「これ受け取ってくれないかな?」
俺は彼女の前に、そっと、小さな箱を差し出した。
「開けても、いい?」
「もちろん」
それは、俺の気持ちの全てを込めた、小さな箱。
「あ……、綺麗な指輪……、え、これって?」
先日の結婚の騒動で、ようやく自分の気持ちを決めることができた。
今まで言えなかった、いや、言わなかったことを言うよ
「うん、今すぐには難しいけど、できるだけ早くできるようにがんばるよ、俺」
彩さん、俺は君と違って、ヨクバリな男かもしれない。
確かに、歴史修正の任務も大事だ。
「小波さん……、私なんかでいいの?」
でも、それ以上に、今、彩さんと同じこの時間を、彩さんと一緒に過ごすことが、俺にとって大事なんだ。
「俺は、彩さんじゃないとだめなんだよ」
どちらか一つなんて選べない。
「ほんとにいいのね?」
だから、俺はやるよ。
「ああ」
任務も、彩さんとの時間も、どちらも勝ち取ってみせる。
「……ありがとう、小波さん。
 私、がんばる……、だから、これからも、よろしくね。
 ずっとずっと、よろしくね……」
必ず、この手で……

翌週、会社の命運をかけた、大帝国キラーズとの試合。
チーム一丸となって奮闘するも、あと一歩及ばず。
彩さんの声援もむなしく、和桐バブルスは……、俺は、敗北した。

俺はマウンドの上で、膝をついた。


試合負けた俺は、どこか遠くの島につれていかれるらしい。
もちろん、和桐製作所もヤツらの手に渡ることになった……。
俺は早々に荷物を纏めて、アパートを後にすることを余儀なくされた。
家具が消え、しかしそれでも広いとは言えないが、少しは広くなった自分の部屋を見回して、ふと呟いた。
「もう、ここにはいられないんだよな……」
一年、たった一年ここにいただけなのに、それがとても長い間のように感じられた。
青野さん、三船さん、漁火さん、山田君、智林君、はじめ君、カビンダにほるひす……。
みんな良い人たちで、そんな人たちのいる和桐は、本当に、最高の職場だった。
みんながいたから、ここまでこれた。
そして、何よりも俺の支えになってくれていたのは、彩さんだった……。
「ちくしょう……」
俺はグッと目を瞑り、やり場のない感情を壁に叩きつけた。
「ちくしょう!ちくしょう!」
俺は殴り続けた。
手の皮が剥け、血が滲んでも、気にせずに壁を殴り続けた。
いままでも沢山の壁が俺の前に立ちはだかった。
その度に、みんなでその壁をぶちやぶってきたんだ。
今回はその最後の壁だったのに……。
「なんでだよ……クソッ」
壁に背をもたれ、無気力な表情で天井を見上げた。
この天井を見て寝ることも、もう無いのか……。
「……もう行こう」
俺は荷物を持って、重い足取りのまま玄関の扉を開けた。
そこで俺は、今、一番出会いたくない人物に会ってしまった。
「彩……さん」
「小波さん……」
彩さんは、いつもの私服姿でそこに立っていた。
「なんでここに?」
「来ちゃいけなかった……?」
「そんなことないよ!」
いや、本当は来てほしくなかった。
今、彩さんに会ったら、絶対に甘えてしまいたくなるから。
約束を破っておいてそんなのは、虫が良すぎるし、とても情けない。
きっと彩さんは、俺なんて嫌いになったはずだ……。
今だって、彩さんは目を合わせてくれていない。
きっと、俺を罵りに来たんだろう。
「入ってもいい?」
「え!? ……かまわないけど、もう何も無いよ?」
全く予想外の彩さんの言葉に、俺は一瞬戸惑ったが、結局、彼女を部屋に入れてしまった。
きっとこれが、彩さんと過ごせる最後の時間だと思うと、急に気が変わる。
何を言われようと、少しでも長く一緒にいたかった……。

部屋に招き入れたものの、家具も食器もみんな預けてしまったから、お茶を煎れることもできない。
俺と彩さんは部屋の真ん中に向かい合って座り、互いに俯いたまま、一言も会話できずにいた。
部屋は静寂に包まれ、ただ時間だけが過ぎていく。
そんな空気に耐えきれず、先に口を開いたのは、俺だった。
「ごめん、彩さん」
「え?」
「あんなこと言っておきながら、負けちゃうなんて……、情けないよな……」
「ええ、ホントに情けない人よね……」
頭では分かっていても、実際に言われるとかなりキツい。
すぐにでもここから逃げ出したくなったが、そこはこらえる。
「本当にごめん、いくら謝ったって、彩さんには許してもらえないと思うけど……」
その時、俺の頭に彩さんの肩が当たった。
彩さんが抱きついてきたのだ。
「何で私が、小波さんを許さないと思うの?」
「だって俺は……ッ!」
彩さんは俺から離れて、そして、俺の目を見て言った。
「あの時……、私が結婚式からここに逃げてきた時、小波さんは勝手な私を許してくれたじゃない」
彩さんの結婚式の当日、俺が式場に彩さんをさらいにいこうかと考えていたときに、彩さんは帰ってきた。
一度は俺を突き放し、けれども、諦めきれずに婚約者に自分の本当の気持ちを話し、式場を抜け出してまで俺の所に来た。
その時、彩さんは、こんな勝手な自分を許すのかと聞いてきた。
俺は、それを迷わず受け入れた。
「だから、私は小波さんを許すわ」
「……でも、彩さん、俺のこと嫌いになったりしてないの?」
俺がそう言うと、彩さんはまた抱きついてきた。
今度は先ほどの様に優しくではなく、力強く。
「バカ!私が小波さんを嫌いになるわけないじゃない……!」
「彩さん、ごめん、……ありがとう」
俺も、彩さんを強く抱き返した。
「もう行かなきゃいけないの?」
「いや、実はまだ少し時間があるんだ……」
「そう……」
俺を見つめてくる彩さんの瞳は、とても綺麗だった。
俺は、その彩さんの瞳に吸い込まれる様に顔を近づけ、唇を重ねた。

一回、二回とキスしていくうちに、頭の中がモヤがかかったかのような感覚になっていくのがよく分かった。
今はただ、漠然とこの行為をもっと続けていたいという想いが急速に膨らんでいく。
俺は彩さんの華奢な体に手を回し、そっと床に押し倒した。
「このままで……いいかな?」
「うん……、いいわ」
彩さんからの抵抗は無く、体を俺に預けてくれた。
再び、唇を重ねる。
お互いに舌を絡め、唾液が混ざり合う。
何も無い部屋に、水音と、荒い息づかいが響く。
柔らかい舌の感触と、彩さんの唾液の味に、俺の脳はまるで麻薬に犯されたように、何も考えられなくなった。
普段、仕事をしている時の真面目な彩さんからは想像もつかないほどに、淫靡に、妖艶に俺の唇をむさぼる彩さんの姿に、俺の理性は早くも消えかかっていた。
俺は、本能のままに彩さんの口に舌をねじ込むと、彩さんの唾液を全て吸い取ってしまうかのように攻め立てる。
気が済むまでキスを堪能した後、ゆっくりと顔を離すと、彩さんの顔は真っ赤になって、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「あ、ごめん、彩さん、やりすぎた……」
俺の謝罪の言葉にふるふると小さく首を横に振る彩さん。
「ううん、いいの、ちょっと苦しかったけど……、もっと私を感じて欲しい」
そんなことを言ってくれる彩さんが、愛しくて、愛しくて仕方なくて。
胸に熱いものがよぎった。
「あっ……」
そっと服の下から指を這わせてみた。
思った通り、可愛い声をあげる。
俺は我慢できずに、彩さんの服を持ち上げて、その豊満な胸を晒させた。
右手で胸を揉みしだきながら、今度は彩さんの足の間に左手を忍ばせた。
ズボン越しでも分かるくらい濡れている。
くちゅくちゅと、いやらしい水音がした。
「んっ……、小波さんの指使いっ……、もう……」
「彩さんのっ、弱いとこなら、いくらでも知ってるからね……」
話をしながらもキスは止めない。
彩さんを深く味わう。
気がつけば彩さんのそこは、既に俺のモノを受け入れるには充分な程濡れていた。
「小波さん、私そろそろ……」
彩さんも我慢できなくなってきたようだった。もちろん俺も。
俺は一旦体を起こして、自分の服を少々乱暴に脱ぎ捨てた。
上を脱ぎ捨てた際に、体を起こしたことで、彩さんの全身を眺める形になったことに気づく。
「はあ、はあ……」

彩さんの姿は乱れに乱れていた。
服は軽くはだけ、虚ろな瞳で息を切らしながらこちらを見つめる彩さん。
それを眺めているだけでもかなり興奮するが、自分がこうさせたことを考えると、さらなる興奮と背徳感が押し寄せてくる。
「彩さん、凄く綺麗だよ……」
俺が下も脱ぎ捨てると、いままで押さえつけられていたモノが勢いよく反りあがった。
「そっ、それ…早くちょうだい……!」
俺のモノを見るなり、懇願する彩さんもまた、いつも以上に昂ぶっているようだった。
いつもとは違う、長く深いキスで興奮したのだろうか。
「いくよ、彩さん……」
「うん、きて、小波さん……」
彩さんの秘所に腫れ上がった自分のモノをあてがう。
俺は腰に力を入れると、彩さんの中に自分を沈めていった。
「あ、ああ…これっ、これが欲しかったの……気持ちい……っ」
「くっ…、彩さんの中、凄く気持ちいいよ……」
最奥まで進ませると、一度動きを止める。
互いにそのままで感じる快楽を貪った。
「小波さん…、もう一度…」
そう言って彩さんは、こちらに両腕を伸ばしてきた。
最後まで言われなくとも、その意味は十分過ぎる程、俺に伝わった。
求められるまま、彩さんの背中に両手をまわす。
その背中は、先程よりも熱を帯びている。
彩さんを強く抱きしめると、ぎち、と結合部分の締めつけが強くなった。
「動くよ…」
「いいわ…、来て小波さん」
彩さんの求めるままに腰を振り始める。
彩さんの中は、柔らかく俺を包み込みひだがうねうねと蠢いて電気の様な快感を与えてくる。
頭がとろけるような、彩さんと溶け合って、一体になるようか感覚。
それを感じていると、快感がますますハッキリと鮮明になる。
それに合わせて、腰の動きが自分の意志に反してどんどん早まっていく。
もう焦点がまるで合っていない彩さんの瞳を見つめながら、俺の昂ぶりも最高潮に近づいていた。
「あっ、す…ごいぃ…はっ…あっ…ぅ」
激しく腰をぶつける度に、彩さんの声のトーンも段々と高くなっていく。
と同時に彩さんの豊満な胸がぶるんと震える。
俺は、たまらずそれを両手でわしづかみにした。
「ひっ…あぁ…ダメ、胸まで触られたら…っ!」

ビクビクと体を浮き上がらせ、小刻みに震えている彩さん。
「はっ…はっ…はぁ…」
彩さんからの締めつけがさらに強くなる。
もしかしたら軽く達してしまったのかもしれない。
「彩さん、俺、そろそろ……」
彩さんからの返事を待たずに、俺は彩さんの肩と腰に手を回し、ガッチリと拘束するように抱きしめた。
「私もっ…イっちゃそう…」
俺は、彩さんの体をしっかり掴むと、さらに腰のスピードを上げた。
目にも留まらぬ高速ピストンで、彩さんの膣を掻き回す。
「いやあっ!ダメ!激しっ…すぎっ…イク…ッ!」
「くっ、あぁあああ…っ!」
その時、彩さんが俺の腰に足を絡めてきた。
「……っ! 彩さん!?」
「いいの!このまま……」
「くうっ…イクッ!」
次の瞬間、俺は彩さんの中で果てた。
自らの意思と反して、俺のモノは容赦なく彩さんの中に精液を注ぎこむ。
「あ、あぁぁ…出てる……小波さんの……」
「はあ…はあ…、あ、彩さん……」。
その時の俺は、きっと情けない顔をしていたに違いない。
彩さんはそんな俺を、微笑みながら抱きしめてくれた……。

「時間だ、乗れ」
ガラの悪い見知らぬ男の合図で、集団が動き出す。
その集団の中には、俺も含まれていた。
目の前には古ぼけた船。
所々錆びついていて、今にも沈みそうだった。
「今からこれに乗って、しあわせ島に行くのか……」
どこかで誰かが呟いた。
しあわせ島……、一体どんな所なのだろうか。
ふと、周りを見渡すと、皆疲れきった表情で、それは肉体的にか精神的なものか、はたまた、これから始まるであろう新たな生活への不安の表れか。
引き返そうにも、既に集団は動き始めている。
「……引き返す気なんて無いけどな」
俺は、手に乗せた指輪を見つめて、あの後、彩さんが言ってくれたことを思い出した。


-
「そろそろ行かないと……」
「小波さん……」
アパートの前で、彩さんに別れを告げる。
「それじゃ、さよなら彩さん」
これ以上、彩さんに情けない姿は見せたくなかった。
「待って!」
なのに……
「これ、持っていって」
そう言って、彩さんは俺の右腕を掴み、両手で右手を包み込む様にして、何かを手渡した。
俺はきっと、この時の手の暖かさを一生忘れないだろう。
「これは……」彩さんが渡してきたのは、俺が贈ったはずの指輪だった。
それが何を意味するのかは、あまり考えたくなかった。
「約束……」
「え……?」
「必ず帰ってきて」
「あ、彩さん……?」
「私、待ってるわ、いつまでも待ってる。
 だから必ず帰ってきて、もう一度小波さんから、その指輪を渡してちょうだい」
俺は、何をしてるんだろう。
こんな時になっても、まだ彩さんを信じられていなかったなんて。
本当に……俺は……
「まいったな……、せめて最後は、って思ってたのに」
彩さんを強く抱きしめる。
この感触を忘れないように。
これを最後にしないために。
「結局、最後まで彩さんに……、甘えっぱなしで……」
「いいのよ、人間は助け合うものなんでしょう……?」


-
「おい!早く乗れ!」
気がつくと、既に辺りに人はいなくなっていた。
全員船に乗り込み、残すは俺だけだった。
俺は、指輪を握りしめ、船に足を踏み入れた。
彩さん、俺は絶対に帰ってくるよ。
それが彩さんとの、約束だから……。

今度こそ、果たしてみせる。

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