「葉月さん?」
「え?私のこと?」

時は五月、自分の名前と同じ月で春も終わりに近づく頃。
私が小波さんと初めて会ったのは本土で葉月という人に間違われたときである。
そのときは急いでいたので、彼の質問に答えないで行ってしまった。

彼が言っていた女性の名前には聞き覚えがあった。おばあちゃんの妹の名前が
確か葉月だったと思う。私は昔、お母さんに連れられて来た島の泉を思い出した。
そこで葉月おばあちゃんは終戦の後に入水自殺してしまったという悲しい話を聞いた覚えがある。




そのことを思い出した私はある日、キショウブの花束を持って葉月おばあちゃんが
亡くなった泉に行くことにした。キショウブの花は葉月おばあちゃんが好きだったという花であり、
私もこれを初めて見たときは不思議とどこか惹かれる花であると感じ、この花が好きになった。

島に着き、泉のそばに花を添えた私がしばらく泉を眺めていると、
本土で会った小波さんに再び会った。彼は私をまた葉月さんと間違えているらしく、
人間違いであることを言うと、
「え?あ、五月さん?」
「そうよ、一応覚えててくれたのね?」
初めて会ったときからどこかで会ったような気がするのは気のせいだろうか。
前に話せなかった葉月おばあちゃんとの関係を話すと彼は納得したようであり、
まるで会ったことがあるような反応をした。
少し違和感があったが、今は深く尋ねないことにしよう。

小波さんはこの島の人であり、私が案内を頼むと彼は快く引き受けてくれた。
彼は偶然にも私と同い年らしく、同年代なので話しやすかった。
「俺もここに来たのは二年とちょっとくらい前かな」
「へえ?じゃあずっとここに住んでいたわけじゃないのね?」
「うん……でも俺は好きだよ、この島は。自然も多くてすごく落ち着けるし」
私は彼に案内してもらう前に、自然の多いこの島を好きと言った。
彼も自然が好きと言ってくれて、なんだか嬉しかった。

私たちはまず小波さんが通っている高校に向かうことにした。
「ここが日の出高校だよ」
「う〜ん、教室とか見てみたいけどダメかな?」
「別にいいと思うよ、じゃあ行こうか」
教室に入って、窓から見える景色を眺めながら彼に声をかける。
「いいよね、こうゆう静かな所で勉強したりできるのって」
「そうだね…俺はあんまり勉強得意じゃないけど」
「ふふっ、確かに秀才って感じじゃないものね」
「ひどいなぁ、まあ…当たってるけどさ」
「でもスポーツは得意なんでしょ?野球やってるんだよね?」
「まあね」
聞くと、日の出高校野球部はとても弱かったらしく、部員がほとんど辞めて
廃部の危機を迎えたがなんとか再建したらしい。

島のおおよその場所を案内してもらい、日が暮れる前に私は帰ることにした。
「小波さん、今日はありがとう。楽しかったわ」
「どういたしまして、またいつでも来てね」
「うん。あ、これあげる」
電話番号の書いてある紙を彼に渡す。
自分でも信じられないが、すでに彼に興味を持ち始めたみたいだ。
「えっ、いいの?」
「良かったら今度遊びに誘ってね、待ってるから」
「うん、絶対に!あと俺の電話番号もあげるよ、はい」
彼の電話番号を受け取り、私はまた会うことを約束して別れを告げる。
「ありがとう!それじゃあ小波さん、またね!」




私と小波さんはそれ以来、本土で一緒に遊んだり、
日の出島でのんびりしたりと何度も会うようになっていた。
そして日の出高校が甲子園で優勝し、彼にお祝いの言葉をかける。
「ありがとう、五月さんと…あと葉月さんのおかげだよ」
確かに泉のそばに置いてあったあの野球超人伝という本は『葉月』という人が
くれた物かもしれないが、葉月おばあちゃんに何か関係があるのだろうか。
「ねえ小波さん、その葉月さんってやっぱりあの泉に関係があるの?」
「え?それは…その…」
「もし関係があるなら聞かせてほしいの」
「………」
「お願い」
私にも関係のあることかもしれない、だからどうしても聞いておきたかった。
彼がいいにくそうに話し始める。
「ねえ…五月さんは幽霊って信じる?」
「幽霊…?どうして?」
なぜいきなりそんなことを聞くのだろう。
「信じられないかもしれないけど、俺は君の言っていた葉月さん…
 つまり君のおばあちゃんの妹さんの幽霊に会ったんだ、あの泉で」
「え…?」
「初めは全然分からなかったんだ。普通に見えていたし、話すこともできた。彼女と一緒に遊びにだって行った」
彼の言っていることがすぐには理解できなかったが、何故か話の内容が気になった。
「でもある日彼女が話してくれたんだ。自分の恋人が昔戦争で亡くなったこと…。
 二人でどっちかが死んだら残った方も死のうって約束したこと…。
 そして彼女は約束を守って泉の中に身を沈めたこと…」
「……」
なんて悲しい理由なのだろう。彼女は恋人との約束を守るために…。
「彼女は眠っている時もひとりぼっちだって言ってた…。恋人と違う死に方をしたからかもしれないって…。
 最後に俺のおかげで本当に幸せになれたと言って彼女は消えてしまったんだ…。
 それ以来葉月さんに会うことは無かった…」
「そうだったんだ…」
彼は泣いていた。その涙は真実であることを私に納得させていた。
「じゃあ、小波さんは葉月おばあちゃんに会ったのね」
「信じてくれるの?この話」
「うん。嘘をついてるようには見えないもの」
「ありがとう」
「…それにね、その話を初めて聞くはずなのに、どこかで聞いたような気がするの」
「もしかしたら…五月さんは葉月さんの生まれ変わりかもしれないね。姿もそっくりだし」
「そうかな?そうだったら小波さんは嬉しい?」
「嬉しいと言えば嬉しいけど…やっぱり五月さんは五月さんだよ」
小波さんがそう言ってくれて嬉しかった。同時に彼に惹かれつつあるのも自覚していた。




季節は過ぎて、寒い風が流れるようになり、一年の終わりが近づいていく。
ある日、彼が急に話があると言われて、私は日の出島のあの泉に呼ばれた。
「どうしたの、小波さん?急に呼び出して」
「五月さん…俺、プロのドラフトに選ばれたんだ…」
「本当!?すごいじゃない、小波さん!」
「自分でも信じられないよ、まさか選ばれるなんて…」
やはり甲子園優勝となると有名になるのだろう。
彼の顔が今も信じられないという表情をしながら嬉しそうに見える。
「それでね、高校を卒業したらこの島から出て遠い所に行かなきゃいけないと思う」
「えっ…」
急に不安を覚える。もしかしたらもう小波さんと会えなくなってしまうのではないのかと…。
その前に自分の思いだけでも伝えておきたかった。
「小波さん、私…」
「でもその前に言いたいことがあるんだ」
言わせまいとするように彼の言葉が遮った。
「好きだよ、五月さん」
「えっ?」
「俺は五月さんのことが好きだ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
しばらく私は何も考えられなくなり、その場に止まった。
「さ、五月さん!?どうしたの!?」
自分でも気付かないうちに涙が出ていたらしい、彼が心配そうに見ている。
これ以上見られたくなかったので思い切って彼に抱きついた。
「わっ!?」
突然で彼も驚いたためバランスを崩しそうになったが、しっかりと受け止めてくれた。
「うん…、私も小波さんが好き…」
やっと言えた言葉がこれだった。それを聞いた彼に急に強く抱きしめられた。
少し苦しいけど、それよりも嬉しさの方が上だった。
「五月さん…」
彼の顔が近づいて、自然と私は目を閉じた。
軽く唇が触れ、そのまま初めてのキスをした。

好きなだけじゃ我慢できない。
私も小波さんと一緒に行きたい、ずっと一緒にいたい…。
「ねえ…私もついて行っていいかな?」
「もちろん、断る理由はないよ」
「じゃあ、私をお嫁さんにもらってくれる?」
「うん、早くても高校を卒業したらね………ってそれプロポーズ?」
「ふふっ、約束してね、小波さん?」
「うん…分かったよ」
もう一度抱きしめあってお互いの温もりを感じる。
あっさり婚約をした私達は二人で笑いあった。

そういえばこの泉に呼ばれた理由をまだ聞いていなかった。
「ねえ小波さん?どうしてここに呼んだの?」
「ここは俺に…いや君にとっても大切な場所だから…。
 どうしてもここで言いたかったんだ、五月さんが好きって」
「そうね…すごく嬉しかったわ」
「まさか逆にプロポーズされるとは思ってなかったけどね」
「嬉しかった?」
「うん、すごく嬉しかったよ」
「よかった、そう言ってくれて」
「あ、そうだ」
彼が急に私の手を取り、泉の方に歩きだす。
「どうしたの?」
「俺達のこと、葉月さんに言わないとね」
小波さんは泉に向かって話し始めた。
「葉月さん…。
 俺、五月さんと結婚します。
 葉月さん達の分まで
 俺たち幸せになります。
 だからこれからもずっと、天国から
 俺たち二人を見守っていてください」
「小波さん…」
「俺が五月さんと会えたのは、きっと葉月さんのおかげだよ。
だから…幸せになれなかった葉月さん達のためにも俺達が幸せにならなきゃね」
そうだ、私達が初めて会ったのも小波さんが私を葉月おばあちゃんと間違えたから。
そしてそのことがきっかけで私達はこうして隣に立っていられる。
私も言わなければならないことがあるはず。
「葉月おばあちゃん…。
 私が小波さんと会えたのは貴女のおかげよ…。
 私、すごく感謝しているの。
 こんなに思いやりのある優しい人の隣にいられること。
 ありがとう…。私達、必ず幸せになってみせるからね…」
また来るからと最後に言い、私達はその場を後にした。

日も傾いてきて、いっそう寒い風が吹いてきた。
本土に戻る船も無くなってくるころだろう。
「五月さん、そろそろ帰らないと」
しかし、何故か私は帰る気分になれなかった。
そこで思い切った決断をしてみる。
「小波さん。今日は小波さんの家に泊まってもいい?」
その一言で彼はものすごく動揺した。
「それはまずいよ!今日は俺しかいないんだよ!?」
「え…?」
小波さんの母親はすでに亡くなっているらしく、父親も今日は帰ってこないらしい。
彼の家に泊まるとならば、二人きりで一晩を過ごさなければならない。
そう思うとだんだん顔が赤くなってきた。
「その…五月さんも分かるよね?」
「……いいよ」
「……え?」
「小波さんがしたいなら…していいよ…」
ここまで言えばもう後には戻れない。彼も覚悟を決めたみたいだ。
「…じゃあ行こう、五月さん」
「…うん」


まだ夕食を食べていなかった私達は帰る途中にどうしようかと話していた。
「私が作ってもいいかな?」
「えっ、いいの?」
「あなたの家にお世話になるんだから、それぐらいしなきゃね」
「嬉しいなぁ〜。あっ、でも食材があまりないかも…」
「じゃあ、これから買いに行きましょう」
買い物をすませ、ようやく小波さんの家に到着した。
「ただいま」
「おじゃまします」
彼の家に入るのは初めてなので興味もいろいろあったが、
とりあえず居間に通してもらう。
「小波さん、さっそくだけど夕ごはん作ってもいい?」
「うん、台所はこっちだよ」
「わかったわ。じゃあすぐに作るから待っててね」
「楽しみにしてるよ、五月さんの手料理」
「ふふっ、期待しててね?」
しばらく時間がすぎた。夕食を作り終えると彼がこっちで食べようよと
声をかけてくれたので居間で食べることにした。
「美味しいよ。五月さんは料理上手だね」
「ありがとう。私ね、小さい時からお母さんに教えてもらってたの」
すると彼の顔が突然寂しそうになった。
「お母さんか…」
彼はきっと亡くなったお母さんのことを思い出していたのだろう。
もっと気を遣うべきだったかもしれない。
「…ごめんなさい、私…」
「なんで謝るのさ。別に五月さんは何もしてないよ」
「でも…昔を思い出していたようだったから…」
「母さんのことは確かに思い出してたよ。
 俺も小さい時は母さんの料理を食べてたな…って。
 けどね、それだけじゃないんだ」
「?」
「五月さんもいつか自分の子供に料理を教えるのかなって…」
「…やっぱり優しいのね、小波さんって」
「ん?そうかな」
「だって私のことを考えてくれて言ってくれたのよね?」
「まあ、それは…、いつか五月さんにも母親になってほしいし…」
顔を赤くしながら言うので、思わずこっちまで恥ずかしくなってきた。
「…がんばろうね」
「…そうだね」
それから顔も見合わせられないまま夕食を食べ終えた。


食器を洗い終え、先にお風呂に入らせてもらってからあっという間に
時間は過ぎて、ついにその時が来てしまった。
彼の部屋に行くが、私も彼もそわそわしない。
とりあえず二人ともベッドに座る。
「五月さん…、その…」
「あ、あのね…、初めてだから、優しくしてね…?」
こういうことをするのにあまり詳しい知識が無かったので、
私は彼に身を任せることにした。
「俺だって初めてだけど…、できるだけやってみるよ」
彼の顔が近づく。あの時のようにまた目を閉じ、唇が触れる。
「ん……」
しかし、今度はやや強くキスをされ、少しの間何も考えられなくなったところで
口内に舌が入りすばやく舌を絡め取られた。苦しかったが、私も必死に
彼の動きに応える。
「んんっ…!」
これだけで頭がぼやけてしまい、体が熱くなった。
ようやく顔を離され、彼にそのままゆっくり押し倒された。
「触ってもいいかな…?」
私が無言で頷くと彼の手のひらが胸に触れる。
「あっ……」
胸に軽い痺れが走り、変な声を出してしまった。
服のボタンを外され、薄い桃色の下着に包まれた控えめなふくらみが顔を出す。
彼に初めて胸を見られているので顔が真っ赤になった。
正直言って私は自分の体に自信を持ってない。だから彼の反応を見るのが少し怖かった。
「私の胸……大きくないでしょ……」
「大きさなんて関係ないさ」
「自信がなくて…」
急に弱々しい声になってしまい、目を逸らした。
しかし、彼は私と視線を合わせてくれて、
「俺は好きだよ、五月さんの胸」
「本当……?」
「もちろん」
そう言うと彼は下着を取り除き、私の胸の先端に吸い付いた。
「やっ……小波さん……赤ちゃんみたい……」
まるで母乳を飲むかのように味わっているみたいだ。
先端を舌で転がされ、軽く噛まれる。
「ひゃあっ!」
大きな喘ぎ声を上げ、体を揺らす。
「ごめん、痛かったかい?」
思ったより強く噛んでしまったかもしれないと彼が聞いてくる。
「ううん…そうじゃないの…」
心配させないように笑顔をする。
「よかった、続けるよ」
胸への愛撫が続けられているうちに彼は空いている方の手で
もうひとつの下着に触れる。
「少し、湿ってるね?五月さん」
「ああっ……んっ!……い、言わないで、そんなことっ…!」
下着の中に手を入れられ、自分でもあまり触れたことのない場所に触れられた。
その途端に全身が急に熱くなり、体がよじれる。
「やあっ…!そ、そこは…!」
「もっと見せてほしいな、五月さんの全てを」
下着を脱がされついに生まれたままの姿になった。
もはや恥ずかしいなどと思っている暇もなく、
彼の指が秘所に入ってきて中をかき回された。
「やっ、んあっ…だ、だめっ…!」
秘所から出てくる液体の音がどんどん大きくなり、指の動きも早くなる。
「んんっ!ああぁっ!」
指だけで物足りなくなったのか、彼は顔を近付けて
すでに湿っているそこに舌を入れる。
「はあっ、や、やだっ!そんなところっ…汚いのにっ…!」
「まさか。綺麗だよ、五月さん」
褒められてうれしいものなのだろうか。じっくり味わうように吸われている。
そして小さい突起に刺激を与えられた。
「んっ、あっ、やああああぁっ!」
絶叫を上げ、身体が痙攣した。それを聞いて彼が顔を上げる。
「気持ちよかった?五月さん」
「はぁ……はぁ……うん……」
答えるのがやっとだった。
しばらくして彼も服を全て脱ぎだした。
すでにそそり立っているそれは彼の欲求を表しているようだった。
「五月さん…そろそろいいかな…」
「うん……来て……小波さん」
いよいよその時が来た。
秘所に先端が入ると、初めての痛みを恐れる恐怖と小波さんと一つになれる嬉しさが
半々になって思い浮かんだ。
「痛かったら…おもいっきり俺に抱きついてほしい」
「や、優しくしてね…」
「うん、……いくよ」
ゆっくりと入れられ、純潔の証の前で止まる。
目を閉じて覚悟を決める。

一瞬の反動の後に一気に貫かれ、ぷつんと音がした。
「あああああああああっ!!!」
「くうっ…!」
繋がっている場所から血が流れ、身体が激痛に襲われる。
「う、うう…ああ…」
「五月さん、俺の事だけを考えて!」
そう言われ、少しでも痛みを忘れようと彼に抱きつき、繋がった喜びだけを
必死に考える。そのうちに痛みが薄れ、快楽が出てきた。
「小波さん…もう…おもいっきり動いていいよ…」
「うん…分かった」
その言葉に反応して彼は腰を前後に動かし始め、やがて強くなる。
「んっ!あっ!ああっ!はあっ!」
「う…!」
あまりの気持ちよさに痛みの事など完全に忘れてしまい、ただ快感に溺れる声を出す。
「五月さんっ…!」
「お願いっ…!私のこと…呼び捨てに…してっ…!!」
「わかったよ……五月っ!」
「こ、小波さんっ!ああっ!んっ!ああんっ!」
彼と繋がった場所から血と水が混じり、どんどんあふれ出て来る。
「五月っ!愛してるよっ!」
「私もっ…!ああんっ!愛してるっ…!」
今の私にはもう目の前のあなたしか見えない。
「小波さんっ!、もう私…!」
限界を促すと、彼の動きもさらに早くなる。
「くっ…!そろそろ行くよっ…!」
彼が最後に大きく突いた時、お互いに限界に達した。
「五月っ!!」
「小波さんっ!ああああああっ!!!」
大きな声を上げ、彼から私の中に熱いものが入ってきた。
そのまま私達の動きは止まり、愛し合ったということを改めて実感していた。

初めての行為でとてつもなく疲労が出たが、なんとか乱れたベッドを整えて
ひとつの布団に包まっていた。しかし私達はまだ起きている。
「すごかったね、五月さん」
「あ、戻ってる」
「え?ああ、そうだった。あのさ、五月」
「なに?」
「その、中に出しちゃったけど…」
「出来ちゃうかもね、子供」
「……その時はその時さ、二人で頑張ろう」
「うん…」
ようやく眠気が来ると、彼に抱きしめられたまま私は眠りに落ちた。

「ううん……」
目が覚めると彼はすでに起きていたようでベッドにいない。
部屋のカーテンが開いてあり、日の光が直に射しこんでくる。
しばらくぼうっとしながらベッドを見ると、行為の跡が残っていた。
それに今の自分は何も着ていない。そこでようやく昨夜の事を思い出す。
「そうだった……私達……」
あの時は二人とも夢中になっていたが、
あんなに乱れたことを思い返してみると急に恥ずかしくなり、顔が赤くなった。
それでも彼と結ばれたのだから、今はすごく幸せな気分になっていた。
「あ、五月。起きたんだね、おはよう」
部屋に入ってきた彼に声をかけられる。
「おはよう、小波さん」
「………」
彼に凝視されてはっと今の自分の格好に気付く。
「きゃっ!こ、小波さん、あっち向いてて!」
「今さら恥ずかしがることないじゃないか。綺麗だよ、五月」
「で、でも…」
綺麗だと言われたのは嬉しいけどやっぱりまだ恥ずかしかった。
手早く服を着ると、彼が近づいてきて私に口を合わせる。
やっぱり私は幸せだ。こんなに優しい彼のそばにいられるのだから。
改めて私は彼に問いかける。
「小波さん…これからずっとよろしくね?」




それから時は流れ、お互いに高校を卒業した私達はすぐに結婚した。
私の両親や彼のお父さんも意外とすぐに認めてくれて、祝福してくれた。
それから私のお腹の中に新しい命が宿っていると知り、彼はすごく嬉しそうだった。
プロ入りした彼も目覚ましい活躍をしているようであり、私も彼の活躍を欠かさずテレビで見ている。
順調にお腹の子も大きくなり、出産の日が近づいてくる。

そして―――

「五月!」
よほど急いで来たのだろう、肩で息をしている。
「小波さん…。生まれたよ、私達の子供…」
隣には生まれたばかりの赤子が眠っている。
「うん、よくがんばったね」
「ね、抱いてあげて。お父さん?」
彼は起こさないように優しく子を抱き上げた。
「桃色の髪…女の子だね?」
「そうよ、やっぱり分かる?」
「君にそっくりだからね。ところでこの子の名前だけど、
 女の子だったらどうしてもつけたかった名前があるんだ」
「ふふっ、私もよ?」
おそらく彼も私と同じことを考えているのだろう。
それは私達にとって大切な人の名前。
そしてその人と同じくらいあなたも大切な存在。
感謝の気持ちを込めてあなたの名前を呼ばせて。

『生まれてきてくれて本当にありがとう、葉月』

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