小波が謎の寒気を感じている頃、バックネット裏には一組の男女が座っていた。
それだけなら何の不思議も無い、ただの日常風景だ。
男の方がビデオカメラを回しており、女の方は膝にレポート用紙を広げているが
それを加えても、そこまで珍しい光景とは言えない。

しかし、男の方の風貌を見れば、そうは言えない。
どこの浮浪者だ、という感想を誰もが抱くだろう。

実はこの二人組、コアな高校野球ファンの間で最近噂になっているのだ。
日本中の県大会決勝に出没する、怪しい野球マニアとして。



「近年稀に見る投手戦…だな。甲子園でもここまでの戦いはお目にかかれなかった」

「近年て。何言ってるんだか。旅ガラスの風来坊さんが、甲子園中継なんてじっくり見た事あるの?
 …というか、実際に見て来たみたいな言い方だけど」

「いやいや、ただの言葉のあやだよ」

「ふーん怪しいなぁ。でも確かに凄い試合だよね、アタシは野球の事なんてそんなに詳しくないけどさ
 やってる子達の迫力とか真剣さで、凄いってのは分かるよ」

「子達って。年齢は殆ど変わらないだろうに」

「言われてみればそうだね。アタシももう18かぁ…華の女子高生ってヤツだネ♪
 やーい風来坊さんの犯罪者ー♪」

「…それを言うなら、この9年の間ずっと俺は犯罪者という事にならないか?」

「むしろ刑がどんどん軽くなっていってる訳だね。ちぃっ後二年もすれば警察に突き出せなくなる!」

「おいおい…。まぁ二年も待つ必要は無いだろうけどな。むしろ二年待ち過ぎた位だ」

「へ?どういう事?」

「女性の結婚が可能になるのは16歳から、だろ?
 そろそろ一旦旅を終えて、連れが出来たあの街に腰を落ち着けるのも悪くないさ」



「…………………………………………」



「ど、どうした。何か黒い威圧感を感じるが…」

「……どうしてそう言う大事な事を、こんな場所でムードもへったくれもなく軽く言うかなぁ………」ゴゴゴゴゴ

「ス、スマン。どうもそういうのは疎くて…」

「嘘つき。この女ったらし」

「ぐっ…」

「…はぁ。でも自分にも呆れたよ。
 こんなテキトーなプロポーズでも、怒りより嬉しさの方が勝っちゃうんだからさ」

「ははは。ま、とりあえず今は試合に集中しようじゃないか。
 カンタ君への手土産に、少しでも多くのデータを集めなくちゃな」

「集中出来なくしたのは誰だと………。
 ハァ、まぁ野球バカの風来坊さんに言っても無駄だよね。最初にこの計画を聞いた時は本気で道を分けようかと…」

「良いアイディアだと思うんだけどなぁ。順調に勝ち進めてるようだし、無駄にはならないさ」

「アタシもそう願ってますよーっと。で、風来坊さんの目から見るとどうなの?」

「そうだな。まぁどの選手も面白いんだが、特筆するなら開拓の投手と混黒の捕手だろうな。
 あの二人だけ纏っている雰囲気が桁違いだ」

「雰囲気ねぇ。またそんなレポートにし難い事言って…」

「この試合の分水嶺は、恐らくあの二人の対決になるだろうな。それによって流れが動くだろう。
 開拓が勝つにはエースが四番を抑える事、混黒が勝つには四番がエースを打ち砕く事…だ」

「えっと、今迄のその二人の対決は第一打席がセンターフライ、二打席目がセンターライナーだっけ」

「あぁ。二打席目はあと少しミートポイントがズレてれば、入ってた当たりだったな。
 まぁそれを投手が許さなかった、という感じだったが。
 意地が目に見える様な勝負だったな。
 あの速球を、振り遅れながらも強烈に弾き返す四番の意地。当てられながらも決してスタンドには届かせないエースの意地。
 くぅ〜痺れるな」

「だからもっと技術的な事を言ってよ…何目を輝かして少年の様な顔してんのさ!」

「あ、あぁ悪かったつい興奮して、えーとだな…」



そう言って謎の風来坊は、相方の女性に両校選手の特徴を解説し始める
しかし謎の風来坊は一つだけ言わなかった事があった。
それは、特筆すべき雰囲気を感じる人間が、もう一人居るという事。

(しかしこれは…。無駄な不安を与えたく無いから黙っておくが
 混黒高校のベンチから感じるこれは…あの二人とは毛色が大きく異なっている。
 この長旅で何度か遭遇した、人外のバケモノ達に近い質のオーラ。
 キケン近付くなと、俺の感覚が警鐘を鳴らしている。そんなのが何故、高校野球の大会に…?)

およそ常人とは言えない、この謎の風来坊だからこそ感じる事の出来た『将来性』
そう遠く無い未来に、彼はこの時の感覚を再び、もっと強く味わう事になる。
しかしそれは、また別のお話。
この二人組いったい何者であったかは、その時に明かされる事となろう。




第六章に続く

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