「おつかれ〜……水でも持ってこようか?」
 パワポケに明るく声をかける。
夕食を取る気はないかもしれないが。水ぐらいなら飲めるだろう。 そう思ったのだ。
「……まだ終わってないだろ」
「へ?! まだ薬抜けてないの? そんなに強い効果なんだ」
「そうじゃなくて、いやそれもあるかもしれないけど」
 パワポケが近づいてきて、顔を覗き込んできた。
思わず後ずさりして、うつむくタケミ。
「まだタケミを抱いてないからな」
 この言葉を望んでいた、それは間違いないけれど。
「……駄目だよ、あたしは」
 口から出るのは拒絶の言葉、それしかないのだ。
仕方がないことなのだから。
「…………」
 必死で感情を押し殺し、涙を堪える。胸に鈍い痛みが走った。
「なんでだ?」
 心底不思議そうな彼の声、きっと顔もそうなのだろう。
うつむいているタケミには彼の表情はわからないが。
「……だって、あたしは」
「タケミ!」
「ん!?」
 頬に温かい彼の手、強引に唇を奪われる。
「ん……」
 奪われた、それは確かだ。
けれどもそれはかつてタケミが経験したような口付け――強引に、
自分の欲だけを満たすためのもの――ではない。
相手のことをいたわり……まるで愛してくれるかのような、優しい口づけだった。
「ん……はぁ……」
 けれどそれは、確かなものなのだろうか。
薬の影響で抱きたいがための、偽りのものなのではないか。
……それでもいいのではないか、そんな考えが浮かぶ。けれど。
タケミは彼の手を払った、ぬくもりが離れる。……夏だというのに、寒いなと感じた。
「……駄目だよ。だってあたしは、人間じゃ……」
「ん? 身体的にできないってことは無いよな?」
「う、うん。たぶん、ここは普通と変わりないと思うけど、でも」
「ならいいじゃないか」
 彼の顔を見ていないというのに、微笑んでいることを確信できる。
 そんな優しい声だった。
「い、いや! よくないって、だって、その」
 懸命にやめさせようとするタケミ、本当は拒絶したいわけではないのだが。
「……一つだけ、質問だ」
「へ?」
 パワポケがコホンと小さく咳払いして、
再び頬に手を添えてきた。……そのまままっすぐに見つめてくる。
彼の瞳は薬に支配されたものではなかった、――少なくとも強くは。
「俺のこと、好きか?」
「………………」
 シンプルに、もっとも聞かれたくないことを聞かれる。
「目を逸らすな、こっちを見ろ」
 歪んだ視界、彼の顔がぼやけて見える。
「俺のこと、好きか?」
「……ずるいよ」
「ずるくていいさ、返事さえもらえれば」
「……好きだよ……でも!」
「……タケミ」
「……?」
 急に目つきが鋭くなる、タケミの胸が痛いほどに高鳴って。
「好きだ」
「!」
 告白、タケミの心が揺れる。
「え、えっと……ん?」
 だがすぐに平静を取り戻すことができた。半眼で彼を睨み、ぽつりとつぶやく。
「それって二人にも言ったでしょ」
「いや、そうだけど」
 困ったように頬を書き、それでもパワポケは。
「嘘じゃないぞ、みんな好きだ! 好きで何が悪い!」
「うわ、開き直った」
「……いや、もう開き直るしかないだろ、こういう状況になると」
 困ったような彼の表情、今だけは、ミソラよりも子供っぽく見える。
「あはははは、そうかもね」
「……いや、男として最低だってのは理解してるんだが」
 もう薬もだいぶ抜けているのだろう、案外まともなことを言っている。
確かに男として最低かもしれない、けれどタケミにとっては……
「そうでもないかな……本当にあたしも、好きなの?」
「ん? ああ、もちろんだ!」
「……嬉しいな、うん、嬉しいよ。……えっと」
 迷っていると、後ろから優しく抱き締められた。――サトミに。
「タ〜ケ〜ミ〜!」
「サ、サトミ?! どうしたの?」
 考えてみれば結構長く二人で話していた、
サトミが回復するには十分な時間だったのだろう。
「……ここまできて、嫌だなんて、言わせないわよ!」
 怒ったような声、疲れ果てて強い調子とは言えないが、はっきりとした声だった。
「で、でも、サトミは……その」
「……もう、どうでも、いいわ……毒を食らえば、皿までって、言うしね」
「な、なんか違わない?」
「いいのよ、ほら、タケミ! 脱ぎなさい、さっさと!」
「わぁ! だ、駄目だって!」
 先ほどと立場が逆転し、サトミが脱がしにかかってくる。
サトミだけなら逃げることはできただろう、だが。
「よいではないかよいではないか〜」
「パ、パワポケさん?!」
 パワポケもタケミに飛びかかってきた。絡みあう三人。
「ほらほら、あ〜れ〜って言いなさいよ!」
「あ、あ〜れ〜?」
 ふざけながら二人はタケミを脱がしていく、
ツナギは少々脱がせるのに手間がかかるようだったが
二人の息の合った動きは、瞬く間にタケミを一糸まとわぬ姿にした。
「……綺麗ね」
「ああ、奇麗だな」
 二人に褒められて、顔が火照る。
…………このまま流される前に、最後の質問を。タケミは口を開いた。
「…………後悔、しない?」
「あたり前だ、もう嫌だって言っても止めないからな」
「う、うん、……あ、ちょっと待って!」
「うん?」
「その、もう一回キスしてほしいかな」
 自分でも乙女チックなお願いだと思ったが、
あの溶けるようなキスをもう一度味わいたかったのだ。
タケミはゆっくりと目を閉じる。
「ああ、わかった」
「え? それはちょっと!」
 サトミの慌てた声を無視して、パワポケの了承の声。期待に胸を膨らませる。
「んっ?!」
 だが、突然頬に手を添えられ、顔が横に向けられて、
さきほどより柔らかい唇がタケミを襲った。
目を開ける、唇を奪ったのはパワポケではなく。
「ん〜!?」
 隣のベッドに横たわっていたはずのミソラだった。
いつの間に近づいたのか、右隣から睨むようにタケミを見つめて。
(あたしたちは一回しかキスしてもらってないんですから、抜け駆けはずるいですよ!)
 目で、そんなことを言ってきた。
「んっはぁ! え、ええ?!」
 思いもよらぬ伏兵にタケミは困惑しながら、なんとかミソラの身体を離す。
「はぁ、はぁ、はぁ……タケミさん!」
 荒い息を吐きながら、ミソラが、
「ずるいです! 特にこの辺が!」
「わわわ!」
 がしっとタケミの胸をわしづかみにしてきた、そのままもみもみと揉んでくる。
「あたしたちは同士だと思っていたのに、着やせですか? 隠れ巨乳ですか!」
「んっ……いや、そんなに大きくないと思うけど、リンの足元ぐらいしかないし」
 リン、美貌の女探偵、スタイル抜群、パワポケと腐れ縁。簡単に言うならそんな女だ。
そういえば彼女もこの町にも来ているのだろうか、……来ていないわけもないが。
「足元に及んでいるだけで裏切りです! あたしに少しください!」
「ごめん、無理」
「うわああああああああああああん」
「ちょ、ちょっとそんなに強く触らないでって! やぁ!」
 半べそになりながらタケミの胸をいじるミソラ、完全にダダをこねる子供である。
「パワポケさん。今こそ獣となって、
タケミさんをもてあそんで、一匹の雌豚にするときです」
「なんかえらく怖いこと言うな……」
 過激な発言は、裏切られたショックが大きいからなのだろうか。
……いや、勝手に仲間にされて勝手に裏切ったと言われても、
タケミは困るだけなのだが。
「ミ、ミソラ! えっと、タケミのを吸ってみたら少しは吸収できるんじゃないかしら」
 慌ててサトミが助け船を出してきた、正直かなり苦しいものではあったが。
「本当ですか! はむ!」
 だが藁をもすがるつもりなのか、ミソラがむしゃぶりついてきた。
「ひゃぁ! や、駄目だって! んっ、あぅ……ん!」
 子供のように強く吸い上げてくるミソラ。
もともと二人の少女の痴態を見て興奮していたタケミから、
あっという間に甘い声がではじめる。
「うぁ! あっ、あっ、ああ!」
「そうね、じゃああたしは……」
 サトミが左側に移動して、指をタケミのお尻の方に回してきた。
……そのまま後ろの穴を撫でまわしてくる。
「ひやぁ!! そ、そこは!」
「さっきあたしにしたことを忘れたんじゃないでしょうね? おかえしよ」
 にこやかに笑いながら――ただし目は
笑っていないが――サトミはゆっくりと淵をなぞってくる。
「うあああああ!!! だ、ダメだって! ああっ!」
「ほらほら、観念しなさいよ」
「そうです! あむ!」
 もがくタケミ、さすがに二人掛りで押さえつけられて全く動けない。
「……なんか俺が必要ないみたいなんだけど」
 一人取り残されたパワポケがポツリとつぶやく、確かに少し影が薄くなっている。
「何言ってるの、大仕事があるじゃないの。ほら、タケミのここももう十分みたいだし」
 サトミが開いている手で股の間を指さす、
パワポケとタケミがそこを見ると。
「う……あ……」
「……たしかに、もう十分だな」
 湯気が出そうなほど熱い、どろどろに溶けた秘所。
ひくひくと蠢いているそこは、彼のモノを欲しがっていた。
「……あ、あんまり見ないで、……恥ずかしいし」
 パワポケにじっくりと見つめられ、タケミの口からそんな言葉が漏れる。
とたんにサトミが後ろに指を入れた、加えてミソラも乳首に噛みついてくる。
「やあぁっっ!! んっ、ああ! ふ、二人とも?!」
「んんに! んんむ! ちゅるちゅるんんっ! んむんんんんん!」
「『あたしにあんなことをしといて何言ってるんですか!』だって、あたしも同感ね」
「うぁぅ、ああぁ! え、えっと、んっ、復讐なんて無駄なことだから、あぅ、
やめといた方が、あっ! んっ、あはぁ! はっ、ああぁぁぁぁぁ!」
 あっという間に上りつめ、タケミの意識が白く染まった。
「ああああ!!! 嫌ぁ!! だ、ダメ! あああああ!!!! あぁっ!!!」
 けれど二人の少女は攻めを止めない、何度も絶頂を迎えるタケミ。
「…………結局俺は必要ないのか?」
 冷めたパワポケの声が聞こえたが、タケミにはそれにこたえる余裕などない。
「だから、さっさと挿れちゃいなさいよ……その馬鹿みたいなモノを」
 代わりにサトミがこたえる。どこか冷めた口調で。
「馬鹿って…………まあいいか、いくぞタケミ!」
「んぁ! う、うん! い、いいよ……あ、あぁ……」
 パワポケが動いた。
ずぶずぶと自分の中に侵入していくモノを、タケミはぼんやりとした目で見守って。
「んっ?! や、やぁ!! す、すご……いい! あぁ!」
(……!? な、なにこれ!)
 三度出したとは思えないほど、
固く、大きい彼のモノ。タケミの身体が満たされていく。
「うあぁ!!! ん!! あ、あああ!!!」
 それだけではない。過去の記憶のモノよりも、遙かに気持ちがいい。
薬の影響も少しはある、もとより興奮していたというのもある。
「はっ、はっ、はぁ! ああ! うあぁ!」
 だが自ら望んでいると言うことが、
何より快楽を増幅させていた。……それに気づいて、タケミは。
「もっと……もっと! もっと、強く、お願い! んぁ!」
 誘う言葉を口にしていた、本能、理性、どちらとも彼を求めて。
「た、タケミ?」
 もっと快楽を得たい、その思いがさらに淫らに言葉を紡がせる。
「もっと、もっとぉ! あたしのに、強く……きてぇ!」
「わ、わかった……そら、そら!」
「うあっ! ああ! ああああぁぁぁ!!」
 パワポケがそれに応じ、動きを速める。
「「…………」」
 嫉妬してだろう、両隣にいる二人の少女もさらに攻めを強めてくる。
「……あたしにあんなこと言っておきながら、
タケミの方が感じてるじゃないの。…………変態ね」
「うぁ! ち、ちがぅ! あぁ!」
 サトミの言葉攻め、先ほど言った言葉を返されて、タケミの顔が赤く染まる。
「あむ! ちうちう……」
「や、やだぁ! ち、乳首……ああぅ!」
 ミソラの噛みつき、程よい痛みは甘い快楽、
目が眩むほどの刺激を与えられてタケミの体が大きく震える。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!!」
 絶頂、再び頭が真っ白になり、ふわふわと身体が消えていく。
「ダメよ、まだ気絶させてあげないから」
「う゛ぁ!! や、やめぇ!!!」
 だが、すぐに現実に引き戻される、サトミがクリトリスをつまんできたのだ。
気が狂いそうなほどの刺激で、タケミはもう限界だった。
「すごい乱れようだな……これはこれで可愛いけど」
 だがパワポケはさすがに三度も出しているためか、
その顔は余裕に満ちていた。
「……くっ」
 それでもタケミの蠢きながらきつく締められる膣内によって、
パワポケはゆっくりと追い詰められているのだが。
……もちろん意識していない動きのため、タケミは気づいていない。
「こ、こわぁ! あっ!……壊れる! ああぁ!!」
 本当に壊れてしまいそうだった、けれどパワポケは動きを止めずに。
「一度壊れてしまえよ、大丈夫……大丈夫だから」
 優しい口調、言葉の意味を理解できないが、ただ心地よい。
「むー! なんだかずるいです! かぷ」
「んぁ!」
 ミソラのうらやむような声、同時に乳首を強く噛んできた。
「あむ……あ、れ?」
 だが、すぐに口が離れて、ミソラがゆっくりと床に沈んでいく。
「…………あ、あら? ミソ……ラ?」
 サトミの不思議そうな声、タケミが疑問に思う暇もなく、サトミも倒れるようにベッドに沈んだ。
「……まあ、今は放っておいていいか、タケミ!」
「うあっ、はあっ! あっ、あっ、ああぁ!!」
 二人の少女の攻めは止まったが、パワポケは止まらない。
少しばかり薄情なことを言って、より一層腰の動きを速め、欲望を吐きだそうと動いてくる。
「んっ、んっ〜〜、あはぁ! あっ、あんっ!」
 タケミもどうにか意識を繋ぎ留め、彼の終わりを待つ。
彼の体が震える、本能だろうか、無意識でタケミの膣内がきつく締められた。
「ぐ、出すぞ!」
 三度目の宣言、タケミは最後の力を振り絞って彼の体に手をまわした。
抱きしめあい、ぴったりと二人の身体が重なって。
「んぁ!! あぅ、あああああぁぁぁぁ、うあ゛あ゛ああぁぁ!!」
 爪で彼の背中を引っ掻いた瞬間、なにかが入ってきた。
四度目、さすがに量はそれほどないようだったが、それでも確かに入ってくる。
「出て…………ん、はぁ……」
 強く抱きしめ、奥に、奥に彼の子種を求める。
彼の小さく震える体、いや、自分も震えていることにすぐに気づく。
「………………」
 そのまましばらく抱き合っていた、
時が止まってもいいとさえ思える、甘い時間だった。
……それでも終わりは必ずやってくる、彼の力が抜けた。
「う…………ん……パワポケさん」
 心地よい浮遊感がタケミを支配している、
だがことの最中とは違い意識ははっきりとしていた。
彼の名を呼び、おずおずと願い事を口に出そうとする。
「あのさ…………えっと」
 もう一度だけキスをしてほしかった、
抜け駆けになるが少しぐらいはいいだろう。
そう思ってパワポケの顔を……
「……あれ?」
 目を開かない彼、いや、閉じているだけではなく。
「寝ちゃった、の?」
 ゆるやかな寝息、完全に眠っているようだ。
体重がタケミにかかって少し苦しい。
……どうやら薬の副作用らしい、
サトミとミソラが眠っていることを考えると、それが自然だろう。
「……あたしも、なんだか眠いな」
 だが寝てしまうわけにもいかない、
いろいろと後始末がある。身体が重く、動くのは少し辛い。
「……まあ、いっか」
 まあそれが幸福の代償だというなら、安いものだ。
タケミを目を閉じた、彼のモノとは繋がったままだ。……ほんの少しの間、そのままでいるのは悪いことではない。
「……ん」
 目を開いて、彼の頬に口づけをして――やはり抜け駆けは
良くないと思ったのだ――タケミは柔らかに微笑んだ。








 サトミが目を覚ました時、そこはベッドの上だった。
身体が重い、頭が痛い、ついでに股間も痛い。
ぼんやりとした頭がゆっくりと動き出し――
「!!!!」
 辺りを見回す、そこは彼女たちの部屋だった。
タケミもミソラもベッドでゆっくりと眠っている。
「……夢?」
 いや違う、ずきずきとした痛みは昨日の出来事をはっきりと伝えてくれる。
同時に昨日の痴態を思い出し、サトミはベッドに顔を押し付けた。
しばらくそのままうめいた後、ゆっくりと顔をあげる、と。
「……ん〜? ………………あ、サトミ……おはよう」
 ぐーぐーと寝ていたタケミが体を起こしてきた、
ぼんやりとした目でこちらを見る。
下着姿の彼女、身体のあちこちに行為の跡が残っているように見えた。
「タケミ……えっと、その」
「うあ〜〜〜、なんか体がだるいね、
……やっぱりシャワー浴びるべきだったかな、この部屋も凄い匂いだよ」
「え?」
 そこでようやくサトミは、体中が汗まみれなことに気がついた。
季節は夏、だがそれだけではないことは明白だ。
「……なんだか、とんでもないことになったわね」
「そうだね、まあ、今更どうしようもないけどさ、……よっと!」
 タケミがベッドから立ち上がった、ごそごそと荷物を漁り、新しいツナギを取り出す。
「先にシャワー浴びていい? 二人をこっちに運んでくるのも大変だったし」
「運んでくれたんだ、……あら?」
「どうしたの?」
「……いえ、何か引っかかって……まあいいわ。
できるだけ早くお願いね、あたしも早くシャワー浴びたいし」
 なにか、大切な何かを忘れているような気がして、サトミは思案する。
……だが、今はもっと他のことが気になった。……今後のことなど。
「りょ〜か〜い」
 ふらふらとバスルームに向かうタケミ、
しばらくしてミソラの可愛らしい寝息に混じって水音が聞こえ始める。
「……はぁ」
 とんでもないことになったのは確かだ、この後……
「……………う」
 サトミの顔が赤く染まる、どんな顔をパワポケに見せればいいのか。
それを想像するだけでおかしくなりそうだ。
「♪〜〜〜」
 タケミの能天気な鼻歌が聞こえてきた、
その能天気さを少し分けてもらいたいと思いながら。
「…………」
 サトミは再びベッドに突っ伏した。


 食堂、四人テーブル、重い空気。
食事時は過ぎているためか、他に人の姿は無い。
ここの主人も奥の部屋にいるらしく、今は姿が見えない。……幸いなことに。
「…………………………」
 サトミは顔をあげることができなかった、何を言えばいいかわからない。
「……………………………………………………」
 それはミソラも同じらしい、
タケミだけはぼーっとパワポケを見つめているようだったが。
「えっと……」
 口火を切ったのはパワポケだった。彼の声がゆっくりと耳に入ってくる。
「あ〜〜〜、その、とりあえず」
 謝るのではないかと思った、彼の性格からしてそれが妥当ではあったから。
「……三人とも、ありがとう」
「…………へ?」
 予想外の言葉、タケミが間の抜けた声を出す。
サトミも思わず顔をあげた、複雑な表情のパワポケが目に入る。
「いや、ここで謝ったらお互いに謝り続けることになりそうだからな。
……とりあえず嬉しかったから、礼を言っておこうかと」
「………………」
 確かに全面的にこちらに非があるとも言えるのに、
謝られたりしたら泥沼化していることは目に見えている。
ただ、パワポケがそうしなかったのが少し意外だった。
「あのさ、昨日のことって全部覚えてるの?」
 タケミの質問、確かに少し気になることではある。
サトミ自身は少し曖昧だったのだが、
ミソラははっきりと覚えていたらしく、
眼が覚めた後しばらくはごろごろとのたうちまわって、
ここに連れてくるのにも一苦労したのだが。
「……とりあえず『三人とも好きだ!』って言ったことは覚えてるな」
「そ、そうなんだ……で、どうするの?」
「どうするのって?」
「えっと、これからのことだよ、いや、冷静になってみると……ちょっとね」
 サトミとミソラがまともに話せないため、
自然とタケミが彼女たちの心の内を代弁してくれる。
これから、確かに一番気になることかも知れない。
「えっと、……三人とも末長くよろしく、ってことじゃ駄目かな?」
『……………………………………………………』
 三人の長い沈黙、予想していたとはいえ胸中は複雑ではある。
「あたしはいいよ、別に独占するつもりはないし、
……そりゃ、本音を言うとそうしたい気持ちもあるけどさ。
まあ、あたしとしては気楽に楽しく旅を続けたいしね。
……あれ? なんか忘れてるような……」
 最初に賛成したのはタケミだった、
最後に言った言葉が少し気になったが。それを考える前に。
「あ、あたしも大丈夫です!
そ、その、時々でいいですから、えっと…………
キャー! 恥ずかしくて言えないです!」
「……ほらほら落ち着いて」
 タケミが暴走し始めたミソラをなだめる、最後に残ったのはサトミ。
「…………えっと、サトミは?」
「……それでいいわ、でもきっと、
あたしは隙あれば独占しようとするからね。覚悟しときなさいよ、三人とも」
 高らかに宣戦布告、負けるつもりなど毛頭ない。
「……それに俺はどう答えればいいんだ?」
 少し困ったようなパワポケの声、それに続いて。
「…………なんだか一人だけ空気読めてないですね」
「いいじゃん、みんな一緒じゃ面白くないし」
 小さな、といってもすぐ近くなのではっきり聞こえる声を出すタケミとミソラ。
「そこ! どうどうと陰口言わないでよ!」
「あははははは、……ところでさ、なんか忘れてる気がするんだけど」
 ひとしきり笑った後、ちょっと真剣な表情でタケミ。
「……俺もだ、なんだっけ?」
「忘れてること、ですか?」
「忘れて…………!」
 思いついたのは四人同時だった。
『オチタさん(くん)!』
 そう、長年パワポケの相棒を務めてきた整備士、
オチタのことをすっかり忘れていたのだ。
「と、とりあえず今どこにいるんだ? 昨日から姿が見えないが」
「……ごめん! あたしがその、昨日ちょっとお邪魔だったから……」
「邪魔だったから、どうしたんですか?」
「えっと……バトルディッガーの中に閉じ込めちゃった♪」
 可愛らしく、タケミ。タケミを除いた三人の表情が深刻になる。
「……………それって大丈夫なのか?」
「うーん、燃料はあるから明かりがつくし、
非常の水と食糧もあるから大丈夫だと思うんだけど」
「とりあえず助けに行きなさい、早く」
「はーい……ちょっと悪いことしちゃったね、後で謝らないと」
 タケミが立ち上がって、駆け足で宿を出て行った。
バタンと音を立ててドアが閉まり、パワポケが大きなため息を吐く。
「はぁ、……オチタくんも話せばわかってくれ……」
「ないと思いますけど」
「……そうね、パワポケさんは二、三発殴られるぐらい覚悟しといたほうがいいわね」
「…………そうだな、二、三発で済めばいいけど」
 再び空気が重くなる、先ほどとは少し種類が異なるが。
と、ドアの開く音。
「おっ! おったおった! 久しぶりやな〜三人とも」
「…………ヤシャ、さん?」
 大女。もとい長身痩躯の美女、ヤシャ。彼女も昔の仲間の一人である。
……確か別れた時は武者修行の旅に出るとか言っていたはずだが。
「あ、ああ。……久しぶりだなヤシャ、どうしてここに?」
 ひきつるように笑いながら、パワポケが訪ねる
彼の表情に気を悪くするかと思ったが、ヤシャはどこか恥ずかしそうに。
「いやな、風の噂でアンタらがここに来るって聞いて、久しぶりに会いたくなってな〜」
「ああ、そうなんだ、俺もあえてうれしいよ」
「そ、そうなん?」
 サトミは顔の赤いヤシャを見て、なんとなく気づいた。
「……ああ、パワポケさんに会いに来たのね」
「へ? ち、ちゃうねんで?! べ、別にウチは……」
「ハイハイ……」
「?」
 不思議そうなパワポケの顔、なんだか頭痛がしてきた。
「あーっと……お! 相変わらずちっこくて可愛らしいな〜ミソラは」
「わ、うぁ〜〜〜〜」
 話を逸らし、ぐりぐりとミソラの頭を撫でるヤシャ。
ちなみにこの二人、意外と気が会うらしい。
お互いにないものを持っているからなのだろうか。
「…………ところで、なにかあったん? タケミがえらい勢いで走ってったけど」
「ええと、人命救助……かしらね」
「? まあ、ええけど、それより……」
 ヤシャが何かを言う前に、バン! と大きな音を立てて再びドアが開いた。
「……タケミ? ……あら? オチタさんは?」
「はぁ、はぁ、それどころ、はぁ、じゃ、なくて、はぁ、はぁ…………」
 タケミが息も絶え絶えにテーブルに突っ込んでくる、手に袋を持っていたのだが、
その袋を乱暴に破り、瓶を二つ取り出した。
「はぁ、はぁ……サトミ! ミソラちゃん! これ飲んで!」
「え?」
「どうしたんですか?」
「説明は後! 早く!」
 タケミのただならぬ剣幕に押され、
二人は瓶を受け取った。昨日飲んだものが脳裏によぎる、が。
「早く! 大変なことになるから!」
 怒ったようなタケミの声、隣ではヤシャが困ったような顔をしている。
「わ、わかったわよ……ん」
「んく……」
 意を決して、飲みほす。まずい、もう一杯は飲みたくない、そんな味だった。
「…………で、これなんの薬なの?」
 口の中に広がる味に顔をしかめながら、サトミは問う。
タケミから帰って来たのは予想外のものだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、……ただの避妊薬だけど」
「はぁ?!」
 サトミが驚愕の声をあげる、いや、確かに大事なものかもしれないが。
「ひ、ひに……? ど、どういうことなん?」
 ヤシャの悲鳴のような声、……非常に女らしい、可愛い声だった。
「え? ああ、パワポケさんがみんなに中出しだったから、……少しは後先考えてほしいよね」
「…………」
(バタン!)
 ヤシャが倒れた。
「ヤ、ヤシャーーー!!!!!」
「ヤ、ヤシャさん! しっかりしてください!」
 大きいヤシャの身体は隣のテーブルを巻き込んで大参事を引き起こした。
顔には牛乳――ミソラが頼んだもの――がこぼれている、
ちょっとだけエッチかもしれない。
「だ、大丈夫か? 傷は…………深いけど、しっかりしろ!」
「あ、あかん……なんかきれいなお花畑が……」
「だ、ダメです! そっちにいっちゃいけません! ヤシャさーん!」
 パワポケとミソラが彼女を懸命に起こそうとしている、それはともかく。
「……ところで、なんで急にこんなもの飲ませたの? 確かに必要だとは思うけど」
 冷静に(周りに自分以上に慌てている人がいると、
案外落ち着くものである)サトミはタケミに質問する、
半眼になって喋りだすタケミ。
「いやね、昨日飲んだ薬だけど、
どうも排卵誘発剤……つまり妊娠しやすくする薬も含んでたらしくて。
あ! 胸が大きくなるってそういうことか、
赤ちゃんできたらちょっと大きくなるもんね」
「……それで?」
「だから二人も妊娠しちゃったら、大変じゃん。マズイと思って慌てて飲ませたんだけど」
「……そう、それならしょうが……ちょっと待ちなさい!」
「なに?」
「…………えっと」
 サトミは先ほどのタケミのセリフを心の中で繰り返した、
何かが引っかかる、何かが。
「!」
 その答えはすぐに出た、きょとんとしたタケミにどうにか声を絞り出す。
「……なんで昨日の薬がそういうのだってわかったの? あと二人もって……」
「あ、あたしに赤ちゃんができちゃったからだよ。だから二人もっていったんだけど。
……研究所にいたときはされても大丈夫だったんだけどなぁ……昨日の薬の成分が気になるかも」
(ガタン!)
 タケミがセリフを言い終わると同時に、
パワポケが倒れた。ヤシャの上に重なる。
「パ、パワポケさーーーーん!!!!」
 再びミソラの悲鳴が宿に響く、それを気にすることなくサトミは。
「ちょっと! 一人だけずるいじゃない! 抜け駆けよ!」
 タケミに詰め寄った、襟元を掴んで彼女の身体を揺らす。
「まあまあ落ち着いて……」
 苦しそうなタケミの声、だが落ち着くことができるはずもない。
「落ち着けないわよ! あたしだってできれば! ……えっと、その……」
 さすがに彼の子供を宿したい、とはいえず、口ごもるサトミ。
「あのさ、冷静に考えてみてよ
。一気に子供三人も育てる甲斐性がパワポケさんにあると思う?」
 タケミの妙に覚めた声が聞こえてきた。ゆっくりと意味を理解して……
「え? ……えっと、それは……ないわね」
 お金関係のことは非常に疎いパワポケ、
オチタがいなければ路頭に迷っていただろう。
「でしょ?」
「で、でも……ずるいわよ」
 理解はできても納得できない、するとタケミが懐を漁る。
「ん〜だったらこの薬を使えばいいんじゃない?」
「え?」
 取り出したのは見覚えのある小瓶……昨日見たばっかりのものだった。
「ちょ、ちょっと! それって?!」
「うん、まだ残ってるみたいだったから、これをパワポケさんに飲ませれば、
いつでも喜んで赤ちゃん作ってくれると思うよ、あ、でもサトミは飲んじゃ駄目だからね、
いろいろ副作用があるから。……まあ、
子供を作るのは何年か後の方がいいと思うけど、それまでこの薬持つかなぁ?」
 得意げな顔のタケミが瓶を揺らす。
「だ、ダメよ! ちょっと貸しなさい!」
「へ? わ、わぁ!」
 なにかが非常にまずい気がして、サトミはタケミに飛びかかった。
もつれ合う二人、瓶がタケミの手から離れる。
やけにスローモーションで瓶が飛んでいき……
「「あ」」
 瓶が倒れていたテーブルに当たって、ちょうどいい具合に中身が降り注いだ。
……ヤシャとパワポケに。
「わ、な、なんですか?! これ?!」 
 ミソラの慌てた声、どうやら何の液体かわかっていないらしい。 
「え、えっと……あたしのせいじゃないよね?」
「……あたしのせいでもないわよ」
 タケミの声も慌てている、なんだか非常に疲れながら、返事を返すサトミ。
「ん……あ、あれ? ウチはいったい……ん」
「だ、大丈夫ですか? ヤシャさん」
 顔にかかった液体のせいか、ヤシャが目覚める。
しばらくぼんやりとしていたが、すぐに顔が赤くなった。
「あ、んっ! な、なんや、これ?!」
「…………うわ、飲まなくてもいいんだ……」
「あかん……身体が……うあ!」
「し、しっかりしてください!」
 悶え始めるヤシャ、隣でユラリとパワポケが立ち上がる。
「…………」
 無言の微笑み、邪な瞳、サトミの胸が昨日の情事を思い出して熱くなる。
「……あー、パワポケさん、これ持ってって」
「ん?」
 タケミがパワポケに何かを投げた、小さな袋のようだが。
「避妊具、さっきの薬じゃ百%じゃないからね。
買っといてよかったよ……こんな風に使うとは思わなかったけど」
「タケミ? ちょ、ちょっと?!」
「……サトミ、人生諦めも肝心だよ?」
 どこか悟った口調で、タケミがつぶやいてきた。
「………………そうね」
 サトミもなんだかどうでもよくなってきた、小さく溜息をつく。
……パワポケがヤシャの大きな体を持ち上げた。
「行こうか、ヤシャ」
「へ? ど、どこいくん?」
「もちろんベッドに」
「は? ちょ、やめ……うああぁぁぁぁ……」
 そのままパワポケ達は二階へと向かっていった。
……昨日あれだけしたというのに、大丈夫なのだろうか。
心配に思うが、まあ、どうにかなるだろう。
「えっと……一体なにが……」
「あー………………ってこと」
「…………」
 ミソラの不思議そうな声、タケミが口早に説明して、
彼女の表情が微妙なものへと変わる。
そのまま何となく三人顔を見合わせて。
『………………はぁ』
 そろって大きな溜息を吐いた。
「…………まさか、どんどん増えていったり……しないわよね?」
 サトミの小さなつぶやきに、答える者はいなかった。



続く

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