意味自業自得だし、女を抱き放題に出来る能力を持っているにもかかわらず、悪用を一切しない十坂の誠実さは、正直尊敬に値する。

「けど、そういう理由なら……あなたの精液を瓶か何かにつめて渡せばいいだけの話なんじゃない?
 別に、あの女とSEXする必要は無いと思うけど」
「……この能力、俺自身にも副作用があってね」

 ポツリと呟いた十坂の目は、酷く疲れていた。

「一つが性欲の異常増大。
 ……正直、一日も射精しなかったら暴走しちゃうから」
「暴走?」
「……我を忘れて動く人間全てに襲い掛かっちゃうんだよ。しかも、そうなると男女関係なし。
 暴走してる間の記憶は無いんだけどさ……前に一度暴走した時は、ルッカさんの取り巻きの黒服達全員の括約筋、破壊しちゃったらしいし」
『うわぁ』

 生々しすぎる話に、二人はドンビキだった。
 余談だが、桧垣先生もこの時一緒に襲われて、只今入院中である。

「もし学園内で暴走したら、それこそ取り返しがつかないだろ?」

 じぃぃぃぃぃっ

 次に、十坂はおもむろに、ズボンのジッパーを下ろし……

「ところで、俺のペニスを見てくれ。こいつをどう思う?」
『!!!!?!!?!!?!!!!』

 いきなり自分の陰部を露出し、クソミソな台詞をのたまう十坂に、二人は固まった。
 わいせつ物陳列罪だとか、変態だとか……普通、こういった行動を見せ付けられた際にするであろう思考は、ある一つの事実の前に欠き消えた。

「す、すごく……大きいです……!」
(ご、500mlペットボトルっ!?)

 紫杏が思わずつぶやき、朱里が衝撃で凍りつくほどに、十坂のナニはでかかった。カリは鋭く浮き出す血管は太い、凶悪な息子である。

「一つがこのペニスの肥大化。一つが無類のタフネス……こんなので毎日SEXしたら、カズが壊れる」
「壊れるって言うか、入るの!? これ!」

 ジャッジメントのアンドロイドとして、色々悲惨な目にあってきた朱里である。その『悲惨』の中には、役員による性的暴行もあり、その道では結構経験値があるのだが……その彼女をもってしても、ビックリの剛直だった。
 そりゃあ、黒服の括約筋も壊れるわ。

「……とまぁ、この状況はそういうわけなんだ」
「ふむ……」
「前に外で押し倒されてやっちゃった事があるから、その時の事がカズの耳に入ったんじゃないかな」

『…………』

 沈黙する二人。耳に入ったところが、現場をフォーカスされた写真をモロに見てしまったわけだが、そこはまあ言う必要は無いだろう。

 兎に角、ここに至るまでの事情は大体分かった。そういう事情ならば、責任を取らせるとかは酷というものだろう。
 そうなれば話は簡単だ。
 自治会で会議を開き、『もう一度調べなおしたら、この写真は合成写真だった』と断言すれば、全ては丸く収まってくれる。

 問題なのは、写真を送りつけてきた人間の目的だが……

「大体! あないな写真自分で送りつけてどーこーしようなんてどんだけ陰険っやっちゅーねん!」
「陰険!? 理知的といって欲しいわね!」
「退学させて独占するつもりやったんやろ! 正直に言うてみいこの卑怯者!」

(OK。問題なし)

 どーやらルッカ本人が写真を撮って、それを自治会に送りつけたらしい。

「どうでもいいが、なんで君はそんなものの中に埋まっていたんだ?」
「そもそも、なんでこんなところにいたのよ」
「……カズが乱入してきたのを敵襲と勘違いしたルッカに投げ飛ばされたんだよ。
 本人は避難させるつもりだったみたいだけど……ここにいたのは、さっきまで問題の性処理をしてもらってて、今終わったところだったんだ」

 言われてみれば、全裸で戦うルッカの股間は濡れそぼっており、床には白濁した体液が散らばっている……問題なのは、その量だろう。
 十坂の言ったとおり、尋常ではない量の精液だ。軽く見ても1.5Lのペットボトル一本分はある……今までその存在に気が付かなかったのが、不思議すぎるほどの量だ。

 その原因の一端に気付き、紫杏は眉を潜め、朱里は問題の液体に向かってしゃがみこむ。
 放たれる匂いが、精液のそれではない。まるで、ジュースのような甘い香りが鼻腔を刺激していた。

「……随分と甘ったるい匂いだな」
「それも俺の能力らしいよ。精液の味は自由自在みたいだな。
 ……甘いのと普通のしかやった事がないからわからないけど、」
「……ジュースにこっそり混ぜられたら、気付かないな。これは」
「あ、間違っても触ろうとするなよ浜野」
「不味いの?」
「ああ。皮膚に触れただけで媚薬効果が発揮されるらしくてな」
「ふーん」
(あ、危ない危ない……)

 興味本位で掬い上げる直前だった朱里は、冷や汗を流しながら己の幸運に感謝した。
 もし、十坂の言葉を聞くのが後一歩遅れていたら……
 ちらりと、朱里は未だに闘争を続けている二人に視線を向けた。

「むきーっ! この電信柱! 色気無し! 槍マニアー!」
「淫乱! アバズレ! 変態ぃぃぃぃぃっ!!」

 いや、もう闘争というよりも、子供の喧嘩だった。
 双方相手を口汚く罵りながら、ポカポカと相手の頭を叩き合う二人。足元には粉々に砕けたバイブとモップが転がっていて、激戦の後をうかがわせる。
 和那は兎も角として、ルッカは……平時のキリリとした面影など全く無い、情けないもので。

(ああは……なりたくないわね)

 浜野朱里は、本心からしみじみとそう思い……地面に手を置いた。

 置いてしまった。

 べ ち ゃ っ 

 粘着質で湿った音が室内に響き渡った瞬間、その場にいた人間は全員動きを止めた。
 朱里も、紫杏も、十坂も、二人仲良く喧嘩しな状態の和那とルッカでさえ、動きを止めて音源を見た。

 精液の水溜りに突き入れられた、朱里の掌を。

「あ゛」
『あ』
『あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 現状を認識した一同の悲鳴が、狭い地下室に響き渡る。
 これが。
 後に朱里が『人生最悪最強の性体験』とのたまう事になる事件の、始まりだった。
続く

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