「では、お先に失礼させていただきますねー!」
「お疲れ様、ここのところ忙しかったからね、ゆっくり休むといい」
「はい、お疲れ様です!」
「「お疲れでやんすー!」」
 消える白衣を見送って、和桐文雄は分厚い書類の束をとんとんとまとめた。
現在の時刻は夕方の六時、定時にはまだ少し早い。
「社長ー! オイラたちも早く帰りたいでやんすー!」
「そうでやんすー!」
 双子、ではないが、そっくり同じ顔をした従業員二人が不平を洩らす。
従業員をなだめるのも仕事の一つ、苦笑しながらゆっくりと口を開く。
「まあまあ、寺岡君はここのところ会社に缶詰めだったからね。
たまには早退しても罰は当たらないんだよ」
「……それってオイラ達は早退したら罰が当たるってことでやんすか?」
「ははははは、そういうわけじゃないが。とりあえず作業を続けなさい
ノルマが終わったら少しぐらいは早く帰れるかもしれないから」
 ノルマが終わったら、というものの。製作所は一定のリズムで動いているため、
帰ることのできる時間はほぼ決まっているのだが。
「しょうがないでやんすね、今日は新発売のガチャガチャが登場するでやんすから、
さっさと仕事を終わらせるでやんす!」
「そうでやんす!」
 それに気づかずに持ち場に戻る二人には目を向けず、
彼は机の上の書類に書き込み始めた。
つい先日完成した『WG電池』の商品化に向けての書類である。
試作品が完成して約半年、ようやく最初の製品が作れるぐらいまで形は整った。
もっとも、これからもクリアしないといけない問題は山積みなのだが。
「お父さん、お茶」
「おお、ありがとう沙耶」
 そっけない声と共に、暖かいお茶が机の上に置かれた。
声の主、愛娘である沙耶に向かって微笑みを返す。
大学を卒業して、彼女は和桐製作所に就職した。
今では大切な会社の仲間の一人だ。
「……寺岡さんも大変だったけど、お父さんも最近忙しかったよね?
たまにはゆっくり休んでもいいと思うけど」
「そういうわけにはいかないさ、今が一番大事な時期だからね」
「はぁ、いつも大事な時期なくせに」
「……すまんな」
「別にいいよ、ただ体は壊さないでね、もう年なんだから」
 沙耶は小さく嘆息したあと、笑顔と共にいたわりの言葉をくれた。
妻の事実を知った後もこのように仲良くしてくれることが奇跡のように思える。
やはり彼が島から帰ってきたあと、沙耶のために尽力を尽くしてくれたからだろう。
「ワシはまだ……」
「ワシとか言ってる時点で年寄りなのよ。
血糖値も高くなってきたし、肝臓も傷んできたでしょう?」
「う……」
 言葉は辛辣だが、それは自分を思ってのこと。そう思えばその言葉も嬉しいもの、のはず。
「そういえばお父さん、寺岡さんなんだか嬉しそうだったけど、今日はなにかあるの?」
「ああ、なんでも久しぶりに友達と会うらしい」
「へー、もしかして男かな?」
「………………どうだろうな」
「?」
 現在寺岡の体について詳しく知っているのは、製作所では文雄だけである。
といっても詳しく聞いたわけでもない。
せいぜい彼女の体のほとんどが機械に置き換わっていること、
そしていずれ…………
「お父さん?」
「……なんだ?」
「いや、なんだかぼーっとしてたから。……まあいいや、私も仕事に戻るね」
「ああ」
 去っていく娘を目の端に映し、彼は思索にふける。。
今日彼女が会う友人について詳しく知るわけではない。
だが様子を見るに親しい友人なのだろう。
少しでもその人が彼女の支えになってほしい、そう願った。





 彼女と飲むときの行きつけの居酒屋。
あたりを見回すまでもなく芙喜子の姿は見つかった。
扉が開いた音で気づいたのか、彼女はこちらを向くと真っ赤な顔をほころばせる。
「あー! こっちこっち!」
「どうも、お久しぶりです芙喜子さん」
「久しぶりー! とりあえず座って座って!」
 ゆっくりと歩を進め、芙貴子がカウンターの隣の椅子を引いたのに合わせて、
彼女はゆっくりと腰かけた。
「あー、しかし本当に久しぶりだわ。
あ、悪いわね、ちょっと時間に余裕があったから先に飲んでたわ」
「いえ、かまいませんよ」
「ん、ありがと、とりあえずビール二瓶と適当におつまみお願い!」
 板前に告げて、コップを空にする芙喜子。
久しぶりに会っても変わっていない彼女がほほえましい。
 半年前。しばらく会えなくなると彼女から言われて、
もう二度と会うこともないだろうと何となく思っていだが。
 三日前に彼女からのメールが届き、た易く再会することとなった。
まあ人生そんなものなのかもしれない。
……差出人不明のメールだったので、あやうく削除するところだったのだが、
それは言う必要はないだろう。
「しかし相変わらず髪のセットもしてないのねえ、
女の身だしなみなんだからそれくらいはどんな理由があってもやらないと」
「ふふふ、これでも前よりは気を使っているんですけどね」
 運ばれてくるビール、互いのコップに酌をして、乾杯。
「んくっ……ぷはぁ! この一杯はやめられないわよねぇ、お酒飲むのも久しぶりだし」
「……? どこか悪くなったりしたんですか?」
「いやいや、そうじゃなくて。
ただお酒を飲んで気を緩めることができなかったていうか、いろいろと忙しくてさ」
「……はあ」
 本当にうれしそうにコップを一気に空にする芙喜子、再び酌をする薫。
「ありがとう! いや、あたしもいろいろあってさ。
前の仕事を辞めてからドキドキハラハラの毎日なわけよ。
んっ……んはぁ! ……って、それよりもあんたはどうなの? 仕事とかは順調?」
「はい、この間一段落ついたところです。今回のはちょっと凄いと思いますよー」
「へぇー、とりあえずおめでとうってことでいいのかな? ってそれ以外では何かないの?」
 ハイペースでビールを飲んでいく芙喜子。
なんだか嫌な予感がするのだが、止めることはできない。
「はあ……やっぱり仕事が忙しくて」
「もう、仕事ばっかりじゃ行き詰っちゃうって。もっといろんなことに目を向けないと!
大丈夫、世の中そう捨てたもんじゃないから。あ、もう一本お願い!」
 朗らかな笑顔で、瓶を空にして、さらに追加注文する芙喜子。
すでに何本飲んでいるのかは怖くて聞けない。
「うーん……そういう芙喜子さんはどうなんですか?
例の彼とはうまくいってるんですか?」
 パキッ、っと乾いた音が聞こえた。
恐る恐る視線を音がした方向、つまり芙喜子の手元に向ける。
「…………あの、大丈夫ですか?」
 ガラス製のコップが割れていた。
すでに空のコップだったおかげでビールはこぼれていない。
手から血が出ている様子がないのは運が良かったのだろうか。
「よ・く・ぞ! 聞いてくれた! あいつったらひどいのよ! 本当に!」
「あ、あのー……目が据わってるんですが」
 据わっているのに加えて、血走っている。
それを口に出すほど薫は愚かではなかったが。
「久しぶりに会ってそうそうなんだけど、ちょっとだけ愚痴らせてもらうわよ、いい?」
「え、ええ、いいですけど」
 自分も酔ってしまうべきだろうか、そんなことが頭に浮かんた。




 今では探すのも大変になった電話ボックス、その中で白瀬芙喜子は小銭を取り出し
受話器を持ち上げた。銅貨を入れて、手早く9桁の数字を入力する。
三回の呼び出し音の後、彼の声。
「もしもし、芙喜子か?」
「あったりー! よくわかったわね」
「登録してない番号なんてお前ぐらいしかかけてこないからな」
「あ、それもそうか」
 大神グループに追われる身となった現在、芙喜子は携帯電話を使っていない。
なにせ相手は世界規模の組織、用心に越したことは無いのだから。
「明日はデーゲームだから、夜の時間はあいてるわよね?」
「もちろん」
「そうこなくっちゃ!」
 久しぶりのデート。
浮かれて有頂天になるなんてことはもちろん無いが、それでも芙喜子の心は弾む。
「で? 今回はどこに手紙を隠してるんだ?」
「あんたが泊っているホテルの外のコンビニのゴミ箱の下よ、いろいろしかけといたから注意してね」
「たのむからあまり危険性のないものにしてくれよ」
 会う場所を伝えるにも手紙を介する徹底ぶり。まあ半分は芙喜子の趣味も混じっているのだが。
「それじゃ、今日の試合も頑張りなさいよ!」
「ああ、頑張るさ、応援してくれよ」
「はいはい、じゃあね」
 ガチャンと受話器をフックに掛ける。時刻はちょうど十二時を回ったところ。
とりあえず食事でもするか、と電話ボックスの外に出る。
このときはまだ、いつもどおりだった。

 どこにでもある全国チェーン店のファミレス
原価五十円以下の泥水を飲んでいると、予定の時間に少し遅れて彼は到着した。
いつも彼がデートに来るときは手ぶらなのだが、珍しく手荷物を持っているのに気づく。
たいして気にすることでもないだろうと、いつもどおりに声をかけた。
「おーい、こっちこっち!」
 彼が対面に座るのを待ちながら、コーヒーを最後の一滴まで飲みほす、
少し遅れてどこか疲れた顔をした小波が半眼で芙喜子を睨みつけながら着席した。
「どうしたの? なんか元気ないけど」
「…………それを俺に聞くか?」
 そう言われて、考える。
思い当たるのは、手紙につけたトラップぐらいだった。
「え? 今回のトラップは大したものじゃなかったはずだけど」
 あまり時間がなかったため、かなり適当な仕掛けだったはずなのだが。
不思議に思うと、すぐに彼は怒ったように声を荒げた。
「あのなぁ、コンビニの前になんか仕掛けたら、周りの人の視線が痛いだろ!
……下手したら記事になるかもしれないし」
「『小波選手ゴミ箱を漁る』みたいな? 注目度アップで契約金が増えたりして」
「…………本気で言ってるのか?」
「あはははは、冗談よ。……まあ次からは人目のないところにしとくわ」
「頼む、いや本気で」
 その後しばらく彼をからかって、十分に満足した芙喜子は、ゆっくりと立ち上がった。
軽く伸びをして小波に笑いかける。
「それじゃ、さっさと遊びに行こう! 夜は短いんだし」
「ああ、ちゃんと夜を楽しまないとな」
 少し目つきが怪しくなった小波を見て、芙喜子は少し嫌な予感がした。
彼は欲望をストレートにさらけ出すような男ではない。
少しだけではあるが言動にそれがにじみ出ているのはどうにもおかしかった。
(まあ、これもたいしたことじゃないか)
 考えてみれば約一カ月ぶりなのだから、おかしいことでもないかもしれない。
芙喜子は彼の手を引き、夜の街へと飛び出した。



 さんざん遊んだ後、今はホテルの一室。
小波が止まっているホテルではなく、二時間いくらのところ。
ホテルに入った時点で、芙喜子の体はすでに熱を帯び始めていた。
もちろん小波にそれを気取らせることはないが。
荷物を置き談笑した後、シャワールームへと向かう。だが小波はベッドに腰かけたまま動かない。
「あれ? 一緒にシャワー浴びないの?」
「ああ、ちょっと準備することがあって」
「?」
 少しだけ奇妙に思ったものの、
まあそんなこともあるのだろうと一人シャワールームに入る。
その行動をすぐに後悔することになるのだが、
その時の彼女はそんなことがわかるはずもなかった。


「ふぅ…………」
 シャワーにうたれながら芙貴子は小さな溜息をつく、自然と手が脇腹へと動いていた。
周りの肌とは明らかに違う手触り、二週間前に新たについた小さな傷痕。
あたりまえだが、肌に傷跡が残るのはあまり良い気持ちでない。
彼と共に歩いて行くと決めたときから、傷つくことは覚悟はしていたのだが。
若干マイナス思考に陥っていることに気づいて小さく嘆息。
髪型をセットしていないからだろうか。
「…………」
 彼はこの傷を見て何と言うのだろうか、安っぽい同情めいた言葉、はありえない。
危ないことを止めろと懇願、もないだろう。
考えられるのは。
「笑えるほど恥ずかしい台詞、かな」
 何せ「二人なら生きていける」なんて言葉を真顔で吐ける奴だ。
どんな言葉が飛びだすか少し楽しみに思いながら、芙喜子はシャワーを止めた。
髪をタオルで拭いて逆立てる、これからの戦いに負けるわけにはいかないのだから。

「?……!」
 扉を開けて一歩を踏み出した瞬間、違和感。
足元に視線を向けたその瞬間。頭上から何かが降り注いだ。
水、にしては粘着性の強い、液体。
 芙喜子は反射的に戦闘体制に入り、武器を置いている場所に跳躍を試みた、が。
「くっ!」
 ぬるっと、滑った。違和感の正体はオイルか何かだったのだろう。
地面に倒れこむと同時に、大きな音が後ろから聞こえ、人の気配。
体勢を整え振り返ろうとした瞬間、後ろから抑え込まれ、腕を掴まれる。
抵抗しようにも身体に降り注いだぬるぬるとした液体のせいで、
相手の体を掴むことができない。
「こ、のぉ!」
 力を振り絞るが、無情にもカチリと金属音がして両手は完全に封じ込められた。
そのまま地面に組み伏せられる、唯一動く頭で後ろを振り返ると。
「…………なんだ、あんたか」
「驚いたか?」
 視線の先にあったのは、どこか得意げな小波の顔。
「いや、いくらなんでも悪趣味過ぎなうえに、さっぱり意味がわかんない。
っていうか重いから早くどきなさいよ」
「そういうわけにはいかないな〜」
「え? ………………きゃっ!」
 そのまま抱きかかえられ、ベッドの上まで運ばれる。
可愛らしい声を上げてしまったことを恥じる時間もなかった。
「ちょ、ちょっと、やっ! なに?!」
 あらかじめ用意しておいたのか、縄で芙喜子の体を縛り始める小波。
あっという間に縛り終わる、大きく股を開いた、大事な所が丸見えの体制。
「よーし、これで終わりっと」
「………………うぅ、へんたい!」
 M字開脚、知識としては知っていても実際にやる羽目になるとは思ってもいなかった。
羞恥で体中が燃える。
「うん、いい感じだ。……髪型を崩したからか? 大人しかったのは」
「…………ばか、そんなわけないじゃない」
「ちなみに特別なローションだからなかなか乾かないと思うぞ」
「…………」
 髪型がセットできていないからと言って、芙喜子が抵抗できないというわけではない。
もしそんな弱点があれば、今まで生き続けることも難しかっただろう。
単に危険性がなかったというのが、抵抗しなかった理由の一つ。
「……うぅ」
 もう一つの理由、それは小波がみっともない自分の姿を見ているという事実。
ただそれだけでまるで縛られたように動くことができなかった。
……まあ今は実際に縛られているわけなのだが。
「うーん、実にいい眺めだ」
「…………いや」
 ねっとりとからみつくような小波の視線。逃れようにも体は震えることしかできない。
せめてもの抵抗で睨みつけながら、質問する。
「………なんで、こんなことを?」
「ん? それはもちろん」
 片手をあげて、どこか得意げに小波。
「芙喜子を喜ばせたいからに決まってるじゃないか!」
「………………へ?」
 意味不明な言動が続いていたのだが、今の一言が最もわけがわからなかった。
不思議そうな顔に気づいたのか、小波はさらに口を開く。
「いや、エッチするときっていつもいつも芙喜子が攻めてくるじゃないか
それはそれでいいんだけど、たまには気絶するぐらい攻めてあげたら喜ぶかなって」
「………………ばか?」
「ふーん、そんなこと言っていいんだ……」
「!」
 胸元に伸ばされる手、身をよじるがそれは無駄に終わる。
「ぁんっ!」
「へ?」
 熱い手が触れた瞬間、芙貴子の口から甘い声が漏れる。
しまったと思うが、小波は聞き逃してはくれなかった。
「……もう、かなり感じてる?」
「…………そんなわけ、ないでしょ」
「へぇ…………」
(ぐにぐに)
「くっ…………ふぅ……はぁ!」
 いつもの前戯に比べれば、いたずらのように軽い触り方だった。
だがぬるぬるのローションによって芙喜子の快感はいつも以上。
口から熱い吐息がこぼれるのを止めることができない。
けれど、歯を食いしばり耐えようとする。
「〜♪」
 だが小波はノリノリに胸をいじる、つまむ、揉む。
「うぅ…………ああぁ!」
 とどめに先端の突起を強くつままれて、芙喜子の意識が一瞬飛んだ。
我に返り、慌てて強く小波を睨みつける。
だが、小波は芙喜子が軽く絶頂を迎えたのに気づいているのだろう、いやらしく頬を緩ませていた。
「いや、まさかこんなに喜んでくれるとは、ホラ、下を見てみろよ」
 にやにやと笑いながら、芙喜子の開かれている股を見つめる小波。
釣られて視線を向けると、そこには信じたくない光景。
「…………うそ」
 まるで子供がおもらしをしたように、シーツがぐしょぐしょに濡れていた。
まだ彼が胸をいじり始めて五分もたっていないというのに。
「〜♪」
「……はぁ……はぁ……ん! ……」
 さらに続く刺激をどうにか耐えていると、
突然、彼が胸から手を離した。そのまま後ろを向く。
「さて、まずは…………」
「くっ!」
 背を向けた瞬間、芙喜子は身体を激しく動かした。
少しでも縄が緩めば、まだ自分にもチャンスがあるはずだ。そう思って。
「ああ、そこまできつく縛ってないけど、抜け出せるほど甘く縛ってもないぞ」
「……ちっ!」
 背中を向けたまま小波が言う、嫌なヤツだと隠さずに舌うち。
しばらくして、小波はバッグの中から何かを取り出し振り返った。
「とりあえず最初はこれでいじめてみるか」
「…………!」
 彼が取り出したのは、男性器をかたどった棒、所謂バイブレーター。
身体が震える、それがもてあそばれる恐怖からなのか、快楽を期待してからなのか
芙喜子にはわからない。
小波が近づくにつれ、震えは大きくなる。
と、小波の手が芙喜子の頭へと延びた。
「大丈夫、落ち着けって」
「あ…………」
 硬くて暖かい手が、ぐしゃぐしゃの髪を優しくなでる、震えは、止まった。
「って、あんたがこんなことするから!」
「こんなことをするから、なに?」
「…………なんでもないっ!」
 口が裂けても自分が震えていることを言えるはずもなく
芙喜子は顔を逸らした、だがわざわざ視線の先に回り込んでくる馬鹿な男が一人。
「こんなことをするから、どうしたんだ?」
「……さいてい!」
「うーん、まだ自分の立場が分かってないみたいだな」
「やっ!…………うぁ!」
 押し倒され、冷たいプラスチックが芙喜子の秘所、それも最も敏感な部分に押し当てられた。
同時に胸にも手を伸ばされる、さらに首筋をなめられて背筋に痺れが走って。
そして、カチリと小さな音がした。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 震動し始めるバイブ、同時に胸にあてられた手も動き始める。
「おい、動くなって」
「そんなのっ、くぁっ、んっ〜〜!」
 いきなり直接刺激されて、痛いほどの快楽が芙喜子を襲う。
縛られているうえに、体重をかけて押さえられているため逃げることもできない。
「だから動くなって」
「む、むりっ、あっ、あっ、うぁっ! あああっ!!」
 芙喜子の意識がすぐに白く染まり始め、口からは涎がこぼれおち、全身が小さく痙攣する。
「い、いくっ、だめ、だめぇぇぇぇえ!」
 そのまま快楽の波に押しつぶされ、小さな痙攣は大きなものへと変わった。
絶頂、気が緩む暇もなく再び絶頂。
脳が悦楽に溺れ、口からは大きな嬌声が断続的に漏れだす。
「あぅっ! うあっ、はっ! やめっ……とめてぇ! ああああぁっ!!」
 耐え切れずに芙喜子の口から懇願の言葉が漏れる、それほどに強い刺激。
しかし小波は無情にも、さらに強くバイブレーターを押し付けてきた。
「うぐぁっ! やめ、やめなぁっ、ああああああああ!!……あ……ぁはっ」
「……やりすぎたかな?」
 さらに数度絶頂を迎えて、完全に意識がなくなる寸前。
ようやく刺激を与えていたものが離された。
「う…………あっ…………あはぁ…………」
 けれど芙喜子の体は痙攣を続け、吐息がこぼれるのも止めることができない。
余韻に浸るなど良いものではなく、肉体を制御できない苦しみの時間が続く……
「うーん、こういう芙喜子も可愛いな」
「…………ぁ」
 しばらくして、ようやく呼吸が正常に戻り、痙攣が止まる。
数分もたってはいないのだが、芙喜子にとって異常に長く感じた。
呼吸は落ち着いても、意識はもうろうとしたままで、視線も宙を彷徨っている。
ちなみに小波はその間ずっと彼女の尻をもんでいた、あまり刺激しないようにしていたのは
彼の優しさ、ではないだろうが。
「さて、休憩はこれくらいでいいかな?」
「あ…………う」
 小波の言葉が耳にはいるが、何も考えられない。
だが、膣口に無機質なモノを添えられ、嫌にでも理解する。
「! ば、ばかぁ! そんなのいれるなぁ!」
「それ」
「あぅ! あんっ、んん〜〜!!」
 遮るものなく、一気に貫かれる。だが、それだけならなんとか耐えられた。
目じりを吊り上げ、小波を睨みつける、反抗の意思を示すことは無駄では無い
そう思ったからだ。
「まだ生意気な目だな、でも反抗的なほうが芙喜子らしいか」
「くっ!」
 だが結局それは無駄に終わり、悔しさに唇が歪む。
芙喜子の性格を熟知している小波は、彼女を完全に堕とすことはできないと知っている、
その上で芙喜子をとことんいじめようという腹。
芙喜子はそれを彼の態度から理解した。
……悔しさの中に、少し嬉しさが混じっているが、それには気づかないフリをした。
「さーて、ここら辺だな?」
「! いやぁっ! あっ……あぁぁ! あっ、あっ、あはぁ!!」
 小波がさらに芙喜子の中へ深くモノを侵入させていき、彼女の弱いところを探り当てた
すぐに見つけたのはさすがだというべきか、賞賛する余裕なんてものは無いが
そのまま激しく突いてくる、出し入れするたびに飛沫が飛び散り、シーツに新たなシミを作る。
「うぁっ、うぁぁ、あんっ! ああぁ!」
 突かれるたびに大きく体を震わせ、芙喜子は高みへと昇っていく。
口からこぼれおちるのは、快楽の悲鳴。
「あぁ、あんっ…………はぁ、はぁ」
 突然小波の動きがとまる、だが、再び小さなカチリという音。
「う、うあああああああぁぁぁぁぁぁ」
 震えだすバイブレーター、目を限界まで開き、苦しみの声を上げる芙喜子。
跳ねるように体を痙攣させ、逃げようとする。
だが、どうあがいても地獄の快楽から逃れることはできない。
小波の押さえつけは筋力でも体重でも劣る芙喜子が跳ね返せるものではないのだ。
「あっ!!!!!」
 一際大きい声をあげて、何度目かわからない絶頂を迎える。
それと同時に、勢いよく芙喜子の秘所から液体が噴出した。
今までに飛び散った飛沫とは比べ物にもならないほどに大量に、
小波の顔にまで飛び散るほど勢いよく噴き出されていく。
「うぉ! ……驚いたな」
「あ! あ! あぁ!…………」
 だが、自分の痴態を理解することなく、芙喜子の意識は完全に途絶えた。


「おーい、起きろって」
 ぺしぺしと叩かれる感触と、
どこか嬉しそうな小波の声を聞いて芙喜子の意識が浮上する。
目の前には小波のにやけ面、それを見て現在の状況をすぐに把握する
体が縛られたままで、体が火照っていることを考えると
意識を失ってそこまで時間がたったというわけではないようだった。
「芙喜子、ほら」
 口元に小波の指が近づく、濡れた指先。
指を口の中に突っ込まれて、口の中に自らが出した液体の味が広がる。
「いや、まさか芙喜子が潮を吹くなんてな、ちょっと感激したかも」
「ぅ…………ん、あ」
 噛みつけば少しは気が晴れるかもしれない、そう思ったのは口から指が出て行ってからだった。
「さて、そろそろ俺も気持ち良くさせてもらおうか」
「……え?」
 ズボンを脱ぎ始めた小波を、ポカンと見守って。
彼の凶暴なまでに膨れ上がったモノが露出して、ようやく身の危険に気づいた。
「ちょっと! いまそんなのいれたらこわれちゃうわよ! ……だめ、だめぇぇ!」
「よっと」
 ずん、と一気に貫かれる、小さく数度痙攣、冷たいモノではなく、暖かい彼自身を感じる。
「うぁ! ああああ!!!」
 限界まで奥に差し込まれて、一瞬全てが白く染まる。
「くぁ…………はっ!」
「くっ、なんか……すごい、な」
 小波の顔が歪んだのを見て、芙喜子は今が好機だと感じた。
自分が絶頂を迎える前に、彼をイかせれば、今までの負けを取り換えすことができる。
縛られたままでも、少しは腰を動かすことはできた、小波に合わせて動き始める。
「んっ! うっ、あっ、あっ、はっ、はぁっ!」
「なんだ? 急に、動くなんて、うっ」
 さらに歪む小波の顔、芙喜子はさらに体を動かし、膣内を締め付ける。
だが、そこで彼女はそれが間違いだと気づいた。
「あんっ、え?…………あああっ!」
 芙喜子に対抗して、小波がさらに激しく動いてきたのだ。
もともと何度も絶頂を迎えていた芙喜子が、激しい攻めに耐えられるはずもない。
「やああああぁぁぁ!」
 交わって初めての絶頂、止まらない小波からの刺激に、二度、三度、何度も意識が飛ぶ。
繋がったままで大きく痙攣する芙喜子の身体、それを見て小波は奥まで貫いた状態で
動きを止めた、そして手を伸ばして乳首をつねる。
「ぁんっ!」
 痛みを感じて、覚醒する意識。だがすぐに動きだした小波によってまたすぐに飛ぶ
それを繰り返される、意識が飛ぶたびに様々な場所をつねられ、ぶたれ、噛まれて。
「…………あぁ…………ぁっ」
 だんだんと反応が鈍くなってきた芙喜子を見て、小波はモノを勢いよく引き抜いた。
「……ふぁ…………すごい、におい」
 べとべとに濡れた赤黒いモノが眼前に、むせかえるような匂い。
ピクピクと震えているそれを見て、限界を迎えたはずの体が疼く。
「…………ん…………」
 芙喜子の眼に光が戻ったことを察したのか、小波はまた膣口にモノをもどし、貫いた。
「はああああああああああああああ!!!!!!」
 叫び、それを無視して小波はゆっくりと前後に動く。
「くっ……そろそろ、出すぞ!」
 もともと限界に近かったのか、小波の口から宣告が出される。
「うあぁ! んんっ、ね、ねえ、きす、してぇ、んっ!……おねがいっ!」
 普段のエッチでは絶対に口にしない、甘えの言葉が芙喜子の口から洩れた。
小波の顔が優しく微笑み、そのまま芙喜子の口をふさいだ。
今日初めての口づけ、涎でべとべとだったけれど、何よりも甘美なものだった。
「んっ……んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 大量の精液が最奥に吐き出されるのを感じて、芙喜子は最上の幸福感に包まれた。
口づけをしたまま、つながったまま、二人は強く抱きしめ合った。


 小波が体を離して、ようやく芙喜子の意識が正常に近いものとなる。
ずいぶんと恥ずかしい言葉を口走ってしまったが、それは置いといて。
「……」
 復讐、その二文字が彼女の内にある。とりあえず明日に目が覚めたら、
この手錠で小波を封じて……と、そこまで考えた所で、小波の声。
「さて、芙喜子、これを見てくれ」
「……へ?」
 彼が手に持っていたのは丸い球にコードがつながっているもの、所謂ローター。
どうやらバイブレーターと一緒にとりだしたあと、布団の隅に置いていたようだが。
「明日は試合がないからな、芙喜子が満足するまで徹底的にするから」
「えっと、あたしはもう、まんぞくしたし、もうげんかい、なんだけど」
 ろれつが回らず、懸命に頼む、が。
「ああ、大丈夫、ちゃんと練習には遅れるって言っといたから」
「ひとのはなしを! んむっ」
 軽く触れ合うキスで黙らせられ、彼は。
「さて、まだまだ夜はこれからだ、芙喜子」
 死刑宣告を、満面の笑顔で言い放った。
「い、いやああああああああああああああああああああああ」
 芙喜子の絶叫がホテルの部屋、いやホテル中に響いた。

 ……余談だが、小波が芙喜子の新しい傷痕に気づいたのは彼が十分に満足した後だった。
彼女の考えどおりに非常にクサイ台詞だったのだが、芙喜子はそれを覚えていない。
さらに余談なのだが、最後の芙喜子の悲鳴の音量は
某宇宙人ルートの彼女の断末魔と同じぐらいの音量だった。
 ……らしい。











「……ってことがあったわけよ」
「…………」
 長い長い芙喜子の話がようやく終わり、薫は安堵をおぼえた。
このような話にあまり耐性がない彼女にとって、少しばかり辛い時間だったからだ。
どこか幸せそうに話す彼女を見るのは、そう悪い気分ではなかったが。
「あれ? なんかずいぶん顔が赤くなってるわね、飲みすぎたんじゃない?」
「あはははは…………」
 あなたのせいですよ、喉まで出かかった言葉を苦笑いでごまかす。
カウンターにいた板前さんが途中で逃げ出すぐらい過激な内容の話だったのだから、
薫の顔が赤くなるのも無理は無い、小声で話していたため、彼女と板前さん以外には聞こえていないだろうが。
「で、その後もひどいのよ! あたしが目を覚ましたら置手紙だけ残してあいつ逃げてるし!」
「ふふふ……あれ?」
 ふと、疑問に思うことができて、質問する。
「でも芙喜子さんの性格だと、すぐにでも仕返ししてそうですけど、しなかったんですか?」
「………………いや、したんだけどさ、返り討ちにあって。……だいたいなんで、
こっちの行動が読まれるのよ。催涙弾を部屋に投げ入れたら
マスクなんか用意してるし、食べ物に睡眠薬仕込んだら眠ったふりをしてこっちの油断を誘うし」
 眼を逸らして、ぶつぶつと何かを呟く芙喜子。
とりあえずフォローをした方がいいだろう、酔った頭でそう考え、口を開く薫。
「えっと……それは残念でしたね、まあ気持ち良かったのならいいんじゃないですか?」
 墓穴、地雷、自爆、そんなワードが浮かんだのは、彼女の表情を見てからだった。
「よりによって……あいつと同じことを言うなんてね……」
「え、えっと、落ち着いて」
「許さーん! とりあえずあんたの髪型を外を歩けないくらい恥ずかしいのにしてやる!」
「わー!」
 微妙に噛みあってない言葉を交わしてもつれ合う二人。
そんなこんなで二人の女は親交を深めつつ、平和な夜は過ぎていくのだった。



続く

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