――もうすぐ、試合が始まる。
私の大好きな二人の男の、運命を決める試合が。
いや…三人かな?まぁモッチーは兄貴の付け合わせみたいな物だから
この際省いてもいいかな。
ゴメンね、モッチー。まぁでもどうしたって主役を張る柄じゃないでしょ。

混黒高校マネージャーとして、出来る事は全てやった。
残っている数少ない力を全て、全力で、余す事無く注いだ。今日までの行動に後悔は無い。
もし負けたって笑って小波君を祝福出来るだろう。
いや…どうなのかな?
全力を尽くしたんだから負けても悔いは無いっていうのは常套句だけど
真剣であればある程、一生懸命やればやる程、負けたら悔しいとも思うんだけど。
或いはコテンパンにやられた方がスッキリする?
二回戦で絶対勝てない相手と当たる場合、一回戦で負けても悔いは無いのかな?

そんな恐らく答えなんて千差万別で、正解なんて無いだろう思考に埋没していく。
ホントはこんな事、産まれてこの方全勝街道を突き進み
それこそ秋の体育祭であのケツデカ女にしてやられるまで
敗北の味なんて知らなかったスーパーガールのチハちゃんには縁遠い事で、正直どうでもいいと言って良かった。

でも最近…自分の死が迫っていることを文字通り肌で感じてからは、こんな事ばかり考えてしまっている気がする。
即ち。悔い、後悔、未練。
私は―――笑って逝けるだろうか?
良い人生だった、と。

「千羽矢」

と、そんな事を空白のスコアブックをぼんやりと眺めながら思っていると
目の前に小波君が居た。
私の幼馴染。…兼、最愛の彼氏。
まぁ後者の役職が付くには結構な間、待たせてくれちゃったけど。
いや待たせたのは私…かな?
普段もまぁそれなりにカッコ良いけど、野球をしている所は五割増し、公式戦の時となれば更に倍率ドン!でカッコ良くなるという罪な男だ。

「おーおーピリッピリした甲子園を賭けた試合前に、敵軍の参謀の所に来るとは良い度胸してるねぇ?」

実際、後数分で整列という時に相手ベンチに来るのは非常識だ。
ほらほら、皆睨んでるよー。
モッチーなんて凄い形相。兄貴が宥めてなきゃ飛びかかって来そうだ。

「なーに、この程度慣れたモンさ。それ位の度胸は無きゃあ務まんねぇよ」

「弱小高のエースは?」

「弱小言うな。…お前の彼氏はな。」

む。………ったく、何でこの男はこういう事をさらっと…。
あんまり私の心臓に負担をかけないでもらいたい。

「クックック分かってるねぇ。流石はチハちゃんの脳内奴隷栄えある第二号だけの事はある。」

「脳内奴隷!?何だその不安気な単語は!?」

「ちなみに第一号はおニイ。第一印象から決めてました。」

「…それは何か分かる気もするな。まぁ本人には言わないでおいてやれ」

アハハッと笑い合う。
こんな下らない掛け合いが、堪らなく楽しい。
試合前なんだから相手のエースなんて親の仇位に思ってなきゃいけないのに
どうやら私にとっては親の仇より恋人が優先されるらしい。
ゴメンね、パパ。親不幸な娘をお許し下さい。

「っと、あまり時間も無いんでな。手早く要件を済ませてもらうぞ」

スッと小波君の顔が引き締まる。
マウンドの上でしか見る事の出来ない真剣な、私の一番好きな顔だ。

思えば、いつから私はこの男に惚れてたんだろう。
中学の時に告白を全て袖にしていたのは、無意識に彼の事をーなんて乙女みたいな事は言わない。
意識的に小波君の彼女になる事を期待して、袖にしていたハズだ。
と、なるといつからか…一目惚れ?ガラじゃないけどそうかもしれない。

まぁ何にしても野球バカに惚れたんだ野球をしている姿に惚れた以外は有り得ないだろう。
その野球バカの口がワインドアップで投球フォームに入り――第一球…投げました!
なんてn

「千羽矢、今から俺は、お前に今までの人生で最高の瞬間を味あわせてやる。
 他の奴の一生分の、いや、それ以上の熱くて熱くて熱くて嬉しくて悔しくて、涙がボロボロ出るような、そんな瞬間をな」

―――その言葉は、私の中のモヤモヤした焦燥感を、不安感を、恐怖を…どこかへ吹き飛ばしてくれた。
渾身のストレートと渾身のスイングがぶつかって産まれる様な、敵味方問わない強烈な爽快感。
そんな力がその言葉には、『小波君の言う』その言葉にはあった。

…全く、本当にこの男は。私の人生最後の、寿命を知った日からずっと抱えてきた宿題を簡単に消し飛ばしてくれちゃって。
どこまで惚れさせれば気が済むんだよこの野郎!!!

「アハハハハハッアッハッハッハッハ!!!!!!」

ベンチ中の、下手したら観客席の人の視線まで向くような大声で私は笑い転げる。
こんな素敵な大馬鹿は地球中探したってそうはいやしないだろう。

「…そんなに笑う事無いだろう」

恐らく悩みを乗り越え一大決心をし、万感の思いを込めて投げつけたであろう言葉を
これ以上無く笑い飛ばされ、拗ねた様な顔をして小波君がそう呟く。

「ゴメンゴメン。でもホンットに最高だよ小波君は。
 …でもこのチハちゃんが、自らの人生の最高の瞬間を人任せにして貰うだけにすると思う?」

「………チッ少し位彼氏にカッコ付けさせても罰は当たらないと思うぞ。たまには大人しく受けておけよ。」

「それも悪く無いんだけどね。…でもそれだけじゃ満足できない…かな?」

「欲張りな女だな。」

「お褒めに預かりどうも♪」

「フッまぁいいさ。だったら二人で作ろうじゃねえか、俺達は全力でお前等を叩き潰す!そしてお前を泣かせる!」

「私達も圧倒的に絶対的に無敵に素敵に小波君達を捻り潰す!…泣いたら膝枕して慰めてアゲル♪」

「千羽矢…」「小波君…」

「「勝負だ!!!!!」」

お互いに天下無敵な笑顔で言い合って、小波君は自分のチームメイトの元に帰って行った。







「…やれやれ好き放題言ってくれたな。」

小波君の後姿を眺めながら、おニイが苦笑いで言う。

「おニイ、私今ワクワクしてゾックゾクして止まらないよ〜♪
 あの小波君を私の手で滅茶苦茶のボッコボコにして、泣かしてあげれる日が来るなんて♪
 そんな事が出来ればいつ死んだって構わない、無念無しって感じ!!!」

いつかの賭けの時の事を思い出す。あの時は逃したチャンスだけど、今回は絶対に掴んで握り潰してやる!
本当に…自分で全然コントロール出来ない程、体の事なんて忘却の彼方へ飛んで行く程、今の私の気持ちは盛り上がってる。
結構テンション高いと言われる事の多い私だけど、ここまでのハイテンションは久々、否、初めてかもしれない。
否とか使っちゃってるし。
まぁ…考えてみれば演技で無く明るく振舞ってたのは、おニイと小波君の前だった気もするけどね。

「全く、敵わないよ。お前『達』には」

「なーに情けない事言ってんのおニイ!小波君に勝つにはおニイのホームランが必要不可欠不必要可決なんだからね!私は参謀。戦闘は任せたよ!」

さて、やれる事は全てやったと言ったものの、こうなると話は違う。
采配諸々は監督に任せようと思ってたけど、こうなれば監督をゆすって私が…
あ、グラウンドの状態の確認と10分天気予報のチェック、デカ尻女のとこに行って話術で情報をくすねる事も視野に入れないと…
なんて事を考えていると、少しの間黙って回想シーンの様な顔していたおニイが、目を炎の形にして話し出した。


「…約8年越しの代理戦争。思いがけずリベンジの機会がやってきたって訳だ。そいつは責任重大だね。
 …ちなみに今回は何が賭かってるんだ?」

8年越し…8年だったかは覚えてないけど、言わんとする事は分かった。
他愛無い子供の頃の口喧嘩から始まった私と小波君との真剣勝負。
…まぁ実際にやったのはおニイだったけど。

「うーん、雨崎千羽矢の辞書に「敗北」の文字が載るか否か?」

「…お前、体育祭で負けたじゃないか」

いやでもアレは反そ…まぁバレない反則は高等技術か。
そうか…この試合はあの尻デカ女へのリベンジも兼ねてるのね。
永遠のライバルとの決着、ここで付けるのも悪くは無い。
…じゃあ一つ策を弄しますか♪

「五月蝿いなぁ…じゃあおニイにだけ特別に勝ったらご褒美あげようか?」

「へぇ。何をくれるって言うんだ?」

「キスしてあげる。……小波君には内緒だよ?」

「よっしゃあ!!!!絶対勝あああつ!!!!!!」

「キャラ変わった!?そこはおニイなら真っ赤になってボソボソ言うとこじゃないの!?」


「あはは、少しばかり小波だけ役得が過ぎると思ってたんだよ。
 そしてお前達見てたら小波が勝った方が良いのかな、とも思ってた。
 でもこれでそんな思いは消えた。…オレだってお前の事がずっと好きだったんだからな?」

おおぅ告られた。まぁ知ってたけど。そして過去形かい。
過去形にする事は無いでしょ、恋人の愛は冷める事もあるけど、家族の愛は永遠なんだからさ。
究極の現在進行形の愛っていうと、何か聞こえは良いよね。

「おおぅ豆柴が一気にドーベルマンにクラスチェンジってトコだね♪やるじゃんお兄い。
 …ありがとう。私もおニイの事愛してるよ。家族愛だけどねっ」

「そりゃどうも。
 …なぁ千羽矢。オレは一つ後悔している事があるんだ。」

と、急におニイの声のトーンが下がった。
シリアスな空気。…何かさっきまでも勢いに任せて大分ぶっ飛んだ会話してた気がするけど。
試合前だよね?今。修学旅行の夜じゃないよね?

「へぇ何?ていうかお兄いならざっと5桁はクヨクヨしてる事ありそうだけど。」

ここはあえて茶化してみる。何を言うのかは予想がつくし。
そしてそれは今となってはたいした事じゃない。ホント「今」となってはだけどね。

「オレはお前の体の事を知っていれば…離れたりはしなかった。お前の夢だって小波を縄で引きずってでも叶えてやったさ」


やっぱりその事か。ははっ気持ちは嬉しいけど、もう良いんだよおニイ。
たしかに今のこの状況、ゲーム風に言うならこのルートが全て正しかったとは言えない。
ひょっとしたら、どこかで何かが違っていれば、私が生き続ける方法を見つけて小波君と結婚して
子供を作ってフツーの幸せを手に入れる事が出来たかもしれない。
…ま、そんな事言い出したら逆に改造人間にでもされちゃって、記憶も自我も全部失った殺戮マシーンの化け物にされちゃうなんて可能性もあるけどね。

でも、私は今の状況をそんなに『悪くない』と感じている。
それはきっと幸せな事だ。

「アハハッ小波君の事は運命だったと思うしかないね。
 それに残念だけど小波君はあっちの高校の方が合ってたみたいだしさ。
 それに…その夢はもう古いなぁおニイ」

「古い?」

「そりゃあ確かに私の夢は、三人が同じチームのマネージャーをする事で
 それを邪魔した奴を××した事もあったけどさ」

「…やっぱりアレお前だったのか」

「それは今さっき書き換わっちゃったよ」

「書き換わった?」

「うん!今の私の夢はね―――――



第二章につづく

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