真夜中、とある廃ビル。そこは半年ほど前にジャジメントと激闘を繰り広げた場所だ。
そして今、ここに相対する二つの人影がある。
一人は真っ黒な服に身を包み、もう一人は2メートルはあろうかという高身長。どちらも女性である。
「カズ、こんなところに呼び出して何のつもり?」
黒い服の女性・・・通称ブラックが先に口を開いた。二人の間の空気は非常に重い。
「最近な、ヒマやねん」
「ヒマ?」
「黒野博士の救出作戦以降、激しい戦闘があらへんやろ?」
「それは良い事。それに戦うことだけが私たちの仕事じゃない」
「そやな、そうかも知れん。けどこのままやと腕が鈍ってまうやん?『ツナミ』は多分もっと強いサイ ボーグをどんどん造って来るやろうしな。そうなってからでは遅い」
淡々と喋るカズ。その表情は一見とても穏やかなものであるが、ブラックは警戒を解かない。
数ヶ月前の決戦後、カズの狂気の笑いをブラックは忘れていない。
「それで?」
「つまり、ウチが言いたいんは・・・!」
カズの目の色が変わった。
「ッ!!」
一瞬の出来事。カズの巨体がブラックに一気に肉迫し、更に右方から拳が顔面目掛け飛んできた。
それがカズの拳だったのだと分かったのは、寸でのところでバックステップでかわすことが出来たからだ。
「流石ウチ等のリーダーや」
口元を吊り上げ、カズは笑う。あの時と同じ嫌な笑い。
「どういうつもり?」
「手合わせや。ウチと互角にやりあえるんはリーダーくらいやからなぁ」
「今の攻撃、下手したら私でも死んでたかもしれない。・・・そんなのは手合わせとは言わない」
「嫌やなあ、避けると思ってたで?実際避けたやんか。心配せんでも朱里とかにはやらへんよ」
カズは戦闘態勢に構える。もう聞く耳もないようだ。
「ほな行くで、リーダー!!」
言うが早いか体勢を低くし突っ込んでくる。いや、『落下』してきている。
重力を自在に操るカズの得意技だ。
(能力までも平気で解禁してくる。こちらも本気を出さないと・・・殺られる)
マシンガンのような無数のパンチがブラックに容赦なく浴びせられる。スピードはブラックにとっても十八番だが、速さだけでなく重さもあるカズのアタックは、ギリギリのところで打ち払うのが精一杯だ。
「リーダー、もろたで!」
(下から・・・ハイキック!?)
直後、風を切る音が鼓膜を振るわせる。チャンス。大振りの攻撃をかわし、隙ができた。
それをつけば勝てる。・・・ハズだった。普通の人間が相手だったなら。
懐に飛び込もうというまさにその時、先ほどキックを放った際に軸となっていた脚がブラックを襲った。
「くぅ・・・!」
ほとんど不意打ちに近い一撃だったものの、ガードは間に合った。
通常ではありえない動きである。これもカズの超能力が可能にした攻撃だろう。
それに対応できたのはブラックの超人ならではの反射能力のおかげであるが、攻撃をまともに受け止めた両腕の感覚は少しおかしくなってしまったらしく、言うことを聞かなくなっている。
それを知ってか、カズの攻撃は更に苛烈なものになっていった。
「なあ、楽しいよなあリーダー?毎日誰かに姿見られんようにこそこそやってるよりも、こうやってガンガンやりあってる時が一番楽しいわ」
「不満だったの?正義の味方としての活動が」
「そうやあらへんよ?くくっ・・・ただ、たまには激しく体動かさんと・・・クッ、ケケ・・・頭がおかしくなりそうでなあ」
(くっ、強い!)
出会った頃は確かに自分の方が強かった。朱里と同じくらいの強さだったはず。それがたったの3年でここまで強くなるのか。・・・いや、その力以上にカズの性格のほうが危険だ。『闘い』を楽しんでるだけの今
ならまだ良い。だがそのうち・・・


「分かるでリーダー、要らん事考えてるやろ!」
(ッ!?しまっ・・・!)
それに気づいた時には既にカズの左ストレートがブラックの小柄なボディに食い込んでいた。
痛みがゆっくりと、それでいて鋭くブラックの体内を貫く。
「がっ・・・!く・・・」
朦朧とする意識を踏みこらえ、カズの左腕を両腕でロックする。うまくすれば反撃の糸口にできるが、カズはまるで平気な顔をしている。
「終わりや・・・」
カズの特殊能力によって、ブラックの体が軽々と持ち上げられる。その程度の事、カズなら重力操作の力に頼る事なく、腕一本でできる芸当だろう。だが、地面が遥か下に見えるという事が、カズの超能力による物である事を裏付けている。
「い、一体何を?」
「隙をついた本気の一撃でも仕留めれんかったんや。リーダーをダウンさせるには・・・」
カズが、笑った。青白い月光に照らされた不気味な笑顔。
「全身を、強く叩きつける!!」
カズが超能力を解いた。地面が物凄いスピードで迫ってくる。
「カ、カズ!――――」
まさに隕石の落下のようであった。爆弾が爆発したような轟音が夜の廃墟に響き、砂埃が辺りをすっかり包み込んでいく。
ついさっきまでまっさらな平地だったその場所には巨大なクレーターが出来上がっている。ボロボロになったブラックがそこに倒れており、その様子をカズが側で見下ろしている。
「っう・・・!」
「ク、ククク・・・ウチの勝ちやな、リーダー?」
「その笑い、気持ち悪い」
「ん、負け惜しみか?らしゅうないなぁ」
「・・・これで満足した?」
服に着いた土を払いつつ、ブラックはよろけながらゆっくりと立ち上がった。
力でねじ伏せられて敗北を突きつけられることよりも、お気に入りの服を汚されたことの方がブラックにはおもしろくない。だがカズは違うようだ。決め手の一撃でブラックが意外にあっさり立ち上がった事が気に入らなかったらしい。・・・それと同時に、闘いを止めないで済むという期待感も見受けられる。
「凄いなあ、まだ立てるとは正直思てへんかったよ」
またカズが構えなおした。・・・その時だ。
(・・・!?誰かいる)
第三者の気配をカズも感じているようだ。しかし敵ではないのは二人ともすぐに分かった。
その気配の正体は二人にとって、特にブラックにとってはよく知る人物だったからだ。
「あんた達、何してんの?」
「ピンク・・・」
「ボロボロじゃないのあんた。・・・あーあ、派手にぶっ壊しちゃって。喧嘩するにしても手加減しなさいっての」
かつてのブラックの仲間、ピンク。冗談のような格好をしているが、れっきとした正義のヒーローである。


「喧嘩、とはちゃいます。日々これ鍛錬ってヤツですわ!」
「鍛錬、ねぇ・・・?」
ピンクはピンピンしたカズとボロボロのブラックとを均等に見た。そういうことか、とため息をもらす。
「で、それをまだ続ける気?」
「そら、ブラックはまだ大丈夫そうやし、ウチは全然喰らってへんしなぁ」
「やめといたほうが身のためよ」
「ん?」
「あんた、左腕動かないんじゃない?」
「・・・!」
図星だったのか、カズの顔から余裕の色が消えうせた。先ほどのロックが利いてきたようだ。
そんなカズをピンクは威嚇するように睨み付け鋭い言葉を突きつける。
「どうしてもって言うなら、私が相手になってもいいわよ。・・・言っとくけど私はあんたのリーダーを一方的にボコした事があるんだからね?腕一本使えないあんたなんて、一瞬で再起不能にできるけど」
「・・・・・・」
「どうする?」
「・・・ククッ、参ったなあ。さすがリーダーや。さっき腕掴まれた時何されたんかちっともわからん。
・・・今日はこれくらいにしとくわ。再起不能は、嫌やからな」
カズは平静を保とうとしているようだが、正確な表情は読み取れない。そのままカズは踵を返し、振り返る事無く去ってく。それを見届けた後、ピンクはブラックに肩をかした。
「大丈夫、一人でも歩ける」
「うるさい。立ってるのがやっとの癖に」
そんなやり取りをしながら二人もまたその場から離れていく。人気のない場所であるが、この間の件もある。その時よりずっと小規模とはいえ、今回は事実を揉み消すものがいない。
今後はここには来ない方が良いだろう。
「カズの事、どう思う?」
「とりあえず嫌な感じはするわね。始めてあった時はもっとおとなしかったと思うけど」
「ピンク・・・私は、あの子とどう接したらいい?」
「はあ?」
カズは、もう自分の手の届かないとこに達しつつある。それならそれで問題ないけれど、今のままのカズは危険だ。そのうち『闘い』ではなく『殺し合い』を楽しむようにでもなってしまったら、彼女一人によって 世界が滅ぼされかねない。ツナミだのサイボーグだのの話どころではなくなるのだ。
「あの人なら・・・こういう時、どうするんだろう」
「レッドのこと?」
「うん・・・」
「さあねえ。・・・どうしてるのかしらね。他の連中のように消えちゃってるのか、私みたいに元の姿のまんまなのか、あるいはあんたと同じように人間の姿を手に入れてるのか。・・・なんにせよ居ない人を頼ってもしょうがないんじゃないの?」
「分かってるけど・・・もし次に同じことがあったら、彼女を止められる自身がない・・・。今回も左腕を
封じれたのはたまたまだし、あなたがいなかったらそれでも危なかった」
「そうね。さっき退けれたのも殆んどハッタリだものね。・・・ま、私にできる範囲なら協力しないこともないわよ。・・・今はあんたがあの子達のリーダーなんでしょ。しゃんとなさいな」
「・・・ん。ありがと」
ピンクの言う通り、カズと朱里は自分をリーダーと慕い、付いて来てくれていた。あの二人と出会ってから私は変わった。守るべきものが増えた。私はあの二人が好きだ。・・・朱里の事は残念であるが、今では彼のもとで平穏に暮らしているだろう。だがカズは・・・愛する人と引き離され、親友を二人も失っている。
結果、闘いの場を自分の拠り所としているのだろう。
(私にとってそうだったように・・・私がカズの心の拠り所になれれば、それが一番いい。もし・・・)
もしもそれができなかったとしても、彼女の暴走は許してはいけない。私の命に代えてもだ。
そんな考えをピンクは見透かしたのだろうか。厳しい口調でブラックを咎める。
「あんた、馬鹿なこと考えてないでしょうね。・・・私が手に入れられなかった人間の姿を得ていながら、
それをあっさり捨てるような真似は・・・」
「覚悟を決めたまで。私も死ぬつもりはない。私にもカズにも、会うべき人が居るから」

よく晴れた月夜の下、二人の背中を風が優しく吹き付けていた。まるで彼女らを元気付けるかのように。

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